第五・五話 森もり雅が久く斗とのセックス・ルール



【森雅久斗の六月十八日】


 あの初うい々ういしい二人をラブホに送り出した後、雅久斗は咲と一緒にファミレスで駄だ弁べっていた。

『避妊はしっかりね♡』

 隼にメッセージを送った後、対面に座る咲に話しかけた。

「あいつら、ちゃんとエッチできてんのかな」

 騙だますみたいな少々強引なやり方だったかもしれないが、隼の片かた想おもいを近くで見てきた雅久斗としては、じれったすぎて見ていられなかったのだ。

「鏑かぶら木ぎくんなら優しくリードしてくれるだろうし、大丈夫なんじゃない?」

 雅久斗の作戦に賛同して乗ってくれた共犯者は、隼が童貞であることを知らないために的外れなことを口にした。隼の名誉もあるし言わないが、奴やつは今頃慌てふためいているに違いない。

「だといいけどな。さて、そろそろオレらもラブホ行くか!」

「つまんない冗談はやめて。あんたみたいな男の武勇伝の一人にされたくないの」

「残念。カガヤン、ガード固かてえなあー」

 なんて、彼女に本気で手を出すつもりなんてない雅久斗は、残念そうな素振りだけ見せておく。

 生粋のヤリチンと言われる雅久斗は、基本的に女の子なら誰でもウェルカム、自分からガンガン口説いていくし、来るもの拒まず去るもの追わずの精神で気軽に女の子とのセックスを楽しむタイプだ。

 だけど、唯一。絶対に手を出さないと決めている子がいる。

 それは、親友である鏑木隼が好きになった女の子と──好きな子と極めて仲のいい友人だ。

 隼の好きな子に手を出さないのは、隼との友情を壊したくないからという単純明快な理由から。

 好きな子の友人に手を出さないというのは、たとえば雅久斗とその友人が関係を持った後で険悪な別れ方をした場合に、隼と好きな子の関係に少しでも悪影響を及ぼすリスクがあるかもしれないからだ。

 女の敵と言われて雅久斗自身否定はできないが、友情には厚い男だと自負している。

「元々緩いつもりもないし。あたしは恋愛するならいつだって本気。遊びで付き合ったりとか無理だし、エッチもできない」

「ってことは逆に、好きになっちゃったら付き合ってなくても体許しちゃうタイプだ?」

 咲は雅久斗を睨にらみつけた。

「……日和ひよりはこんなあたしの恋愛観を凄すごいとか言うけどさ、日和にはあたしみたいになってほしくない。あの子、あんな噂うわさあるけど……実際は超純粋だから。ヤリモクの男とかに遊ばれて、ボロボロに傷ついて泣く姿なんて見たくない。鏑木くんはヤリチンだって言われてるけど……話してみた感じ信用できる人だと思ったから、大丈夫だと思うけど」

「過保護だな。恋愛もセックスも、経験しないとわからないことだってあるだろ」

「友達想いって言ってよ。鏑木くんみたいに」

 雅久斗は気が強い女にはそそられる方だが、咲とは根本的に価値観が違うなと感じた。

「隼は結構……って、あのテーブルの赤ちゃんめちゃくちゃ泣いてんなあ」

 二人が座るテーブルからは少し距離があるのに泣き声が聞こえてくるということは、結構壮大なオーケストラになっているのかもしれない。

 中年の男性が赤ちゃんの母親に近づいていった。何かを言っているようだ。母親がひたすら頭を下げている様子を見ていたら、動かずにはいられなかった。

「オレ、ちょっと行ってくるわ」

 急に立ち上がり赤ちゃんのいるテーブルに向かう雅久斗に、咲は驚きの目を向けていた。

「あの、大丈夫っすか?」

 雅久斗が赤ちゃんの母親に声をかけると、中年男性は何か言いたそうにしていたものの、舌打ちをして自分のテーブルに戻って行った。

 母親からは怯おびえたように「煩うるさくしてごめんなさい」と謝られた。注意しにきたわけじゃないことを伝えてから、雅久斗は抱っこされながらも大声量で泣きわめく赤ちゃんに向かって、とっておきの変顔をしてみせた。

 すると赤ちゃんはピタッと泣き止やみ、雅久斗が顔を変えるにつれて声を出して笑い出した。表情筋を駆使して変顔レパートリーを披露する度に笑う赤ちゃんとしばらく遊んでから、お礼を告げる母親に頭を下げて咲の待つテーブルに戻った。

「……ビックリした。赤ちゃんを脅しに行ったのかと思った」

 咲は珍しいものを見るかのような目をしていた。

「オレをなんだと思ってんだよ。……年の離れた妹がいてさ、なんだかんだ面倒見てきたから、赤ん坊をあやすのはわりと得意なんだよ。森家に伝わる泣き止ませ方があってさ」

 さっき赤ちゃんに見せた変顔をすると、咲は噴き出して笑った。

「なにそれ。ひっどい顔」

「お、笑った顔可愛いじゃん。オレ、カガヤンの笑顔結構好き」

 思っていたことをそのまま伝えると、可愛らしく笑っていた咲はいつものクールな表情に戻ってしまった。

「……チャラい。減点。っていうか、森は今彼女いるの? 彼女いるのにそんなこと平気で他の女に言っちゃう男だったらもっと減点」

「二年になってからはいないなー。セフレはいるけど」

「別に聞いてないんだけど。あんた、彼女がいたとしても絶対に浮うわ気きするでしょ? 彼女は作んない方がいいよ」

「お、奇遇だな。オレもそう考えているところだ」

「マジ女の敵ー。あんたを好きになる女の子がかわいそうだわ」

「そうか? 一緒にいるときは楽しくなってもらえるように全力を尽くしてるけどな」

 隼のように一いち途ずに一人を想い続ける恋愛は、自分には無理だと思っている。

 可愛い女の子がいたら目で追ってしまうし、声をかけてしまう。チャンスがあればセックスに持ち込もうとしてしまう脳のう味み噌そと下半身は、生粋のヤリチンと言われる所以ゆえんだ。

「森はさ、本気で人を好きになったことがないの?」

「まあな。……本気の恋をしたら、オレも変わるのかもしれねえけど……って、やべ。結構恥ずかしいこと言ったなオレ。隼しゅんに当てられたかな」

 らしくない発言からの照れ隠しでコーラを一気に飲む雅久斗を、咲は何かを思ったのかじっと見つめていた。

「……ふーん……ないんだ。……そうね、確かに鏑木くんって、結構キザなことを平然と言うもんね。今日もさー……」



 隼と日和の物語の裏で語られていた、森雅久斗の恋とセックスに対するルール。

 だが「ルールは破るためにある」という言葉を、雅久斗はまだ知らない。