第五話 ラブホでやること



【仲村日和の六月十三日】


 私の話を一通り聞いた咲さきは、「なるほどねー」と言って腕を組んだ。

「やっぱ、鏑かぶら木ぎくんってモテるんだね。その幼おさな馴な染じみの子って、どう考えても鏑木くんのこと好きじゃん」

「……やっぱり、そう思う? あー、大人げないことしちゃったなー……」

 一個下の隼くんの幼馴染の女の子にめちゃくちゃヤキモチを焼いて、不安で隼くんに触れたくなっちゃって雨を言い訳にして無理やりくっついたなんて、思い返す度に両手で顔を覆ってのたうち回りたくなってしまう。

 そのくせ隼くんの前では余裕のある彼女を演じたくて、胸の中で疼うずく嫉妬を隠しながら振る舞っていたなんて、あの場に咲がいたら爆笑されていたに違いない。

「大人げないって……日和ひよりだってまだ子どもじゃん。偉そうなことは一回くらいセックスしてから言いなよ」

「ちょっと咲!? 声大きいから!」

 慌てて周りを見回した。昼休みの中庭は案外穴場で、私と咲以外の生徒は少し離れた場所にまばらにいる程度だった。

 あんな噂うわさのある私が実は処女だということは、親友である咲しか知らない。もし今更私に性経験がないって学校の皆にバレたら、私と皆の人間関係が大きく変わってしまうだろう。落胆されたり、噓うそ吐き呼ばわりされたりはしたくない。

 たぶん聞こえていないだろうと胸を撫で下ろして、話を再開する。

「しょ……処女なのは今関係なくない? 私が言いたいのは、年齢の話であって……」

「何もごもご言ってんの。なんなら、バイト先の先輩も怪しいからね。その人にとって今は鏑木くんは可愛い後輩としか思っていなくても、何かきっかけがあればすぐに恋愛感情に変わるよ。そうなったら最後、彼も所詮は性欲お化けの男子高校生……あっという間に誘惑に負け、肉体関係を持って周りから固められて、ヤリチンとはいえ責任感の強そうな彼は責任を取るべく日和に別れ話を……」

「ストップストップ! なんでそんな悲しい予想するの? 聞きたくないんだけど!」

「日和がいつまでも関係を進展させようとしないからでしょうが」

 呆あきれたように話す咲の言うことも一理ある。だけど、六月に入ってもまだ処女を守っている現実には自分でも驚いていた。

 私にとって完全に想定外だったのは、ヤリチンと言われている隼くんが私に全く手を出そうとしてこないことだった。

 もし隼くんが私を求めてきてくれるなら、ちゃんと応えるつもりではいる。っていうか、付き合ってもう二ヶ月くらい経たつのに、まだキスすらしていないなんて変?

 ヤリマンって噂されている私と付き合っているのにもかかわらず、一向にエッチな雰囲気にならないっていうのはどうなの? 女の子に不自由していないイケメンって、こんなに余裕があるものなの?

 キスもエッチも早い遅いの基準がわからない私が咲にこっそり相談したときは、いつも気だるげな咲にしては珍しいくらいの大声を出されて驚かれた。

「鏑木隼と付き合うっていうのは、そういう覚悟が必要なんだってわかった? モテる男っていうのは競争率が高いの。ボヤボヤしてたり彼女って立場に油断して胡坐あぐらをかいているようじゃ、あっという間に他の女に攫さらわれていっちゃうんだから」

「……それは咲の実体験からの教えですか?」

 散々脅されて少しだけ仕返ししたくなった私のささやかな反撃は、的確に咲の急所を突いたようだった。咲の表情は一瞬にして暗くなり、背景に黒い怨念が見えるほどに邪悪に口の端を吊つり上げた。

「……そうよ! あーもう! 思い出したらまたムカついてきた! 何が『今はサッカーに集中したいから』だよ! 問い詰めたらあっさり浮うわ気きして他の子に乗り換えたことを認めやがって! ムカつくー!」

 つい最近他校の彼氏と別れたばかりの咲は、時折こうやって荒れる。別れた理由は今咲が全部自分で喋しゃべっていたけれど、こんな話を聞いてしまうとつくづく、好きな人が自分を一番好きでいるのが前提の恋愛ってとても難しいんだなと思う。

「今はまだ引きずっているかもしれないけど、咲はもっと誠実で優しい人を選んだ方がいいよ。咲が好きになる人っていつも女の子にだらしない印象あるし」

「……わかってる。でもあたしは、誠実で優しいだけの男にときめかない。自分の本能のままに恋愛したい。だから傷ついてもあたしのやりたいようにやるの」

 咲の恋愛観は私には刺激が強すぎるけれど、隼くんに一年以上片かた想おもいしておきながら連絡先の一つも聞けなかった私からすれば、見習いたいと思うこともたくさんある。狼おおかみに憧れる犬の気持ちというか、格好いいなって素直に思っている。

「咲はさ、やっぱカッコイイよ。咲が現役モデルとかだったら、今の発言は雑誌で『加か賀が谷や咲の恋愛観』とか特集組まれるやつだし」

「なに馬鹿なこと言ってんの。とにかく、あたしはもうストレートに誘うのもアリだと思うんだよね。鏑木くんの部屋にでも遊びに行ったときに『シよ?』って言って、ベッドに引きずり込むだけじゃん?」

「ハードルが高いよ! 簡単にできることじゃないって!」

 想像しただけで顔が熱くなる。私が女優だったとしてもやれる気がしない役柄だ。

「腹を括くくれば簡単でしょー? それに日和の顔と体なら、どんな男でも一撃必殺だと思うんだけど……ねえ? 森もりもそう思うでしょ?」

「ああ。仲なか村むら日和に誘われて反応しない男がいたのなら、そいつはきっと不能だ」

 突然降ってきた男の人の低い声に振り向いて顔を上げると、背後に隼くんの友達の森雅が久く斗とくんが立っていた。

「も、森くん!? え!? いつから話を聞いてたの!?」

「雑誌で特集組まれるやつ、あたりから」

 マジか。頭を抱えるしかないパターンだ。

「あーもう最悪! バカな話もエッチな話の方も聞かれてるじゃん! やめてよー! 隼くんには絶対言わないでね!? こんなさ、作戦みたいなこと話しているってバレたら引かれちゃうよ!」

「引くわけない。むしろ興奮するから大丈夫だ」

 隼くんとセットで「晴はれ高こうのヤリチンコンビ」と言われている森くんは、言動の節々からチャラい感じが伝わってくる。

「森はウチらになんか用事あるんじゃないの? ただのナンパ?」

「ナンパのような、違うような? あのさー、今週の土曜空いてる? オレと隼、そんで仲村と加賀谷の四人で遊びに行かね?」

 意外な提案だったが、私はすぐに「行きたーい!」と口に出していた。

 隼くんと咲が仲良くなるきっかけになるし、私は森くんから隼くんのいろんな話を聞くチャンスにもなるからだ。

「ね、咲は? 行こ?」

「……じゃあ、日和の彼氏をこの目で見定めるためにも行こっかな」

 咲は基本的にインドア派なのに、二つ返事で了承してくれた。

 喜びで私の顔はわかりやすく輝いたのだろう。咲も森くんも私を見てクスリと笑った。

「よし、決まりだな! 隼の予定が空いてんのは確認済みだし、行き先は四人で遊べそうな場所をオレが適当に決めとくわ」

「ありがと森くん。楽しみー!」

 私がうきうきしながら早速隼くんに『四人で遊びに行くの楽しみ』なんてメッセージを打っている間に、二人は何やらコソコソと話していたけれど、浮かれていた私は気に留めなかった。

「仲村はオレになんて呼んでほしい? なかむーとか、ひよりんとか?」

「どっちも馴な染じみがなさすぎて抵抗感あるー。普通に仲村でいいよ?」

「じゃあなかむーね。オレのことはガックンって呼んで」

「えー? 聞いた意味あった? そういえばさ、森くんと咲は親しげだけど元々友達だったの? 接点なさそうだったから意外」

 ガックン呼びをスルーして話題を逸そらした。

「ん? たった今友達になったところだ。というわけでカガヤン、連絡先交換しようぜ」

「誰がカガヤンだ。っていうか、あたしには選択肢はないの?」

 私も人見知りするタイプではないし人と話すのは好きな方だけど、なんというか陽キャ特有のノリというか空気というか、そういうのに付いていけてないなと感じることはたまにある。まさに今みたいに、出会って二分で連絡先を交換できちゃうところとか。

「じゃ、詳しいことはまた連絡するわ。……あ、なかむー」

 森くんは私に親指を立てて、白い歯を見せた。


「なかむーが純潔だってこと、隼しゅんには言わないから安心してくれ。じゃなー」


 私の心を大いに乱す爆弾を落とした森くんは、私が戸惑っている間に颯さっ爽そうと去って行ってしまった。

 強こわ面もてなのに口調や行動は軽い。でも面白いし親しみやすいし、私の秘密を知っても大きなリアクションをせず隼くんには黙っていてくれるという、私がもっとも求めていることを言わずとも悟る察しの良さ。

 隼くんの親友っていう贔ひい屓き目めで見ていることもあるだろうけれど、いい人なんだろうなって思った。

「……ねー咲。ヤリチンって伊達だてじゃないんだね。隼くんとはタイプが違うけど、森くんの雰囲気ってなんかモテる感じするもんね」

「……チャラいし馬鹿っぽいけど、悪い奴やつじゃなさそうね。日和が処女だってバレたのはアクシデントだったけど……なんか、あいつは大丈夫な気がする。鏑木くんに言わないって言葉、信じられるっていうか」

「うん。咲さきの男を見る目はあんまり信用できないけど、私もそう思う」

 突っ込み待ちの発言に期待通りに反応してくれた咲の柔らかいチョップを、笑って受け止める。

「うっさい。とにかく、日和ひよりは当日は何も考えずに、ただセクシーな下着を着てくるだけでいいよ」

「え!? 後半部分めっちゃ気になるんだけど!? どういうこと!?」

 追及したけれど、結局教えてもらえることはなかった。



【鏑木隼の六月十八日】


 アミューズメント施設「ブレイブシア」、通称ブレシアは、ボウリングにカラオケにビリヤード、ゲーセンにスポーツなど、あらゆる遊びが安価に楽しめる俺たち学生にとっては定番のスポットだった。

「ブレシアはデートで来るのももちろん楽しいけど、大勢で来るのもいいよな」

 ボウリングのボールを選んできた雅久斗は、そう言って笑った。

「日和ちゃんと咲さんを誘ったって聞いたときは驚いたけど、ありがとな。日和ちゃんを含めた多人数で遊ぶのって、実はやってみたかったんだ」

「礼なんていらねえって。……それより、爪は切ってあるか?」

「俺は少しでも長いと気になっちゃうからいつも短いぞ。ボウリングって、爪長いと危険そうだしな」

 雅久斗は大おお袈げ裟さに嘆息した。

「バッカ、違ちげえよ。……ほら、これ」

 周囲を見渡して女子二人がまだ戻って来ないのを確認した雅久斗は、俺に何かを手渡した。その二つの薄っぺらい小さな正方形がコンドームだと視認した俺が声を出せずにいると、

「今日、セックスできるといいな」

「……お前の頭の中にはそれしかないのか? 四人で遊んでいるのにそんなの、できるわけないだろ」

「ヤリチンたるもの……いや、男たるもの、いついかなるときもゴムは持ち歩いておくべきだ。つーか……ボウリングをするって事前にわかっていながらスカートを穿はいてくるってことはさ、仲村も気合入ってるって思っていいんじゃね?」

「……そ、そういう男にとって都合のいい解釈は下手すると命取りだから、考えないようにする。……俺に可愛いって思ってもらいたくて選んでくれたのなら、嬉うれしいけど」

「慎重すぎても涙を吞のむ羽目になるぞ。……お、仲村が戻ってくる。そいつは隠しておけ」

「お待たせー! 二人ともボール選ぶの早いね!」

 明るい日和ちゃんの声が聞こえて、慌てて雅久斗から受け取ったブツをジーンズの尻ポケットに仕舞った。

 黒いカットソーにチェックのスカートを穿いた日和ちゃんから、そっと目を逸らした。最初に彼女の私服を見たときは可愛いなとしか思っていなかったのに、雅久斗のせいで変に意識してしまう。

 咲さんがボールを選んで戻ってきてから、俺たち四人はこの第一回ボウリング大会のルールについて話し合いを始めた。

「ビリだった人には罰ゲームとかどう?」

 来た。誰かが言い出すと思っていた。恐れていた咲さんの提案に、俺は断固反対の姿勢で別の意見を主張する。

「反対! 負けた人に罰ゲームより、勝った人にご褒ほう美びの方が俺は好き!」

 必死になる俺を、事情を知る雅久斗がニヤニヤして見ていた。

「なかむーはどう思う?」

「そうだねー、じゃあ二人の意見の間を取って、一番だった人が誰か一人を指名してなんでも命令できる、っていうのはどう? 必ずしもビリの人が選ばれるわけじゃないっていうのがポイント!」

 運の絡からまない王様ゲームってことか。ビリが必ず辛つらい思いをするシステムじゃなくなったことで安あん堵どした俺は、おそらく有り得ないであろう自分の優勝を想像してみた。

 もし俺が勝ったら、日和ちゃんに何を命令しようか……紳士的かつ、刺激もあって、皆を不快にさせない、面白い命令は……。

「超真剣に悩んでいるみたいだけど、オレがいる限りその必要はねえよ?」

 俺の心の中を読んだかのように、雅久斗はそう言ってボールを手に持った。

「オレはボウリングガチ勢だからな。マジで勝ちにいくから!」

 雅久斗は綺き麗れいな助走から本格的なフォームでボールを力強く放り投げた。重たそうなボールは勢いよく真まっ直すぐにレーンを走り、気持ちのいい音を立ててすべてのピンを吹き飛ばした。すなわち、ストライクだ。

「イエーイ! 気持ちいいー!」

「やるじゃん森もりー!」

 ハイタッチをする雅が久く斗とと咲さんは今日初めて遊ぶ仲だと聞いていたけど、すでに親しげだ。

「オレは自分の手で転がすゲームは得意なんだよな。ボウリングの玉も、女の子もそうじゃん?」

「やっぱ最低だわあんた。森にだけは勝ってほしくないなー、鏑かぶら木ぎくん! 頑張って!」

「隼くん! 頑張れー!」

 女の子二人からの声援に手を上げて応えた。異性の前──というか、好きな女の子の前では格好いいところを見せたいのが男心だ。

 息を吸って、吐く。確かボウリングはピンを見るのではなく、レーン上に描かれた三角を見ればいいと聞いている。俺は右から三番目とど真ん中の三角の間を通り抜けるように狙いを定めてボールを放り投げた。

 しかし俺の手を離れたボールはガター一直線だった。溝に嵌はまったボールは勢いよく直線上に進み、ピンに当たるなんて奇跡が起こるはずもなく……奥に飲み込まれていった。

 やってしまった。後ろから聞こえてくる笑い声に振り返ると、案の定腹を抱えて笑う三人の姿があった。

「ホンット、隼はボウリング下手くそだよなー! もうオレが勝ったようなもんじゃん!」

「投げるときのフォームが酷すぎ! 次動画撮らせて」

 雅久斗と咲さんはイジってくるものの別に不快じゃない。むしろ、笑ってくれるなら俺の痴態も少しは報われるってものだ。

「笑いすぎだろ。ちなみに俺は、ボウリングだけじゃなくて球技は大体こんなもんだからな? 俺の運動能力を舐なめるなよ?」

 さっきの雅久斗の持論が正しいのなら、自分の手でボールを上手うまく扱えない俺は女の子も全く上手に扱えないことになるな。別に俺は日和ちゃんだけに好かれていればいいから、そんなに器用じゃなくてもいいんだけどさ。……なんか、どう言っても言い訳みたく聞こえる。ちくしょう。

「よし、隼くんの仇かたきは私が取ろっかな!」

 順番が回ってきた日和ちゃんは立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。

「日和ちゃん、ボウリング得意なの?」

「ふっふっふ。まあ、そこで見ていたまえ」

 そう得意気に口にする日和ちゃんは、歴戦の勇者のように格好良かった。

 俺たちにお尻を向けてピンを見つめる日和ちゃんの後ろ姿に、思わず見入ってしまう。

 細くてメリハリのある体の曲線美、白い脚、投球のため一歩ずつ歩く度に靡なびくスカート。もしかしたら下着が見えるかもしれないと無意識にその辺りを眺めている自分に気づき、妄想の中で俺は腹を切った。皆で遊んでいる最中に一体、何を考えていやがるんだ。

 お手本のようなフォームから放られた日和ちゃんのボールは、雅久斗に比べると速さはないのに綺麗なスピンで美しい軌道のまま白いピンに当たり、見事に十本倒した。

「すげー! 日和ちゃん!」

 エロいことを考えてしまった事実を忘れるくらい見事なストライクに興奮気味に拍手をする俺に、日和ちゃんは可愛らしいドヤ顔を見せた。

「でしょでしょ? ね、私のこと見直した?」

「見直したっていうか、見み惚とれちゃったよ! 超カッコイイ!」

 ハイタッチしながら本心を伝えると、日和ちゃんは驚いたように目を瞬かせた後、

「ツッコミ待ちだったから、そう言ってもらえてドキッとしちゃった……ありがと、嬉しい」

 照れ臭そうに笑う彼女に、俺の方こそ胸がキュンとなる。

 二人で顔を見合わせながら微笑ほほえみ合っていたら、雅久斗の声が割って入ってきた。

「惜しいなー! パンツ見えるかと思ったんだけどな、見えなかったわ」

 こ、こいつ……! 思うだけなら俺も同罪だから何も言えないけど、日和ちゃんの前で口に出して言いやがった!

 日和ちゃんをフォローしなければと慌てる俺に、彼女は「大丈夫」と余裕っぽく笑った。

「ちゃんとスパッツで対策してるから平気だもんねー! 今日は私が勝つよ!」

 パンツは見えなくとも、むしろ雅久斗のテンションは目に見えて上がっていた。

「いいね、ガチじゃん! 面白くなってきた! 次はカガヤンか! 自信のほどは!?」

「面白くならなそうで申し訳ないけど、鏑木くん以上日和未満って感じ」

 予防線を張る咲さんの自己分析は正しく、一ターン目はピンを五本倒してスペアは取れずという、なんとも微妙なスコアだった。

「なんだ、なかむー以外は敵じゃねーな」

「はあー? あったまきた。ねえ鏑木くん、共闘しない? 森が投げる直前にあたしが奴やつのズボン下ろすから、鏑木くんは後ろから抱き着いて動揺させて」

「その役割、普通逆じゃない?」

 咲さんはいつも気だるげな印象が強かったけど、軽い冗談を言う人だということと負けず嫌いだという一面を知った。

 個々の実力差はあったけれど、勝者は誰か一人を指名してなんでも命令できるという罰ゲームの設定は俺たちの勝負を大いに盛り上げた。残念ながら俺はビリ確定だったけれど、四人で笑い合いながら楽しい時間を過ごすことができた。


 三ゲームを終えた結果、優勝は──。

「やったー! 一位だー!」

「くっそー! たった九ピン差とか、誤差の範囲だろ! 同率優勝とかになんねえの!?」

 プロボウラーが激怒するような理屈で駄々を捏こねる雅久斗にピースサインを向けた日和ひよりちゃんは、勝者の笑みを浮かべていた。


    ☆


 昼ごはんを食べるために、俺たちは近隣のファストフード店に移動した。

 勝者の日和ちゃんは誰に命令するのかを決める権限を持っている。三人が緊張しながら勝者のお言葉を待つ中、彼女はついに口角を上げて長めのポテトで雅久斗を指した。

「じゃあ、私と熱い勝負をしてくれた森くんに命令!」

「え、オレ!? なんでだよ! ぶっちぎりビリの隼しゅんになにか命令しておけばいいじゃんかよ! 彼氏なんだし!」

「勝者に逆らわないでくださーい! じゃあ命令でーす!」

 みっともなく抗議する雅久斗を一刀両断する日和ちゃんを見て、指名されなくて本当に良かったと思った。

 たとえば勝ったのが彼女以外だったとしても、「経験人数は何人?」とか「今までで一番興奮したプレイは?」なんてどぎつい質問をされた日には、下手な噓うそも吐つきたくないし、かといって正直に経験がないと言えば鏑木隼としての印象は崩壊してしまうし、途方に暮れるところだった。


「森くんだけが知ってる、隼くんの秘密を教えて?」


 身構えていた雅久斗は拍子抜けし、対して油断していた俺は目を見開く質問だった。

「ちょっと待って。それだと雅久斗の罰ゲームっていうより、むしろ俺の罰ゲームじゃない?」

 雅久斗が変なことを言ったらたまったもんじゃない。不安で焦あせる俺は日和ちゃんへの説得を試みる。

「そーそー。もっとオレに興味を持ってくれよなかむー! オレの秘密なら包み隠さず答えるぞ? オレがモテる理由だとか、好きな女の子のタイプとかさあ」

「んー、森くんのは別にいいかな。隼くんのこと、教えて?」

 話を逸そらそうとしても無駄だと日和ちゃんの眼まな差ざしから察したのか、雅久斗は諦めたように頭を搔かいた。

「……なかむーがその質問でいいなら答えるけどさー……じゃあ、隼の秘密だけを話すのはちょっと気が引けるからオレの話も絡めるわ。……なかむー、カガヤン。一年のときの五月にさ、オレが謹慎処分を食らった話って知ってるか?」

 雅久斗に「勝手に諦めんな」と突っ込もうとしたものの、こいつが何を話そうとしているのか察した俺は口を閉じた。

 日和ちゃんは咲さきさんと顔を見合わせた後、かぶりを振っていた。公になった事件ではなかったし、知っている人は少ないのだろう。

「一年の男子トイレに煙草たばこの吸い殻が落ちてたんだよ。オレが吸ったって証拠なんて一つもなかったんだけど、目撃情報があったらしくて。まあ、たぶん女関係でオレに恨みのある男の仕業だと思うんだけど」

 シェイクを飲み込んだ咲さんは「あー」と言って、ふっと笑った。

「あんたに恨みのある奴って、男女共に結構いるもんね」

「まあな。……オレは素行が悪くて入学早々から教師に目を付けられていたから、もう端はなからオレが犯人だって決めつけられててさ。説明しても全然信じてもらえなくて、一週間の謹慎処分になった。そんでオレも不ふ貞て腐くされちまって、家にいる間もずっと苛いらついてて、もうこのまま退学になってもいいやって課題も何もやんなかったんだよ。そしたらさ……」

 俺の顔を見た雅が久く斗とは照れ臭そうに、また目を逸らした。

「学校終わった後、隼が毎日家に来るようになったんだよ。そんで『俺は雅久斗が犯人じゃないって信じてる』って顔を合わせる度に熱く語り出すの。ウゼーよな? たまたま同じクラスになって、なんとなく同じグループになっただけの、つるみ始めて一ヶ月ちょっとのオレにだぞ? そんで必死に生徒の証言をかき集めて、ついにオレがそのとき街でデートしている現場を見たっていう奴を見つけてきてさ、教師たちを黙らせたらしいんだわ」

 これが雅久斗の謹慎処分が大ごとにならなかった理由だ。

 誤った処分は学校側の評判に関わるから先生たちは絶対に話題にしないし、表沙汰になっていない。雅久斗はそんな学校側の態度に最初の方は不服そうにしていたけれど、謝罪を受けたことと噂うわさが広がらなかったことが逆に頭を冷やしてくれたみたいで、今ではこの話を穏やかに語ることができている。

「おい雅久斗、何度も言ってるだろ? 俺はただ皆の話を聞いて回っただけだ。大したことは何もしてないんだって。っていうか、その話のどこが俺の秘密なんだよ」

「スマートなイケメン、鏑かぶら木ぎ隼には暑苦しい一面があるっていう秘密? 青臭い台詞せりふと泥臭い行動が一昔前の青春映画並みだし」

「そう表現されるとめっちゃ恥ずかしくなってきたな……やっぱ、あのときお前を見捨てておけば良かったか」

 軽口を叩たたき合う俺と雅久斗を見ていた日和ちゃんは、

「でもそういうのって、普通はなかなかできないんじゃないかな。私、隼くんのことますます好きになっちゃった」

 そう言って俺を見つめて、嬉うれしそうに微笑んだ。

 雅久斗と咲さんもいる前でド直球な好意を伝えてくるだなんて、うっかりか天然か、あるいは俺の心臓を撃ち抜こうとしている策略か……いずれにしても、俺はしっかりキュンとさせられてしまった。

「そうそう。教師と戦ったところで負け戦になることが濃厚だし、森もりを庇かばった鏑木くんだって共犯にされるかもしれないし、メリットが少ないよね」

 咲さんの発言に雅久斗は首肯した。

「でもな、隼は自分の損得でものを考えないんだよ。マジで信用できるし、そういうところがいいなって思ってる。だからオレはこの先何があっても隼だけは裏切らないし、何があっても味方するって決めてんだ」

 雅久斗は俺を見て、ニカッと白い歯を見せた。

 初めて雅久斗の口から聞いた本心。こそばゆいけれど、胸に温かいものが灯ともって気持ちが上向きになっていく。

 言い換えれば、俺はとても嬉しく思っている。

「あー、珍しく真面目な話をしちまったから疲れた! 隼、秘密を話す名目でなかむーの前で株上げてやったんだから、後で口座に振り込んどけよ?」

「ひでえ詐欺みたいな真ま似ねすんな! ……そういうのは日和ちゃんのいないところで交渉してくれ。言い値で払う」

 くだらないやり取りでオチを付けながらも、俺の方こそ雅久斗と長く友人関係を続けていきたいと改めて思った。おちゃらけてばかりの奴だけど、友人を傷つけるような噓は絶対に吐かない。人として信頼できる奴なのだ。

「罰ゲームはこれで終了とします! 森くん、リベンジはいつでも受け付けるからね? まあ、私がまた勝つんだけどね!」

「次は絶対に負かす! オレが命令する罰ゲームはなかむーみたいに生易しくねえぞ? 腹括くくっとけ、超エロいやつかましてやるからな!」

「雅久斗お前、よく俺という彼氏の前でそんなこと言えるな……お前がいつか本当に刺されるんじゃないかって、俺は心配だよ」

 人として信頼できると評して一分もしない間に、手のひらを返しそうになった。

 身体的にも精神的にも雅久斗はなんのダメージも受けていない気がするし罰ゲームらしい罰ゲームではなかったものの、日和ちゃんの満足そうな顔が見られたことと、俺と俺の友達に興味を持っていてくれた事実が俺の頰を緩ませた。

「でも本当、素敵な話が聞けて良かったー。ボウリングじゃなくても、またこの四人で遊びたいな。そしたら私、また森くんから隼くんのこといろいろ聞けるのに」

 俺の顔を覗のぞき込むようにしてポテトを齧かじる日和ちゃんの頭を、軽く撫なでた。

「わざわざ罰ゲームなんか介さなくても、聞かれたらなんでも答えるよ。だって日和ちゃんは俺の彼女だしね」

 世の中の恋人同士がどういう感じで付き合っているのか、経験も知識も乏しい俺はよくわかっていない。だけど俺は、彼女には俺のことを全部知ってほしいし、彼女のこともできる限りは教えてほしいなと思っている。もしかしたらヤリチンらしくない思考なのかもしれないけれど。

「……じゃあ、これからは遠慮なく聞いていこうかな。隼くんのこと好きだから、もっと……知りたくなっちゃった」

 照れたように笑う日和ちゃんの顔を見て、安あん堵どした。良かった、引かれたりはしていないみたいだ。

 こうやって話してお互いのことをよく知って、それでも一緒にいたいって思える関係を築いていけたらいいななんて思っていると、

「そこの二人ー、イチャつくのは後にしてくださーい」

 そう言って、スマホを触っていた咲さんは画面を俺たちに見せてきた。

「あたし行きたい場所あるんだー。ほら、ここ」

 咲さんが行きたいらしい場所はどこかの部屋のようだった。大きなベッドが置いてあって、これまた大きなテレビがベッドの上から観みられるようになっている。ジャグジー付きのお風ふ呂ろは好みの色の照明で楽しめるらしい。お、カラオケもあるみたいだ……で、これが休憩と宿泊の値段か。……え?

 馬鹿な俺は、ようやく気づいて目を見開いた。

 まさか、ここって……。

「あー、このラブホはおススメだわ。何回か行ったことあるけど、部屋で会計ができるし飯が美味うまいんだよ」

 画面を見た雅久斗があっけらかんと、俺の予想していた答えを口にした。

「え? ……ら、ラブホ? 行くの? ……あ、いや、別に慣れてはいるけど……今から俺たちが四人で行くってこと?」

 慣れているなんてとんでもない見み栄えを張ったことに焦りながら、ちらりと日和ひよりちゃんを一いち瞥べつした。彼女も心なしか動揺しているように見えたけれど、俺みたいにラブホっていう単語に慌てるはずもないし、もしかしたら元カレと行った場所だから避けたいのかも。

「多人数でラブホ行くなんて今どき普通だって。女子会とか流行はやってるんだよ? ほら」

 咲さんが見せてきたSNSには、ラブホで楽しそうにパーティーをしている女子たちの写真がたくさんあった。

 俺が無知なだけで今はこういう遊びもあるのか。確かに、誰かの家だと気を遣ってしまう騒音も気にせず、思いきり騒げるのは楽しいかもな。

「そーそー。内装は洒しゃ落れてるトコ多いし、食べ物持ち込んでも騒いでもお咎とがめなしだしさ。そんな身構えるなって。行こうぜ隼しゅんー。乱交しようって言ってるわけでもねえんだし」

「当たり前だろ馬鹿! ラブホか……」

 童貞の俺からしてみれば、複数の男女でラブホに入る行為に少々抵抗を覚える。だけどラブホで遊ぶメリットを二人に軽い感じで語られると、陽キャなら、そしてヤリチンならこれが普通なんじゃないかと思わされてしまう。

 それにいつか本当に二人きりで日和ちゃんとこういう場所に行ったとき、狼狽うろたえたり緊張したりといった心理的負担が軽減されるかもしれない。今日は四人で入るわけだし、嫌がったり抵抗したりする方が変かもな。

 たかがラブホってくらいに構えていなければ、童貞だってバレるかもしれないし。

「そうだな。じゃあ、行くか」

 となれば、軽い感じで了承するのがベストだろう。

「日和もいいよね?」

 咲さんに聞かれた日和ちゃんは、やはりそのホテルに嫌な思い出でもあるのかもしれない。いつもより少しだけぎこちない笑顔で答えた。

「うん、いいよ。でも……ひ、久しぶりだし忘れてるところあるかも。お願い咲、フォローしてね?」

「ふーん、忘れてる? ……はいはい。任せて任せて」

「咲さきが同じ単語を二回繰り返すときって大体、私をからかったり噓うそを吐くときだから不安なんだけど!?」

 二人の会話が少し気になったものの俺は自分のことだけで精一杯で、深く考える余裕なんてなかった。


    ☆


 俺はラブホなんて右も左もわからない赤ちゃん状態だし、黙って雅久斗の後について行こうと思っていたのに、早くも想定外の事態が発生した。

 最寄り駅に到着した俺たちが目的地のラブホに向かって歩いている最中、コンビニの前で雅久斗は足を止めた。

「オレとカガヤンはコンビニでお菓子とか買ってから後で合流するわ。隼となかむーは先に部屋に入ってて」

「え!? お、俺も一緒に買い出し行くけど?」

「別にいいって。ホテルは予約してるわけじゃねえんだから、早めに行って部屋空いてるか確認してこいよ。埋まってたら連絡して」

 頼みの雅が久く斗とが急に一時離脱することになり、余裕ぶってはいるものの焦あせりが生じる。

 っていうかラブホって、部屋が空いていたら先に入っていてもいいの? 人数の確認ってしないのかな。クエスチョンマークがたくさん浮かんだが、下手に聞けばラブホ未経験だとバレそうで口を噤つぐんだ。

 俺に真偽は見抜けない。ここは、経験者の言うことに素直に従っておくのが最善だろう。

「わ、わかった。連絡するわ」

「じゃ、そういうことだから。鏑木くん、日和のエスコート頼んだよー」

 咲さんに手を振られて、俺は腹を括った。

「ま……任せて。……じゃあ日和ちゃん、行こうか」

 心臓は不安と緊張でバクバクなのに、また見栄を張って慣れている感を出してしまった。

「う、うん。咲、なるべく早く合流してね? しゅ、隼くんとはラブホなんていつでも行けるけど、この四人で行くのなんて貴重な体験なんだから!」

 俺とはいつでも行けるだなんて、さすが経験豊富な女の子は余裕がある。

 ラブホなんて未知の世界に足を踏み入れる前に、日和ちゃんの前で童貞くさいボロを出さないよう注意しなければと気を引き締め直した。



 コンビニ前で雅久斗と咲さんと一旦別れて、俺と日和ちゃんは二人で歩き出した。

 ここ最近は二人きりの状況にも慣れてひたすら幸福を嚙かみ締める時間になっていたけれど、今は緊張の方が強い。

「あ、着いたみたい……」

 スマホで咲さんに送ってもらった地図を見ていた日和ちゃんが、目的地への到着を告げる。ラブホ初体験であるはずもない彼女と一緒に、いや、やや先導する形でホテル内に入った俺の心臓は、童貞だとバレる緊張感と好きな子と来るには刺激が強すぎる意味での緊張感で、馬鹿みたいに早鐘を打っていた。

 どうやらタッチパネルで部屋を選択できるらしい。咲さんが行きたがっていた部屋の番号は確か『三〇四』だったはずだ。あ、良かった、空いてる。……へえ、同じ内装の部屋っていうのはなくて、広さや仕様によって値段が変わってくるのか。

 いつか日和ちゃんと「そういう目的」のために来られたら……。

「隼くん?」

 パネルの前でトリップしていた俺は、日和ちゃんの声で現実に戻って来た。

「ご、ごめんごめん! 日和ちゃんと本当に二人で来るときはどの部屋がいいのかなーとか、いろいろ考えてた」

 見栄と本音の両方を口にして素直に謝罪する。この言い訳で誤魔化せただろうか?

「ふ、ふーん、そっか。……ねえ、早く部屋、行こ? 咲と森もりくんが来るまでその……せっかく二人っきりなんだし……」

 左腕に絡からみついてくる日和ちゃんに過去最高レベルでドキドキしながら、パネルを操作した。二人が来るまで、俺はちゃんと理性を保てるのだろうか。

 狭いエレベーターに乗り、人ひと気けのない廊下を歩いている間、心臓の音が聞こえてしまいそうで気が気じゃなかった。頭が現実味を帯びないままでも一歩二歩と足を進めていけば、余程の方向音痴でない限り必ず部屋には到着するわけで。

 日和ちゃんの方を見られないまま扉を開いた。

 視界に広がるその部屋は、まるで異空間のようだった。

「おー……すげー可愛い部屋だね」

 洒落た模様の入った黒い壁紙。大きな白いベッドの横には真っ赤なダブルソファーが置いてある。っていうか、画像で見るのと生で見るのとでは全然違う。率直に言ってしまえば、「セックスをするための部屋」みたいな雰囲気をひしひしと感じる。

 部屋の内観を視認した俺が内心で「ヤバい……」と慄おののいている間に、慣れているであろう日和ちゃんは、

「私んちのベッドの三倍くらいふかふかだー!」

 お尻を弾ませてベッドの弾力を確かめていた。

 これは、隣に来てほしいってことなのか? 本当はベッドに近づくともっと鼓動が激しくなりそうで避けたかったけれど、息をするように自然に吸い寄せられるのがヤリチンとして正解なはずだ。

「そんなに? お、本当だ。横になったら十秒で寝られそう」

 だから俺はなんでもないように、笑って彼女の隣に腰掛ける。二人分の体重で沈むベッドの感触を味わっただけで、頭がおかしくなりそうだった。

 俺が隣に座ると、日和ちゃんは少し照れたように微笑ほほえんだ。

「隼くん寝ちゃうの? 十秒で?」

「一人で寝るときに限り、だよ。日和ちゃんと一緒のときに寝るわけないじゃん。そんなもったいないことしないよ」

 せっかく二人きりになれたんだし、できるだけお喋しゃべりしていたい。日和ちゃんも同じ気持ちでいてくれたらいいなと思って微笑みかけると、彼女はなぜか頰を赤らめて恥ずかしがっているように見えた。

 どうしたのか尋ねようとした瞬間、ポケットに入れていたスマホが震えた。きっと雅久斗だろう。

「雅久斗たちが着いたのかも」

 安あん堵どの気持ちで開いたメッセージには、


『オレらホテルには行かねーから。二人でどうぞ、ごゆっくり』


 目玉が飛び出るような衝撃的な文字が羅列されていた。

 心臓の音がますます大きくなっていく感覚を覚えながら、慌てて返信する。

『何言ってんだよ。ちゃんと部屋は取れたぞ。悪い冗談はやめろ。何時頃に着く?』

 返信はすぐに来た。

『避妊はしっかりね♡』

 あの野郎……! ハートマークまで付けやがって、なんつーアシストしてくれやがる。

 雅久斗は俺が日和ちゃんに片かた想おもいしていたことを知っているがゆえに、彼女が離れて行ってしまう前に抱いてしまえという真のヤリチンらしい思考の下で、俺の背中を押しているだけ。一〇〇パーセント善意からの行動なのだと俺だってわかっている。

 だけど、そのタイミングは俺が決めたい。友達に言われてやる行為ではないはずだ。

 その後雅久斗に送ったメッセージに既読はつかなかった。埒らちが明かないと思い電話をかけてみたが案の定出やしない。

「どうしたの?」

 小首を傾かしげる日和ひよりちゃんに、なんでもない風に告げる。

「……あの二人、今日ここには来ないんだってさ。……とりあえずは時間までまったりしてようか?」

 ここで「場所を変えようか」なんてヘタレたり「どうする?」と判断を女の子の方に委ねるようじゃ、噓とはいえどもヤリチンの名が廃る。演技でも堂々としてみせるのが男ってものだろう。

「え、噓!? ……本当だ、私のスマホにも咲からメッセージ来てた……もー! 咲のやつー!」

 そう言って、たぶん何も考えずにベッドの上に仰向けになった日和ちゃんと目が合った。

 このまま俺が覆い被されば、彼女は受け止めてくれるだろうと、思う。

「……お腹なか空いてきたね。ルームサービスで何か頼んじゃおうか?」

 俺は結局、視線を逸そらしてしまった。さっき雅久斗たちと昼飯を食べてきたわけだし、腹が減っているはずがないのに。

 日和ちゃんはその間に体を起こし、また俺の隣に座った。

「い、いいね! しゅ、隼しゅんくんは何が食べたい?」

「えっ……と。あ、俺これ食べよっかな。フライドポテト盛り合わせと、明太子ピザ」

「ふふっ、さっきもポテト食べたじゃん。隼くんって、本当にポテト好きなんだね」

 ラブホ慣れしていないと思われたくなくて、変わり種を選ぶ度胸がなく安あん牌ぱいだと思って選んだポテトだが、今日から俺の大好物ということで通していこう。

 積み重ねていく小さな噓が増えていくにつれ、彼女に対する罪悪感も大きくなっていく。それを誤魔化そうと努めて明るい話題で、注文した料理が来るまで間を持たせた。

 そして緊張で味を楽しむことなんてできやしなかったポテトやピザ、デザートのアイスまで食べてさらに腹を膨らませた。もうこれ以上はチョコボール一個も入らないぞ。

 ……日和ちゃんはお腹減っていたのかな? 嫌な顔しないで食べてくれて良かった。……いや、彼女の気遣いだろうな。申し訳ないことをしたと思うけど、本当に優しくてますます好きになっていく。

「いっぱい食べちゃったー。私、今日は夜ご飯いらないってお母さんに連絡しよっと」


 ──ってことは、帰りは遅くなってもいいってこと?


 ただ、今の俺は純じゅん粋すい無む垢くな恋心だけを抱く男ではなかった。

 日和ちゃんが何気なく発する一言にも過剰に反応してしまうくらい、俺の頭の中はエッチのことでいっぱいになっていた。

 俺という男は意思が弱いのか? さっきまでは自分のタイミングでそのときを決めたいとか格好つけておきながら、だんだんと興奮が抑えられなくなっている。

 したくないはずがない。でも、いいのか? こんなお膳立てされたシチュエーションで、心から大好きだと思える女の子と一線を越えてもいいのか?

 あえてエロとは全く関係のない話をして、冷静になろうと試みようとした。

「知ってた? ゴリラってB型しかいないんだって」

 なんでゴリラ? ラーメン屋での雅久斗との会話がここで出てくるなんて、俺の会話の引き出しって取り出し機能が低いのだろうか。

「ほんとに? ちょっと調べてみる! ……あ、これ見て。厳密には九割がB型らしいよ。ゴリラの人口の九割を占めるニシローランドゴリラが皆B型だから、そう言われるようになったんだって」

「ゴリラの人口って言い方おかしくないか?」

「あはは、そうだね。じゃあ、ゴリ口?」

「きっとそうだ。日和ちゃん、賢い! ちなみに、俺の家族は皆O型なんだよ」

「めっちゃ馬鹿にしてるじゃん! っていうか、隼くんO型なんだね! 私もO型だから相性的にはピッタリかも! 嬉うれしいー!」

「じゃあ、俺たちが結婚して子どもが生まれたら、絶対O型になるんだね」

 口にした後に、また空気が「そっち」に切り替わったのを感じた。

 ……これではいけない。また違う話題を振らなければと思っていると、

「わ……私はO型の獅し子し座だけど、隼くんは?」

「お、俺はO型の天てん秤びん座。日和ちゃんが獅子座ってなんか、イメージぴったりかも」

「えー? 肉食っぽいってこと? ライオンは雌の方からぐいぐいアタックするらしいけど……あ。…………わ、私たち動物に結構詳しいね!」

「そ、そうだね。今度は動物園に行ってみよっか」

 普通に会話をしている素振りを見せながらも、俺は平常心を保つのに精一杯だった。

 ……駄目だ。たわいのない雑談をしていても、頭の中からエッチを追い出せない。

 こんなことばかり考えているって知られたら、絶対引かれてしまう。どうしよう。

「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 日和ちゃんがそう言ってくれたことで、一旦クールダウンの時間を得た。一人になった俺は大きく息を吐く。落ち着け。落ち着くんだ。

 気を紛らわそうとしてテレビを点つけてなんとなくチャンネルを回していると、後ろから激しく突かれて嬌きょう声せいを上げる裸体女性の映像が画面に映し出されて、心臓が止まりかけた。

 そうか、ラブホではAVが観みられるのか……って、学んでいる場合じゃない。早く消さないと日和ちゃんが戻ってきてしまう。慌てて電源を切ろうとしたけれど、手を滑らせてカーペットの上にリモコンを落としてしまった。

 完全にタイムラグだ。焦あせりながらリモコンを拾い上げてテレビに向けて電源ボタンを押そうとしたそのとき、


「しゅ、隼くんは……これくらいおっぱいが大きい女の人が好きなの?」


 可愛らしい声が耳に入り、青ざめた。一歩遅かったようだ。

 しかしここで変に慌てたり取り繕ったりするのは、逆効果かもしれない。

「あ、ごめん。間違えてボタン押しちゃって」

 テレビを消して、深呼吸をして、ヤリチンの仮面を被かぶり直す。

「お、大きさなんて……考えたことないな。強しいて言うなら、好きになった子のおっぱいが好きだよ」

 格好つけて言ってみたものの、この状況下でこの台詞せりふは「日和ちゃんのおっぱいが一番だから、このAVみたいに君のおっぱいを揉もみたいし、っていうかヤりたい」と言っていることと同義だ。

 そのことに気づけたのは、日和ちゃんの顔が急速に赤くなっていったからだ。

「あ……いや、別に変な意味で言ったわけじゃないよ? 俺は──」


「……いいよ。し……しようよ」


 日和ちゃんはベッドに座る俺に近づき、

「ご……ゴロンってして? それから、こっち向いて?」

 と言って、俺が指示通りの体勢になるのを待ってから隣に寝転んできた。

 いつもと違う視覚情報にヤバさを感じていると、日和ちゃんはおそるおそるといった感じで俺の腋わきの下あたりに左手を入れてきた。そして──。

「……めっちゃあったかいねー……」

 寝ながら俺に抱きついてくる格好になった。

 これは本当に危険だ。健全な男なら反応しないはずがない。

 破裂しそうな心臓を宥なだめなければならないのに、俺の手は本能に従って脳からの指令とは逆の行動を取っていた。

 彼女の背中に手を回して同じように抱き締めると密着度が跳ね上がり、彼女の体の暴力的なまでの柔らかさに一気に興奮が高まっていく。やっぱり日和ちゃんはエッチに前向きなのだろうと、自分勝手な推測が脳内を駆け巡る。

 まずい。本当にもうこれ以上は、我慢できそうにない。

 さすがにここまでされて、手を出すなというのは不可能だ。

「……いいんだね?」

 余裕なく一言で尋ねると、彼女は静かに、小さく頷うなずいた。

 体を起こした俺は日和ちゃんの綺き麗れいな顔立ちに見み惚とれる時間すら惜しんで、吸い寄せられるように、柔らかそうな彼女の唇に俺のそれを近づける。

 触れる直前に動きを止めて、彼女を見つめた。

 言葉は交わさなかった。彼女の目が閉じられたことが了承のサインだと判断し、唇を触れ合わせた。

 俺と彼女の、初めてのキス。

 緊張。興奮。感動。いろんな感情を抱きはしても上手うまく言語化できないし、する時間も惜しい。

 とにかく今は俺の全細胞が、彼女をひたすらに求めている。

 なんだろう、スイッチが入るってこういうことだろうか。自分の体のパーツとはまるで違う弾力に触れるのは、想像以上に気持ちがいい。

 ほとんど本能のままに、俺の舌は彼女の口内へ入り込んでいた。

 温かい。二人の距離が物理的にゼロになっている現実に、確かな幸福感を覚える。

「んっ……」

 純粋な快感による反応か、あるいは俺のキスの巧拙どちらかへの戸惑いか。できれば前者だといいなと願いながら、初めて触れる場所を丁寧に味わっていく。

 俺は頭の中がただただ熱くて、もう日和ちゃんのことしか考えられなくなっていた。

 唇を離して日和ちゃんの顔を見ると、その大きな瞳は濡ぬれて、顔を赤らめながら浅い呼吸をしていた。

 なんて可愛いのだろう。迸ほとばしる感情に、喉の奥が詰まる。

 たとえる言葉なんて、俺の語彙力じゃたった一つしか出てこない。

 ──俺は、日和ひよりちゃんのことが……。

 自分の気持ちを伝えるように、日和ちゃんの首筋に優しくキスを落とした。白い肌が紅潮している。興奮してくれているのだろうか。俺の大好きなふわふわした髪の毛がベッドの上に散らばっているのを見てたまらない気持ちになりながら、いつもよりよく見える薄い耳にそっと触れる。耳朶のピアスまでつうっと指を滑らせながら、息のかかる至近距離で率直な気持ちを伝える。

「……可愛い」

 日和ちゃんの体がビクッとした。この反応は好意的なものと解釈してもいいだろう。耳元で彼女への気持ちを口にする度に、息が荒くなっていくのがわかる。

「あっ! ……んんっ……」

 彼女が声を出してくれたのが嬉うれしくて、耳をもっといじめてみようとしたけれど、

「も……もうそれは、いいよお……キス、してほしい」

 潤んだ瞳でそんなお願いをされたら、応えないわけにもいかない。舌を絡からませて、彼女の唾液を味わって、ゆっくりと唇を離した後で、告げる。

「……好きだよ」

 技術的には下手かもしれないけれど、彼女を想おもって誠心誠意心を込めて抱こうと誓う。

 キスをしながら服の中に手を入れ、ブラ越しにその胸に触れた、その瞬間。


「……や……やっぱり待って……!」


 突然のストップに戸惑いながらも、お預けを食らった犬のように従順に次の言葉を待った。日和ちゃんは肩で息をしながら、両腕で顔を隠してか細い声で言った。

「……わ、私……今日は、ちょっと……その、用事があったのを思い出しちゃって……! じ、自分から誘っておいてほんと、ごめんなんだけど、その……」

 ここでようやく、俺の頭も冷えはじめた。

 用事があるというのはきっと、日和ちゃんの優しい噓うそなのだろう。

 今までゆっくりと距離を縮めてきたはずなのに、俺がいきなりがっつきすぎたせいで驚かせてしまったのかもしれない。

 ラブホという場所の空気に身を任せて性欲に負けそうになるなんて、彼氏失格だ。

「……わかった。ごめんね、無理させちゃって」

 謝って、日和ちゃんから体を離した。心臓と、熱くなってしまった下半身を落ち着かせるべく深呼吸をする。

 女の子の体って、暴力的な魅力があるのだなと実感してしまった。

 大切にしたいと思っているのに、同時に、めちゃくちゃにしてしまいたいだなんて。獣みたいな欲望を抱くなんて、今までの俺は知らなかった。

「……隼しゅんくん、ごめんね……怒ってる?」

「え? いや全然怒ってないよ! 俺の方こそ本当、ごめん。ちょっと、いや、かなり暴走してたかも」

「い、嫌じゃなかったよ? でも、今日は……本当に、ごめんね」

 おそらく処女ではない日和ちゃんは、一般論で考えるとすれば、行為に対しての恐怖みたいなものは初めての子に比べたら薄いかもしれない。

 だとしたら、今回の拒否の理由は俺にある。俺を気遣う日和ちゃんの優しさが、罪悪感となって俺の両肩にずしりと伸のし掛かる。

 ……いや、ちょっと待て。もしかしたら俺は、試されているのか?

 日和ちゃんは俺が強引に迫ってくる男なのか引ける男なのか、どちらか見極めたいのかもしれない。

 今までの数多くの経験から、ここでスマートに引ける男こそ、日和ちゃんのお眼鏡に適かなういい男だったに違いない。あるいは、俺が日和ちゃんの体目的で付き合っているのかもしれないと不安になっていて、自分を本当に大切にしてくれる男なのか知りたいのかも。

 だとしたら、どちらにせよ今日俺が彼女を抱く選択肢はない。体の中に残る性欲を死ぬ気で抑えて、彼女が求める男になるだけだ。

 ここまで誘って男をその気にさせておきながら、手を伸ばせば逃げてしまうその魔性っぷりは、まさに男を翻弄しまくるテクニシャン。さすがは日和ちゃんだ。

「……今から日和ちゃんは『ごめんね』禁止ね。俺は日和ちゃんの申し訳なさそうな顔よりも、笑顔の方が好きだよ」

 がっつかず、スマートに。正直、本当はヤりたくて仕方がなかったけれど、余裕のある彼氏を演じて優しく手を握った。

「わかった、ごめ……じゃなくて、そう言ってくれてありがとう。……今の私が言えた義理じゃないけど、私たちこれからいっぱい時間もあるし、また今度エッチしよう? ほ、ほら、ここでヤッちゃったら、あの二人の思惑通りになってなんか癪しゃくだし!」

 このままギクシャクしていては日和ちゃんの彼氏失格だ。試されているのであれば、この気まずさを早くなんとかするのが俺の責務だと思った。

「……そうだな、このままだとちょっと悔しいもんな。よし、逆に俺たちで何かあいつらを驚かせることを考えようか?」

「うん、賛成! ……でも今は、もうちょっとだけ、その……。せっかく来たんだし……最後に、ぎゅーってしてもらってもいい?」

「……いいよ」

 俺、めちゃくちゃ試されてるな……。まだ寝転んでいる日和ちゃんに覆おおい被さるようにして優しく抱き締めると、お互いの体温と心臓の音が混ざり合ってとても心地よかった。

「……私、隼くんにこうされるの好き。気持ちいい」

 ……女の子って、触ってと言ったり触っちゃ駄目と言ったり、本当に何を考えているのかわからなくて難しすぎるなとつくづく思う。

 それでも、好きだから側にいたい。わかりたいから、一緒にいる。

 童貞卒業はまだ先になりそうだけど、俺はほんの少しだけ、恋愛について理解が深まった気がした。

 目と目が合って、もう一度唇を合わせた。今のは性欲というよりも、コミュニケーションの延長にある穏やかなものだ。

 柔らかな感触を名残惜しく思いながらも、今日はもうこれ以上はやめておこうと顔を引こうとした瞬間、日和ちゃんの方から舌を絡ませてきて驚いた。電気みたいな快感が口の中から全身に走って、また理性が飛びそうになる。

 ようやく唇を離した日和ちゃんは、嬉しそうに微笑ほほえんだ。

 経験豊富な女の子は一筋縄ではいかないということが、よくわかった。

 込み上げてくるいろんな感情を吞のみ込んで嚥えん下げする。これはもしかしたら、性欲に負けて暴走しかけた俺への天罰なのかもしれない。

 再び湧き上がる性欲を必死に理性で抑え込みながら、俺は我慢を貫くのだった。


 ────初体験まで、あと三十五日────



【仲村日和の六月十八日】


 ごはんを食べてお喋しゃべりしていたから、つい忘れてしまっていたけれど……今、私たちがいるのはラブホテルであり、ここに来る人たちの目的のほとんどはエッチをすることだ。

 考えてみれば至極当然のことに私が気づけたのは、一瞬とはいえ、隼くんがAVを観みている現場を目撃したからだった。

 ヤリマンだって言われている私にすら、隼くんは無理やり行為を迫ることはない。大切にしてくれているといつも感じている。

 でもラブホで女の子と二人きりというこのシチュエーションでエッチしないなんて、男の子にとっては……隼くんにとっては、辛つらい状況なんじゃないのかな。

 隼くんの彼女は、私。だからエッチして当然の関係なのだと自分に言い聞かせて、息を吐いた。

 ──覚悟を決めよう。私は今日、初体験をする。


「……いいよ。し……しようよ」


 だから慣れている女の子のようにそう言って誘って、ベッドの上で寝転んでいる隼くんに思いきり抱きついてみた。自分から胸を押しつけているみたいでとても恥ずかしかったけれど、隼くんの感触だとか匂いが直じかに伝わってくるのは心地よい。

 隼くんから背中に手を回されて抱き締め返されたとき、彼に対する好きの気持ちが溢あふれた。このままずっとこうしていたいなと思いつつも、これだけでは終わらないこともわかっているし、この先をするつもりで行動をしている。

「……いいんだね?」

 処女とはいえ、ここで何を問われているのかわからないほど馬鹿じゃない。小さく頷うなずくと、隼くんの顔がゆっくりと近づいてきた。

 拒む理由はない。むしろ私は、それを望んでいる。

 目を瞑つぶると隼くんの唇が重ねられ、触れたところから言葉にできない感情が全身に広がっていくようだった。

 私の人生において、正真正銘のファーストキス。

 好きな人とする初めてのキスに感動している暇もなく、隼くんの舌が私の口内に入ってきてビクッと体が跳ねた。

 私を求めようとする隼くんの気持ちが強く伝わってくる。今までに感じたことのない彼の雰囲気に少しだけ驚いたけれど、決して嫌じゃない。

 どうやって舌を動かせばいいのかわからなくてひたすらに隼くんの動きに合わせてはいるものの、体はどんどん熱くなるし頭はボーっとしてくるし、よくわからなくなってきた。

 でもたぶん、本能はこの状態を悟っている。

 私は今、彼とのこういう行為を気持ちいいと思っている。

 私に経験がないから上手に感じるだけ? ううん、隼くんはやっぱり手慣れている気がする。気がつけば首筋や耳を弄いじられて、私の大好きな声で何度も何度も「可愛い」とか「好きだよ」と囁ささやかれた。その度に私は胸の奥がきゅっと詰まって、たまらない気持ちにさせられた。

「あっ! ……んんっ……」

 自分の口からこんないやらしい声が出るなんて、思ってもみなかった。

 恥ずかしさから我に返って咄とっ嗟さに口を押さえようとしたけれど、隼くんに手を摑つかまれて阻止されてしまった。普段は優しいのに、なんだか少し意地悪だ。このまま耳元で甘い言葉を囁かれていたらまた変な声が出てしまうと思って、

「も……もうそれは、いいよお……キス、してほしい」

 逃げようとした気持ちもあるけれど、キスしたかったのも本心だ。隼くんの舌がまた口の中に入ってきて気持ち良さに意識を持っていかれそうになっていると、

「……好きだよ」

 蕩とろけていた心と体が、隼くんの言葉で急に慌て出す。

 さすがに私にだってわかる。今のは、一線を越えようとする隼くんの宣言だ。

 ──本当に、するんだ。現実味を帯びてきた初体験へのカウントダウンに、私の心臓は今までになく激しく鼓動を打ち始めた。

 隼くんはきっと、心を込めて抱いてくれるはずだ。だけどどんなに優しくしてくれても、私が処女だということは絶対にバレてしまうだろう。

 服の中に手が入ってきた感覚にハッとなった。あっという間に到着した隼くんの骨っぽい右手がブラ越しの私の胸に触れた瞬間、


「……や……やっぱり待って……!」


 今の雰囲気や隼くんの気持ちを無視する、心ない言葉を告げていた。

 どうしよう。怖い。私が処女だってバレたときの、隼くんの反応が怖い。

 隼くんは優しいから露骨に態度に出したりはしないだろうけれど、処女相手のエッチなんて面倒臭いとガッカリさせてしまうかもしれない。

 それに友人たちが口を揃そろえて「超痛かった」と話す、初体験トークが急に思い出されたことも恐怖に輪をかけた。

「……わ、私……今日は、ちょっと……その、用事があったのを思い出しちゃって……! じ、自分から誘っておいてほんと、ごめんなんだけど、その……」

 こうやって言い訳を並べてしまうなんて、つまるところ私にはまだ覚悟が足りなかったのだ。

 両腕で顔を隠しながらの謝罪になってしまったのは、情けなさと申し訳なさで隼しゅんくんの顔が見られなかったからだ。

 ……どうしよう。隼くんに噓うそを吐ついてしまった。ここまできてエッチを断るなんて、男の子からしてみたら酷ひどい仕打ちなんじゃないのかな。

 嫌われたらどうしよう。不安で息が苦しくなってきた。

 やっぱり今からでも「しよっか」って言うべきなのかな。でも、口が動かない。どうすれば──。

「……わかった。ごめんね、無理させちゃって」

 私の不安や緊張を緩和させてくれるかのように、隼くんは怒ることも落胆することもせず、ただ申し訳なさそうにそう言った。

 どう考えたって、謝るのは私の方だ。

 それなのに隼くんはその後もいつも通りに接してくれたし、どうしても生じてしまった気まずさを少しでも減らそうと努めてくれたりもした。

 どうしてこんなに優しいんだろう。隼くんの言動は、私の想像とは全く違っていた。

 咲さきとか友達の話を聞いてきて偏った知識を植え付けられてきた私は、男の子は基本的に頭の中はエッチのことしか考えていないと思っていたからだ。

 だけど隼くんみたいなモテる男の子はやっぱり、余裕があるのだろうか。ラブホで二人きりでキスまでしておいて、その先は駄目だと告げる私にガッカリしている様子もないし、無理やり迫ってくる気配なんて微み塵じんもない。

 女の子に不自由しない経験豊富な隼くんはきっと、その辺の男の子とか私みたいな処女には到底考えが及ばないような思考回路を持っているのだろう。

「……そうだな、このままだとちょっと悔しいもんな。よし、逆に俺たちで何かあいつらを驚かせることを考えようか?」

 気まずくなってしまった空気を変えようとしてくれる隼くんの優しさが伝わってくる。彼はいつだって、私とは比較にならないくらい大人だ。

 私が彼女として隼くんの隣にいるためには、やっぱり私も経験豊富な女じゃないと釣り合わないのだろうな。

「うん、賛成! ……でも今は、もうちょっとだけ、その……。せっかく来たんだし……最後に、ぎゅーってしてもらってもいい?」

 襲ってくる不安に耐えられなかったのだろうか。気づけば私はそんな我わが儘ままを口にしてしまっていた。

 二つ返事で受け入れてくれた隼くんに抱き締められながら、私が求めていた安心感を与えてくれた彼の体温と匂いを体に覚え込ませるかのように、背中に手を回した。

 抱き合うのは、好き。ずっとこうしていたいくらい。物理的にも心情的にも、隼くんには離れていってほしくない。

 密着したくて、安心したくて、さっき隼くんにされたみたいに自分から舌を入れてみる。

 隼くんが少し驚いているみたいだけど、私、ちゃんと上手にできているのかな? 私だけが気持ちいいのは嫌だな。隼くんにも感じてほしいな。

 一生懸命に動いてみながら、もしかしたらこういう気持ちが二人でエッチするために一番大切なんじゃないのかなって、蕩けそうな頭の中で処女なりに考えてみたりした。