6 修学旅行とプール


「ううん……」

 バイト中。

 ネタメールを考えていると思わずうなってしまった。

「どうしたんですか、後輩クン。勉強のことで何か悩みでも?」

「それは大丈夫なんですよ」

 借りたままになっている【バクチ打ちのシャーペン】は、しばらく借りていていいとさんは言った。

 そのおかげで、テストは手応え十分。

 平均点以上は確実だろうという予想で、たかさんと答え合わせをしてみたところ、赤点と補習授業は回避できそうだった。

「テストのことかと思ったんですが、後輩クンは悩み多き男ですね~」

 ほんわかした口調で芙海さんは微笑ほほえむ。

「テストは、芙海さんのおかげで……いや、勉強会のおかげで良かったんです」

「後輩クンはやるときはやる男ですからね」

 いやし系気取りでニコニコと微笑んでいるけど、いつ拳が飛んでくるかわからないので気が抜けない。

 何が地雷になるのかわからないので、芙海さんとの会話は距離を取るのが正解だった。

「テストみたいに点数がわかるようなもんじゃないから困ってるんですよ」

 あの約束から数えて二回目の放送が昨日あった。

 一回目に比べて、数多く送ってみたものの、手応えはなかった。

 送ったコーナーがはじまると、ドキドキしながら『さわやかポンチ』のラジオネームが聞こえてくるのを待ったけど、二回目の放送もその名が呼ばれることはなかった。

 簡単に読まれるもんじゃないってのはわかっていた。でも苦心して考えたネタが箸にも棒にもかからないと、ちょっとショックだったりする。

 届いてないんじゃないか? 迷惑メールに振り分けられてるんじゃ? 送る時間がギリギリすぎるのが悪いのか? そもそもつまらない? 俺やっぱセンスない? などなど。考えても考えても、答えはでない。

 スマホのメモ帳に記入したネタは、全部送っていたので、また一から考えないといけない。というわけで、今は空白に戻ってしまっている。

「何に悩んでいるかわかりませんが、思い悩むより、一旦何も考えないほうがストレス発散になっていいかもですよ?」

「ストレス……」

 ないわけでもない。

 あんなに楽しみだった放送日は、今じゃちょっとした審判を待つ状態。

 高宇治さんは協力的だけど、正解があるものでもないし、ざっくりとした感覚的なことしか教われない。

「芙海さん、面白いって、なんなんですかね……」

「後輩クンが遠い目を!? これは重症です……!」

 目をいて驚く芙海さんは、むむむむ、と何かを考えて、結論が出たのか、うん、とうなずいた。

「明日、お休みですよね。何かご予定は?」

「いや、これといって、何も」

「出かけましょう」

「うん? 誰が、誰と?」

「後輩クンが、わたしとです」

「あの、拒否権とかあったり……」

「え?」

 純粋そうなまん丸の目をした芙海さんは、不思議そうに眉を持ち上げた。

「ないっすよね。拒否権なんか」

 この『先輩の言うことは正義であり絶対』っていう思想はどうにかならないのか。

「もしや後輩クンは、これをデートだと思ってしまったりして!」

「いや、大丈夫ですよ」

 じり、と距離が縮まってくる。俺の警戒心は距離に反比例してどんどん強まっていく。

「勘違いしないでくださいねっ」

「してないですよ」

 じりじり、と近づいてくるので、俺は目をなるべく離さないようにゆっくり後ずさっていく。そう。野生の熊を見つけたときのように。

 冷静に、落ち着いて、距離を取って……。

「こ、後輩クンといえども男子ですから、わたしのことを意識してしまうのは無理もありませんが──」

 下がりまくる俺の腰のあたりに固い感触があった。カウンターの隅までいつの間にか来てしまったらしい。

 やばい。

「マジで本当に意識してないですから」

 って言っても、どうもうな熊以上に怖い芙海さんは、俺の話なんて全然聞いてない。

「芙海さん芙海さん、今バイト中なので──お客さんが来るかも──」

 芙海さんは自分用の踏み台をつかみ上げた。

「え、えっちなことは期待しないでくださぁ────いっ」

 そのままぶんと俺に向かって投げてくる。

「期待するような色気がどこに──ぎゃぁああ!?

 想像の何倍も速く飛んできた踏み台は、がん、と俺の顔面に直撃した。



 翌日の土曜日。

 電車で三駅ほど離れた繁華街の最寄り駅で、芙海さんと待ち合わせをしていた。

「チーセン、遅いね」

 昨日の夜、はるに今日の予定を訊かれて答えると、行きたいと言い出したので連れてきたのだ。もちろん芙海さんにも了承をもらっている。

「遅いって言っても、時間ちょうどになったばっかだろ」

 待ち合わせ時間より一五分ほど早く着いたので、待っている気分になるのはわかる。

「後輩クーン、ギャルちゃーん、お待たせしましたー」

 改札を出た芙海さんが小走りでやってくる。

 ちょこちょこしている小さな女の子という雰囲気で非常に愛らしい。普段の行いを知っている俺は、それが残念でならない。

「チーセン、遅いってば」

「ちょうどですよー」

「あたし、水着見たいんだけどいい?」

「いいですよー。ああ、そういえば二年生はその時期でしたね」

 その時期?

 先日中間テストが終わったばかりで夏までまだ少しある。シーズンにはまだ早い。

 歩きだした女子二人のあとをついていく。迷いのない足取りで、商業ビル施設にやってきた。

 テナントの大半がレディースショップで、服や雑貨などが売られている。

「今年も、ブラなんとかホテルに泊まるんですか?」

「ホテルブランティア、だっけ?」

 と、春が水を向けてくるので、ようやく俺は二人が来週後半から行く修学旅行の話をしていることに気づいた。

「あー。泊まるところ? たしかそんな名前だった」

 しおりも渡されていて、そんなシャレた横文字のロゴが宿泊先の欄にあった。

「調べたらさ、プールあんじゃん! ってなったわけ」

 それで今日ついて来たがったのか。

「去年は、時間は限られていましたけど、みんな遊んでましたね~」

 担任の先生は、プールについてとくに言及はしなかった。

 ということは、館内施設のひとつってことで入ってもいいんだろう。

 エスカレーターに乗っていると、春が思い出したように言った。

あかりの服もあとで見に行こ」

「覚えてくれてたんだ?」

「ったりまえじゃん。ま、ファストファッションで全然間に合うとは思うけどね」

 俺のことを確認するように春は上から下に視線を動かした。

 高宇治さんとデートするときの服がないので、以前春に相談をしたのだ。

 そのとき遠回しにダサいとディスられたが、今日何も言わないってことは、平均点は取れていたらしい。

「え。てか水着って学校のやつじゃないの?」

「なわけないじゃん。可愛かわいいの着たいに決まってるっしょ」

「なわけないんですよ。ギャルちゃんはエッチなのを着て後輩クンの目線を独り占めしたいんですよ」

「ち、違うしっ! 全部違うし。チーセン適当なこと言い過ぎ」

 もう、と春が背を向けた。

 お目当てのショップの階で降りると、慣れた様子の春は、女子でにぎわうフロアをすり抜けるように歩いていく。

「こっ、後輩クーン!?

 声が聞こえて振り返ると、芙海さんが女子の波にさらわれそうになっていた。

「芙海さん!? ああ、ああ、何やってるんですか」

 レスキューするべく、そばに駆け寄って人混みから引っ張り出した。

「大丈夫ですか?」

「はい。なんとか。男性相手なら、道を切り開くんですが」

 武力で解決しようとするのやめてほしい。

「わたしに続くように、と」

 誰も続かねえよ。芙海さん、世が世ならすごい武将になってそうだな。

「何してんのー?」

 おーい、と春が目当ての店の前で手を振っている。

 そこの店の入口では、マネキンがビキニやらパレオやらを身に着けて、夏を先取りしていた。

 入りにくいなぁ……。

 俺だけかもだけど、女性用下着の店の前を通るだけでもちょっと抵抗がある。水着とはいえ、似たような布面積ってことを考慮すれば、目のやり場に困らないわけがない。

「俺ここで待ってるわ」

 ちょうど休憩用のベンチがあったので指を差す。

「なんでー?」

「男が入る場所じゃないだろ」

「誰も気にしないって。そうやって意識しているほうがムッツリ感半端ないよ」

「意識しなければいいんですよ」

 無理だろ。

「さあさあ、行きますよ」

 芙海さんが袖を引っ張るので、抵抗できるわけもない俺は店内に連れ込まれた。

 三人ほどいる店員さんもギャル系ファッション。春がショップ店員に進化したら、こんな感じになるんだろうな。

 俺を除くとお客さんは高校生~大学生くらいの女性ばかりで、居心地が大変よろしくない。

 春が鏡の前で気になった水着を合わせている。キープしているものは片手にいくつか持っていた。

「芙海さんは、去年買ったんですか?」

「ちょっと脱いだらみんな見ましたよ」

 そりゃ、色んな意味で注目されるだろうな。

「男子なんてみんな子供です」

 やれやれ、とオトナの女ぶってる芙海さんだけど、子供ってのはこっちのセリフでもある。

「芙海さんは、スクール水着が一番いいんじゃないですか」

 体型的に。

 軽い冗談を言うと、いやし系小学生みたいな芙海さんの顔がはんにやみたいになった。

「はぁ?」

「すみません。何でもないです」

 怖ぇぇぇぇ……。この人、後輩にイジられるのは死ぬほど嫌いなタイプだ。

「灯は、水着はどんなのがいいの?」

 商品のサングラスを頭の上に乗せた春がいてきた。春がそうしていると不思議と似合う。

「どんなのって……」

 ファッションセンスを試されている気分だった。

 見てもわからないので、適当にひとつを選んで春に突き出した。

「あ、灯って、こっ、こういうのがいいんだ……」

 春がまじまじと観察している。

 俺がほぼランダムで選んだ水着は、他の物よりも布面積が少ない黒ビキニで、トップスの部分は、春が着れば横も下もおっぱいがはみ出そうなものだった。

「い、意外っていうか……さすがのあたしも勇気要るっていうか……」

 威勢をなくした春が、もにょもにょと口ごもる。

 ノリノリでグラサン頭に乗せてるやつが、そんな反応するって、相当スケベな水着選んだみたいじゃねえか。実際そうかもしれんけど。

「いやいや、今のは適当に! 好みとかじゃなく、本当に適当に選んだだけで!」

「後輩クンも、好きですねぇ……」

 あ。ダメだ。フォローすればするほど、ガチで選んだ感が出る。

「ちゃんと考える、ちゃんと選ぶから、俺にもう一回チャンスをくれ!」

「いやそこまでガチだと引くから」

 なんでだよ。

 金髪をいじいじと弄びながら、春が恥ずかしそうに言う。

「ま、まあ? 灯のファーストタッチはあたしなわけだし? エロいやつを期待するのも、わかるっていうか……」

 わかるな。

 ファーストタッチってなんだよ。

 そんなとき、春が何かに気づいた。

「あれ? サーヤちゃんじゃない?」

 指差した先には、たしかに私服姿の高宇治さんがいた。

 俺んちで勉強会をしたときの、気合いが入っていると春が評したあの私服ではなく、今日は少しラフな格好だった。

「サーヤちゃーん! おーい!」

「こら、バカ、呼ぶな! 今俺がどんな状況だと思ってんだ!」

 さっと俺は身をかがめて春に苦情を入れる。

 こんな男子禁制の場所にいるところを見かけたら、変な勘違いをされかねない。

「いいじゃん、別に。灯だってそっちのほうがうれしいでしょ。時間的にこのあとランチ行くんだし」

 そ、それもそうか。

 こそこそ、と俺は店を脱出。これで見つかっても問題ない。

 そのときには高宇治さんの姿はもうなく、人混みに紛れて見失ってしまった。

 春の声が聞こえなかったんだろう。

 スマホが振動していることに気づき、画面を見ると見知らぬ番号からだった。

 もしや高宇治さんでは。アプリで通話していたから電話番号にかかってくるのははじめてだ。

「も、もしもし」

『高宇治だけど』

「……ああ……そっちの高宇治か」

 半音上がった俺の声のトーンは一気に下がった。

 相手はなおみちさんだった。番号は高宇治さんに訊いたんだろう。

「なんですか」

『マンシンの放送、あとから聴いたぜ。読まれなかったな。「さわポン」』

「……そうですよ。あと、『さわやかポンチ』を略さないでください」

『次でラストだからな』

「わかってますって」

あやはな、俺からラジオリスナーとして英才教育を受けてんだ』

「兄なら他にやることもっとあっただろ」

『……』

「それが、なんですか?」

『だからよ、ロクにメールを読まれねえようなやつのことは、なんとも思わねえってことだよ』

「そうとは……」

 限らないだろう、とは断言できなかった。高宇治さんを語る上で、ラジオとその姿勢について避けては通れない。

『まあ、頑張れよ?』

 笑いを含んだ声でそう言うと、直道さんは電話を切った。


    ◆高宇治沙彩


「もういないわよね……?」

 沙彩がきょろきょろ、と周囲を見回しても、見知ったクラスメイトの顔は見えない。

 ほっとあんの息をついて、春と灯がいたショップからどんどん離れていった。

「どうしてあんなところに」

 誰かと会う予定ではなかったので、比較的ラフな格好で来てしまった。灯がいるとわかっていれば、もう少しまともな服を着たのに。

 今日ここに来ることは、今朝決まった。

 沙彩も春と同じく、来週にある修学旅行で着る水着を選ぶために、財布と一緒にここまでやってきたのだが、灯と遭遇するとは夢にも思わなかった。

 誰にも言わなかったのは、修学旅行だからって水着を新調して、ハメを外そうとしていると思われたくなかったからだ。

 実際そうだとしても、『高宇治沙彩』としては、そういう手合いを一笑に付すような人物であるべきだった。

 だが、春に見つかってしまった以上、ここは大人しく帰るべきだろう。

 プランB。修学旅行は、学校指定の水着にする。

 そちらのほうが浮ついている感じも出ないし、何よりみんながイメージする『高宇治沙彩』らしい。

「兄さん、何しているの?」

 ベンチで休憩をしていた財布……もとい兄は、スマホを見ておかしそうに笑っている。

「いや、あいついいツッコミするなぁ、と思って。敬語じゃないところもだし、シンプルで早かったな。名手のやりみたいな鋭さだったわ」

「槍……? 何を言っているの」

「んで? ほしいもん決まったのか」

「いいの。やめることにする」

「遠慮しなくていいんだぞ? てか何買うんだよ。パンツとブラか」

「気持ち悪いわね、兄にそんなことを尋ねられるなんて」

「そんなこと言うなよ」

「お金だけ出してくれればよかったのに。妹の買い物にわざわざついてくるなんて、気持ち悪いわよ?」

「反抗期かよ……」

 これで、兄は結構忙しい。仕事であるラジオの収録は週に二度、生放送が一度あり、その打ち合わせなども合わせると、昼も夜もなく働いている。

「今から先輩に昼飯呼ばれたんだけど、沙彩も来るか?」

 こうして、芸人時代のお世話になった先輩たちから食事に誘われることも多々あった。

「遠慮しておくわ。私がいたらできない話もあるでしょうし」

「そういうんじゃねえけどな」

 直道は財布から一万円を抜いて渡した。

「何買うか知らんけど、ほれ」

「もういいの」

「本当にいいのか? じゃあ、俺遅くなるから夜は一人で食ってくれ」

 直道はお札を財布に戻し去っていく。

 遠くでは、灯と春、芙海の三人がフロアを歩いているのが見えた。

きみしまくんとがわさん、仲良いわね……」

 灯が水着を選んだのだろうか、と思うと、胸がチクリと痛む。

 では、自分から選んでほしい、と灯に言う勇気があるのかといえば、そうではないし、いろが灯くんと下の名前で呼んでいるのも、まだ納得がいっていない。親しいとは思っているが、そう呼んでいいのか。

 灯の前では、素の言葉や態度、表情が徐々に出せるようになっても、まだ『高宇治沙彩』の殻は破れないでいた。


    ◆君島灯


 修学旅行初日。

 いつもの時間より少し早めに登校させられた俺たち二年生は、グラウンドに集められていた。

 出席を取って出席番号順に並ばせ、そろったらバスに乗せるというミッションを担任から受けた俺と高宇治さん。

 出席簿を持って、高宇治さんがおろおろしている。

「あの、順番に……並んで……」

 と声をかけていくけど、これから修学旅行に行くというボーイ&ガールのテンションが低いわけもなく、並ぶこともせず周囲の友達としゃべり続けていた。

【大人数苦手】のステータスを持っている高宇治さん。

 真面目な性格だから、先生からの指示をどうにかこなそうとしているけど、あまり上手うまくいっていなかった。

 朝一で眠いけど、そんなこと言っている場合じゃない。

「高宇治さんは、出席確認のほうをお願いしていい?」

「ええ」

 おほん、と俺は準備運動とばかりにせきばらいをする。

「出席番号順に並んでください! 一生バス乗れませんよー。出席番号順に──あ、来た人は高宇治さんが出席取ってるので、高宇治さんまで──」

 声をかけながら俺は列を後ろのほうへと移動していく。

「灯くん、超やる気だね」

 キャリーケースの脇に座っていたとりさんが、仲間を見つけたような目をしていた。

「やる気っていうか、学級委員だから」

「灯もなんだかんだで楽しみだったんじゃん」

 そばにいた春がしししと笑っている。

「出席番号順に並べってさっきから言ってんだろ、この不良」

「はぁ? ギャルと不良って違うんだけど」

 線引きがさっぱりわからないけど、俺に注意された春は、渋々といった様子で荷物を手にする。大きめのキャリーケースにでっかいボストンバッグを持っていた。

「あたし移動するから、灯、これ持って」

「俺はベルボーイじゃないんだよ」

「学級委員ってクラスメイトの世話係でしょー?」

「違うわ。だとしても、おまえの身の回りの世話は含まれてねえんだよ」

 ボストンバッグを押しつけられてしまった俺は、仕方なく運んであげる。

「ありがとね」

「こんな大荷物、一体何持っていく気なんだよ」

 キャリーケースに行儀悪く座る春に、ボストンバッグを返す。

「いっぱいあるよ? 水着とか」

「……」

「え。なんか想像した? 灯のエロー」

 ういー、とつま先で俺の足をちょんちょん、と触ってくる。

「してねえよ。ハレンチ不良ギャル」

「線引きわかんないからってまとめないでよ」

「ただでさえデカいんだから、自重しないとポロリすんぞ」

「灯って春ちんのおっぱい見すぎじゃね?」

「……」

「即否定できない灯は、おっぱい星人」

「うるせえ」

 けらけら、と春が笑う。

 春も例外ではなく、テンションが高いらしい。

 芙海さんと春とでショッピングに出かけたとき、水着を買ったらしいけどどんな物を買ったのか、俺は確認していない。

【ピュア】がステータスにある春だから、際どいものだったり、冒険するような水着ではないことだけは想像がつく。

 ハイテンション高校生をまとめるのに一苦労した俺は、ようやく全員が揃ったことを確認し、先生にそれを報告。ようやくバスに乗車することになった。

「君島くん、お疲れ様」

「ううん。高宇治さんこそ」

「私はただ出席したことを言いに来た人のチェックをしていただけだから。助かったわ。ありがとう」

「役割分担ってことで。高宇治さん、大人数相手は苦手だろうし」

「……よくわかるのね?」

「あ。いや、なんとなくね。なんとなく」

 ステータスにあるから、なんて言えるはずもなく、はは、と俺は笑ってす。

「さっき、瀬川さんと楽しそうだったわね、君島くん」

「そうか? あんなもんだと思うけど」

 テンション高めということを加味しても、普段通りの範囲内だろう。

 何か高宇治さんは、確信めいた顔で一度うなずく。

「仲良い二人が楽しそうにしゃべる──それはもうラジオよ」

「あ、違いますよ?」

 高宇治さんも変なスイッチ入ってんな?

 核心を突いてやった、みたいなドヤ顔してるけど、意見が偏りすぎだろう。

「私、仲が良いからこそ二人の世界観があると思うの」

「珍しい見方してる!?

「私が中に入ってしまうと、あのリズムでしゃべったりすることはないでしょうし……」

「え、何目線?」

「その輪に第三者が入ったら違うものになってしまうのは、ラジオパーソナリティに対する想像と一緒だから、君島くんと瀬川さんのしゃべりは、やっぱりラジオだと思うの」

「違うけど?」

 これ以上暴走しないように、はっきりと否定しておいた。

「けれど、そんな二人の輪に入れないのは、疎外感を覚えることもあるのよ?」

 整った眉と目尻が下がり、切なそうな表情を浮かべる高宇治さん。

 物憂げな流し目をするそれは、映画のワンシーンみたいだった。

 その憂鬱そうな目つきが、とがめるようなものへ変わった。

「君島くん、おっぱい星人らしいじゃない」

 一番聞かれたくないくだり聞かれとる!?

 まさか、やきもちをお焼き遊ばされているんじゃ……。

「私だって……胸のことを褒められたりするんだから……」

「え?」

 き返すと、高宇治さんは荷物をバスのトランクに預けてそそくさと乗り込んだ。

「それ、乗せるの?」

 トランクの荷物を整理している運転手さんに訊かれ、「ああ、はい」とぼんやりと返事をした俺は、バッグを預けた。

「さっきのは……」

 自分もそれなりにあるのだと、そういうアピールなのでは。高宇治さんの胸がないと思ったことはない。スタイルいいし。

 そのとき、体がふわりと淡く光り、ステータスの更新があった。


────────

・君島灯

・成長:急成長

・特徴特技

 強心臓

 ラジオオタク

 ポーカーフェイス

 褒め上手

 ライジングスター

 脚色家

 リーダーシップ

────────


 新しく【リーダーシップ】を覚えたらしい。

 さっきの学級委員のミッションをこなしたおかげだろう。

 これで、リーダー的なムーブを見せやすくなった。

 ……あれ? 【モブ】がなくなった。

 推測だけど、【リーダーシップ】と相反するからかな。

 考えてみれば、リーダーがモブなわけないもんな。

 俺のすぐ後ろには名取さんがいた。

「灯くんの隣って席空いてるー?」

「うん。たぶん」

「私はないからなぁー」

 困ったようにてへへと笑う。

「何が? 忘れ物?」

「言わせる、それー?」

「何の話?」

 マジで全然わからん。

 俺のそれが伝わったのか、名取さんが「胸だよ、胸」とこそっと耳打ちした。

「そ、そう……?」

 意識してなかったけど、改めて確認してみると、そうかもしれん。

「もうほんとコンプレックスなんだからー」と名取さんは明るく笑い飛ばす。

 バスに乗り込んで空席を確認すると、後ろのほうは派手な男女が陣取り、すでにお菓子を開けてパーティ状態だった。

 どこに座っても自由だけど、手前の座席になっていくにつれて、クラスメイトの大人しさが増していくようだった。

 高宇治さんと春はすでに乗っていて、窓側の席に前後で座っている。隣は空いているらしかった。

「「……」」

 ちらちら、と二人がこっちを見ている。

 高宇治さんの隣が空いている……。

 空気が読めないバカのフリして座ってみようかな。

「ここ他の子の席よ」って言われるかもしれないけど、念のため……。

「灯くん、あそこ空いてる」

 袖を引っ張る名取さんがグイグイ、と通路を進む。

「名取さん──?」

 隣が空いているかどうかってそういうことか。

 うれしいけど、今は──。

 高宇治さんと春の席を通り過ぎようとしたとき、反対側の袖が掴まれた。

「君島くん、どこへ行くの」

 キリリとした表沙彩の顔で高宇治さんが言うと、代わりに名取さんが答えた。

「あっちが空いてるから、そこにしようかなって。ね?」

 俺が何か反応する前に、高宇治さんが声を大にして言う。

「学級委員は、席は隣同士って相場が決まってるのよ」

 決まってんの?

 じゃー、仕方ないか。うん。

「えー? そうなのー? 本当に?」

「みたいだよ、名取さん」

 都合がいいので乗っかっておく。

 俺のペラペラな便乗を聞きもしない名取さんは、疑わしそうに高宇治さんを凝視している。

「君島くんを離してあげて。早く座らないと、後ろがつっかえるから」

 俺が困ったように春に目をやると、やれやれと言わんばかりに首を振った。

「ヒーロちゃん、あたしの隣空いてるよ? ここ来なよ」

 ぺしぺし、と空席をたたく春。

 なんて頼りになるおさなじみなのか。

「じゃあ、お邪魔しようかな」

 ぱっと手を離した名取さんが春の隣に座った。

「学級委員だし、隣、失礼します……」

「ぞ……」

 ぞ?

 俺が首をひねっていると、それは高宇治さんが発した音らしく、よくわからなかったが春同様に空席を叩いている。

 歓迎してくれているようだった。

 あ、どうぞって言ったのか。

「隣のクラスも、学級委員はバスの座席は隣同士みたいだし、ふ、普通よ」

 ああ、だから相場って言ったのか。けど……。

「たしか、その二人って付き合ってるから、そりゃ隣同士にも──」

 高宇治さんがシャッとカーテンを引くと、その向こうに隠れてしまった。

「高宇治さん?」

「……そういうことだったとは、私、思わなくて」

 そういうこと?

「サーヤちゃんは、勘違いで大自爆カマしたのがハズイんでしょ?」

「違うわよ」

「カーテンから出てきて言いなよ」

 スティック状のお菓子、サクサッキーをポリポリと食べる春。

 どうやら、名取さんがあげたらしく、箱を持っていた。

「灯くんも食べる?」

「ありがとう」

 手でもらおうとすると、名取さんは口元にサクサッキーを運んでくる。

「どうぞ」

「名取さんこれは」

「あーん。わかんないわけないでしょー」

 くるくると楽しげに名取さんは肩を揺らす。カーテンの隙間から高宇治さんがじいっとこっちを見ていた。

 怖ぇぇ……

「ヒーロちゃん、いい加減にしないと、そろそろあたしも怒るよ?」

「じゃ、春ちゃんのほうに、あーん」

「あーん。おいしっ」

「良かったぁ」

 なずけられとる!

 シャッと高宇治さんがついに出てきた。

「名取さん、お菓子はダメよ。持ち物に書いてなかったわ」

「禁止とも書いてなかったよ?」

「修学旅行は学校行事。授業の一環だと考えれば、余計な物は持ち込まないのが当たり前で──」

「沙彩ちゃんも、あーんしてあげる」

「……」

 差し出されたサクサッキーを見つめた高宇治さんは、野生の野良猫みたいに警戒をして、はむっと食べた。

 残りを自分の手で持ち、サクサクサク、と食べている。

 窓の外に目をやっているけど、ちょっと嬉しそうな、まんざらでもない顔がガラスに映っている。

 このお菓子、キビダンゴかなんかですか?

「おいしい?」

「ええ。お菓子の味だわ」

 そりゃそうだろ。

「沙彩ちゃんも普段お菓子食べるー?」

「少しくらいは」

 たしなむ程度には、みたいな澄まし顔しているけど、ジャンクフード好きな高宇治さんがスナック菓子を食べてないはずないんだよな。

 そういえば、名取さんが高宇治さんを下の名前で呼んでいる。するりと自然に。

 春と同じ【抜群の社交性】を持っている名取さん。

 懐に入るのが上手いのかもしれない。

 ……沙彩ちゃん、か。

 俺もいつか下の名前で呼べる日がくるんだろうか。



 バスに荷物を置いたまま、目的地のひとつである歴史美術館に入った。

 この地域にいた歴史上の人物や近代の偉人の紹介だったり、古い史料が展示されていて、正直あんまり興味がない人からすると、まったくつまらない場所ではある。

「サーヤちゃん、説明文熟読してるし」

「……」

【高集中力】があるせいか、高宇治さんはちやしてくる春を完全に無視している。

 対照的に、春はちらっと見ては次に行くことを繰り返していて、ひとつひとつ見ている俺と高宇治さん、名取さんに、向こうに何があるか教えてくれた。

「あっち、カッチューあるよ、カッチュー」

「前で行動してるクラスの邪魔になるから大人しくしてなさい」

「だって鬼つまんないじゃん」

「言うなよ。思っててもみんなそれ言わないようにしてんだよ」

「どっちも良くないけど、『みんな』ってくくっている灯くんのほうが悪いような?」

 と、名取さんが小首をかしげている。

 高宇治さんが興味津々そうなので、大して興味のない俺は学級委員としてクラスをまとめることに注力をした。

「灯って先生なん?」

「違うわい」

 この幼馴染だけ騒がしいけど、あとはみんな俺が注意したことを守ってくれる。

 ていっても、担任が言ったことをもう一度繰り返しているだけで、みんな案外従ってくれる。

【強心臓】がある俺には、以前より度胸があって、クラスメイトに何か言うのに抵抗がない。

【リーダーシップ】のステータスもあるからか、みんなが素直に聞き入れてくれるようだった。

 約二時間ほどで美術館をあとにすると、宿泊先であるホテルにチェックイン。

 勝手にビジネスホテルみたいなところだと想像していたけど、一〇段階でランク付けするなら七くらいだろうか。

 ロビーは明るくて広く、じゆうたんもふわっとしている。

 ホテルのフロントマンも落ち着いた雰囲気でキリっとしているように見えた。

れいで大きいわね」

 見回して高宇治さんがぽつり。

「結婚式とかできる会場もあったりするみたいだよー?」

 聞こえていた名取さんがスマホを見て補足した。

「そりゃそうっしょー。プールあんだよ? チーセンも言ってたじゃん。結構いいホテルだって」

 わかってました、と得意そうな口ぶりの春だけど、そわそわとあちこちに目をやっていた。

 バスの車内で連絡があった通り、夕食まで一時間ほど自由な時間がある。プールに行く生徒は多いらしく、車内はその話題でもちきりだった。

「春ちゃんもプール行く?」

「もち。そのために買ったもんね」

「えー、そうなんだ。私も買えばよかった」

「ヒーロちゃん、もしかしてガッコのやつ?」

 聞こえていた高宇治さんがビクりと反応すると、名取さんがうなずく。

「うん。ま、いっか。私ちっちゃいし、注目度も低いだろうから」

「ガッコのやつでも、それはそれでイイって、SNSにあったよ」

 そうなんだー、と名取さんが気を良くしている。ほぅ、と高宇治さんもなぜか胸をでおろしていた。

 てか、春は偏った情報収集してるな?

「高宇治さんは、プール行く?」

「……どうしようかしら」

 水着を持ってきてはいるけど、高宇治さんが行かないなら、行かなくてもいいかなってくらいの温度感である。

「灯くん、行こー? ホテルでプールだよ? 学校のとは違うんだよ!?

 名取さんが力説すると、春がしししと笑った。

「灯はエロいから、水着見て鼻血出すかもね」

「出さねえよ。漫画かよ」

 プールに興味がないわけじゃない。せっかくだし、行ってみたい気持ちはある。同室の男子も行くらしいし、行かないとなると部屋に一人ぽつん。

「サーヤちゃん行こー」

「……そんなにしつこく誘われたら、断るほうが無粋よね」

 やれやれ、といった様子で高宇治さんが白旗を揚げた。

「私もやっぱ買えばよかった」

 しょぼんとした名取さんが、自分の胸元に視線を落としている。

「名取さん、大丈夫だよ。水着審査やるわけじゃないし、他にもスク水の人いると思うよ」

 とは言うけど、俺も一応派手でない程度の自前の水着を持ってきている。

「少数派なら、それはそれで良い目立ち方をすると思うし」

「もしかして、春ちゃんが言ったSNSの人ですか?」

「違います」

 偏った見方の人間だと思われかねないので、きっぱりと否定しておく。

「君島くんは、スクール水着が好きなの?」

 ちょっとした質問かと思ったら、高宇治さんは意外と真面目な目をしている。

「そういうわけじゃないよ」

 一旦否定しておく。

 うちの学校のプールの授業は男女別。去年の俺は、他のミーハー男子に交ざって高宇治さんのプールを見る勇気もなかった。

 高宇治さんの水着……本物を見たらマジで鼻血出すかもしれん。

「俺がSNSでそんな発言したわけじゃないから。俺がっていうか、男子の総意として、ビキニもあってスクール水着もあるっていうバリエーションが大事っていうか」

 ……フォローしてるとはいえ、何言ってんだ俺。

「じゃあ学校のやつでもいいんだね」

「学校指定の水着でもいいのね」

 名取さんと高宇治さんの声が被った。

 チェックインが順番通りに進んでいき、四人一部屋の一室を案内され、さっそくプールへ行く準備をする。

 普段行けないやや高めのグレードのホテル、プール、修学旅行、たぶん女子の水着が見られる……男子が浮かれないはずがないのである。

 同室の男子たちと部屋を出ていき廊下を案内に従って歩いていく。プールの手前にあった専用の更衣室で水着に着替えた。

 はしゃぐ声がすでに聞こえていて、扉を開けると学校のものよりも大きく清潔そうなプールがあった。

 短めのウォータースライダーもあり、すでにうちの生徒らしき男子たちが滑り降りて笑い声を響かせていた。

 プールサイドには、寝そべるベッドタイプの白いベンチがいくつもあり、そこで休憩している人もいる。

 どうしようか考えていると、ぺちんと背中をたたかれた。

「いた!?

「灯くん、入んないの?」

 そこには水着に着替えた名取さんがいた。

 締まった体にうっすらと日焼けをした腕や脚。けどそうじゃない部分は白い。本人が言ったように、胸は控えめ。ピチッとしている分、体のラインがよくわかった。

「あ、灯くん見すぎだから!」

 どん、と肩を突き飛ばされた。

「あ、ごめん! でもそんなに見てないから!」

「そ、そんなにってことは見てるんだ!」

 さっと体を隠すようにひねる名取さん。

「てか、やっぱり私だけだよ……学校の水着……。恥ずかしい……。日焼けして黒いのもほぼ私だけだし、うぅ……」

 たしかに、男子は似たり寄ったりの水着だけど、女子はカラフルでワンピースタイプだったりビキニタイプだったりと様々だった。

 なんかフォローしないと。

「ええと、似合ってるよ」

「そ、そう……?」

 照れたような困ったような顔をする名取さんだったけど、ふと何かに気づいた。

「どうせ胸ちっちゃいよ! だから似合うんだよ!」

「似合ってれば、ペタンコでもいいんじゃない?」

「一個奥に踏み込んできてるよ!? フォロー下手!」

 ゲシ、と蹴られてプールに落とされた。

「ぶはっ。いきなり蹴るなよ──」

 水面に顔を出したときには、名取さんは他の女子に呼ばれ、とてとて、とプールサイドを走っていく。どこかへ行って戻ってくると上にTシャツを着ていた。

 なるほど……そうくるか。

「何してんの、灯?」

 プールサイドにいる春がしゃがんだまま膝を抱えていた。

「ちょっと、フォローをミスったらしい」

 話が見えなかったらしいけど、気にする様子はなく、すくっと立ち上がって、くねっとくびれを作ってポーズを取った。

「どう、あたしの水着?」

 黒の水着が白い肌と金髪によく映えている。

 オフショルダータイプの水着(っていうらしい)で、中央にリボンがあり、少し可愛かわいらしくもある。胸元から上は何もないので、首筋から鎖骨のあたりがすごく綺麗に見えた。

 首元のシルバーネックスレスがキラリと光っている。

【ピュア】がある春だから、もっと可もなく不可もない水着だと思ったけど、案外際どい。

 デカデカのおっぱいはこぼれそうだし、股のVの角度が急な気がする。

「エロいなぁ……いや、うん、エロい」

 しみじみと俺が言うと、カァァァ、と春の色白の肌が瞬時に真っ赤になった。

うそ!? だ、だって、店員さんブチ上がるって言ってたよ!? あれ嘘なの!?

 あー【ピュア】がそっち方面で発揮されたのか。

 その場にいなかったのでどんなヨイショをされたのかは知らないけど、春のやつ、みにしたらしい。

 むしろ超似合ってる。

 けど、男に感想を求めたら、エロいが素直なものだろう。

「思いっきり下に引っ張ったら、おまえ……おっぱい丸出しになるぞ」

「いや、思いっきり下に引っ張るからでしょうが」

 パシャ、とすくった水をかけられた。

「それもそうだな」

「灯があたしのことガチでオンナとして見てくるんだけど、ヤバ」

 また水をかけられた。

「こら。照れ隠しやめろ」

「照れてないしっっっ!!

 とんでもない大声だった。

「……高宇治さんは?」

 きょろきょろ、と周囲を見回す春。

「ゆーてあたし、そんなエロくないじゃん! 他のコもケッコー攻めてるし……ってことは灯、あたしのこと意識しすぎなんじゃ……サーヤちゃんのことが好きなくせにっ」

 バシャ、とまた水をかけられる。

「いや、聞けよ」

「え、何」

「高宇治さん、まだ着替えてるのかなって」

「ほんとだ。サーヤちゃん、さっき着替え終わってたんだけど、まだいないね?」

 首をかしげた春が、プールサイドを小走りする。

 上下左右に揺れてすごいな……。あそこだけ無重力なのか?

 すぐに更衣室へ行った春の声が聞こえてきた。

「なんでそんなのしてんの!」

「マナーとしてはこうするのが一般的だと思うけれど」

「市民プールじゃないんだから──」

 なんだ、何をめてるんだ。

 奥から一人、水泳キャップを被ってゴーグルをした人が出てきた。

 誰!?

 どこのスイマー!?

 春が後ろからスイマーの肩をつかんだ。

「取りなよ、これ。変だから」

「いいのよ、これで」

 ……あれ、高宇治さんなのか?

「サーヤちゃんってば、着替えたまではいいけど、たぶん見られるのがハズくなって顔を隠す暴挙に出たっぽい」

 スイマーの耳が赤い。

「ち、違うわよ」

 たぶん図星だ。

 着ている水着は、スクール水着。真面目な高宇治さんらしかった。

 ミルク色の二の腕に太もも。胸元から腰回りまでをなめらかな曲線が描いている。かたひもを直そうとすると、弾みで胸がむぎゅっとなった。

 春ほどの大きさはないけど、ずいぶんご立派で……。

 スクール水着だからインパクトはないけど、無駄がなくてスタイルが良く、水着女子という意味での完成度が圧倒的に高い。

「プ……プールは、泳ぐものでしょう?」

 言いわけじみた発言を聞いて、ようやく俺は我に返った。

「高宇治さん、ここ遊ぶプールで、ウォーキングしてるおじさんもおばさんもいないでしょ?」

 聞かせるように言うと、その隙に春がひょいとキャップとゴーグルを外した。

「あっ」

 高宇治さんの黒髪がさらりと胸元に流れ、ようやく素顔があらわになった。

「はい、こんにちは~」

 ふざけて春が言うので、俺も乗っかって「ちゃーす」と適当に挨拶をする。

 目が合うと、じわじわ、と高宇治さんのほおが赤く染まっていった。

「こ、こんにちゃ」

 あ、んだ。

 恥ずかしさが倍増したせいか、プルプルと高宇治さんが震えると、膝を抱えて丸くなってしまった。

 防御姿勢の高宇治さんに、春と俺が声をかける。

「サーヤちゃん、可愛いよ、水着」

「うん。似合ってる」

「……の、飲み物を買ってくるわ」

 俺に背を向けて立ち上がった高宇治さんは自販機のほうに歩きだし、お尻の食い込みを指で直した。

「まったく世話が焼けるな~」

 春もそのあとを追っていった。

 何かしらのフォローをするらしい。春なら俺と違ってうまくやるんだろう。

 俺はベンチに座ってギャーギャー騒ぐ同級生たちを眺める。

 にしても春と高宇治さん、遅いな? もう一〇分くらいつぞ。

 俺がエロい目で見てるからって帰ったりしないよな……? 否定はできないけど。

 もしそうなったら春も強く否定しないだろうし……。

 売店はないので、飲み物を買うなら自販機となる。

 プールサイドにひとつあったことを思い出し、二人の様子を見に行くことにした。

 そこでは、高宇治さんと春が男四人ほどに囲まれていた。

 色黒だったり金髪だったりタトゥーが入っていたり、お行儀のいい集団には見えない。

「遊んでんの?」

「もしかして高校生?」

「修学旅行? 学校どこのコ?」

 気安くフレンドリーに話しかける男たち。

 春も高宇治さんも不愛想に顔をそらして、会話をする気はなさそうだった。

 この様子で知り合いなわけがないだろう。

 ちらちら、と男たちが二人の体に視線をわせているのがわかった。

 そんな目に堪えるかのように、二人とも腕で体を隠そうとしている。

「これから飲み物を買って戻るの。どいてちょうだい」

「いい、いい。出してあげるから」

「マジでウザいっつってんの」

 高宇治さんも春も嫌悪を露わにしているが、子猫の反抗的な態度を楽しむかのように、男たちは真に受けずニヤニヤしたままだった。

「JKの体つきじゃねえよ」

「声かけられるの待ってたんだろ、本当は」

「まあまあ、最初はイヤかもだけど、そのうち楽しくなっからさ~」

「行こうぜー」

 金髪が高宇治さんの腕を掴んだ。

「ちょ──やめて……」

 はっ、と俺は我に返った。

 何ぼんやりと見守ってんだ。

 芙海さんとのやりとりがふと脳裏をよぎる。

『一対一なら、先手必勝で鼻を思いっきりシバきます。それで戦意が九割ダウンします』

 って言っていたけど、春と高宇治さんがいるといっても実質一対四。

 複数を相手にするときのことを聞いておけばよかった!

 何か使えるもの──。

 俺が周囲をきょろきょろ見回していると、くさくんと友達が、レジャー用らしきおもちゃのテニスラケットとゴムボールをバドミントンみたいに打って遊んでいた。

「じゃ次シクったやつ一発ギャグなー? ギャハハ」

 嫌な遊びしてんな。

「日下部くんそれ貸して!」

「え? あ、おい!」

 俺はおもちゃのラケットとボールを奪うと、集団の一人に狙いをつける。

 なんにでも応用が利くんだよな──?

 道具はちゃんとした物に限るとかケチなこと言うなよ──!

「【ライジングスター】!」

 俺はトスをして全力でボールを打った。

 その材質ではありえない唸りをゴォ、とあげて、狙った金髪の男めがけて飛んでいった。

 能力がきちんと発動され、イナズマをまとったボールが直撃する。

「ふげっ!?

 顔面にぶつかった男がプールサイドに倒れた。

「お、おい──大丈夫か!?

「たっちゃんに何してくれてんだ、てめえ!」

 俺が倒した金髪はたっちゃんっていうらしい。

「うっせえ! その子は、これから俺と遊ぶんだよ!」

 たんを切ると、残りの仲間が俺をにらみつけてくる。

【強心臓】のおかげで全然怖くない。

 けど、直接的な武力行使となれば、俺は完全に不利だ。

 ステータスをそれぞれ見てみても、これといった弱点らしきものは見当たらない。

【長い物に巻かれる】っていうのが共通であるくらいで……。

「あっくん、どしたん」

 ガタイのいい男子が話しかけてきた。

 あっくん? 俺のことか?

 この人、同じクラスで、たしかアメフト部のむらくん。

「まあ、ちょっと……」

 なんと説明していいかわからないでいると、ふとひらめいた。

 あいつら【長い物に巻かれる】んだよな……?

 数は力だ。

「戸村くん、他にアメフト部っている?」

「いるぜ。呼ぼうか?」

「うん」

 おぉーい、と戸村くんが声を出すと、気づいた六人がすぐにこちらへやってきた。

 殺気立って俺を睨んでいる男たちと俺の関係を、屈強なアメフト部七人に改めて説明する。

「せ、瀬川と高宇治を? ウチの学校のツートップだぞ」

「けしからん、けしからん……!」

「瀬川はオレたちにすら優しい良いギャルだ」

「高宇治は、全男子の清涼剤……。それを……」

 俺は沸々とたぎっているアメフト部をあおった。

「連れていっていいわけねえよな!?

「「「「おぉ!」」」」

【リーダーシップ】のおかげで小悪党ムーブが完全に決まった。

 ふと、男たちを見ると、もういなかった。

「アメフト部が集まったあたりで、ビビってあっち行っちゃったみたい」

 春が逃げた方角を指差していた。

「高宇治さん、春、大丈夫だった?」

 二人に駆け寄ってくと、春がピースしているけどその手は震えていた。

「だい、だいじょぶ」

 大丈夫じゃねえな?

「あんなことになるんなら俺も一緒に行けばよかった」

「よくあることよ」

 不愛想な表情のまま高宇治さんは言う。

 こっちは大丈夫そうだ。

「それはそうと……顔が固まって元に戻らないわ」

 あ、ダメそう。

「ちょっと怖かったけど、助かったよ。ありがとう、灯」

「いいえ」

「ボールで一人倒したとき、何が起きたかと思ったけど、カッコよかったわ」

「そ、そう……?」

 ニコリと笑ってくれればいいんだけど、表情が固まっているせいか、それとも関係なくそうなのか、無表情のままで本音が読めない。

 ようやく【ライジングスター】が役に立った気がした。

「あっくん、やったな」

 べしべし、と戸村くんが背中をたたく。軽くのつもりだろうけど、普通に痛い。

「上手いこといってよかったよ」

 俺が苦笑すると、アメフト部数人が顔を見合わせ、何かを確認する。

「担ぐぞ」

「担ぐ?」

 俺が疑問を口にすると、背中と足を支えられ、数人に担ぎ上げられた。

 完全にお輿こし状態だった。

「何、何すんの!?

「瀬川と高宇治を守ったあっくんを胴上げするぞ」

「「「「おぉ」」」」

「いいっ、いいっ! 胴上げなんていいから!」

 俺の拒否なんて全然聞いてくれないマッスルたちは、簡単に俺を上へ放り投げた。

「う、わぁああ!?

 一瞬の浮遊感を味わうと、みんながキャッチする。

「あっくん──あっくん──」

 されるがままの俺は、名前に合わせて宙を舞った。

「あっくんって呼ぶな! ハズいから!」

 みんなからも注目を集めているのがわかる。

 ケラケラと春がそばで笑っている。

 表情が死んでいた高宇治さんも、ようやく相好を崩していた。

 それが見られて安心した。

「もういい、もういいから」

 それから数度胴上げをされた俺は、上ではなく真横にぽい、と放り捨てられた。

「ほべぶが!?

 放り出されたのは空中じゃなくてプールの中だった。

「降ろし方他にねえのか!」

 ドッ、と見ていた人たちが笑った。だははは、とアメフト部たちの太い笑い声が響く中、高宇治さんもおかしそうに口元を隠して笑っていた。

 とんでもない目にあった……。

 よっこいせ、とプールから上がると、微笑を浮かべたまま高宇治さんが言う。

「ツッコミの間も表情も、声の大きさも完璧だったわ」

「JKは普通そんなテクニカルな評価しないから」

 そういうの、好きなんだなぁ高宇治さん。まあ、俺も好きなんだけど。

「高宇治さんは、直道さんの影響を受けてるのがよくわかるよ」

「兄さんもこの前、さっき私が言ったようなことを……、あ。もしかして、前の週末に兄さんから電話があった?」

「あ、そうそう。よくわかったね」

「同じことを言っていたから、ピンときて」

「同じこと?」

「君島くんのことを褒めていたわ」

 直道さんが? なんで? 俺、褒められるようなことした?

 自由時間の終わりが迫ると、そう言い残した高宇治さんと春や生徒たちが徐々に更衣室へ戻っていった。

 そこで、ステータスの更新があった。


────────

・君島灯

・成長:急成長

・特徴特技

 強心臓

 ラジオオタク

 ポーカーフェイス

 褒め上手

 ライジングスター

 脚色家

 リーダーシップ

 キレのあるツッコミ

────────


 新しく【キレのあるツッコミ】を覚えていた。

 さっきのプール放り投げが理由っぽい。

 自由時間が終わり、制服に着替えて夕食を食べ終わったあと、先生に呼び出された。

 どうやら、たっちゃんたちとめた件で、誰かが先生に通報したようだった。

 どう伝わったのかわからないけど、一般の客と揉め事になったっていうのが問題らしかった。

「いや、あっちが高宇治さんたちを強引にナンパしようとしてたから俺は──」

 って言っても全然ダメ。

 話が聞こえていたクラスメイトが俺のフォローをしてくれたけど、決定事項は揺るがなかった。

 まあ、強引だったとはいえ、先に手を出したのは俺だしな。芙海さんの教えを守って先手必勝。完全に奇襲だったもんな。

 大人しく従った俺は、用意された別室で原稿用紙二枚を渡され、それが書けるまで軟禁されることになった。

「こんなの書いてる場合じゃないんだけどな……」

 ペンの先で原稿用紙をノックする。

 ネタメール。

 明日の深夜が番組放送日で、締め切りは放送日当日の一八時。明日の放送が、直道さんから言い渡された条件の三回目となる。

 それらしきものはいくつか考えてあり、スマホのメモ帳に残している。

 けど、なんか違う。何が違うのか考えている間に、あっという間に今日を迎えてしまった。

「反省文なんかよりも何倍もやべえよ……」

 げっそりとした俺はため息をついた。


    ◆高宇治沙彩


 入浴が終わり、沙彩は一人で部屋に戻った。

 今は体育用のジャージに着替え、髪で肩や背中がれないようにタオルを置き、火照った顔を手で扇ぎながら、冷蔵庫で冷やしていたペットボトルの水を飲む。

 お風呂までは春が一緒にいた。

「ハダカの付き合いしよーよ、サーヤちゃん」

 なんて言って沙彩に付きまとっていたのだが、他に仲のいい女子を見つけると親しげに声をかけて、タオルは巻かず自慢のボディを堂々と見せつけながら浴場へ入っていった。

「浮気者……」

 ずっと一人でいれば気にならないが、二人でいた状態から一人になると、ほんの少し寂しい。

 それから一人になった沙彩は、完備されていた露天風呂にもサウナにも入ることなく、キャッキャとはしゃぐ女子を眺めながら、体を洗って内風呂に入り早々とお風呂をあとにした。

 同室の女子は、春とあと二人いるが彼女らもまだ戻りそうにない。

 しん、とした無音の部屋に一人でいるのが物悲しくなり、大して見たくもないテレビをつける。

 しおりをめくって、明日の日程を確認した。

 明日は班での自由行動。

 班決めの当初は、灯、春、沙彩の三人だった。ぼっちを作らなければ班は何人でもオーケーというゆるさだったのだ。

 しばらくすると、女子テニス部で固まっていた五人班から、陽色が移籍してきて、最終的に四人班となった。

 しおりの班のメンバーをもう一度確認する。

 班長のところに君島灯と記されていた。

「あかりくん……」

 小声で名前を呼んでみる。

 誰かに聞かれていないか心配になり、バッバッ、と周囲を見回して、ほっと胸をでおろす。

 陽色は、あっさりと名前で呼んでいた。

 いたのだろうか。そう呼んでもいいかどうか。

 灯の場合、訊いたとして拒否はしなそうではある。

 そうでなくても、陽色は色んな人と仲が良い。

 親しみやすい性格でもあるし、するりと距離を詰められる人懐っこさもあった。頃合いを見て、灯くん、とさらりと呼び方を変えてそうだ。

 タイムスケジュールでは、うちのクラスの男子が今入浴中だった。そういえば、と別の呼ばれ方をしていたことを思い出した。

「……あっくん」

 ぽつりと声に出してみるが、これは恥ずかしかった。下がりはじめた体温が、またぐぐっと上昇するのを感じる。

 例のあっくんはというと、今ごろ別室に軟禁されている。

 プールで他の客と揉め事を起こしたせいだ。

 完全に悪いのはあちらだと、沙彩や春や他の生徒があれこれ証言するも、攻撃的な手段に出たのは灯のほうが早かったということで、せっかくの修学旅行なのに反省文を書かされていた。

「そろそろ終わるかしら?」

 時計を見てまた独り言をつぶやく。

 テレビのトーク番組では、マンダリオンの二人がゲストで登場していた。

『いや、この前ね、たまたま相方のみつとご飯屋さんでばったり会ってもうて。こういうとき普通軽く会釈とかするじゃないスか。なのにこいつ、目ぇ合ったのにフル無視かましてきて──』

「以前ラジオでしゃべっていたトークのショートバージョンね」

 内容を知っている沙彩はわずかな優越感に浸りながら、冷たい水をちびりと飲む。

 すると、扉がコンコンとノックされた。

 ドキッとして思わずしゃんと背筋が伸びる。

 もしかして、と扉の向こうにいる人物が誰か、想像が頭をかすめる。

 まだ濡れている髪を、肩口で余っているタオルで挟みながら慌てて水分をふき取っていく。

 洗面所で鏡を見て、手早く前髪を確認。

 よし。

 おほん、とせきばらいをして鍵を開ける。

「たはー。あっつー。早く開けてよねー」

 ほおを上気させた春が、ぱすぱす、とスリッパを鳴らして入ってきた。

「……」

「どしたのん?」

「……なんでもないわ」

 頭にタオルを巻いている春は、余程暑かったのか上のジャージを脱ぎ、キャミソール姿になる。

 浴場でまじまじと見てしまったが、春の胸は相当な大きさがあった。今も、キャミソールから三割くらい見えてしまっている。

「そりゃ、ナンパもされるわよね」

 あきれたように言うと、春がぴくりと反応した。

「えー。あたしのせいじゃなくない? 悪いのはあいつらっしょー。鼻の下伸ばして。ほんとヤだった」

 思い出した春は、機嫌が悪い犬のように犬歯を覗かせる。

「てか、あたしのせいって言うんなら、サーヤちゃんのせいでもあるわけじゃん?」

 うぐ、と沙彩は言葉に詰まる。

 学力面では沙彩のほうが段違いに上だが、ときどきこうしてこのギャルは言い返せない正論を放つ。

 言い返せなかったのが悔しくて、ペットボトルを隙だらけの春の脚にくっつけた。

「ぴゃ──っ。変な声出た! やめて、もー」

 と言いつつも笑顔なので、こういう絡み方も嫌いではないらしい。

 自分のベッドでごろんと横になる春は、スマホで何かを見ている。話すことがなくなったので、沙彩もスマホを手にすると、兄からメッセージが入っていた。

『君島はメール送れた?』

 兄も気になるようだった。

 沙彩も進捗について何も知らない。何か考えられただろうか。

 次回メールの締め切りは番組当日の夕方までとなっている。

 返す内容がないので、メッセージは既読スルーしておく。

 またコンコンと部屋がノックされ、春が扉を開けると、陽色がやってきた。

「遊びに来たよー?」

「ヒーロちゃん、いらっしゃい」

 お菓子とジュースを入れた袋を手にした陽色は、空いているベッドにどさっとそれらを置いた。

「ここに集合ー!」

「はいはーい」

 お菓子に釣られた春が、真っ先にそのベッドであぐらをかく。

 ちょうど小腹が空いていた沙彩も、異論なくそこへ集まった。

 明日の経路を確認し、どの店で昼食を食べるか、食後は何のスイーツを食べるかで盛り上がっていた。

【ジャンクフード好き】の沙彩ではあるが、甘い物も好きなので、スマホで目的地近くの店を調べていた。

「君島くん無しで決めてしまっていいのかしら」

「いんじゃね? 灯は別にこだわりないだろうし」

「じゃ、呼ぼー!?

 名案をひらめいたように目を輝かせた陽色が、スマホを操作している。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って名取さん! ここ女子部屋だから君島くんは」

「大丈夫大丈夫。バレなかったらいいんだから」

「良くないわ。今も反省文を書かされているのだし……」

 これ以上灯の心象を悪くするようなことはさせたくなかった。

「それもそっか……。灯くんもいたら楽しいと思ったんだけどね」

 残念そうに言う陽色。

 沙彩からすると、陽色はうらやましいほどの直情型で、考えていることが口からすぐに出て行動に移せる女の子だった。

 お菓子をつまみながら、明日の話だったり学校の話だったり、身近なカップルの話だったり、話題は尽きることがなかった。

 そんな会話の中で、誰が誰を好きらしい、という恋バナが一段落したときだった。

「沙彩ちゃんは好きな人いるー?」

 何気なく陽色が話を振ると、ドキン、として肩を一瞬すくめた沙彩は、すぐに平静を取り戻した。

 真っ先に灯のことが脳裏をよぎったが、友達として好ましいのであって……と脳内で言いわけをしておく。

「い……今のところ、とくには」

「そうなんだー。春ちゃんは?」

「あ、あたし? あたしは、あのその、いや、釣り合いそうな男子いないし今はそういうのいいかなって」

 焦ったように矢継ぎ早にしゃべる春は、いかにも怪しかった。

「ヒーロちゃんはどうなの?」

「私? いるっ」

 堂々と宣言した。

「「…………」」

 そんな陽色に対し、はやし立てることも冷やかすことも詮索することもなく、沙彩と春はただ沈黙した。

 思い当たる節しかなかったからだ。

「へ、へぇ……ちなみに、どんな人?」

 誰なのか具体的に訊かないあたり、春の立ち回りの上手さがうかがえた。

 具体的に訊き出したら、あっさり口にしていただろう。

「んっとね。頑張り屋さん。いつも一生懸命で。そういうところがいいなぁって。……ややっ、結構照れるね、自分で言っておいてアレだけど」

 てへへと照れ笑う陽色は、すようにペットボトルのジュースを飲んだ。

 そんな彼女を、素直に可愛かわいいと思ってしまう。

 彼女を好いている男子は、結構いるのだろう。

 沙彩は、チクリ、チクリ、と針で柔らかい部分を突かれるような気分だった。

「あ。そういや、あたしも、好きじゃないけど、気になる人いた。気になるってだけだけどね。あくまでも。好きじゃなくて」

 わざわざ否定しているあたりが、いかにも怪しい。

「そうなの? どんな人?」

「その人は、他に好きな人いるから、あたしは相談に乗ったりしてるだけなんだけど。良いヤツなんだよね、基本」

 困ったように笑う春の笑顔が、二人にはビシビシ響いてしまった。

「切ないわね……」

「ツラ。春ちゃん……」

 変なテンションになった二人が、春をそっと抱きしめた。

「そういうんじゃないからっ。気になってるってだけでっ」

 あくまでも否定する春は、二人を引きはがす。

「私なら、好きなら構わず行っちゃうかも」

 自分に置き換えた陽色がぽつりと言う。

「構わず、か……」

 一瞬火が消えたように表情がなくなる春は、すぐにからりと笑った。

「ヒーロちゃん、ちよとつもうしんタイプだ」

「ぶーぶー」

「ブタじゃん」

 けらけら、と二人が笑う。

 それから、春が困惑しながら微笑すると、ちらりと沙彩をいちべつして話しはじめた。

「相談乗ってた最初は、脈無しだから無理じゃんって思ってたんだけど、ワンチャンあるかもなってくらいになってきちゃって──。うん……」

「瀬川さんっ」

「春ちゃんっ」

 ぎゅっとまた春を抱きしめる二人。

「いいって、いいって! なんなのこのノリ」

 くすぐったそうに春が肩を揺らす。

「一番経験してそうな春ちゃんがピュアすぎて、もう好き」

「はいはい、あたしもだよー」

 面倒くさそうに春が陽色をいなす。

「サーヤちゃんは、いるんじゃないの? 気になってる人くらい」

 春が確信めいた言葉を投げてくる。

「っ」

「言っちゃえ、言っちゃえ~」

 便乗した陽色があおってくる。

「好きな人は、いないわ……。ただ、そうね……友達として、良い関係を続けていくと……」

 もしかすると恋に発展するのかもしれない。

 そう思っても、口に出すのが恥ずかしかった。

「それあたしじゃん! サーヤちゃん、あたしのこと好きなの?」

「瀬川さんは、誰とでも仲が良いでしょ。そういうのって……私」

「沙彩ちゃん寂しいんだ!? 春ちゃんが他の子とも仲良いから!」

 ド直球に核心を突かれたせいで、瞬時に言い返せなかった。

「えーっ、ぁぁぁぁっ!? やいてたんだ!?

 いきなり懐いてきた猫を見るように、春が目を輝かせた。

「ちっ、違うわよ」

「「そうなんだ~」」

 違うと言っても全然信じてない二人は、沙彩を温かい目で見守っていた。