2 テニスとネタメール
放課後。
学級委員の仕事が終わると、俺は校庭の端にあるテニスコートを訪れた。
四面あるコートは男女で半々に分けられており、フェンスの向こうでは、テニス部員が声を出してボールを打ったり走ったりして練習をしている。
うちのテニス部は、男女ともに強くもなく弱くもなかったはず。
今は顧問の先生はいないのか、部員が合間に談笑していて、和気あいあいといった雰囲気だった。
ここにやってきたのは、練習風景を眺めるためじゃない。
先生に念のため確認すると、
そんな短期間で上達するかはわからないけど、何もせずにいるよりはマシだろう。
「
俺はクラスメイトを一人見つけて声をかけた。
爽やか系長身男子の日下部くんは、声をかけたのが俺だとわかると表情を険しくした。
「
「相談なんだけど、俺も練習って入れてもらえたりできる?」
「は? なんで? 入りたいの?」
つっけんどんな態度に、俺の腰はますます低くなる。無理を言っているのはこっちだからだ。
「そういうわけじゃなくて……」
い、言えねえ。
好きな子の前でカッコつけるために、あらかじめ練習しておきたい、なんて。
我流で練習して上手くなるとも思えないから、部活の練習に交ぜてもらうのが一番だと思ったんだけど、さすがに無理っぽいな。
ちょうど休憩中だったのか、他の部員たちも俺と日下部くんのやりとりを遠目に見ている。
俺の奥歯に物が挟まった言い方が気に食わなかったのか、日下部くんが眉間に
「冷やかしなら帰れよ」
「そんなつもりはなくて──練習に参加したいだけで」
チッ、と舌打ちが聞こえた。
「
そう言って俺を
いきなりなんで高宇治さんの話になるんだ。
変な空気になったのを察したのか、二年の男子と後輩らしき男子の二人がやってきた。
「何、どうした?」
「練習してえんだって。入部したいわけでもないらしい」
日下部くんが言うと、バッサリ切られた。
「普通に迷惑だろ」
ううん、そっか……。俺も迷惑かけてまで練習したいわけじゃないからな。
大人しく引き下がろうとしたら、ノリの良さそうな後輩が声を上げた。
「いや、いいじゃないっすか。雑用やってもらいましょーよー」
先輩二人が笑った。
「いいな、それ。じゃあ君島は球拾いな?」
「ギャハハ! 練習じゃねえし!」
「じゃ、センパイ、オレらの分もおねしゃーっす」
完全にからかわれたのがわかった。
「……迷惑だったみたいだし、やめとくよ」
どうにか笑顔を作って、俺はコートに背を向けた。
小馬鹿にされたことは腹が立つけど、練習の邪魔になってしまうのなら仕方ない。
けど、からかわなくてもいいだろ。
と、内心ボヤきながら歩いていると、軽い足音が近づいてきた。
「
振り返ると、テニスウェアを着た名取さんがいた。
「灯くん、テニスの練習したいの?」
見られてたと思うと、ちょっと恥ずかしくなった。
「ああ、さっきの見てた? そうなんだけど、邪魔になるみたいだし──」
「私、付き合おうか?」
「え?」
「練習。今日はさすがに無理だけど明日からでいいなら」
思わぬ提案に、俺は何度も
「い、いいの?」
「うん。灯くんがいいなら。私のコーチ付きで」
至れり尽くせりの提案を断るはずがなかった。
「ありがとう、名取さん!」
てへへとはにかんだような笑みを浮かべる名取さん。
「私の自主練とその手伝いってことにして、先生に言っておくね」
「なんでそんなことしてくれるの?」
「灯くんが、私のこと助けてくれたから」
ああ、コンビニでのことを言ってるのか。
「まあ、その恩返しってやつだよ」
照れくさかったのか、くるりと背を向けた。
「ほんと助かる! ありがとう!」
首だけでこっちを振り向くと、名取さんは小さく手を振った。
「今夜また連絡するから! 頑張ろうね」
女子にそんなことを言われた経験がないせいか、何度も「頑張ろうね」が耳の中で繰り返される。
名取さん、親切でいい子だな。恩返しなんてそんなの気にしなくてもいいのに。
そのおかげでテニス練習問題はどうにかなった。
あとは俺の頑張り次第だ。
校門に向かって一人で歩く。
コーチもしてくれるって言うけど、出来が悪すぎて引かれないだろうか。
『灯くん、こんなこともできないの……?』
って、明るさ満点の名取さんに冷めた目をされるかもしれないと思うと、胸がギュッとなる。
名取さんはなくても、高宇治さんはあり得そう。引くどころか、ドン引きまであり得そう。
「偶然ね」
そんなことを考えていると、校門の物陰から高宇治さんが現れた。
「どうしたの? もう帰ったもんだとばかり」
「ええと……そう、忘れ物をしたの」
うんうん、と高宇治さんは自分の説明に納得するように首を縦に振る。
……なのに校門の角から出てくるの?
とは思ったけど口には出さず、駅方面へ歩を進める。
学級委員同士でもあるおかげで、ここ最近、帰りは俺が駅まで送ることが多くなっていた。
もしかすると、【
もしそうなら
単独行動が苦手そうには見えない。それと寂しがり屋は別ってことか。
何かあったらバッサリ斬りそうでクールな高宇治さんが、俺のことを『一緒に帰りたい相手』と認識しているのなら……。
「何をニヤニヤしているのよ」
険のある目つきに、俺は慌てて首を振った。
「いや、これは別に……」
「名取さんと仲が良いのね。そのことでニヤついていたの?」
見ていたらしく、あらぬ疑いをかけられてしまった。
「そうじゃないよ。名取さんとはちょっとしたきっかけで仲良くなっただけで──ていうか、俺だけ特別に仲が良いってわけじゃなくて、みんなそうでしょ」
「そうかしら」
俺の解説に首をひねる高宇治さん。
「ちなみに、きっかけっていうのはなんだったの?」
隠すことでもないので、俺がそのときの様子を簡単に教えると、高宇治さんはこれといった反応を示さなかった。
それは良いことをしたわね。みたいな反応が返って、俺の株が上がるかも、と思ったのに。
「勇気
渋面を作る高宇治さん。
普段学校では無表情で淡々としている「すん顔」なのに、最近俺の前では表情が豊かになっていた。
「少女漫画?」
「なんでもないわ」
ゆっくり歩いているはずなのに、もう駅舎が見えてきてしまった。何か口実があれば遠回りの提案ができるけど、すぐに思い浮かばなかった。
すると、高宇治さんが「ごめんなさい」とひと言断って、スマホにかかってきていた電話に出た。
「もしもし。ええ。もうすぐ駅よ」
人の通話を盗み聞きしているみたいでバツが悪いので、なるべく聞かないようにしようと思ったけど、やっぱり気になる。
色んな方面からまた魔の手が忍び寄っているのかもしれないと思うと、耳を澄まさないではいられなかった。
高宇治さん、自分が美少女だっていう認識も薄そうだし【押しに弱い】っていうステータスがあるので、かなり心配だ。
城所先輩と付き合っていた本当の目的は、お互いの異性からのアプローチや告白を減らすことで、ただ恋人を装っているだけだった。
恋人偽装は、本当に抑止力だったんだなと改めて思う。
俺がそばにいたって、なんの抑止力にもならないわけだし。
「来てくれるの? それなら待っているわ。……ええ。それじゃあ」
ようやく通話が終わると、高宇治さんはスマホをポケットに戻した。
「ど、どなたから?」
「男の人」
「………………おとこの、ひと?」
「ええ。経済力があって、車を持っていて、笑いのセンスもすごいのよ」
ほら~~~~。
もぉ~~~~。
すぐ男寄ってくるんだからぁ~~~~。
俺は天を仰いだ。
こんな時間なのにもう星が輝いていて
現実逃避してる場合じゃない。
城所先輩との関係は自作自演だったわけだから、結果的に別れなかったほうが俺にとってはプラスだったのでは────?
さっきの相手は、家が資産家のイケメン大学生とかじゃないだろうな……?
「そ、そうなんだ」
ぎこちない笑顔をどうにか作る俺に対して、高宇治さんは口元をゆるめている。
「私、その人には恩があって。君島くんに対する名取さんのような」
高宇治さんのプライベート、男が入れ食い状態すぎる。
「その人が迎えに来てくれるの」
「へ、へえ……」
灰みたいに俺は真っ白だった。勝てる要素なんもねえ。
ゾンビみたいな重い足取りで駅に向かっていると、追い越したセダン車が前方でハザードを
「あ」
と、高宇治さんが反応する。
まさかとは思うけど、あの小太りアラサーマンが……?
向こうもこっちに気づき、小さく手を振った。
どうせ、俺たちの後ろに向かってだろ?
やれやれ、と後ろを振り向いたけど誰もいなかった。
「
「ええ。普段はもう少し早く帰れるのだけれど、今日はちょっとだけ」
俺なんかいないかのように、小太りアラサーマンと高宇治さんは親しげな会話をはじめた。
……
偽装とはいえ、元カレはイケメンの城所先輩なんだぞ。ギャップがエグいぞ。
いや。顔で選ばないってことでもあるので、俺にとってその基準はとても喜ばしいことではあるけど──。
「夕飯、何食べたい? 今日時間あるからどこにでも行けるけど」
「そうなの?」
状況は全然喜ばしくねえ!
オトナのデートする気満々じゃねえか!
高校生が絶対に行けそうにない店に行って、そのあとはなーんにもない国道沿いの『お城』で休憩する気だな!? 姫こちらにどうぞ、とか言って遊ぶんだろうな!
何が姫だ。しょーもねーな! クソ。
俺なんか、駅前近辺のファミレスやハンバーガーショップに連れて行くのが精一杯なのに……。
男というより、オスとして完全に敗北した感じがある。
今風が吹いたら飛んでいっちまいそう。
食事の行き先が決まったらしく、小太りアラサーマンがようやくこっちを見た。
「沙彩、そいつは?」
「君島くん。『マンダリオンの深夜論』の
敵意のこもった視線に、俺もひるまず見つめ返す。
……城所先輩のときと同じで、誰が相手でも奪い返せばいい。
「君島灯です。どうも……」
小太りアラサーマンも
そりゃそうだよな。付き合いたての美少女の彼女が、知らない男子と一緒に帰ってるんだから。
こいつなんなんだよ、となるのは当然か。それはこっちのセリフでもある。
「君島くん、この人は私の兄の
ん?
「アニ?」
「ええ。兄」
「アニってナニ」
「兄は兄よ。言葉通り」
「え。兄妹なのに付き合ってるの?」
「沙彩、こいつ何言ってんだ?」
高宇治さんのさっきからゆるんでいた口元が、またさらにゆるんでいる。
そして堪えきれなくなったのか、ふふふと小さな笑いをこぼしはじめた。いたずらを成功させた子供みたいに肩を揺らしている。
「……高宇治さん、わざとミスリードするようなことを言ったでしょ」
お兄さんならそうだって電話のときに言えたはず。でも、そうとは言わなかった。
「そんなことないわ。勘違いしたのは君島くんのほうよ」
思わせぶりなことを言って。
まだくすくす笑って。
「はあ、おかしいわ」
じゃねえんだよ。
けど、良かった……。マジで。
「新しい恋人ができたんだと思って、俺は灰になったり空見上げたり嫉妬したり完全敗北したりしたのに──」
「嫉妬?」
「あ、いや、なんでもないデス」
「おい沙彩、男とはつるむなって言っただろ」
「そうだけれど、君島くんは、そういう人じゃないわ」
「いやいやいや、無理無理無理。おまえがそう思ってても、男子高校生は性欲でしか動かねえんだから」
「違うわ! 君島くんを見くびらないでちょうだい」
高宇治さん。信用してくれるのは
「っはぁ~。だから女子校に行けっつったんだよ。こういうことになるから」
「こういうこと? 友達と一緒に帰ることがそんなにおかしい? 兄さんは過保護なのよ。干渉が多すぎるわ」
「過保護かもしれんし、干渉が多いかもしれん。けど、約束が違うだろ」
約束?
それが何なのか俺にはわからないけど、高宇治さんが押し黙った。
「ともかく……ええっと、君島だっけ。もう沙彩には関わらないでくれ。沙彩もそういうつもりねえから」
そういうつもりっていうのは、恋心のことだろう。
ここ、そんなことないわって否定してほしかったりするんだけど……。
ちら、と高宇治さんを
ですよね。
お友達ですもんね、俺たち。
「ちなみに、約束って?」
高宇治さんに
「兄さんは、私を私立の女子校に通わせたかったのよ」
「うちは両親いなくて、俺が沙彩の親代わりみたいなもんで、生活費をずっと工面してるんだ」
そうだったのか。
恩があるって言っていたのは、そういうことだったらしい。
「チャラチャラしたことはしてほしくなかったから、女子校に通えって言ったんだけどな。こいつが、私立は金がかかるからって公立校に強引に……」
高宇治さんみたいに頭が良いなら、私立の良い高校でも入れそうなもんだけど、公立のうちに入ったのはそういう理由だったらしい。
想像してみると、高宇治さんは私立の偏差値の高い高校のほうが、人物像的にも違和感がない。
「そのとき、兄さんと約束したの。『不純異性交遊はしない』って。それを条件に宮ノ台高校に通っているのよ」
なんっつー約束を……。
内心俺は頭を抱えた。
俺なんか、高宇治さんと不純異性交遊する気満々だってのに。
それが禁じられていたとは……。
「そのときは恋愛に興味がなかったから、大した条件だとは思わなかったのだけれど」
……ん? その言い方は……。
「事情はわかっただろ? これ以上沙彩に付きまとわないでくれ」
話を強引に終わらせた直道さんは、高宇治さんの腕を取って車のほうへ歩きだすが、妹はその手を振り払った。
「ちゃんと守ってるじゃない。何が不満なのよ。異性かもしれないけれど、君島くんとはいいお友達なの」
そうなんですよ! って正面切って言えねえ。お友達で関係を完結させたくないし下心がたくさんあるから。
「『マンシン』のヘビーリスナーで、私、その話ができる相手ができてとっても楽しいんだから!」
感情を
ちなみに『マンシン』は『マンダリオンの深夜論』の略だ。
「共通の趣味の話ができて楽しいってのはわかるが、君島は、友達だけの関係だと思ってないだろ?」
「…………イエ、友達、デス」
高宇治さんを援護したい気持ちと、本心では友達で終わりたくない気持ちが混ざって、変な間があいてしまった。
そのせいで、直道さんはほらな、と言いたげに鼻を鳴らしている。
「どこが不純異性交遊なのよ! 私たちまだ手を繋いだりキスしたりしたこともないんだからっ」
通りに高宇治さんの声が響き渡った。
「高宇治さん、『まだ』って言うと、その……」
「え? ……あっ」
口走った言葉を認識した高宇治さんが、じわじわと顔色を赤くしていった。
「そ、そんな予定ないわよっ!」
道行く人も振り返るほどの大声で、拳をぶんぶんと振りながら高宇治さんは改めて否定した。
『まだというか、未来のことだから、可能性はなくないわけで……(もじもじ)』
みたいな、俺が期待したそんな展開はどこにもなかった。
困ったように頭をボサボサとかいた直道さん。
たぶん、家族から見ても、ここまで食い下がる高宇治さんが珍しいのかもしれない。
「約束は約束だ。はいそうですか、で引き下がるわけにはいかない。男子高校生なんか下半身中心で物事考えてんだからな」
「君島くんは違うって何度言えば──!」
「そこまで言うんだったら、俺を認めさせてみろ」
どう転ぶかわからない会話に、俺も高宇治さんも次の言葉を待った。

「君島、『マンシン』のヘビーリスナーなんだってな」
「はい。毎週リアタイしてます」
「『マンシン』は、業界聴取率ナンバーワンとも言われているし芸人もかなりの数聴いている、いわばお笑い偏差値激高ラジオだ」
「はい。もちろん知ってます」
俺はドヤ顔で答えた。
俺が『マンシン』のことで知らないことはない。
他のラジオ番組を聴くこともあるけど、芸人さんがやっているラジオで、トークもネタも一番レベルが高いのはやっぱり『マンシン』だった。
ぼそっと高宇治さんが補足する。
「兄さんは、元々芸人だったの。家庭の事情や組んでたコンビの解散もあって辞めることになってしまったけれど、そのときの
「構成作家!?」
俺の食いつきを見て、直道さんがくいっと眼鏡を上げた。
構成作家、放送作家とも言われるそれは、送られてくるメールを採用したりコーナーを考えたりする番組スタッフのことだ。
高宇治さんがラジオは兄の影響でって言っていたのは、こういうことだったのか。
「『マンシン』のレベルがかなり高いのを知っているなら、話が早い」
一拍置いて、俺をじっと見る直道さん。そして、指を三本立てた。
「次週の放送から数えて三回以内に『マンシン』のネタコーナーでメールを一通以上採用される──それができたら、一緒に帰ることくらい認めてもいい」
「コーナーに……メール採用……」
「俺は、面白いやつしか認めない。カッコいいとか頭がいいとか金があるとか、そんなのどうだっていい」
これ、高宇治さんに協力を頼めば、簡単に通るんじゃ……。
直道さんは『宇治茶』が高宇治さんだと知らない可能性がある。
いや、きっと知らない。
下ネタメールを送っているなんて、身内には知られたくないだろうから隠しているはず。
高宇治さんに視線をやると、思いのほか険しい表情をしている。
「い、いいですよ。やります。やってやりますよ」
「楽しみにしてるよ。わかりやすいように、ラジオネームを決めておこう。そうだな……『さわやかポンチ』で投稿して」
くふふ、と高宇治さんが反応してハムスターみたいに口をパンパンにしている。
ポンチはギリギリ下ネタじゃないけど、反応してしまうらしい。
相変わらず、笑いのツボは小学校低学年と同じらしい。
「わかりました。『さわやかポンチ』ですね」
「ぷふーっ」
高宇治さんが堪えきれず吹き出した。気にならないのか、直道さんはスルーしている。
「それ以外はカウントしないからな」
そう言い残して直道さんは車に乗り込んだ。
「君島くん。あとで連絡するわ」
「うん」
じゃあ、と高宇治さんも助手席に乗り込む。
出発寸前に、わざわざ窓から顔を出してこっちに手を振ってくれた。
たったそれだけで、気分が晴れやかになる。
俺は薄暗くなりはじめた道路を滑るように走る車を見送った。
その日の夜、部屋でのんびり過ごしているところにメッセージが届いた。
シュバっと正座してアプリを起動。
高宇治さんからだと思って見てみると、相手は名取さんだった。
『先生に訊いてみたよん。自主練おっけーだってさ!』
張った気がゆるみ、すぐに正座を崩した。
ほどよく絵文字が添えられている文面は、名取さんそのものって感じがする。
『ありがとう!!』
『いいってことよー』
ってメッセージのあとに、親指を立てたゆるキャラらしき何かのスタンプも送られてきた。
またメッセージが送られてくると、今度こそ相手は高宇治さんだった。
『今日は、兄がごめんなさい。ああいう過保護なところがあるから、気にしないでちょうだい』
『ううん。全然いいよ』
本当はあんまり良くない。
だって、俺は不純異性交遊したいわけだし、直道さんはそれを許さないわけだし相反しまくりなわけだ。
『メール採用のことで、電話してもいいかしら?』
メッセージでやりとりするより、こっちのほうが早いと思ったんだろう。俺も
すると、名取さんからもまたメッセージがあった。
『灯くん、今電話大丈夫?』
? なんで?
会話はさっきのやりとりで終わったと思ったんだけど──、でも今はタイミングが悪い。高宇治さんのほうが色々と重要度が高い。
女子二人から電話してもいい? ってほぼ同時に訊かれるとか、どんな夢だよ。
『ごめん、今はタイミング悪くて』
そう返すと、秒で『OK』と書かれたゆるキャラスタンプが返ってきた。
で、次は高宇治さん。
電話してもいいか訊いてくるってことは、こっちから電話しても大丈夫なんだよな……?
崩れていた正座をもう一度正して、俺は通話ボタンを押す。
あぁ……緊張する。
メッセージも慣れてきて緊張しなくなったし、面と向かってしゃべるのにも緊張しなくなったのに、電話はなんでこんなに緊張するんだろうな……。
コール音が聞こえてくるたびに、緊張度がどんどん増していく。
緊張がピークに達したときに、コール音が消えた。スマホを耳から離して確認してみると、通話開始となっていた。
つつつつつ、繋がった!
「あのあの、もももしもしもし」
心臓がバクバクしすぎて、テンパったまま声を出してしまった。
『はい、もっ、もしもし?』
「ごめん、急に。電話大丈夫だったから掛けてみたんだけど、高宇治さんは大丈夫だった?」
『ええ。けど、今からお風呂に入ろうとしていて』
Oh……。
『繋いだまま待っていて。服を着るから』
服を、着る……? ってことは、今、ハダカなんですか。
え、あ、おお、え? とか言葉にならない何かを発していると、ごとん、とスマホをどこかに置く音がする。
脱衣所かどこかにいるのか、もぞもぞ、しゅるり、と
今、高宇治さん、服着てるんだ……。
もわもわ、と浮かんでくる想像を振り払うように俺はぶんぶんと首を振る。
こほん、と
「いや全然。ありがとうございました」
『? なんのお礼?』
首をかしげている仕草が目に浮かぶ。
なんでもない、と俺は適当に
「ネタメール採用の話、あれって高宇治さんが手伝ってくれれば余裕だと思うんだけど、できたら協力してくれると……」
『そう。その件なのだけれど……』
と、言いにくそうに口ごもる。
『前、採用率八割って言ったと思うけれど』
「うん」
だからこそ、協力を得られれば余裕なんじゃなかろうかと──。
『実は、
「…………そ、そうなんだ」
結構採用されている『宇治茶』さんでも一〇通に一通……?
「え。キツ……」
『そう。激戦区というのは
「ズルはできないってことか」
『そうなるわ。アドバイスみたいなことはできるかもしれないけれど、必勝法はないの。そもそも、面白いかどうかで判断されるから、基準自体主観的で曖昧なものだし……』
それもそうだな。完全にアテが外れた。
「どうにかするしかないのか」
『ええ……。それに、なりすましで私が送って採用されるとは限らないし、兄さんの基準では私は約束を破っていることになっているみたいだから、これ以上マイナスなことをするのは気が
だよな……。
高宇治さんのなりすましは俺も考えたけど、完全なズル。フェアじゃない。城所先輩がポーカーで仕掛けたイカサマと同じだ。
それに、身バレのリスクを考えれば、やらないに越したことはない。
『ともかく、ネタを作って作りまくるってことくらいしか、私はアドバイスできないわ』
「うん、やってみる」
直道さんに認められなくっても別にいいんじゃないかと思わないでもない。
俺が良くても、高宇治さんは良くないんだろう。
親代わりのような兄で、尊敬もしているって言っていた。そんな人に隠れて後ろめたいことをし続けるのは、やっぱり気分が良くないだろう。
『年が離れていることもあって、昔から兄さんは私のことを可愛がってくれたわ。今思うと、兄妹というより父親と娘みたいな距離感だったのかもしれない』
「美少女の妹を持ったら、過保護になっちゃうんだろうな」
『びっ……美少女じゃないわ。違うわよ。
ごめんごめん、と俺は軽く謝る。
『芸人時代はコンビを組んでいて、兄さんが書いたネタでローカルな漫才新人賞で賞を取ったりしたこともあって』
「すご」
『才能はあったのだけれど、事情があって解散してしまって』
たぶん、俺に直道さんのことを悪く思わないでほしいんだろう。
「自慢のお兄さんだね」
肯定の声は聞こえなかったけど、無言のその間がそうだと言っているようだった。
『そんな兄さんだからこそ、君島くんのことを正面から認めてほしいの』
「わからせてやるしかない……!」
『君島くんならきっとできるわ。私並みのヘビーリスナーなんだもの』
ここまで好きな女子に応援されて、やる気にならない男子はいない。
「ありがとう。頑張る。そういや、体育、テニスやるみたいだね。やっぱ女子は男子のほう見に来るの?」
見に来ないのであれば、自主練する意味もないんだけど。
『ええ。私も見に行くと思うわ』
体育は好感度が上がることもあるし下がることもある。
何あれキモッてなって、無視されるようになるまである。……かもしれん。
『そのぅ……、見るから』
口ごもった様子で、ぼそりと高宇治さんが言う。
ニュアンス的に、男子をっていうより、俺をって感じだった。
なんか、期待度高くね?
あぁー、本格的にダサいところを見せられなくなった。逃げ道なくなった。
名取さんにお願いしておいてよかったー。
俺たちはそれから、ほどよく雑談をして通話を終えた。
テニスもやるしかねえ。
けど、まずはネタメールのほうだ。
勉強机に向かい、ペンとノートを広げる。
ふふ……。思わず笑っちまう……。
「全然、まったく、なーんにも思い浮かばねえ……」
わからせられたのはこっちだった。絶望に俺は頭を抱えた。
ネタメールむずっ。