第六章 「美少女留学生は待ちきれない」



 ついに迎えた――十二月二十四日、クリスマスイヴ。

 今日は終業式ということもあり、朝から学校中が活気に満ちている。

 終業式を終えて午前解散になった今なんて、教室でお祭り騒ぎになっていた。

「野郎ども、クリスマス会やるぞ……!」

 あきらも、変なテンションになっている。

 所属しているユースも今日から練習休みらしいので、ちょうどいいのだろう。

「私も参加した~い!」

「私も~!」

 クリスマス会には、お相手がいない男子だけでなく、女子やカップルも参加するようだ。

 そうなってくると、当然――。

「シャーロットさんも、行くよね?」

 人気者のシャルに声がかかってしまう。

「あっ、えっと……」

 シャルは言いよどみながら、チラッと俺の顔を見てきた。

 この後の予定はどうするか、きちんと話してはいない。

 だけど、お互い同じ気持ちだろう。

「ごめん、付き合って初めてのクリスマスイヴだから、今日は二人きりにしてほしいんだ」

 俺はシャルの肩を抱き寄せ、誘ってきた女子に謝る。

「お~、相変わらずお熱いね~!」

「はいはい、勝手にいちゃいちゃしてくださ~い!」

 女子たちは、ニマニマとしながら俺たちを見てくる。

 シャルが来たばかりの頃とは違い、今では俺が間に入っても全然嫌なことを言われなくなった。

 むしろ、歓迎してくれている節があるし、こういう温かいちやちやを入れられることが多い。

「くっ、やっぱこういう時は我慢できねぇ……!」

あおやぎ、お前ばかりずるいぞ……!」

 まぁ男子たちは、血の涙を流す勢いでくやしがっているのだけど。

 シャルがかわいすぎるので、その気持ちがわからないわけではない。

「クリスマスイヴに、二人きりね~?」

 そんな中、ニヤニヤとしながらみずさんが近付いてくる。

「何か言いたそうだね?」

「がんばれ、男の子」

 声をかけると、サムズアップをされてしまった。

 うん、完全にバレてるな。

「普通に、のんびり過ごすだけだよ?」

「そそそ、そうです! のんびり過ごすだけです!」

 俺の言葉に同調するように、必死に頷くシャル。

 顔が真っ赤になっていて、明らかにどうようしているので、もうそれは自白しているようにしか見えない。

 こうなるのが目に見えていたから、あえて当日まで声をかけてなかったのだけど――最初から、シャルもそのつもりだったようだ。

「シャーロットさん」

 ちょんちょん、と清水さんはシャルの肩を指でつつく。

 そして、顔を耳元に寄せ――

「聖夜だもんね、いい思い出にしておいで」

 ――何かをささやいた。

っ!」

 途端に、シャルが言葉にならない声をあげて、もだえてしまう。

 何を言ったのか聞こえなかったが、シャルの反応で大体想像がついた。

 おそらく、夜のことに触れられたんだろう。

「へぇ、あの二人今日するんだ……」

「シャーロットさんが、いよいよ……」

「二人とも奥手そうなのに、意外……」

 こちらを見ていた女子たちも、察してしまったようだ。

 さすがに、クラスメイトたちに周知されるのは恥ずかしい。

「あぁ……ついに俺のシャーロットさんが、青柳に汚される……」

「いや、お前のじゃねぇだろ。でも、やっぱショックだよな……」

 男子たちも気付いており、あからさまに落ち込んでいた。

 この勢い、学校中に広がるんじゃないだろうな……?

「あの、本当に違いますからね……!?

「わかってるわかってる」

 シャルは周りに知られたことに気付いていないようで、一生懸命清水さんにそうとしている。

 清水さんは笑顔で話を聞いているのだけど、軽く流しているようなので、全然意味はなしてなさそうだ。

「――みんな……何を、騒いでいるの……?」

 クラスの状況が読めないようで、りんがオドオドとしながら近付いてきた。

 純粋な子だから、今晩何が行われるのかわからないんだろう。

「気にしなくていいよ」

 妹にはいつまでも純粋でいてほしい俺は、笑顔で誤魔化しておいた。

「そう……?」

 華凜は不思議そうに小首をかしげるが、それ以上踏み込もうとはしない。

 俺の言うことを素直に聞いてくれているようだ。

「そんなことよりも、明日は来てくれるんだよね?」

 今日がクリスマスイヴということで、明日はシャルの誕生日だ。

 そのため、親しい友人たちを新しい家に呼んで、誕生日会を開くことになっている。

 のんさんは、ひめらぎざいばつが持つホテルのホールを会場にして、知り合い全員を呼ぼうと言っていたのだけど、そうしてしまうとシャルが慌ただしいことになる。

 せっかくの誕生日にそんな可哀かわいそうなことはできないので、親しい者たちだけで祝福しようというわけだ。

「んっ、行く……! プレゼントも、買った……!」

 シャルと仲がいい華凜は、自慢げにコクコクとうなずく。

 ちゃんと準備していることを、めてほしいのかもしれない。

「うん、ありがとう。明日は、駅に迎えに行くから」

「家、変わったんだよね……?」

 間違って前の家に華凜が来てしまわないよう、引っ越した時点でそのことは伝えていた。

 だから、知ってることは当然なのだけど――ふんが、少しおかしい。

東雲しののめさん?」

 華凜がうつむいてしまったので、心配になって声をかけてみる。

 すると、スマホを取りだし、何やらメッセージを打ち始めた。

 打ち終わると、俺のスマホから通知音がなる。

 画面を見てみると――。

《妹の私は一緒に住んだら駄目なのに、他の人とは住むんだね?》

 華凜にしては珍しい、恨み言のメッセージが届いていた。

 一緒に住みたいと言った華凜のお願いを断わってすぐに、こうして花音さんたちと住むようになったので、そのことを根に持っていたらしい。

《その理由は説明したよね?》

 彰と清水さんへ話す時に、当然華凜も呼んで説明はした。

 納得はしてくれたはずだけど……。

《頭では納得できても、気持ちで納得できない……》

 どうやら、理解はしても認めることはできないようだ。

 華凜は顔を上げて、プクッとふくらませたほおを俺に向けてくる。

 前髪のすきから見えるオッドアイは、不満そうなものになっていた。

 一緒に住みたいということで、妹がねてくれるのは嬉しいのだろうけど……。

《やらないといけないことは終わったから、いつでも泊まりに来たらいいよ》

 不満を抱かせておくのは可哀想なので、前にした約束を持ち出した。

 明日から冬休みなのだし、いい機会だろう。

 お泊まり会ならシャルも喜びそうだ。

《私、新しいお姉ちゃん知らない……》

 新しいお姉ちゃんとは、花音さんのことだ。

 俺の姉になる人だから、自分の姉だとも思っているんだろう。

 花音さんも華凜の存在を知っており、自分の妹でもあるのだから会わせてほしい、みたいなことを前に言っていた。

 人見知りの華凜には、会ったことのない人がいる家に泊まるのはハードルが高いようだ。

《優しい人だし、俺もシャルもいるけど、やめておく?》

 いはできないし、華凜が泊まりに来たくないなら、別にそれはそれでかまわない。

《うぅん、泊まる……》

 だけど、泊まってはみたいようだ。

《じゃあ、また泊まりたい時は連絡しておいで》

《明日は?》

 華凜はすぐにでも泊まりたいようで、明日は駄目なのか聞いてきた。

 家に来るのだし、そのまま泊まるのがいいというのは、わかるのだけど――。

《ごめん、明日はシャル優先でいたいから、別の日でお願い》

 夜まで他の子がいると、シャルが甘えづらいだろう。

 誕生日なのにそれは可哀想だし、俺も二人きりでシャルを甘やかしたいので、明日だけはえんりよ願いたい。

 何より、明日華凜が泊まるなんて言い出したら、来る予定の清水さんやこうさかさんまで泊まろうとしかねないし。

 女子会みたいになると居心地が悪くなるので、それは避けたかった。

《わかった……》

《他の日なら大丈夫だから》

 わかりやすく落ち込んだ華凜に対し、俺はフォローしておいた。

「――なんで、目の前にいるのに、スマホでやりとりしてるんだよ?」

 突然、彰が後ろから肩を組んできた。

 俺たちのことを見ていたようで、スマホのやりとりまでバレている。

「聞かれたくない話をしてたんだ。彰も、明日は来れるんだよな?」

「あぁ、もちろんだ。とはいっても、本当に俺が行ってもいいのか?」

 彰は積極的にシャルにアタックしていたけど、その結果はかんばしくなかった。

 シャルは男子を怖がっているところがあって、見えない壁みたいなものを張っているから、彰は避けられているとすら感じたこともあっただろう。

 昼は一緒に食べているとはいえ、誕生日会に行くのは気が引けるようだ。

「彰が来てくれないと、俺もいづらくなるんだよ……」

 明日の参加者はとしが近いメンバーだけでも、花音さん、清水さん、香坂さん、華凜がいる。

 その上、さんやソフィアさんも参加するので、女子ばかりだ。

 せめて、男子が一人いてくれないと、俺が場違いになってしまう。

「まぁ、それもそうだけど……男子って、他に呼んでないんだろ?」

「悪かったな、友達が少なくて」

「い、いや、そういうわけで言ったんじゃないけど……!」

 彰は慌てて首をブンブンと左右に振る。

 あいにく、俺が信用できる男子は彰だけだ。

 他の人を呼んで、万が一シャルに不快な思いをさせられても困る。

 は信用できるし、この前のお礼も兼ねて呼ぼうかと思ったのだけど――清水さんが嫌がってしまったので、呼んではいない。

 シャルをはじめとした、他の参加者とほとんど話したことがないのだから、呼んでも浮いてしまう――と力説されたのだ。

 なんだか、意地でも参加してほしくなさそうだった。

「青柳君も、友達が少ない……?」

「いや、そんな《同志を見つけた》みたいな目をされても……」

 華凜が嬉しそうな目を向けてきたので、俺は苦笑いを返してしまう。

 でも、実際俺の友達って異性ばかりで、同性だと彰と理玖しかいないんだよな……。

 もしかしなくても、周りから見たらやばい奴なのだろうか……?

「ところで、東雲さんは今日のクリスマス会には来ないの?」

 彰は昔の反省をかして、優しい言葉を意識しながら華凜に話しかけた。

「あっ……青柳君も、シャーロットさんもいないなら……行かない……」

 しかし、華凜はシャルの歓迎会の時みたいに、断ってしまった。

 話し相手がいないと思っているんだろう。

 清水さんはクリスマス会に参加するようだけど、一緒に昼を食べていないせいで、彼女とは未だに打ち解けていない。

 何より、友達が多い清水さんは周りを友人たちに囲まれているだろうから、華凜が話しかけるのは無理だと思う。

「こういう時に参加してみるのもいいと思うよ? 何かあったら、彰がフォローしてくれるだろうし」

 あまりこういった集まりに参加させるのは、兄目線で見ると心配もあるのだけど、彰と清水さんが参加している以上、過ちが起きることはない。

 話すことは難しくても、変なことをされないよう目を光らせることは、清水さんもしてくれるだろうから。

 せっかくの機会なのだし、成長のために参加してみてほしかった。

 しかし――。

「うぅん、大丈夫……」

 華凜は、やっぱり参加したくないようだ。

「俺の信用のなさ……」

 自分が嫌がられていると思った彰は、ショックそうに肩を落とす。

「いや、これは違うと思うけど……。単純に話し相手がいないから、参加したくないだけだと思う」

「んっ……」

 俺が補足すると、華凜はコクコクと頷いた。

 話し相手がいなければ居心地の悪い時間を過ごすだけだし、華凜が二の足を踏むのも仕方がない。

「香坂さんにも、参加してもらう――ってのは、さすがになしか」

 名前を出した途端に彰が嫌そうな表情をしたので、自分でていせいしておいた。

あきひと、サラッととんでもない提案をしてくるな」

「まぁ、二年生の中に参加させるのは、可哀かわいそうだよな」

 華凜の話し相手にはなってほしいが、香坂さん自身人見知りをするタイプなので、二年生の会に参加するなど彼女が嫌がりそうだ。

 慣れれば、れい正しくていい子なんだけどな……。

「それ以前に、俺があいつと仲悪いし」

「そうか?」

「なんで首をかしげるんだよ……。よく言い合いをしているだろ?」

 彰は不服そうにするけど、はたから見た感じその言い合いは、じゃれているようにしか見えないんだよな。

「まぁ、誘わないならいいだろ。東雲さんも、本当に参加しないんだね?」

「んっ……」

 最後にもう一度確認してみるけど、意思は変わらないようだ。

 俺も参加しない以上、強くは言えない。

「それじゃあ、もう俺はシャルと帰るよ」

 現在シャルは、清水さんをはじめとした女子たちに囲まれて、いじられまくっている。

 さすがにそろそろ助けてあげないと、可哀想だ。

「二人とも、また明日な」

「あぁ、じゃあな」

「ばいばい……」

 俺は二人に別れを告げ、女子たちの輪へと入っていく。

「シャル――」

「あーくん、助けてください……!」

 中心まで行くと、顔を真っ赤にした涙目のシャルが、勢いよく抱き着いてきた。

「えっと……」

「皆さんが、いじわるするんです……!」

 シャルはグリグリと顔を押し付けてくる。

 よほど恥ずかしかったようだ。

 まぁ離れたところから見ていたから、聖夜のことで弄られまくっていたのは知っているんだけど。

 シャルがかわいい反応をするから、女子たちの歯止めがかなくなっていたんだろうな。

「あはは……ごめん、シャーロットさん、青柳君」

 元凶である清水さんが、ほおを指できながら謝ってきた。

「本人が嫌がるほどするのは、やりすぎだよ」

 俺はシャルの頭を優しくでながら、女子たちを注意する。

 かんじんの女子たちは、俺の言葉よりも行動に興味を示しているようだ。

「こんな堂々と、抱きしめながら頭を撫でるなんて……」

「青柳君、大人の余裕みたいなのがあるんだよね……」

すごくナチュラルに撫で始めたけど、いつも二人でいちゃつきまくってるんじゃ……?」

「正直、シャーロットさんがうらやましい……」

 頰を赤く染めながら、熱心に俺とシャルを見つめてくる女子たち。

 なんか、別の意味でネタにされそうだ。

「シャル、帰ろうか?」

「はい……」

 このまま注目されているのは嫌なのでシャルに声をかけてみると、シャルはコクリッと小さくうなずいた。

 相変わらず顔は俺に押し付けており、みんなの顔を見られないようだ。

 知識は豊富そうなのに、シャイだから夜の話には弱いんだろう。

 仕方がないので、そのままシャルの机へと連れて行くと、シャルは自分のかばんを手に取った。

 同じようにして俺の席にも行き、鞄を取ると二人でろうへと出る。

「シャル、もう離れないと……」

 廊下には当然他のクラスの生徒たちがおり、教室で何があったのか知らない学生が見ると、俺たちは夜を待たずしていちゃついているカップルにしか見えない。

 あまりこういった会話で話題になるのは先生たちの心証が良くないので、誤解は生まないに越したことはないのだ。

 特に、先生に何言われるかわからない。

「――あっ、明人先輩、シャーロット先輩、お帰りですか?」

 シャルが離れた後、階段を降りようとすると上から声がした。

 顔を上げると、かいどうさんをはじめとした一年生の女子たちが俺たちを見ている。

 ちょうど、一年生の廊下から階段で降りてきたところのようだ。

「そうだね、そちらはみんなで遊びに行くのかな?」

「はい、女の子たちだけでクリスマス会です。シャーロット先輩はいいですよね、明人先輩のような素敵な彼氏さんがいらっしゃるので」

 二階堂さんは言葉にしている通り、羨ましそうにシャルを見る。

 彼氏がほしい年頃なんだろう。

「ありがとうございます。あーくんは、本当に素敵な方なので」

 そう言いながら、シレッと再度腕を絡めてくるシャル。

 これはもしかしなくても、《自分の!》とアピールしているんだろうか?

「あはは……手を出したりしませんよ。お二人は素敵なカップルで、私たちの推しですから」

 二階堂さんはシャルの行動を俺と同じ意味で捉えたようで、困ったように笑った。

 そういえば、前に香坂さんが言っていたけど、俺たちはカップルとして一年生に推されているようだ。

 動画配信サイトでたまに見かける、カップルチャンネルのような感じで見られているんだろうか?

ひめちゃんばかりずるい……! 私も、お二人とお話ししたいです……!」

「わ、私も!」

「私は一緒に写真を撮ってほしいです!」

 まるで、芸能人に会ったかのような反応をする一年生の子たち。

 いろいろと問題が起きたこともあってこの学校では有名だろうけど、別に求められるようなものではないと思う。

 ――だけど、一年生の子たちが俺たちに対して好意的になっているのは、都合がいい。

 俺は他の生徒たちの邪魔にならないよう、彼女たちを校舎の外へと連れていく。

 一年生の子たちは何か勘違いしたようで、キャーキャーと黄色い悲鳴を上げながらついてきたのだけど、別に写真を一緒に撮るつもりはない。

 ただ、話とお願いがしたかっただけだ。

「二階堂さんって、香坂さんと同じクラスだよね?」

「えっ、そうですけど……?」

 香坂さんの名前を出すと、明らかに二階堂さんは身構えた。

 はしゃいでいた女子たちもげんそうな表情をして、《なんで香坂さんなんかの名前が……》と、明らかに嫌そうな反応を見せる。

 想定していた範囲の反応だ。

「あーくん、何を……?」

 不穏な気配を察し、シャルが俺を止めようとしてくる。

 だから、彼女が安心するように笑みを浮かべ、二階堂さんに向き直した。

「香坂さんのことは苦手かな?」

 敵対する気はない、そうわかるよう優しく尋ねる。

「香坂さんが、よく明人先輩たちと一緒にいるのは、知っています……」

 不本意ながら、俺たちは学校で有名人となっている。

 それはつまり、周りから注目されるということで、一緒にいる子の情報も共有されているだろう。

 そして、一年生なのに一人だけ俺たちと一緒にいる香坂さんのことを、良く思わない生徒もいる。

 元々彼女自身が周りに溶け込めていなかったこともあり、最近では更に浮いているようだ。

 香坂さんに友達ができるまで、寂しい思いをさせないよう俺たちのグループに入れておくようにしたが、それが裏目に出ているのなら対処はしないといけない。

「でも、正直……私たちは、仲良くないです……」

 前に接した感じ、二階堂さんは素直な子だと思った。

 自分の気持ちをちゃんと言ってくれているし、その見立ては間違ってないようだ。

 こういう子のほうが、香坂さんとは相性がいい。

「それはどうして?」

「えっと……」

 二階堂さんは両手の人差し指を合わせながら、視線を彷徨さまよわせる。

 他の女子たちも、バツが悪そうに視線をらしていた。

「知りたいだけだから、思ってることを言ってくれていいんだよ?」

 別にしかりに来たわけでも、文句を言いに来たわけでもない。

 俺はただ、二階堂さんと香坂さんの間を取り持ちたいだけだ。

 そのためには、二階堂さんがどう思っているのかを知る必要がある。

 香坂さんのほうは、前に二階堂さんが俺とシャルのことを良い意味で周りにふいちようしていたことで、好感を抱いているようだ。

「歯にきぬ着せぬ言い方で、直にキツいことを言ってきたり……まじめすぎて、近寄りづらいふんがあると言いますか……」

「…………」

 二階堂さんの話を聞いて、シャルがジッと俺の顔を見てくる。

 どこかの誰かさんと同じだ、とでも思っているんだろう。

 まぁ俺の場合は、わざと嫌われるためにしていたところがあるのだが。

「いくら正論でも、言い方は考えてほしいよね?」

「はい……」

 申し訳なさそうにしながらも、二階堂さんは小さく頷く。

 やっぱり、言い方の部分が引っかかっているようだ。

 気まずそうにしているのは、俺と香坂さんの仲がいいことは知っているので、彼女を悪く言うことに負い目を感じているんだろう。

「仲がいいから――と思われるだろうけど、香坂さんは、優しくていい子なんだ。ただ、人見知りをしてしまうし、慣れてない相手とどう接したらいいかわからなくて、不愛想な物言いになるだけで」

 まずは、香坂さんのことを知ってもらう。

 そこからだ。

「明人先輩は、香坂さんと同じ中学校なんですか……?」

「そうだよ。同じ中学校で、同じ部活だったんだ。だから、この学校では多分あの子を一番理解してると思う」

 俺がそう言うと、シャルが抱き着いてきている腕にギュッと力を込めた。

 言い方が嫌だったのかもしれない。

「こうやって私に接触しているのも、香坂さんのためってことですね?」

 インフルエンサーとして活動しているからか、理解は早い。

「あの子の場合、周りに勘違いされてみぞができてるから、それをなくしたいんだ。香坂さんと仲良くしてもらうことは、君にとってもいい方向に働くと思う」

 香坂さんはまじめで、時に厳しいことも言うかもしれないが、困っている人は絶対に見捨てない子だ。

 二階堂さんが困った時、必ず力になってくれるだろう。

 しかし――。

「香坂さんが……?」

「そうは思えないよね……?」

 二階堂さんの後ろにいる女子たちは、俺の言葉が信じられないようだった。

 多分、既に何度か衝突しているんだろう。

「…………」

 二階堂さんは、ジッと俺の顔を見つめてきながら、何やら考えているようだ。

 そして――。

「わかりました、この後のクリスマス会に、香坂さんを誘ってみます」

 笑みを見せてくれた。

「姫花ちゃん!?

「本気なの!?

「絶対空気悪くなるよ……!?

 まさか二階堂さんが頷くと思っていなかったようで、一緒にいた女の子たちが慌て始めた。

 俺も、《すぐに》という意味で言っていなかったので、まさかクリスマス会に呼ぼうとするとは思わなかった。

「何度か注意されただけで、私たちのほうから香坂さんを遠ざけてたところあるじゃん? それって良くなかったって思うんだよ」

「それは、そうかもしれないけど……」

「でも……」

 二階堂さんたちと、香坂さんに何があったかは知らない。

 香坂さんの反応から、深い溝はできていないと思っていただけで、やっぱりゴタゴタはあったようだ。

 だけど逆に言えば、香坂さんが気にしていないレベルのめごとでしかない。

 いくらでも、やり直せるだろう。

「みんなの気持ちはわかるし、私だって明人先輩に言われなかったら、向き合おうとは思わなかった。でもね、知りたいなって思ったんだよ。明人先輩とシャーロット先輩は見る目がある人だと思ってて、そんな人たちが一緒にいるだけでなく、こうして香坂さんのために動いているんだもん。だから、本当はどういう子なのか、一度向き合ってみたい」

 動画の件が起きた時は、物事を深く考えないけいそつな子だと思ったけれど、こうして話してみるとしっかり考えられる子に見える。

 ノリや感情に流されることがあるだけで、頭はいい子なんだろう。

「と言いますか、明人先輩たちに一度迷惑をかけて助けてもらった以上、お願いは断れないんですけどね」

 俺のほうを振り返った彼女はまじめな雰囲気がなくなり、テヘッとかわいらしくおどけた。

 場の空気をなごませようとしたんだろう。

「ありがとう、助かるよ」

 他の子たちは一応納得したようだけど、まだ心の中には思うところがあるはずだ。

 二階堂さんだけでも香坂さんと向き合ってくれるなら、それでいい。

「でも、もう帰っちゃいましたかね……?」

 クラスに友人がいない香坂さんは、ショートホームルームが終わってすぐに教室を出ているだろう。

 もう帰っていてもおかしくないが……。

「電話でもいいかな?」

「えっ……あっ、はい」

 確認を取ると、戸惑いつつも二階堂さんはうなずいてくれた。

 俺はすぐにスマホで香坂さんに電話をかける。

《――はい、かえでです。どうかされましたか?》

 コールが数度鳴ると、香坂さんは電話に出てくれた。

「急にごめん。今大丈夫かな?」

《えぇ、駅で電車を待っていますので》

 どうやら、まだ間に合うらしい。

「それじゃあ、二階堂さんから話があるんだけど、代わってもいいかな?」

《えっ!? なんで、二階堂さんが!?

 俺の口から彼女の名前が出てくるとは思っていなかったようで、とても驚いている。

 それもそうだろう。

 二階堂さんが俺経由で連絡をしてくるなんて、思いもしなかっただろうからな。

「駄目かな?」

《い、いえ、大丈夫です……》

 緊張しているような声だけど、話してくれるようだ。

「二階堂さん、お願いできるかな?」

「は、はい……」

 二階堂さんも、緊張したようにスマホを受け取る。

 仲が良くないと言っていたくらいだし、誘うのは勇気がいるだろう。

「えっと……こんにちは、二階堂です……。その、実は――」

 二階堂さんは、約束通り今日行われるクリスマス会に香坂さんを誘ってくれた。

 電話越しから彼女の驚く声が聞こえてきたけど、嫌そうにはしていないと思う。

 そのまま、二人は話をしていき――次第に、二階堂さんの表情と口調は和らいでいった。

「――来てくれるそうです」

 電話を終えると、二階堂さんは笑顔でスマホを返してきた。

「なんか、何度も行っていいのか聞いてる感じだったね?」

 二階堂さんが何度も笑いながら《大丈夫》と答えていたので、しつこく確認をしていたようだ。

 でも、断らず何度も確認をするということは――。

「誘われると思っていなかったようで、心配したんだと思います。でも、大丈夫だってことがわかると――誘ったこと、喜んでくれていました」

 そう教えてくれた二階堂さんは、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 やっぱり、香坂さんは参加したかったようだ。

 おせつかいで終わらなくてよかった。

「香坂さん、喜んでくれたんだ……」

「私たち、絶対嫌われてると思ってたのに……」

 後ろにいる女子たちも、意外そうに驚いている。

 これで、一つ誤解は解けただろう。

 悪いことに悪いとえんりよなく言ってしまうだけで、別に周りとけんしたいわけじゃないんだ。

 むしろ、仲良くしたい子なのだから、こうして誘われれば喜んでくれる。

「まだ慣れてないと思うから、不愛想な言い方をするかもしれないけど、慣れるまで付き合ってあげてくれると嬉しいかな」

「大丈夫ですよ、人付き合いは私の得意分野なので」

 香坂さんが嬉しそうにしたことで、仲良くなれる相手だと思ってくれたんだろう。

 自信ありげに、二階堂さんは喜んでくれた。

「ありがとう。それにごめんね、時間を取って」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 お礼を言われる覚えはないが、まぁ社交辞令みたいなものだろう。

「それじゃあ、俺たちはこれで。クリスマス会、楽しんできてね」

「は~い、失礼します! 先輩方も、素敵な夜をお過ごしくださ~い!」

「――っ!?

 二階堂さんの冗談に、シャルが敏感に反応してしまった。

 夜という言葉で、連想してしまったんだろう。

 顔が真っ赤になったので、一年生の子たちも顔を赤くしてこちらを見てくる。

「あ、あ~、なるほど。冗談のつもりが、本気で……」

 二階堂さんまでも、察して顔を赤くしている。

 気まずそうに目をらしていて、なんだか申し訳なくなってきた。

「単に照れてるだけだから、気にしないで」

 そんな言葉を信じてくれるとは思えないが、そう言うしかない。

 年明けには、学校中に広まってそうだ。

 とりあえず、このままだと更に墓穴を掘りそうなので、俺たちは別れを告げて早々に立ち去ることにした。

「――そっか……先輩たち、大人になるんだ……」

「まぁでも、ちょっと意外だよね……。シャーロット先輩が明人先輩にメロメロだから、とっくにしてると思ってた……」

「後輩のために、こうしてお願いしてくる優しい先輩だし……シャーロット先輩をくのも、優しそう……」

「わからないよ……? ああいう人が意外と、夜は狼になるのかもしれないし……」

「シャーロット先輩が、ちやちやにされたりとか……?」

「「「「…………」」」」

 チラッと後ろを振り返ると、一年生たちは顔を赤くしながら見合わせていた。

 なんの話をしてるんだろう……?

 俺の腕に抱き着いているシャルが、先程から一人もだえまくっているので、俺たちの話をされているようだけど……。

 気にはなるが、俺の耳では聞き取れないのでどうしようもない。

 戻って聞きに行くわけにもいかないし。

 とりあえずシャルの様子を見るに、ロクなことは言われてなさそうだ。

 俺は彼女たちの話が気になるものの、シャルのためにさっさと立ち去るのだった。


「「「「あの二人がすると、どんなふうになるのか……気になるなぁ……」」」」


 ――何やら、とても熱い視線を背中に感じたけど。



「…………」

 帰り道、シャルはチラチラと俺の顔を見上げてくるが、何も言ってはこない。

 この後の予定が気になっているけど、自分から聞くことができずにいるんだろう。

 シャルが知っているのは、エマちゃんを迎えには行かず、このまま家に帰るということくらいだ。

 エマちゃんに関しては、俺たちに時間を作るために、ソフィアさんが迎えに行ってくれる。

 そのまま、家に着くと――。

「誰も、いませんね……?」

 普段ならこの時間は神楽耶さんがいるはずなのだけど、花音さんのほうも終業式なので、迎えに行っているんだろう。

「…………」

 シャルは、期待したように熱っぽい視線を向けてくる。

 誰もいない二人きりの状況だから、甘えたいのかもしれない。

「実は花音さんから、今日は家に帰らなくていいって言われているんだ。服だけ着替えて、俺たちが前に住んでいた部屋に行かない?」

「――っ!」

 シャルの体を抱き寄せながら尋ねると、シャルは顔を真っ赤にして息をんだ。

 ちゃんと、意図が伝わったのだろう。

「は、はい、すぐに準備してきます……!」

 そして、パタパタと急いで部屋に戻ろうとする。

 気がはやっているんだろう。

 俺たちは同じ部屋なので、ドアの前でシャルが着替え終わるのを待つ。

「――お待たせしました……!」

 部屋から出てきたシャルは、普段家で着ているTシャツやズボンなどの、ラフな格好ではなかった。

 胸元に白くて大きなハートマークが描かれた、黒を基調としたパーカーを着ており、下もかわいらしいピンク色のミニスカートだ。

 遊びに出かけるわけではないのに気合が入った服装なので、この後のことを意識しているのが伝わってきて嬉しい。

「かわいらしい服だね」

「えへへ……この前、遊びに連れていって頂いた時に、花音お姉さんが買ってくださったのです」

 シャルはかわいらしくほおゆるませながら、ハートマークを見せつけるように服を両手で広げる。

 この笑い方をする時は、かなり上機嫌なんだと思う。

 あの日は神楽耶さんが大量に紙袋を持って帰ってきたのだけど、中身は全てシャルの新しい服だった。

 花音さんがシャルを着せ替え人形のようにして楽しみ、そのお礼として服をたくさんプレゼントしてくれたようだ。

「よかったね、よく似合ってるよ。それじゃあ俺もすぐに着替えるから、リビングで待っててね」

 入れ替わるようにして今度は俺が部屋で着替え、必要なものを持ってリビングに向かう。

 リビングのソファではシャルが座っており、ソワソワと落ち着かないように体を揺すっていた。

「それじゃあ、行こうか」

「はい……!」

 声をかけると、嬉しそうにシャルはくっついてきた。

 当たり前のように指を絡ませ、恋人つなぎをしてくる。

 それだけでは飽き足らず、いている右手で俺の右腕に抱き着いてきて、肩に頭を乗せてきた。

 甘えん坊モード全開のようだ。

 なぜか大き目な鞄を提げているんだけど、着替えにしても量が多い気がする。

 いったい何が入っているんだろう?

「――お昼、どうしよっか? 外食してみる?」

 部屋を出てかぎを閉めながら、お昼の予定を聞いてみる。

 学校が午前で終わったので、まだ何も食べていないのだ。

 せっかくのクリスマスイヴなので、外食のほうがいいかと思ったけど……。

「私が作りたいです……」

 今日も、シャルが作ってくれるみたいだ。

「調理器具って、まだ置いてありますよね?」

「うん、一応残してあるよ」

 この家には既にお高い調理器具が運び込まれていたので、シャルがいつも使っていたものは部屋に残しておいた。

「スーパーに寄りたいです」

「そうだね、食材を買わないと」

「……あーくんは、先にお部屋に行ってくださって大丈夫ですよ?」

「えっ?」

 意外なことを言われ、俺はシャルの顔を見る。

 こんなこと、今まで言われたことがない。

 一緒に買いに行くのが当たり前で、買いものの時間でさえ幸せだったから。

「俺、邪魔かな……?」

「そ、そういう意味ではなくて、ただ……!」

 慌てて否定した後、シャルはバツが悪そうに顔を背ける。

 何か、言いにくいことがあるのだろうか……?

「ごめん、外であまり一人にはさせたくなくて……」

 シャルが一人で買いに行きたいなら、気持ちを尊重してあげたいところではあるのだけど、動画の件で有名になった彼女を一人にさせたくはない。

 万が一のことがあっても、おかしくないからだ。

「そう、ですね……」

 シャルも納得したようで、小さくうなずいてくれた。

 その表情は、らくたん――ではなく、なぜか照れているようだ。

 いったい何を買うつもりだったんだろう?

 不思議に思いつつも、シャルを困らせないためにグッと言葉を呑み込んだ。

 スーパーに着くと――。

「これと、これ……あと、これも……」

 既にシャルの中で何を作るか決めているようで、野菜から順にかごへと入れていく。

 俺は黙ってかごを運ぶのだけど、シャルがいったい何を作るのか全然わからない。

 かごに入っているのは、玉ねぎやニラ、ほうれん草などの野菜の他に――牡蠣かきうなぎさば、牛肉、豚肉などのメイン食材だ。

 ショウガはともかく、オクラやアボカドなどの普段買わない食材まで買っているし、本当に何を作るんだろうか……?

 それに、昼と夜の分を買っているにしても、量が多いような……?

「結構高くつきそうだけど、大丈夫……?」

 普段シャルは、俺やエマちゃんが要望を言わない場合、安いものを選んでそこからレシピを考え、必要なものだけを買っていくスタイルだ。

 それなのに、今回は高い食材も沢山買っている。

「大丈夫です、私のお小遣いから出しますので」

「いや、さすがに俺も半分出すよ」

 二人で食べるものなんだから、お金は当然半分出す。

 この様子だと、シャル自身も高いものに手を出しているのはわかっているようだ。

「私が好きに買っているだけなので、私が出します」

 しかし、この食材たちを買うのは自分のままだと思っているのか、シャルは首を左右に振った。

「駄目だよ、そこはちゃんとしないと。二人でやっていくことなら、それが――」

 と、そこまで言って、ふと思いとどまる。

 こんなことを言ってしまうと、デートの時に半々にしようとシャルが言い出したら、反論ができなくなってしまう。

 なんでもかんでもお金を出すわけではないけど、やっぱり自分が出したい時はあるのだ。

 その時におごらせてもらえなくなるのは、かなり困る。

「私が、出したいです……」

 考えていると、シャルが上目遣いにお願いしてきた。

 ここは今後のためにも、シャルの気持ちを尊重したほうが良さそうだ。

「そっか、ありがとう。それじゃあ、次デートする時は、俺に出させてね」

 今はこれが、一番いい落としどころだろう。

「はい、その時は甘えさせてください」

 シャルは嬉しそうに笑って、小さく頷いてくれた。

 彼女も喜んでくれているので、これでよかったようだ。

 そのまま会計を済ませ――俺たちは、以前住んでいたマンションに帰るのだった。



「――どうぞ、沢山食べてくださいね」

 ホクホクの笑顔で、テーブルに並べた料理を見せてくるシャル。

 逆に俺は、冷や汗をかいていた。

 別に変なものは作られていない。

 だが、量がおかしいのだ。

 テーブルに並ぶのは、牡蠣のホイル焼きに、牡蠣とベーコンのアヒージョ。

 そして牡蠣のほうれん草グラタンや、牡蠣のアクアパッツァという、牡蠣づくし。

 それだけではなく、あさりのお味噌汁やホタテのカルパッチョ、鰻のかばきに鯖の塩焼きという、どう考えても二人で食べる分としては多すぎるおかずの数だった。

「あの、シャル……?」

「はい、どうされました?」

 声をかけると、ニコニコと幸せそうな笑みを返されてしまった。

 一瞬何か怒らせているのかと思ったけど、その気配は一切ない。

 普段六人分作るようになっていたから、量を間違えてしまったのか……?

 いや、さすがにそんなミスをする子ではないし、本人にもその様子は見えない。

 俺の食べる量もあくしているはずなのだけど――なんで、こうなった……?

「あっ、食べさせ合いっこしますか……?」

 俺がおかずに手を付けないのを見て、シャルが隣に座り直してきた。

 そして、ピトッとくっつきながら、期待したように見上げてくる。

 食べさせ合いがしたいんだろう。

「これ、夜の分は取らなくていいの……?」

 最後の可能性にけ、尋ねてみる。

「夜には、また別のを作りますので、全て食べてくださって大丈夫です」

 しかし、その望みはあっさりと断たれてしまった。

 やはりこの量は、昼に食べるもののようだ。

 なんだかテンションがおかしくなっている気がするので、これはそのせいか……?

「ふーふー。はい、あーくん、あ~んです」

 シャルはホイル焼きの牡蠣をはしまむと、息を吹きかけて冷まし、俺の口元に近付けてきた。

 はしゃいでいる姿はかわいいのだけど、俺のお腹は持つだろうか……?

「あーん……ぱくっ」

 楽しそうなシャルに水を差すわけにもいかず、俺は牡蠣を口に含む。

「おいしいですか?」

「うん、相変わらず最高だよ」

 シャルが作ったものが、おいしくないはずがない。

 牡蠣はあまり食べたことがないし、くせが強いイメージがあったけど、とてもおいしく食べられた。

「では、次をどうぞ」

 次のおかずを取ろうと、シャルは箸を伸ばす。

「待って」

「えっ、どうされました……?」

 シャルの手をつかんで止めると、彼女は戸惑いながら見上げてきた。

「食べさせ合いっこだよね? 次は俺が食べさせるよ」

 今のシャルのテンションで食べさせ続けられるのは、正直怖い。

 ペースは大丈夫だろうけど、俺のお腹がふくれても延々に食べさせてきそうな気がするのだ。

 そして俺も、シャルが食べさせようとしてきたら、断ることはできない。

 せめて、シャルがお腹いっぱいになるまでは、食べてもらわないと。

「あっ、それもそうですね。それでは……」

 シャルは、一ぜんの箸だけを使うようで、自身が持っていた箸を渡してきた。

 間接キスを気にしないようだ。

「どれが食べたい?」

「どれでも大丈夫ですので、あーくんが選んでください」

 先程はシャルが選んだものを食べさせてくれたので、シャルは俺にも選んでほしいようだ。

「それじゃあ……」

 同じものを食べさせるのは芸がないので、俺はホタテを箸で摘まんだ。

 俺が摘まむところを見ていたシャルは、目をつむって小さく口を開ける。

 俺は同じように息を吹きかけてホタテを冷まし、小鳥のひなのように待っているシャルの口へと入れた。

「もぐもぐ……」

 シャルは口元を手で隠しながら、しやくをしていく。

 やがて、ゴクンッと飲み込み――

「えへへ……」

 ――幸せそうに、笑みを浮かべた。

「どうしたの?」

「ふふ……ごめんなさい。あまりにもこの時間が幸せすぎて、つい……」

 そう謝りながら、シャルは俺の肩に頭を乗せてくる。

 甘えたくなっているんだろう。

「俺もすごく幸せだよ」

 目の前にある大量の料理には汗が出てくるけど、シャルと二人きりでいるこの時間が嫌なはずがない。

 胸はとても温かくなり、嫌なことなど全て忘れそうになる。

「よかったです……」

 シャルはスリスリと顔を腕に擦り付けてきた。

 甘やかしたいところなのだけど――せっかくの料理が冷めてしまう。

 食べ終わったらいちゃいちゃし放題なので、そこまで我慢してもらおう。

「後でゆっくりできるから、先に食べてしまおう?」

 俺はシャルの頭を優しくでて、笑顔を向ける。

「――っ。そう、ですね……」

 シャルはほおを赤く染め、勢いよく顔をらした。

 ……いや、なんで?

 と疑問を抱いてシャルを見ていると、シャルが俺の持つ端に手を伸ばしてきた。

 渡すと、今度はうなぎを箸で摘まみ、俺の口元へと持ってくる。

「はい……あ~んです……」

 そう言ってくるシャルの瞳は潤っており、まるで熱に浮かされているようだった。



「あーくん、大丈夫ですか……?」

 ソファに座っていると、片付けを終えたシャルが話しかけてきた。

 俺はといえば、現在お腹がはち切れそうなほどいっぱいで、まともに動けずにいる。

 結局、全部残さず頑張って食べ切ったのだ。

「少し休めば、大丈夫だよ……」

「ごめんなさい、たくさん作ってしまって……」

 シャルは心配そうに見つめてきており、こうかいしているようだった。

「うぅん、どれもおいしすぎて、俺が食べすぎただけだから」

「あーくん……」

 笑顔を向けたことで安心したのか、シャルは俺の隣に座ってくる。

 そして、いつも通りピトッとくっついてきた。

「お風呂、どうされますか……?」

 お風呂?

 あぁ、夜どちらが先に入るかってことかな?

 それなら、いつも通りシャルが先でいいと思うけど――。

「…………」

 ふと、シャルが熱っぽいまなしで俺を見ていることに気付く。

 これ、多分違う……。

 今入るかどうか聞いているんだ。

「入りたかったら、入っていいよ?」

 俺はシャルがすれ違いに気付くよう、わざとらしく返す。

 しかし――。

「い、一緒に……は、まだ早いですよね……?」

 シャルは、更にアクセルを踏んできた。

 上目遣いの誘いに、頭がクラクラしてきてしまう。

 こんなの、我慢しろというのが無茶な話だ。

 でも、俺には夜まで待ちたい理由があるわけで……。

「それじゃあ、一緒に入る……?」

 こう返すしかなかった。

「えっ?」

 シャルは、キョトンとした表情で首をかしげる。

「…………」

 そのまま、黙り込んで何やら考え込み始めた。

「あっ……!? えっ、その……!」

 今度は、何かに気付いたように慌て始める。

 おそらく、俺とシャルの考えが違うことに気付いたんだろう。

 シャルのれいな顔が、今まで見たことないレベルで赤く染まっている。

 そして――。

っ!」

 言葉にならない声を上げて、逃げてしまった。

「シャル!?

「こないでください……!」

 慌てて追いかけると、シャルは寝室に逃げ込んだ。

 しっかりとかぎまでかけられてしまう。

「何してるの、鍵を開けて……!」

「ち、違うんです、これは違うんです……! その、本当に違うくて……!」

 何やら、一生懸命言い訳をしている。

 何が違うのか全然わからない。

「とりあえず、出ておいでよ……!」

「無理です……! ぐすっ……エッチな女の子だと、幻滅されちゃいました……!」

 シャルは涙声になっていた。

 自分でエッチな女の子だと言っているように、シャルは夜を待たずして、今からするつもりだったのだ。

 だから、まだ入るには早いはずなのに、お風呂の話を切り出してきていた。

「大丈夫、幻滅なんてしてないから……!」

「噓ですよ……! あーくん優しいから、気を遣ってくれてるだけです……!」

 今回のことは、シャルにとってよほどショックだったらしい。

 シャイな子だし、恥ずかしくて仕方がないんだろう。

「大丈夫だって! シャルが――!」

 エッチな子だなんて、とっくにわかってたんだから――という言葉は、直前でみ込んだ。

 こんなこと言ったら、更にシャルを追い込んでしまう。

 その代わりに――。

「エッチでも、構わないよ! むしろ、嬉しいくらいだ!」

 受け入れるというのがわかる言葉を伝えた。

 恥ずかしすぎて死にそうだ。

「う、嬉しいだなんて、おかしいです……! そんなわけがありません……!」

 シャルは俺が噓を吐いていると思ったようで、信じてくれない。

 今までそういった会話をしてこなかったから、余計だろう。

「本当だよ……! 俺だって、男なんだ! 彼女がエッチなことに寛容なほうが、嬉しいに決まってるよ……!」

 なんとかすぐに、シャルが納得するよう言葉を考えて伝える。

 思い付きのことを言っているから、ちやちやなことを言っているかもしれないけど――噓ではない。

「…………」

 こちらも必死になっているのが伝わったのか、シャルは反論をしてこなかった。

 黙り込んでいるので、考えごとをしているのだろうか?

 続けて何か言ったほうがいいのか――そう考えていると、ガチャッと鍵が開いた。

 ゆっくりとドアが開き、シャルが半分だけ顔をのぞかせる。

「本当、ですか……?」

 どうやら、俺が噓を吐いていないか、目で確かめにきたようだ。

「こんなことで、噓は吐かないよ」

 俺は逃げられないよう、ドアノブを手で持ちながら笑顔を返す。

「エッチな子でも、いいんですか……?」

 てっきり否定するかと思ったけど、シャルは自分がエッチな子だと認めてきた。

 上目遣いでそういうのを聞いてくるのは、ずるいと思う。

 相変わらず、男心をくすぐってくる子だ。

「歓迎するから、出ておいで」

 俺はドアノブから手を離し、シャルが見える位置にずれてから両手を広げる。

 すると――。

「――っ!」

 シャルはパァッと明るい表情を浮かべ、部屋から出て俺に抱き着いてきた。

 ギュッと抱き留め、優しく後頭部を撫でてあげる。

「んっ……」

 傷ついた後だからか、シャルは安心したようにほおゆるめる。

 そして、スリスリと顔を俺の胸に擦りつけてきた。

 本当に甘えん坊でかわいい。

 俺たちはそのままソファへと移動し、甘えん坊のシャルを甘やかしまくるのだった。

 ――もちろん、エッチは夜までお預けだ。