日本語はしやべられず、会話はスマホに頼りきっていたので、あれがないとどうしようもないようだ。

『心当たりはないんですか?』

『ぐすっ……探したけど、どこにもなかった……』

 となると、誰かに拾われた可能性が高いな。

『最後にスマホを触ったのは、どこだったんですか?』

 岡山駅の時にあったのを覚えているということは、そのタイミングで触ったはずだ。

 そこから順に探してみるしかない。

『…………』

 だけど、彼女はなぜか俺から顔を背けてしまう。

 後ろめたいことでもあるのだろうか?

『どうしました?』

『えっと……言わないと、だめ……?』

 少女は、ほんのりとほおを赤く染め、上目遣いで聞いてくる。

 言いづらいことなのだろうか?

『手掛かりはあったほうがいいので……』

『そう、だよね……』

 納得はしてくれたようだけど、人差し指を合わせながらモジモジとしている。

 どう見ても恥ずかしがっているので、これはもしかしたら――。

『その……おトイレ……』

 消え入りそうなほど小さな声で、少女はどこで触ったかを教えてくれた。

 それは俺の予想と一致し、今更ながら申し訳ないことを聞いたとこうかいする。

 道理で、恥ずかしがっているわけだ。

『すみません……』

『うぅん、こちらこそ……』

 俺たちの間に、気まずい空気が流れる。

 初対面の子と、こんな空気になるとは思わなかった。

『それじゃあ、一旦そこに戻りましょうか』

 さすがに俺は入れないが、彼女が入る分には問題ない。

 そこから、順に探していくしかないだろう。

『でも、もうそこは見たよ……?』

『そこを始まりにして、もう一度辿たどった道を二人で探しながら歩いてみましょう』

 一度探した以上見つからない可能性は高いが、見落としている可能性だって考えられる。

 スマホをなくして慌てていただろうし、そういう状態なら尚更のことだろう。

『うん、わかった……。ありがとうね』

『いえ、困った時はお互い様ですから』

 幸いエマちゃんは寝ているので、スマホ探しに時間をいても問題はない。

 そうして、駅へ戻っている最中――。

『そういえば、自己紹介がまだだったね。私はオリヴィア・ケニー。気軽にリヴィって呼んでね』

 海外の人だからか、彼女はとてもフレンドリーだ。

 わざわざ友人に会いに日本へ来るくらいだし、きっと友達も多いのだろう。

『僕は青柳明人です。改めて、よろしくお願いします』

『明人……』

 俺の名前を聞いた彼女は、なぜか目を見開く。

『どうかしましたか?』

『うぅん、知り合いの名前と同じだったから、奇遇だなぁって思っただけ』

 どうやら彼女は、日本人にも友人がいるらしい。

 あまり多い名前ではないと思うけど、まぁそういうこともあるだろう。

『確かにそれは、驚いてしまいますね。その友人にも会いに来たんですか?』

『友人っていうか……まぁでもそうだね。彼に会うのも、今回日本に来た目的の一つかな』

 やっぱり、友人を大切にする人なのだろう。

『リヴィさんって、友達が多そうですね』

『あはは、リヴィは愛称なんだから、呼び捨てでいいよ。私も、明人って呼ぶし』

 女性の呼び捨てはあまり好きじゃないんだけど……まぁ、愛称ならいいか。

『それに、私たちとし近いよね? もっと砕けた感じでいいよ?』

 距離の詰め方もすごい。

 その上で、相手に不快感を与えるどころか、スルッとふところに潜り込んでくるような安心感まであるのだから、こういう人をコミュ力お化けというんだろう。

 このコツを、華凜や香坂さんに教えてあげてほしい。

『じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね。リヴィは、どれくらい日本に滞在するの?』

『ん~、二週間くらいかな?』

『結構長いね』

 てっきり、数日程度だと思っていたのに、何か他にも目的があるんだろうか?

 これなら、華凜にも会わせて友達になってもらいたいけど……お互いの言葉がわからないだろうから、難しいな。

『学校が長期休みになったからね、日本を観光しようかと思ってるの。まぁ、スマホを落として、それどころじゃなくなったんだけど』

 リヴィは、突然遠い目をして落ち込んでしまう。

 友達への連絡手段も失い、ほんやくツールも失ってしまったので、それも仕方がない。

『だから、明人に会えて運が良かったよ。全然英語が通じなくて、泣きそうだったんだから』

 泣きそうというか、既に泣いていたというか……。

 もちろん、わざわざツッコミはしないけど。

『まぁ東京や大阪とかと違って、こっちは海外の人がいうほど多くないから、話せる人が少ないかもしれないね』

 海外の人が多く訪れる場所だと、言葉が通じないと困るから店員で話せる人は結構いそうなイメージがあるけど、多分岡山は多くない。

 ……あれ?

『そういえば、落としものが届いてないか、駅員さんに聞いた?』

『えっ?』

 ふと思ったことを尋ねると、キョトンとした表情で首をかしげられてしまった。

 これは、もしかしなくても……。

『聞いてないんだね?』

『あ、あはは……落としたショックで、探し回ってたから……』

 思った通りだ。

 駅員であれば、一人か二人くらいは英語が話せる人がいてもおかしくない。

 それなのに、全然英語が通じないというから、おかしいと思った。

『トイレも見たってことだったし、先に駅員さんに聞いてみよう』

 そうして、駅員さんに聞きに行くと――。

『あったぁあああああ!』

 親切な人が、リヴィのスマホを駅員さんに届けてくれていた。

『ありがとう、明人!』

『わっ、ちょっ!?

 いきなり横から抱き着かれ、俺は驚いて固まってしまう。

『本当にありがとう! もうだめかと思ったよ!』

『あはは……よかったね。とりあえず、離れてくれる?』

 シャルといつもイチャイチャしているとはいえ、女子自体に耐性がついたわけではない。

 リヴィにその気がないとわかっていても、照れてしまうのだ。

 あと、こんな場面を誰かに見られるとまずい。

『わかったわかった、これはお礼だよ――ちゅっ』

 不意打ちで頰を襲う、しっとりとした柔らかいもの。

 それが何か理解するのに、たいして時間はかからなかった。

『何してっ!?

『あはは、顔真っ赤だね。やっぱり、こういうのは慣れてないの?』

 バッと勢いよく離れた俺に対し、リヴィは楽しそうに笑ってくる。

 フレンドリーにもほどがあるだろ……!

『日本でこういうの、気軽にしたら駄目だから……!』

『ごめんごめん。でも、私だって誰にでもはしないよ? 女の子以外にしたのは、初めてだもん』

『じゃあ、なんで俺にしたの……!?

『だからお礼だってば』

 お礼で気軽にこんなことをされたら、いろんな意味でこっちの身がもたない。

『とりあえず、こういうことはもうしないでほしい……』

『わかったわかった、明人は照れ屋だね~』

 本当にわかっているのか、と聞きたくなるレベルでリヴィは軽く流した。

 ニコニコと笑みを浮かべながら俺の顔を見てきているし、わかってなさそうだ。

『ねね、それよりもお昼はもう食べた?』

 スマホが返ってきて嬉しいようで、ご機嫌なリヴィはグイッと顔を近付けてきた。

 近すぎる……。

『いや、まだだけど……』

 俺は少し後ずさりながら、首を左右に振る。

『じゃあ、一緒に食べに行こうよ! お礼におごるから!』

 そして、そのいた距離を平然と詰めてくるリヴィ。

 この子、押しが強い……!

『お礼はもうもらったから……』

『いいじゃん、おいしいところ教えてよ!』

 スキンシップが凄い彼女といるのは良くないと思い、断ろうとしたのだけど、服をつかまれてしまった。

 逃がさない――とでも言われている気分になる。

『この辺に住んでないから、全然詳しくないんだよ……』

『じゃあ、一緒に探そ! ラーメン食べようよ、ラーメン!』

 やっぱり、押しが強い。

 多分、誘いに乗るまでは逃がしてくれないタイプの人間だ。

 そして、彼女が『ラーメン』と言ったことで――。

『らーめん!?

 腕の中で寝ていたエマちゃんが、目を覚ましてしまった。

 俺たちが騒いでいたから眠りが浅くなっていたんだろうけど、それにしてもやっぱり食い意地が張っている。

 そして勢いよく顔を上げたものだから、せっかくかぶっていたフードが脱げてしまった。

『えっ……?』

 エマちゃんの髪と顔を見て、日本人じゃないと気が付いたリヴィが目を大きく見開く。

『…………』

 何か思うところがあるようで、リヴィはジィーッとエマちゃんを見つめる。

 エマちゃんも、キョトンとした表情で小首を傾げ、目をパチパチとさせて見つめ返す。

 しかし――。

『おにいちゃん、らーめんたべる?』

 リヴィよりもラーメンが気になるようで、俺に視線を戻して再度小首を傾げた。

 俺はソッとエマちゃんの頭にフードを被せながら、笑顔で口を開く。

『エマちゃんも食べたいの?』

『んっ……!』

 ラーメンをよほど気に入っているようで、エマちゃんは力強くうなずいた。

 お腹はまだいてないはずなのに、ラーメンは別腹なのかもしれない。

 これはもう、ラーメンを食べに行くしかないだろう。

 今更リヴィを振り切れるとも思えないし……。

 そんなリヴィは、げんそうに口元に手を当てて、俺の顔を見つめてきた。

『えっと、何か……?』

『その子、明人の妹じゃないの……?』

 やっぱり、エマちゃんのことが気になるらしい。

 それもそうだろう。

 全然似てない幼い子を連れていれば、関係が気になってしまうものだ。

 仕方ない……変な誤解を生むのも良くないし、正直に話しておこう。

『この子は、俺の彼女の妹なんだよ。今日は預かっているんだ』


『……やっぱり……。こんな偶然、漫画みたい……』


 俺の言葉を聞き、リヴィはボソッと何かをつぶやいた。

『ごめん、なんて言ったの? うまく聞き取れなかったや』

『うぅん、なんでもない! それよりも、エマもラーメン食べたいらしいし、行こうよ!』

 聞いてみたものの、笑顔でされてしまった。

 いったい何を呟いたのだろうか?

 まぁ笑顔だから、心配はいらないんだろうけど。

 俺が名前を呼んだとはいえ、当たり前のようにエマちゃんの名前を呼ぶし、本当にコミュ力が高い。

『おにいちゃん、らーめん……!』

『ほらほら、食べたがってるよ? 行こう行こう!』

 リヴィは声を弾ませながら背中を押してくる。

『ちょっ、押さなくても行くから……!』

『あはは、今日は最悪の日かと思ったけど、最高の日だったよ!』

『なんで急にそんな、ご機嫌になってるん!?

『いいからいいから!』

 よくわからないけど、なぜかすごくご機嫌になったリヴィに押されながら、俺たちは駅を出るのだった。



『――へぇ、ここが人気なんだ?』

 よく高校のみんなが話している徳島ラーメンのお店に着くと、リヴィは嬉しそうに看板を見上げた。

 正直、学生に人気なら知り合いにはちわせる可能性が高いので、迷ったのだけど――せっかくエマちゃんが、ラーメンを好きになっているのだ。

 よく知らないところに行って、もし口に合わないものを食べさせてしまったら今後食べなくなるかもしれないので、人気が高いところを選んでしまった。

『――エマがおす……!』

 券売機でラーメンを買おうとすると、エマちゃんがボタンを押したがった。

 だからお金を入れて、俺の分とエマちゃんの分を押させてあげる。

 リヴィがお金を払いたがったけど、丁重に断っておいた。

『あれ、エマは一人前食べるの?』

『普段ならそこまで多くは食べないんだけど、ラーメンは一人前食べられるみたいなんだ』

『お~、ラーメンって凄くおいしいもんね。エマ、私の分も押していいよ?』

 リヴィはお金を入れると、エマちゃんに笑顔を向ける。

 だけど――。

『いい』

 エマちゃんは興味なさそうに、プイッとソッポを向いてしまった。

 俺たちの分だけ押したかったようだ。

『あはは、相変わらずだなぁ……』

『えっ?』

 思わぬ一言がリヴィの口かられ、俺は彼女を見つめてしまう。

『あっ、うぅん、なんでもないよ』

 しかし、彼女は笑顔で誤魔化してしまった。

 聞き間違いか……?

 今、相変わらずって言った気がしたんだけど……。

『それじゃあ、席に座――』

「――おっ、座れそうだね」

 リヴィがいている席を指さしたと同時に、店のドアが開き、二人の少女が入ってきた。

 ――そう、清水さんと香坂さんだ。

「「「…………」」」

 ニコニコ笑顔で見つめてくる清水さんに、不服そうにまゆひそめながら見つめてくる香坂さん。

 そんな二人に対して俺は、なんと言ったらいいかわからず、固まってしまっていた。

 このタイミング、まず間違いなく後ろをつけられていたようだ。

『どうしたの、明人? 早く座ろうよ?』

 状況を理解していないリヴィは、キョトンとしながら俺の服のそでを引っ張ってくる。

 これ、説明したほうがいいよな……?

 そう思うものの、清水さんの笑顔が怖すぎて言葉が出てこない。

「お兄さん、どうしました? お連れさんが席に座りたがっていますよ?」

 まるで、にんぎようのような態度で接してくる清水さん。

 ここは知らない人のフリをするつもりらしい。

 その気遣いが、逆に怖い。

『おにいちゃん、はやく……!』

『う、うん……』

 エマちゃんにもかされ、俺は仕方がなく席に着く。

 とりあえず、お店を出るまでにどうするか考えをまとめておこう。

 彼女たちがどこまでを見ていたかわからない以上、下手へたに噓は吐かないほうがいい。

 噓を吐けば、後ろめたいことがあると答えているようなものだ。

 それよりもちゃんと俺に、その気はないということを理解してもらったほうがいい。

「「…………」」

 二人は、俺たちから離れた席になったのだけど、ジッとこちらを見てきている。

 生きた心地がしなかった。

『――明人、大丈夫? 汗が凄いよ?』

 いつの間にか汗をかいていたようで、リヴィがまだ使用していなかったお手拭きを使って、俺の汗を拭いてくれた。

 グイグイとくる子だけど、やっぱり悪い子ではないみたいだ。

 ただ――おかげで、遠目に見ている二人の目つきが鋭くなった。

 善意でやってくれている以上、本人に言うわけにはいかないが……。

『エマがふく……!』

 そして、なぜかエマちゃんは対抗心を燃やし始める。

 まぁ、単純にやりたかっただけだろうけど。

『その子、彼女の妹なのに凄く懐いてるね?』

 して俺の汗を拭くエマちゃんの様子を見て、興味深そうにリヴィは聞いてくる。

『よく一緒にいるからだと思うよ』

『ふ~ん?』

 なんだか、納得はしていなさそうだ。

 でも、一々詳しく説明する必要もない。

『ねね、明人の彼女ってかわいいの?』

 今度は、俺の彼女に興味が移ったようだ。

『そりゃあ、かわいいよ。かわいすぎるって言っても、過言じゃないと思う』

 少なくとも、俺にとってシャル以上にかわいい女子はいない。

 もちろんエマちゃんは、べつわくだ。

『お~、言うね! 写真ないの?』

『あるけど、見せるわけにはいかないよ』

 許可もなく、勝手にシャルの顔を見せることなんてできない。

『ケチだな~。じゃあ、どういう子か教えてよ!』

『どうして?』

『知りたいから! 明人の彼女なら、私も仲良くなれると思うし!』

 リヴィは、こうやって友人を増やしていくんだろう。

 シャルに女の子を紹介するなんてリスクが大きすぎるんだけど、としが近くて同じ母国語を話す友人ができるのは、彼女にとってプラスに働く可能性は十分ある。

 日本語が達者とはいえ、母国語以外の言語ばかりで話すことには少なからずストレスがあるかもしれないし……そういったものを解消できそうだ。

『簡潔に言えば、れい正しくておしとやかで、誰にでも優しくてかわいい、甘えん坊な彼女だよ』

 あまりこういったことを他人に言うことはないのに、すんなりと言葉が出てきた。

 いつもそう思っているからかもしれない。

『明人って、照れ屋なのに彼女のことは平然とのろるんだね?』

 リヴィは、ニマニマしながら首をかしげる。

 俺をいじっているようだ。

『事実を話しているだけだから』

『へぇ、堂々としてる。いいと思うよ、そういうところ』

 突然優しい笑みを浮かべ、ジッと俺を見つめてくるリヴィ。

 先程までのいじわるそうなふんはなくなっているので、もしかしたら俺を試したのかもしれない。

 どうして試されたのかは、わからないが。

『彼女も安心でしょ、彼氏がそこまでめてくれるなら』

『どうだろ? 結構ヤキモチは、焼かせてしまってるみたいだし』

『今も、女の子と一緒にラーメン店に来ちゃってるし?』

 リヴィはまた、楽しそうに首を傾げる。

 先程のは試されたんじゃなく、これも彼女の一部な気がしてきた。

『元凶が何を……?』

 おかげで、俺は知り合い二人から今も冷たい目で見られているんだけど……?

『あはは、ごめんごめん。だって、もっと明人と話したかったし』

 そう言われて、悪い気はしない。

 この子の場合裏が見えづらいというのもあり、好意が素直に伝わってくるからだ。

 もちろん、恋愛的な意味ではないからこそ、というのもあるのだが。

「お待たせしました――」

 話していると、ラーメンが到着した。

 幼い子供が食べるということで、小さなうつわと子供用のフォークも一緒に持ってきてくれている。

『伸びちゃうから、食べよっか』

『そうだね』

 リヴィがうなずいたのを確認し、俺はエマちゃんに視線を移す。

 エマちゃんは目を輝かせながらラーメンを見つめており、早く食べたそうにソワソワとしていた。

『器に取るから、待ってね』

 俺は食べやすいように、小さな器へ麺とスープを入れる。

『はい、どうぞ。熱いからゆっくり食べるんだよ?』

『んっ、ありがと……!』

 エマちゃんはワクワクとしながら器を受け取り、待ちきれないという様子でフォークを器に突っ込む。

『ふー! ふー!』

 麺をすくうと、一生懸命息を吹きかけていた。

 ちゃんと、熱いものの食べ方をわかっている。

『おい、しい……!』

 エマちゃんは麺を口に含むと、満足げにほおゆるませた。

 前に食べたトマトラーメンとは味が全然違うのだけど、今回も気に入ってくれたようだ。

『ん~、やっぱラーメンって最高だよね! 日本に来たら、絶対食べるって決めてたんだ!』

 リヴィも頰を緩ませながら幸せそうに食べている。

 この子も、ラーメンが大好きなのだろう。

 味だけを見れば、店選択は正解したようだ。

 ……いや、別のお店を選んでいても、清水さんたちはついてきたか……。

『このからそうなモヤシも入れていいのかな?』

 テーブルの上に置いてある、唐辛子が混ざった大量のモヤシを指さしながら、リヴィが尋ねてくる。

『あぁ、それは大丈夫なやつだよ』

 学校で話題になっている時、みんなこの辛モヤシを入れて食べると言っていた。

 サービスで置かれているものらしく、ナムルに近い味がしておいしいらしい。

『じゃあ、入れてみよっと』

 試しに、リヴィは辛モヤシをラーメンに入れてみる。

『…………』

 エマちゃんも気になるのか、その様子をジッと見ていた。

『エマも、入れてみる?』

 見られていたことで、リヴィはモヤシが入ったケースをエマちゃんに見せる。

 しかし――。

『んっ、いい』

 エマちゃんは、首を左右に振ってしまった。

『辛そうに見えるから、食べないと思う』

 幼いエマちゃんは、まだ辛いものがあまり好きじゃない。

 赤い物体を見て辛いものだと認識した以上は、食べないだろう。

『残念。明人は入れる?』

『あぁ、もらうよ。ありがとう』

 俺はケースを受け取り、ラーメンにモヤシを少し入れる。

『…………』

 やはり気になりはするのか、エマちゃんがまた見つめてきていた。

 他の人が入れていると、気になってしまうんだろう。

『一つ、食べてみる?』

 試しに、モヤシを一つだけ小皿に載せてみる。

 すると、エマちゃんはモヤシと俺の顔を交互に見て、コクリッと頷いた。

 そして――

『からい……!』

 ――やっぱり、辛かったようだ。

『お水を飲んで』

『んっ……!』

 コップを渡すと、エマちゃんはゴクゴクと勢いよく飲んだ。

 よほど辛く感じたらしい。

 俺も試しに食べてみるが、ピリッとした辛さはあるものの、辛すぎるというほどではなかった。

 やはり、幼い子と感じ方が違うんだろう。

『…………』

 エマちゃんは、ラーメンを黙々と食べ始める。

 モヤシは入れないことにしたんだろう。

『――んっ……!』

 器の中に入っていたものを食べ終えると、エマちゃんは俺に器を差し出してきた。

 入れて、とお願いしてきているのだ。

『はい、どうぞ』

 俺は最初と同じように麺を入れ、エマちゃんに渡す。

 ふと、口元がスープで汚れていることに気が付いた。

『エマちゃん、口元拭こうか?』

『んっ……!』

 エマちゃんは手を止め、口を差し出してくる。

 俺は置いてあったティッシュを使い、エマちゃんの口元を優しく拭いてあげた。

『はい、れいになったよ』

『ありがと……!』

 エマちゃんはお礼を言うと、また一生懸命ラーメンを食べ進める。

 見ていて心がなごんだ。

『……いや、いい男すぎるよ……』

 黙って俺たちを見ていたリヴィが、何やらつぶやく。

『何か言ったかな?』

『明人って、いつもそういう感じなの?』

 声をかけると、尋ね返されてしまった。

『そういう感じって?』

『そんなふうに、いつも子育てしてるの?』

 いったいリヴィの目には、どんなふうに映っているんだろ?

『まぁ、だいたいこんな感じかな?』

『んっ、おにいちゃん、やさしい……!』

 俺が答えると、先程までリヴィとの会話には入らなかったエマちゃんが、自慢げに頷いた。

『そっかそっか、よかったね』

『んっ……!』

 リヴィが微笑ほほえみかけると、エマちゃんは再度力強く頷く。

 先程までエマちゃんが塩対応をしていたから、元気がいいリヴィとの相性が悪いのかと思っていたけど、そうでもなさそうだ。

 単純に、人見知りをしていたのかもしれない。

 エマちゃんとリヴィの間のふんも柔らかくなり、俺たちはそのまま仲良くラーメンを食べていった。

 もちろん、一部の席からは冷たい目を向けられていたけど。



『――はぁ……おいしかったぁ!』

 お店を出ると、満足そうにリヴィはお腹を押さえる。

『んっ、おいしかった……!』

 エマちゃんも同じようで、コクコクと頷いて同意していた。

 二人とも、幸せそうだ。

『さて――ありがとう、明人。おかげで楽しい時間を過ごせたよ』

 クルッと半回転したリヴィは、かわいらしい笑みを浮かべながらお礼を言ってきた。

 てっきり、この後も連れ回されるかと思ったけど……。

 というか、正直ここで解放されるのは待ってほしいところがある。

『こちらこそ、思わぬ出会いだったけど、話せてよかったよ』

 しかし、下手へたに引き留めて他の二人に勘違いされると最悪なので、いさぎよくここで別れておくことにした。

『――ねぇ、明人』

 岡山駅のほうに向かって足を踏み出したリヴィは、なぜか足を止めて俺の名前を呼んだ。

『んっ?』

『最後にさ、これだけ教えてよ』

 そう言う彼女は、俺のほうを振り返り、真剣な表情で見てくる。

『何を?』

『明人にとって、彼女って何?』

 どうして、リヴィがそんなことを聞いてくるのかはわからない。

 だけど――半ば反射的に、言葉が口から出ていた。


『かけがえのない、大切な人だよ』


 俺が正直な気持ちを伝えると、リヴィはニコッと笑みを浮かべる。

『今日、君と出会えてよかったよ。それじゃあ、またね

 リヴィはそう言って、満足げに去っていった。

 フレンドリーなのに、なんだか不思議な子だったな。

 さて、俺たちも――

「――おっと、どこに行く気かな?」

 急いでお店から離れようとすると、ガシッと後ろから肩をつかまれてしまった。

 振り返ると、素敵な笑みを浮かべる清水さんが立っている。

「こちらに関して、説明して頂きましょうか?」

 隣には不機嫌そうな香坂さんが立っており、スマホの画面を見せつけるように持っていた。

 そこには――リヴィにキスされている俺の写真が、映し出されている。

 やっぱり、見られていたようだ。

「いや、それは――」

 俺は何があったのかを、一部始終教える。

 もちろん、キスに関しても、しっかりと説明しておいた。

 フレンドリーな少女だということは彼女たちも理解していたらしく、恋愛的な感情はなかったこともなんとかわかってもらえたようだ。

「気を付けなよ、ほんと? シャーロットさんが悲しむんだから」

「いくら明人先輩でも、シャーロット先輩を泣かせたら、許しませんから」

 同級生と後輩の女の子にしかられ、俺はうなずくことしかできない。

「シャルに言うのは……」

「言えるわけないでしょ、とんでもない誤解を生みかねないし」

「よりにもよって、かなり綺麗な人に捕まってましたしね」

《はぁ……》と口を揃えて溜息を吐く二人。

 何も言い返せない。

 困っていたところを助けたのはこうかいしていないけど、リヴィのペースに押し切られたのは反省しないといけなかった。

「それにしても、本当に初対面なの? やけに親しそうだったけど?」

「それはさっきも言った通り、彼女がフレンドリーなだけだ」

「やっぱり、海外の方ってすごいですね……。私も、見習いたいところですが……」

 自分がリヴィのように振る舞う姿が想像できないのか、香坂さんは難しそうに首をひねる。

「あれは私にも無理よ。だって、初対面の男子にキスなんてできないもん」

 そう言いながら、先程の写真が映ったスマホをチラチラと見せてくる清水さん。

 いじる気満々じゃないか。

「それは消してくれ」

 万が一にも、事故でシャルに見られたら最悪だ。

「さすがに消しておいたほうがいいでしょうね」

「ちぇっ、せっかく青柳君の弱味を握ったってのに」

 清水さんは唇を尖らせながら、写真を消してくれた。

 どうやら香坂さんが持っていたのは、清水さんのスマホだったようだ。

 その後は二人と別れ、予定通りエマちゃんとスポーツショップを見に行ったり、ぬいぐるみを見に行ったりと、落ち着いた時間を過ごせたのだった。