第五章 「涙の金髪美少女との出会い」



『――あ~ん、もぐもぐ』

 ソフィアさんが食べてから三十分ほどが経ち、目を覚ましたエマちゃんにご飯を食べさせていた。

『おいしい?』

『んっ……!』

 温めたものだけど、エマちゃんは満足げに食べている。

 シャルの手料理は温めてもしっかりとおいしいので、本当に凄い。

 そのまま、食べさせ続けた後――。

『あそびにいくの……!?

 みがきをしっかりとさせた後に出かけることを伝えると、エマちゃんのテンションが跳ね上がった。

 外出と聞いて、遊びだと勘違いしたようだ。

 まぁ、楽しいことではあるだろうし、問題はない。

『エマちゃん、バンザーイってして』

『ばんざーい!』

 俺に言われた通り、エマちゃんは両手を上げてバンザイポーズをとる。

 その間に、上から猫耳パーカーを着させた。

『ねこちゃん?』

『そうだよ、猫ちゃんの服だよ』

『んっ!』

 フードに猫耳がついているのを見て、エマちゃんは満足そうにうなずく。

 猫耳がついていればなんでもいいのだ。

『じゃあ行こっか』

『だっこ……!』

 準備ができたので出かけようとすると、エマちゃんは両手を広げてきた。

 相変わらず、すきあらば抱っこを求める子だ。

『今日は外に出てからだね』

 エマちゃんを抱っこしてしまうと、代わりに家のかぎをかけてくれる人がいないので、先に外に出てからじゃないと駄目だ。

『んっ……!』

 勘違いをしてショックを受けるかと思ったけど、エマちゃんは納得したように頷いた。

 いつもシャルが鍵をかけているところを見ていたので、今はかけてくれる人がいないと理解したのかもしれない。

 もう外に出るので、俺は眼鏡めがねをつける。

『お~?』

 その様子を見ていたエマちゃんは、不思議そうに首をかしげる。

 見慣れない姿だからだろう。

『どうかな?』

『んっ、かっこいい……!』

 どうやら、エマちゃんにも気に入ってもらえたようだ。

『エマちゃんは、フードかぶろうね』

 俺はエマちゃんの頭にフードを被せる。

『にゃぁ……!』

 両手を猫の手のように丸めて、俺を見上げてくるエマちゃん。

 猫耳フードを被ったことで、猫のものをしてくれたんだろう。

『猫ちゃんみたいだね。それじゃあ行こっか』

『んっ……!』

 エマちゃんは小さなお手々で、俺と手をつないでくる。

 いつもの、抱っこができないなら手を繫ぐ、というスタイルだ。

 そのまま、二人で外に出て家の鍵を閉める。

 すると――。

『んっ……!』

 待ってました、と言わんばかりにエマちゃんが両手を広げた。

 俺は腰を屈め、しっかりとエマちゃんに手を回してから抱き上げる。

『――でんしゃ……!』

 駅に着くと、見覚えのある建物によって、エマちゃんの表情がパァッと明るくなった。

『そうだね、電車だよ』

『のる……!?

 乗りたいんだろう。

 期待したように聞いてきている。

『うん、お金チャージしようか』

『きっぷ、かわない……?』

 シャルがいる時は彼女が切符を買っていたので、今回も買うと思っていたんだろう。

 俺に買う気がないとわかると、悲しそうな目を向けてきた。

 エマちゃんはまだ五歳なので切符は必要とせず、俺はICカードだから買う必要はないんだけど……。

『切符がいい?』

『んっ……!』

 コクコクと一生懸命頷くエマちゃん。

 まぁ手間がちょっと増えるだけだから、いっか。

『それじゃあ、切符を買おうか』

『エマがかう……!』

 自分で買ってみたかったようだ。

 これも勉強なので、買い方を教えてみる。

『ここに駅名と値段が書いてあるから、行きたい駅の値段を見て、その値段と同じ数字が書かれているボタンを押すんだよ』

 俺は券売機の隣にある値段表を指さしながら、エマちゃんに教える。

『……よめない』

 しかし、日本語が読めないエマちゃんは、不服そうにほおふくらませた。

 それはわかっていたのだけど、いずれ読めるようになると思うから、その時のために覚えておいてほしい。

『今日買うのはね――』

 俺は値段を教え、エマちゃんはそのボタンを押した。

『……♪』

 出てきた切符を、エマちゃんは嬉しそうに取る。

 もちろん、改札口にもエマちゃんが切符を通した。

『でんしゃ、くる?』

 ホームに辿たどり着くと、エマちゃんは電車が来るほうをジッと見つめる。

 賢い子だから、岡山駅に行く電車はどっちから来るか覚えているのだろう。

『もうすぐだね』

『はやく……!』

 電車に乗りたがりのエマちゃんは、体を揺らしながらかしてくる。

『危ないから、暴れたら駄目だよ?』

『んっ』

 だけど、注意したらすぐにおとなしくなった。

 いい子にできたので、《よしよし》と頭をでながら電車が来るのを待つ。

『――きた……!』

 アナウンスが流れ、電車が見えるとエマちゃんは目を輝かせる。

 田舎いなかなのでこの時間の電車は乗る人が少なく、席はがらきだった。

『窓際の席に座る?』

『んっ……!』

 一応確認をし、エマちゃんが頷いたので二人席の窓際側に座らせた。

 そして俺は、エマちゃんの隣に座ったのだけど――。

『…………』

 頰を膨らませながら、無言で俺の顔を見上げてきていた。

 降ろしたのが気に入らなかったらしい。

『膝の上がいい?』

『んっ……!』

 エマちゃんはコクコクと頷き、俺の膝によじ登ってきた。

 だから俺はしっかりと抱いて、窓際へと移動する。

『エマちゃんは景色が好きなの?』

『んっ、すき……!』

 道理で、一生懸命窓の外を見ているわけだ。

 今度、れいな景色が見られる場所に連れていってあげたい。

 そうして、はしゃぐエマちゃんにいやされながら、俺は岡山駅を目指すのだった。



「――本日はお越し頂き、ありがとうございました。姫柊様にも、よろしくお伝えくださいませ」

 目的のお店から出る際、支配人を名乗る女性がニコニコの笑顔で頭を下げてきた。

 このお店は花音さんの友人の家が経営しているらしく、いろいろとゆうずうかせてくれたのだ。

 おかげで、予算の割にいいデザインのものが買えた。

 まぁ、結局バイト代では足りなかったので、貯金から立て替えることにはなったのだけど。

 シャルにバレないよう誕生日直前に買いに行くわけにはいかなかったため、これは仕方がない。

 ちゃんと足りない分も、バイト代が入ったら貯金し直すつもりだ。

「こちらこそ、ありがとうございました。相談にも乗って頂けたおかげで、素敵な買いものになりました」

「いえいえ、私は職務をまつとうしただけですので。ご購入頂いたものでしたら、彼女様もきっとお喜びになられると思います」

「はい、僕もそう思います。本当に、ありがとうございました」

 俺は頭を下げて、お店を後にする。

「――学生であんなにしっかりした子、久しぶりに見たわ……。さすが、オーナーが目をかけているだけはあるわね……。それにしても……0.3カラットとはいえ、ファンシーヴィヴィッドの天然ピンクダイヤモンドを使ったものを、あんな破格の安さで売る日が来るなんて……まぁ、オーナー命令だから仕方ないんだけど……。さて、早く全部の値札を戻して、営業再開しないと」

 何やら後ろからブツブツとつぶやく支配人の声が聞こえた気がしたけれど、振り返ると店に入ろうとしているところだったので、気のせいだったようだ。

『つぎ、どこいくの?』

 あまり宝石には興味がなかったエマちゃんが、首を左右に振りながら聞いてくる。

 暇な思いをさせてしまったせいで、もう飽きてそうだ。

『お腹はいた?』

『だいじょうぶ』

 腹の減り具合を聞いてみると、エマちゃんは首を左右に振った。

 まぁ、食べてからさほど時間が経っていないし、そうだろうな。

 用事は終わってしまったけど、せっかく連れてきたのにこのまま帰ってしまうのは、いくらなんでもエマちゃんが可哀かわいそうだ。

 エマちゃんが興味ありそうなものといえば――。

『サッカーボール、見にいく?』

『いく……!』

 岡山駅近くの大型ショッピングモールに、スポーツショップがあるのを思い出したので尋ねてみると、エマちゃんは目を輝かせた。

 サッカーにドハマリしているので、狙い通り喜んでくれたようだ。

『じゃあ、行ってみようね』

『んっ……!』

 俺たちは、大型ショッピングモールを目指して歩く。

 道中――。

「「「あっ」」」

 見知った二人とはちわせした。

「ビックリした、あおやぎ君じゃん。眼鏡めがねどうしたの?」

 街中に出ているからか、お洒落しやれをしたみずさんがキョトンとした表情で聞いてくる。

「先輩の眼鏡姿……いい……」

 なぜか清水さんと一緒にいたこうさかさんは、熱があるのか、ほんのりと顔を赤くしながらボーッと俺の顔を見つめてきていた。

 珍しい組み合わせだ。

「これは、まぁ……自衛かな?」

「あぁ、なるほど。今や有名人だもんね」

 清水さんは肘で隣にいる香坂さんを突き――いや、ど突きながら、笑顔で尋ねてくる。

「何するんですか……!」

 当然、いきなりど突かれた香坂さんは、目を吊り上げた。

「彼女持ち相手に、鼻の下を伸ばしてるからよ」

「そ、そんなんじゃありません……! 言いがかりです!」

「どこがよ、バレバレじゃない……!」

 何やら、顔を突き合わせて火花を飛ばし始める二人。

 学校でもひんぱんに言い合いをしているのに、よく一緒にいるものだ。

 まぁ、じゃれてるようにも見えるし、実際は仲がいいんだろう。

 けんするほど仲がいい、ともいうしな。

 ただ……うるさいのが嫌いなエマちゃんが、腕の中で不機嫌になっているので、早めに離れたほうがいいかもしれない。

「ほらほら、二人とも。人目があるから言い合いをしない」

 とりあえず、言い合いがエマちゃんの機嫌を悪くしているのは間違いないので、二人をなだめることにした。

「ギャルさんが喧嘩を売ってくるのが悪いんです……!」

「だから、その呼び方はやめてって言ってるでしょ……! せっかく、友達がいなくて可哀想だから、遊んであげてるのに……!」

 おいおい、それは香坂さんにとって地雷だぞ……?

「――っ! 頼んでないのに、強引に連れ出したのはギャルさんじゃないですか……!」

 友達がいないことを気にしている香坂さんは、顔色を変えて反論する。

 どうやら今回は、清水さんから香坂さんを誘ったようだ。

 まぁ香坂さんはこう見えて意外と内気なので、誘ってあげないと中々自分からはこないし……こうやって、強引に連れ出すくらいがちょうどいいのかもしれない。

「誘ったら、嬉しそうに秒で返事をしてきたくせに!」

「誇張しないでください! 誰も嬉しそうになんてしてませんし、チャットアプリのメッセージでわかるはずがないでしょ……!」

 うん、秒で返事したのは否定しないんだな。

 誘いのメッセージが来て、パァッと明るい表情になりながら食いつく香坂さんが、容易に想像できてしまった。

「もう、ほんと素直じゃない子……!」

「私は素直です……!」

 さてさて、困ったな。

 段々とヒートアップしていってる。

 清水さんも普段は、喧嘩を売られても笑いながら流すような子なのに、知り合った頃が悪い関係だったからか、どうも香坂さん相手だと言い返してしまうらしい。

 まぁ見ている感じ、後輩っていうより妹を相手にしている感じだけど。

 香坂さんのことを、手がかかる妹とでも思っているんじゃないだろうか?

「素直っていうのは、シャーロットさんや東雲しののめさんのような子をいうのよ……!」

ひどい……! 明人先輩も、何か言ってやってくださいよ……!」

 香坂さんは、俺を味方につけようとしてくる。

 正直言うと、彼女が素直かどうかは微妙だ。

 俺やシャルに対してはれい正しくて、言うことも結構素直に聞くけれど、あきらや清水さんには食ってかかるし、あおったりもする。

 その上、二人の言うことは聞かないし、悪く言うのに――心から嫌っているようには見えないのだ。

 むしろ、喧嘩しているのを楽しんでいる節すらある。

 それこそ、じゃれてるようにしか見えないことも多いのだ。

 そういうところを見ていると、やっぱり素直ではないように思えてしまう。

 少なくとも、シャルやりんほど素直ではない。

「二人とも、楽しそうだね」

「「どこが!?」」

 思ったことを口にすると、二人は口を揃えて聞いてきた。

 やっぱり、仲がいいんじゃないだろうか?

 これだけ言い合いをしていても、どちらも帰るとは言わないのだし。

「二人はこれからどうする予定なんだ?」

「無視……」

「明人先輩って、そういうところありますよね……」

 俺がスルーしたことで、二人は納得いかない表情を見せる。

 うん、ちゃんとほこさきが俺にずれてくれた。

「それで、どうするんだ?」

「はぁ……てきとーに、ブラブラお店を見て回る感じだね」

 清水さんはわざとらしく溜息を吐きながら、予定を教えてくれる。

 ウィンドウショッピングというやつだろう。

「明人先輩は、珍しくシャーロット先輩と一緒にいないんですね? それに、その子は……」

 俺が抱っこしている子が気になるようで、香坂さんは興味深げに見てくる。

 しかし、エマちゃんは既に顔を俺の胸に押し付けてきていた。

 うるさくて機嫌が悪くなっていたので、ふて寝をしているんだろう。

「シャルの妹だよ」

「あっ、この子が……! フードをかぶっているので、わかりませんでした」

「あれ、会ったことあったっけ?」

「会ったことあるというと、微妙ですが……まぁ、はい。あと、体育祭の時に話題になっていましたので、知っています」

 そういえば、体育祭に連れていっていた。

 こんなにかわいい子が生徒のテントにいたら、話題になって当たり前か。

 シャルの妹ってことは、髪色ですぐにわかるだろうし。

「寝てるんですかね?」

 顔が見たいようで、香坂さんは俺の隣に来て腕の中をのぞき込む。

 そのせいで腕はくっつくし、顔が近い距離に来ているんだけど、本人は気が付いていないようだ。

「こらっ」

「ひゃっ!?

 清水さんが後ろから両方の脇腹を指で突くと、香坂さんの体がビクッと跳ねた。

 猫の手のように両手を胸の前で軽く握り、硬直してしまったようだ。

「ななな、何をするんですか……!?

 そして我に返ると、顔を真っ赤にしながら清水さんのほうを振り返る。

「何をするんですか、じゃないわよ。ほんとこの子ったら、油断もすきもないんだから」

「どういう意味ですか!?

「そのままよ。天然をよそおってくっつくなんて、あざといんだから」

「なっ!?

 清水さんの指摘が刺さったようで、香坂さんは再度固まってしまう。

「ち、違いますよ……! 言いがかりです!」

 そして、やっぱり自覚がなかった香坂さんは、一生懸命否定し始めた。

 うん、なんとなく思ったけど、俺がいるせいでこの二人は言い合いをしちゃうのだろうか?

 第三者がいなければ、香坂さんももっと素直になって清水さんと話すだろうし。

 ――ということで、二人が言い合っている間にコッソリとフェードアウトすることにした。

「明人先輩、このいじわるなギャルさんを、こらしめて――あれ、先輩……?」

「あんたが必死に言い訳してる間に、消えちゃったわよ」

「見捨てられた!?

 なんだか後ろから、香坂さんの驚いている声が聞こえてきたけど、戻ったらさっきの繰り返しだと思うので、戻りはしない。

「それはそうと、どうしようかな……?」

 あの騒がしかった状況だというのに、エマちゃんは完全に寝てしまっている。

 この子には、嫌なものを意識的に聞こえなくすることができるんだろう。

 おかげで、寝起きエマちゃんと戦わなければいけない。

 もちろん、機嫌が悪いのをなだめるという意味で。

「とりあえず、ショッピングモールに着いてから起こせば――」

『――わぁああああん、もうどうしよぉ! 誰か助けてよぉ!』

「英語……?」

 突然聞こえてきた、英語で泣き叫ぶ声。

 声がしたほうを見れば、天然のフワフワとした金色の髪を左右で結ぶ、ツインテールの少女が泣いていた。

 髪の結び目部分には、髪で団子が作られている。

 見た限りでは、俺と同い年くらいだろうか?

『どうされました?』

 泣いているというのもあり、無視することはできず声をかけてみた。

『英語!? 君、英語がわかるの!?

 俺に気が付いた少女は、勢いよく顔を上げて、グッと顔を寄せてくる。

 パッチリと開かれた、青空のように澄んだへきがん

 筋が通った高い鼻に、透き通りそうなほどに白い肌。

 誰もが目をかれるくらいにれいな顔立ちをした、海外の少女だった。

 年齢はやっぱり、俺と同じくらいのようだ。

 ……それはそうと、顔が近すぎるんだが……?

『えぇ、まぁ日常会話くらいであれば……』

 この感じ、日本語が話せないのか?

『助けて……! スマホを落としちゃったの……!』

『なるほど……詳しく教えてください』

 泣いている理由を理解した俺は、彼女の話を黙って聞く。

 どうやら、日本で暮らす親友に会いに来たのに、スマホを落としてしまったようだ。

 気が付いたのはショッピングモールに入ってすぐのことで、岡山駅に着いた時には持っていたらしく、ショッピングモールから岡山駅のどこかで落としたとのこと。