第四章 「美少女留学生は興奮する」
翌日から、俺は家事を任されるようになった。
とは言っても――。
「ここに
学校から帰ってきて、ずっとこれをしている。
「あの、私も手伝いますよ……?」
傍で見ていたシャルが、助け船を出してくれた。
しかし――。
「どこに出しても恥ずかしくないように、叩きこんでいるだけですので、シャーロットさんは見ていてくださいね。一週間ほどで終わらせるために、少々きつくなっているだけですから」
「家事は、私が全てしますよ……?」
――と思ったのだけど、シャルは納得しなかった。
「シャーロットさんの気持ちもわかりますが、
「最低限……?」
シャルは首を
「舌で
「はい……!」
神楽耶さんに
「……やりすぎですよね?」
正直、俺もシャルと同じことを思ってしまう。
いくらなんでも、そこまで綺麗にしなくてもいいんじゃないかと。
しかし――神楽耶さんは、というか、姫柊家のメイドさんや執事さんは本当にそのレベルで掃除をしていた。
だから姫柊家は、まるで建てたばかりの屋敷かのように、綺麗なのだ。
「レベルを下げることは可能ですが、その分期間が延びてしまいますよ? そうなりますと、お二人の時間は――」
「――あーくん、頑張ってください……!」
どうやらシャルは、うまく丸め込まれてしまったようだ。
俺たちにとって一番大事なのは、二人きりの時間だもんな……。
『んっしょ、んっしょ!』
ちなみに、俺のすぐそばでは、エマちゃんが見よう見まねで雑巾がけをしていた。
自分から
花音さんも、今後の勉強のためということで、エマちゃんの参加を認めている。
『エマちゃん、しんどくない?』
『んっ……!』
一応声をかけてみると、元気のいい返事をしてくれた。
最近サッカーをして遊んでいるからか、まだまだ足腰も余裕そうだ。
負けてはいられない。
そのまま俺は、神楽耶さんにしごかれながら掃除をしていく。
そして、全部屋掃除が終わると――。
「買い出しに行きましょう」
神楽耶さん、シャルと一緒に買い出しに行くことになった。
これはいつものことだけど、今日はエマちゃんがお留守番だ。
掃除で疲れたらしく、既にお昼寝をしていた。
あの子のことは、花音さんが見てくれるらしい。
「あーくんはお疲れなのですから、家でお待ち頂ければ……」
俺のことを心配してくれるシャルが、顔色を
「うぅん、大丈夫だよ。荷物持ちが必要でしょ?」
前までは三人分でよかったけれど、今は倍の六人分だ。
当然、食材の量も多くなる。
「それに、シャルと一緒にいられる時間は大切だから」
俺はシャルの左手に指を絡ませる。
「あっ……」
シャルは
先程まで一緒にいたとはいえ、俺はずっと掃除をしていたので、甘えたがりの彼女には少し寂しい思いをさせていただろう。
こういう時に、甘やかしておきたい。
「…………」
神楽耶さんは、《
俺たちから距離を取り、二人だけの空間を作ってくれる。
「今日は、何が食べたいですか?」
「シャルの好きなものでいいよ」
彼女の手料理は、お
栄養バランスも考えながら作ってくれるし、こちらから何かを求める必要はないのだ。
「私は、あーくんが食べたいものをお作りしたいです」
甘えん坊のスイッチが入ったようだ。
俺は車が来ても大丈夫なように、周囲に気を配りながら歩いていく。
こういうのを
神楽耶さんの視線が痛い。
「シャルの手料理はどれもおいしいから、なんでもいいんだけど……エマちゃんは、何が食べたいだろうね?」
掃除も頑張って手伝ってくれたのだし、今日はエマちゃんに好きなものを食べさせてあげるほうがいい。
まぁ、
「あーくんは、いつもエマが一番ですね?」
「シャルもでしょ?」
俺よりも、シャルのほうがエマちゃんを優先的に考えている。
最近では結構変わってきたとはいえ、やっぱり幼い子だから優先はしてしまうのだろう。
「私たちにとってあの子は、妹でありながらも、子供みたいなところがありますからね。どうしても、優先してしまいますよね?」
「…………」
どこか遠くを見ているような目で、シレッととんでもないことを言ってくるシャル。
言っている本人は、自覚がないのだろう。
まぁ、婚約者にまでなったのだし……今更な気もするけど。
「エマちゃんみたいな子供がほしいね」
「あっ……!」
俺の言葉で、自分の失言に気付いたんだろう。
シャルは慌てて口を手で
顔は、みるみるうちに真っ赤になっていく。
「あ、あの、先程のは他意はなくて……! 本当に、エマのことを娘みたいに思うところがありまして……!」
「あはは、大丈夫だよ。前に、シャルが母親役で、俺が父親役をするって話もしたくらいだしね」
いくら実の妹とはいえ、年齢の差があって幼いので、娘のように思ってしまうのもわかる。
俺たちが夫婦になることを意識して、シャルは言ったわけじゃないだろう。
「ですが……」
シャルはまだ何か言いたいことがあるのか、
そして――
「私も、エマのような子供がほしいです……。すぐにでも……」
――俺の顔を見上げてきたシャルは、熱に浮かされたような表情で言ってきた。
今度は、自分がどういうことを言っているかの自覚はあるのだろう。
相変わらず、こういう時は積極的な子だ。
それにしても……まさか、《すぐにでも》と言われるなんて……。
さすがに、気持ち的にという意味だろうけど。
「うん、そうだね」
俺は照れくさい気持ちになりながらも、シャルに笑顔を返した。
きっと、俺たちの間にはエマちゃんのような子供が生まれると思う。
そうなったら、二人とも
「早く、大人になりたいです……」
「焦らなくても、
とはいっても、子作りはだいぶ先かもしれない。
来年には成人を迎えるとはいえ、まだ俺たちは高校生だ。
自分で
そう考えると、やっぱりまだまだ先になる。
最低でも、自分で稼げるようになってからじゃないと。
「……本当に、早く……。もう、我慢できませんよ……」
何やらシャルは、ブツブツと
また俺の指をサスサスと自身の指で擦りだしたので、何か言いたいことがあるのかと思ったけど――彼女は俯いている。
どうやら、独り言のようだ。
俺は
◆
土曜日の朝――。
「シャーロットさん、私と遊びに出かけませんか?」
突然、花音さんがシャルを遊びに誘った。
「えっ、私ですか……?」
シャルは明らかに戸惑ってしまう。
花音さんから遊びに誘われるなど、思ってもみなかったんだろう。
「駄目ですか?」
「いえ、そういうわけでは……!」
悲しそうな表情を花音さんが浮かべてしまったので、シャルは慌てて首を左右に振る。
完全に花音さんのペースだ。
事前に誘うのではなく、当日誘っているのも彼女の策略だろう。
「で、では、あーくんもご一緒に……!」
神楽耶さんがいるとはいえ、実質花音さんと二人きりで遊ぶのは緊張するのか、シャルが助けを求めるような目で俺を見てきた。
いつもなら、俺もシャルの誘いに乗ってあげるところなのだけど……。
「私はシャーロットさんと二人きりで遊びたいです、駄目でしょうか?」
「どうして、私と二人きりでなのですか……?」
一緒に暮らし始めたとはいえ、決して親しいと呼べる間柄ではないシャルは、戸惑いながら花音さんへと尋ねる。
俺を抜きにしようとする動きが、
「女の子同士でしかできないお話も、ありますよね? いろいろとお尋ねしたいこともありますので」
「…………」
ニコニコと素敵な笑みを浮かべている花音さんに対し、シャルは
なぜか、花音さんを怖がっているようだ。
「優しい人だから、大丈夫だよ?」
シャルが怯えている理由はわからないのだけど、この心情で連れ出されるのも
すると、シャルは背伸びをして、俺の耳元に口を寄せてくる。
「花音お姉さんに、怒られてしまうでしょうか……?」
「えっ、なんの話……?」
シャルが花音さんを怒らせたことに心当たりがないため、俺は尋ね返してしまう。
「その……あーくんを私が取ってしまったので、恨まれている可能性が……」
なるほど、改めて二人きりで話をしようということで、シャルは身構えたというわけだ。
まぁ、普通の男女の関係であれば、そうなる可能性もあるのかもしれないけど……。
「花音さんは俺たちのことを祝福してくれていたんだし、根に持つような人でもないよ。今回は本当に、シャルと遊びたいだけだと思う」
正直なことを言うと、花音さんはシャルと遊んだり話をしたりしたいだけではない。
俺のために、シャルを連れ出してくれようとしているのだ。
「大丈夫でしょうか……?」
花音さんと知り合って間もないシャルが、不安になるのも仕方がない。
相手を良く知らない以上、心の中で何を考えているのかなんてわからないのだから。
「心配しなくていいよ。何かあれば、すぐに連絡しておいで」
前にシャルの提案で、俺たちはお互いの位置がスマホでわかるようにしている。
何かあった時、居場所がわかるように――とのことだったのだけど、こういう時にも役に立つのだ。
逆に言うと、彼女に俺の居場所もバレてしまうので、行き先に対する理由付けも必要なのだけど。
「姉妹仲を深めるためのものですから、ご心配なさらないでください」
俺たちの会話が聞こえていなくても、表情や状況で大体何を話しているかはわかったんだろう。
花音さんが笑顔で補足をしてきた。
「大丈夫です……」
シャルは頑張って笑みを浮かべ、誘い自体は断らない。
花音さんは俺の姉になる人なので、俺の婚約者であるシャルからすれば義姉にあたる。
だからシャルも、《花音お姉さん》と呼んでいるのだけど、そんな人からの誘いは
相手の家族にはなるべく好かれていたい、というのが一般的な考えだろうから。
「それに、明人には家事の練習がありますし、私のお使いによって
「えっ……?」
家事はともかく、お使いなんていう話を聞いていなかったシャルは、戸惑ったように俺を見てくる。
「…………」
そして、《私もそちらに行きたいです……》とでも言いたげな目を向けてくるのだけど、今回ばかりは叶えてあげられない。
わざわざ花音さんがシャルを連れ出してくれるのは、俺が買うものをシャルに知られないようにするのが目的なのだから。
「エマちゃんは連れていくから、安心してね」
現在エマちゃんは、ソフィアさんの部屋でまだ寝ている。
ソフィアさんは休日出勤をするそうなので、俺が面倒を見ることになっていた。
こうしておくとシャルからすれば、花音さんが本当にシャルと二人きりで話したいように見えるだろう。
「…………」
今度は、《エマは連れていくのに、私はだめなのですか……?》という、不満そうな目を向けてきた。
言いたいことはわかるのだけど、気付かなかったフリをさせてもらう。
「花音さん、くれぐれもシャルに無理はさせないでくださいね」
「もちろんです。姉妹仲良くお買いものをしたり、カフェデートをしたりするだけですので」
うん、なんでわざわざデートって言ってきた?
この状況すら楽しんでるだろ?
「デ、デートってそんな……! 私にはあーくんがいますので……!」
花音さんの
エッチな方面の知識は豊富そうなのに、やっぱりこういうところは純粋な子だ。
「ふふ、仲がよろしくて、
必死なシャルに対し、余裕な花音さん。
二人の今後が、簡単に想像できてしまった。
「それはそうと明人、こちらを」
俺とシャルを笑顔で見ていた花音さんは、傍で黙って見ていた神楽耶さんから受け取ったものを、俺に渡してきた。
「
渡されたのは
別に視力は悪くないし……。
「度が入っていない、
「――っ!?」
花音さんが説明してくれると、シャルがソワソワとし始めた。
期待したように、チラチラと俺の顔を見てくる。
「こちらを付けていれば、知り合い以外にはわからないでしょう? あなたは有名になってしまっているので、街に出るのであれば自衛したほうがよろしいです」
なるほど、確かにそうすれば、変な奴に絡まれることはなさそうだ。
エマちゃんに関しては、猫耳フードを
猫耳がついていれば、喜んで被る子だからな。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言って、花音さんから眼鏡を受け取る。
――クイクイ。
突如、服の
「どうしたの?」
服を引っ張ってきたシャルに視線を向けると、彼女は落ち着きなく口を開く。
「あの、今おかけにならないのですか……?」
どうやら、俺の眼鏡姿が見たいらしい。
「眼鏡に慣れてないし、出る時にしようかな」
あまりにも見たそうなので、少しだけ焦らしてみる。
もしかしたら、かわいくおねだりしてもらえるかと思って。
だけど――。
「…………」
シャルは、おねだりするどころか、シュンと
「冗談だよ、これでどうかな?」
悲しませたいわけではなかった俺は、急いで眼鏡を装着する。
それにより、顔を上げたシャルの表情はパァッと明るくなった。
「素敵です……! とても素敵です……!」
よほど刺さったんだろう。
シャルは珍しく興奮している。
「やはりインテリ系に見えるものは、明人と相性が良いですね。とても賢そうに見えます」
花音さんも満足そうにウンウンと
おそらく、彼女が選んでくれたんだろう。
「さて、シャーロットさん。私たちは準備をして、行きましょうか」
「えっ、このタイミングでですか!?」
はしゃいでいたシャルは、花音さんに水を差されて驚いてしまった。
「遠出をしますので、もう少ししたら出たいと思っています。
外出予定のなかったシャルは、家用の服を着ている。
外に出るなら、彼女はお
その準備に少し時間がかかるのだから、今から始めてくれというようだ。
――まぁ、わざとこのタイミングで切り出したんだろうけど。
花音さんも、シャルを焦らしているらしい。
「うぅ……それでは、お写真だけでも……!」
後で見返すためか、シャルはスマホを撮りだして俺を見上げてくる。
一応《撮ってもいいか》、と目で確認をしてきているようだ。
……いや、
「そんなに似合ってるのかな?」
鏡は今ないし、眼鏡をつける機会もなかったので、自分ではわからない。
「
まぁ、シャルがここまではしゃいでくれるくらいには、似合っているんだろう。
もう花音さんと出かける不安もなくなったようだ。
「シャーロットさん、貸してください。私が撮って差し上げます」
シャルが近くからパシャパシャと俺を撮っていると、花音さんが手を差し出した。
一緒に撮ってくれるということだろう。
「ありがとうございます……!」
シャルは嬉しそうに花音さんへと手渡し、すぐに俺の腕に抱き着いてきた。
肩に頭を乗せてくるシャルに気を取られながらも、俺は花音さんが構えるスマホのレンズへと視線を向ける。
「はい、チーズ」
パシャッ――という音と共に、シャッターが切られる。
「あの、もう一枚よろしいでしょうか……?」
撮り終えてすぐに、シャルは人差し指を合わせながらおねだりをしてきた。
――俺にではなく、花音さんにだけど。
「もちろんですよ」
花音さんは
そして――花音さんが撮る合言葉を言った瞬間に、
コンマ数秒置いて横を見れば、頰を赤くしたシャルが口を手で押さえながら、上目遣いに俺を見ていた。
何をされたかなんて、明白だろう。
「ふふ、本当に素敵ですね」
一部始終見ていた花音さんは、温かい笑みを浮かべながら、俺たちに近付いてくる。