「お話があるのでしょう? こちらに来てください」

 花音さんはソファからベッドへと移動し、俺に手招きをしてくる。

 ベッドの上で話そうということなのだろう。

 なんの用件で俺が来たのか、すぐに察するのはさすがだ。

「失礼します」

「姉弟なのですから、そこまでかしこまらなくてよろしいのですよ?」

 花音さんの隣に腰を下ろすと、彼女は俺の頭に手を置いてきた。

 そして、ゆっくりとていねいに頭をでてくる。

 正確には、高校を卒業するまでは姉弟じゃないのだけど……この人は、どうしても俺を弟扱いしたいらしい。

「まだ慣れなくて……」

「ふふ、ゆっくりでいいので、慣れてくださいね」

 温かい笑顔を向けられ、心が落ち着く。

 花音さんの声は、相手を落ち着かせる不思議な効果があるのだ。

 シャルと同じくれいな声色でありながら、大人の女性をほう彿ふつとさせる落ち着いたものだからだろう。

 彼女が歌う子守唄は、幼子をすぐに眠らせてしまうほどだ。

「それで、どういったご相談ですか?」

「もうすぐ、シャルの誕生日じゃないですか? プレゼントをしたくて、そのためにお金をかせぎたいんです」

 十二月二十五日クリスマスは、シャルの誕生日。

 出会い、付き合い、そして婚約者になってから迎える、初めての彼女の誕生日だ。

 彼女の記憶に一生残り、喜んでもらえるようにしたいと思っている。

 そのために俺が彼女にあげたいものは、結構な額必要になってしまうのだ。

「お金であれば、毎月あなたの口座に振り込まれていましたよね? あれには、生活費とは別に明人のお小遣いも入っています。チェックは私がしていましたが、学生でなくても十分すぎるほど貯金をしてありますよね?」

 確かに、姫柊家からお金は振り込まれていて、俺は普段必要なものはそのお金から出していた。

 シャルたちが来るまでは、ほとんど遊びなどにお金を使わないようにしていたし、シャルたちが来てからも、いうほど使ってはいない。

 ましてや、シャルが料理してくれたおかげで食費は大分節約できていたので、正直学生とは思えない額のたくわえはあるのだ。

 でも、今回はあそこからお金を出したくない。

「元々あれは、今まで頂いた分を全額返すために、貯めていたところがありますので……」

 自分で稼げるようになったら、今までもらったお金を全て返すつもりでいた。

 使っていなければ当然、その分を返済にてられるので、貯めていたわけだ。

「まじめなあなたですから、そんなところだとは思っていましたが……」

 花音さんは、仕方なさそうに溜息を吐く。

 返さないでいいと言われたものを、返そうとしていることに対する溜息だろう。

「今は、状況が違いますよね? 明人が高校を卒業すれば、私たちの家族になることが決まりました。もう返す必要もありませんので、自由に使ってよろしいのですよ?」

 家族になるのだから返す必要がない、という考えはわかる。

 しかしだからといって、はいそうですか、とうなずけるものでもないわけで――。

「元々、特別すいせんの資格を得ることができても、姫柊の一員として迎えてもらえる約束だったと思いますが、その頃から返そうと思っていたことなので……」

 最初から姫柊の人間になっても返そうと思っていたのだから、どのみち返すという考えに変わりはないのだ。

「違いますよ」

「えっ?」

 何やら真剣な表情で手を取られ、俺は思わず花音さんの目を見つめてしまう。

「五日前までは、特別推薦の資格を得たところで、姫柊の名前を得るだけでした。それは、家族として迎えられるわけではないのです」

 確かに……言われてみれば、そうだ。

 戸籍だけ家族になっても、実際は使い勝手のいいこまとして扱われていただろう。

 家族として認められるわけではない。

「ですが、今はもう家族として明人を迎えることに決まっています。名前を得るために形だけの家族となったのか、正式な家族になったことで名前も得たのか、では全然違うと思います」

 少しややこしいかもしれないが、どちらが目的でどちらがついでなのか、の違いというわけだ。

「花音さんが、ちゃんと俺を家族として認めてくれているのはわかっています」

「でしたら、返すなんていう寂しいことをおっしゃらないでください」

 義理のために俺は返すべきだと考えているが、花音さんの捉え方は違うようだ。

 寂しいということは、俺が家族として思っていない、と受け取ったのかもしれない。

「そういうつもりではなかったのですが……」

「わかっています、明人がまじめすぎるということは。ですが、家族だと思ってくださっているのなら、返そうとしないでください」

 ここは、いったん保留にしておいたほうが良さそうだ。

 そもそも、この話をしに来たわけではないのだし。

「花音さんのことは、姉のようにしたっていますので」

 今まで花音さんのことは、姉ではなく先輩として見ていた。

 いくら花音さんが俺を弟扱いしようと、やっぱり家族ではない以上姉として見ることはできなかったのだ。

 だけど、これからはもう姉弟になると決まっている。

 それなら俺も、花音さんのことをお姉さんだと思うようにした。

 ……お姉さん呼びは、今更できないけど。

「今回に関しては、自分で稼いだお金で買ってあげたいんです」

 これが、貯金を使わない理由だ。

 姫柊家からもらったお金では、よくないと思っている。

 しかし、今から普通にバイトをしようにも、一週間ちょいしかない状況ではいろんな意味で間に合わない。

 もっと早く準備していればよかった話ではあるが、その時にはまだ、今買おうとしているものは頭によぎってすらなかったのだ。

「なるほど、それで私を頼ってきたわけですか。日雇いバイトに、当てがあれば紹介してほしいということですね?」

 やはり頭がキレる人なだけあって、皆まで言わなくてもわかるようだ。

 俺はバイトをしたことがないし、残り期間までに日雇いバイトで雇ってもらえるかどうかすらわからない。

 何より、怪しいバイトに引っかからないとも限らないのだ。

 その辺の不安要素を解消するなら、詳しい人に聞いたほうがいいと思った。

「私は、なるべく明人の意思は尊重したいと考えていますが――一つ、疑問があります」

 花音さんは俺の手から自身の手を離し、姿勢を正しながら観察するようにジッと俺を見てくる。

「シャーロットさんがお風呂に行かれたタイミングで来たということは、この話は彼女に知られたくない――つまり、サプライズでプレゼントをしようとしているわけですよね? となると、働いている時間に関して、シャーロットさんに噓を吐いてすおつもりですか?」

 花音さんが気にするのはもっともだ。

 俺とシャルは四日前に、もう隠し事はなしにしようと約束したばかり。

 約束をした時に花音さんはいなかったが、引っ越しの時にソフィアさんがそのことに触れていたので、察したんだろう。

「シャルと隠し事はなしにしようと約束した手前、喜ばせるためとはいえ、隠れて働くのはどうなのかな、とは自分でも悩んでいます」

 サプライズとはいっても、プレゼントが用意されていることくらい、シャルはわかっているだろう。

 俺がサプライズにしたいのは、プレゼントの中身だった。

 だけどそれは、《誕生日当日にシャルに見せて、喜んでもらいたい》という俺の気持ちによるものだ。

 要は、気持ちの押し付けになる。

 いくらシャルに喜んでもらうためとはいえ、そんな自己都合で約束を破ることには、抵抗が出てきてしまうのだ。

「まず最初に、当たり前のことではありますが、約束を破るのは良くありません」

 花音さんは、そう前置きをする。

「ですが、今回の明人とシャーロットさんの約束に関しては、正直相手を喜ばせるためなら良いのではないか、という気持ちが私にはあります」

 どうやら、今回の件に関しては、約束を破ることを必ず悪いと思っているわけではないようだ。

「お二人が隠し事をやめようと約束した理由としましては、後ろめたいことや悪いことを隠してしまうと、状況を悪化させたり、相手との信頼関係に影響を及ぼしてしまうから――ではないですか?」

「そう、ですね……」

 約束の場では、そこまで深く考えて約束したわけではないが、だいたいはその通りだろう。

「では、そこに関しては、問題ないでしょう。お相手のためになるから――という理由で隠されていたことに対して、怒る御方はそうはいないでしょうからね」

 そこに関しては――か。

 つまり、他に問題があるというわけだ。

「私が気になりますのは、何を優先しないといけないのか、というのを明人が見誤っているのではないかということです」

 花音さんは淡々と言ってくる。

 怒っている――わけではなさそうだけど、不満は持っていそうだ。

 先程、花音さんが《疑問》と言って聞いてきた真意は、そこについての確認だったのかもしれない。

「どういうことでしょうか……?」

「誕生日プレゼントとは、なんのために渡すのでしょうか?」

 花音さんは俺の質問に答えてくれなかった。

 まずは考えろ、ということなのかもしれない。

「お祝い――いえ、相手に喜んでもらうためです」

「そのためには、何を一番大切にしないといけないと思いますか?」

 何をって――相手の気持ち、だよな……?

「シャルの気持ちだと思います」

「では、現在明人がされようとしていることを思い返してみましょう。あなたが働いている時間、シャーロットさんは寂しい思いをされるのではないでしょうか?」

「あっ……」

 確かに、隠し事をしてしまうことに頭がいってしまい、働いている間シャルがどういう思いをするのか、ということは気にも留めていなかった。

 今でさえ離れたがらない甘えん坊な彼女が、何も思わないはずがないのだ。

「大切にしないといけないことを、見誤ってはいけませんよ? 頂いているお金を使うことにちゆうちよする気持ちがわからないわけではありませんが、あなたはまだ子供で、養われている側です。お小遣いを頂くことは当たり前ですので、一般的なお小遣いで買えるものにしたらどうでしょうか? 彼女は、どんなものでもあなたからのプレゼントであれば、喜んでくださいますよ」

 お金ではなく、時間を大切にしろ、ということなんだろう。

 普段なら、俺もこれで納得できるところなのだけど……。

「…………」

 どう返すべきか、言葉にすることができない。

 花音さんが言っていることはわかるし、正しいとも思う。

 だけどやっぱり、今回ばかりは自分でかせいだものでプレゼントしたくて――タイミングも、今回を逃すわけにはいかないのだ。

「――花音様、少々よろしいでしょうか?」

 悩んでいると、珍しく神楽耶さんが話に割って入ってきた。

「どうなさいました?」

 花音さんは笑顔で神楽耶さんに視線を向ける。

「私の立場でご提案をさせて頂くのは恐縮なのですが、明人様にはこの家の家事をして頂き、お給与をお支払いするというのはどうでしょうか? 料理は明人様とシャーロット様のご希望により、シャーロット様がしてくださっていますが、他にもやることはありますので。私のお手伝いをして頂くわけですから、その分私の給与より引いて頂いてかまいません」

 すごく、意外だった。

 まさか神楽耶さんが、俺に助け舟を出してくれるなんて。

「ということですが、どうなさいますか? この形にするのであれば、シャーロットさんは明人と一緒にいられますし、表面上は、家事のお手伝いをしているだけと誤魔化すことができますよ?」

 神楽耶さんの提案を受け、花音さんは笑みを浮かべながら俺に確認をしてくる。

 正直、嬉しい提案ではあるが――。

「そんな、家の手伝いみたいなことでもらうわけには……」

「私の仕事を、じよくしていますか?」

 渋ると、神楽耶さんに殺気を含んだ目を向けられてしまった。

「い、いや、そういうつもりではなくて……!」

 俺は慌てて首を左右に振る。

 侮辱したつもりは一切ないのだけど、確かに先程の発言は、神楽耶さんの仕事を否定するようなものだ。

 失言にもほどがある。

「それでは、お話はまとまりましたね。ただし、神楽耶の給与から天引きは致しません。それくらいのしようがなければ、主として不甲斐なさすぎますから」

 どうやら俺の発言により、ちゃんと仕事だと認めたことになったようだ。

 いや、まぁ……神楽耶さんレベルになれば家事もほこり一つ見逃さないレベルで凄いし、花音さんの面倒も付きっきりで見ているので、凄いお仕事だとは思う。

 でも、俺にあのレベルができるかといえば――はっきり言って、無理だ。

 とはいえ、そんなことを言える空気でもない。

「ありがとうございます……お言葉に、甘えさせて頂きます」

 場の空気だけでなく、シャルのことを考えたらこの形にしてもらうのが一番だろう。

 もう下手へたえんりよするのは、やめることにした。

「ところで、最後に一つよろしいでしょうか?」

 話は終わり――と思ったところで、花音さんが俺の耳元に口を寄せてきた。

「な、なんでしょうか……?」

 思わず、身構えてしまう。

「そこまでして、いったい何を買うおつもりなのですか?」

 花音さんは珍しく、ニマニマとして楽しそうに俺を見てくる。

 これは――下手しなくても、バレているかもしれない。

「言わないと、駄目ですか……?」

「強制は致しませんが、知りたくはありますね。それに、物によっては私がくちきをすることができますし」

 大金持ちというだけでなく、人柄が良い花音さんは顔が広い。

 俺も失敗は絶対したくないことなので、力になってもらえるのは素直に有難かった。

 ただ……凄く、恥ずかしい。

「あの、他言無用でお願いしますね……?」

「もちろんです、姉弟の秘密ですね」

 花音さんはニコニコ笑顔で耳を貸してくれる。

 神楽耶さんも気になるようで、ジッと見てきていた。

 この距離だと、聞かれてしまうかもしれないが……俺は、小声で彼女に教えるのだった。



「――あら、明人君」

 花音さんの部屋を出てろうを歩いていると、ソフィアさんに出くわした。

 腕の中では、エマちゃんが気持ちよさそうに寝ている。

「エマちゃん、寝ちゃったんですね」

「せっかくだから散歩に連れていったんだけどね、眠たくなっちゃったみたい」

 現在エマちゃんは、ソフィアさんの部屋で暮らしている。

 とはいえ、そう決まっているというだけの話で、エマちゃんは気分によって母親の部屋だったり、俺たちの部屋に遊びに来たりなど、自由にしていた。

 今日は、ソフィアさんに甘えたい気分だったようで、彼女の部屋に行っていたのだ。

「お母さんと一緒に暮らせるようになって、エマちゃんも嬉しそうですね」

「……ごめんなさいね、この子の面倒を見せさせちゃって」

「えっ……?」

 エマちゃんの寝顔を見ていたので顔を上げると、ソフィアさんが申し訳なさそうに俺の顔を見ていた。

 もしかしたら、嫌味に聞こえたのかもしれない。

「すみません、そのことに文句があって言ったわけではなくて……」

「大丈夫、ちゃんとわかってるから。ロッティーは今、お風呂なのかしら?」

 一緒にいないからだろう。

 キョロキョロと周りを見ながら、ソフィアさんは尋ねてきた。

「そうですね、何か用事があるなら伝えておきますよ?」

「いえ、そういうわけではないの。せっかくだし、私のお部屋で話さない?」

 用があるのは、シャルじゃなく俺だったようだ。

 とはいっても、雑談程度なのだろうけど。

 さて、どうしたものか……。

 ソフィアさんに誘われるのは嬉しいし、まだ再会してからゆっくりとお話ができていない。

 話せる機会に話したいとは思うのだけど……シャルがいても、それはできると思う。

 まぁ、シャルがしつし始める可能性が、無きにしもあらずなのだけど……。

 お母さん相手だとより一層、目のかたきにしている節があるしな……。

「駄目かしら……?」

 ソフィアさんは顔色をうかがうように、俺の顔をのぞき込んでくる。

 年上ではあるけれど、身長は俺のほうが大きいので、上目遣いになっていた。

 シャルとエマちゃんのお母さんなため、半端ないレベルの美人だし、こんなことをされたら並大抵の男は落ちてしまう。

 俺にはシャルがいるから、大丈夫なのだけど。

「そう、ですね……。大丈夫です」

 話したそうなので、俺はうなずいてしまった。

 一人でお風呂に入れるようになったシャルは、長風呂をするようになったのでまだ戻ってこないだろう。

 長引きそうだったら、引き上げて別の日にしてもらえばいい。

「よかった、それでは行きましょう」

 笑顔になったソフィアさんに連れられ、俺は彼女の部屋についていった。

「お風呂に入る時に、この子を起こさないと」

 ソフィアさんはエマちゃんをベッドに寝かせ、優しく頭をでる。

 その表情は、優しくて温かい笑みを浮かべており、娘を愛している母親のようにしか見えない。

 幼くて一番かわいい時期だろうし、エマちゃんと離れていた時間は、ソフィアさんにとってもつらかったんじゃないだろうか。

「隣においで?」

 ソフィアさんはソファに腰掛けると、隣をポンポンッと叩く。

 どうしてみんな、隣に座らせようとするんだろうか?

「失礼します」

「そんなに、かしこまらなくていいのに」

 隣に座ると、仕方なさそうな笑みを向けられてしまった。

 表情は違うけれど、先程の花音さんが重なってしまう。

「どうしても、まだ……」

「十年ぶりぐらいなのだし、仕方がないと思うわ。次第に、慣れてくれればいいから」

 やはり、同じようなことを言われてしまう。

 どちらも落ち着いている大人の女性という感じなので、似たところがあるんだろう。

「ありがとうございます……あの、お話とは?」

「私ね、明人君にとても感謝しているの。前にも伝えたけど、ロッティーを救ってくれてありがとうね」

 ソフィアさんは、優しさにあふれた笑顔でお礼を言ってきた。

 その姿が、十年近く前の姿に重なってしまう。

「そんなおおな……」

 俺は照れくさい気持ちをすように、彼女から視線をらす。

 シャルを救ったというほどのことも、してはいない。

「大袈裟ではないのよ? あなたがいなければ、今もあの子は罪悪感にさいなまれていたはずだから」

 そう言われ、日本に来たばかりのシャルを思い出す。

 必要以上にエマちゃんのことを優先し、まるでエマちゃんのためだけに生きているかのような彼女を。

 それは、自分のせいで死なせたかもしれない、という罪悪感によってだった。

 ここ数日は、エマちゃんのことを気にしていながらも、ちゃんと俺に甘えてきている。

 ソフィアさんが、エマちゃんの面倒を見てくれていることもあるのだろうけど、シャルの中でもわだかまりがなくなって、切り替えられたんだろう。

 思えば、シャルは次第に自分の素直な気持ちを俺に言うようになっていたし、ソフィアさんとの誤解が解ける前でも、エマちゃんに対して嫉妬心を覚えるようになっていた。

 彼女の中で、次第に変わっていっていたようだ。

「でも、俺がいなくてもソフィアさんなら、どうにかしたと思いますが……」

 俺には未だに彼女の底が見えていないし、一緒にいて安心できるほどの頼もしさもある。

 頭もキレる人なのだから、どうにかしたんじゃないだろうか。

「五年以上、どうすることもできなかったのに?」

 ソフィアさんは、ぎやく的な笑みを浮かべてしまう。

 エマちゃんがお腹にいた頃起きた事故ということは、それくらい時間が経っている。

 当然その間に手は尽くしただろうが、効果はなかったというわけだ。

「それでも、ソフィアさんは諦めなかった。だから、俺とシャルは出会うことができたんですよね?」

 前に話を聞いた感じでは、シャルのためにならないのなら、多分あの子を連れてきてはいないと思う。

 おそらく、別の手段で俺の問題は解決しようとしてくれたはずだ。

 娘に政略結婚をさせていないように、いくら知り合いのためとはいえ、娘をせいにしたりはしないだろうからな。

「ごめんね、明人君を利用するようなことして」

「利用だなんて……助けて頂いたわけですし、何よりシャルと付き合えて俺はすごく幸せですから、謝らないでください。俺のほうこそ、ソフィアさんには感謝をしているんです」

 普通なら俺なんかのような男と、シャルみたいな全てにおいて素敵すぎる女の子が、恋人になるなんてありえない。

 それこそ、シャルが大好きな漫画の世界くらいだ。

「そう言ってもらえると、私も救われるわ」

 ソフィアさんはホッと胸を撫でおろす。

 やっぱり強引な手段を使っていたせいで、気にせずにはいられなかったんだろう。

 俺たちが仲良くなれるイベントを用意はしてくれたけれど、結局は俺たちの意思に任せてくれていたのだから、気にしなくてもいいのに……。

 口調は変わっていても、優しいお姉さんのままで安心する。

「ソフィアさんに安心してもらうためにも、頑張ってシャルに見合う男になります」

 実の娘とはいえ、シャルがどれだけ素敵な子かということは、ソフィアさんもわかっているだろう。

 心の中では、俺なんかよりもっといい男がいるのに――と思われていても、不思議じゃないのだ。

 ハードルは凄く高いのだけど、それでもソフィアさんにこうかいされないような男にならないといけない。

 しかし――。

「何言ってるの、明人君は既に十分すぎるほど素敵な男性になっているわよ?」

 彼女は、キョトンとした表情で首をかしげてしまった。

「そんなおは、言ってもらわなくても大丈夫なので……」

「お世辞なんかじゃないわよ。明人君は私との約束を果たして、立派な男性になっている。自信を持ってそう言えるわ」

 真剣な表情で言ってくるソフィアさん。

 確かに、お世辞やおだてのようには見えないが――それは、買いかぶりすぎじゃないか……?

「そうですかね……?」

「花音ちゃんや神楽耶ちゃん、そしてロッティーが認めるような男の子なんて、そうそういないわよ? みんな、理想が高いんだから」

 理想が高い?

 初耳なんだけど?

 というか、なんでそこで神楽耶さんが出てくるんだ……?

「神楽耶さんには、嫌われていると思いますが……?」

「あ~、あの子の場合は特殊ね、うん。立場的問題もあるし」

 なんだか一人納得したように、ウンウンと頷くソフィアさん。

 何が特殊なのだろう?

「と言いますか、花音さんも神楽耶さんも、そもそも俺を恋愛対象としては見ていないと思いますが……?」

 花音さんは完全に弟扱いだし、神楽耶さんは――なんだろう?

 シバク対象?

 少なくとも、男として見られていないのは確かだ。

「まぁ恋愛対象では見てないわね。でも二人とも、ちゃんと明人君のことを一人の男性として認めているし、自分の理想な男性に弟を育てるのなんて、珍しくないでしょ?」

 つまり、花音さんが教育などで手を回して出来上がったのが今の俺だから、彼女の理想を体現しているということか?

 さすがに、強引すぎると思うが……。

「関係が違えば、もしかしたら――は、あったと思うわ。ロッティーの前では、口が裂けても言えないけどね」

 ソフィアさんは、かわいらしくウィンクをしてくる。

 弟として見ていたり、主の弟分として見ているから恋愛対象にならなかった、と言っているんだろう。

 シャルに聞かれたら不安にさせてしまうし、ヤキモチを焼かせてしまいそうな内容だ。

「でも俺、見た目全然かっこよくありませんよ?」

 さいと思っているわけではないけど、かっこいいとも思っていない。

 アイドルなどのイケメンと並んでしまったら、影が薄れてしまうだろう。

「みんな、見た目は気にしてないよ。その代わりに、中身の良さを凄く求めてるからね。まぁ私は、明人君の顔も十分かっこいいと思ってるけどね?」

 どうやら、気を遣わせてしまったらしい。

 完全に子ども扱いされている。

 まぁ、今更いいんだけど……。

「あはは……ありがとうございます。ですが、シャルはそんなに理想が高いですかね? そんな気はしないのですが……」

 俺は彼女の前で情けない姿や、ウジウジしている姿も見せてしまっている。

 それなのに彼女は、俺のことを好きだと言ってくれているんだ。

 そこまで理想が高いとは思えない。

「まず、とても優しくて、何をしても受け入れてくれる包容力があるってことは必須で、その上頭が良くて、困った時に必ず助けてくれる頼もしさも必要でしょ? それだけでなく、甘やかしまくってくれることや、他の人にもしたわれているような人じゃないと駄目で――正直、三人の中で一番理想が高いまであるんじゃないかしら?」

 指を折りながら、スラスラと語るソフィアさん。

 よくこんなにも出てくるものだ。

「そこまでわかるものなんですか……?」

「私の娘だもん、当然見てればわかるわ。それに、私の理想がそうだし」

 それは、ソフィアさんの理想ってだけで、シャルも同じとは限らないのでは……?

 というか、ソフィアさんも甘えん坊なのか。

 意外過ぎるけど……さすが、親子だ……。

「俺は、全然満たせていないような気がしますよ……? 特に、周りから慕われるどころか、嫌われていましたし」

 出会った初日に、そのことはシャルも目にしている。

 だからやっぱり、シャルの理想とは違うんじゃないだろうか。

「理想ってだけで、全てを満たさないといけないわけじゃないけど――明人君、自分のことをしすぎね。そこは良くないと思うわ」

「うぐっ……!」

 笑顔で、ドストレートをぶち込んでくるソフィアさん。

 絶対、心の中で《めんどくさい奴》って思われている。

 こういうところは、シャルと違うだろう。

 というか、昔は歯にきぬ着せぬ人ではなかったから、俺が成長したことでようしやがなくなったのかもしれない。

「明人君が学校でどんなふうに過ごしているのか、というのは当然花音ちゃんから聞いていたわ。もちろん、高校でもね」

 監視をつけられていたわけだし、先生もいたから花音さんにつつけだったんだろう。

 さすがに、今は嫌われムーブをしたことを後悔している。

 そのせいで、シャルに迷惑をかけてしまい、つらい思いもさせてしまったのだから。

「周りに慕われる人とはいっても、実際に慕われている必要はないの。この人は、他の人からも好かれるだろうなぁって性格がいいと思っているだけで。ロッティーはちゃんと明人君の本当の性格を見ていたし、訳アリだということも理解していたから、気にならなかったんだと思うわよ?」

 実際シャルは俺を好きになってくれているわけなので、ソフィアさんの言う通りなのかもしれない。

 それに多分、エマちゃんに好かれていたことが大きいんだろう。

 あの頃のエマちゃんは、家族以外に心を許さなかったようだし、そんな子が心を許している相手は、信頼できると思われたんじゃないだろうか。

 俺がどういう人間かは、エマちゃんと接する姿をずっと近くで見ていて、観察していたわけだし。

「まぁ、好きになってもらえてよかったと思います」

「それどころか、かなり依存してしまっているくらいだしね」

「あはは……」

 彼女との関係を母親に知られているのは、かなり照れくさい。

 幸い依存に関して、ソフィアさんは問題視していないから助かるのだが。

 人によっては依存なんて駄目だと言って、引きがそうとするだろうからな。

「もう明人君がいないとだめな子になってるからね、しっかり責任を取ってよ?」

 まぁ、俺に責任を取らせればいいだけだから、問題視していないだけかもしれないけど。

 婚約者にもなっているのだし、離れる心配はないもんな。

「必ず、彼女を幸せにすると約束します」

「えぇ、信頼しているわ。あの子かなり重いし、受け止められるのなんて明人君くらいだと思うわ」

 自分の娘に対しても、容赦がない。

 そういえば、同人誌の件でも容赦がなかったな。

 意外と怖い人だったのか……?

「大丈夫です、すごくかわいいと思っていますから」

「ふふ、それは有難いわ。あの子、昔からあまりこだわりとかなくて、他の子と比べても自分のものに対する執着がない子なのよね。その反動のせいなのか、一度好きになったものに対しては熱中して、凄く執着しちゃうのよ。独占欲がかなり強くなって、しつしまくるの」

 彼女が、好きなものに熱中するタイプというのはわかる。

 漫画とかアニメ、コスプレの話になれば、周りが見えなくなっていると思うレベルで語ったりする子だ。

 独占欲や嫉妬が激しい姿も見ているわけで、その通りなんだと思う。

 だけど――そんな彼女も、俺は凄くかわいいと思ってしまうのだ。

 俺も十分、彼女にのぼせているだろう。

「その言い方ですと、シャルは好きな男の子がいたんでしょうか?」

 嫉妬という言葉が出てきたことから、物の話をしているだけではないと思った。

 多分、人に対して起きたことだ。

「好きな男の子というか、お父さんにはそうだったわね。私がお父さんと話していると、両方に嫉妬してねていたから」

 語られたエピソードは、思った以上に微笑ほほえましいものだった。

 両方ということは、お父さんだけでなくソフィアさんも大好きな子だったんだろう。

 今のソフィアさんに接する態度からだと考えづらいが、幼かった頃ならありえる。

 エマちゃんがいるのもあって、簡単に幼女時代の嫉妬しまくりシャルが想像できた。

「後は、男の子じゃないけど、女の子で仲いい友達ができた時も凄かったわね。その子が他の友達と遊ぶと、エマみたいにほおをパンパンにふくらませて帰ってきてたから」

 女の子なら、安心だ。

 やっぱり昔から、エマちゃんと似たようなところはあったらしい。

 今も根は子供のようなところがあるし、本質は似た者姉妹なのだろう。

「その子とはどうなったんですか?」

「同じ高校だし、一緒に学校に通ってたから、今でも連絡を取ってるはずよ?」

 それにしては、シャルはその子に会えていないのに、平気なんだな……。

「もうその頃には、その友達に依存していなかったのですか?」

「エマが生まれた頃から、しなくなったみたいね」

 つまり、そこをきっかけにシャルが成長をした――わけではなく、気持ちを我慢するようになったんだろう。

 お父さん代わりにならないといけなかったから、他の人に甘えられなくなったんだ。

 それにしても……どうしてシャルは、その子のことを何も言わないんだろう?

 仲良しの子なら、教えてくれてもいいと思うんだけど……。

 まぁ、タイミングがなかっただけか。

「安心してね。今のシャルにとって一番はまず間違いなく明人君だし、友達と彼氏とでは、やっぱり違うものだから」

 俺が嫉妬して詳しく聞こうとしている、とでも思われたんだろうか?

 笑顔でフォローされてしまった。

「大丈夫ですよ、シャルに仲のいい友達がいて、嬉しいだけですから」

「……この余裕の違いは、なんなのかしらね……?」

 なんだか、仕方なさそうな笑みを向けられてしまった。

 シャルと比較されているんだろうけど、そもそも相手が女の子の時点で嫉妬なんてしないからな。

 シャルだって、別にあきら相手には嫉妬しないだろうし。

 ……嫉妬、していないよな……?

 なんだか自信がなくなってきた。

「まぁということで、ロッティーは嫉妬深いから気を付けてね? 明人君、今やモテモテのようだし」

 結局は、そのことが言いたかったようだ。

 ただ、ちょっと待ってほしい。

「花音さんがなんて言ったのか知りませんが、俺は別にモテていませんよ……?」

 告白だって、シャルからしかされていないのだし。

 いや、球技大会の時になんか聞こえてきた気はするけど、あれはその場のノリだしな……。

「…………」

 ソフィアさんは、なぜか可哀かわいそうなものでも見るかのような目を向けてきた。

 凄く物言いたげだ。

「えっと……?」

「明人君、自覚がなかったとしてもしゆは生まれるものだから、気を付けるようにね?」

 ポンポンッと肩を叩かれ、《頑張れ》と言われているように感じた。

 何かを諦められた気がする。

「一応、嫉妬させてしまった時には甘やかすということで、対策はしていますので……」

「明人君の体が持つといいわね」

 ニコッと優しい笑顔で、とんでもないことを言ってくるソフィアさん。

 いったい彼女には何が見えているというのだ。

「俺、そんなにやばそうですか……?」

「まぁ公認の関係になっている以上、心配は少ないかもしれないけど……明人君は、無自覚ムーブをしそうで怖いわね」

「なんですか、それは!?

 深刻そうな顔で言われ、思わずツッコんでしまう。

「人の心は、そう簡単に制御できないものだからね。天然ジゴロにならないようにしたほうがいいと思うわよ? もう、手遅れかもしれないけど」

 なぜか、諦めたように遠い目をするソフィアさん。

 簡単に言えば、相手をれさせないように気を付けろってことか?

 そんな心配、いらないと思うけど……。

「さて、お話をしすぎちゃったわね。そろそろシャルがお風呂から上がるかもしれないから、もう戻ったほうがいいかしらね?」

 時計を見れば、いつの間にか結構時間が経っていた。

 花音さんの部屋にいた時間と合わせると、まずいかもしれない。

「すみません、もう戻りますね……!」

「えぇ、またお話をしましょう」

 俺が立ち上がってペコッと頭を下げると、ソフィアさんは手を振りながら見送ってくれた。

 急いで、部屋に戻ると――

「…………」

 ――シャルが、ベッドに座って待っていた。

 遅かったようだ。

「あっ、お風呂から上がったんだね? 花音さんにはもう伝えた?」

 なるべく平静を保ちながら、笑顔で話しかける。

 戻ってきたばかりなら、俺が少し部屋にいなくても、トイレに行っていたと思ってもらえるだろう。

 しかし――。

「…………」

 顔上げたシャルは、涙目になりながら頰を小さく膨らませていた。

 うん、これ絶対バレてるな……。

「えっと、あの……」

「…………」

 シャルは立ち上がり、無言でベッドに視線を向ける。

 多分、《座れ》と言っているんだろう。

 その考えは合っていたようで、俺が座るとシャルはすぐに膝の上に座ってきた。

 断りもなく座ってくるなんて珍しい。

 よほど怒っていそうだ。

 シャルはそのまま、グリグリと顔を俺の胸に押し付けてくる。

 言葉では怒らず、無言のアピールのようだ。

 もしかしたら、そくばくにならないよう我慢しているのかもしれない。

「ごめん、ちょっと花音さんとソフィアさんと話していただけで、やましいことはないんだ」

 下手へたな言い訳はせず、事実を伝える。

 すると、シャルは顔を上げて、涙目で俺のことを見てきた。

「いいんです、これは私のままですから……」

 シャル抜きであの二人と話すことを怒るのは、違うと思っているんだろう。

 だから文句を言わず、我慢して甘えてきているようだ。

 本当に、まじめでいじらしいというか……。

「俺はシャルのことが大好きだし、シャル以外を恋愛的な意味で好きになることはないよ。ましてや相手は、シャルのお母さんや、俺のお姉さんになる人なわけだし……それでも、何か嫌なのかな?」

 こういう時、ただ我慢させるのではなく、ちゃんと感情を吐き出させたほうがいい。

 ここ数日、なんで警戒されているかもわからなかったし、いい機会だと思う。

「怖いんです……」

「えっ、何が?」

 声をしぼり出すようにして教えてくれたシャルに対し、意味を理解できなかった俺は更に尋ねてしまう。

「お母さんは、あーくんの憧れのお姉さんだった人で……花音お姉さんは、あーくんのお姉さんではありますが、血のつながっていないおさなじみであり、とてもれい大和やまと撫子なでしこさんです……。あーくんが、私なんかよりもお二人のことを選ぶんじゃないかと、怖いんです……」

 シャルは、ギュッと俺の胸元を握ってきて、体を震わせる。

 冗談で言っているわけじゃないだろう。

 俺の行動が、けいそつすぎた。

 俺もシャルの憧れていた男性が現れたり、幼馴染のかっこいい男性が現れたりして、ましてや一緒に暮らしているとなれば、気が気じゃない。

 ここ数日のシャルは、そんな思いをしていたのに我慢していたんだ。

 せめて、自分の目が届く範囲で話していてほしかったんだろう。

「ごめんね、つらい思いをさせて」

 俺はシャルを抱きしめながら、優しく頭をでる。

「謝らないでください……。私が、おかしいだけなので……」

「おかしくなんてないよ。俺だって逆の立場だったら、シャルのように思ってるだろうから」

 しつが激しい子ではあるけれど、この気持ちが間違いだなんて思わない。

「あーくん……」

 シャルは頰を俺の頰にくっつけてきて、スリスリと甘えてくる。

 お互いの体温を感じやすいし、柔らかいから好きなんだろう。

 俺はそのまま、彼女の好きにさせておく。

「…………」

 数分経つと、シャルはゆっくりと頰を離した。

 そして、熱っぽい瞳でジッと俺の顔を見つめてくる。

 次に進みたくなったんだろう。

「キス……」

「うん、目をつむって」

 物欲しそうにおねだりしてきたシャルにお願いすると、彼女は目を閉じてあごを上げる。

 準備万端と言わんばかりの彼女に、俺はゆっくりと口を近付けた。

 口がくっつくと、シャルは積極的に舌を絡めてくる。

 普段せいでおしとやかな彼女のこんな姿、誰に想像ができようか。

 学校のみんなには、思いも寄らないだろう。

「――俺はシャルのものだから、安心してね」

 息継ぎをする間、シャルの頰をソッと撫でる。

「あーくんは、優しすぎます……。そんなに優しくされてしまうと、離れられなくなるんですよ……?」

 シャルが甘えん坊だったり、俺と一緒にいたがるのは、俺が甘やかすからだ――とでも言いたいのかもしれない。

「むしろ、離れてほしくないかな」

 シャルに甘えられるのは大好きだし、傍にいてくっついていたい。

 だから、離れられなくなるなら、俺にとっては好都合でしかないのだ。

 ただ、それで彼女に辛い思いをさせてしまうのは、また別の話になってくるのだけど。

「どんどんと、沼に落とされちゃいます……。それも、底なし沼に……」

 シャルはそう言いながら、俺の首に顔を当ててきた。

 そして――ゾクッとした感覚が、首筋に走る。

 どうやら、キスをしてきているようだ。

 しかも、勢い強く吸っていて、時間的にも長い。

 これ……キスマークが付いてしまって、花音さんたちにからかわれるのでは……?

 そう思うものの、今のシャルを止めることなんてできない。

 せっかく素直にしたいことをしているのに、ここで止めてしまうとまた我慢させることになるからだ。

 後でばんそうこうを貼っておけばいいだろう。

 それにしても……もしかしたらこれは、自分のものだというマーキングをしているのかもしれない。

「んっ……」

 やがて、シャルは口を離す。

「満足した?」

「まだ……」

 そう言うと、今度は俺の口へと自分からキスをしてきた。

 俺はしっかりと受け止め、彼女とキスを繰り返す。

「…………」

 時間が経つのも忘れて、何度も繰り返しキスをしていると――シャルは、ソッと俺の胸へと手を添えてきた。

 熱っぽく瞳を潤す表情は完全にのぼせており、次を求めているのがわかる。

「あの――」

 ――コンコンコン。

「「――っ!?」」

 シャルが何か言おうとした時、タイミングがいいのか悪いのか、ドアがノックされてしまった。

「は、はい……!」

 俺はすぐに返事をし、シャルは慌てて膝の上から降りて、肩をくっつけるように隣へと座り直した。

「失礼致します。お取り込み中のところ申し訳ございませんが、お風呂がきましたので、明人様どうぞお入りください」

 部屋に入ってきたのは神楽耶さんで、ソフィアさんたちがお風呂から上がったことを伝えに来たようだ。

 シャルも俺も顔が真っ赤になっているため、おそらくいちゃついていたことはバレている。

「わかりました、すぐに行きます」

「あっ……」

 俺が立ち上がると、シャルが寂しそうに見てきた。

「なるべく早く、戻ってくるからね」

 俺が入らないと、神楽耶さんがお風呂に入れないので、そこは優先しないといけない。

 だから、シャルの頭を撫でて我慢してもらった。

「――また、お預け……」

 部屋を出る際、何かシャルがつぶやいた気がしたんだけど――。

「羽目を、外さないでくださいね?」

 先に部屋を出た神楽耶さんが自身の首を指さし、冷たい目を向けてきたので、俺はそれどころではなくなるのだった。

 絆創膏、するの忘れてた……。