シーナ・グレイヴ・ゾァインメリはすべきことをする。

 欲しいものを手に入れるために。盗みたいものを盗むために。

 ダークエルフとしての、強欲の、発露。

 それをしながら、そう言えば口に出して言ったことなかったな、とふと思い出した。

 だから、少し気恥ずかしかったが、言ってみる。

 誰も聞いていなくて、聞いているとしたら彼だけだろうから、ちょうどよかった。

「……れんすけ。あたしも、お前のこと好きだぜ」

 月の光が静かに降り注ぐ。周囲の森は躊躇ためらいがちに葉ずれの音をかなでるだけ。他に動くものはない。生きたものは、ない。

「あたしのことを真顔で好きって言えるくらいアホなところが好きだ。アホなこと言ってるのにまっすぐ目を見てくるところが好きだ。落ち着く声が好きだ。いいカンジに筋肉のついた腕が好きだ。バランスがいい体つきが好きだ。料理がいところが好きだ。あたしを優しく触った指が好きだ。意外に不器用なところが好きだ。鼻の形が好きだ。唇の感触が好きだ。抱きしめると温かいところが好きだ。……こんなあたしが好きになっても、多分、お前なら受け入れてくれるだろうって思えるところが、好きだ」

 だから、いなくちゃいけない。

 お前はここにいなくちゃいけない。

 他人にはまったく意味のないわがままでも。失笑されるようなルール違反でも。

 それを盗み取るのがあたしだ。

 欲しいものを手に入れるのが。誰かに嫌われるほど自由なのが。

 ダークエルフだ。


「やれやれ。そういうのはめてほしい」


 声と足音が聞こえた。

 シーナはゆっくりと顔をそちらに向ける。

 自分が生み出した基本装備の矢を手に握って、自らの首筋にゆっくりとその鏃を突き入れていくという動きは止めないまま。

 ぬるりとした血が、首から下を不快にらしていく。だがシーナは笑った。

 自分は多分、賭けに勝ったのだ。これを笑わずにいられようか。

「やっぱ、な。近くで、見てるはずだと、思ったぜ。神様、よぉ」

「どうせ勝者の前には姿を現すつもりだったよ」

「話でも、してぇんだろ? 最近、聞こえた声からして──何かを観察して、確かめてえ、みたいなニュアンスがあると、思ったぜ。だから、ああ、だから……」

「そろそろその手を放さないと、死ぬよ? きみ」

「だからだよ。あたしに死なれたくなかったらあたしの眷属を蘇らせろ。今、ここでだ」

 にらみながら、手は止めない。少しずつ、少しずつ、さらに喉の奥へ──

 現れた人影は、肩をすくめるような仕草を見せた。意外に人間臭い動きだ。

「──しょうがないなあ。まあ、奇跡ってほどじゃない。君にも余剰魔力が腐るほどあれば可能な物事を、少し肩代わりするだけか。彼の存在情報が詰まってる木片もまだ残っているしね。勝者への副賞ということにしようか」

 身体からだの近くで、みしり、と何かがきしむような音がした。目をると、すぐ隣の地面、今まで木片が散らばっていただけの地面の上に──

 裸の彼が、寝ていた。

(ああ)

 手から力が抜け、矢が落ちる。もはや神を脅す必要もなくなった。

 シーナは彼の首筋に鼻を埋めた。彼の匂いだ。彼の温度だ。

 小さなうめき声。薄目が開く。

「……シー、ナ……?」

 こみ上げてくる何かを必死に堪えながら。

 シーナは、へへー、と犬歯を出して、

「勝手にいなくなるなんて、許さねぇっつーの。お前は、あたしのモンなんだからな」

 いつも通りに決めたはずだったが、彼の様子がおかしい。うれしがってるのは確かだが、それに加えて、恥ずかしがっている、ような。ぴくりと眉を動かして、口を曲げて、

「……ひょっとして、聞いてたか?」

「何か、夢の中みたいな感じで、アレだったけど。いや、多分……うん。一つ言えるのは」

 彼の手が動いて、こちらの髪を触った。

「俺のほうが、シーナを好きな理由、たくさん言える自信があるぜってこと。勝負するか」

「……ばーか」

 気恥ずかしかったが、どうでもよかった。

 求めていた温度が、今、自分に触れているのだから。

「副賞を喜んでくれたようで何よりだ。意味があるのかどうかは疑問だけれど」

 声だ。結局は、その声と向き合わざるを得ない。

 そちらをもう一度見やる。れんすけもそれを見たか、驚きで身じろぎしたようだった。

 立っていたのは──金髪で、白衣を着た女。

 同じく白衣を着て目を閉じている黒髪の女性を、胸の前で抱きかかえている。

 天覧橋アルマだったものの中にいる存在は、ああ、と思い出したように、

「このままだと落ち着いて話ができないかな? 一応、見た目だけは治しておこうか」

 やくさつ死体として完全にねじれていた首を、手も使わず、ごきりという異音を立てて元の位置に戻した。



 そこにある表情は、死体の無表情のままだ。目を見開き、まばたきをしない。

 静かに立っているだけだが、異様な存在感があった。

 台詞せりふも普通の話し言葉でしかなく、気安さすら感じるものだが、それが今見えている無表情な存在の口から出ているのだと認識すると、そのギャップで精神がゆがみそうになる。

 れんすけはゆっくりと上半身を起こす。シーナが先に言葉を発してくれたので、その異様な圧力に押し潰されることは避けられた。

「……いつからそこにいやがった?」

「最初からとも言えるし、つい先程からとも言える。意味はない。この彼女を選んだのも偶然で、特に理由はない。彼女の人格、これまでの行為にも私は関与していない。私はただ見ていただけだ。基本的にはね」

 そこでれんすけの視線を追うように、自分が抱えているものに軽く顔を落とした。

「これか。私がこうしてあらわれたとき、出会ってしまった。泣き叫んだので、精神の安定のために眠らせた。ここまで連れてくる必要はなかったかもしれない。これも特に意味はないよ」

 アルマの顔をしたものは、彼女と同じ声で、しかし彼女とはまったく異なる語調で言い、抱えていたのぞ身体からだを地面に下ろした。丁寧でも乱暴でもなく、ただそうするものだからそうしたというような自然さで。

「さて。改めて言おう──」

 死体の顔で、超越的な存在は、あっさりと言った。

「私は神だ。少なくとも、君たちがそう考える存在に近い」

「……ま、うそじゃねえだろうさ。あたしが転生してきたときに感じた気配は……こんなカンジだった気がするわ」

 シーナがつぶやく。つまり、敵ではない、のだろうか?

 れんすけのその内心の疑問に答えるように、

「私は勝者を祝福するために来た。おめでとう、ダークエルフ。君が今回の戦争の勝者だ」

「祝福、ねぇ。そんなんいいから今すぐほうをくれよ、って言ったらどうする?」

 シーナはあくまでもシーナだった。ものじしていない。それがひどく頼りになった。

 神は軽くうなずいて、

「わかっている。だが私は、こうした戦争が終わった際、一応の説明をするようにしているんだ。勝者へのほう、世界への権利を与えるにも、相応の準備が必要だろうからね」

「こういう戦争は……初めてじゃない、ってことか?」

 ひどくかすれていたが、れんすけにも声が出せた。背筋が震えるような圧迫感を無視することはできなかったが、身体からだにくっついているシーナの体温があれば、大丈夫だと思った。

「その通りだ。それも説明の一部となる。私には──目的がある。この戦争はそのために行っている実験的なものだ」

「実験だあ? 神様は何でも思う通り、とかじゃねーのかよ」

「私は世界の様々な事象に干渉できるが、全てを思い通りにできるわけではないよ。全知全能を神と呼ぶなら、私は神ではない可能性もある。先程言った通り、その概念に限りなく近いのは事実だろうけどね」

「呼び方とかはどーでもいいんだけどよ。で、目的って?」

 一呼吸の間。眼前の存在が呼吸をしているとは思えなかったが。

「『世界を任せられる種』を見定めることだ。これは戦争の勝者に与えられる権利とも密接に関係している」

 れんすけは少し首をかしげる。それは事前に言っていた通りのことではないのか。

「捕足しよう。私は主に二つの世界を運営している。一つは単一種族が繁栄する性質を持つ世界。もう一つは多種の種族が同時に繁栄する性質を持つ世界。君たちに理解しやすいように言えば、『科学が発展するこちらの世界』と『魔術が発展するあちらの世界』ということになるかな。世界は宇宙と言い換えても構わないが」

「まあ、お前があたしらをあっちからこっちに引っ張ってきたんだからな。お前はどっちの神でもあるってコトか」

「問題は、その世界がどちらも最終的には滅ぶことにある」

「……!」

 向こうの世界が滅んだのは、前提だ。シーナたちがこちらの世界に来て、自らの種族を復権させようとした理由。だが──こちらの世界も、いずれ滅ぶと?

 そう言われればそうかもしれない、と不思議にれんすけには納得できた。きっと誰もがわかっていることだろう。随分昔から言われている。異常気象。地殻変動。エコだなんだと騒がれるようになってはきたが、地球は刻一刻と限界に近付いてきている。このままいけば、数百年後か数千年後には、きっと。

「こちらの世界では人間という種が滅ぶ。あちらの世界では主にと呼ばれる知性種族が全て滅ぶ。これは何度繰り返しても同じだった。そう、私は、二つの世界の運営を幾度となく繰り返しているんだ。より正確には、運営の失敗を」

 おそらくは神のスケールでの『幾度となく』だろう。人間が想像できるような回数や時間の概念にこの存在がとらわれているとはとても思えない。

「何度世界のパラメータを変えて繰り返そうが、結末は同じだった。滅びの回避は不可能だった。だから私は新たな手段に出ることにした。二つの世界の要素を組み合わせることだ。魔術世界の種族たちの代表をこちらの世界において競い合わせ、最も適合した一種族のみを選び出す……というね」

「はん。それがこの戦争ってわけかよ」

「そうだ。想定外のパラメータ変動を観測するためにはそれが必要だと考えた。こちらの世界の言葉で言えば、荒療治というものが近いかな。戦争の勝者が持つ、他の全ての種にあらがうほどの生存本能、種としての力、運命の揺らぎを捉える力。それをこの世界の単一種として据えたとき、世界がどうなるかいう実験だ」

「だが、それでもくいかなかったんだな」

 れんすけは言う。この戦争が何度も行われているというのなら、そういうことになる。

「その通り。を科学世界のいしずえとして迎え、パラメータを微調整した新しい世界を作っても、やはりくはいかなかった。実際に滅び、そして今回のこの世界も滅びが不可避なコースに入っている」

 この世界は実験場だったというわけか。今回も駄目だと、滅びが避けられないのが見えたから、次の実験体を決めようと、どくの場としてこの世界を使うようになった──待てよ?

「なら、この世界は前の戦争で勝ったが作った世界じゃないのか? なんで人間の世界になってる?」

「そのように見えているだけだよ。前回の勝者は人間とほとんど変わらぬ姿を持つであり、さらに新しい世界の初期条件……『どのような世界を作るのか』を決める際、魔術という概念を捨てることを選択した」

「はあ? わざわざ不自由になったっていうのかよ。なんでだ?」

「その理由は私が関与するものじゃないね。勝利種族の選択に私が殊更に干渉するのも、求めるパラメータの揺らぎには有害だ。ただ、戦争の最中における、他との関係性から類推するに──勝者は『優しい』と評される性格であったらしい。故に争いのない世界を願い、不必要だと思えるものを捨てたのだと考えられる」

「その結果が、今のこの世界の始まりだっていうのか」

「そう。すなわちこの世界は、私が作った数多あまたの世界に変化が与えられたものだ。様々な部分で自然なパラメータ変化を見せている。言語、文化、宗教、歴史、地名──君たちが当たり前だと思っているそれは、前の世界ではそうではなかったかもしれないよ」

 神は軽く視線を空に動かして、続けた。

「滅びを回避することはできなかったが、この世界では想定外の現象も生まれた。君たちの概念で言えば、バグだ」

「なに?」

「前回の種族が魔術を捨てた結果として、今を生きる人間に近い原生種からは別のものが少しずつ流れ出るようになっていたのさ。原初的な感情、欲望に起因する力だ。魔術世界で言うところの、限りなく魔力に近い概念因子。それが少しずつ抜け出ていった結果として、現行種はゆがみ始めた」

 よくわからないが、今の人間たちがゆがんでいるというのならそうだろう、とれんすけは思った。周囲に押し潰されかけていたあの空気を思い出す。欲望を押し込めるしかない世界。正しさしかない世界。正しいこと以外は認められず、殺されてしまう世界。多様性をうたっておきながら、多様性を憎む世界──

「そしてさらに、その形のない欲望の力は長い時間をかけて集まり……一つの存在を形作った。生命に似た何か。分離する前の人間を本能として追い求め、同化しようとする何か。それが君たちがじゆうと呼ぶ存在だ」

…………!

「現行の人間がその源の力を集め、利用するようになり──私は世界の滅亡がさらに加速したと悟った。じゆうの出現と、現行人類によるその利用は、世界がいよいよきしみ始めたという証拠だ。だから私は次の戦争を起こすことを決意し、魔術世界から種族代表を転生させた──」

 そこで一旦、神は口をつぐむ。

 ややあって、

「以上が背景だね。この説明により、君たちが勝者の権利というものを正しく理解してくれると考える。すなわち、勝者に与えられるのは、君たちの種族が新しく世界の第一種族としてやり直すにあたっての微調整の権利。世界を作り直すプログラミングを行うのは私でしかないが、その初期パラメータを決定する権利を与えるということだよ」

 改めて、その生気のない、しかし超然とした瞳をシーナに向けてくる。

「さあ、君は──ダークエルフが、どのような世界で新しく生きることを望む?」

「いや待て。ちょーっと待て。一方的に話しやがって。世界を作り直すときの……初期パラメータだぁ? んなでっかいのか細けぇのかもわかんねーことは抜きにして、質問だ」

 シーナは気丈にその超存在をにらんで言った。

その次の世界を作るとき今ここにいるあたしや眷属はどうなる?」

 神は平然と言った。

引き継がない。そうする理由がない。けんぞくよみがえらせた意味について問うたのはそのためだ」

「っ──」

 シーナの身体からだったのがわかった。れんすけも同じだ。

 絞り出すように、シーナが言う。

「ふざけんな。話が違う」

「そちらが勝手に想像していただけじゃないかい」

「最初に言わないてめーも悪いだろうが。とにかく駄目だ。あたしは認めねー。よーし、そんなら今からでもそこのカリンの死体に根源魔力戻してやっかな。んでずーっと決勝戦を続けてやる」

「──そんなことを。許すとでも。思っているのかな?」

 語調にも態度にも、一切の変化はなかった。

 それでも刹那にして、気絶しそうなほどの圧が周囲に満ちた。吐き気がする。脂汗が止まらない。これは……駄目だ。いくらなんでも、本当の、神には。

 ダークエルフのわがままも、届かない──

「……待て、よ、クソ。わかった。なら、別案で、いかせろよ。話を聞いた限りじゃ、とにかくお前は、次の世界を任せられる種族を決めたいんだよな。あたしたちダークエルフが、そういう世界を任せられる種族になりさえすりゃあ問題ないんだよな」

「まあ、そうだね」

「でも今までに何度も繰り返してるんだろ、そのやり方は。だったら次も失敗するかもな」

────

 ああ、とれんすけは震えた。

 シーナは、神と交渉しようとしているのか。なんという恐れ知らずなダークエルフ。

 でも、それでこそ。

「なら今回は別の手でやってみようぜ? そしたら意外とくいくかもしれねーじゃん」

「別の手、とは?」

「それは──ええと……」

 神は小さく頭を振る。

「答えのない提案はしないことだね。時間稼ぎでしかないというのはわかってしまうよ。種族を復活させるという意義は最初に伝えていた。論理的に考えれば、世界を最初から作り替えるのが最も早いと予測できるはずだ。それ以外にどうやって種族の復活が果たせると思っていたんだい?」

 その問いは神のあきれで、問いではなかったのかもしれなかったが。

 シーナは視線を明後日あさつてのほうに飛ばして、そして……もごもごと、答えた。

「そ、そんなのは……決まってんだろ。世界がどうこうとか考えてもみなかったんだからよ。もっと当たり前の──その、つまり」

 彷徨さまよっていた目が、一瞬だけれんすけを経由して。

 また何かを思い出したように逃げて。

「……普通に子供作って、とか、だよ」

 神はまたもあきれたような空気で、

えんにすぎる。そもそも君たちは属する世界のルールが違うんだ。向こうでしか生殖は不可能だろう。種族全体のパラメータを最初からこちらに合わせてやり直すのでなければね」

「だったら」

 れんすけの口が動いていた。深く考えてはいなかった。ただシーナの言葉を肯定し、神に一杯食わせたかったから、揚げ足取りのように自然と口を突いて出たというだけだ。

「だったら、向こうの世界で試してみればいいじゃないか。その普通の方法を新しくな

…………

 少しの間が空いた。

 次にれんすけの感覚を揺らしたのは、単純な音の波と、超越存在がかもす感情の揺らぎ。今までの会話で少しでも慣れていなければ発狂していたかもしれない。

 はは。ははは。と──神は、死体の無表情のまま。

 笑い始めたのだ。

「ははは。なるほど。一人の赤子から? 始めようと? それは愚かだ、愚かで邪悪だ! 生態系を普通に一から破壊し尽くそうとするのに等しい!」

 ぴたりと笑い声だけを止めて、静かに言葉を続ける。

「だが、発想としては新しい。愚かすぎて新しい。私にはやろうとも思えなかったことだ。あちらの世界では単一支配種はどうあっても生まれないものだと思っていたが、外部因子を入れれば変化が生まれる可能性はある、か。本当にそれが可能で、何らかの結果をもたらすのであれば……意味はあるかもしれない」

 シーナは大きく深呼吸したようだった。ここが勝負所だ。

「任せとけよ。自信、あるぜ」

 にやりと、いつものように自信満々に笑って言った。

 神の言葉が返ってくるまで、無限とも思える時間が流れて──

「できるものならやってみてもらおう。何世代かかろうが、絶滅するまでは見守ってあげようじゃないか。なに……神にとっては、時間など気にすることじゃない」

 シーナの身体からだからこわりが抜けるのがわかった。れんすけは逆に彼女を抱くその腕に力を込めて、その温度と柔らかさで確かめた。

 自分たちが、自分たちのまま──

 ひとまずは、《この先》を手に入れられたことを。


 神に最後に与えられた猶予時間。

 すべきことなどそう多くはなかった。

 れんすけは、神が先程足下に置いて、それきり眠り続けている一人の人間に歩み寄る。神の力で起きないようにされているのだろう。それでちょうどよかった。

 目を閉じて眠る、自分と似ているような、似ていないような姉の顔。

 何を言うべきか。言う必要があるか。

 ──いや、今更そんな義務感などどうでもいい。

 最後なのだから、素直に。

 何を言いたいか、だった。

「俺は幸せになるよ。後悔なんてしてない」

 これから色々大変だとは思うけど。

 世界が滅ぶまで、こっちはこのまま続くって言うし。

「だから、まあ……姉さんも、幸せになりなよ」

 そうつぶやいて、れんすけは苦笑した。死んだ自分が幸せになれるのだから、それは無理な話ではないはずだ。どれだけかなしいことがあったとしても、きっと。

 立ち上がると、神がシーナに最後の確認を取っていた。

「今この状態の君たちでいいんだね?」

「そうじゃなきゃ駄目だっつったろ」

「……まあ、いいか。そうするに足る理由もある。既に仕込まれているなら手間が省けるしね。すぐに死んではつまらないから、戦う力は持っていかせてあげよう。今ここにあるもの、君たちが身に着けている基本装備ぐらいかな」

「まあいいか、それで……いや、待て」

 不意に何かを思いついた様子で、シーナがれんすけに身を寄せてきて。

 いきなり口を吸ってきた。舌も入れて、手加減なく。

「ど、どうした……?」

 別に嫌ではないけどそんな状況だろうか、何の意味が、とれんすけは困惑したが、身を離したシーナはなぜかジト目。れんすけを見てはいたが、れんすけの向こうにある別のものを半眼で見やっているような、そんな感じでもあった。

「何でもねーよ。一応だよ一応。恩に着せられるのはムカつくからな」

「?」

 シーナはちらりと神を見て、

「もう一度言うけどよ、この状態のあたしら、だ。中も外も変えたりすんなよ?」

「……ふ。サービスしておこう」

 どうしてか、神はまた、微妙な笑いの感情を漏らしたように思えた。


「さて、それでは始めよう。私が普段行うのとは逆の、この現代からの転生を。そうして始まる、君たちだけが知る戦争を──」


 その言葉が最後。

 心構えする暇もなかった。

 神が手を持ち上げると、そこからすさまじい光があふれ、そして全てが──