
†
土砂が雨のようにぱらぱらと舞っている。
胸に撃ち込まれた血の弾丸の爆発で、
その向こうに見えたのは、大きく穴の開いた土の繭のようなもの。繭の奥から、ずるりと小さな人影が滑り出てくる。
エルフ。セリアメア・ピナイステリ。
「……」
EFの補充機構は背中から外してしまった。片腕はなく、至近距離の爆発の余波で他にも無数の機能不全が発生。騎士が役目を終えたのは、こちらもだ。
シーナも五体満足とは言えない。今までのダメージ。ついさっきのダメージ。比較作業が、これから始まる。そして終わるだろう。
「ふん。
「精霊と交信する儀式のために使われる、力ある土壌より生まれた輝石の剣──らしい。この状態の僕を使えば、彼女の魔術に
「自慢げに言うんじゃねぇよ。あたしだってそうだし……そもそもなんか体調悪そうじゃん? まるでスゲェ近い場所で大爆発があって、そのダメージをまともにくらったみてぇだ。大変そうだなー、傷でも診てやろうか? ラクにしてやんぜ」
ぎらりとセリアメアの目がシーナを
「……ダークエルフ。
「あーん?」
「これは、戦争。種族の未来をかけた、戦争。私はエルフ族全ての希望を、願いを、背負っている。だから、負けられない、負けたく、ないっ……!」
体内にも何かダメージがあるのか、言葉は途切れ途切れだった。
「私は、覚えています。故郷の優しく穏やかな森を。厳しく正しかった両親を。共に育った妹を。木の実を集めるのが上手だったイルフィア、楽器が好きだったトラメッリおじさん、葉の隙間から絵画じみて美しく
言葉と一緒に、セリアメアの口から血も
眼光は
「諦めない。諦めるくらいなら、最初から戦ってなどいない。私は、私以外の全てのエルフのために──ダークエルフ!
「僕が求めるのは世界の解放だ。この美しい世界を、人間という間違った種族の支配から解放したい。その後に託されるのは正しく美しい種族でなくてはならない……このエルフのような。理由はいろいろあるが、結論は彼女と同じだ。理から外れたダークエルフには、次なる世界を任す気にはなれない」
シーナも苦痛に満ちた吐息を漏らした。そして、いよいよ我慢ならなくなったというように、犬歯を
「はっ。うっせえな。確かにあたしらはテメエらが考える《正しい世界》とやらには外れてるんだろうよ。でもよ──」
ああ、そうだ。
シーナも。自分も。外れている。
それではいけないと、普通になれと、正しくあれと、呪われてきた。
それでも。
「そいつが幸せになっちゃいけねえって誰が決めた? 勝手に決めてんじゃねえ──あたしは強欲なダークエルフだ。諦めてなんかやらねえぞ。身勝手に
自分たちの望みは、ただそんなものだ。
単純で、愚かで、それゆえに誰にも否定などさせない──
願いだ。
「種族としてのダークエルフをどうこうとか、テキトーにしか考えたことねぇ。たくさんいたら生きるのがラクかもとか楽しいかもとか、そんなもんだ。全部あたし中心で、あたし視点だ。つまりな──」
手の中でくるりと
「あたしはあたしの願いのために戦う。それだけなんだよ、クソエルフ!」
シーナは走った。もはや駆け引きも何も必要ない。
これは戦闘ですらないのかもしれなかった。ただ、決着を、つけるだけ。
(だから、直接、だよな)
血の刃が
一方、セリアメアが持ち上げる
──それら二者の武器は、それほど複雑な過程は描かない。
わかりきっていた結論だけを、肉の貫く音と共に、生んだ。
エルフの胸が赤く染まっていく。
「な、ぜ……
「はん。そりゃまあ、トーゼンだろ。みんなのためっつーが、結局戦うのはお前だけで……お前に賭けた
シーナは手をさらに進ませる。肉を割り裂く感触を、
「あたしは、あたしのために戦うあたし自身がここにいるんだぜ」
「ついでに言えば俺もな」
「そーそー。あたしの勝ちに、好きだからって理由で全部を賭けてるアホもな。そんなあたしらをマジで倒したけりゃ、せめてガチの当事者になってから来な」
力なく
「僕もセリアメアに全てを賭けていた。そこに違いはないはずだったが」
「バッカ、大違いじゃん。お前は正しけりゃエルフじゃなくてもよかったんだろ?」
シーナが当然のように言い、
手から抜け落ちた剣が、地面の上でいくつかの石片に散らばり。エルフが
ぷあー、と
「お疲れ、シーナ」
「はー。正直、マジで疲れたぜ。ちっと息を整えさせてくれ」
シーナがそうしているように、
頭の上には、青白い光を降り注がせる月が、大きく出ていた。
†
頭の上には、
青白い光を降り注がせる月が、
大きく出ていた。
いつかと同じに。
だから彼女は、いつもと同じように、内面より湧き上がるその声を聞く。
(──
(──
(──それが、自分。なぜなら、自分は──)
埋められた地面の中。懸命に
それが、自らの血に向けて、
匂いがするだろうと。
そこにあるだろうと。
だから彼女は今ここで、最初に口にすべき言葉を思い出した。
「《
†
月の光が僅かに陰ったと思えた瞬間。
何か巨大なものが眼前に飛び込んできて、その質量が着地した余波でシーナを転がした。セリアメアを倒し、気を抜いていた一瞬。まさにその一瞬に訪れた、予想外の事象。
それは巨大な
オーガという
「な、にっ……」
鋭い牙を血に染めて。ぺちゃぺちゃと、ぐちゃぐちゃと。
動かなくなったセリアメアの心臓を、食べていた。
「生きてやがったか。おいカリン、テメェっ……」
ぴくりと耳が揺れ、
三角形の鼻先を絵画のように上向けて、月に突き上げて──獣は高く
「ォォォ……ァァ、ぁぁ、ああああ……」
空間にその獣性が
「カリン。抜け駆けしやがってクソが。エルフの根源魔力を……
「……ああ、シーナ様……根源……? さあ……私は、ただ、心臓を……ああ、食べちゃいましたか。それは、仕方ないですよ、ごめんなさい、私は、私だから。つい」
少女の目がシーナに向く。折れた片角。血に
「オーガは、心臓を食べるものなんです。だから食べるんです。オーガの《
「
「それは、そうでしょうね」
カリンは薄く笑った。
「この魔術は私から始まったって言われてますから」
「……!」
「私は特別だったから、みんながやってたこの行為を発展させることができたんです。力が集まってる、その人の全ての象徴である心臓を食べて──魔力に溶かして、その力を取り込む。必要に応じて思い出して、私と
次に彼女が何事か口の中で
「ね?」
「ふん……今までお前が心臓を食べた
「待てよ。なら、さっきの
時間を稼げ。それが一番だ。今やシーナの中には何もない。逃げることも動くことも、魔術を使うようなこともできない。息を整えて回復するだけの時間が要る──
「ええ、ええ、食べましたよ。この心臓は特別。とっても力があって、とっても《私の体質》と相性がよかった」
また、彼女の姿が変じていく。さっきと同じ狼輝獣の姿に。セイレーンと戦っていた中に見た、巨大な獣の
それにしても──おかしい、と
「
「それが、体質です。大人になって、魔術が使えるようになって、初めて、わかったこと……こっちのほうには、誰かに教えてもらってたんですけど、名前がついていましたよ。
「んだとぉ……?」
シーナが瞳を揺らし、それから荒い息の中に舌打ちした。
「くそ、そうか。そういうことかよ。片角からハーフオーガだってのはわかってたが……その先だ。もう片方の血が何なのかなんて、気にしちゃいなかったぜ」
「はい。私の半分は──」
かぱ、と巨大な口を開けて、
そこには。
冷たく青白い、狂気を
月の光が、ある。
「
その直後。
唐突に、カリンはその足を前に進めてきた。
シーナは振り絞るように血の
「重い、ん、だよ。
血の
「
「知る、かよ。あたしと一緒にいたあと、だろ……」
「そうですね。そうなんです。でも、根本は、その衝動の根っこは、知っているはずです。私は──力が欲しかった。力を持っている人に、強い人に憧れて、ただただ、憧れて──その人になりたかった」
笑っている。彼女は笑っている。間違いなく。
「……そう。私は、あなたになりたかったんです。シーナ様。だからあのとき、私はあなたの心臓を食べたんですよ」
それが。かつてカリンが、向こうの世界でシーナを殺した理由なのか。
いや、待て。だとすると──
「今までに見たでしょう、シーナ様? 私の
ふ、と吐息を挟んで。
「《
ああ。
カリンでありながら、変化した造作の端々に、
おぞましいまでに。
その彼女の姿の中には、確かに、シーナがいた。
最も大事なものが、知らず奪われてしまっていたような
シーナのような顔で、カリンは笑う。
「さっきより軽くなったから、もういいですよね。私はシーナ様になれたけど、まだ足りないって思います。まだシーナ様はこんなものじゃない。シーナ様の強さは、
「カリン、てめぇ……!」
「でも、でもでも、よかった! この世界に来てよかった! ここには二個目がある。二個目を食べたらもっと近付けるはず! 私はまた、シーナ様を食べてシーナ様になれるんだ!」
シーナに馬乗りになっていたカリンの手にあったのは。
闇に溶け込むような色に変じた、漆黒の
シーナに似たカリンはどこか
心臓へと至る道筋を塞ぐ肉を、深々と、切り裂いた。
†
何か理由があったのかもしれないし、ただの
一度だけ、彼女が肌を触れ合わせてくれたことがあった。
そしてそれが、別れの日だった。
今までとは全然違った。
確かに手つきに遠慮とかはなかったけれど、それでもかつて自分を玩具にしていた男たちとは全然違っていた。
──幸せだと、思った。
裸で寝息を立てる彼女をベッドの上に見て、ふわふわした心持ちで、ベッドを降りた。夢のようだったから、夢でないことを確認したかったのかもしれない。安宿の床の
世界が変わったような、新鮮な空に見えた。
今までにないほどにくっきりとした月が、見えていた。
その瞬間、自分の中で、何かが脈打った気がした。自分の奥底。今まで深い部分で眠っていた、自分の成長に従って徐々に徐々に浮き上がってきていた──もう一つの、血の衝動。
世界が変わるほどに幸福な気持ちだったから。
シーナ様に一生を
奥底の衝動に促されるように、混ざり合っていたもう一つの血の衝動も躍り始める。
好きなものを、食べたいなと。
月に導かれた血の衝動も、
本当の姿に、なるがいいと。
好きなもの。本当の姿。自分。好きなもの。彼女。本当の姿──ああ、ああ、ああ。
自分が彼女になれば、本当に、ずっと一緒にいられるんだ。
本当の姿は、それ。そう望む。だって彼女が好きだから。彼女のようになりたいと思ったから。それが幸福で、一緒にいることが何よりも幸せだから。
衝動に、欲望に、抵抗することはできなかった。
抵抗しようという考えすら浮かばなかった──
彼女はあまりにも、今までの人生において、幸福がなさすぎた。
その概念がどのようにして得られるものなのかを知らなすぎた。
だからそれは自らの奥底、根源的すぎる欲求として、直接に結びついてしまったのだ。
水を初めて飲んだ者が、水を飲み過ぎれば死ぬということを知らないように。
彼女は
理由は、ただ、それだけだった。
もう一度、床板を
額に手をやって。
そこに生えていた角を、静かに折って。
痛みと
……何か理由があったのかもしれないし、ただの
一度だけ、彼女が肌を触れ合わせてくれたことがあった。
そしてそれが。
自分が彼女になった日だった。
†
選択肢は、なかったのだ。
そのとき
精霊樹は動けないというのが一番の弱点だ。
残った根元付近から、人間の
「ご、ふっ……れん、すけ……」
シーナの胸の傷は深い。今の一瞬で心臓を
血を吐く彼女の口から、それ以上の言葉は
この
それでも、そこを動くことはできなかった。
このハーフオーガの怪物に、もう一度、シーナを
「土の中でぼんやりしながら、聞いてましたよ。エルフとの戦い」
「……」
「シーナ様が勝つのは当たり前です。ええ、種族がどうとか正しさがどうとか、そんな理由で戦って、エルフなんかが勝てるわけないじゃないですか。シーナ様みたいな、身勝手で、問答無用で個人的な、好き放題な意志の強さ……それこそが本当の強さです」
ダークエルフに似た、しかし決してダークエルフではない
シーナとは似ても似つかぬ
「私にはわかっています。だって私はシーナ様が好きで、好きすぎて、私自身がシーナ様なんですから。そんな私との勝負は、当然、個人的な
そこでカリンはすっと表情を消した。
「つまり。どっちがシーナ様を好きか勝負で、あなたごときが私に勝てると思ってます?」
「そう言い換えてくれるならありがたいな」
それしかもう頼るものはなかった。
「その勝負には、どう考えても負ける気がしない」
けれど。
現実は、そんな例え話だけで、結末を変えはしない。
夜を征くシーナのように素早く、敵を殴るシーナのように容赦のない
ぼんやりと思考する頭部に
燃料はとうの昔にガス欠。シーナから伝わってくる魔力もそうだし、水分もそうだ。
「ああ……お待たせしました……」
巨大な闇色の
だめだ だめだ だめだ駄目だダメだ!
動け、
全てが。ここで。
「ッ、が、あッ……ぉ……!」
だが、力が、ない。
エルフとの死闘で。これまでのカリンへの対処で。全てのリソースを使い切った。
それはわかっている。だが必要なのだ。
だからもはや、願うしかなかった。自分ではない誰かに、
頼む。頼む。お願いだ。お願いですから、誰か。
たすけて──
「助けてほしい?」
幻聴かと疑うほどの、小さな声。
焦点を懸命に合わせてそれを見たら、さらに幻覚ではないかと自らの感覚を疑った。
すぐ眼前の、地面の上に。
人形のようなサイズになった
†
返り討ちに遭って、死にかけていたのは確かだった。
粘体のほとんどを
忍び寄るのは、あの路地裏と同じ──ひとりぼっちで自分が終わるのだという、恐怖。
嫌だった。まだそんな欲があることに自分でも驚いたが、自分はまだ──
幸せに、なりたかった。
それを諦めてはいなかった。
だから無駄と知りつつも本能的に
「ああ、心臓……心臓……食べなきゃ……」
それが偶然、功を奏した。カリンは身動きの取れなくなった
スライムの肉体は変幻自在。当然、心臓がそのまま核というわけではない。
だから
けれどそれはあくまでも根源魔力の
「…………」
カリンがふらふらとどこかへ立ち去ったあと、
いつもの着慣れた制服の姿。
どこに行く? こんな姿で。何も力を持たない状態で。
からっぽに近い今の状況だから、笑えた。
臨死体験で人は変わると聞くが、これもそうかもしれない。
一番嫌なのは、ひとりぼっちで終わること。誰とも一緒になれず、孤独のまま、あの路地裏での悪夢のように終わること。
それ以外だったら──まあいいか、と思えるようになってしまった。
だから。せめて。
「……委員長、どうして……」
今、眼前には、砕けた彼がいる。
「
きっと、彼が求めていたのはそんな答えではなかった。わかっている。
もし、最悪の結末の一歩手前。一人だけでなく、誰かと一緒の終わりであったなら。
誰かと一緒だと思える、終わりであったなら──
それでもいいかと、妥協することにしただけだ。
その相手? 知らないオーガなんて御免だ。自分は正しいなんて目しかしないエルフも最悪だ。だったら消去法で、自分と同じようにくだらなく、頭が悪く、場当たり的な生き方しかできないダークエルフしか存在しない。
あのダークエルフ、シーナに自分という存在が、魂のようなものが丸
それは、この彼と一緒の状態になった、と言えるのかもしれない。
今の
「そう思えるってことは、もう仕方ないわ。認めるしかない。気付いてしまったのよ」
「……?」
自覚はした。理由も意味もなく、自分は、そうだったのだ。
いつから? それを考えることにも意味はない。クラスで最初に話したときからだったのかもしれないし、テストで初めて負けたときからかもしれないし、死体同士としての契約を交わすようになったときからかもしれない。
わかるのは、ただ、この答えが今までの自分と矛盾してはいないということだけだった。
だから意外と、気分はいい。
「あのね。私はずっと、《普通》になりたかった。突出しない、特別じゃない、普通……みんなと同じようになりたかった。それでね、ようやくわかったのよ。体形以外にも、みんなが当たり前のようにする《普通》も見ていなくちゃ駄目だったんだって」
彼自身が証明だ。
世界から一人だけ外れていると感じているようなふて腐れた雰囲気を上手に隠し続けてきた
そんな彼でさえ、そうだったのだから。
──きっと、一生、恋をしない人なんていない。
「それが普通のことだったのね。《普通》って、誰かのことを《特別だ》って思って、誰かの《特別》になることだった。誰かの特別になるってことこそが、普通のことだった。だから突出しないように押さえつける必要なんかなかったのかもしれない。それが手に入れるべきものだったのよ。みんなそうしてきたんだから。みんな、そうして──生まれてきたんだから」
だから、恥じることはないのだ。
この自分の気持ちは。
胸を張って、自分の中でだけ、認めよう。
「何を……言って……?」
「いいのよ、別に。これは私の話」
私は、最後に、普通になれた。
ただそれだけの話。
彼はダークエルフ以外はどうでもいい馬鹿だから、悟れと言っても無理だろう。だからわかりやすく態度で示すしかない。
「そんな目をしなくても助けてあげるわよ、
「どん、な……?」
人形のように小さくなってしまった手を伸ばす。ひび割れた彼の唇に向けて。
「私は孤立したくない。一人で孤独に死にたくない。解決策は、つまり、そういうこと」
──好きよ、
──だから一緒に死なせてね。
†
唇に小さな、柔らかい感触が生まれたのと同時、小さな
それは
量としては少ない、しかし確かな魔力の味が全身に
「ああ……ああ、あ……!」
口から
委員長。委員長。
その行為から何かに気付けないほど、
けれど──今は──
唾を飲み込む。
託されたほんの少しの力で自分がこうすることは、彼女にもわかっていただろう。そういう計算は、自分も彼女も得意だった。
それでも、ここからシーナまでの距離を走るには、足りた。
「シーナ様……! ああ、これでようやく、私は本当にシーナ様になれます。いただきます!」
シーナに
自分の力でカリンを倒せないのはわかっていた。
だからせめて、こうする。
(ふ、ぅ……)
受け取った力を、最後にもう一度、こうしてシーナの顔を見るためだけに使ったのだと言ったら──怒られるだろうか。
そんなのわかってたわよ。馬鹿じゃないの。と肩を
どこからも、聞こえてこなかった。
血の気の
「お前、バカじゃねーの。この状況で、ンなことして
「知ってた。でも、最後に話しとかなきゃいけないことがあったからさ」
「ちょいちょおい! 邪魔です! 邪魔ですってばクソ男! シーナ様は! 私の!」
自分の
「最後とか言うな。あたしの
「ああ。本当に、情けなくて……涙が出てきたな」
それは自分に残った最後の水分だ。
今まで二人ともが見て見ぬふりをしていた事柄を。頭の片隅に隠していた予感を。
今この瞬間だからこそ触れられる疑問を口に出すために必要な、潤滑油。
本当に、気付かなければよかった。
想像しないほど楽天的であればよかった。愚かであればよかった。
温かい水分をぽとりとシーナの頰に落として、
「新しい世界に……眷属は、いるのかな?」
シーナは即答する。欺きと誤魔化しが得意なダークエルフだから。
「いるに決まってんだろ」
「だよな」
けれど、一呼吸あって、言葉は付け加えられた。
それがどれほど難しい
「──いなきゃ、神をぶっ殺すだけだ」
「はは。頼むよ」
カリンの
「いい加減に
「ずっと、シーナといたかったけど。君がいなくなるくらいなら、俺は自分がいなくなったほうがいい」
「
彼女の力の入らない手が、肩が、自分を
「シーナは、大丈夫だろ。知ってる。ずっと見てたから。シーナは、最強で、格好良くて、
本当に最後の水分を目から
「とりあえず、さよならだ」
今までありがとう。
好きだよ、シーナ。
そこで──カリンの
どこか小気味良い音を立てて。
†
(ああ)
散っていく。
目前で、
(ああ、あ……)
つい一瞬前まで
けれど。それでも。
頰の上に。彼の体温を
そして自分の手の中には──本当に一握りできるだけの、
これは彼がずっと求めていたのと同種の熱だ。
今なら認めてやろう。気恥ずかしいが、もう彼がいないのなら構うまい。
それは自分が求めてきた熱でもある。
(あたしだって、温かけりゃ、温かいって思うんだぜ)
崩れようとする精神と表情を、砕けるほどに奥歯を
彼に託されたものがある。それを忘れない。
自分が、彼の大好きなダークエルフであることを、忘れない。
そうだ。彼が信じた、強欲で抜け目ないダークエルフであることを──
だから最後に残った全ての力を
頭に振り下ろされていた
手中の
返ってきたのは、
「シーナ様。ちょっとは痛いですけど、そんなもので止まるわけ、ないですよ」
「アホか。これで終わりって誰が言った。クソエルフにできることがあたしらにできないわけがねぇ。
カリンが目を見開き、顔色を変えた。
シーナは既に呼びかけを始めている。
ここには暗い精霊がいる。
ひどく
彼が最後に
(……
お前は、もう、あたしの森だ。
枯れても折れてもまた生えて、永遠に循環して、その全部をあたしに
だから今も使ってやる。お前が
いいだろ?
その代わり──あたしも。
何度だって、生え替わったお前を、あたしの全部を使って抱きしめてやるからさ。
「私、私……シーナ様のこと。あんな男に負けないくらい、本当に、好き、なのに……」
「アホか。比べるまでもねぇ。お前は
シーナは鼻を鳴らして、はっきりと拒絶する。
「お前はあたしに依存してるだけだ。生き方がわかんなかったからしょーがねぇのかもしんねーけどよ……あたしはお前の母親にゃなれねーぞ。だから、諦めな」
「嫌。いや……シーナ様……」
最後の吐息。
彼らが呼びかけに応える。
「《
カリンの体内に潜り込んだ
いかなる抵抗も許さず、彼女の