ここ数日は公的な職務に追われていた。

 宗教団体《導き手たる光》が仕掛けてきたテロに対する後始末。受けた人的・設備的被害の詳細な把握、それによって失われた害獣排除組織としての機能の迅速なる回復。マスコミ対応は本質的には無意味ながら、黙殺すればバッシングが起こり、余計な仕事が増えることになる。ただでさえ責任論が発生しているのだ。

 じゆうの脅威は人々の暮らしに根ざすものであり、何よりも今後の安全確保態勢が急務。

 現在はその方針を表に出すことで建前上の盾としているものの、事態が落ち着いていけばいくほどこの組織の長に対する疑問や追及は激しくなることだろう。

 加えて、様々な《あってはならない》情報を誤魔化すための工作も必要だった。表の仕事に対する裏の仕事。主にてんらんばしアルマの手を借りたが、自身の仕事もないわけではなかった。

 騎士団しき内で対応に追われるだけの数日間。だが「さすがにそろそろ家で休まれたほうが」と部下たちが言ってきたので、ひとまずその提案に乗っておくことにした。自分は魔力で動くたいである。休息自体は必要ないにしろ、それを周囲にいぶかしがられては面倒なことになる。今しばらくは普通の人間のふりを続けておかなければならない。

 夜がけ、他の何台かの車が騎士団から出ていくのに合わせ、スモークが張られた車の後部座席に座ってしきを出た。隣には秘書姿のセリアメア。運転を頼んでいる部下は彼女が同じ家に帰ることをどう思っているかという疑問がふと浮かんだが、意味はない。

 の自宅はなが南駆動騎士団から車で約十五分の位置にある。

 市街地方面ではなく、騎士団と同じような、どちらかと言えば都市の防護壁に近い方面。平屋建ての中古の一軒家だが、それほど古くはない。周囲は塀に囲まれていて、その外はほどよく離れた隣家が所有する畑や空き地が広がっている。まさしく田舎の普通の家といったぜい

 エリート騎士の給与からすればささやかとも言えるその家の周りを、車は徐行で一回りする。最近の朝夕はここも騒がしいとうわさに聞くが、今は静かだ。

「マスコミはいないようですね。望遠とかで狙っているやつらはいるかもですが」

「気にしても仕方ないだろう。入れてくれ」

 門を開き、車を中に進ませる。庭の一角、外からは見えない場所に車を止めた。

 その庭も家自体も、の性格を示すように殺風景だ。必要最低限のものしかない。暮らすだけならワンルームマンションでも充分であったが、リボルヴ乗りとしてのトレーニングのためにはある程度の場所、特に他人に気兼ねせず汗を流せるような場所が必要だった。だからこそ静かで広いこの家を選んだのだ。

 ここまで運転してくれた部下に礼を言って外に送り出し、たちは玄関の鍵を開けて家の中に入ろうとする。

「……ひと

 セリアメアの声が聞こえたのは、ドアノブに手をかけたまさにそのときだった。振り向くよりも早く、彼女の腕がのベルトをつかんで強引に後ろに引っ張る──逆らわずに身体からだが流れるに任せた。刹那、

「《血の精霊に命ずる/螺旋廻りて巨山を穿てブラツドスピリツト・フールヘリツクス》!」

 スーツを庭の土で汚しつつ、受け身を取って数回転。体勢を立て直して見えたのは、玄関前の石畳を穿うがつ大穴だ。

 空からほぼ垂直に降ってきた、赤色のせんやりの着地点であり──引くのが一瞬遅れたの左腕を、跡形もなく消し飛ばした攻撃の痕跡。

 屋根の上には、影がある。

 とがった耳。シャーマニックな露出度の高い衣装。闇に溶け込む肌。

「気にすんな、ただのこないだのお返しだ。黙っていきなりヤッていい──あたしらの間じゃ、確かそういうことになったよな?」

 邪悪に笑うダークエルフの手には、当然のように、ねじくれたつえが握られていた。



 感知範囲外から高速で飛び込み、有無を言わせぬ奇襲をかける──

 すなわち、暗殺

 れんすけとシーナが狙ったのはシンプルなその反撃方法だった。時間をかければかけるほど人数差と状況の不利が広がる。ならばリスクを冒してでも一気に近付いてカタをつけるしかない、ということだ。神に距離的なくぎを刺されたのも決断の一因ではある。

 今のでどちらかを行動不能にできればよかったが、の片腕を削り取っただけに留まった。セリアメアが探知してからの反応が予想よりも少しだけ早かったためだ。惜しい。

「ダークエルフ……!」

 こちらを見上げて憎々しげにセリアメアがつぶやき、その姿が秘書姿から元来の衣装に変わる。は腕をもぎ取られたほうの肩を押さえるようにしながら、

「自宅に招待した覚えはないが。なぜ場所がわかった? あさくら研究員にでも聞いたか?」

「そんなやつより、もっと情報通の人間がたくさんいたぞ。大人気な騎士団の前にはな」

 れんすけが言うと、てんがいった様子で、

「マスコミ関係者でも締め上げて聞き出したか」

「必要ありゃ殴ってでも拷問してでも知りたいことを聞けるのがあたしだぜ。吞気のんきに家で休めると思ってたんならアホすぎるな」

 シーナがゾクゾクするほど素敵な悪役面で言うが、長々と会話を続ける気はない。

 初撃でダメージ有利は取っている。さらなる追撃で畳みかける!

「《血の精霊に命ずる/月を砕きて驟雨と嗤えブラツドスピリツト・ソリツドガスト》!」

 三日月状の、無数の血の刃を有利位置から二人に浴びせた。

 避けられないと判断したか、は逃げるためには足を動かさない。こちらに背を向け、残った腕を広げ、セリアメアの盾となって──血の刃を受け止める。

 ほぼ全弾が、その背中を苛烈に割り裂き、肉へ深々と潜り込んだ。

「……あん?」

 だが、そこには異常がある。背骨を割り、内臓を傷つけ、腹側の皮膚まで至ってもおかしくないような裂開を見せているのに。

 彼の背中からは、一切の血が流れ出ない。今にして気付けば、先程削り取った腕からも。

れ木のきつけじみた愚策です。私のけんぞくにそのようなものは効きません」

 セリアメアはそれが当然のことであるように、泰然と言っていた。

 がその場に膝をつく。痛みで崩れ落ちたのではない。

 庭の地面に手を差し入れ、土をすくげる。それを失った左腕の肩口に押し当てる──

 するとその土はみるみるうちに腕の形状を作り、肉のような質感を得た。

 土と肉の中間にあるような、腕だ。

 れんすけはそれと似たようなものを知っている。土とという違いはありながら、方向性が同じであるものを、誰よりもよく知っている。

「テメェ。そいつは……!」

「我がけんぞくを名付けるならば、壌人ソイルマン。我が森を形作る、我がためにある土壌!」

 胸を張り高らかに告げる妖精の少女、それにひざまずく男。

 その高潔と忠順の対比は、まるで姫と騎士のようだ。

 は膝を地面に当てたまま身を回し、シーナとれんすけに改めて目を向けてきた。その目は静かでありながら、何かの区切りを捉えている。

「もはや性質を隠す意味もなくなった。簡易魔術ではなく、僕を使うといい」

「──そうしましょう。この貴方は返しておきます」

 セリアメアの右手にはライターがあった。今までにも何度か使っていたもの。一方、握り込んでいた左手のほうを開くと、そこからぱらぱらと何かがの肩の上に落ちる。

 土だった。

 れんすけは彼女が魔術を行使する際に見せていた動きを思い出す。ライターの火を左手の中に当てるような動き。すなわち、ポケットから取り出して握っていたあの土、おそらく元々は彼の身体からだの一部であったものに火を当てていたということか。その行為が意味するものは?

「切り離した土塊で誤魔化すのは終わりです。見なさい。けんぞくという豊潤の大地にて、エルフが精霊を育みでる様を──」

 セリアメアが人差し指と中指、そろえられた二本の指でライターの先端をなぞるようにすると、その火だけが指先に移った。そして彼女はその指先の火を、躊躇ためらいもなく──

 身体からだに、ずぶりと押し込んだ。肉が焦げる臭いと、土が焦げる臭い。

「おっ……む、うっ……」

「《火の精霊よ/正しき灯の恵撫は其処へフアイヤーエレメンタル・クロウリングカレス》!」

 が漏らしたうめき声をすように、セリアメアが唱える。

 刹那、火が突き込まれたの肩口の──そのから魔術が発生した。飛来する熱線。

「シーナ!」

「ちぃっ!」

 目をみはる速度と威力。身をひねり、屋根から転げ落ちるようにして回避するしかない。それはセイレーンを倒したあとに奇襲として放たれたものと同じ魔術であるように思えたが、あのときとは段違いの規模だった。シーナの胸を穿うがったあれが拳銃だとすれば、これは大砲だ。まともにらえば頭や上半身が消し飛んでしまいかねない。

 猫のような身のこなしでシーナも庭に下りることになる。熱線がかすめた屋根のあたりからも焦げた臭気が不吉に届いていた。

「はん。あたしらみたいな、魔術行使の条件であると同時に……セイレーンみたいな増幅の意味合いもあるってカンジか?」

「ああ。けんぞくにもダメージがあるように見えるけどな」

 の肩口は少しだけえぐれたようになっていたが、すぐに周囲の肉が盛り上がるようにしてそれを塞ぐ。れんすけの傷をじゆにくが塞ぐのと同じように。ある程度はああして自己修復し、足りなくなればさっきのように別の土を使って補充することもできる──ということか。

 そしてその魔術行使による損壊は、先程の熱線の規模自体と比べれば小さいと言えるもので、魔術の威力自体で吹っ飛んだというよりは《傷ついたから魔術が発生した》というような意味合いだと思える。

 すなわち……火や葉などの精霊を、けんぞくの土に触れさせること。それがエルフの精霊魔術エレメンタルマジツクの発動条件なのだろう。そして、彼の身体からだという土の中で育った魔術はより大きな力で、その土をえぐりながら飛び出してくるのだ。発芽のように。

「僕のダメージなど気にするだけ無駄だ」

 ゆっくりとが膝を伸ばして立ち上がった。身体からだの横に軽く手を持ち上げ、セリアメアがそのてのひらに触れる。ダンスをエスコートする貴人のような姿勢であったが、実際は再びエルフが種火を彼のてのひらの中央に埋め込んだだけだ。の眉が小さく寄り、また、うめき。

「《火の精霊よ/身を寄せ合えば強き安寧フアイヤーエレメンタル・クラツドオブジール》!」

 セリアメアに手を握られて誘われるように、てのひらがこちらを向いた。を吹き飛ばし、そこから放たれるは巨大な火球だ。直径1メートルほどもあろうかという、赤々とした生命力の真球。熱気で空気がゆがんでいる。

 シーナの意思が瞬時にれんすけの全身に満ち、取り込んでいた血の暗霊を望む形に組み上げた。

「《血の精霊に命ずる/欺き集いし赫炎よ爆ぜよブラツドスピリツト・フエイキングサン》!」

 シーナが放ったのも火球だった。血の赤が模した、同じような大きさの、にせものの火球。

 真と偽のえん球がちょうど二者の中間地点で激突し、きつこうし、周囲に衝撃と熱波を拡散させて──消えた。威力は互角か。

「っ……ふ──」

 深く長い呼吸音は、の口から漏れたもの。れんすけとしてはそれを見逃すことはできない。

「気にする必要ないとか言っても、苦しそうじゃないか」

「ああ。正直……痛みは、あるとも。君にならばわかるだろう。真の意味での痛覚とは違うだろうが、似たようなものはある。我々の身体からだであり土であると同時に、確かに我々を構成する肉でもあるからだ。身体からだが内側からかれる痛みは、そう、常人ではなかなかに味わえない痛みだろう」

 彼はゆっくりと両腕を広げていく。そして平然と──

だがそれがどうした?」

 当然のことであるかのように、言った。

 彼の背後、セリアメアは再び指先にたたえた火のを、の右腕に埋め込んだ。肘の下に埋め込んだ。手首に埋め込んだ。肉のける異臭がそのたびに強くなり、彼の眉が揺れる。

 セリアメアに感情の動きはなかった。ただ必要な道具を当たり前に操作しているような表情でしかなく、目はシーナの動きを注視しているだけだった。苦痛をささげ、自らの魔術のいしずえになろうとしているけんぞくに、いたわりの言葉やまなしはない。

「《火の精霊よ/想起こそが別離を儚むフアイヤーエレメンタル・レツドサーキユレート》!」

 の腕の三箇所が続けざまにはじける。さすがにそれは腕の根元から念入りに土が吹き飛ばされたに等しく、その腕自体のつながりにも影響を与えた。虫食いのように体積を失った腕が、残った自重に引かれてずるりと肩口から抜け落ち、どしゃりと地面と同化する。今まで以上の衝撃があったか、身体からだが大きく揺れ、口からは苦痛の唾が跳ね散るのが見えた。

 それを代償に発生したのは三本の火の輪だ。燃え盛る戦輪。

「《血の精霊に命ずる/卑しき茨の渇愛を誘えブラツドスピリツト・グラトニーソーン》!」

 シーナは肥大する茨の塊を盾にすべく召喚するが、相手の戦輪は燃焼力と同時に切断力もそなえていた。勢いを殺しきれなかった一本がシーナの脇腹をかすめる。ぞっとした。

「シーナ!」

「ちっと焦げただけだ、気にすんな。はん、威力はいいが、マジでコスパが悪いんじゃねーのか? けんぞくつらそうだぜ?」

「ふふ、ふふふ……」

 一瞬、それが何かれんすけにもわからなかった。

 笑い声だ。

 あの沈着冷静なひとが、魔術の行使のいしずえとなり、苦痛と共に片腕を吹き飛ばされたその状況で──今までに見たこともない顔で、本当に、笑っていた。

「いいんだ。いいに決まっている。痛みなど、あって当然だ。望むところだろう?」

 痛みによる眉のゆがみはあれど。

 それでもどこか、すがすがしそうに。

「正直に言おう。僕は……彼女から与えられるこれに、喜びを覚えている」

……!?

 れんすけが感覚の目を見開いたのには二つの理由があった。

 の理解不能な笑顔の説明が一つ。

 もう一つは──ちょうどそのとき、しきのすぐ外で音がしたことだった。

 この家を囲む塀の上で何かが動いている。猫のように塀にまたがっているのは、カメラを携えた見知らぬ人間だった。夜闇の中での撮影ならばバレないと踏んだのだろうが、こちらは人外だ。気付かないわけがない。一斉に集まった視線に、彼はぎょっとしたようにレンズから顔を上げ、塀の向こうに下りようとする。が、素早く間合いを詰めたがそれを許さなかった。

 片腕で男をしき内に引きずり落とす。彼は立ち上がるよりも先に、卑屈な、しかし攻撃的な優越感を漂わせる笑みで言った。

「……へっ、へへっ……団長、団長、これ、これっていったい何なんです!? わけわかんないっすけど、とにかく、とにかく! 撮りましたよ! 説明してください、騎士団の襲撃事件、あのテロと何か関係があるんですか? やっぱりこれは宗教関係の──」

「やはりいたか。愚かだ」

 はぽつりとつぶやいて、一本だけ残っている腕を彼に対して伸ばす。

「へ? あ──が──」

 喉をつかんで、ぎりぎりと、力を込めた。

 人外の力でげる。

 男の顔が鬱血し、足がばたばたと宙をき、よだれと泡を口から垂らしても、白目をいても、解放はしない。そのまま最後にもう一度、てのひらに力を込めて。

 ごきん、と男の首をへし折った。脱力する肉体。生理反応でこぼれたふん尿にようの臭いが鼻をつく。

 乱雑にが手を離し、男の死体が大地に落ちた。

 セリアメアが眉をひそめて言う。

「そのあたりの土で身体からだを補充するのは止めてくださいね。けがらわしい」

「わかっている。さすがにそれは僕も嫌だ」

 苦笑いでれんすけたちに向き直った。

「ああ、本当に──この彼に限らず、人間というのは愚かだと思う。自分たちが何をしているのか、どんな存在なのかを知ろうともしていない」

 やりやがった。まったく何の迷いも見せず、無関係な人を殺した。どうやらもうのほうにも事態を後戻りさせる気はないらしい。神のもく通りか。

 つまり、これからの戦いにおいても、向こうが社会的な立場を気にすることを考慮に入れるべきではないということだ。

 れんすけは警戒度をさらに一段階引き上げつつ、

「いきなり大きな話だな。なら、人間ってのはお前にとってどんな存在なんだ?」

それはもちろん悪だろう

 は即答した。

「人間という種族の生き様は美しくない。間違ったものばかりだ。地球を汚し、壊し、あまりにも身勝手で、そして自分たちがそうであることを顧みようともしない。たまにすると思えばそれは他人に善く見られたいがためのアリバイ工作じみたものでしかなかったりする」

「最新の機械を使う騎士団の筆頭が、文明批判か?」

「だからこそ、ということもあるだろう? 言葉も文明も持たぬ原人に戻れとは言わない。僕は……穏やかな文化を育み、自然と共存し、安寧に感謝して暮らすようなものが正しいのだと思う。そう、つまりは──エルフのような生き方が」

 再び彼は笑う。喪失した腕のあたりを愛おしくでるようにしながら、

「僕は、エルフが好きなだけだとも言えるのかもしれないな。そんな尊敬すべき彼女からの痛みは、間違った僕たちに向けての正当なる罰だとしか思えない。だから──喜びだ。これは、喜びなんだ」

 シーナも犬歯をしにしてゲラゲラと笑った。れんすけも同感だった。

「わけわかんねー! テメェがド変態ってだけじゃねーか!」

 闇に紛れてたちの足下に血の筋を忍び寄らせていた。起動。

「《血の精霊に命ずる/天を目指して捩れて歌えブラツドスピリツト・アーネストピラー》!」

 しようにゆうせきのようにやつらの足下から血のくいきつりつする。意識をらした瞬間の奇襲だと思えたが、惜しくもまだ足りなかった。とセリアメアは大きく跳躍して回避し、着地点で身をかがめて土をすくげようとする。回復の隙は与えたくない。突っ込む──

 が、そのときはっと気付いた。の肩口が先程よりえぐれているように見える。

 そのぶんの土はどこに行った?

「《火の精霊よ/温き朝に猛天へと目覚めてフアイヤーエレメンタル・ルードアウエイクン》」

 わなだ。足下から唐突に噴き上がるえん。既に精霊を仕込んだ土が落とされていたのだ。

 シーナはとつに血の盾を下方に張って防いだが、爆発じみた勢いは殺しきれず、大きく吹き飛ばされる。

「ダークエルフじみた卑劣なわななど使いたくはありませんが。やられたらやり返さねば、頭の悪い獣はいつまでっても学習しないものです」

「お偉いエルフ様は言うことが違うなあ。へっ、理屈をこねようが結局やってることは同じだろ。なのに自分だけは正しいって良い子ちゃんヅラしてんのがマジでクソだな。だから嫌いなんだよ」

「実際に正しいでしょう。私たちは自らを恥じません。恥じる理由がありません」

 顔色一つ変えずにを傷つけ、魔術を発動させるセリアメアに一切の揺らぎはない。全てが当然の行為であるかのように、胸を張って、眼前の悪を正当に排除しようとしている。

ひとは珍しく、真の意味で自分たちの恥を知っている人間です。同意します。エルフと比べれば、人間もダークエルフもはるかに愚か。それを自覚している者の憧れを、私は受け入れます。それが優れた種族としての余裕というものなのでしょうから」

 こちらを吹き飛ばして作った猶予で、は足下の土を用いて肉体を修復していた。当然、土の地面においてその修復材は無尽蔵だ。単純に一対一の体積関係でもないように思える。

 泰然とたたず。その身体からだにさらに痛みと火を埋め込んでいくセリアメア。これまでの数撃でその魔術の威力は既にわかっている。

 認めざるを得ない。魔術戦においても、この二人は強大なる相手だった。難攻不落で高火力、補給無限の固定砲台──

「諦めなさい、ダークエルフ。劣ったものは優れたものには勝てない。それは昼夜が繰り返されるという理じみた真実です。努力でくつがえせるものではありません」

 しかしシーナは肩を震わせて笑うのだ。

「マジ笑わせんなよ。劣ってるとか優れてるとか知らねーし。勝手に決めてんじゃねえ。いんや、もしその理屈が正しくても……あたしのほうが優秀だったら、お前は百パー勝てねーってことになるけどいいのかよ?」

「ダークエルフがエルフより優秀な部分などありますか?」

「お前より不潔で汚えモンに慣れてるって意味ならそうだろ?」

 にやりと言うシーナ。セリアメアが何かに気付いた様子で眉根を寄せる。

 だが遅い。吹き飛ばされる方向を調整した結果、こちらは先程に殺されたばかりの男の至近に位置取っている。それをただの無用なゴミだと意識から捨てたエルフと、起死回生の武器として浅ましく狙っていたダークエルフの差だ。

 シーナは練介をその死体に触れさせる。

「新鮮な暗霊がいるぜ。生まれたてホヤホヤの──にくの暗霊がな!」

 なんと呪わしくおぞましい精霊なのだろう。エルフが育む清廉潔白な火の精霊などとは比べようもない、暗きわいの世界の住人。だがそれでも、それは確かにこの世界にある。誰からも望まれなくともうとまれても、ここにある。

 それをすくげるのが、同じように呪わしいダークエルフと、そのけんぞくの手だ。

 精霊杖としてのれんすけがその体内にしかばねの暗霊を吸収する。死体、特にその生命を持たない肉を象徴する小さき者たち。つえとしての形状がさらにいびつに変化した。

 そしてシーナが求めてくる動きは──

(悪いな。だけどまあ、自分を殺したやつかたきを取るためだ。協力してくれるよな?)

 精霊杖の先端で男の死体を引っかけ、それを思い切りセリアメアたちのほうに向かって放り投げる。死者のぼうとく? 文句はそれを作り出したやつへのほうが先だろうし、そもそも死者としての立場は同じだ。つえでもあるだけこちらのほうが立場は低いのではないか。

っ──!

 セリアメアはの肩をたたくようにして火球を放ち、空中でその死体を爆散させた。一瞬の炎光、それが収まった夜闇の中に、ぼとぼとと人体の破片が落ちる音。らされる焦熱と血の臭い。

 それこそが狙いだ。

「《屍の精霊に命ずる/不和の葬列に抗して嘆けキヤリオンスピリツト・ニゲートフユーネラル》」

 はじけ飛んだ肉片それぞれを呼び水に、にくを象徴する者たちを励起させる。

 動け。膨らめ──立ち上がれ。

 庭の草に引っかかっていた指は二つの節を持った触手のような形状へ。どこかの塊肉は丸く膨らみ、中心に口のような亀裂を広げる。骨をのぞかせていたふとももはそれを牙とした獣のような姿に。多少の差異はあれど、肉そのものがうごめき増殖することで、どれも中型犬ほどのサイズにまで肥大化していた。

 それは、人間一人分の中から発生した、数十体にも及ぶにくの怪物たち。

「これは──」

「エルフみたいにおれいじゃなくて悪かったなあ。でも、おかげで手段とかちゆうちよしないで済むしよ? 遠慮せずにダークエルフ流のおもてなしでも受けていけよ」

「セリアメア。囲まれている」

「わかっています!」

 飛びかかってきた長虫のようなにく生物を、が大地のごとき重みの裏拳でたたとす。セリアメアがその腕を振り切った動作の先で火の精霊を彼の手に埋め込み、別角度から襲ってきた丸い食人肉をてのひら方向の火線でいた。の体内を介しての魔術発動という特殊な手順を踏みながらも、お互いがお互いの動きを阻害しない、むしろ死角を補い合っているかのような、息の合った動き。幾度の死線を共に越えてきたことをうかがわせる熟練度だった。だが──

「どうしても段取りが一手多くなるよなあ。魔術の威力自体は強くても、それがお前らの弱点だ。不自由で腰が重くてまだるっこしすぎる。となりゃあ、あたしらは数と量で勝負するだけだ。ほれ行け行け、お前らを殺したクソエルフとけんぞくかじりつけるチャンスだぞ!」

 悪夢のような形状をしたにくの怪物たちが、あらゆる方向からセリアメアたちに襲いかかっていく。何度迎撃されようと、数はまだまだこちらが多い。れんすけとシーナはその制御に集中する。いずれ向こうにも限界が来るはずだ。

「この状況は不利だ。動くことを提案する」

「っ、仕方ありませんね……!」

 セリアメアが頭上の空気をまわすように腕を動かすのが見えた。すると指先に小さな空気のゆがみのようなものが生まれる。それをてのひらに埋め込み──

「《風の精霊よ/猛き空縮解き放つ拍手をウインドエレメンタル・レイジングゲイル》!」

「ぐ、おっ──!

 苦痛の声と共にがそのてのひらを地面に向けると、そこから爆発的な空気の流れがはじけた。あまりの勢いに、襲いかかろうとしていた腐肉たちがすべなく四散する。の片腕も当然のように吹き飛んだが、その反動を利用したか、本人とその背に乗るようにしているセリアメアの二人の身体からだ自体も高く宙を舞っていた。斜めに塀を跳び越えて、外へ。

「おいおいおーい。優秀なエルフ様がなんで逃げんだあ?」

「畳みかけるしかない。追おう!」

「トーゼン!」

 シーナも助走して同じ方向の塀を跳び越える。セイレーンのように翼が生えたわけでもなし、そう遠くまで移動できるとは思えない。

 二人の姿が飛んでいった先、家の裏手はちょっとした空き地のようになっていた。周囲に街灯などはなく、今までと同じく月明かりだけが頼りの空間。近くの林業系の会社の土地なのか、まさに郊外の空間利用といったぜいで、生い茂った雑草が囲むしきの中、土がしの地面に適当に資材が置かれている。駐車場としても利用されているのだろう、大きなトレーラーもまっていた。無論のことエンジンは停止しているし運転席にも人影はない。

 はセリアメアに見守られながら、足下の土から腕を再生しようとしているところ。そのマゾヒスティックな仕組みを喜ぶのは結構だが、繰り返される痛覚刺激が精神や肉体にダメージを与えないわけがない。顔色は悪いように思えた。

 方向性は合っている。手数で一気に押し切る──!

 そうしてシーナが再び周囲のにく生物たちに指令を与えようとしたときだった。れんすけの視線に違和感を覚える。状況にそぐわない視線だ。

 それは──まるで、こちらをあわれんでいるかのような。

「君たちの魔術を軽視していたのは認めよう。まさか眼前の死すらも利用するとはな。そのぼうとくは予想外だった。しかし……それだけだ。他は予想していた。追い詰められた君たちが、起死回生の策として、僕たちを暗殺しようと仕掛けてくることは──予想できていたんだ」

「なに?」

「だから武器程度は用意はしているとも。新鮮味はないかもしれないがね」

 そのときだった。

 彼の背後、トレーラーの荷台が、きしむような機械音で開いていく。

 そうして姿を現したのは、しゃがみ込むような姿勢で置かれている鉄の巨人の姿

リボルヴ……!?

 拘束具やケーブルで埋め尽くされた荷台の隅にはラックで機械が固定された場所があり、そこに白衣で金髪の女──てんらんばしアルマがいるのが見えた。彼女はこちらを冷たくいちべつしただけで、端末のキーボードをたたき続けている。れんすけたちがどうあれ、自分のすべきことはこれなのだという確固たる解答が見て取れるような、冷たい視線と迷いのない動き。

 がその荷台に飛び乗った。

「なりふり構わないと決めたのは君たちだけではないということだよ。あの声からわかるように、《神》は迅速な終わりを求めているのだから」

 リボルヴを個人的に使うなど職権濫用もいいところだ。少なくとも現在の日本でこのような使い方をしている人間は誰もいないだろう。そもそも条件からして不可能だ。自分が自由にできるリボルヴを持ち、整備できる人材を持ち、運べる車両を持っていること──

 だがそれが、じゆう対策をになう組織の、一区域をべる団長という立場の存在であれば。

 後先を考えないというただ一点の開き直りさえあれば、可能だ。

「ちっ。あれと生身で戦うのはさすがに面倒臭ぇ……!

 シーナが庭から引き連れてきたにく生物をそこに殺到させるが、その前にはセリアメアが立ち塞がった。手にしていたのは──おそらく、身体からだからつかった一握の砂。それを自分の周囲に円を描くように散らしつつ、

「《》!」

 噴き上がったのは、切断力を持った空気の壁だ。それがにくの怪物たちを下方から斬り飛ばす。彼らはあくまでも肉の強度しか持っていない。切断されても動くものがいたにはいたが、トレーラーのを襲うような勢いを維持するのはさすがに無理だった。前方にうごめき向かおうとしても、セリアメアが素早く生み出した弓矢に縫い止められる。

 本人ではなく、切り離された土を用いた普段の簡易魔術であるためだろう、威力は減じている。群れを一掃できるほどではない。だがリボルヴ胴体席ボデイスペースに乗り込む時間を稼ぐには、それで充分だった。

「起動準備完了。EFは満タンのフルチェンバー。武装タイプはAの14

「了解した。頼む」

 特殊な座位姿勢でリボルヴをトレーラーに固定していた拘束具が、機械音と共に外れ。

 純白の聖なる騎士が、ダークエルフをちゆうするべく、動き始めた。



 ──これは、過去だ。

 ──まだ日が昇りかけていたころ。

 ──神の言葉が聞こえ、彼女がそれによっていだした、一つの選択の結果。


 たにゆいは。

 無防備な寝顔に向けて、息を殺しながら、手を伸ばす。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 数十の呼吸を経て、眠りの深さの確信を得て。

 意を決して、その肌に触れようとしたとき──


「眠ってるときは、敏感ですよ。だって……痛いことと気持ち悪いことは、たいてい、寝てるときに始まるものなんですから」

 ぱちりと開かれたハーフオーガの少女の目が、ゆいを見ていた。


 それが選択の結果。

 彼女はスライムのけんぞくの残り物というだけの、化け物に似たヒトであって。

 相手は紛れもなく、ヒトではない化け物だった。


 だから──選択した時点で、その結末は決まってしまっていたのだ。



 トレーラーを降りたリボルヴの肩にエルフが飛び乗った。いつだかと同じ光景。

 最新技術の粋を凝らして作られた機械の騎士と、異世界から転生してきた妖精──相反するそれらは、しかしどういうわけか、精緻なるバランスで美しい絵画のように並び立っている。この世界というフレームに収まっている。

 矢の射撃。回避する。時間稼ぎににく生物を動かす。じゆうを打ち倒すために作られた巨人はそのような生物などものともしなかった。簡単に踏み潰し、打ち払う。

「あいつらじゃ駄目そうだ、どうする!?

れんすけ、あの女を狙うのはどうだ」

 シーナがトレーラーのほうに目をって言うが、

「無理だ。起動した以上、別にアルマをどうにかしてもこのリボルヴに影響は与えられない」

「んじゃあ──」

 以前はどうしたのだったか。そうだ、カリンだ。おおかみじゆうが飛び込んできて、それがカリンで、魔術を使って、おのリボルヴのパワーに真正面から対抗した。

 その記憶に僅かな違和感を覚えたが、今はそれどころではない。今は敵か味方かもわからないハーフオーガの少女はおらず、自力でどうにかせねばならないというだけだ。

 リボルヴがEFメイスを縦に振りかぶる。横に避けようとしたが、先読みして放たれたセリアメアの矢がシーナのふとももかすめて足を止めた。

「くそっ!《屍の精霊に命ずる/墓穴より出で未練を摑めキヤリオンスピリツト・スタボーンリグレツト》!」

 残っていたにくたちが集合し、一つの巨大な腕となって、地面から生えるように伸び上がった。指を広げ、振り下ろされたメイスを受け止める。力がきつこう、ぎりぎりと震える、耐えろ!

 駄目だった。

 じゆうに対抗するための機構が最大限にエネルギーを燃焼。しかもという乗り手の技量によってそれは無駄なく四肢にその力を伝達させられる。言うならば、誰よりも運動性能を引き出せるリボルヴは、カタログスペックに示される以上の筋力を持っているに等しい。

 ぐじゅぶっ、と鈍い音を立てて、真っ向からにくの腕が潰れた。そしてメイスはそのまま振り下ろされ──

「っ、あっ……!

 それは人間形状の生命体に振り下ろされていいものではない。ビル解体用の鉄球が肉をかすめたような、圧倒的な重量に起因する衝撃。そう、とつにシーナが身をひねって跳んだため、奇跡的に直撃はせずかすめただけで済んだ。

 だがそれだけで被害はじんだい。シーナの肩から下があらぬ方向にねじれ、潰れ、肉の間から血をこぼしている。外傷はないが、胴体にも衝撃は伝わった。ろつこつや内臓にもダメージがあるのかもしれない。シーナがうめきながら血を吐く。

「シーナ!」

「がっ……ちく、しょう。物理的な勝負だと、この暗霊じゃ、キッツいぜ……」

 自分の吐いた血に精霊杖練介を触れさせて、制御する暗霊を切り替える。それに異論はないが──はたしてまともに次の魔術を使えるのか。

 奥底でつながっているから、れんすけにもシーナの状態はわかる。自分のことのようにその痛みを感じることができる。頭が揺れる。視界が危うい。全身を貫く不快な刺激の数々。口の中に広がるてつさびの臭い。息苦しさはシーナの体内の問題でもあり、あさくられんすけという小心者が抱く恐怖のせいでもある。

 重厚な音と振動を伴い、リボルヴが、一歩。

 その追撃を待つまでもなく、肩のエルフが矢を撃ってきた。地面に半ば横たわった姿勢のまま、シーナがとつに身をひねる。急所を貫かれることだけは避けたが、鎖骨あたりに刺さった。

「か、はっ。《血の精霊に命ずるブラツドスピリツト/》──」

 駄目だ。冷たい目のエルフが巨人の肩から矢を連射。魔術を行使する暇もなく、さらに数本の矢がシーナの身体からだを貫く。腹を、肩を、足を。掲げられた盾としてせめて急所を守ることしかできない、無力な練介

 リボルヴという一つの玩具だけで、形勢が逆転してしまった。

 結局はこの差だというのか。何を持っていて何を持っていないか。

 属している社会の差。利用できるモノの差。捨て去れるモノの大きさの差。それで、最初から、優劣は決まってしまっていたというのか──

 くそっ。不公平だ。どうして。どうしてこんなことに。

 ──いや、ひがむな。考えろ。ここから逆転できる手を!

「へへ。こいつは、ちっと、ピンチだな……」

「なんとかなるさ」

 自分で言っておきながら、説得力のない言葉だと思った。

 しやべるのもつらそうなシーナの声。

「たりめーだ。簡単に逆転できる手とかこれっぽっちも見つかんねーが、諦めやしねぇぞ。格好悪くても情けなくてもあたしはいいんだ。ダークエルフだもんよ。だから──最後まで、ドブくさくいてみるか。少しでも可能性があるならな」

「やろう。どういう手だ?」

「いやー、笑っちまうくらい格好悪くてシンプルだぜ。必要なのは、運、だけだ」

 すう、とシーナがれる肺を動かして息を吸った。

 そして、叫ぶ。


カリンッ! いるなら出てこい助けろ!」


 それは自分の生存のために胸を張って行う、純然たる、身勝手な、他力本願。

 応えたのは。

 足音と、どこかうれしそうな声だった。


「はい。シーナ様が私なんかを頼りにしてくれるなんて……初めてかも、ですね?」



 とん、と軽く跳んだ何かが着地する音。

「昔の私は、足を引っ張るばかりでしたよね。シーナ様の後ろを勝手についていくだけで……そうそう、覚えていることがあるんです。シーナ様の敵に私だけ捕まって、人質みたいにされてたことがありましたね。シーナ様は構わず突っ込んで敵を倒して、たまたま私は無事でしたけど。格好良かったなあ。うん。とにかくそういうことがあったので」

 カリンが現れた場所に一番近かったのは、自分たちでもたちでもなかった。だからカリンはひょいと跳んで、トレーラーの荷台で何かのデータを取っていたらしい──てんらんばしアルマの喉をつかんで、げた。先程が記者らしき男に対してそうしていたように。

「こういう作戦はどうですか?」

「こら、離す、のだ……ワタシは……」

「無関係とか言っちゃ駄目ですよ。ただの人間でも、この場にいたら関係者です。ていうか見てたからわかってますよ。あのよろいを調整する鍛冶屋みたいなものなんでしょう、あなた」

 手を離さないまま、たちに目を向け、薄笑いで彼女は言った。

「この鍛冶屋がいなくなったらたぶん困りますよね、というのが賢い私の考えた作戦です。──それが嫌ならシーナ様から離れてください、エルフとその騎士」

…………

 セリアメアはカリンを見て侮蔑の顔で眉をひそめただけ。リボルヴの首が動いたのが見え、もトレーラーの様子を確認したとわかった。

「彼女はほとんど趣味でここにいるだけだ。既にこのリボルヴが起動している以上、頼る仕事はない。だから仮に彼女がいなくなっても困りはしない。その行為は無意味だ」

「困らないんですか? なあんだ」

 口をとがらせるようにして言って、

「じゃあ殺さないようにするのも無意味だったんですね。せっかく考えたのに、くいかないなあ」

 そうしてカリンは、何の躊躇ためらいもなく。

 てんらんばしアルマの首を握り潰した。

 頭がだらんとあらぬ方向にねじれて垂れ、全身がかんする。

 セリアメアの表情は変わらなかったが、が嘆息のようなものを漏らした気がした。

 アルマの死体を適当に投げ出したカリンが、開いたトレーラーの荷台から降りる。

 どうあれ、たちは意識の何割かをそちらに向けざるをえない。それだけでカリンの存在は無意味ではなかった。

 冷静に考えれば、彼女の出現には運だけではない要素もいくつかある。

 夜明けの時間に届いた、神の声。あれは当然ながら生きている関係者全員に、すなわちカリンにも届いたはずだ。

 そこで「街からこれ以上離れてはならない」というニュアンスを読み取れたのであれば──そしてその時点で街にいなかったのであれば──仕方ないので安全のために近付こう、と判断する可能性は充分にある。どうせ近付くならば攻撃しよう、と自分たちと同じような思考でがいるところや戦場に近寄ってくる可能性も。

 さらに言えば、かつてカリンが取っていた姿、おおかみじゆうはシーナの臭いを覚えて追い回していた。その能力を今も持ち、今もシーナに固執しているならば……この瞬間に近くにいたのも、奇跡ではなく必然なのかもしれなかった。

「《雄々しき巨軀のグシオンアンチエインドパワー》!」

 そもそも狼輝獣の姿になっていたのがどういう理屈なのかはさだかではない。セイレーンの魔術のせいか、それ以外か。つまり今でもなれるのか。れんすけにはうかがい知れないが、ともかく、人質計画を諦めたカリンは長大で肉厚なおのを生み出し、腕に筋力をみなぎらせ、真正面からリボルヴに打ちかかっていった。

 またも展開される、冗談のような光景。

 生身の生命体が、機械の騎士と真正面から肉弾戦を行っている。躍動する筋肉。甲高く鳴る鋼鉄。小回りで言えばさすがにカリンに分がある。小刻みに立ち位置と攻撃角度を変え、EFメイスに匹敵するおのこんしんの力でたたきつける──

「ああ、ああ! シーナ様に頼られるなんて! 私、うれしいです、頑張ります! 頑張ったら、力になれたら……強くてかっこいいシーナ様に、ちょっとでも近付けますかっ? うふ、うふふふふ!」

「あのアホ、浮かれてやがる」

「方向性は、あいつを利用するってことになるな」

「できるかどうか知んねーけどよ。ま、あの騎士とタイマンするよりはマシだろ」

 カリンが注意を引きつけている間に、ダメージの回復に努める。回復したら二人がかりでエルフを殺す。シンプルな策。しかしそれは相手にも読めることだ。リボルヴ上のセリアメアが矢を射かけてくるため、落ち着いて回復する暇は与えられなかった。かろうじて立ち上がれたくらいだ。

 そして──ああ、忘れてはならない。

 ひとは、日本でも有数の実力を持ったリボルヴ乗りであるのだ。

 対じゆう戦闘のために鍛え上げたスキルを、それよりもはるかに小さく俊敏な、人間大の敵に応用する。想定外ではあろうが不可能ではない。時間さえかければ慣れる。それがなが南駆動騎士団の長、筆頭騎士であるの持つ才能だ。

「うふ、うふふふ。シーナ様のためなら、私──」

「ふむ。わかった。小さな身体からだで大きなおの状の爪を持つ。そういう輝獣だと思えば、どうということはない」

 の動きのリズムが変わった。迫り来るおのを避け、メイスではじき、機を見計らって攻勢に転じる。

 カリンがおのを振ったと見えた次の瞬間、それを握っていた彼女の腕が肩口から飛んでいた。超重のEFメイス、そのあまりにも鮮やかな一撃は、肉を潰しながらも削り飛ばすのだ。

「ぎっ、ぃ、あ、あ────!

 反射的に肩を押さえてうずくまるカリン。シーナは心配の声をかけたりなどしない。

「《血の精霊に命ずるブラツドスピリツト》……《月を砕きて驟雨と嗤えソリツドガスト》!」

 絞り出すような魔術で直接リボルヴ上のセリアメアを狙った。だがエルフは格下のハーフオーガの状態をそもそも気にはしていない。事前に受け取っていたのだろう、再びの土をつかして、風の障壁を生み出して血の乱刃を防いだ。

「千切れた蚯蚓みみずじみたきです」

 騎も頭部をこちらに向けながら言う。

すけとしてはいささか力不足だな」

「クソが……!」

 実のところはわかっていた。カリンはオーガのではあるが、おそらく十全の魔力量を持ってはいない。そもそもがセイレーンに負けた存在だ。手駒として最低限の活動量を残されていただけだろう。その後悪人を襲うなどして魔力を補ったとしても、今までに多くのを倒してきたというエルフとは絶対量が違いすぎる。

 それはたちにもわかっていたはずだ。心のどこかでカリンをあなどっていた。

 だからこそ、その一瞬だけは、裏がかけたのだ。

 カリンは片腕を失い、地面にくずおれようとしていた。おのを握った腕は無残に血を飛び散らせながら宙を舞っていた。しかしその最中、カリンの眼光が燃えるようにげ、

「あ・あ・あ……《柔靱たる策のゾルストワライスウイツプパワー》!」

「なにっ──?

 めきめきと彼女の身体からだが変異する。筋肉量が減った代わりに、細さと長さを持った手足に。腕を失ったカリンの肩からも、なんと、新たな腕が生えた。しなやかなその新しい腕は宙を舞っていた元の自分の腕をつかみ、そのまま握っていたおのリボルヴたたきつける。

 反応したはメイスでその間接的に振るわれたおのを受け止めたが、同時、おのの輪郭がゆがんでいた。細く長く、すなわち肉体と同じ変形を見せている。まるで柔らかなゴムのようにその伸びた柄は大きくしなり、受け止めたメイスをかいして先端の刃部分を慣性でさらに先に進ませた。そこだけは破壊の質量と硬度をそなえたままでいたのだとわかったのは──メイスをかいするその不可解な軌道で、おのの刃がお返しのようにリボルヴの片腕を破壊した後だった。純粋な威力としては先程の力任せのおののほうが上に思えたが、幸いに肩の関節部を直撃できたらしい。あまりに予想外の攻撃軌道すぎても対処しきれなかったのだ。

 しかしは素早く残った片方の手にメイスを握り替えると同時、片腕の喪失でバランスを崩したその揺らぎすら利用し、重心移動のついでのようにカリンを蹴った。鈍い音を立ててカリンの身体からだが吹っ飛び転がる──きながら身を起こそうとする動きが見えたので、即死はしていないらしい。

「なんだありゃ。ムチみてえなおのになったな、変なの」

身体からだおのにいろんなモードがあるってことか。まあいい、とにかく!」

 好機かもしれない。は魔術で新しい腕を生やすことができても、リボルヴのほうはそうはいかない。片腕がなくなった以上、相手の戦闘能力が低下したのは間違いのない事実だ。これを利用して畳みかけることができれば──

「腐ってもか。油断したようだ」

「そうですね。少しばかり読み違えた部分があったのかもしれません。その理由の想像はついていますが」

「今はそれよりも修繕を優先させよう」

「はっ。させるかよ」

 シーナが血の混じった唾を吐き捨てながら、精霊杖練介を改めて構えた。

 傷は治りきっておらず、無理矢理につえを持ち上げているという感じではあるが、この機は逃せない。敵味方もあやふやで不安定なカリンが奇跡的に生み出したダメージだ。

 やるしかない。れんすけは精霊杖である自らの身体からだに活を入れる。魔力を練れ。一滴すら無駄にするな。血の精霊どもにささやきかけろ。エルフを殺せる魔術を、組み上げろ──!

「修繕と言ったが、まさかだ。あさくられんすけ。君が読み違えるか? てんらんばし博士もいなくなった今、僕がここで、あのトレーラーに戻っての機械的な修繕をするわけがないことくらいわかるだろうに」

 その言葉に──ぞっと、かん

 確かにそうだ。それは不可能。そんなことは考えるまでもなくわかりきっている。

 ならば?


 ──が行おうとしている修繕は、魔術を使ってのものだ。


 気付きは遅かった。遅すぎた。

 リボルヴ胴体席ボデイスペース前部の搭乗口が唐突に開き、同時に肩に乗っていたセリアメアがするりとその内部に滑り込む。そこに二人が入るスペースなどない。ないはずなのに、入ったのだ。搭乗口が閉まるぎわ、彼女の静かなささやごえのようなものがそこから聞こえてきた。


 ──沃土よ、育てよ、我が森をフアーテイル・グロウス・マイデイア

 ──柔なる、母なる、地は安寧リポーズ・ソフテン・マザリイソイル

 ──硬なる、父なる、石は不動フアーム・ハーデン・フアザリイオール

 ──交わり、大地は、より靱くエンド・グランド・エンリヴン

 ──永遠に、広がれ、終なき土グツド・グロウス・マイデイア──


 魔力のうごめきを、れんすけは見る。

 舞い上がるふんじん。いや、土だ。石と土が舞っている。

 そして──うつろだった肩口に集まり、固まり、それらが太く強い形を作っていく。

 石と土の腕だ


「ヒントは君たちだ。魔術の可能性というものを考えさせてくれて感謝している」


 そこにいたのは。

 失われた肩の先に、きようじんなる石と土の腕を生やした巨人。

 魔術と鋼を合一させた白の騎士が、再び、悪を砕くためのてつこんを両手で握った。



 ──結論から言えば、逃げるしかなかった。


 圧倒的な二種のエネルギー。予測もできない相互補完と拡張性。木と土の違いはあれど、その力は、他ならぬれんすけたちが最もよく知っている。

 ただでさえ生身とリボルヴという根本的な違いがあるのに。

 後付けの魔術で、しかし最初からそう想定されていたかのように過不足ないバランスで補強された騎体は、尋常ならざる運動性能や強度を発揮する。シーナの魔術で騎体に物理的ダメージを与えようとも、向こうの魔術がそれを土を利用して治癒する。

 打つ手が──ない。

 だから逃げた。

 社会的に追われた逃亡の果て、追い詰められた状態から一発逆転をかけて臨んだエルフ勢力の暗殺。それはあくまでも特攻的な奇襲で、この機会を逃せば二度目はない背水の作戦だということは充分にわかってはいたが、それでも、圧倒的な力にたたき潰されることと比較すれば逃げざるをえなかった。

 一目散に、全力で。

 さんざん響いた戦闘音のせいか、住人が起き出してくるような気配もあった夜闇を駆け抜け、人気のない方向へ。つまりは街の外側へ。会話はなかったが、自然とカリンもついてきた。

 とセリアメアを乗せたリボルヴも追跡してくる。

 向こうにとっても退けない状況ではあるのだろう。リボルヴを個人的に動かし、邪魔なマスコミを殺し、アルマが死んだ。彼もおそらくはもはや人間の社会には戻れない。その言葉を信じれば、人間の社会を見限って、新しく訪れるエルフの社会こそが至上だと思っているのか。

 リボルヴは、れんすけとシーナがそうであったように、その状態でも魔術を放てるようだった。火の精霊の火炎弾、自給自足のように土の精霊の石弾。こちらの苦し紛れの攻撃は風の精霊の壁ではばまれる──

 足を止めればリボルヴの近接武装が圧倒的な重量で迫り来る。カリンがおのを打ち合わせ、先刻のようなからめ手で傷も少しは与えるが、また敵は損傷部位を土で補って再生。

 市街地を囲むじゆう対策壁にまで辿たどく。

 数階建てのビルに相当するような高さの壁だが、とっかかりがないわけではない。シーナは勢いを殺さないまま身軽にとうはんし、最後は魔術でふわりと浮力も得て、壁を乗り越える。カリンもおのを最上部に引っかけるようにして、力任せに突破した。

 眼前には暗い森。そこに駆け込みながら、後方の様子を確認。たちはどうするか。この壁を区切りに諦めてくれればいいが。

 その甘い考えは、壁の向こうから聞こえてきたEFジェットの駆動音でもろくも打ち砕かれた。高まっていく音。その頂点で、縦方向に向かって音が一気に飛び上がる。

 数秒後、急激な弧を描くように、遠ざかっていた音が再び落下してきて──

 木立の中に逃げ込むことなど許されず。

 ほんの少し森に足を踏み入れただけの場所で。

 眼前に、リボルヴごうぜんと降りてきた。

「攻撃される心配がなくなれば、EFジェットも安全に使える。足を止めて立ち向かっていたほうがマシだったかもしれない」

「どうでしょうね。どのみち逃げられない、という答えに辿たどいてくれれば話は早かったのですが。ダークエルフもオーガも、木箱の中を逃げ回るねずみじみて愚かです」

 吞気のんきな言葉を発する余裕すらあるらしい。いらちをシーナと共有する。

「──《血の精霊に命ずる/欺き集いし赫炎よ爆ぜよブラツドスピリツト・フエイキングサン》!」

「《葉の精霊よ/幼繭の眠る揺籃を願うリーフエレメンタル・クワイエツトコクーン》」

 気付けばリボルヴの周りをはらはらと葉が舞い落ちていた。一枚や二枚ではない。雨のように、滝のように。それは木々の枝から降っているのではなく、リボルヴの周囲のくうから生まれているのだ。一瞬で増殖した葉はリボルヴすら覆うほどの面積を持った緑の盾となる。それは半ば以上が刹那に燃え散ることになるが、その曲面は確かにさくれつした火球の炎熱をらしきった。

 使う盾の種類はどうあれ。届かないというその結果は、今までに何度も見たものと同じ。

「っ、はあっ……!

 シーナが肩で息をする。逃亡と魔術行使の疲労がまっているのだ。

 その空白の一呼吸を見逃すセリアメアとではなかった。

「《》」

 残っていた葉が集結した。加えて新たな葉が発生。それらは一瞬で筒状に集合し、さらに長さを伸ばしていく。それは何かの生物を模した形。

 丸太ほどの太さの胴体を持った、巨大な蛇だ。

 三角形の頭、巨大な口、そこに生えた鋭い牙。

 葉の蛇は巨体をくねらせ、尋常ならざる速度でそのあぎとをこちらに開いて接近してくる。避けられるタイミングではない。シーナ、せめて俺を盾に──!

 しかしそこで進路上に飛び込んでくる影があった。カリンだ。風車のように空中で回転しながらおのを振るい、伸びてきた大蛇の胴を切断する。

 シーナが無理矢理に唇を曲げて言った。

「へっ。今この瞬間だけは、でかしたって言ってやるか……!」

「本当ですか!? わーい、シーナ様に褒められ──」

 忘れてはならない。それは生物の形をしているが、生物ではなかった。切断された部分から先は解けるように葉として散らばったが、残った胴体部分だけがそのままのたうち、丸太サイズのむちとしてしたたかにカリンを打った。全速力の車がゴムボールをはじいたかのような勢いで、その小さな身体からだが吹き飛ぶ。

 同時、切断面の葉はざわざわと解け、一瞬のうちに新たな頭部と顎を再構成していた。新たに生まれた頭部の牙が、そのままシーナに向けて襲いかかり──

 脇腹から、その胴全体を、くわえた。

「がはっ……!

「シーナ!」

 彼女の柔肉に、鋼鉄じみた強度の葉の牙が深々と突き刺さったのがわかる。昨夜数え切れないほど触れた肌の中に。かけがえのない温度の奥に。それをないがしろにして失わせようとする、無遠慮なる侵入。シーナの口から一塊の赤色がこぼれた。

 鎌首をもたげるような動きでシーナの身体からだが宙に持ち上げられる。

「……《血の精霊に命ずる/鋭き花弁よ朱の中に揺れよブラツドスピリツト・スカーレツトカツト》……」

 かすれた声での魔術。精霊杖練介に沿うように血炎の刃が生まれ、かろうじて蛇の頭部を切断。岩などにたたきつけられることだけは阻止したが、受け身も取れずに地面に落ちる。

 肩で息をするシーナ。身を起こせない。顔を持ち上げ、たちをにらむのが精々だ。腹部を貫いていた葉の牙が魔術の制御から外れて解けていくが、それは開けられた穴が自由を得るというだけだ。そこからの出血が激しくなる。

 眼前が暗くなったように思えるのは──シーナの状態を感じ取っているためか。それとも、れんすけ自身の内面の何かか。

 リボルヴ、セリアメアの土の騎士は、悠然と眼前にたたずみ。

 シーナは立ち上がることもできず。

 全身の骨が砕けてもおかしくない勢いで激しくたたきつけられていたカリンも、横手でよろよろと身を起こそうとしているだけ。

 考えないようにしていたこと。考えたくないことが、頭をよぎる。

 勝てない? 負ける? ここで終わり? 嫌だ。終わればどうなる。シーナの時間が、温度が、もう二度と。嫌だ嫌だ嫌だ。誰か。誰でもいいから何でもいいから。助けてくれ。

 そうだ、まだ、可能性は。

 委員長がいる。実はカリンと同じように近くにいて、隙をうかがっているのではないのか。きっとそうだ。彼女は頼りになる。委員長と協力して、エルフをぶっ倒して、それで──

 そこでリボルヴの首がかすかに動き、セリアメアの声が聞こえてきた。カリンを見たらしい。

「やはり、ですね。オーガ。我々に届くことなど有り得ませんが、それでも、前に見たときよりは動きが良くなっているように思えます。理由は一つでしょう……食べ残しでも、あつめれば一人前ということですか」

 ──セリアメアは、何を。

 ──言っているのだ?

 意識が、どこか、浮つく。頭の奥底では既にその意味を理解していたとしても。

 理解したくは、なかったからだ。

 外れた関節を乱雑にめ直しつつ、まんしんそうのカリンがずるりと立ち上がった。

 そして、首をかしげて、言う。


「スライムのことですか。ここに来る前に食べてきましたけどそれが?」


 視界がさらに一段階暗くなったような気がした。

 そればかりは、つながっているシーナが原因ではなく。

 純然たる──あさくられんすけの、絶望のためだった。