どうやら包囲は脱することができたようだった。人外のダークエルフ、森を知り尽くした存在であるシーナが全力疾走を可能な限り続けたのだから、それなりに距離も稼げているだろう。というか一直線に進み続けたせいで山間部を抜けてしまった。

 眼前には、しんじんようの山向こうに位置する町がある。しんじんようほど新しくも広くもなく、セイレーンに襲われた集落ほど古くも小さくもなく、適度な対じゆう防壁で囲まれた中に適度な人の営みが展開される、いわゆる『町』と言ってイメージできる典型的な田舎町だった。森を進んでいる間に日はそれなりに昇り、もう普通の人間たちも活動を始めている時間帯だ。

「どうするよ? あんま人里には入んねえほうがいいか?」

 れんすけは少し考えて、

「時間の問題だろうけど、今はまだメリットのほうが上回ると思う。入るなら今のうちだとも言えるな。あそこでいろいろ仕入れよう」

「おっけー」

 申し訳程度の高さの外壁を乗り越えてシーナは町に侵入し、人気のない林でれんすけを人の姿に戻した。自分もいつもの制服姿になる。れんすけにとっては、それは落ち着く姿ではあったが──

 この町に一軒しかないと言われれば信じられるような、駐車場の広いコンビニに入り、ATMで下ろせるだけの金を下ろす。シーナが携帯と一緒に財布も精霊樹の中に保管できるようになっていてくれて助かった。無論、この動きも側に察知される可能性はあったが、だからこその今だ。時間をかければかけるほどやつらの手は広範囲に伸びることだろう。

 ついでに新聞をチェックする。全紙一面で報じている騎士団襲撃テロの記事の中には、まだ自分の名前は見つけられなかった。昨日の今日ではさすがにそこまで情報が出回っているわけではない、ということか。実働的に動いているのは、さっきのような特別任務を帯びた一団のみで、町の警察官たちが色めき立つ指名手配などはされていない……と判断してよさそうだ。

 しかしそれもやはり時間の問題。動くなら今で、しかも今後のことを見越して動かなくては。

 というわけで、変装することにした。

 やたら大きなしきにある、作業服などのしなぞろえのよい大型衣料品店に入った。

「へへー、知ってるぜ? こういう黒眼鏡とかで変装するんだろ」

「二人でグラサンは逆に怪しすぎるかもな……とりあえずシーナの髪は目立つから、帽子とか買ってみようか。野球帽とか多分似合うよな」

「むー。あたしの髪についてダメ出しされたか今?」

「正確には、シーナの髪はれいで目立って大好きでいつでも触ったり匂い嗅いだりしたい最高ヘアーで、俺的にはそれを他人にあまり見せたくないから隠しとこうぜって意味だ。待てよ、野球帽ならスタジャン合わせたいな。ちょっとヤンキーっぽくなるのが逆にいい。マジでいい」

「そ、そうか……任せるわ……」

 いつだか髪の短くなったシーナと服を買ったときのことを思い出した。せいぜい一週間前の出来事のはずなのに、随分昔のことのように感じる。

 店の違いのせいか、あのときよりも少しだけ気軽だ。お出かけ用の衣装ではなく生活に密着した普段着のようなものをこうして二人で選ぶというのは、それはそれで楽しい。まるで新婚夫婦やどうせいしている彼氏彼女の日常みたいだ──というおもいは、さすがに気恥ずかしくなった。そんな状況でないのはわかっていても。

 結局シーナにはいつものブレザー制服から、活動的な帽子とスタジャン姿になってもらった。下半身はタイトなミニスカートで、相変わらずふとももが目にまぶしい。れんすけも今までとはできるだけ雰囲気の違う服を選んで、ついでにトイレで整髪料を使って髪型も変えた。そしてシーナ希望のサングラスをかければ、ちょっと頭と素行の悪そうな田舎町カップルの誕生だ。ジャージにサンダルとかでもよかったかもしれないが、いざというときに走りにくいのはさすがに困る。

 先程のコンビニではなく地元民憩いのスーパーで食料や水、日本の物流網に感謝しつつのタピオカミルクティーを買った。近場のベンチで目立たないように栄養補給。

 だがそれらを消費しきるより前に、

れんすけにおいが違うやつらが増えてきた気がするぞ。具体的にどいつがどうとは言えねーが……町の雰囲気が変わってきた。別んとこからの客が増えてきた、ってカンジだ」

「──そうか」

 さてどうするか。変装が効いていれば一目でバレるということはないかもしれないが、永遠に隠し通せると思うほど楽天的ではない。

 そのとき、座っているベンチにほど近い場所にあるバス停に、一台のバスが停車するのが見えた。並んだおばあちゃんたちが時間をかけてゆったりと乗ろうとしている──

 ああ、そうだ。俺たちは、自由だ。

 だかられんすけは何も考えずに、ただ、聞いた。

「あれ乗ってどっか行ってみるか?」

「おー。いいねぇ」

 行き先表示はしんじんようとは逆方向。名前を聞いたことぐらいはあったが、今まで一度も足を踏み入れたことのない、知らない街だ。

 それでも全然構わない。

 彼女が笑っているのだから、きっとなんとかなるだろう。