
†
どちらかと言えば
オーガと聞いてイメージするものとは裏腹に、どことなく気弱そうな顔立ちに思えた。子犬のような目を、カリンと呼ばれた少女は、真っ正面からシーナに向けている──
それを黙って見ているセリアメアたちではなかった。事情を理解しているわけではないだろうが、三度、熱線の魔術。
「《
それを防いだのは、今度は
手足をついていた姿勢から、まさしく獣のように素早く身を
それは、彼女の額に生えている、折れた角と同じような質感を持っているように見えたのだ。
「《
刹那、二つの変化が同時に起こった。
彼女が握っていたものが一気に膨らみ、身の丈程もある強大な両刃の
その
それは筋肉の躍動。肉体の励起。全体的な造作はそのままに、一瞬で歴戦の戦士の
彼女はその圧倒的な筋肉量でもって振り向きざまに
しかし相手はセリアメアだけではない。白き正義の騎士たる
カリンは避けない。
くるりと
真っ向から巨人のメイスにその
かたや3メートル近い鋼鉄製の巨人。かたや小柄とも言える生身の少女。
それは比較のしようもないアンバランスな二者だ。武器自体のサイズのみが
尋常ならざる筋肉の躍動は、その結果すらも
弾いた。
生身の存在が振るう長大な
現実感がない光景だ。車を殴り飛ばす人間を見たような、トラックを足で転がしている人間を見たような違和感。スケール感の黙殺。本来並べることすらおかしいはずのものが
それはあからさまな異常で、しかし確かな現実だった。
だが
そんな結果を生み出すものこそが、異世界から転生してきた人外、
種族固有の、魔術なのだ。
「なにっ……」
さすがに真っ向からのパワーでEFメイスを跳ね返されるとは思っていなかったのか、
その刹那の隙をカリンは見逃さなかった。
「《
次なる魔術行使。
彼女は
「──逃げます!」
「
「わかってる、でも今はこうするしかないぞ、シーナ!」
ちっ、と彼女を抱きかかえた胸の下から舌打ちが聞こえた。しかし本当に今は選択肢がない。状況には不明な点が多すぎるが、少なくともここでエルフにとどめを刺されることだけは避けなくてはならない。何よりも態勢を立て直すべきだ──この敵か味方かもわからぬ少女の力に頼ってでも。
「《
蛇のようにうねる、数条の炎の矢がセリアメアから飛来。カリンは背後の空間を
夜闇が満ちる森の中に飛び込み、走る。セリアメアたちが追ってくる気配があったが、無視して走り続けた。木が乱立する森は、エルフはともかく、
走る、走る、走る。
どれだけそれを続けただろうか。なんとか背後からの気配は振り切れたようだった。なおも彼女は足を動かし続けていたが、
温度、いつものぬくもり。呼気、平静に近い。胸の出血、停止。
ならばと
「わっ」
急に荷物を二つ失ってバランスを崩したカリンがたたらを踏み、前方に少し滑って停止。
小さく眉根を寄せた顔で、
「降りるなら降りるって言ってください。危ないですよ」
「どういうつもりだ、カリン」
「どうって……私、ですから。私は、シーナ様のもの。シーナ様が危なかったら、助けるのは当たり前……ですよね?」
「ンなこと言ってんじゃねえ。まず、そもそもだ──オーガは魔術なんて使えねえはずだ。つまりオーガは魔術種じゃねぇ。なんでこっちに来てやがる?」
予想外の言葉だった。それが本当なら、彼女がさっき見せた力は何だったのか。この世界にどうして転生してきているのか。
カリンの返答は曖昧だった。
「はあ……なんでなんでしょう? 私もそのあたり、頭がぼーっとしてて……」
「ふざけんなよ。聞きたいのはその態度もだ」
さらにシーナの目が
一切の手加減なく、油断もなく。ただ倒さねばならない敵を
「お前はあっちの世界であたしを殺したろうが。味方ぶってんじゃねえぞ」
だがカリンはその視線の圧力にまったく気付いていないように。
本当に、きょとんと首を
「殺した、って……何の話ですか?」
†
どうしてそうなったか、そもそもの理由は忘れた。
とにかく何か利害の対立があったのだけは確かだ。金銭か生命かはともかく、そうしなくては手に入らない、あるいは奪われることを阻止できないものがあった。
だからそうしたという、ただそれだけ。
故にかつてのシーナ・グレイヴ・ゾァインメリは、コボルド族の旅商人たちのキャンプ地の中央に、一人、立っていた。周囲に漂うのは新鮮な死臭と血臭。コボルドは悪辣で悪知恵の働く商売人たちの種族で、金にあかせて集めた最新鋭の武具や他種族の
面倒な労働のあとにはご
シーナはキャンプ地の物色を始める。動かなくなった者の
ある一台の、横転した馬車の荷台。その
そこにあったのは対処に困る、面倒な商品であった。
まだほんの子供だろう。
(オーガのガキか? ……いや)
別の血も入っている混ざり物だろう、と判断した。オーガは普通、二本の角を生やしている。オーガの肌の色をしつつも片側だけしか生えていないのは、つまりそういうことだろう。おそらく訳アリ商品だ。それなりに珍しく、やせっぽちではあるが五体満足で生きていて、メスとしての機能も使えなくはなさそうな、不均衡な角を除けば見目も醜くはない……玩具。
見れば似たような玩具が入った
興味はなかったし、金に換えるのも不可能ではなかったが面倒だった。今は他に、より即物的な戦利品が見つけられる。
だからシーナは鼻を鳴らしただけで
そのとき──くい、とマントの裾が引っ張られる感覚を覚えたのだった。
少女が、マントの裾を
「…………」
理由はわからない。
その手を強く振り払わなかった理由はわからない。
適当に無視して馬車を出て、戦利品の品定めをしているとき、ずっとすぐ背後にくっついていた気配を放置していた理由も。そのあともしばらくしたいようにさせていた理由も。
落ち着いたあと、売らなかった理由も──
本当に、わからない。
†
そんなことするわけがない、覚えていない、の一点張りであった。
「駄目だ。クソめんどくせぇ。めんどくせぇのは嫌いだ」
そのうちにシーナのほうが
「お疲れですね、シーナ様……薪を拾ってきます。火を起こしましょう」
そんなことを言って、カリンは森の夜闇の中に姿を消していった。その態度は自然で、何かを
その方向を警戒し続けることしばらく。一つ息を吐いて、
「……どう思う?」
シーナも周囲の警戒を
「わけわかんねーが、どうも
「人違いって可能性は……さすがにないか」
「あるわけねー。あれはカリンだ。あたしが拾った犬っころ代わりのハーフオーガ。あたしの知ってる姿よりちっと成長してる気もすっけどな」
「シーナの記憶より成長してるんなら、それは──」
「ああ。当然、あたしを殺したあとの時系列のあいつだろ。なのに知らないわけがない。忘れてるのか、記憶がないのか……」
「そういうこともあると思うか? こっちに転生してきた影響とかで」
シーナは少し考えて、小さく頭を振った。
「正直、わかんねぇ。ぶっちゃけあたしにも転生のシステムなんざわかっちゃいねえからな。神のヤロウが一方的にやっただけだし。だけど──絶対にねえとも言えないかもな。あたしだって向こうの世界での出来事を一から十まで覚えてるわけじゃない。特に……自分が死んだときのこととかさ」
シーナは口をへの字にして付け加えた。
「でもよ、さすがに最後の瞬間のことだけは覚えてっぞ。間違いねぇ、寝てたあたしを殺したのはあいつだ。あたしの胸に刃物をブッ刺したのはあいつだ。ま、その姿をしてた
向こうの世界であれば、姿を変えられる魔術があってもおかしくはないだろう。だがそれは可能性としてあるというだけで、シーナとしてもそれを本筋とはしていないようだった。
つまり──やはり、自分自身を殺したのは彼女だと、考えている。
「今のうちに聞いとこう。あの魔術については? 一時的に
「それが一番の謎だな。オーガは力が強ぇ人食い鬼ってだけで、魔術を使うなんて話は聞いたことなかったが……」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、
「こっちに来て魔術みてーなもんを使ってる以上、実は
「カリンがたまたま、その魔術を使える少数派だったってことか」
「当然、あたしはあいつが魔術を使う場面なんて見たことないぜ。そりゃそうだ、アレは多分物心ついたときから奴隷商人の商品になってて、そっからチョクであたしについてきてたわけなんだから。あたしと一緒に旅をしてるときは使い方とか知らなかったんじゃねーかと思うな」
「だったらやっぱり、それは……今のあいつは、シーナが知ってるカリンより《進んでる》ってことになる」
「そう。あの角だってあたしといたときは折れてなかった。だから余計におかしいんだよ。あたしを殺したことを、あいつ自身が知らないなんてこと……マジであんのか?」
それは今までの会話より少し小声での、あるいは独白じみた
ぐいぐいと存在を主張するわけではない、一歩引いた気配で──それでもどこか自慢げに、褒めてもらえるのを期待しているかのように、彼女はもじもじとした上目遣いでシーナに視線を送っていた。
特にお褒めの言葉はなく、しゅんとした様子ではあったものの、火は普通に起こされる。
追われているかもしれない状況でどうかと思ったが、火が目立たないような
「……えへへ」
一緒に火を囲むことになったカリンは、もじもじしつつ、尻を少しずつ滑らせてシーナに近寄ろうとしていた。というか既に肩が触れ合うほどのすぐ隣に座っている感じになっていた。
「寄るな。離れろ」
「……はぁい……」
「せっかく久しぶりに会えたのに……つれない、シーナ様……でもそれがシーナ様っぽくていいと言えばいいけど……」
「ぶつくさ言ってんじゃねぇ。──そろそろいいだろ」
揺れる炎をその瞳に映し、彼女はカリンを
「教えろ。お前はなんでここにいる?」
「ええと、そうですね。いまいちぼんやりしている部分もあるんですけど……」
彼女は
混血でありながら
「何かを食べさせられて、歌を聞かされた、ような……?」
首を
「多分、
「わかりませんけど、多分、そうかと」
思い返せば、最初から
「ふん。それで一匹だけが街の中に入ってた理由もわかったな。中に入るときだけセイレーンが姿を元に戻したりしたんだろ。そうしたら検知網やら何やらに引っかからないで門をくぐれたのかもしんねー。お前にだって人間っぽい服の姿が設定されてたりするんだろうからな」
「あ、そうですね。思い出しました、なれますよ。えいっ」
どこか野性味のあった大雑把な布の衣装が、しゅるんと別の衣服に変じる。
セーラー服だった。年格好的な違和感はないが、神のセンスを疑う。
シーナの耳が制服姿のときは少し短く見えるのと同じ偽装的なものか、肌の色も変わり、額の折れ角も見えなくなっている。
「ど、どうでしょう。なんとなく、シーナ様と、一緒のくくりな気がします、ね?」
「しねーよ。あと着替えろとも言ってねーし」
「……ごめんなさい……」
またしゅんとする。
だが気を取り直したように、ところでセイレーンは……? と質問を発してきた。
「はん。聞くまでもねーだろ? ブッ殺してやった」
「わあ。さすがです、それでこそシーナ様!」
我が事のように顔をほころばせる。凶悪なドヤ顔のブレザー褐色ギャルと、気弱そうなセーラー服少女──確かに学生服というくくりで見れば二人は近いものかもしれない。過去に一緒に旅をした者たちが、今また同じ
だが。それでも。
「それで、聞こうと思ってたんですけど……」
カリンの視線が──
シーナに対してのものとはまったく違う、底冷えのするような瞳。
「その人間は、誰ですか?」
それは、自分の
シーナを追いかけていたのが、セイレーンの指示か、彼女自身の再会の欲望のようなものかはわからないが、少なくとも。
彼女が
視線を合わせる
その間に流れたのは、シーナの威圧的な──本気の殺意すら感じる言葉だ。
「
カリンは一つ
「私と同じようなものですか?」
「……
「うーん……じゃあ……いいです。シーナ様がそう言うのなら」
あからさまに納得いっていないような顔ではあったが、そんな言葉を口にする。自然な動きで尻を滑らせ、さりげなくシーナとの距離を縮めていたような気がした。逆側のすぐ隣に座っている
「そう言えばお前の
「私の……? ああ、
「いない?」
「はあ。だって、知らない誰かと一緒にいるなんて……その、怖いし……なに話していいかわからないし……一緒にいて困らないの、シーナ様、だけだし……」
後半はもごもごと
にしても、このカリンというハーフオーガは何なのだ? 明らかに不利な状況でセイレーンと戦い、自分がシーナにしたことを忘却し、今も
自分たちが置かれている今の状況に、この読めない
そのとき唐突にポケットの中で何かが振動した。自分のスマホだ。そこに入っていると意識していなかったので少し驚いた。
「服だけじゃなくて携帯も保管してたのか」
「へへー、だいぶ慣れたから、服のついでに
「いや──助かるのは助かる。助かってばかりもいられないって感じだけど」
「何だそりゃ」
「とりあえず今はこの電話に出るよ。委員長だ」
『どうなった?』
「少しまずいことになった」
手早く現状について説明する。セイレーンには片をつけたこと。だがエルフと
話すにつれて電話口の向こうの空気が張り詰めていくのがわかった。
『駄目ね。電話すべきじゃなかったかもしれない』
「わかってる。
『全部壊して捨てるぐらいでもいいかもしれないわ。まっとうでない手段を使えるのなら、特定の携帯の位置を調べる方法なんてたくさんあるでしょう』
嘆息が一つ聞こえて、
『森の中からは出ないほうがいいでしょうね。かと言ってその位置もまずい。これから指示する場所で合流しましょう。いろいろ用意していくから少し時間は欲しいけど』
「用意って?」
『今は説明してる時間がないわ。私の視点からも、そっちが言う意味とは別で、まずいことになってるってことだけは伝えておく。油断しないで』
「……よくわかんないけど、わかった」
通話を終えて、
首を
「助かったのは本当だ、ありがとう。でも、もうこれは使えないってだけ……エルフがこの場所を突き止める可能性が出てきた。移動しよう」
シーナはすぐに状況を理解した様子で顔を引き締め、腰を上げた。
カリンは何も理解していない様子ながら、シーナの動きを見て至極当然といったように自分も立ち上がった。同行する気だろう。
こちらの視線での問いかけに、シーナは肩を
謎が多い。敵か味方かもわからない。メリットもデメリットも計算できない。
それでも──
ひとまずは、シーナを殺した少女とまだ一緒に行動せねばならないようだった。
†
急がねばならない。
通話を終え、
そのとき来訪を告げるチャイムが鳴った。反射的に警戒心を身に
玄関口でピザの配達員から商品を受け取る。
「すみません、遅れてしまって! いやー、なんか大変なことがあったらしくて、道が……」
「急いでいませんでしたから大丈夫です。これ、お代金」
「はいどうも、ちょうどいただきます。……パーティーですか?」
「そんなものです」
世間話をしている余裕もない。素っ気なく対応。届けられたピザの山に対しての、ワンルームマンション内の静けさや靴の少なさに矛盾を感じたのかもしれなかったが、配達員は少し
ドアを閉めて、その追加のカロリーを腕からさっさと補給。これでほとんど肉の量は通常時くらいにまで戻るはずだ。
その食事をしながらも準備の手は止めなかった。彼らに必要なものを考えながら、荷物をまとめていく。あちらにも食糧は必要だろう。スライムでなくとも補給は大事だ。それから──
不意に、どうしてこんなことをしているのだろう、という根本的な考えが頭に浮かんできた。
(……仕方ないでしょう)
今までにも何度も繰り返してきた
益を考えれば、こうするのが論理的に正しい。選択肢はない。
彼らのためではない。結局は利己的なものだ。
彼らに生き残ってもらわなければ、それを
そうだ、自分がこうやって協力しているのは。
これから先も彼らに戦い続けてもらうために、仕方のないことなのだ……。
†
「
セリアメアが膝を伸ばして立ち上がりながら言った。
「どちらに向かったか
「少し難しいかもしれません」
どこか
「私は森のプロですが、この痕跡の消し方を見る限り、あのダークエルフも同等以上のスキルを持っているでしょう」
どんな分野であろうとも、お互いが達人であれば、少し触れ合っただけでその技術に関してある程度の評価はできるものだ。彼女が見つけた
「まあいい。一度騎士団に戻ろう」
「いいのですか?」
「構わない。現状は、僕たちのほうが絶対的に有利だ」
実際に
その
「そう……これはもはや、時間をかければかけるだけ有利になる、ただの狩りのようなものだ。気長に、慎重に追い続けるだけでいい。そうすれば──いつかは必ず狩れる」
「なるほど。言うまでもありませんが、狩りは得意です」
害獣であれば特にね、と彼女は薄く笑って付け加えた。
†
木々が
「思い、出しますね。私、最初は、本当に何にもできなかったけど……少しずつ、シーナ様に教えてもらって。火とか起こせるようになって、料理とかも」
「……」
シーナは無言で
どこか挑戦的に、唇を曲げてきた。
「あなたはシーナ様にそういうの、教えてもらいました?」
「──いや」
素直に答えると、ふふーん、と彼女は得意顔になって、
「あれ。
「オイ。
シーナがカリンを
「俺がシーナの
「は、はあ?」
「俺はシーナが好きだ。まずダークエルフなのが最高だ。声も好きだ。自由で何にも縛られなくて軽やかなのが好きだ。それから」
「そ、そんなの私だって、当然なんですけど? シーナ様の素敵なところ挙げる勝負ですか? だったら受けて立ちますよ! 夜寝るとき寒かったらびっくりするくらい複雑に手足を
「ああ。強いのに柔らかいのが不思議だよな。それも知ってるマジで最高だ」
「ほう……わかりますか。意外とデキますね……」
「あーもううっせーな! そんなどうでもいい話してる場合じゃねーだろが!」
シーナがクワッと威嚇してくる──その表情に僅かな照れの色が含まれているのは見逃さなかった。意外とこういうディフェンス力がないところも
「
シーナに対しては生意気な口を
「……ふふ」
「なに笑ってんだよ?」
「昔もよく言われたなあ、って思い出してたんです。シーナ様に拾われて、言葉もあまり知らなかったころ、何にもできなくて、ただ後ろをついていくしかできなくて……いっぱい邪魔とか迷惑なことしちゃってたんでしょうね。そのときシーナ様は『今すぐ放り出すぞ』ってよく怒ってました。それでも結局は私が後ろをついてくるのをちらって見るだけで、何もしないで、そのまま一緒にいさせてくれて……」
また、昔の思い出を
「まあいいです。とりあえずは。
「……そいつはどうも」
油断はしていなかった。何があっても対処できるような位置取りはしている。シーナのすぐ隣にいるのも親密度マウントのためだけではなく、いざというときに肉の盾になれるようにだ。
ただ
「さすがは優等生。胸元を開けた女にべったりくっつきながら、別の知らないセーラー服の女子と仲良く話すスキルもお手の物ね」
驚いた様子はなかったから、シーナは気配に気付いていたのだろう。カリンは──気付いていなかったのか、シーナが平然としていたので気にしないことにしたのか。
闇の中から静かに現れたのは
「シーナ様?」
「あー……こいつは……行商人みたいなものだと思っとけ。利用できるから利用してるって感じの
「ふーん。ひょっとしてあなたもシーナ様の素敵なところを知ってるタイプの人ですか」
「嫌いなところなら手足の指で数えられないくらい言えるわ」
カリンも真顔でシーナに視線を向けながら言った。
「──だいぶ敵に近そうですけど?」
周囲でも警戒しとけそうじゃなきゃ寝とけ、とのシーナの冷たい言葉を受け、カリンはしばらく退屈そうに膝を抱えて周囲の森を見回していた。そしてそれに飽きると、膝を抱えた姿勢のままこてんと横に倒れ、言われた通りに寝息を立て始める。
これまでの流れを改めて聞いていた
「ずいぶん素直ね」
「基本的に、あたしの言うことにゃ逆らわない
「大事なのは、それが『本当に今もそうなのか』ってことよ。あとは、基本的に、の中身ね」
「ンなの知るかよ」
「ただ、あいつはエルフからあたしらを助けた。今こうしてても襲ってこねえ。その事実は事実だろ」
「手駒にする気なわけ?」
そうはっきり言語化して考えていたわけではなかったが、状況を考えればそういうことになるのだろう。
「戦力としては必要だと思う。
「どう出てくるにしろ、ね」
その
「本題を伝えるわ。これを見て」
ポケットから取り出されたのは真新しいスマホだ。
「こんなこともあろうかと──なんて
彼女らしい警戒心の強さだ。理屈を考えれば、もう自分たちと
しかし彼女が見せたいのはその携帯そのものではないようだった。
「ニュースなんて見ていないでしょう? 大騒ぎよ」
画面に表示されたのは一般的なニュースサイトのトップページだ。一見するだけでトピックが特定の物事に偏っているのがわかった。
「なんかあたしらの知らねえ面白いニュースでもあんなら口で教えろよ。漢字はまだちっとわかんねーんだぞ」
「……俺たちが知らないニュースは、ないな。知ってるニュースが大人気だ」
努めて冷静に言った。
『
そこで報じられていたのは、自分たちがつい数時間前に体験した出来事の数々。関係した者によって、あるいは伝聞によって、記事は次々と更新され、文字と写真によって鮮烈に大事件が描き出されていく。明確に間違っているデマも中にはあったが、大半は不完全ながらも正しい情報で構築されているようだった。
その第三者からの視点による報告の数々で、
多くの人が、死んだ。
多くの建物が壊され、燃え、
それは自分たちの世界の中だけの話ではなかったのだ。異世界から来た人外の
戦争に参加しているのは、自分たちだけではなかった。
「…………」
息苦しさは生まれたが、飲み込む。
知ったことか、という思いが
だから、自分には何を
「一番見てほしい記事はこれね。読むべき面白いデマもあるんだって初めて知ったわ」
「……これは」
眼球が固定される。その記事はおおよそにおいては他のものとさほど変わりはなかったが、最後に──けっして見過ごすことのできない一文が、あったのだった。
《関係者によると、この宗教団体「導き手たる光」の行動に何らかの関与をした疑いで》
《ある騎士校の生徒を重要参考人とし、その行方を捜索中だという情報が──》
ついに来たか、と。
その広く暗い世界に向けて、頭頂部から何かが放散していく感覚があった。陸地と
「あなたはついに社会を敵に回した。逆に言えば、向こうは社会を味方にしたってこと」
あくまでも冷静に。向かい合わねばならない数式をただ読み上げるように。
「それに比べてこっちにいるのは、
†
ぱちぱちと
他に聞こえるのは夜の森に住まう生き物たちのざわめき、
「つまり、街に戻ったら捕まっちまうかもってこったな?」
「そういうことになるかな」
今後の方策に頭を巡らせつつ、
「オイオイなんつー顔してんだよ。額にシワ寄りすぎだろ。ンなのたいした問題じゃねえぞ」
「そう……か?」
「そうだぞ。ならしばらく街に戻らなきゃいいだけだろ」
あっさりと言った。
「あたしが何回向こうの世界でそんな状態になったと思ってんだよ。つーかそういう状況のほうが多かったっつーの。基本的にお尋ね者だからな、ダークエルフは。街の騎士団やら自警団が本気になって追ってくるっていうなら、離れたところでテキトーにやってりゃいいだけだ」
「ほとぼりが冷めるまでこのまま山で暮らすってこと?」
膝を抱えた
「だって昨日までと変わんねーだろ。テントとかはねーけど、だいたい一緒だ」
セイレーンの操る
「むしろついにあたしのテクが披露できるってなもんだ。お前らの野外活動は快適だけど工夫がなさすぎる。まあ任せとけよ、寝床も食い物も心配はいらねーから」
何の気負いもない、いつも通りの彼女だった。
「そう自信満々に言われると、マジでキャンプの続きをしてればいいだけな気がしてきたな」
「ちょっと朝倉くん……」
眉根を寄せて口を挟もうとした
「バーカ、お前もだ。全部深刻に考えすぎなんだよ。とにかく今日はもう寝とけ。とりあえず体力は回復させなきゃなんねーだろ。周りの警戒はあたしがしとく」
「……」
「本当に大丈夫だっての。こんなことはいくらでもあった。ただ森で暮らして、腹が減りゃ獣とか
彼女が言うならそうなのだろう。
そして自分の願いは彼女と共にいることだ。ただそれだけだ。だから周囲の状況がどうなろうと、その望みさえ
それが、シーナの望みにも
快楽主義的なダークエルフとして、何かを我慢しているものでないのかどうか。
だから聞く。
「それは……シーナにとっては、楽しいことか?」
「ん? もう飽きた暮らしじゃねえのかって? わかってねえなー」
シーナはにやりと笑って、
「最近は、お前がいりゃ何でも新鮮で楽しいよ。わりとな」
その答えがあれば、他には何もいらなかった。