どちらかと言えばきやしやで線の細いたい。額の中心ではなく、少し横にずれた部分にちゆうはんな角のようなものを生やしている。途中で不自然に折れたような形状。

 オーガと聞いてイメージするものとは裏腹に、どことなく気弱そうな顔立ちに思えた。子犬のような目を、カリンと呼ばれた少女は、真っ正面からシーナに向けている──

 それを黙って見ているセリアメアたちではなかった。事情を理解しているわけではないだろうが、三度、熱線の魔術。

「《火の精霊よ/正しき灯の恵撫は其処へフアイヤーエレメンタル・クロウリングカレス》!」

 それを防いだのは、今度はじゆうの毛皮ではない。

 手足をついていた姿勢から、まさしく獣のように素早く身をひるがえしたカリンの手に、くうから生み出された何かが握られる。ちょうど一握りできるほどの棒状の何か。その色、質感、全体的な印象に、れんすけは既視感を抱いた。

 それは、彼女の額に生えている、折れた角と同じような質感を持っているように見えたのだ。

「《雄々しき巨軀のグシオンアンチエインドパワー》!」

 刹那、二つの変化が同時に起こった。

 彼女が握っていたものが一気に膨らみ、身の丈程もある強大な両刃のおのを形作ったのと──

 そのおのつかむ彼女の身体からだそのものが、めしり、ときしんだこと。

 それは筋肉の躍動。肉体の励起。全体的な造作はそのままに、一瞬で歴戦の戦士の身体からだを手に入れたがごとく、その四肢に隆々たる筋肉の盛り上がりを獲得する。

 彼女はその圧倒的な筋肉量でもって振り向きざまにおのを振るった。彼女であったじゆうが飛び込んできたときと同じ、大きな物体が動いたことによる風圧を感じる。両刃のおのは盾のようにエルフが放ってきた熱線を防いだ。

 しかし相手はセリアメアだけではない。白き正義の騎士たるリボルヴ、エルフのけんぞくたるひとも同時に間合いを詰め、手にしていたじゆう対策用のEFメイスを振り下ろしていた。

 カリンは避けない。

 くるりとおのを手中で持ち替え、腕の筋肉を躍動させ、

 真っ向から巨人のメイスにそのおのを撃ち合わせた。

 かたや3メートル近い鋼鉄製の巨人。かたや小柄とも言える生身の少女。

 それは比較のしようもないアンバランスな二者だ。武器自体のサイズのみがかろうじて匹敵しているとはいえ、結果は容易たやすく想像できると思えたが──

 尋常ならざる筋肉の躍動は、その結果すらもくつがえす。

 弾いた

 生身の存在が振るう長大なおのが、リボルヴの武装であるEFメイスの一撃を受け止め、それどころか鈍い音を立ててはじかえしたのだ。

 現実感がない光景だ。車を殴り飛ばす人間を見たような、トラックを足で転がしている人間を見たような違和感。スケール感の黙殺。本来並べることすらおかしいはずのものがきつこうし、別の結果を生み出している。

 それはあからさまな異常で、しかし確かな現実だった。

 だがれんすけは知っている。

 そんな結果を生み出すものこそが、異世界から転生してきた人外、の使う──

 種族固有の、魔術なのだ。

「なにっ……」

 さすがに真っ向からのパワーでEFメイスを跳ね返されるとは思っていなかったのか、の操るリボルヴのバランスが僅かに崩れる。

 その刹那の隙をカリンは見逃さなかった。

「《疾き瑠璃色のゲルダウインドブロウパワー》!」

 次なる魔術行使。おのの形状が今までのものより細く、流線型に変化する。合わせて彼女の身体からだも、その体格を変じていた。最初の少女でもなく、先程までの筋骨隆々っぷりでもなく、アスリートやひようのような細身の肉体に。

 彼女はきびすかえし、れんすけたちのほうに向き直る──何かを予感していたれんすけは傷ついたシーナの身体からだを既に抱えるようにしていた。それを見たカリンが小さく眉を揺らしたが、面倒だと思ったのだろう、れんすけとシーナの身体からだを丸ごと片腕でその肩にかついだ。

「──逃げます!」

うそだろ、どうなってやがる!? れんすけ、こいつは──」

「わかってる、でも今はこうするしかないぞ、シーナ!」

 ちっ、と彼女を抱きかかえた胸の下から舌打ちが聞こえた。しかし本当に今は選択肢がない。状況には不明な点が多すぎるが、少なくともここでエルフにとどめを刺されることだけは避けなくてはならない。何よりも態勢を立て直すべきだ──この敵か味方かもわからぬ少女の力に頼ってでも。

「《火の精霊よ/緋の三つ子たち気儘に踊りてフアイヤーエレメンタル・ノーテイトリプレツツ》」

 蛇のようにうねる、数条の炎の矢がセリアメアから飛来。カリンは背後の空間をまわすように片手でおのを回転させた。先程のおのの圧倒的なパワーとは異なる、流線型に形状変化したおのは気流を高速でまわし、あるいはその刃でもって、炎の矢を受け流す──同時に彼女は疾駆を開始。

 れんすけとシーナを背負った状態でありながら、その速度はまさに獣のようだった。

 夜闇が満ちる森の中に飛び込み、走る。セリアメアたちが追ってくる気配があったが、無視して走り続けた。木が乱立する森は、エルフはともかく、リボルヴが地上走行するにはさすがに難しい地形だ。

 走る、走る、走る。

 どれだけそれを続けただろうか。なんとか背後からの気配は振り切れたようだった。なおも彼女は足を動かし続けていたが、れんすけはそこで胸中のシーナからのシグナルを受け取る。

 温度、いつものぬくもり。呼気、平静に近い。胸の出血、停止。

 まなし──もういいぞ、と状況変化を促すもの。

 ならばとれんすけは唐突に身をひねり、カリンの肩から強引に脱出した。シーナと共に着地。

「わっ」

 急に荷物を二つ失ってバランスを崩したカリンがたたらを踏み、前方に少し滑って停止。

 小さく眉根を寄せた顔で、

「降りるなら降りるって言ってください。危ないですよ」

 としての治癒力でひとまず傷を塞いだシーナは、油断なく彼女を見据えていた。

「どういうつもりだ、カリン」

「どうって……私、ですから。私は、シーナ様のもの。シーナ様が危なかったら、助けるのは当たり前……ですよね?」

「ンなこと言ってんじゃねえ。まず、そもそもだ──オーガは魔術なんて使えねえはずだ。つまりオーガは魔術種じゃねぇ。なんでこっちに来てやがる?」

 予想外の言葉だった。それが本当なら、彼女がさっき見せた力は何だったのか。この世界にどうして転生してきているのか。

 カリンの返答は曖昧だった。

「はあ……なんでなんでしょう? 私もそのあたり、頭がぼーっとしてて……」

「ふざけんなよ。聞きたいのはその態度もだ」

 さらにシーナの目がらんらんと光る。今までに何度も見たものだ。

 一切の手加減なく、油断もなく。ただ倒さねばならない敵をへいげいする、殺意の視線。

「お前はあっちの世界であたしを殺したろうが。味方ぶってんじゃねえぞ」

 だがカリンはその視線の圧力にまったく気付いていないように。

 本当に、きょとんと首をかしげて、答えたのだった。


「殺した、って……何の話ですか?」



 どうしてそうなったか、そもそもの理由は忘れた。

 とにかく何か利害の対立があったのだけは確かだ。金銭か生命かはともかく、そうしなくては手に入らない、あるいは奪われることを阻止できないものがあった。

 だからそうしたという、ただそれだけ。

 故にかつてのシーナ・グレイヴ・ゾァインメリは、コボルド族の旅商人たちのキャンプ地の中央に、一人、立っていた。周囲に漂うのは新鮮な死臭と血臭。コボルドは悪辣で悪知恵の働く商売人たちの種族で、金にあかせて集めた最新鋭の武具や他種族のようへいがここにもそろってはいたが、シーナの魔術の前では敵ではなかった。

 面倒な労働のあとにはごほうが必要だ。

 シーナはキャンプ地の物色を始める。動かなくなった者のふところあさり、価値のありそうな運び荷を調べ、受取人には永遠に届かないであろう商品を代わりに有効活用してやることにする。

 ある一台の、横転した馬車の荷台。そのほろをめくりあげたとき、シーナは眉根を寄せた。

 そこにあったのは対処に困る、面倒な商品であった。

 おりに入っていたとおぼしき、一人の少女。馬車が横転した衝撃で壊れたのか、ゆがんだおりの隙間から恐る恐るといった感じでようとしていた。シーナに気付いて、びくりと身体からだを震わせて、そのまま動きを止める──せつかんを恐れているのだろうというのは容易に想像がついた。きちんとしつけられていた商品らしい。

 まだほんの子供だろう。きやしやたいしやくどう色の肌。額には短い角が生えている──中央ではなく、横に寄って一本だけ。

(オーガのガキか? ……いや)

 別の血も入っている混ざり物だろう、と判断した。オーガは普通、二本の角を生やしている。オーガの肌の色をしつつも片側だけしか生えていないのは、つまりそういうことだろう。おそらく訳アリ商品だ。それなりに珍しく、やせっぽちではあるが五体満足で生きていて、メスとしての機能も使えなくはなさそうな、不均衡な角を除けば見目も醜くはない……玩具。

 見れば似たような玩具が入ったおりが、同じ馬車にはいくつも積まれていた。ただ中にいた別のうさぎみみの少女や体毛のない男児などは首がねじれたり血を吐いたりしていて動いていなかった。このちゆうはんなオーガの玩具が、唯一の生き残り。

 興味はなかったし、金に換えるのも不可能ではなかったが面倒だった。今は他に、より即物的な戦利品が見つけられる。

 だからシーナは鼻を鳴らしただけできびすかえそうとする。

 そのとき──くい、とマントの裾が引っ張られる感覚を覚えたのだった。

 少女が、マントの裾をつかんでいた。こちらを見上げて、しかし何も言わず、ただ──自らの全てを預託するような視線を、向けてきていた。

…………

 理由はわからない。

 その手を強く振り払わなかった理由はわからない。

 適当に無視して馬車を出て、戦利品の品定めをしているとき、ずっとすぐ背後にくっついていた気配を放置していた理由も。そのあともしばらくしたいようにさせていた理由も。

 落ち着いたあと、売らなかった理由も──

 本当に、わからない。



 そんなことするわけがない、覚えていない、の一点張りであった。

「駄目だ。クソめんどくせぇ。めんどくせぇのは嫌いだ」

 そのうちにシーナのほうがいきと共に根負けし、適当な木の根元に座り込むようになった。かろうじて動けるようになったというだけで、今はセイレーンとの戦闘を終えた直後、エルフのきような奇襲から逃れた直後なのだ。セイレーンの根源魔力のおかげで燃料補給はできているとはいえ、純粋な休息も必要なタイミングだ。

「お疲れですね、シーナ様……薪を拾ってきます。火を起こしましょう」

 そんなことを言って、カリンは森の夜闇の中に姿を消していった。その態度は自然で、何かをたくらんでいるような様子は見られない。

 その方向を警戒し続けることしばらく。一つ息を吐いて、れんすけは言った。

「……どう思う?」

 シーナも周囲の警戒をおろそかにはしていない。細めた目で、

「わけわかんねーが、どうもうそついてるって感じでもねぇんだよな。敵意も感じねえ」

「人違いって可能性は……さすがにないか」

「あるわけねー。あれはカリンだ。あたしが拾った犬っころ代わりのハーフオーガ。あたしの知ってる姿よりちっと成長してる気もすっけどな」

「シーナの記憶より成長してるんなら、それは──」

「ああ。当然、あたしを殺したあとの時系列のあいつだろ。なのに知らないわけがない。忘れてるのか、記憶がないのか……」

「そういうこともあると思うか? こっちに転生してきた影響とかで」

 シーナは少し考えて、小さく頭を振った。

「正直、わかんねぇ。ぶっちゃけあたしにも転生のシステムなんざわかっちゃいねえからな。神のヤロウが一方的にやっただけだし。だけど──絶対にねえとも言えないかもな。あたしだって向こうの世界での出来事を一から十まで覚えてるわけじゃない。特に……自分が死んだときのこととかさ」

 シーナは口をへの字にして付け加えた。

「でもよ、さすがに最後の瞬間のことだけは覚えてっぞ。間違いねぇ、寝てたあたしを殺したのはあいつだ。あたしの胸に刃物をブッ刺したのはあいつだ。ま、その姿をしてたにせものだったっつーのもなくもないが」

 向こうの世界であれば、姿を変えられる魔術があってもおかしくはないだろう。だがそれは可能性としてあるというだけで、シーナとしてもそれを本筋とはしていないようだった。

 つまり──やはり、自分自身を殺したのは彼女だと、考えている。

「今のうちに聞いとこう。あの魔術については? 一時的に身体からだおのをパワーアップさせる魔術みたいな感じだったけど」

「それが一番の謎だな。オーガは力が強ぇ人食い鬼ってだけで、魔術を使うなんて話は聞いたことなかったが……」

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、

「こっちに来て魔術みてーなもんを使ってる以上、実はだったってことなんだろうな。上位種だけが魔術を使うゴブリンと一緒で、マジで一握りしか魔術を使えないから、あたしは死ぬまで知らなかったし聞いたこともなかった……っていう可能性はある」

「カリンがたまたま、その魔術を使える少数派だったってことか」

「当然、あたしはあいつが魔術を使う場面なんて見たことないぜ。そりゃそうだ、アレは多分物心ついたときから奴隷商人の商品になってて、そっからチョクであたしについてきてたわけなんだから。あたしと一緒に旅をしてるときは使い方とか知らなかったんじゃねーかと思うな」

「だったらやっぱり、それは……今のあいつは、シーナが知ってるカリンより《進んでる》ってことになる」

「そう。あの角だってあたしといたときは折れてなかった。だから余計におかしいんだよ。あたしを殺したことを、あいつ自身が知らないなんてこと……マジであんのか?」

 それは今までの会話より少し小声での、あるいは独白じみたささやごえだった。

 きつけ用の小枝を抱えたカリンが、闇の中から戻ってきたからだ。

 ぐいぐいと存在を主張するわけではない、一歩引いた気配で──それでもどこか自慢げに、褒めてもらえるのを期待しているかのように、彼女はもじもじとした上目遣いでシーナに視線を送っていた。


 特にお褒めの言葉はなく、しゅんとした様子ではあったものの、火は普通に起こされる。

 追われているかもしれない状況でどうかと思ったが、火が目立たないようなたきの仕方も彼女たちは知っていた。根源魔力が感じられないくらいの距離であればそうそう見つかることはないだろう、という評価だった。それならそれでいいのだが、

「……えへへ」

 一緒に火を囲むことになったカリンは、もじもじしつつ、尻を少しずつ滑らせてシーナに近寄ろうとしていた。というか既に肩が触れ合うほどのすぐ隣に座っている感じになっていた。

「寄るな。離れろ」

「……はぁい……」

 ぶつちようづらのシーナがぞんざいに手で押して間合いを開けさせると、あからさまにがっかりした様子で彼女は火の側に腰を落ち着けた。小枝をたきにくべながら小声でぶちぶち言っている。

「せっかく久しぶりに会えたのに……つれない、シーナ様……でもそれがシーナ様っぽくていいと言えばいいけど……」

「ぶつくさ言ってんじゃねぇ。──そろそろいいだろ」

 揺れる炎をその瞳に映し、彼女はカリンをにらんだ。

「教えろ。お前はなんでここにいる?」

「ええと、そうですね。いまいちぼんやりしている部分もあるんですけど……」

 彼女はもつたいぶることもなく、素直に説明を始める。

 混血でありながらオーガの代表として選ばれ、この世界に転生した。しばらく戦ったあと、セイレーンと出会って敗北した。それから後のことは特によく覚えていないが、根源魔力のほとんどを奪われて──言い換えれば部分的に残されて消滅をまぬがれて──

「何かを食べさせられて、歌を聞かされた、ような……?」

 首をかしげるカリンにシーナが鼻を鳴らす。

「多分、じゆうっつったか? あいつらの何かだろ。それでお前はあのおおかみみたいな獣のパワーを手に入れた。セイレーンの魔術かオーガの魔術かで、どういうわけか肉体自身がまるっとあのおおかみの姿に変化した。その状態でセイレーンの手駒にされてた……ってところか」

「わかりませんけど、多分、そうかと」

 思い返せば、最初からおおかみじゆうだけはセイレーンの操るじゆうたちの中でも特別な存在感を放っていた。圧倒的な力と体軀を持ち、他にはない知性を感じるような目をしており、あまつさえ──シーナの名前を、呼んでいた。

「ふん。それで一匹だけが街の中に入ってた理由もわかったな。中に入るときだけセイレーンが姿を元に戻したりしたんだろ。そうしたら検知網やら何やらに引っかからないで門をくぐれたのかもしんねー。お前にだって人間っぽい服の姿が設定されてたりするんだろうからな」

「あ、そうですね。思い出しました、なれますよ。えいっ」

 どこか野性味のあった大雑把な布の衣装が、しゅるんと別の衣服に変じる。ひだが入った紺色のスカート、白の面積が多い上半身、大きな首回りの襟、その下に巻かれたスカーフ……

 セーラー服だった。年格好的な違和感はないが、神のセンスを疑う。

 シーナの耳が制服姿のときは少し短く見えるのと同じ偽装的なものか、肌の色も変わり、額の折れ角も見えなくなっている。

「ど、どうでしょう。なんとなく、シーナ様と、一緒のくくりな気がします、ね?」

「しねーよ。あと着替えろとも言ってねーし」

「……ごめんなさい……」

 またしゅんとする。

 だが気を取り直したように、ところでセイレーンは……? と質問を発してきた。

「はん。聞くまでもねーだろ? ブッ殺してやった」

「わあ。さすがです、それでこそシーナ様!」

 我が事のように顔をほころばせる。凶悪なドヤ顔のブレザー褐色ギャルと、気弱そうなセーラー服少女──確かに学生服というくくりで見れば二人は近いものかもしれない。過去に一緒に旅をした者たちが、今また同じたきを囲んでいるというだけかもしれない。

 だが。それでも。

「それで、聞こうと思ってたんですけど……」

 カリンの視線が──れんすけに、向けられる。

 シーナに対してのものとはまったく違う、底冷えのするような瞳。

「その人間は、誰ですか?」

 れんすけは忘れていない。彼女があのおおかみじゆうであったというのなら。

 それは、自分の身体からだを完膚なきまでにバラバラにした存在だ。一切の容赦なく死のふちまで追い込んだ存在だ。ゆいが助けてくれなければ、あるいは本当に目覚めることができなかったかもしれない。

 シーナを追いかけていたのが、セイレーンの指示か、彼女自身の再会の欲望のようなものかはわからないが、少なくとも。

 彼女がれんすけの生命をおびやかすものであるということだけは、事実だった。

 視線を合わせるれんすけとカリン。

 その間に流れたのは、シーナの威圧的な──本気の殺意すら感じる言葉だ。

れんすけはあたしのけんぞくで、あたしのものだ。手を出したら殺す」

 カリンは一つまばたきをして。

「私と同じようなものですか?」

「……けんぞくけんぞくだ。とにかく何かしたらブッ殺すぞ」

「うーん……じゃあ……いいです。シーナ様がそう言うのなら」

 あからさまに納得いっていないような顔ではあったが、そんな言葉を口にする。自然な動きで尻を滑らせ、さりげなくシーナとの距離を縮めていたような気がした。逆側のすぐ隣に座っているれんすけに対抗するかのように。

「そう言えばお前のけんぞくは?」

「私の……? ああ、けんぞくってそういう……なんか誰かが言っていたような気がするアレのことだったんですか。私のけんぞくは、いませんよ」

「いない?」

「はあ。だって、知らない誰かと一緒にいるなんて……その、怖いし……なに話していいかわからないし……一緒にいて困らないの、シーナ様、だけだし……」

 後半はもごもごとつぶやいていたが、少なくともうそをついているような感じではなさそうだった。自分の魔術を使うのに必須な要件ではない──スライムのような関係性のけんぞくなら、いなくても戦うことは可能だろう。その状態のままセイレーンに負けて操歌魔術ソングマジツクの支配下にあったのだとすれば、納得できなくもないことだが。

 にしても、このカリンというハーフオーガは何なのだ? 明らかに不利な状況でセイレーンと戦い、自分がシーナにしたことを忘却し、今もなついた子犬のようにシーナに身を寄せようとしている──意味がわからない。ただ愚かというだけなのか。

 自分たちが置かれている今の状況に、この読めないざんはどう関与する──?

 そのとき唐突にポケットの中で何かが振動した。自分のスマホだ。そこに入っていると意識していなかったので少し驚いた。リボルヴ胴体席ボデイスペースの中でせいれいじゆと化したとき、当然ながら携帯などの持ち物について気にしている余裕はなかった。

「服だけじゃなくて携帯も保管してたのか」

「へへー、だいぶ慣れたから、服のついでにの中に巻き込めるかなと思ってさ。財布もあんぞ? ……なんだその顔、うれしくないのか?」

「いや──助かるのは助かる。助かってばかりもいられないって感じだけど」

「何だそりゃ」

「とりあえず今はこの電話に出るよ。委員長だ」

 ざん──万全の根源魔力を持っているわけではない、未満の存在。それは電話をかけてきたその相手も同じなのかもしれなかった。通話を開く。無駄な社交辞令など口にしないのがたにゆいという少女だ。

『どうなった?』

「少しまずいことになった」

 手早く現状について説明する。セイレーンには片をつけたこと。だがエルフとが裏切り襲いかかってきたこと。そこにシーナの顔見知りらしいオーガのが現れたこと。

 話すにつれて電話口の向こうの空気が張り詰めていくのがわかった。

『駄目ね。電話すべきじゃなかったかもしれない』

「わかってる。てんらんばし博士はハッキング的な能力も持ってる。にまだ協力してるなら、こっちの携帯の位置情報が辿たどられないとも限らない。通話が終わったらすぐに電源を切るよ」

『全部壊して捨てるぐらいでもいいかもしれないわ。まっとうでない手段を使えるのなら、特定の携帯の位置を調べる方法なんてたくさんあるでしょう』

 嘆息が一つ聞こえて、

『森の中からは出ないほうがいいでしょうね。かと言ってその位置もまずい。これから指示する場所で合流しましょう。いろいろ用意していくから少し時間は欲しいけど』

「用意って?」

『今は説明してる時間がないわ。私の視点からも、そっちが言う意味とは別で、まずいことになってるってことだけは伝えておく。油断しないで』

「……よくわかんないけど、わかった」

 通話を終えて、ゆいと話していた通り、今まで使っていた携帯を壊した。

 首をかしげるシーナに苦笑いする。

「助かったのは本当だ、ありがとう。でも、もうこれは使えないってだけ……エルフがこの場所を突き止める可能性が出てきた。移動しよう」

 シーナはすぐに状況を理解した様子で顔を引き締め、腰を上げた。

 カリンは何も理解していない様子ながら、シーナの動きを見て至極当然といったように自分も立ち上がった。同行する気だろう。

 こちらの視線での問いかけに、シーナは肩をすくめて諦めの気配。

 謎が多い。敵か味方かもわからない。メリットもデメリットも計算できない。

 それでも──

 ひとまずは、シーナを殺した少女とまだ一緒に行動せねばならないようだった。



 急がねばならない。

 通話を終え、ゆいは自室の中を往復して素早く準備を開始する。

 そのとき来訪を告げるチャイムが鳴った。反射的に警戒心を身にまとうが、インターホンで応答するとその必要はないとわかった。頼んだのを忘れていた。最後のカロリーだ。

 玄関口でピザの配達員から商品を受け取る。

「すみません、遅れてしまって! いやー、なんか大変なことがあったらしくて、道が……」

「急いでいませんでしたから大丈夫です。これ、お代金」

「はいどうも、ちょうどいただきます。……パーティーですか?」

「そんなものです」

 世間話をしている余裕もない。素っ気なく対応。届けられたピザの山に対しての、ワンルームマンション内の静けさや靴の少なさに矛盾を感じたのかもしれなかったが、配達員は少しげんな顔を見せただけで何も言わなかった。過食症の女のうそだとでも思ったのかもしれない。それはだいたい合っている。

 ドアを閉めて、その追加のカロリーを腕からさっさと補給。これでほとんど肉の量は通常時くらいにまで戻るはずだ。

 その食事をしながらも準備の手は止めなかった。彼らに必要なものを考えながら、荷物をまとめていく。あちらにも食糧は必要だろう。スライムでなくとも補給は大事だ。それから──

 不意に、どうしてこんなことをしているのだろう、という根本的な考えが頭に浮かんできた。

 しく。手間と労力を使って。頼まれてもいないのに。

(……仕方ないでしょう)

 今までにも何度も繰り返してきた理由言い訳が、また繰り返される。

 益を考えれば、こうするのが論理的に正しい。選択肢はない。

 彼らのためではない。結局は利己的なものだ。

 彼らに生き残ってもらわなければ、それをデコイにしている自分の平穏が危うくなるから。

 そうだ、自分がこうやって協力しているのは。

 これから先も彼らに戦い続けてもらうために、仕方のないことなのだ……。



たきの痕跡ですね」

 セリアメアが膝を伸ばして立ち上がりながら言った。

 リボルヴの外部カメラを通してでは、彼女が調べていた地面に何があるのか判然としなかったが、元よりひとは彼女の言を疑いはしない。

「どちらに向かったか辿たどれるか?」

「少し難しいかもしれません」

 どこかぜんとした表情で、エルフの彼女は果てなく広がる周囲の闇に目を向けていた。認めたくはないが認めなくてはならない、というように。

「私は森のプロですが、この痕跡の消し方を見る限り、あのダークエルフも同等以上のスキルを持っているでしょう」

 どんな分野であろうとも、お互いが達人であれば、少し触れ合っただけでその技術に関してある程度の評価はできるものだ。彼女が見つけたたきの痕跡も、常人であれば間違いなく見過ごしてしまうようなレベルのものだったらしい。

 ひとは少し考えて、今後の動きを決定した。

「まあいい。一度騎士団に戻ろう」

「いいのですか?」

「構わない。現状は、僕たちのほうが絶対的に有利だ」

 実際にたいした場合の戦闘力差という意味でも。

 そのたいの未来が状況的に決まりきっており、決して逃げられはしないという意味でも。

「そう……これはもはや、時間をかければかけるだけ有利になる、ただの狩りのようなものだ。気長に、慎重に追い続けるだけでいい。そうすれば──いつかは必ず狩れる

「なるほど。言うまでもありませんが、狩りは得意です」

 害獣であれば特にね、と彼女は薄く笑って付け加えた。



 れんすけの携帯は使用しないことにしたので、正確なGPS情報を伝えられてもそれを確認するすべがない。『連絡を取った場所から北西方向5キロメートル先にある小さな池の周囲』とざっくりした位置を決め、そこをゆいとの待ち合わせ場所にするしかなかった。

 木々がひさしになっている目立たない場所を選び、シーナにまたたきを起こしてもらった。ゆいへの目印にもなるだろうと考えてのことだ。そうでなくとも、ある程度まで近付けばお互いに根源魔力で察知することはできるだろうが。

「思い、出しますね。私、最初は、本当に何にもできなかったけど……少しずつ、シーナ様に教えてもらって。火とか起こせるようになって、料理とかも」

「……」

 シーナは無言でたきの火力を調整しているだけだ。何かをなつかしむような目でたきに言葉を発していたカリンは少し残念そうな様子を見せていたが、ふとれんすけのほうに視線を向けて──

 どこか挑戦的に、唇を曲げてきた。

「あなたはシーナ様にそういうの、教えてもらいました?」

「──いや」

 素直に答えると、ふふーん、と彼女は得意顔になって、

「あれ。けんぞくと言っても意外にたいしたことないんですね。ひょっとして私のほうがシーナ様に近しかったりするんじゃないです?」

「オイ。れんすけからむなよ」

 シーナがカリンをにらんで言うが、れんすけもいつまでも黙っているつもりはない。彼女のスタンス的なものはもうなんとなくわかっている。ならば上下関係ははっきりさせておくべきだろう。

「俺がシーナのけんぞくになった理由はな。好きだから、だ。どっちが距離的に近いかどうかは、多分はっきりしてる」

「は、はあ?」

 れんすけはこれ見よがしに肩をシーナに寄せてみた。さっきのたきと同じく、あまり寄るなと距離的なけんせいを受けているカリンには不可能な距離感。

「俺はシーナが好きだ。まずダークエルフなのが最高だ。声も好きだ。自由で何にも縛られなくて軽やかなのが好きだ。それから」

「そ、そんなの私だって、当然なんですけど? シーナ様の素敵なところ挙げる勝負ですか? だったら受けて立ちますよ! 夜寝るとき寒かったらびっくりするくらい複雑に手足をからめて暖を取ってくるところとか、生身の敵なら殴り殺せるくらい筋肉があるのに、どうしてか気の抜けたときは触ると全身ぷにぷにしてとっても柔らかくて気持ちいいところとか──」

「ああ。強いのに柔らかいのが不思議だよな。それも知ってるマジで最高だ」

「ほう……わかりますか。意外とデキますね……」

「あーもううっせーな! そんなどうでもいい話してる場合じゃねーだろが!」

 シーナがクワッと威嚇してくる──その表情に僅かな照れの色が含まれているのは見逃さなかった。意外とこういうディフェンス力がないところも可愛かわいいと思う。

れんすけにちょっかい出すなって言ったよな。邪魔になったらマジで今すぐ放り出すぞ」

 シーナに対しては生意気な口をくこともなくすっと身を退いたカリンだったが、その言葉には小さく頰を緩めた。

「……ふふ」

「なに笑ってんだよ?」

「昔もよく言われたなあ、って思い出してたんです。シーナ様に拾われて、言葉もあまり知らなかったころ、何にもできなくて、ただ後ろをついていくしかできなくて……いっぱい邪魔とか迷惑なことしちゃってたんでしょうね。そのときシーナ様は『今すぐ放り出すぞ』ってよく怒ってました。それでも結局は私が後ろをついてくるのをちらって見るだけで、何もしないで、そのまま一緒にいさせてくれて……」

 また、昔の思い出をなつかしむ顔だ。シーナが反応に困った様子で口をつぐむと、カリンは改めてれんすけに視線を向け、

「まあいいです。とりあえずは。けんぞくのあなたも、シーナ様の素敵なところを知ってる仲間だってことだけは、わかりましたから」

「……そいつはどうも」

 れんすけは曖昧にうなずくだけにとどめておいた。少しでも情報を得ようと、シーナをダシにして少し踏み込んだ会話をしてみたものの、依然として結論は出ない──このハーフオーガの少女に、どれだけ心を許していいものか。

 油断はしていなかった。何があっても対処できるような位置取りはしている。シーナのすぐ隣にいるのも親密度マウントのためだけではなく、いざというときに肉の盾になれるようにだ。

 ただはたから見れば、それはいまいち伝わりにくい事情だったかもしれない。

「さすがは優等生。胸元を開けた女にべったりくっつきながら、別の知らないセーラー服の女子と仲良く話すスキルもお手の物ね」

 驚いた様子はなかったから、シーナは気配に気付いていたのだろう。カリンは──気付いていなかったのか、シーナが平然としていたので気にしないことにしたのか。

 闇の中から静かに現れたのはぶつちようづらのクラスメイト、たにゆいだった。最後に見たときはれんすけ身体からだを治療した影響で子供じみたたいだったのだが、これまでの時間でカロリーや魔力を補給していたのだろう、今はほとんど元の同級生サイズに戻っているように見えた。それでも同年代のクラスメイトと比べればはるかにきやしやで小柄なのは変わらないが。

「シーナ様?」

「あー……こいつは……行商人みたいなものだと思っとけ。利用できるから利用してるって感じのやつ。今んとこ敵じゃねぇ」

「ふーん。ひょっとしてあなたもシーナ様の素敵なところを知ってるタイプの人ですか」

 ゆいは真顔のまま鼻を鳴らして、

「嫌いなところなら手足の指で数えられないくらい言えるわ」

 カリンも真顔でシーナに視線を向けながら言った。

「──だいぶ敵に近そうですけど?」


 周囲でも警戒しとけそうじゃなきゃ寝とけ、とのシーナの冷たい言葉を受け、カリンはしばらく退屈そうに膝を抱えて周囲の森を見回していた。そしてそれに飽きると、膝を抱えた姿勢のままこてんと横に倒れ、言われた通りに寝息を立て始める。

 これまでの流れを改めて聞いていたゆいがそちらを見て、

「ずいぶん素直ね」

「基本的に、あたしの言うことにゃ逆らわないやつだったからな」

「大事なのは、それが『本当に今もそうなのか』ってことよ。あとは、基本的に、の中身ね」

「ンなの知るかよ」

 ゆいが持ってきてくれた補給用の携帯食糧をバリバリくだきながらシーナが言った。視線がカリンの寝顔を経由する。

「ただ、あいつはエルフからあたしらを助けた。今こうしてても襲ってこねえ。その事実は事実だろ」

「手駒にする気なわけ?」

 そうはっきり言語化して考えていたわけではなかったが、状況を考えればそういうことになるのだろう。れんすけもペットボトルの水で喉を潤しながらうなずいて、

「戦力としては必要だと思う。リボルヴと生身で打ち合えるパワーは実際のところ捨てがたい。たちがどう出てくるにしろ、手札は多い方がいい」

「どう出てくるにしろ、ね」

 そのおうがえしは意味深だった。肩を揺らして、ゆいは深く息を吐く。

「本題を伝えるわ。これを見て」

 ポケットから取り出されたのは真新しいスマホだ。れんすけの視線に、

「こんなこともあろうかと──なんて台詞せりふ、実際使うことになるとは思わなかったけど。いざというときのために用意してた別の携帯。初めて使うから、まだ私という個人とのつながりを特定するには至らないはず。元のは捨てたわ」

 彼女らしい警戒心の強さだ。理屈を考えれば、もう自分たちとゆいつながりはたちにもバレているわけだから、そうするのも危機管理的には当然ではある。れんすけだけが携帯を手放せば済むという話ではない。

 しかし彼女が見せたいのはその携帯そのものではないようだった。

「ニュースなんて見ていないでしょう? 大騒ぎよ」

 画面に表示されたのは一般的なニュースサイトのトップページだ。一見するだけでトピックが特定の物事に偏っているのがわかった。れんすけはすっと心が冷えるのを感じる。

「なんかあたしらの知らねえ面白いニュースでもあんなら口で教えろよ。漢字はまだちっとわかんねーんだぞ」

「……俺たちが知らないニュースは、ないな。知ってるニュースが大人気だ」

 努めて冷静に言った。

なが南駆動騎士団の襲撃事件』『令和最悪のテロ事件発生か』『じゆうが侵入していたとの目撃証言も』『問われる保安態勢』『死亡者、行方不明者多数』『リボルヴやEFを否定する宗教団体が関与の可能性』──

 そこで報じられていたのは、自分たちがつい数時間前に体験した出来事の数々。関係した者によって、あるいは伝聞によって、記事は次々と更新され、文字と写真によって鮮烈に大事件が描き出されていく。明確に間違っているデマも中にはあったが、大半は不完全ながらも正しい情報で構築されているようだった。

 その第三者からの視点による報告の数々で、れんすけは初めて、セイレーンがしたことを──そして自分たちが触れたものを客観視する。

 多くの人が、死んだ。

 多くの建物が壊され、燃え、リボルヴも破壊され、じゆうが暴れ、そしてやはり──人が死んだ。

 それは自分たちの世界の中だけの話ではなかったのだ。異世界から来た人外のたちと、そのけんぞくが織り成す戦争の中だけの話では。

 戦争に参加しているのは、自分たちだけではなかった。

…………

 息苦しさは生まれたが、飲み込む。

 知ったことか、という思いがれんすけの中にはある。そうでなければ戦えなかった。ここに座っていられなかった。かろうじて生死を意識していたとすれば、それは白衣に眼鏡の、血縁のある一人の女、二番目に大事なものぐらいが精々だった。

 だから、自分には何をおもう資格もない。何をいたむ資格もない。

 れんすけは目を細めて記事をスクロールさせるだけ。その横からゆいの小さな手が伸びた。

「一番見てほしい記事はこれね。読むべき面白いデマもあるんだって初めて知ったわ」

「……これは」

 眼球が固定される。その記事はおおよそにおいては他のものとさほど変わりはなかったが、最後に──けっして見過ごすことのできない一文が、あったのだった。


《関係者によると、この宗教団体「導き手たる光」の行動に何らかの関与をした疑いで》

《ある騎士校の生徒を重要参考人とし、その行方を捜索中だという情報が──》


 れんすけは夜空を見上げた。

 ついに来たか、と。

 その広く暗い世界に向けて、頭頂部から何かが放散していく感覚があった。陸地とつながっていたもやづなが解かれたような、一応のどころにしていた基準点が失われてしまったかのような──自分の中に残っていた『確かなもの』の消失。

「あなたはついに社会を敵に回した。逆に言えば、向こうは社会を味方にしたってこと」

 ゆいの声は静かだった。

 あくまでも冷静に。向かい合わねばならない数式をただ読み上げるように。

「それに比べてこっちにいるのは、はんたち──スライムとオーガの食べ残し。さて、どうすれば太刀打ちできると思う?」



 ぱちぱちとたきが小さくぜている。

 他に聞こえるのは夜の森に住まう生き物たちのざわめき、かすかな風で木の葉が揺れる音……そして、ハーフオーガのセーラー服少女の寝息。

「つまり、街に戻ったら捕まっちまうかもってこったな?」

「そういうことになるかな」

 今後の方策に頭を巡らせつつ、れんすけは渋い顔で答える。するとシーナはからからと笑った。

「オイオイなんつー顔してんだよ。額にシワ寄りすぎだろ。ンなのたいした問題じゃねえぞ」

「そう……か?」

「そうだぞ。ならしばらく街に戻らなきゃいいだけだろ」

 あっさりと言った。

「あたしが何回向こうの世界でそんな状態になったと思ってんだよ。つーかそういう状況のほうが多かったっつーの。基本的にお尋ね者だからな、ダークエルフは。街の騎士団やら自警団が本気になって追ってくるっていうなら、離れたところでテキトーにやってりゃいいだけだ」

「ほとぼりが冷めるまでこのまま山で暮らすってこと?」

 膝を抱えたゆいが言うと、

「だって昨日までと変わんねーだろ。テントとかはねーけど、だいたい一緒だ」

 セイレーンの操るじゆうが襲ってきてもいいように、ここ数日はひとのない場所でテント生活をしていたのだ。それを少し延長するだけだと言われればそうかもしれないが。

「むしろついにあたしのテクが披露できるってなもんだ。お前らの野外活動は快適だけど工夫がなさすぎる。まあ任せとけよ、寝床も食い物も心配はいらねーから」

 何の気負いもない、いつも通りの彼女だった。ひようひようとして、余裕を失わず、全身全霊で自由で、軽やかだ。それはその顔を見ているれんすけにもでんし、胸中の重苦しい何かの密度を自然と薄める働きを果たす。

「そう自信満々に言われると、マジでキャンプの続きをしてればいいだけな気がしてきたな」

「ちょっと朝倉くん……」

 眉根を寄せて口を挟もうとしたゆいに、シーナはへっと鼻を鳴らした。

「バーカ、お前もだ。全部深刻に考えすぎなんだよ。とにかく今日はもう寝とけ。とりあえず体力は回復させなきゃなんねーだろ。周りの警戒はあたしがしとく」

「……」

 れんすけゆいの視線を受けながら、シーナはぺきりと小枝を折り、たきに追加。

「本当に大丈夫だっての。こんなことはいくらでもあった。ただ森で暮らして、腹が減りゃ獣とかって、焼いて食べて。喉が渇けば水飲んで、眠たくなりゃ寝て……生きるってのは意外に大変だが、それと同じに、意外とシンプルにいけるもんでもあるんだぜ」

 彼女が言うならそうなのだろう。

 そして自分の願いは彼女と共にいることだ。ただそれだけだ。だから周囲の状況がどうなろうと、その望みさえかなっていれば問題はないのだと思う。ただ一点、れんすけれんすけの立場から気にするべきことは──

 それが、シーナの望みにもかなっていることなのかどうか。

 快楽主義的なダークエルフとして、何かを我慢しているものでないのかどうか。

 だから聞く。

「それは……シーナにとっては、楽しいことか?」

「ん? もう飽きた暮らしじゃねえのかって? わかってねえなー」

 シーナはにやりと笑って、

「最近は、お前がいりゃ何でも新鮮で楽しいよ。わりとな」


 その答えがあれば、他には何もいらなかった。