夜の森。

 その平穏を告知なくまわしてきたこれまでの音に、衝撃に、異臭に、動植物たちはひそやかな抗議の意を込めてざわめいている。

 異臭は遠近の二種だ。

 遠くから、金属的な何かが焦げるような無機質な臭い。

 そして近くには──魔術熱線で穿うがたれた柔肉が、焼け焦げる臭い。


 れんすけの眼前には巨大な白銀の騎士の姿があった。

 その横には細身の白いエルフの姿があった。

「始めよう。この馬鹿げた戦争の、終わりは近い」

 リボルヴの中から発されたひとの声はあくまでも平静。すべき仕事をただ片付けるだけだというように、何の気負いもなく──躊躇ためらいもない。

 魔術熱線の元となったらしいライターの炎をくゆらせるエルフ、セリアメア・ピナイステリも同じだった。冷淡な侮蔑の視線が、立ち上がることすらできないシーナに向けられているが、それはひんの害虫の生死をただ見定めているようなもの。

「クソが。テメェらっ……」

 セリアメアも、すべきことに迷いは持っていなかった。

 熱線で胸を貫かれ、ただ血と罵りの言葉を吐くしかできないシーナに向けて、もう一度手元のライターを持ち上げる。もう片方の手に握りこんでいた何かを、その火の先端に軽く触れさせて、彼女は再び唱えた。

「《火の精霊よ/正しき灯の恵撫は其処へフアイヤーエレメンタル・クロウリングカレス》」

 胸に大穴を空けられて動けないダークエルフと、それを身をていしてかばうことしかできない無力なけんぞくに、終わりをもたらす死の熱線が放たれ──


「……!」


 まず感じたのは、風圧。巨大な何かが一息に動いたことによる空気の揺れ。次いで、どうっ、と重く分厚い何かが衝撃を鈍く受け止めるような音。

 れんすけの視界に大きく映るのは、熱線を遮るように、自分たちの前に飛び込んできた、

 巨大な狼の輝獣

 顔はこちらを向いていた。れんすけというより、シーナの顔を見つめていた。

 そしていつだかと同じように、よだれを垂らす口がかぱりと開いて、

「シー……な……」

 じゆうは言葉を発さない。少なくともただのじゆうは発さない。

 ならば答えは明白だった。それは、ただの輝獣ではなかったのだ。

 漆黒の毛皮が外側から解けるように、空間に溶けるように、徐々にその体積を減らしていく。別の姿に変じていく。凶悪な牙の並んだ口も、太い爪の生えた手足も、熱線を防いだ肉厚の身体からだも、全て。

 数秒後、そこにいたのは。

 手足をついて、顔だけを上げて微笑ほほえんでいる──

 折れた角を額から生やした、しやくどう色の肌の少女だった。

「ああ、シーナ様……また、会え、ました。うれしい、です……」

 シーナが目を見開くのがわかる。

「お前、まさか、カリン……?」

「はい……はい!」

 少女は目元を緩ませてうなずいた。

 角と牙。特徴的な肌の色。それは有り体に言えば鬼のようだった。そしてファンタジー世界の鬼と言えば──オーガだ。

 以前に聞いたことがある。

 シーナは基本的に一人で生きていたが、ほんの少しだけ、誰かと一緒に旅をしていたことがあった。その相手はハーフオーガの少女だったという。

 もしも眼前の彼女が、そのシーナの同行者だったのなら。

 それはもう一つ、別の意味を持つ。

 非常に重要な、決して忘れるわけにはいかない、何よりも大きな意味を。


 そのハーフオーガは、向こうの世界で、シーナを裏切り殺した存在だ。