幕間 遠くから見ているだけじゃ物足りない
(魔力の残量二割。――うん、かなり効率よくここまで来られた。さっすがフィオナちゃん)
天気は快晴。爽やかな朝ではあるけれど、アランの目の下には隈ができていた。
ナバラル王国から夜を徹して一日半、魔力を使って一気に移動した。朝になってようやく見慣れたリンディスタ王国の王城に戻ってきた。
ちょうど出仕していく官吏たちを横目に、ひとりくたびれた様子で息を吐く。長い髪をピンと弾き、背中に流した。そうしてうーんと伸びをする。
(あー……つっかれた。さすがに体がバッキバキだよ)
アランにとって、自分の体が器だとすると、魔力はそれを満たす液体だ。それを左目に宿る魔力核を通して増幅させる。アランは魔力のイメージをそのようにして動かしていた。
魔力核から放出した魔力の波に、自分の体をのせる。そうすることで、地面の上を滑るように移動することができるのだ。ただ、終始バランス感覚を維持しないといけないため、それなりに体の筋肉を使う。スピードが出る分、絶対に意識を集中させ続けないといけないし、疲れるからあまり使用したくない類いの魔法だ。
けれども、今回ばかりはなかなか楽しい旅だった。
(新婚旅行でも面倒事に巻き込まれているだなんて、さすがセドさんだよね!)
いや、半分くらいは予測できていたことだけれども。
『新婚旅行ついでに、ナバラル王国の第一王子クラウディオの様子を探ってきてくれ』
それが自分たちの主オズワルドから下された任務だった。
セドリックのことだから真面目に噂話を集めること以外に、本人の居場所くらいは突き止めてくれるかなあと期待もしていた。けれども、まさか接触するだけでなく、しっかり交遊を深めていたとは。さらに、クラウディオが表に出てこなかった原因も突き止め、その問題に向き合っているなど嬉しい誤算だ。
(まさかクラウディオ殿下とフィオナちゃんを取り合っているだなんてねえ)
あまりの事態に、ついニマニマとしてしまう。もちろん笑っている場合ではないこともわかっているが。
フィオナが女魔法使いであることがバレた可能性がある。これは緊急事態で、さらなる厄介事を生み出す予感しかしない。
ナバラル王国が彼女を取り込もうとしている可能性が高い。セドリックたち夫婦をこのリンディスタ王国に回収するために、少なからず国が動かなければいけないだろう。
外交上の問題など、本来ならば一番厄介で避けたい問題ではある。けれども、アランはルンルンだった。
(まったく、セドさんってば! なんっておもしろいことになってるんだよ!!)
いっそ、最初から全部観察させてほしかった。
あの初々しすぎる青春カップルが他国の王族によって横槍を入れられるだなんて――しかも生真面目で、いつもガミガミとうるさいあのセドリックが振り回されているだなんて愉快すぎる。
(セドさんの慌てた顔! はぁーっ、オズワルド殿下にも見せてあげたかった!)
セドリックとは学生時代からの長い付き合いだ。オズワルドと一緒に彼を弄るまでが定番の流れであったが、彼も彼で抱えるものがあった。
弟であるライナスを自らの魔力で傷つけてしまった。その後、彼は戒めとして自らの魔力を封印した。封印の指輪はアランが用意したけれど、納得していたかと言えばそうではない。感情が凍りつき、ひとりで苦しむセドリックの姿に、茶化すことすら難しくなった。
だからこそ、フィオナを愛することで、セドリックが活き活きするようになったことがとても嬉しかったのだ。今の彼だからこそ、からかいがいも弄りがいもある。
(フィオナちゃんのことがバレるのは、想定よりだいぶ早かったけどね。――はぁ、国内のこともちょっとは手を打っておかないとなあ)
遅かれ早かれ、魔法省にはバレると思っている。その時に、彼女がセドリックのもとから取り上げられないように根回しをするつもりでいたけれども、この展開は想定よりもやや早い。
(ま、僕と殿下と、あとセドさん三人であたったら、どうとでもなるでしょ)
それよりも、今はナバラル王国のことだ。すぐに動かないとと思い、オズワルドの執務室に侵入した。
「――まったく、お前はいつも神出鬼没だな」
さすがオズワルド。突然の入室にもまったく動じていない。彼は執務机につきながら、手元の書類を横にのけた。ペンを置いて、アランの方へと視線を向ける。
朝イチのオズワルドはキラキラに磨きがかかってやや眩しい。もともと細い目をさらに細めつつ、アランは主張する。
「いつものことでしょう? この速さでナバラル往復してきたんですから、褒めてくださいよ」
「ああ、ご苦労」
「はあい、お安いご用ですよ」
わざと恭しく一礼してみせる。
神出鬼没というのは、アランがいつものごとく窓から侵入したからだ。薄い壁ならばすり抜けるのはお手の物で、アランはいつもこうしてオズワルドの執務室に入り込む。
(表から入るのって、格式張っていてまどろっこしいんだよね)
護衛に顔を確認されて、オズワルドに許可を取ってという一連の流れも煩わしい。
セドリックは自らのことを合理主義だと言うが、アランもアランでなかなかの合理性を持った男だ。とはいっても、判断基準は自分が面倒に感じるか否かというおおよそのフィーリングでしかないが。
「それで? 向こうはどうだった」
「それがもうっ! 聞いてくださいよ! 最っ高に面倒なことになっていて!!」
アランは目を爛々と輝かせながら、オズワルドの前へと歩いていく。
ナバラル王国に赴く前に、セドリックが魔法鳥を使用してある程度の事情は伝えてくれていたが、現場はもっととんでもないことになっていた。
「クラウディオ殿下のご病気が、魔法由来のものではないかという報告はありましたよね。あれ、ビンゴでした」
向こうで見聞きしたことを伝えていく。クラウディオ周辺だけでなくて、どうも第二王子カリスト周辺がきな臭いということまで。
カリストはクラウディオが表に出てこられないのをいいことに、中心街での支配力を高めている。中心街はもともとクラウディオが発展させた街ではあるが、そこを乗っ取ることで自分の影響力を高め、自分を支持する貴族たちに甘い汁を吸わせているのだとか。
もともと保守派だった連中が、クラウディオの功績をただただ食い潰している。そのため、ずっと上り調子だったナバラル王国の発展は、ここ一、二年で急激に鈍化していた。――というよりも、昔に戻りつつあるようだ。
(クラウディオ殿下の功績が大きすぎるんだよなぁ)
以前は取るに足らない発展途上の国という印象だったが、クラウディオが暴れ回っていた頃のナバラル王国はなかなかにおもしろかった。アランとしても、ああいった手合いの男が束ねる国が近くにあると、実に観察しがいがあっていい。
直接ナバラル王国を見てきたが、やはりクラウディオが王太子になった方がおもしろい。――などと、さすがに個人的な好みによる意見すぎるので、そのあたりは客観的な見解を含めて報告する。
オズワルドにとっても予想通りだったようで、アランの報告を概ね認め、大きく頷いてくれた。
「しかし、ナバラル王国も随分な強硬手段に出てくれたな。そのままフィオナを取り込む気か」
「でしょうねえ。まあ、彼女の存在は喉から手が出るほど欲しいでしょうよ。特に、あの国では」
「彼女が魔法使いであるのを、強制的にバラすと思うか?」
「いいえ、それはないでしょうねえ。バラしてしまったら、ウチに反論を許してしまいますもん」
フィオナが女魔法使いであることを公表したら、リンディスタ王国は彼女を帰国させるため全力で動く。ナバラル王国はそう考えるに違いない。であるならば、彼女の正体を伏せたまま取り込むだけ取り込んで、どちらかの王子と結婚させてから公表する。これが一番理想の形だろう。
「どのみち、セドさんは離縁を迫られるでしょうねえ。武力行使――は、さすがにウチの国も黙ってないでしょうから、セドさんの方から離縁せざるを得ない状況に追い込む、とか?」
こてんと首を傾げてみる。
厄介なことに、ナバラル王国には人の精神に強い影響を与えるはぐれ魔法使いがいる。その存在を利用しないはずがない。
「フィオナちゃんがすぐそばにいますから、セドさんも大丈夫だとは思いますけどね。ま、ちょちょーっと救いの手くらいは必要かなー、と」
「ああ、そうだろうな――」
と、ふたりして話し合っていた時にそれは起こった。
キラキラした光が窓を貫通し、アランの目の前に飛んでくる。それに向かって手を伸ばすと、鳥の形をした光はアランの手のひらの上に止まった。
「おおー、噂をしていたらちょうどですねえ」
魔法鳥だ。動きを止めるなり、その姿は崩れ落ち、鳥の中に入っていた折りたたまれた紙のみが残る。
セドリックにはアランの魔力をたっぷり詰め込んだ瓶と、魔法鳥を何羽か持たせている。それを利用して、定期便を送ってもらっていたのだ。
しかし、定期連絡にしてはやや早い。なにかあったのだろうか――あったのだろうなと思いつつ、その手紙を早速広げてみた。そして頭から文面をさらってみると、衝撃的な単語が飛び込んできた。
「ひゃっははは!」
「どうした、ノルブライト」
「殿下っ、こ、これ、見てくださいよっ」
バタバタとオズワルドに駆け寄り、その文章を指先で叩く。
普段はカッチリとした字を書くはずのセドリックの手跡がひどく乱れている。よっぽど腹に据えかねたのだろう。
「『カリスト第二王子に、フィオナを譲れと言われた』――だと?」
「あはははは!」
その状況を想像するだけで腹を抱えて笑いたくなる。
――いや、大事な友人の一大事、笑い事にするべきでないことは重々承知している。けれど、普段冷徹だの冷酷だの言われているセドリックが振り回されているという状況がおもしろくてたまらない。
(そうなんだよ! セドさんってば、本当はなかなかの激情家なんだよ!)
彼の本性が剥き出しになっているのが喜ばしい。
それでいい。表情豊かで、すぐ頭を抱えたり怒ったり感情の振れ幅が大きく、なんだかんだ仲間想いのセドリックの一面が顔を出し、昔に戻ったような気がする。
(っていうか、肩の力が抜けていい感じになってきたよね)
人間味が出てきたと言うべきか、戻ってきたと言うべきか。それもこれも、全部フィオナのおかげだ。フィオナには本当に感謝しかない。
(――ま、この状況だ。セドさんもそろそろ、覚悟を決められてるといいねえ)
向こうで会った時も散々せっついてみたが、どうなっただろうか。
新婚旅行に行って、ふたりきりの時間をたっぷり過ごしているはずなのに、いまだにセドリックはフィオナに手を出していないように見えた。だからフィオナがいない隙を狙って訊ねてみたのだ。
『それで? フィオナちゃんとの関係はどうなったの?』
なんて、男同士の下世話な話を振ってみたところ、セドリックはなにやら気まずげに視線を逸らしていた。
沈黙は肯定とみなしていいだろう。旅に出てからもう三週間ほど経っているはずなのに、彼はいったいなにをちんたらやっているのだろうか。
(仕事のことなら即断即決なのになあ!)
――まあ、セドリックの本音も理解しているつもりだ。フィオナのおかげで吹っ切れたとはいえ、彼は魔法使いとしての自分には否定的だ。それは覆りようがない。本音では、魔法使いの子を持つのが不安なのだろう。
だからといって、いつまでもぐずぐずしていいとも思えないが。
(むしろ、カリストに焚きつけられてその気になっちゃえばいいんだよ)
勢いで行ってしまった方が人生うまくいくこともある。さらに言えば、セドリックはもっと、欲望に忠実になっていいと思う。そうして、せいぜい幸せになればいいのだ。
「いやあ、セドさんからフィオナちゃんを取り上げちゃだめですよ。助けてあげないと」
相手が王族ともなると、セドリックひとりでどうこうできる問題でもなくなってくる。
長く苦しんできた彼が、せっかく幸せになろうとしているのだ。そこに
そしてそれはオズワルドも同意見らしい。大きく頷き、くつくつと笑っている。
「それに――なになに? 『ナバラル王国が、殿下を夜会に招待する可能性があります』――ああ、建国祭の話だな。この招待状は、そういうことだったのか」
半笑いになりながら、オズワルドが引き出しからなにか手紙を取り出した。
すでに中身は改めているらしく、わざわざそれを渡してくれる。
「お前がナバラルに向かってすぐくらいに届いてな。いや、なかなか度胸のある国だと思ったぞ?」
手紙を受け取り、広げてみる。多少のことには動じないアランも、その手紙の文面は二度見することになった。
「え? これ、本気で言ってます?」
「本気も本気だ。お前が今日戻ってこなければ、私は先にこの国を発っていたかもな」
「しかも行く気ですか!?」
アランのツッコミに、オズワルドは自信たっぷりに口の端を上げてみせた。
(まったく、ナバラル王国もナバラル王国だけど、この人もこの人だよ!)
なんと、手紙は夜会の招待状だった。ナバラル王国の建国を祝う建国祭。その大夜会にオズワルドを招待したいと言っているらしい。
国を挙げて行う行事に他国の王族を招くことはままある。しかし、問題はその日程だった。
(四日後って! どういうことさ!?)
今すぐにでも発たないと間に合わない日程だ。あまりに急すぎて笑えてくる。
他国の式典や祭典に参加するともなれば、それなりに準備に時間もお金もかけるものである。その余裕を与えることもなく招待するなど、失礼千万である。それでも、向こうはオズワルドが参加に踏み切ると踏んでいるのだろう。
(ま、セドさんの足止めしてたら、ウチも動かないわけにはいかないものね。――罠だろうけど)
どうせ、リンディスタ王国の王太子であるオズワルドの前で、セドリックに離縁を誓わせるとかそんなところだろう。急な招待などあまりに失礼だし、断る理由はいくらでもある。しかし――。
「楽しそうですよねえ?」
「行かない手はないな」
ふたり向き合って悪い笑みを浮かべる。
セドリックが振り回されている姿を直接見に行ける大義名分は立った。
「ウォルフォードを助けるためだからな」
「ですです。仕方ないですよね!」
またまたナバラル王国にとんぼ返りすることになるけれど問題ない。アランは、大親友のセドリックを助けに行かなければいけないのだ。