「き、昨日までも、一緒でしたけど」

「それとは違う。わかっているだろう?」

 なんてニマリと口の端を上げる彼の色気に、すっかり目を奪われた。なんだか朝から顔が茹で上がりそうだ。

 まともな返事ができずにこくこくと頷くと、セドリックはゆっくりと上半身を起こした。

 引きしまった体だ。いつもカッチリとした服を身につけているからわからなかったが、かなりしっかりとした筋肉がついている。無駄のない、まるで彫刻のような出で立ちに、艶やかな髪。宵闇色のそれをかき上げる仕草までもが洗練されており、フィオナはぽーっと見とれてしまった。

「君とこうしてまだ眠っていたいが、そうもいかないからな」

 フィオナの視線に気が付いたのか、セドリックは楽しそうに目を細める。ベッドから下りるなり手を伸ばし、名残惜しそうにフィオナの頬をなぞった。

「ロビンを呼んでくる。それまで、もう少し休んでいてくれ」

 彼はもともと置いてあったガウンを適当に羽織った。それからなにかに気が付いたように、ふと振り返る。

「ああ、そうだ。説教は私ひとりで引き受けるから、心配しないでいい」

 などと言い残して出ていってしまい、フィオナはぱちぱちと瞬いた。

 説教とはなんのことだろう、と首を傾げたところで、扉の向こうから「なにを考えているのですか、あなたさまはっ!!」という怒声が聞こえてきた。

 主寝室の扉はかなり分厚い。それを貫通するだなんてとんでもない大声だ。

 おっかなびっくりドアの方を見つめながら、そういえば昨夜はセドリックの様子がおかしかったことを思い出した。彼に連れ去られ、ほぼ軟禁されたかのような状態で寝室に籠もってしまったのだった。

(そ、それは皆、心配するはずよっ!)

 セドリックが正気に戻ったことを皆に知らせることもなかった。もしかしたら、ひと晩中心配をかけ続けたのかもしれない。やきもきしていたところに、当のセドリックが艶々した様子で出ていったら、文句のひと言やふた言、言いたくなるのもわかる。

(説教って、そういうこと……!?

 昨夜からいっぱいいっぱいすぎて、皆のことなどぽーんと頭から抜けてしまっていた。流れでしっかり幸せな夜を過ごしてしまったフィオナも同罪な気がする。

(ご、ごめんなさいっ! 皆!)

 平謝りしたい気持ちで座り直したところで、バンッ!と勢いよく扉が開いた。

「奥さまっ! 大丈夫ですか!?

 ロビンである。いつも快活な彼女だが、こうも焦って飛び込んでくることなど見たことがない。やはりかなり心配をかけてしまったらしい。

「えっ、え、えーっと。だ、大丈夫だけど」

 上掛けを引っ張って肌を隠しつつ、フィオナはこくりと頷いた。

 このような形で情事の後を見られてしまい、大変恥ずかしい。頬が火照りっぱなしではあるけれど、ぼんやりしていていいはずもない。

「あ、あのね、ロビン。心配かけてごめんなさい。でも、セドリックさまは悪くなくて――」

「いいえ、悪いです」

「え?」

 擁護したかったのだが、きっぱりすっぱりねじ伏せられた。ぽかんとするフィオナに向かって、ロビンは真剣な表情を貼りつけたまま迫ってくる。

 そうしてベッドの前で膝を折り、彼女はフィオナの手を取った。キリリとした表情でフィオナを見つめたまま、はっきりと言い放つ。

「昨夜のあのご様子、さぞ奥さまのことも怖がらせたのでしょう? ――まったく、これまで散々手を出せずにやきもきさせたのに、よりにもよって初めての時に」

「て、手を出せずに、というか、わざと出さないようになさっていたのでは」

「そんなわけないでしょう! 散々それらしい言い訳を連ねていらっしゃりますけどね、本人がヘタレでいらっしゃっただけですから!」

「へ、ヘタレ……?」

 相当溜め込んできていたのか、ロビンの爆発は収まらない。

 どうもフィオナの見ているセドリックと、ロビンたち使用人から見たセドリックの姿はかいしているようだ。

 クールでなんでもそつなくこなす優秀なセドリックが、使用人たちにかかると散々な言われようである。

「まったく。これまで私たちがどれだけやきもきしていたと思っているんです! 奥さま自身も不安なはずだからとずっとお伝えしていたにもかかわらず、旦那さまの勇気が足りないばっかりに焦らしに焦らして! まさかあのような形で――」

 ロビンの小言は止まらない。

 単純に跡取り問題だけではなくて、ロビンはフィオナの気持ちを考えた上で、色々思うところもあったようだ。もしかしたら、彼女だけでなく使用人皆が同じ気持ちだったのかもしれない。

(なるほど、だから説教は引き受ける、と)

 使用人たちのことをよく見ているセドリックだ。こうなることはわかっていたのだろう。もしかしたら普段からもせっつかれていたのかもしれない。

 知らなかったのは当のフィオナだけ。真綿にくるむように護られて、皆に優しく見守られていたらしい。

「あ、あの。でも。でもね、ロビン? わたしはね、嬉しかったから」

「奥さま――」

 でも、大好きなセドリックのことをいつまでも悪し様に言われるのは本意ではない。

 ロビンをなだめようとわたわたと呼びかけると、ようやくロビンの怒りも収まってきたらしい。ギュッと口を閉ざし、大袈裟に肩を竦めてみせる。

「――まあ、奥さまに免じて、この辺で許して差し上げましょう」

 もちろん、全然納得していなさそうな顔である。でも、フィオナのために折れてくれたらしい。

「ええ。というか、本当にわたしも悪いの。皆を心配させていたことにも気が付かないで、その――」

 セドリックに愛されている幸せに溺れたままになってしまった。ただ、それを告げることすら気恥ずかしくて、声がどんどん小さくなる。火照った頬に手を当てながら俯くと、ロビンがクスクスと笑ったのがわかった。

「ええ、大丈夫ですよ、奥さま。――本当に、本当によかったです。おめでとうございます」

「おめっ!? あ……ありがとう」

 多分、安堵したのはフィオナだけではなかったのだろう。

 とても気恥ずかしいけれど、微笑むロビンの瞳はとっても優しい。

(わたし、本当に幸せ者ね)

 そう思うと胸の奥がじんわりと温かくなって、フィオナもこくりと頷いた。


 しかし、幸せな時間というのはそう長く続かないものらしい。

 セドリックが急ぎでリンディスタ王国に魔法鳥を飛ばすのを待ってから、ふたりでゆったりとブランチを楽しんでいた時のことである。別荘に招かざる客が訪れたのだ。

「リンディスタ王国のウォルフォード夫妻でいらっしゃいますね。ナバラル王家より、緊急のご連絡でございます」

 王家からの使いを名乗る男から、一通の手紙が渡された。王家の印章の入ったそれは、どう見ても本物である。

 セドリックの表情が一変した。すぐに開封し、中を改める。そして文面を追ううちに、どんどん表情を険しくしていった。

「あなたさま方の身を狙う者がいると、情報がありました。しかしあなた方はリンディスタ王国からの大切な客人。我が国を挙げて、必ずお守りすると第二王子殿下が仰せです」

「必要ない。自分たちの身は自分たちで護る」

「いえ、そうは参りません。――ご安心ください、あなた方をより安全な場所へとお連れいたします。急ぎですので、身ひとつで構いません。さあ、参りましょう」

 ザッ、と、使者の後ろに兵が並んでいる。こちらを護衛するためだと主張しているが、これはつまり強制連行だ。

「なるほど。――フィオナ」

「ええ、わかっています」

 なにがあってもセドリックから離れない。そう心に決め、彼の手を取った。