時は、ややさかのぼる。

 スクラップになった二台の戦車を見下ろす、小高い丘の上。一人の少女が、呆れたように息を吐いた。

「まったく……本物のバケモノだな、あれは」

「同感やね、それは」

 不意に背後から聞こえた声に、その少女──ステーリア・マインフォート・アリオルト・ローゼンベルクは、振り向きもせずに鼻を鳴らす。

「やっぱり、来てたかよ。《らく》の」

 その背後に立っていたのは、シルクハットを被った男。かつてユキトに《奈落》を名乗った男──ディープ・アウレギアだった。

 彼は、眼前の少女から立ち上る魔力を察して「おいおい」と慌てたように両手を振る。

「カンベンしてや。別に、あんさんと殺りにきたワケやない」

「ふうん……」

 一瞬、視線がこうさくする。だがディープはシルクハットに手を当て、すぐにその視線を隠した。

「今回の件、ワイらは無関係やで? ちょいと見物に来ただけ──」

「テメェらの目的は、あの男だろ?」

 と、ステーリアが指さしたのは、先ほど戦車を二台まとめてスクラップにした男──ユキトだった。

「あれは確かに特異点シンギユラリテイだ。──あわよくば抱え込みたい気持ちも分からないでもねぇ」

「……ま。ワイは無理や言うたんやけどな」

 ディープ・アウレギアは肩をすくめる。

 それは、確かにそうだろう。あの男が今の全てを捨てて『聖杯』につくなどありえない──少なくとも、今は。

「むしろワイとしては、あんさんのほうが可能性ありそうやと思うけどな……?」

「はっ」

 ステーリアはその言葉を鼻で笑う。それこそありえないことだ。天地がひっくり返ろうが決して。

「アンタらの抱える『秘密』には、確かに興味がある、が」

 彼女は笑う。どうもうな獣のような笑みで。

「ぶちのめして吐かせるって選択肢もあるしなァ──?

 魔力が満ちていく。せいひつで、みつで……そして背筋が凍るような魔力が。

 ──それは、まるで無数の眼に覗かれているような

 対するディープからも魔力が立ち上り、しばらくきつこうして……そしてやがてふっと消えた。ステーリアは興味をなくしたように、彼から視線を外す。

「まあ。テメェは吐かねぇか、伝達者メツセンジヤー。オマエは他人に使われるだけ、それだけの操り人形だからな」

「……言うてくれるなぁ……」

 ステーリアの言葉に、ディープはシルクハットを深くかぶり直した。

「ローゼンクロイツ……そういうアンタは、なんでこないなとこに来たんや?」

「あぁ?」

「アンタにとっちゃ、あの二人なんてどうでもええ存在やろ?」

 ふん、とステーリアは鼻を鳴らす。

 その指摘は正しい。ステーリアにとって重要なものはたった一つ。それ以外などに過ぎない。たとえ誰が死のうが……国が滅びようが、世界が滅びようが、どうでもいい。どうでもいいが──。

「私も見たかったのさ。あの男の本質を」

「本質……?」

「戦うとき。殺し合うとき。その時ほどに、ソイツの本質が出る……だが、まあ無駄足だったな」

 呆れたような声で、ステーリアはかぶりを振る。

「あんなもの、殺し合いじゃあない。子供と大人、いや巨人と小人か? あれじゃよくて虐殺だな。あそこのスキンヘッドの野郎とやったほうがまだマシだった」

 ユキトは、その力の底のへんりんですらまだ見せていないだろう。もっとも──それを見せられる相手がいるのか、という問題があるが。

「いい勝負が出来るとしたら、あの剣聖ぐらいか?」

「剣聖、ね……」

 剣聖。世界最強。その存在は、もはや生ける伝説だ。表よりも裏に住む人間のほうがよほど、その力を知っている。

 ──そしてそんな存在とけんする、十代の若者。

 将来、あるいは剣聖を超えるかいぶつになるのかもしれない。裏の世界において触れるべからずアンタッチャブルと称される《聖杯》の連中が警戒するのもうなずける話だ。

「ほな、ワイは帰りますわ」

「あ? アイツにちょっかいかけなくていいのかよ?」

「……アンタの目の前で? 冗談はよしこさんや」

 ステーリアが、すっと目を細める。そして「おい」とディープを呼び止めた。

伝達者メツセンジヤー。アイツに伝えろ。──テメェはアタシが殺す、ってな」

「……アイツって……炎のあねさん、やろな」

 言うまでもない、とばかりにステーリアはディープを睨みつけた。

「……まあ、ええやろ。そいつを無視したら、ワイが姐さんに殺されそうやしな」

「それともうひとつ。忠告しておいてやる」

「……忠告?」

「お前にソイツは似合わねぇ」

 ソイツ、とは何か。互いに、言うまでもないことだった。

 ディープはシルクハットを深くかぶり、「余計なお世話や」と告げ──そして水が地面から吹き上がったかと思えば、次の瞬間にはその姿が消えていた。

(過去にとらわれるのは──お互い様か)

 ステーリアは、その視線を丘の下へと戻す。ユキトではなく、アイーゼへ。

 ──実のところ、さきほどディープに語った話は噓だ。ステーリアは用があってここに来た。未発見のエレジウム鉱脈を持つこの地へ。

 帝国はとっくに、その事実に気づいていた。それこそ十年近く前からだ。だからこそスパイを領地に送り込み、その様子を監視させ続けていた。

 エレジウムは金の生る木だ。だが同時にげきやくでもある。扱い方を誤れば、政治的な混乱を招きかねない。そこに現れたのがミハイルという男であり、そして政府はそれを利用しようとした。

 ミハイルの計画を乗っ取り、リリエスだんしやく家とミハイル・フラヴァルトをもろともに消し去るという手を。──もっとも、内部でも意見が割れているとはステーリアも知らなかったが。

 ……だから、あの魔女はあの娘を鍛えろなんて言ってきたのだろう。自分でやればいいものを、相変わらず面倒臭い女だ。

 じっとアイーゼを見る。自分の教えた魔術を見事に昇華させ、そして勝利した娘を。

(──ま、まだまだだけどな)

 まったく、と息を吐いた。帰ったらまた鍛えてやるかと。

(貴族は嫌いなんだがな)

 一陣の風が吹く。

 その風がおさまったとき──ステーリアの姿も、またこつぜんと消えていた。