剣とは、何か。

 シンプルに答えを返すのならば、剣とはきようである。何かを殺すために生まれ、何かを斬るために存在している。

 ──それならば。

 あの日、山で見たじいさんの剣にいだした『美しさ』とは、一体何だったのだろう。

 俺があこがれ、手を伸ばしたしようけいの正体は、果たして何なのだろうか。

 殺すために生まれ、斬るために存在する剣が、どうしてあそこまで俺の心を揺さぶり、今もまだ胸の奥底で燃え続けているのだろう。


 ──かつて、山に住んでいた頃。

 剣の修行が始まって少し時がち、山のふもとにある森を俺は歩いていた。

 森の山菜採りや、川で水をむことは俺の仕事だ。じいさんに任せたら豆ぐらいしか出てこない。だから料理は俺の仕事で、そしてそれ以外の家事もおおむね俺の仕事だ。

 あのじじい、生活力は皆無だ。剣を振るか寝るか、かすみでも食ってるんじゃないかという生活を平気でやる。

 まさかそれも剣の修行なのか、と思ったが違う。

 時に魔物を狩って食うこともあるのだ。しかも適当な生焼け具合で、盛大に腹を壊したことは記憶に新しい。

 じいさんとほぼ同じサイクルで生活している俺だが、さすがにもっとマシに出来るだろう。そういうことで、家事全般は俺の担当になったのだ。

 幸いにしてこの頃の俺は、山の魔物はまだキツいが、森の魔物であれば基本的に問題はなくなっていた。

 ……だからこそ、俺は油断していたのだ。

(何だ、このにおい……)

 何かの焼け焦げるような臭い。木が燃えるような臭いではない。もっと別の何か。

 空を見ると、木々の向こうから黒い煙が上がっていた。

 この森で人など見たことがない。というか、俺はじいさん以外の人間とまだ会ったこともない。

 そう思った瞬間、どうしてか、俺は何の警戒もせずにその煙へと近づいていった。

 そこには──盛大に炎をあげて、何かを燃やしている、二人組の男がいた。

 全身真っ黒の服で、しかも顔を隠している。いかにも怪しいふうていで、空にのぼる炎を眺めていた。

(何だ、これ)

 嫌な予感がした。周囲に立ち込める形容しがたい臭いに、頭がくらくらする。

 ──じゃり、と。思わず後ずさりした瞬間、砂利を踏む嫌な音が足元で鳴った。

「おい、何だこのガキ?」

「知るか」

 振り向いた男は、ちっ、と舌打ちすると「消しとけ」と片手を振る。

(消しとけ? 火をか?)

 違った。

 男が俺にてのひらを向けると──突然、炎が燃え上がり、宙を躍った。

「うおっ!?

 とつに避ける。

 何だ今のは? まさか……魔法?

 ここは異世界。人が飛び、斬撃が飛ぶ。見たことはないが、魔法があるだろうとはとっくに想像していた。

「バカがっ、外してんじゃねぇよ」

「ちっ……」

 炎を外した男が舌打ちすると、あきれたように言ったもう一人の男が、剣を抜いた。

「おいガキ、なんでこんなところに居やがる? 誰かに言われたか?」

「え? いや──」

「バカなこと言ってねぇでさっさとしろ」

 ぜんとした。ただ、身体だけは動いた。

 ほとんど反射で、振り下ろされた剣を避けて、刀を抜き放つ。

「──は?」

 ぼうぜんとした声が、を打つ。いや、それは気がしただけだったのかもしれない。

 ──啞然と口を開けたままの男の首が、ことりと地面に落ちる。

 数瞬。血が洪水のように噴き出し、俺の全身を染めた。

(え……)

 ちょっと、待て。待ってくれ。

 じいさんには、いつも避けられていた。寸止めしようとしたら、いつも怒られた。

(だから、ただ、俺はいつも通り、振り抜いただけで──)


 な血が、びちゃびちゃと降り注ぐ。

 その生暖かさが、命、という言葉を俺に思い起こさせた。


「こ、このガキ!!

「──ァ、あっ!」

 剣を抜いて俺に斬りかかるもう一人の男に、ただ喉が音を漏らした。

 なんでもない剣筋。じいさんのそれと比べれば、はるかに遅く、まるで子供の素振りのようだ。

 だが俺は必死に、それはもう必死に避けた。

 抜き放ったままの剣を握りしめる。

(なんで、なんで、なんで、なんで……!?

 頭の中が、真っ白に染まる。男の首が飛ぶ光景が、まぶたの裏から離れない。

「この、ガキが!!

 男の手元から、炎がうずを巻いてのぼる。それはさきほどの炎を、数倍にまでした規模。その炎が、熱気が、ちりちりと肌を焦がす。

 足が、動かない。

(死ぬ……?)

 死ぬ? 死ぬ……死。

 俺は、また、こんなところで死ぬのか?

 その間際で──俺の脳裏によぎったのは、何万何千回と見た、じいさんの剣。


「あ──あああぁぁぁぁぁ


 ざんけい──たちつむぎ

 それまで一度も成功したことのなかった、じいさんの技。風のやいばが、渦巻く炎も、男の顔も、身体も、縦に両断した。

 あとに残ったのは、まき散らされたぞうもつ。転がる首。血に染まる光景。

 ……不意に、男たちが焼いていた場所が目に入る。

 炎はもう消えていた。そこに残っていたのは……真っ黒に焼けた人の死体だった。


 その後のことは、もうろうとしていてよく覚えていない。

 ひたすらに吐いて、そして墓を掘ったのは覚えている。焼けた人の死体と、男たちは別にしたほうがいいとか、そんなことを考えながら。

 川で全身を洗ったが、それでもなお、生臭い血と臓物の臭いがした。あの男たちは何だったのか。なぜ人を焼いていたのか。今でも分からない。

 ──ただ、記憶こそあいまいだが、ただひとつめいりように覚えていることもある。


 その日、じいさんが家に戻ると、ぴくりと鼻をひくつかせて俺を見た。ぎくり、とした。そもそも今日、俺は修行に出ていない。

 全てを悟られている気がしたが、必死につくろって、俺は夕飯の支度をした。

 そして夕飯を囲みながら、不意に、じいさんが言った。

「──剣は、凶器だ」

 その言葉に、俺は諦めのような心持ちになった。知られていることが、恐ろしいと思った。

「剣は人を殺す凶器、剣術は人を殺すすべだ。人を相手に剣を抜くということは、すなわち人を殺すということだ。お前は、その術をみがいている」

 ああ、その通りだ。いやになるほどに知った。魔物と人はまるで違うと。

 剣は、ただ美しいだけのものじゃない。分かっていると思っていたが、それはただ分かっていたつもりなだけで。

「それでも、続けるか」

 俺に問うじいさんの目は、真剣そのものだった。

 お前にその覚悟があるかと、そう問われている気がした。

 ──あるわけがない。

 なかったんだ。そんな覚悟なんて。ただ憧れた。ああなりたいと思った。だから、ただひたすらに追いかけた。

 なのに、どうして、こうなったんだ。

「……じいさんは、人を殺したことがあるのか?」

「ある」

 愚問だった。ないはずがない。

 今更だが、じいさんの剣の技は、人を殺すために特化している。

 魔物を殺すための技もある。だがその剣理は、人を相手にすることを前提にしていた。だから修行では必ず模擬戦を行う。寸止めすらもない模擬戦をだ。

 ならどうして、じいさんはそんなにも剣を振るうのだろう。

 人を殺すため?

(……違う)

 顔を上げた。不意に、答えが見えた気がした。

 もしもあの時、俺が剣を振れなければ、俺が死んでいた。それはすなわち、彼らは死なずに済んだということでもあるが──。

 だからといって、俺は死をただ受け入れるのか?

 死を前に、人はあまりにも無力だ。あらがう術を持つということは、選べるということでもある。

 自分が生き残る道を。そして、大切な誰かを救う道を。

 だから剣を振るのだ。何もかもを失わないで済むように。歩いてきた道を振り返った時に、後悔せずに済むように。

 エゴかもしれない。独善かもしれない。きっと、正義でも悪でもない。だけど剣とは、人生とは、きっとそういうものなのだろう。

「覚悟があるかは、分からない」

 俺はそう言った。覚悟なんてまだ持てなかった。

 それでも。

「続けたい」

 じいさんは、「そうか」と言ってスープをすすった。