今度はもう、起き上がろうとしない。

「…………」

 私は魔王に近付いていく。

 ある程度の距離で止まると、そこから声をかけた。

「どうして後退しなかった。不利になるのは分かっていたはずだ」

「配下を殺され、て……退ける王が、いるもの、か」

 魔王は顔を上げずに答える。

 掠れた声だが、辛うじて聞き取れた。

 倒れたままの魔王は私を呼ぶ。

「魔王殺しの、勇者……」

「なんだ」

「なぜ魔族を、殺す。異界の人間ならば、恨みはなかろう」

 問答を受け付けなかった魔王も、胸中では疑問を抱いていたらしい。

 こちらの素性や来歴も把握しているようだ。

 片手の再生する様を一瞥して、私は答えを述べる。


「それが仕事だからだ」


 強者と戦いたいという願いはある。

 しかし大前提として、神からの依頼が挙げられる。

 それがなければ、一目散に荒野へ来ることはなかったろう。

 神から対価を得た私は、その時点で勇者だ。

 与えられた使命を全うする他ない。

「……事務的、だな。もう少し、聞こえの良い言葉、は……なかったのか」

「すまない」

 暗殺者としての人生が長すぎたのかもしれない。

 世界を救うという内容さえ、仕事の一つと認識していた。

 少なくとも、魔王の望む答えではなかったと思う。

 自嘲する私は、そこで気付く。

 魔王が呼吸をしていない。

 彼女は既に死んでいた。

 垂れ流された血液が、ひび割れた大地に染み込んでいる。


「……感謝する」


 それだけ呟いた私は踵を返すと、来た道を戻り始めた。

 遥か遠くに豆粒のような大きさの街が見える。

 おそらくは荒野の外にある小国領土だろう。

 時間はかかるが、歩けない距離ではない。

 まずはリアとアンリに合流したい。彼女達ならば、きっと生きているはずだ。

 戦いのてんまつも伝えなければならない。

 様々なことを考えながら、私は血染めの大地を進む。


 ──その日、私は荒野の魔王を殺した。