リアが念入りに確認し、アンリがそれに頷く。
数度のやり取りを交わした末、何かを取り決めていた。聞き流していた私は内容を知らない。
気になった私は、リアに尋ねる。
「何を話していたんだ」
「小官が貴殿の一番弟子ということだ。万が一にも抜け駆けされては困るからなっ!」
リアは胸を張って答える。アンリはその様をぼんやりと見つめていた。
温度差のある二人を交互に見つつ、私は指摘する。
「アンリは任務の都合で同行しているだけだ。何も心配することはないだろう」
「それがそうとも限らないのだ。アンリ。先ほどの言葉を繰り返してくれ」
リアが促すと、アンリは表情を変えずに口を開いた。
「リ・ウェイロンには、憧れを抱いて、います。彼の強さは、任務で役立ちそう、です」
「ほら! こんな発言があったのだ! 油断できないだろう」
リアは鼻息も荒くそう主張する。
そこまで気にすることではないと思うが、彼女からすると看過できない発言なのだろう。
私はアンリに問いかける。
「私の武術に関心があるのか」
「魔族や魔王を、素手で倒したと、聞きました。気になり、ます」
アンリは途切れ途切れになりながら答える。
私は、彼女の瞳に好奇心の色を認めた。
「武術を
「ウェイロン殿っ!?」
「同行者が強くなれば、魔王討伐の成功率を上げられる。断る理由はない」
驚愕するリアに説明をする。
アンリは優れた能力の持ち主だ。最初に戦った際の身のこなしを見るに、武術を学ぶのに適している。
リアの訓練相手にもなるだろう。
アンリのスピードは良い鍛練になり得る。互いの実力向上になるはずだ。
何より強さを求める姿勢に好感が持てた。
リアとはまた異なる輝きを秘めている。
私はアンリに告げる。
「道中、稽古を実施する。遠慮なく参加してくれ」
「ありがとう、ございます」
アンリは頭を下げる。
一見するとさしたる変化は見えない。しかし彼女の顔は、確かな喜びを覗かせていた。
◆
「行くぞォッ!」
全身鎧を纏うリアが突進を敢行する。
些かの躊躇いもないその勢いは、驚異的であった。怒り狂う猛獣にも匹敵する力強さだろう。
進行方向には身構えるアンリがいた。彼女は両手に短剣を持つ。
袖の揺れに合わせて、金属の擦れる音がした。鎖を隠し持っているのだろう。
そこにリアが跳びかかる。大上段から振り下ろしが繰り出された。
アンリは寸前で飛び退いて躱す。防御が不可能だと知っているのだ。
彼女の膂力では、魔術強化を扱うリアには敵わない。
振り下ろされた剣が眼前を通過した瞬間、アンリは動きを反転させた。
短剣を交差させて仕掛ける。回避から一転、攻撃後の隙を狙ったのであった。
「むんっ!」
唸るリアは、振り下ろしの動きから上体を捻る。
剣を持ったまま、彼女は肘撃へと移った。隙を突かれると予測して、さらなる動きへ発展させたのである。
「あっ……」
これにはアンリも驚く。
交差させた短剣で、鎧に包まれた肘撃を食い止めた。
激しい衝突音に合わせて、アンリの身体が吹き飛ぶ。
いや、正確にはわざと宙に浮いた。ああすることで叩き込まれた衝撃を逃がしたのだ。
地面を滑りながら着地したアンリは、割れた短剣を捨てる。
指先が僅かに震えるのは、衝突による痺れだろうか。
彼女は両腕を交互に振るう。
左右の袖から鎖が飛び出して、リアへと襲いかかった。
「甘い!」
リアは鎖を剣で弾きながら疾走した。変幻自在に襲いかかるそれらを、圧倒的な突進力でねじ伏せる。
彼女は瞬く間に距離を詰めて、一息にアンリを引き倒した。
その細い首に刃を添える。
鎖を手放したアンリは、静かに両手を上げた。降参のポーズだ。
それを見たリアは立ち上がると、剣を鞘に戻して歓喜する。
「よし、これで二十二勝二十一敗だ! 小官が勝ち越したぞっ!」
「次は、必ず勝ち、ます」
アンリは脱力して述べる。涼しい顔だが、心なしか悔しそうだった。
落ち着いたところで、私は二人に声をかける。
焚火を囲んで、今の戦いの反省会を始めた。
丸太に座って食事をしつつ、私達はそれぞれの意見を共有する。この流れが最近の日課となっていた。
リアとアンリは、模擬戦闘を通した鍛練を習慣としている。互いに技を披露し、自らの改善点や課題を洗い出している。
一番の成果は、リアの方向性が定まったことだろうか。
彼女は魔術の全身鎧を活かした突進を繰り返し、そこに剣術と拳法を織り交ぜて使用する。相手の戦法を崩すような立ち回りを得意としていた。
力任せのように聞こえるが、実際は非常に高度なやり口である。
相手の動きを観察して予測し、それを上回る対応を取らねばならないからだ。
駆け引きの中で果敢に攻め立てて、いざという時は強烈な一撃を見舞う。まさに武術の髄とも言える戦法と言えよう。
私の模倣から始まり、アンリとの対決を経て独自の戦法を確立させたのだ。非常に良い傾向であった。
技にはさらに磨きがかかっている。
現在のリアは、出会った当初の何倍も強いだろう。
アンリも急速に成長を遂げている。
彼女の持ち味は、常人を遥かに超える速度だろう。
近接戦闘も上々で、伝授した拳法をさっそく取り込んでいる。やや足りない膂力を、さらなる技術でカバーしていた。
暗殺者の技能を活かした隠密攻撃も無視できない。
戦闘中に気配を殺して、死角から急所を狙ってくる。
私も似たような芸当は可能だが、彼女のそれは実戦によって限りなく洗練されていた。真正面から殺戮する私とはまるで違う。
正統派とも言える暗殺者であった。
二人は対照的な能力を持ち、だからこそ刺激になる。
毎日のように模擬戦を実施しており、実力はほぼ互角だった。勝率にも大差はない。
短所を潰すと言うより、長所をより伸ばす方針にしている。二人の場合はそれでいい。
弱点ばかりを気にしていては、器用貧乏になる恐れがあった。それでは彼女達の才能を潰しかねない。
師という役割を
二人の鍛練を手伝う傍ら、私も魔力操作について学んでいた。
せっかく強大な魔力を蓄えられるのだ。気の訓練にもなるため、本格的に修練することにしたのである。
二人から貰った魔力で毎日のように練習している。
相手に打ち込むだけの操作でも、細かな工夫でいくらでも様変わりする。その辺りは武術と同じだった。
私もこの世界の法則に順応しつつある。
魔力という特殊なエネルギーも使いこなせるようになった。
枯れかけた心が、若返った肉体に近付いているのか、新しいことも前向きに取り入れることができている。
若者の奮闘を間近で見て、精神が奮起しているのかもしれない。
目的地である荒野もかなり近くなってきた。
そこには魔王を筆頭に数多くの強者が待っている。
勇者である私は、彼らと思う存分に死合うことができるだろう。
(なんと素晴らしいことか)
私はこの上ない幸福を噛み締める。
あれだけ求めていた日々は、異世界にあった。
武を極めし強者とも殺し合っている。
私に憧れる弟子もできた。
神には何度感謝しても足りないだろう。
◆
その後も鍛練続きの濃密な日々が続いた。
やがて帝国領土の国境付近にまでやってきた。そこから小国を挟んで荒野へと至るそうだ。
道のりを考えると、ほぼ最短距離で進行できている。
帝国の地理に詳しいアンリがいたおかげだろう。彼女の案内で、地図に載っていない裏道を採用することも多かった。
こういった知識は暗殺業で重宝するらしい。
私も一応は同業者のはずだが、細かいことは考えてこなかった。アンリのやり方は効率的で学ぶ点が多い。
道中、リアから本当に暗殺者だったのかと疑われてしまったが、それも仕方のない話だろう。
そして現在。
私達は、乾燥した地帯を月明かりを頼りに進んでいる。
今夜のうちに国境の関所に到着し、そこを抜けた所で野宿をする予定だった。
この辺りには村や街がない。一気に進むつもりである。
前情報によると、小国は全体的に治安が悪いらしい。
絶えず魔王軍と戦っている影響か、どこもかしこも殺伐としているそうだ。散発的ながら反乱もあるという。
巻き込まれると面倒なので、荒野まで迅速に向かいたいと思う。
魔族関連なら解決も視野に入るが、人間同士の争いを止める義理まではない。
「む」
今後について考えて歩く私は、ふと足を止めた。
風に乗って血の臭いが漂ってきたのだ。
ちょうど進行方向──遥か先にある関所からであった。
私は他の二人と顔を見合わせる。彼女達も不審そうな表情をしていた。血の臭いに気付いたようだ。
「ウェイロン殿……」
「ああ、分かっている」
私はリアに頷いて応じる。
今度はアンリが前に進み出て尋ねてきた。
「己が、偵察します、か?」
「ここは三人で向かった方がいい。何か嫌な予感がする」
迂回してもいいが、調査した方がいい気がする。放っておくと、碌なことにならないと思ったのだ。
もし脅威が潜んでいるのなら、
私達は慎重に進み、時間をかけて関所に到着する。
そこには凄惨な光景が待っていた。
石造りの関所は半壊し、あちこちが血みどろだった。
無数の死体が転がっている。鎧を着ているので兵士だろう。いずれも頭部や胴体を潰されていた。
生存者はおらず、皆殺しである。
死体を調べていたリアは顔を顰めて述べる。
「何者かの襲撃を受けたようだ」
「ふむ……」
私は関所を見渡す。
共通した傷跡ばかりなので、揃いの武器を持った集団が関所を襲撃したと考えるのが妥当だろう。
関所の戦力はたかが知れている。ある程度の数を集めれば、どうとでもなるはずだ。
しかし長年の直感は、別の推測を立てていた。
(一人の強者が、同じ武器で殺戮したのではないか?)
その時、瓦礫の陰から微かな殺気が滲む。
振り向くと同時に、大きな影が音もなく飛びかかってきた。
◆
大きな影は、一人の人間だった。
容姿の詳細を確かめるより先に、掲げられた武器に目を引かれる。
身の丈を超えるそれは、丸太状の鈍器であった。
あれで関所の兵士を皆殺しにしたのだろう。瞬時に理解した私は、接近する者の前に躍り出る。
「──二人とも下がれ」
間もなく鈍器が真上から振り下ろされた。
魔力は感じないので、特殊な効果はなさそうだ。すなわち正攻法で凌げるということである。
私は鈍器に手のひらを当てる。
触れた瞬間、手首の返しで軌道を曲げた。風圧が頭髪を乱す。
ところが鈍器は、強引に軌道を修正してきた。
受け流しを無視して、私の肩口を狙っている。
常人ならば空振るところだというのに、大した膂力と反応速度だった。
(仕方ない)
私は足首から爪先へと力を伝達させる。
前動作なしでの跳躍から、身を捻って鈍器を躱した。
衣服の端を切り裂かれながらも、鈍器の持ち主へ反撃の拳を打つ。
「うおぉっ!」
野太い声が上がった。
その人物は素早く身を引いて回避すると、後方へと跳んで距離を取る。
存外に身軽で、速度も申し分なかった。あのタイミングから避けられるとは驚きである。
私は相手の容姿を観察する。
強烈な笑みを湛えるのは、筋骨隆々の大男だった。
年齢は三十代後半ほどだろうか。髪は生えておらず、黒革のベストを素肌の上に羽織っている。
ズボンには返り血が染み込んでいた。
全身に細かな傷が付いているが、致命傷は一つもない。
両手で携えるのは、丸太状の
本来は数人がかりで運用する代物だ。その名の通り、城門や城壁の破壊に用いられる兵器である。それを大男は、白兵戦の個人武器に使っているようだ。
周囲の死体や直前の打撃を考えると、常軌を逸した膂力であった。
大男は顎を撫でつつ、嬉しそうに話しかけてくる。
「おお、あんたが勇者か。ただの優男に見えるが……
「誰だ」
「オレはシンラ・ハン。しがない僧侶さ」
大男はあっさりと名乗った。
穏やかにすら感じられる反応だが、異常な光で目を
名乗りを聞いたリアが驚愕する。
「シンラ・ハンだと……ッ!?」
視線を前に向けたまま、私は背後のリアに尋ねる。
「知っているのか」
「王国所属の、騎士です。通称は、堕落僧……王国最強の男、と呼ばれて、います」
答えたのはアンリだった。
知らない男だが、王国の騎士ということはリアの元同僚だろうか。ただし、互いに親しい間柄ではなさそうだ。
(それにしても、王国最強とは……)
改めて私は、堕落僧シンラを見やる。
こうして対峙すると、王国最強も間違った評判でないと分かる。空間を軋ませるほどの覇気を放っていた。
シンラは禿げ頭に手を置くと、どこか皮肉の混ざった笑みで言う。
「所属と言っても、忠誠心はないがな。籍を置いておくだけで、国内では罪に問われないって言われたのさ。だから形ばかりの騎士様って奴だ」
「堕落僧……貴様は王国を放浪していたはずだ。なぜ帝国領土にいる?」
尋ねるリアは嫌悪感を滲ませている。それを隠そうともしていなかった。
何があったのかは定かではないが、よほど印象が悪いらしい。
対するシンラは軽薄な口調で応じる。
「王から勇者の始末を依頼されたんだ。国の威信に関わるからどうにか殺してくれ、ってな。情けない爺さんだぜ、まったく」
破城槌を持ったこの男は、王国からの刺客のようだ。私達を追って他国までやってきたらしい。
一連の話が本当ならば、かなり問題のある人物だった。ただ、戦闘能力は紛れもなく一級品である。
王国は手段を選べなくなり、最終手段として解き放ったのだ。
「あんたの動向は、密偵の奴らが全力で探ってくれた。おかげで先回りができたぜ。暇潰しに関所を潰しちまったが」
「王国の騎士が無許可で帝国領に踏み込むなど、国際問題に発展するぞ。冷戦の均衡を崩すつもりか!」
リアが鋭く批難する。
自分のことは棚に上げているが、彼女は既に騎士の身分を捨てている。厳密には王国所属ではなくなったので、大丈夫なのかもしれない。
リアの批難を受けても、シンラは平然と語る。
「今回の作戦は、表向きはオレ個人の暴走ってことになるそうだ。だから国同士の問題にはならねぇよ」
「貴様はそれでいいのか」
「ああ、興味ねぇさ。罪人として糾弾されることには慣れている」
シンラは鼻で笑う。
この男は罪悪感を覚えない性質のようだった。
リアと問答を交わしていたシンラの視線がずれて、真正面に立つ私に移る。
彼は獣を彷彿とさせる笑みを見せた。
刹那、歓喜に歪む口で言う。
「──それに、極上の獲物と殺り合えるんだ。細けぇことなんざ、放っておけばいいだろう」
◆
「………」
私は無言で拳を握る。
シンラは破城槌で肩を叩いていた。
気軽な動きだが、どれほどの膂力があれば可能なのか。
「ウェイロン殿……」
「ここは私がやる。離れていてくれ」
私は指示を出してリアとアンリを下がらせる。
この男は危険すぎる。共闘した場合、彼女達を守り切れない可能性が高かった。鍛練を理由に戦わせるべきではない相手だろう。
(……いや、違う)
私は自らの心の内を覗く。
私は、この男との死合いを望んでいるのだ。
三人がかりではなく、一人で戦いたい。
猛烈な衝動が身を焦がす。
早い話が、独り占めをしたいのであった。
対峙しただけで分かる。堕落僧と呼ばれるこの男は、達人の域に達した強者だ。
言動から油断しているように見えるが、それすらも罠に違いない。生来の癖を、相手を誘い込むために利用しているようだった。
おそらくシンラは、魔族とも渡り合える実力を有している。
構えを取った私はシンラに告げる。
「来い」
「ははっ、いいじゃねぇか。さすがは異界の勇者だ、なァッ!」
シンラは言い終える前に跳びかかってきた。豪快ながらも俊敏だ。
破城槌を横殴りに振るってくる。
(絶妙な打ち込みだ)
その一撃は、単純に見えて避けづらい角度だった。意図的に調節したのだろう。
加えてシンラの怪力ならば、下手な防御など意味を為さない。
やはり
選択を迫られた私は、肘撃による武器破壊を狙う。
回避も防御も不利になる以上、それが最適であった。そこから追撃にも繋げられる。
ところが破城槌は、紙一重で軌道を変えた。
すり抜けるように肘を躱すと、私の頭部を捉える角度に動く。
シンラの
この不意打ちが本命だったらしい。
すぐさま私は前方へ跳んだ。
破城槌を眼下に収めながら躱すと、縦回転からシンラの顔面へと踵落としを繰り出す。
「おっとぉ!」
シンラは嬉しそうに仰け反って回避した。