第三章


「ハァッ!」

 気合の入ったリアが、正面から剣を振り下ろしてくる。

 そこに一切の躊躇いはない。こちらを本気で殺すつもりであった。

(いい心構えだ)

 迫る刃に木刀を添えて、脇へと受け流す。

 リアの斬撃が私に当たることはない。そこから木刀を返すと、顎を狙って振り上げる。

 リアは上体を反らし、紙一重で間合いから逃れた。

 そのまま飛び退くかと思いきや、彼女は踏み込んで反撃へと転じてくる。随分と強気な立ち回りであった。

 繰り出される斬撃を木刀でいなしつつ、私は彼女の動きを観察する。

 細かな癖や法則性を暴き、合間の隙を見出した。

 刹那、リアの腹を狙って突きを放つ。

「く……ッ!」

 彼女は突きを寸前で弾くも、体勢を崩した。

 すぐさま修正しようとしているが、明らかに遅い。

 私は木刀を短く持ち直すと、最小の動きから突きを打つ。

 今度はリアの顔を狙った。あざにはなるだろうが、死にはしないだろう。

 こちらの攻撃を察知したリアは、目を見開いた。

 無理な体勢から、強引に剣で防ごうとする。

 大した反応速度と判断力であった。

(しかし、まだ甘い)

 私は滑るように身を沈めながら、木刀でリアの足を刈る。

 顔への突きを警戒していた彼女は、あっけなく引っかかった。

「うおぁっ!?

 転倒したリアは、慌てて起き上がろうとする。そこに木刀を突き付けると、彼女は静かに剣を手放した。

「こ、降参だ……」

「うむ」

 私は木刀を下ろし、リアの腕を引いて立たせる。

 彼女はため息をついて唸った。

「やはりウェイロン殿にはかなわないな。家族以外で剣術に負けるのは初めてだ」

「そうか」

 私は拳法以外の武術も学んでいる。一通り習得した末、今の戦い方になったのだ。

 拳が最も強靭で破壊力が高く、勝手が良かったのである。

 武器だと私の扱いに耐えられず、頻繁に破損してしまう。いちいち武器を調達するのが面倒になったのも、大きな要因だろう。

 稽古を終えた私達は、森の開けた場所で昼食の準備を始める。

 今日は焼き魚だ。川で獲ったものを串焼きにして、リアの所持していた塩をかけて食べる。

「……ふむ」

 やや淡白だが美味い。元の世界と味は変わらなかった。

 リアも満足そうに食べ進めている。家柄の良い彼女だが、騎士の生活に慣れているためか、食事にとんちゃくする様子はなかった。好き嫌いなく、子供のようによく食べている。

 私は焼き魚を頬張りながら空を見上げる。

(平和な日々だな……)


 腐毒の魔王を倒した私達は、旅を続行した。

 リアに稽古を付けながら、次なる魔王を目指して移動している。

 今度の目的地は、魔王の支配する荒野であった。

 この国には魔王がいないため、別の国に移ることにしたのだ。

 もしかすると潜伏しているかもしれないが、リアの知る範囲では存在しないらしい。騎士長だった彼女の情報力なので、ある程度は信頼できる。

 潜伏している個体に関しては、今のところは見逃すしかない。

 近付けば気配で察知できるだろうが、先手を打つのは困難である。後手に回っての対処になるものの、我慢するしかないだろう。ひとまずは、居場所の判明している魔王を屠るのが優先である。


 ◆


 焼き魚を食べ終えた私達は、腹ごなしに移動を再開する。ここから魔王の支配する荒野までは、かなりの距離があるらしい。リアによると、いくつかの国を経由しなければいけないという。

 こればかりはどうしようもなかった。

 元の世界に比べて、この世界の移動手段は限られている。

 徒歩や馬車が主で飛行機などはもちろん存在しない。魔術による瞬間移動もあるそうだが、それは一部の術者しか使えないそうだ。適性に左右されるらしく、リアは使えないとのことであった。

「苦労をかけてすまない。小官が不出来なばかりに……」

「気にするな。元より歩くつもりだった」

 目立つ移動方法を使うとなると、必然的にしゅうもくに晒されることになる。当然、王国の追っ手も察知してくるだろう。

 今のところは行方を眩ませることに成功しているが、これがいつまで続けられるかも分からない。移動速度を犠牲にしてでも、なるべく目立たない行程が望ましい。

(早く国外に出たいところだな)

 茂みを掻き分けながら、私は考える。

 国内ではおそらく指名手配をされている。

 リアによれば、捜査網が国外にまで拡大することはないらしい。

 周辺諸国の関係は微妙で、一種の冷戦状態に近いのだという。端的に言えば、互いに協力できないのだ。

 魔王という脅威を前に何をしているのかと言いたいところだが、元の世界でも似たような事態は多発していた。

 次元を越えても、こういったことは尽きないのだろう。できるだけ関わりたくないものである。

 私達は黙々と森の中を進んでいく。

 それにしても、風景の変化に見分けが付かない。

 辺りは常にうっそうとしており、昼間だろうと薄暗い。来た道を戻ることすら困難な有様だった。

 先導するのはリアだ。この辺りは騎士の演習にも使われたそうで、土地勘があるらしい。私は彼女の案内を信じることにした。

 最悪、迷ったとしても死にはしない。森を粉砕しながら突き進み、強引に出口を築けばいいのだ。多少は目立つものの、遭難は免れる。

「ところでウェイロン殿……」

 リアが少し言いにくそうに切り出した。

 何事かと思っていると、彼女は声を潜めて続きを述べる。

「できれば、その、魔力を抑えてほしい。肌を刺す感覚が、少し気味悪いのだ」

「魔力……?」

 思わぬ指摘に首をかしげていると、リアは詳しい説明をする。

 いわく、私の体内に収められた魔王の魔力が、彼女に悪影響を及ぼしているらしい。

 完全に抑え込んだ状態でも、残り香のようなものを感じてしまうのだという。森に入ってから魔物が襲ってこないのも、彼らが魔力に怯えているからとのことであった。

(魔力の残り香、か)

 立ち止まった私は精神を集中し、体内に意識を向ける。

 取り込んだ魔力は、依然として固まっていた。特にこれといった異常は見られない。

 しかし、神経を研ぎ澄ませると、体外に漏れ出る何かを感知する。

 魔力とも言えないほどに微弱であり、確かに残り香に近い代物だった。よほど気を付けなければ分からないほどのものである。

(迷惑をかけてしまったな……)

 私は己の鍛練不足を感じつつ、体外に滲み出る残り香をしゃだんする。

 感知さえできれば、あとは容易たやすかった。よほど無意識の状態になっても、ろうしゅつすることはあるまい。

 逆にこれを利用したかく行為もできそうだった。なんにしろ、同じ過ちを犯すつもりはない。

 魔王の魔力は、想像以上に扱いが厄介だ。強大なエネルギーであり、他者への影響も少なくない。これを欲するような勢力もいるのだろう。扱いには十分に気を付けなければならない。


 ◆


 人目につく街や村、関所を避けるようにして移動を続ける。

 途中からは山間部をひたすら進むことになった。

 たまに遭遇する魔物と戦いつつ、リアとの稽古も欠かさない。

 弟子入りを認めた以上、師としての義務を果たさねばならない。

 私の専門は拳法だが、剣術についても指南はできる。気功術の鍛練も魔力操作に向いているため、その辺りを教えるのもいいだろう。

 地道な修行が効いているのか、リアは早くも成長していた。

 反応速度が上がり、攻防の隙が減った。さらに連続で戦える時間も長くなって、少々のことでは体力切れを起こさなくなった。

 元より優れた騎士である彼女は、その才能を存分に発揮している。

 七日ほどの野宿の末、私達は山を抜けた。

 遥か遠くに巨大な街が見える。外壁に囲われているので詳細は不明だが、相当な規模だろう。

 リアは前方を指差しながら説明する。

「ようやく王国領土を抜けたぞ。ここから先は帝国だ」

 いつの間にか国境を越えていたらしい。

 こうして眺める分には変化がよく分からないが、リアが言うのだから間違っていないだろう。あの街も帝国領内の都市ということだ。

「大陸最大の強国だが、現在は内乱で秩序を失っている。我々が通過するには格好の状況だろう」

「なぜ内乱が起きているのだ」

「小官も詳しくは知らないが、圧政によるさくしゅが原因だと聞いている。ちょうへいも多く、民の不満を買いすぎたのだろう」

 腕組みをするリアは、険しい顔付きで述べる。

 彼女は圧政を好まないのだろう。今までの言動からして、正義感が強い節がある。帝国の指針を許せないに違いない。

 私との戦いを経て、早々と弟子入りしてきたことを考えると、王国にも少なからず不信感を抱いているのかもしれない。私との一件が、おそらく最後の後押しになったのだ。

「ウェイロン殿のいた世界でも、似たようなことは起きていたのか?」

「……数え切れないほどあったな。本当に、嘆かわしいが」

 私は苦い表情で呟く。

 仕事柄、様々な国の裏事情を耳にすることがあった。

 世界中で吐き気を催すような行為が平然と横行している。圧政どころの騒ぎではない。

 そういった悪を嫌いながらも、私は腐敗した社会の一部と化していた。

 錆び付いた歯車となり、接した他の歯車を壊しながら回転し続けた。

 そうしてついには外れて落ちて、別の基盤に組み込まれることになった。なんとも数奇な運命である。

 心境は複雑だが、つちかった暴力を正義に活かせるのなら、これほど望ましいことはない。

 くらい思考を中断した私は、気になっていたことをリアに質問する。

「帝国領土に魔王はいないのか?」

「小官の知る範囲では、聞いたことがないな」

 ならば長居する必要はない。帝国領土を通過して、このまま荒野へ向かえばいいだろう。そう考えていると、リアが得意げに言う。

「帝国ならば我々も指名手配されていない。堂々と街を出入りできるはずだ」

「それはいい。買い物をしよう」

 追っ手の心配をしなくていいのなら、買い出しをしておきたい。しっかりと休息も取っておきたかった。

 私が提案すると、リアは目を輝かせて歓喜する。不思議に思った私は疑問を呈した。

「やけに元気だな」

「当然だろう。ようやく文明的な料理にあり付けるのだ! 気分だって! 盛り上がるっ!」

 リアは拳を突き上げて答える。

 よほど嬉しいようだ。

 確かに道中の食事は、あまり良いものではなかった。

 私とリアは料理が上手くない。下手ではないものの、簡単な調理しかできないのだ。

 味も単調で、不味まずくはないが飽きる。

 別に私はこのまま何週間でも野宿できるが、可能ならば美味い食事を楽しみたい。

 若返ったことで、食に対して貪欲になったのを自覚していた。

「ウェイロン殿! 昼食はあの街で探そう。内乱中とはいえ、美味い食事もあるはずだっ」

「そうだな。それがいい」

 街へ駆けるリアを見て、私はそれを追いかける。


 ◆


 私達は街の正門前に到着した。開かれた門から、人々が出入りしている。門前にできた行列もすみやかに解消されていく。

 私達は最後尾に並んで進み、やがて門番の前を素通りする。特に検査を受けることなく街に入れた。

 門番の視線からして、こちらの風貌を軽く確認した程度であった。おそらく何も分かっていないだろう。

 一連の流れを受けた私は、門番を振り返りながら呟く。

「随分といい加減だな……」

「この街は帝国内でも指折りの悪所で、基本的に出入りは自由なのだ。衛兵や騎士は汚職だらけで、ならず者の傭兵がばっしている。犯罪者のそうくつだが、経済の循環は抜群に良い」

 リアは歩きながら解説する。

 元は犯罪者の収容施設だったこの地は、無断居住と増築拡大を繰り返していった結果、このような都市に至ったらしい。

 この街が半ば一つの国家として機能しており、今では帝国の管理下からも外れかけているそうだ。

 独自の体制が敷かれているのだという。

 これだけ聞くと問題だらけの街だが、有事の際は結束力が強いらしい。リア曰く、外からの干渉を極端に嫌うそうだ。加えて荒事が多いためか、兵士や傭兵の練度が高い。

 結果、どのような勢力も干渉できなくなっているとのことだった。

「国境に位置するこの街が、帝国と王国の冷戦を維持していると評しても過言ではない。もしこの街がなければ、どちらか一方が滅亡しているのではないか」

 リアは平然と述べるも、色々と滅茶苦茶だ。

 しかし、こうして存在しているのだから文句は言えない。様々な事情が絡み合い、危ういきんこうの上に成立しているのだろう。

 通りを歩く私は辺りを観察する。

 私が召喚された王国に比べると、全体的にさつばつとした空気が漂っていた。行き交う人々は、貧民か山賊まがいの者ばかりだ。

 私は小声でぼやく。

「休憩に向かない場所だと思うが」

「そんなことはない! 小官とウェイロン殿ならば、快適に過ごせるだろう」

 リアは力強く断言した。それを疑っていないようだった。

「根拠はなんだ」

「我々には力がある。暴力が支配する街において、この上ない根拠だ」

「……なるほどな」

 私はすぐに察して納得する。

 彼女の言う通りだ。こういった場所ほど、強い力が有効である。暴力の中で暮らす者は、他の暴力に敏感なのだ。故に力を持つ者は自由に行動できる。

 先ほどから意識して探しているが、飛び抜けた強者は見つからない。大半はリアに遠く及ばないほどの実力であった。

 練度が高いとのことだが、さすがに騎士長に匹敵するほどではないようだ。

「弱い者いじめは趣味ではない。なるべく暴力を振るわずに過ごすぞ」

「了解した! さすがウェイロン殿だ。そのような優しい心までお持ちだとは──」

 リアが称賛の言葉を口にしようとした。その時、前方の建物から男達が飛び出した。

 ガラス窓を突き破って登場した彼らは覆面を被っている。背負った大きな袋からは、大量の硬貨が覗いていた。


 ◆


 武装した十数人の男達は、怒声を上げていた。

 彼らは手に持った剣や斧を振るい、或いは杖から魔術を乱射する。そうして人々をけんせいしながら走り出す。

(強盗か)

 その光景を眺める私は嘆息する。このような場面にいきなり出くわすとは思わなかった。治安の悪さは本物らしい。

 ただ、気になるのは周囲の反応だ。

 人々は迷惑そうにしており、怯えているのは少数である。

 誰もが無関係を決め込んでいた。逃げもしなければ、止めようともしない。

 これが街の常識であった。穏便に生き抜くための秘訣であり、実際に誰もが心得ている。

 今の私達は、あまり目立つべきではない。彼らにならって、見て見ぬふりをするのが賢明だろう。

 顔も知らない誰かが不利益を被り、悪徳を働いた者達が得をする。どこの世界でも通ずる鉄板の法則だ。何もおかしいことではない。

(しかし、本当に見過ごしていいのか?)

 ふと抱いた疑問について、私は深く考える。

 私はこうして異世界にいる。

 有り体に言えば、正しいことをするためだ。元の世界では、汚れ仕事ばかりであった。

 だからこそ此度は、善行を積むのも良いのではないだろうか。私ができることなど限られているが、心がけを変えるだけでも違ってくる。

 鍛え上げた武術を正義のために使いたい。そう思った時、既に私はリアに指示を送っていた。

「離れてくれ」

「承知した! 貴殿の姿、しかと見させてもらうぞ」

 彼女は嬉しそうに承諾すると、素早く距離を取った。

 あの様子を見るに、私の活躍を見たがっている。強盗達と戦うことになると確信しているようだ。

 事実、その予想は間違っていないだろう。私とて話し合いで解決するつもりはない。それは向こうも同じと思われる。

 強盗達はこちらへやってくる。通りを走り抜けて、街から出るつもりなのだろう。追いかける手間が省けてちょうど良かった。

 人々が道を開ける中、私は堂々と彼らの前に立ちはだかる。

 そして、反応される前に、正面から殺気を放射した。

 強盗達は驚きながら動きを止める。すぐに腰を抜かす者や、泡を噴いて気絶する者が続出した。

 それだけで無事な人間が半分ほどになる。威嚇としては十分な成果だろう。

 リアは目立たない位置に待機していた。もし逃げる者がいたとしても、彼女に任せることができる。

 無論、私一人で仕留める心づもりでいた。このような者達が相手なら、他者の助力も必要ない。

「おい、テメェ……なんの真似だ」

 強盗の一人がすごみながら踏み出す。

 かなり加減したとはいえ、彼は私の殺気にもあまり怯んでいなかった。それなりの胆力の持ち主である。

 屈強な肉体で、手には金属製の斧を携えている。形状からして戦闘用だろう。刃には染み込んだ血痕が残っていた。

 私は男の言葉に応じず、ただ構えを取った。

 下手な発言は挑発にしかならない。どうせ戦うのなら、早く済ませるべきだろう。

「この野郎……ッ!」

 激昂した男は、斧を掲げて襲いかかってくる。

 大した突進力だが、故に単調な動きであった。怒りで判断力が失われているようだ。

 私は後ろの脚を、滑らせるように前へ移す。そこから半身になって間合いを定めた。じっと堪えて、男が適切な距離まで踏み込んでくるのを待つ。

(──来た)

 眼前で閃く斧。

 叩き込まれる斬撃を、手のひらを添えて受け流した。

 予想外の結果に、男は前のめりになってよろめく。男は、あまりにも隙だらけな姿を晒していた。

 私は小さく息を吐く。両脚から腰、そこから上半身へと力を伝導する。

 そして、男の胴体に向けて拳を打ち込んだ。

 私の一撃を受けた斧使いの男は、回転しながら宙を舞う。

 そこから近くの建物の二階に飛び込んだ。壁を粉砕して、脚だけが屋外に垂れ下がっている。

 男は少しも動かない。死んでいるように見えるが、気を失っているだけだ。

 突きを当てる際に力を調整したので、肋骨と両腕が折れただけで済んでいるはずだ。命に別状はないだろう。

 それなりの場数を踏んできたことで、若い肉体の力加減にも慣れてきた。

 今後はさらに精密なことも可能だろう。膂力だけで乗り切るのなら、若い頃と同じままだ。そこに技量を合わせることこそが、今の私の本領である。

(まあ、検証は後回しでいい)

 私は腕を下ろす。

 強盗達は驚愕して言葉を失っていた。

 彼らの中でも実力者だったのであろう斧使いが、一撃で倒されたのだ。相応の衝撃があったようである。

 きっと私が斬り殺される未来でも想像したに違いない。

 周囲の人々も同様に驚愕していた。

 様々な感情を含む視線を私に向けている。

 唯一、リアだけが誇らしそうにしていた。

 端に立つ彼女は、音が鳴らない程度に拍手している。この場において、彼女だけが結果を予想していた。

 呆然とする強盗達だったが、自分達の状況を思い出したらしい。いち早く我に返った者が、杖を手に詠唱を始めた。魔術の予備動作である。間を置かず、杖から雷撃が迸った。

 迫る雷撃に対し、私は打ち上げるように掌底を当てる。

 破裂音を響かせて雷撃が霧散した。身体に僅かな痺れが走るも、これといったはない。手のひらが少し赤くなった程度である。

「なっ!?

 杖持ちの強盗は、顎が外れんばかりに口を開けている。そこから歯噛みして私を睨むと、連続して雷撃を撃ってきた。

 私はそれらを残らず片手で捌き切る。杖でだいたいの狙いは分かる。あとはタイミングを合わせるだけで相殺できた。

「ふむ……」

 私は魔術を受けた手を開閉する。時折、音を立てながら紫電が瞬いた。

 雷撃を構成する魔力を吸収しようとしてみたが、すんなりと成功してしまった。魔王の魔力に比べれば、非常に安全だ。抵抗感も皆無に等しい。

 受けた魔術をすべて吸収できるわけではないものの、これは便利な技能だろう。

(試してみるか)

 私はその場で軽く拳を突き出す。その際、取り込んだばかりの魔力を解き放った。

 突きに合わせて、拳から紫電が噴き上がる。

 空気中を弾けながら加速すると、その先にいた杖持ちの強盗に命中した。

「あぐぁっ!?

 悲鳴を上げた強盗はひっくり返って痙攣する。全身各所が焦げて白煙が上がっていた。

 捌いた分の雷撃をまとめて飛ばしたのだ。威力も数倍に膨れ上がったらしい。

 これで魔術師への対策も固まった。遠距離攻撃にも柔軟に対応できるだろう。色々と使い勝手が良さそうだ。


 ◆


 残る強盗達は私から離れるように逃走し始めた。

 彼らは通りを反対方向へ駆けて、人々を押し退けながら走り去っていく。

 仲間を助ける気はないらしい。背負った金の方が大切なのだろう。

 何より私には敵わないと判断したに違いない。逆上して一斉に襲いかかってくれるのなら、対処も楽だったが仕方ない。

(追いかけて全滅させるしかないな)

 私は強盗達を逃がすつもりなどなかった。やるならば徹底する。そこを妥協する気は欠片もない。

 私は地面を蹴って強盗達に接近する。彼らが気付いていない間に、一人を後ろから掴み、足を払って転ばせた。その際、首に手を添えて圧迫して意識を奪う。

「チィッ、クソが!」

 私の接近に気付いた一人が、至近距離から魔術を使おうとしていた。その前に蹴りで杖を粉砕する。魔術行使を妨害しつつ、私は振りかぶった手刀で相手の脇腹を打った。

 地面を転がった杖使いは露店に激突し、果実を散乱させながら気絶する。

 私は顔を上げる。強盗達はまだ逃走を続けていた。

 諦める気はないようだ。そこまでして金を欲する精神は見上げたものだと思う。無論、尊敬はできないが。

 私は彼らを追跡し、一人ずつ着実に無力化していった。

 後方では、リアが強盗達を一カ所に集めて魔術で拘束している。さらに第三者が金を盗まないように見張っていた。おかげで私は、追跡と無力化に専念できた。

 そうしてついには、最後の一人を追い詰める。

 路地裏の奥に到着した私は、前方の強盗を見やる。

 行き止まりを前にした強盗は、片腕で居合わせた子供を捕まえていた。

 その首筋に短剣を添えてこちらを睨む。どうやら人質を盾に乗り切ろうとしているようだ。往生際が悪く、感心できない態度である。

 私が不快に思う一方、強盗は目を血走らせて叫ぶ。

「それ以上、近付くな! この子供がどうなっても──」

 強盗の言葉をさえぎるように、私は行動に移る。

 手に隠していた小石を握り直すと、親指で弾き飛ばした。弾丸のような速度で放たれた小石は、見事に強盗の額を捉えた。骨の陥没する音が響き渡る。

「……が、ァッ!」

 強盗はけ反って倒れた。その隙に子供は逃げ去る。怪我はしていないようだった。

「…………」

 私は無言で強盗に歩み寄る。強盗は動かない。白目を剥いて口を開けていた。私は捕縛しようと手を伸ばす。

 その時、強盗が短剣をとうてきした。閃く刃が私の首を目指して突き進んでくる。

「ふむ」

 私は指で挟むようにして刃を受け止める。

 額から血を流す強盗は、悔しげに舌打ちをした。気絶したふりで私を殺すつもりだったらしい。

「今の奇襲は悪くなかった」

 私はそう評すると、男の顔面を蹴り飛ばして意識を奪った。


 ◆


 その後、私達は捕縛した強盗を街の兵士に突き出した。

 彼らの盗んだ金は、兵士達が証拠品として引き取っていった。実質的な没収である。

 被害に遭った店の主人は不服そうだが、文句を言うことはなかった。

 詳しい事情は知らないものの、逆らえない関係にあるようだ。新参者には分からない力関係が隠されているのだろう。

 兵士達の去った後、その店主に強盗達の処遇を聞いた。

 彼らはおそらく奴隷となるらしい。危険な地域での労働力や、魔術の人体実験に用いられるそうだ。いずれにしても使い捨て同然の扱いであった。

 この街の兵士の状態を知るため、あえて強盗を生け捕りにしたが、想像以上に汚職塗れだった。

 ある意味、兵士達は犯罪者よりも悪質だろう。それを今回の一件で知ることができた。

(まさに悪党のための街だな……)

 嘆息する私は、サンドイッチに似た食べ物をかじる。現在、私とリアは街の片隅にある宿屋にいた。ここはその一室である。

 宿泊費は、強盗を捕まえた謝礼として兵士から貰った金をてた。私は貨幣価値が分からないが、リアによればこの街で七日程度は生活できるだけの金額らしい。

 受け取って良いのか複雑だったものの、金は生活する上で必要である。拒む理由はなかった。

「隙間風が気になるが、野宿よりはいい。食事もそこまで悪くないな、うん」

 窓際に立つリアは、サンドイッチもどきを口に運びながら言う。

 到着直後と比較すると、彼女は小奇麗になっていた。湯を借りて髪や顔を洗ったのだ。

 ただし風呂はさすがにない。高級宿ならあるそうだが、そんな所に宿泊するだけの金がないので我慢している。

(だが、金がないのはどうでもいい)

 本来なら、すぐにこの街を発つところだ。あまりにも無秩序な場所で、余計な問題に巻き込まれる恐れがある。決して長居すべきではない。

 しかし話し合いの末、私達はこの街に滞在することにした。道端で聞いた住人の世間話に、魔族という言葉が登場したからだ。

 魔族とは、魔王の配下の総称である。知性ある魔物や、亜人といった他種族を指す。

 魔王に加担する人間も、場合によっては魔族と称される場合もあるらしい。とにかく魔王の味方を全般的に意味する言葉だ。

 真偽は定かではないが、この街に魔族が紛れているという噂があった。

 魔族は当然ながら主人たる魔王のために行動する。人間社会の陰で暗躍するのだ。

 それを聞いた私は、出発を中断した。

 魔族が何を企んでいるかは知らないが、おそらくろくなことではない。人間にあだ為す行為に違いないだろう。

 それを食い止めるのが私の務めである。

 魔族を見つけて、魔王に関する情報を引き出したい。荒野の魔王も気になるが、知ってしまった以上、まずは目先の懸念事項を片付けるべきだろう。

(なんとも不穏な展開になってきたが、これでいい)

 ここで魔族について知れたのは大きかった。

 噂が嘘ならそれでも構わない。

 もしどこかの魔王が何かをもくんでいるのなら、私は絶対にそれを阻止する。

 神から下された使命は、完璧に遂行するつもりであった。


 ◆


 翌日、私達は街中を散策した。昨日、強盗事件が起きたにもかかわらず、付近に大きな混乱はない。当たり前のように日常が始まっていた。

 道すがら、私達は強盗被害に遭った店主に挨拶し、そこで話を聞く。

 兵士に押収された金は、やはり戻ってこないらしい。あのような汚職は珍しくないという。

 気休めに過ぎないが、謝礼として受け取った金のいくらかを渡しておいた。

 店を出た私達は通りを進む。今日の目的は、魔族の手がかりを見つけることだ。

 さいなことでもいい。噂が真実であるという確証が欲しかった。

 隣を歩くリアは、顎を撫でつつ唸る。

「調査と言っても、どこから調べるべきか分からない。それとも貴殿は、何か見当が付いているのか?」

「手当たり次第に犯罪組織を叩く。情報の一つや二つは出てくるだろう」

 この街には、いくつもの犯罪組織が乱立していた。

 彼らは縄張りを持ちながら争いを繰り広げている。そこに魔族が参入しているのなら、誰かが気付いているはずだ。

 その誰かを見つけ出すのが目的である。

 犯罪組織ならば、良心のしゃくもなく攻撃できる。

 なんの恨みもないが、これも目的のためだ。私は躊躇いなく遂行するつもりだった。

「そ、その発想はなかった。ウェイロン殿は大胆なのだな……」

 リアは若干引いている。心優しい彼女は、そういった手段に抵抗感があるらしい。

 その気持ちはよく分かるが、今は必要のない感情だ。

 私はリアに尋ねる。

「騎士は犯罪者を取り締まらないのか」

「もちろん実施するが、勝手に動くことはできない。相手の身分にもよるが、かつな真似をすれば圧力をかけられるのだ」

 リアは悔しげに答える。どこか含みのある言い方だった。

 その意味を察した私は、答えを述べる。

「……悪徳貴族か」

「まあそんなところだ。結局、騎士や兵士は国の忠犬に過ぎない。正義のために剣を振るうにはきゅうくつなのだ」

 リアは歯噛みしながら語る。やはり忠誠を誓った国に疑念と不信感が募っていたようだ。

 私は彼女に質問を重ねた。

「正義の味方になりたいのか?」

「小官は、善人が報われる世にしたい。ただそれだけだ」

 リアは真剣な眼差しで呟く。そこには強い意志が感じられた。是が非でも成し遂げようという心持ちが窺える。

 汚れた暗闇を渡り歩いてきた身には、とても眩しい姿だった。

 そのような人物の師になるとは、数奇な運命もあったものだと思う。

 私達は街中を練り歩きながら聞き込みを行った。やがて一つの豪邸の前に辿り着く。雑然とした近隣の中でも、そこだけが閑静な趣を形成していた。

 鉄柵で仕切られた敷地内は、警備員らしき人間が巡回している。

 私達は物陰から豪邸を観察する。

「あそこか」

「情報が正しければ、付近一帯を取り仕切っているらしい。魔族に繋がる話も握っているかもしれない」

 リアは聞き込みで得た内容を述べる。

 緊張を滲ませた面持ちだった。さすがに平常心ではいられないようだ。

 私は先に物陰から出ると、豪邸へと真っ直ぐ進んでいく。

「なるべく穏便に進めるぞ」

「貴殿の言う穏便は信じられないが……いや、うん。仕方ないな」

 リアは何か言いたげだったが、それをみ込む。私は構わず歩き続けた。


 ◆


 門の前までおもむくと、見張りの者達が鋭い眼差しを向けてきた。

 見張りの二人は軽装で、金属の胸当てを装着している。手には槍を持ち、腰に短剣を吊るしていた。

 身軽さを優先しているのか、最低限の装備に留めているようだ。

 無言で観察していると、見張りの一人が話しかけてくる。

「なんの用だ」

「責任者と話がしたい」

 私の要求を聞いた見張り達は、顔を見合わせる。間もなく一人が首を振った。

「駄目だ。許可なく部外者を入れるわけにはいかない」

「そうか」

 私は頷くと、不意を衝いて前進した。

 反応される前に間合いを詰めて、見張りの一人を蹴り飛ばす。見張りは施錠された門に衝突すると、泡を噴きながら気絶した。蹴りを受けた胸当てが、真っ二つに折れ曲がっている。

 私は手放された槍を掴み、それを軽く回転させた。拳法に比べればたしなむ程度に過ぎないものの、槍術も習得している。槍を立てて地面を突くと、触れた一点が小さく陥没した。

 私はもう一人の見張りを見る。

「き、貴様……ッ!」

 見張りは槍を構えて私に向ける。少し進み出れば、突き刺せるほどの距離だった。

 その目は本気である。状況次第では、躊躇いなく攻撃してくるだろう。

 即座に仕掛けてこないのは、警戒しているからだ。

 相方の倒され方を目の当たりにして、迂闊に踏み込めないのであった。

 恐れを克服するのは難しい。そういった反応も至極当然だった。

 一方、私は臆せず発言する。

「悪いが議論の暇はない。ここを通らせてもらう」

 言い終えた私は殺気を放出する。

 肩を跳ねさせた見張りは、反射的に刺突を放ってきた。

 迫る穂先の軌道を見極めると、私は持っていた槍を横にずらす。

 胴体を狙う突きを脇へと流しつつ、相手の槍を掴んで手元に引く。そして、前のめりになった見張りの顔面に肘撃を浴びせた。

「んゲァ……ッ!?

 見張りは鼻血を噴きながら昏倒した。

 倒れた拍子に、その口から折れた歯がこぼれ出る。もう起き上がることはないだろう。

 私は二本の槍を構えると、閉ざされた正門に向けて叩き込む。

 正門は粉砕されて、木端を散らしながら大穴が開いた。

 半壊した槍を捨てた私は、穴を跨ぎ越える。

 後ろから付いてくるリアは、困惑気味に声をかけてくる。

「ウェイロン殿? 穏便に進めるはずだったのでは……」

「失敗した。交渉が決裂した以上、これしかない」

 私は素直に認める。

 生憎と話し合いで解決できる雰囲気ではなかった。何より時間の無駄だ。正面から突破するのが効率的だろう。

 元の世界での暗殺は、いつもこのような調子だった。

 暗殺と言えば、誰にも見つからないように実行する印象だが、私はそういった手法が苦手である。

 その気になれば隠密行動もできるものの、力任せに捻じ伏せて標的を抹殺する戦法を好んでいた。

 依頼主達も、私が派手にさつりくすることを承知で仕事をしてきた。

 おかげで一部のかいわいからは殺人鬼とされていたが、あながち間違いではないだろう。

 敷地内に踏み込んだところで、リアが思い出したように尋ねてくる。

「今更だが、顔は隠さなくていいのだろうか」

「必要ない。むしろ名を知らしめた方がいい」

 今回の目的は情報収集だ。それに加えて、件の魔族に揺さぶりをかけたかった。

 白昼堂々と暴れることで、私達の存在を周知できる。

 魔族を探す二人組がいるという噂は、本人や関係者の耳に届くはずだ。

 もし私達の行動を知って逃げるのなら、その程度の相手だということである。ただの小物であり、脅威としては大したことがない。私が対処するまでもないだろう。

 ただ、この街に潜伏しているであろう魔族は、おそらくこちらを抹殺したいはずだ。

 確たる根拠はないが、長年の暗殺で培った勘がささやくのである。

 魔族は好き勝手に暴れる者をきっと許さない。自分達の暗躍に支障を来すからだ。

 慎重に動く者ほど、計画のずれや不確定要素をする。

 こうして存在を誇示すれば、向こうから接触があるに違いなかった。

 私はそれを心待ちにしている。

 地道な捜索は面倒だった。

 相手が仕掛けてくる状況に持ち込むのが手っ取り早い。

 考え事をしていると、前方が騒然としていた。

 辺りを巡回していた者達が、こちらに集結し始めている。豪邸から飛び出してきた者も含めると、総勢二十人ほどだ。

「……ふむ」

 私は両手の指を鳴らす。漲る衝動を抑制し、努めて理性を維持した。意識的に呼吸を遅めて精神を宥める。

 隣のリアは魔術を行使し、全身鎧を纏った。手にはなんの変哲もない片手剣を握る。これも修行の一環として戦うつもりだろう。

 私はリアに指示をする。

「右側を頼む。私は左側を処理しよう」

「了解した!」

 リアは威勢良く頷いた。

 彼女なら問題ないだろう。そう判断した私は、荒ぶる衝動を解放して駆け出した。


 ◆


 私は地面を踏み割りながら突進する。

 前方に向けて捻じ込むような掌打を打つ。絡め取った空気が圧縮された暴風となり、軌道上にいた者達を捉えて突き飛ばした。

 大半が衝撃で気絶する中、一部の者は果敢に飛び起きて反撃に転じようとする。

 私は抉れた地面に手を添えて、土を一掴み握り締めた。それを立ち向かってくる者達に向けて投げ放つ。

 握り固めた土は、拡散しながら高速で飛んだ。それは即席の散弾と化して彼らを切り裂く。

 さらに数人が追加で死んだ。まだ動ける幸運な者も、背中を見せて逃げ始める。

 私はそれを追わない。

 彼らには私達の噂を広めてもらう役目があった。わざわざ追い縋って殺すことはないのだ。

 私は立ち止まると、リアの戦いぶりに注目する。少し離れた所で、彼女の斬撃が三人の敵を倒すところだった。

 一太刀で首や胴を通過し、血飛沫を撒き上げながら殺害する。魔術で切れ味を上げているのだろう。

 死体となった三人が倒れたところで、リアは肩の力を抜いて剣を下ろす。彼女の周囲には死体が散乱していた。いずれも彼女が始末したものだ。

 彼女の纏う鎧は、ほとんど無傷だった。鎧の性能に頼らず、回避を欠かさなかった証拠である。

(良い傾向だ)

 リアは私の動きを参考に、身のこなしを活かす方面で鍛練している。

 元よりこの数を倒せるだけの実力はあった。加えて短期間ながらも私の指南を受けた彼女は、その才覚を十全に発揮し始めている。

 力量を急速に伸ばせたのは、何も私の指導力が高かったわけではない。ひとえに彼女の努力であろう。必死になって強さを求めた結果だ。その貪欲さは嫌いではない。

 リアを見ていると、肉体だけでなく心まで若返りそうだった。

 弟子を迎えたことで、私にも成長の余地が生まれたらしい。私はそれをはっきりと実感していた。

 なんとも喜ばしい発見である。昔の自分では辿り着けなかった境地だ。リアには感謝が尽きない。

「ウェイロン殿! 小官の戦いを見てくれたか」

「ああ、悪くなかった。鍛練の成果が出ているようだ」

 屋外の敵を倒し切った私達は、豪邸の前に移動する。

 室内はやけに慌ただしい。怒声や走り回る音が聞こえてくる。私達を迎撃するための準備を進めているのだろう。

 最も手っ取り早いのは、この豪邸を倒壊させることだ。

 私ならば拳の一撃で可能である。

 しかし、それだと被害が甚大すぎる。貴重な情報源となる人物が、倒壊に巻き込まれて死ぬ恐れがあった。そうなってしまっては元も子もない。

 やはり正攻法──すなわち豪邸に侵入し、迫る敵を叩き潰しながら進むのが一番だろう。そうして犯罪組織の頭や幹部を捕らえるのだ。

 私には尋問や拷問の技術がない。

 ただ、目の前で部下を惨殺すれば、向こうも素直になるはずである。それでも隠し事をするのなら、本人の身体を傷付けるだけだ。

 私達は情報が欲しいだけなのだ。最低限、正常に会話さえできればいい。

 つまりその他の部位については、損壊させてもいいということである。

 こちらの納得できる情報を吐くまで、彼らには頑張ってもらおう。


 ◆


 私は鋼鉄製の扉を開けようとする。

 しかし、抵抗感があって開かなかった。どうやら室内から施錠されているらしい。

「ふむ」

 私は扉の表面に触れる。

 それなりに分厚い。弾丸ならように止められる程度だろう。

 それを確かめた私は、扉に向けて蹴りを放つ。

 轟音と共に扉がわんきょくし、外れて倒れた。

 驚くリアを連れて、私は室内へと踏み込む。そして顔を上げた。

 吹き抜けの二階に敵が並んでいた。彼らはクロスボウを構えてこちらを狙っている。私達が扉を開けるのを待ち構えていたのだ。

「撃てェ!」

 号令を皮切りに、一斉射撃が始まった。

 大量の矢が私達に殺到する。狙いがばらけており、回避は難しそうだった。

(仕方ない……)

 私は瞬時に震脚を繰り出して、勢いよく床を踏み割った。

 衝撃で扉が打ち上がる。扉はちょうど私達と矢の間を滞空し、一斉射撃を受けることとなった。

 甲高い金属音が連続し、矢が次々と弾かれる。間をすり抜けてきた分については、私が両手で弾いた。これくらいなら難なく見切ることができる。背後のリアも無事だった。

 私は扉が床に落下する前に疾走すると、壁を蹴って跳躍する。そこから二階の面々へと襲いかかった。

 手すりに掴まって全身を引き上げつつ、遠心力を乗せて回し蹴りを浴びせる。数人の顔面を刈りながら、二階の床に着地した。

 骨片と脳漿が四散する中、前方に立つ男と目が合う。

 男は慌ててクロスボウに矢を装填しようとしていた。しかし、恐怖と焦りで何もかもが遅い。そうでなくとも間に合わない距離だろう。

 私は手刀でクロスボウを破壊し、驚愕に染まる顔を掴む。そのまま男を盾にして走り出した。さらに空いたもう一方の手で敵を処理していく。

 迫る攻撃は、掴んだ敵で防御した。

 仲間を盾にされたことで、敵の動きに躊躇いが生じる。私はそこを遠慮なく突いていく。

 そうして私は、大した時間をかけずに吹き抜けの敵を殲滅した。

 死体となった盾を捨てて、リアの待つ一階に降りる。

 一連の戦闘を目にしたリアは、感嘆の声を洩らした。

「素晴らしい手際だな……速すぎてあまり見えなかったが」

「いずれ真似できるようになるだろう」

「そうなりたいものだな」

 彼女とやり取りしていると、背後から火球が飛んできた。

 私は拳を当てて魔力を吸収しつつ、火球を破砕する。既に何度も目にした攻撃だ。吸収と破壊は容易である。

 私は落ちていたクロスボウの矢を拾うと、指先の動きで投擲する。

 回避し損ねた射手は、額から矢を生やして絶命した。

 その様を一瞥した私はリアを促す。

「行くぞ」

「りょ、了解した!」

 室内にはまだまだ敵が残っている。

 早く組織の頭を見つけなくてはならない。不在なら幹部でもいい。とにかく情報源が必要だった。

 入り口を抜けた私とリアは、豪邸の奥へと進んでいく。


 ◆


 前方に飛び出した私は、床に拳を打ち付ける。

 接触点を中心に床が膨張し、やがて臨界点を超えて爆散した。

 弾ける衝撃は、そのまま進行方向へと突き進んでいく。廊下に並ぶ調度品を破壊しながら、軌道上の敵を巻き込んだ。

 廊下が轟音を立てて崩落していく。それに伴って室内が傾いた。

 あちこちが危うい軋みを鳴らしている。やりすぎると、全体が崩れそうな気配があった。

 めくれ上がった床は突き当たりまで半壊し、各所に死体が挟まっている。高級感溢れる廊下は、今や血に彩られた惨状をあらわにしていた。

 どこもかしこも壊れており、とても歩いて進める状態ではない。

 拳を持ち上げた私は呟く。

「……やりすぎたな」

「ウェイロン殿にもそういった自覚はあるのだな」

 後ろでリアが苦笑する。

 彼女の足下には、斬り殺された死体が転がっていた。首筋を切り裂かれている。無駄な傷はなく、一撃で仕留めたのが窺えた。


 豪邸に侵入した私達は、室内を探索していた。そして遭遇する敵を片っ端から倒しながら、着々と上階へ進んでいる。現在は二階までを制圧したところであった。

 敵の質は良くも悪くもない。こちらに襲いかかるだけの胆力はあるも、印象に残るほどの実力者は見つからない。おそらくリアだけでも十分に対処可能なほどだ。様々な戦い方を試せるのはいいが、そろそろ強者が欲しくなる。

(血の滾るような死合いはないのか……)

 燻る衝動を自覚していると、敵の接近を察知した。

 場所を特定した私はリアに警告する。

「右の部屋から来るぞ」

「分かっているッ」

 リアが身構えると同時に、右側の扉が開かれた。

 中から飛び出した男が、斧を掲げて斬りかかってくる。隠密の技能を持っているようだが、私やリアの前では無力であった。

 前に躍り出たリアは、繰り出された斬撃を剣で受ける。そこから押し込むようにして体当たりを敢行した。

 斧使いを怯ませながら、追撃で相手の胴体を叩き割る。

 倒れる斧使いは、弾みで臓腑を撒き散らした。必死に掻き集めようとしているが、その動きで余計にはみ出している。リアは速やかに刃を落として、斧使いの徒労を終わらせた。

 私は彼女の一連の動きに感心する。

(能力に頼らない動きを意識しているな)

 リアは特殊能力を保有していた。片目に紋様が浮かび上がると、先読みの力を発揮できるのだ。

 私の攻撃すら回避できるほどで、その性能は折り紙付きである。

 しかしリアは、その力をなるべく使用しないようにしていた。私の助言に従って地力を上げるためだ。

 その成果は、徐々に表面化しつつあるようだった。リアの立ち回りは、だんだんと洗練されてきている。

「いい切り返しだった。悪くない」

 私が評価すると、リアは微笑む。本人も成長を実感しているようだ。

 やはり実戦による反復練習が功を奏したのだろう。

 これからも同様の手順で鍛練を重ねてもらおうと思う。


 ◆


 ほどなくして私達は、豪邸の最上階に到着した。

 特に傷は受けていない。リアが少し疲労しているくらいである。

 この建物には隠し通路や地下室が設けられているが、誰かがそこへ移動する気配はなかった。

 道中、幹部や頭らしき人間も見つかっていないので、この階に逃げ込んだものと思われる。

 最上階は全体が一つの部屋になっているらしい。階段を上がるとすぐに扉が立ちはだかっていた。

 扉の前で立ち止まり、リアに忠告する。

「私の後ろから離れるな」

「……了解した」

 私が先行して扉を開ける。

 広い室内は、黒を基調とした豪華な内装で彩られていた。

 その奥に、椅子に座る初老の男がいた。頬と目元に古傷があり、鷲を彷彿とさせる鋭い双眸を持っている。

 私は直感的に察する。椅子に座る男こそ、組織の頭だろう。

 しかし何かがおかしい。

 男は険しい表情で汗を浮かべていた。恐怖を感じているらしい。私に対するものではない。

 加えて室内には死体が散乱していた。

 鋭利な武器で刺されたり、斬られた痕跡が見られる。欠損の激しい焦げた死体は、魔術による殺傷だろうか。

(男の部下か?)

 何が起こったのかは分からない。男は死体をよそに、ただ静かに座っていた。

「あの男は、一体何をしているのだ……?」

 怪訝そうなリアは前に踏み出そうとする。それを私は手で制した。

「待て。これは罠だ」

 姿は見えないが、何者かが潜んでいる。

 微かに気配がするのだ。巧妙に隠しているが、魔力や殺気も感じられた。

 どうやら私達を観察しているらしい。機を見て奇襲をするつもりなのだと思われる。

 私は殺気を放出しながら発言する。

「姿を見せろ。潜んでいるのは分かっている」

 言い終えた後、部屋の中央部で空間が歪む。

 そこから現れたのは二人の男女だ。

 男は二十代半ばで、青い髪に赤い瞳が特徴的だった。狂暴な笑みを湛えており、尖った歯を覗かせている。防具は身軽な革鎧で、金属製の槍を携えていた。

 女も同じ程度の年齢だろう。白いローブを纏い、ぶかに被ったフードで顔を隠している。垂れ下がった金髪も合わさって表情はよく見えない。

 武器は持っていないが、両手に数種の指輪がめられていた。

 以前、リアから聞いたところによると、杖や指輪は魔術行使における補助具のような扱いらしい。

 つまりローブの女は魔術師なのだろう。姿を隠蔽していたのも、おそらく彼女の術に違いない。

 二人組は組織の頭のそばに歩み寄った。頭の男は顔をうつむかせる。心なしか顔が青ざめていた。

 その光景から、私は両者の力関係を理解する。

 室内に転がる死体の山は、二人組が築き上げたのだろう。

 思考を巡らせていると、槍使いが威勢よく話しかけてきた。

「よう! お前が侵入者か!」

「組織の頭は誰だ」

 私は無視して質問を返した。

 答えは分かり切っていたが、念のために確かめておきたかったのだ。

 すると槍使いは片眉を上げた。彼は面白そうに椅子の男を小突く。

「この禿げ頭のことかい? 雇われに来たのなら、やめた方がいい。報酬を渋りやがるケチ野郎さ」

「……っ」

 頭の男は歯噛みして耐えていた。

 怒りを覚えているようだが、抗議はしない。その瞬間に殺されると分かっているのだ。

 現れた二人組は、明らかな強者であった。内包する魔力は常人の比較にならない。その佇まいは、たくえつした技量と戦闘経験を窺わせる。

(これは、楽しめそうだ)

 私は静かに歓喜する。

 状況はよく分からないものの、なかなかの大物を引き当てたのは確かであった。手応えのない相手ばかりで消化不良だったのだ。それも解決しそうである。

 愉快そうに笑う槍使いだったが、急に眉を寄せた。

 顔を顰めた彼は、赤い目を見開いて私を凝視する。

「ん? ちょっと待てよ、あんた……」

 少々の沈黙を挟んで、槍使いがぎょっとした顔となった。そして慌てて鼻を動かす。何かを嗅いでいるようだ。

 彼は真面目な様子で隣の魔術師に声をかけた。

「ヴィーナ」

「ええ、あなたの考える通りです」

 魔術師は澄んだ声で述べる。

 刹那、彼女と目が合った気がした。途端に不自然な悪寒に襲われるも、気力でそれを掻き消す。

 魔術による精神面への干渉だろう。物静かに見えて、油断も隙もない。

 槍使いが私を指差した。なんらかの確信を得た彼は、歯を剥き出しにして問う。

「──間違いない。あんた、あの毒豚をったな?」


 ◆


「ああ、殺した」

 私は素直に肯定した。

 別にわざわざ誤魔化すことではない。それに槍使いは断定口調だった。嘘を言ったところで意味がないだろう。

 毒豚とは、おそらく渓谷にいた腐毒の魔王のことだ。

 槍使いは何かを嗅いで、私の戦歴を把握した。

(魔王の魔力か?)

 魔力に臭いがあるのかは不明だが、なんらかの手段で確信を得たようだった。

 槍使いは獰猛な笑みで叫ぶ。

「はは、やはりそうか! あの魔王が死んだ時は驚いたもんだが、あんたを見て納得したぜ」

「……ふむ」

 私は動き出そうとする両脚に力を込めて止める。気を抜けば槍使いに跳びかかりそうだった。

 彼の覇気を受けて、戦闘本能が刺激されている。

 槍使いは相当な武人だ。

 魔力の質から考えると、おそらく人間ではないが、そんなことは関係なかった。

 種族なんてどうでもいい。待ち望んでいた強者が現れたのだ。

 今はその事実だけで十分である。

 少なからず高揚する私だが、寸前で理性を取り戻した。

 優先すべき目的を思い出したのだ。

「お前達は何者だ」

「あ? まさか知らないでここまで来たのか」

「そうだ」

 私が答えると、槍使いは間の抜けた顔で固まる。次の瞬間、顔を手で覆って爆笑し始めた。

「ハハハハッ! これがまったくの偶然とはなァ……面白いこともあるもんだ」

 やがて笑い終えた槍使いは、質問の答えを述べる。

「俺達は魔族さ。この街の噂は聞いたことがあるだろう」

「なるほどな……」

 それを聞いた私は、現状を少し理解する。

 魔族はこの豪邸に潜伏していたのだ。犯罪組織を隠れみのに活動していたらしい。

 しかし、なんらかの流れで、両者の関係に亀裂が入った。そうして組織の人間が殺されたところに、私達がやってきた。なかなかにこんとんとした状況である。

 もっとも、いきなり引き当てるとは思わなかった。

 魔王の配下ならば、これだけの強さを有するのも納得である。

 奇妙な巡り合わせに感心していると、黙り込んでいたリアが槍使いを睨んで驚愕した。

「ま、まさか〝そう〟のアブロか……!?

「ご名答。そっちの嬢ちゃんは知っていたようだな」

 槍使いはリアを指差しながら頷く。驚く彼女を見て愉快そうにしていた。

 気まぐれに回転する彼の槍が、椅子の男を浅く切り裂いていた。

 それをよそに私はリアに尋ねる。

「誰だ」

「鬼槍のアブロは、荒野の魔王の配下だ。槍一本で軍勢を屠る怪物であり、戦場では常勝無敗と聞いている……」

「ほう」

 私はさらなる興味を抱く。

 槍使いアブロは、有名な魔族らしい。常勝無敗とは、なんとも心かれる表現であった。

「アブロの隣にいるのは、黒魔導師ヴィーナだろう。人間でありながら魔王に加担する女だ。二つ名は〝幻惑〟で、認識阻害や精神攻撃にけている」

 リアが続けて解説するも、当の本人は人形のように動かない。ただ冷ややかな眼差しを私達に向けていた。

 リアは剣を構えながら私に問いかける。

「どちらも上位の魔族だ。同時に相手をするのは厳しいが……どうする?」

「決まっている」

 私は前に進み出ると、両手を握り締めた。

 そして二人の魔族に宣告する。

「──全力で来い。存分に死合おうではないか」


 ◆


 私の言葉にアブロは歓喜した。槍で肩を叩きながら、彼は笑みを深める。

「奇遇だな。俺も戦いが好きなんだ。あんたみたいな男とは気が合う」

 アブロは槍を構えた。

 穂先付近に指を添えて、しっかりと腰を落とす。そこから前傾姿勢になった。赤い瞳が、猛獣の如き視線を向けてくる。

「全力で殺し合おうぜ」

 アブロが殺気を全開にする。荒れ狂う覇気が室内を震わせた。組織の頭が椅子から転げ落ちて、床を這いずるようにして逃げる。

 そちらには目もくれず、アブロは私を注視している。

 こちらの一挙一動を観察しているようだった。いつでも突撃してきそうな気配がある。

 その視線を堂々と受けつつ、私はリアに告げる。

「魔術師は任せた」

「そ、それはどういう──」

 リアは困惑するも、私は気にせず疾走する。目指すはもちろんアブロであった。あの槍使いを拳の間合いに捉えねばならない。

「ハハァッ!」

 たいしょうするアブロは、砲弾のように突進してきた。掲げた槍を振り下ろしてくる。なんとも豪快な攻撃であった。

 私は意識を加速させる。槍の穂先から逃れつつ、振り下ろしを躱した。

 空を切った槍は、床を粉々に叩き割る。

 私は掌底を打つために手を引いて、止まる。

 眼前のアブロが蹴りを放とうとしていた。寸前で上体を反らすと、掠めるようにして蹴りが通過する。

「チィ……ッ」

 舌打ちしたアブロは、床に突き立てた槍を軸に回転した。半身の姿勢から、遠心力を乗せた蹴りを繰り出す。

 しかし、私はこれも回避した。アブロの爪先が、浮いた前髪の何本かを千切る。額に風を受けるも、微塵も臆さずに動く。

(大胆ながらも攻めにくい。よく考えている)

 隙だらけかと思いきや、アブロは巧妙な罠を張ってくる。殺し合いに慣れている証拠だ。相手の視線や呼吸を意識している。どうすればだませるのかを理解しているのだ。

 何も考えていない戦闘狂に見えて、とんだ策士である。