「気にするな。そなたを勝手に召喚したのは我々だ」
国王は私の言葉を受け入れる。気を悪くしたかと思いきや、意外と度量がある。
ただし、待機する兵士や貴族は、私に敵意を含む視線を向けていた。見下されているのは明白だ。
そのような空気の中、国王は話を進めていく。
「確認だが、そなたは勇者として魔王
「無論だ。そのために来た」
他ならぬ神からの頼まれ事である。
彼女は私に若さを与えた。その恩に報いるのだ。
義理は果たさねばならない。
私の答えを聞いた国王は微笑する。満足そうな雰囲気であった。
彼は少し前のめりになって私に頼む。
「協力感謝する。さっそくだが、勇者の能力を見せてくれぬか」
「そのような力は持っていない」
「何……?」
国王が怪訝な様子になる。私の返答が予想外だったらしい。
他の者達も困惑していた。
空気の変容を感じつつも、私は気にせず話し続ける。
「嘘ではない。若さこそが我が祝福である」
一度目の死を迎えるまで、私は摩耗する一方の老人だった。
そこから能力によって若返った。
間違いなく全盛期の肉体だ。
この上ない幸運であり、まさしく神の祝福と言えよう。
「魔力が一切感じられません。正真正銘、ただの一般人です……」
私を注視していたローブ姿の男が呟く。会話の間に何かを調べていたらしい。
それを聞いた国王の目に浮かぶのは、多大なる失望であった。他の者達も同様だ。
彼らの様子を
どうやら召喚した勇者に特殊な能力を期待していたようだ。それを持たない私は、期待外れだったのである。
(歓迎されていないな)
これだけ露骨に落胆されれば嫌でも分かる。
長居したところで、互いに良いことはないだろう。そう考えた私は
ところが、兵士の一人が進路に立ちはだかる。
「待て。どこへ行く」
「魔王を殺す。すぐにでも
神によれば、魔王は幾体も存在する。
各地に潜伏しているらしく、どのような災厄をもたらすか分からない。時間がかかると推察されるのであれば、さっそく動くべきだろう。
無言で兵士と
「勇者よ。そなたには王国軍の指揮下で動いてもらう。勝手な
「断る。そちらの流儀に合わせる気はない」
私は即答する。
軍属には嫌な思い出があるので、単身で行動したい。我ながら組織に向かない性格なのだ。
そもそも魔王を倒すのに集団行動など必要ない。国に縛られて動くのは、明らかに非効率的だろう。
私の答えを聞いて、国王の瞳の冷たさが増した。彼は念押しするように問いかけてくる。
「……従うつもりはないのだな?」
「忠誠は誓えないが、勇者の責務は果たす。魔王は私が殺すつもりだ」
神からの依頼は無視できない。魔王討伐は若返りの礼であった。
しかし、この国に対する興味はない。
あくまで最初に降り立った場所といった程度の認識だ。
彼らに従う義理など存在しなかった。
国王は頬杖をつくと、小さく嘆息する。
「そうか。
国王が手を振って合図を送る。それを受けて、指揮官らしき兵士が反応して叫んだ。
それまで微動だにしなかった兵士達が一斉に動き出すと、あっという間に私を包囲する。彼らは槍の穂先を向けてきた。
「ふむ……」
私はその様を傍観する。
不用意に動けば、すぐに刺してきそうだった。事実、兵士達は命令次第で実行するだろう。彼らの動きには、それなりの練度が
「リ・ウェイロン。今からそなたを
「私を捨て駒にする気か」
「これも国のためなのだ。王国に属する勇者が、魔王を倒すことに意味がある」
私はその答えを聞いて、彼の
国王は、政治的な側面を視野に入れているのだ。
手持ちの戦力で魔王討伐を果たすことで、自国の強さを広めたがっている。そうして他国との外交や力関係に作用させるのだろう。
目立つ功績は、それだけで国内の支配力にも繋がる。国王は、世界を救うために魔王を倒したいのではなかった。
(下らない。異世界でも政治的な事情か)
私はため息を洩らす。
それが必要であるのは分かるが、巻き込まれたくない。
召喚前の世界でも、私と専属契約を結ぼうとする者達がいた。しかも断れば命を狙ってくるのだ。
そういった勢力を、私は何百と壊滅させてきた。たとえ世界が変わろうと、こういった部分は同じらしい。
私は深呼吸をする。四方八方を囲う槍には構わず、国王に忠告をした。
「あまり刺激しないでほしい。抑え切れなくなる」
「──何?」
「
私は己の内に意識を集束させる。
そこには一つの衝動が渦巻いていた。飽和しつつある力を、思う存分に発散したいという衝動だ。
肉体が若返った反動だろうか。ここ数十年はなかったような感覚である。
いつになく攻撃的になりそうで、理性で
一方で指揮官の兵士は、鼻を鳴らして私を
「ハッ、この人数を相手に戦おうというのか! 能力どころか、武器すら持っていない若造がっ!」
「武器など必要ない。我が身だけで十分だ」
私は淡々と断言する。
決して強がりではない。経験と自信に基づいた事実であった。
鍛え上げた武術の前では、数の不利など関係ない。素手だろうと最高の力を発揮できる。私は周りの兵士を見回すと、彼らに忠告をする。
「死にたくなければ今すぐ逃げろ」
ところが兵士は誰も従わない。互いに目配せをするばかりで、槍を下ろそうとしなかった。兵士として命令を全うするつもりらしい。何より数の優位からなる勝利を信じ切っているのだろう。
やがて指揮官らしき男は号令を発する。
「
その言葉に反応した兵士達は、こちらに向けて踏み出そうとする。止まる気配はない。残念ながら戦闘は避けられなさそうだった。
それを悟った私は、方針を切り替える。
すなわち、暴力による突破である。
「仕方ない──」
まずは殺気を僅かに放出する。
次に両拳を軽く閉じて、腰を落として身構えた。
たったそれだけで、兵士達は硬直する。
「な、ぁっ!?」
「動け、ないだと……っ!」
「畜生! ど、どうなってやがる!?」
兵士達はひどく混乱している。槍を取り落とす者も多発していた。
誰一人として、私に近付くことができない。
彼らは私の殺気を浴びて、本能的に恐怖してしまったのだ。だから筋肉が
私は震える兵士の間を歩いて抜ける。
真っ直ぐに指揮官を目指した。
「どうした!? 何をしているッ! 早くあの男を殺せェ!」
指揮官は焦りながら怒声を繰り返す。
動けない兵士達に命令を繰り返すも、当然ながらそれに従える者はいなかった。彼らは異常事態を前に慌てふためくばかりである。
唯一、指揮官には殺気を浴びせていない。そのように調整していた。
だから彼は動けるはずだが、一向に近付いてこなかった。
ただひたすらに
私は指揮官の前で足を止めた。
「口ばかりではなく、自らの手で戦う気概を見せろ」
「異界の野蛮人が……ッ!」
激昂した指揮官が剣を掲げた。
その動きは、あまりにも隙だらけだった。繰り出された
私は片足を半歩分だけ前に進める。
爪先を中心にして、床に小さな亀裂が走った。重心を移すほどに沈み込んでいく。
前に出した足を起点に、私は左拳による突きを打ち放った。
拳は軌道上の剣を粉砕し、そのままの勢いで指揮官の胴体を捉える。
──次の瞬間、指揮官の上半身が木端微塵に爆散した。
◆
それらは床や壁に撒かれる。近くに立っていた貴族が、鮮血を浴びて悲鳴を上げていた。
指揮官の下半身が、ふらついた末に倒れる。
断面からは、
(これは……)
私は眼前の結果を生み出した拳を
老人だった時の力加減や感覚で殴ったのが悪かったらしい。若返ったことで、勝手が変わったようだ。
実を言うと、軽く小突いたつもりであった。
本来なら、肋骨をへし折って心停止を促すだけのはずだった。
芯を捉え切れなかったせいで、破壊力が無駄に拡散されたのである。
見た目は派手だが、突きとしての評価は及第点にも満たない。
若返りの影響は思ったより大きい。このままだと戦いに支障を
動かしながら調整して、感覚を掴んでいくしかないだろう。
反省を終えた私は拳を下ろす。
室内はやけに静かだった。人々は指揮官の死体を凝視している。青い顔で卒倒する者もいた。
殺気から解放された兵士達は、槍を構えている。
しかし腰が引けており、踏み出してくる気配はなかった。
立ち向かってくるだけの気概はなさそうだ。
指揮官の死は、見せしめとして十分な効果があったらしい。
しかし、ここで止まるつもりはない。
「ふむ」
私は指揮官を殺した拳を振る。付着した血が飛んだのを見て、兵士達は後ずさった。
膨らみ続ける恐怖がありありと感じられる。速まる鼓動を抑えながら、私は兵士達に歩み寄っていく。
「忠告はしたぞ」
その言葉を皮切りに、床を蹴って素早く前進する。
近くにいた兵士に狙いを付けると、反応される前に蹴りを繰り出した。
音速を超えた
白目を
私は体勢を戻しつつ、片手を床についた。そこから掻き進むように跳んで、別の兵士との間合いを詰める。
「ひいっ!?」
兵士は目を見開いて震える。真正面から肉迫した私は、兵士の胴に両拳を打ち込んだ。
くぐもった破裂音が響き渡る。
余分な衝撃が足から伝播し、床を陥没させた。
(今度は芯を捉えられたな)
攻撃の具合に満足していると、左右から兵士が襲いかかってきた。
彼らは槍で私を突こうとしている。隙を狙おうとする姿勢は悪くないものの、洩れ出る殺気のせいで奇襲になっていなかった。
私は迫る穂先を両手で受け流す。
軌道を変換された
悶絶する二人の首を手刀で刈り取り、一方の生首を蹴り飛ばす。高速回転する生首は、前方の兵士にぶつかった。
「うわっ!?」
骨と肉をまとめて叩き潰す感触。
激しく
追撃で後頭部を踏み砕いたところで、私は動きを止める。
だんだんと力の加減ができるようになってきた。
身体は驚くほどに軽く、体力も
神の祝福に感謝していると、少し離れた地点から殺気を感じた。
ローブを着た者の一人が、杖から火球を放ってきた。
真っ赤な火球は、私へと飛来してくる。
(奇妙な術だ)
この世界特有の力だろうか。異世界召喚の他にも、様々なことができるようだ。
私は短く息を吐き出すと、震脚で間合いを定める。そこから
衝撃を受けた火球はあっけなく霧散する。
手のひらを見ると、ほんの僅かに火傷していた。しかし、それは薄れて消えてしまう。
「……ほう」
若い頃は傷の治りも早かったが、これはさすがに異常である。
原因を考えるも、思い当たるのは一つしかない。
神は私の肉体を全盛期にしたと言った。おそらくその定義とは、年齢だけに限ったことではない。
全盛期とはすなわち、健康な状態を指すのだろう。
病気や傷を負った場合、即座に
(これはいい)
さすがに不死身ではないだろうが、傷が治りやすいのは便利である。細かな傷を気にしなくていいのは楽だ。状況次第では活かしていこうと思う。
「くたばれッ!」
ローブの術者が再び杖を向けてきた。
空気の揺らぎと共に、見えない何かが接近してくる。
私は精神を集中させて、迫るそれに手刀を合わせた。上手く軌道をずらして受け流すことに成功する。
「ぎゃぁっ!?」
背後で断末魔が上がった。
腰を抜かした兵士の顔面が割れている。まるで鋭利な刃物で切られたような傷だった。
どうやら術者は、風の刃を飛ばしてきたらしい。
(面白い。色々な現象を発生させられるのか)
剣や槍で戦う場で、炎や風を操れるのは大きい。有用性を考えれば破格の能力と言えよう。
他のローブを着た者達も、同じように術を使えるだろうか。だとすれば、
興味を覚えた私は、彼らを挑発する。
「もっと見せてみろ」
ローブの術者達が、一斉に火球や風の刃を飛ばしてきた。その中には、弾丸のように飛んでくる水や稲妻も混ざっている。やはり他にも攻撃用の術があるようだ。
私は床を這うように疾走し、それらの術を躱しながら距離を詰める。
回避が難しい場合は、手刀を
いずれの術も強力だが、対処は簡単だ。たとえ直撃しても、若くなった肉体ならば軽傷に留まるだろう。
術者の一人に狙いを付けた私は、四肢で床を叩いて跳躍する。
驚愕するその顔面に膝蹴りを食らわせた。術者の顔面は、腐敗した果実のように
(術の使用に意識を取られている。近接戦が不得手なのか)
分析する私は、両手足で着地すると、間を置かず、肉食獣のように別の術者へ跳びかかった。
下から打ち上げるように蹴りを当てると、浮かび上がった術者の足首を掴む。
術者を鈍器のように振り回して、他の者達を一掃した。
倒れた彼らの首を踏み砕き、或いは掌打で破壊する。
至近距離から術を撃とうとする者もいたが、発動前に察知して仕留めた。
視線と予備動作に気を付けていれば、反撃されることもない。起き上がる前に命を奪っていき、ついにはローブ姿の術者を全滅させる。
術であちこちが破損した室内には、静寂が
血の臭いが充満し、むせ返るような空気を
飛び散った血肉や臓腑が各所を
拳から血の
刹那、彼らは半狂乱に陥った。
怒声や悲鳴を上げながら、私を
我先にと逃げ出す者の中には、兵士の姿もあった。いくら国に忠誠を誓ったと言っても、眼前の恐怖には耐えられなかったらしい。
騒然とする人々はあっという間に避難していく。死体が散乱する室内に残るのは、王とその家族と一部の勇敢な兵士のみであった。
しかし残る兵士も、率先して私に挑もうとはしない。
それだけの勇気はないようだ。
(この程度か……)
密かに失望していると、出入り口から
振り返ると扉と壁が破壊されており、一人の兵士が屈むようにして登場するところだった。
まるで熊のような巨躯を鎧で包んだ風貌だ。
携えるのは鉄板のような大剣である。
「ほう……」
自然と微笑みながら、私は拳を構える。
おそらく部屋の外で警備をしていた兵士だろう。異変を察知して、私を殺しに来たらしい。
この者は、他の兵士とは一味違う。私を前にしても、
それどころか、殺気を
私と大剣使いの兵士は、無言で対峙する。
互いの殺気が、きりきりと空気を締め上げていく。息の詰まるような緊張感だ。その感覚に私は歓喜する。
先に動いたのは大剣使いだった。
見た目からは想像もできない速度で前進すると、壁や床を
頭上から落ちてくる刃を、私は片手の五指で挟んで止める。伴う衝撃は、足元から床へと逃がした。床に新たな亀裂が何重にも走る。そろそろ崩落しそうだった。
「……ッ!」
大剣使いが驚愕する気配を見せる。
彼は柄を握る手に力を込めて、必死に動かそうとしていた。しかし、私が掴んでいるせいでびくともしない。
大剣使いの戦法は、単純明快だった。
優れた身体能力を駆使して、圧倒的な一撃で相手を叩き斬る。
彼ほどの
まさに一撃必殺を体現した戦法だった。
親近感を覚えた私は大剣使いに呟く。
「──奇遇だな。同じことを考えていた」
私は腕を引きながら前に躍り出る。
最適な間合いを取ったところで、瞬時に重心を移動させた。呼吸を合わせて、拳を捻りながら放つ。
突きは大剣使いの
力を一点に束ねながら、僅かな抵抗感を貫くように
大剣使いの体内で、何かが爆発した。
衝撃の余波が壁や床を揺らす。室内のすべての窓が、
私は大剣使いから離れる。
彼は動きを止めると、ゆっくりと自分の身体を見下ろす。金属鎧の一カ所が、拳の形に
突如、大剣使いが武器を手放し、多量の血を吐きながら倒れた。
床に伏せたまま、赤い染みを広げていく。
倒れたことで見えるようになった鎧の背部は、引き千切られたかのように穴が開いていた。
「そんな、ラムド様が……」
「たった一撃など、ありえない!」
「何者なのだ、あの男は!?」
他の兵士達が
彼らは武器を落として立ち尽くしていた。戦意を喪失しているのは明らかだった。
大剣使いは、彼らの中でも強者の位置づけだったらしい。
彼が為す術もなく倒された様を見て、私には絶対に勝てないと確信したのである。
玉座を見ると、国王は歯噛みしていた。
目を血走らせて、全身から悔しさを滲ませている。
ただし、何も言ってこない。
私という暴力に関わりたくないのだ。
彼の后や息子も同様であった。怯える彼らは、化け物を見るような目を私に向けている。
それで傷付くことはない。
慣れたものだ。
怪物や化け物といった呼称は、常に私の代名詞である。今更そのように見られたところで、馴染み深さしか感じなかった。
血染めの床に立つ私は、国王に話しかける。
「此度は不幸な衝突だった。こちらにも落ち度があり、故にお前の命までは取らない」
互いの要望が噛み合わなかった結果、我々は争うことになった。
非人道的な扱いを受けそうになった私だが、実際にはなんの損害も被っていない。
対して向こうは多数の死者が出ている。制裁としては十分だろう。
「私への報復を企んでいるだろうが、それは別に構わない。ただし、義に反する所業を繰り返すのならば、覚悟するといい」
そこで私は言葉を切って、拳を突き出す。
直後、国王の背後にある壁が爆散した。
私は青ざめる国王を見据えて告げる。
「──その命、貰い受けるぞ」
私は返答を待たずに踵を返すと、壊れた扉を
近くに下り階段を見つけたのでそこを下りていく。止めに来る者は、誰一人としていなかった。
(随分と物騒な始まりとなってしまったな)
私は一連の出来事を振り返る。
もう少し上手くやれた気もするが、破壊衝動に負けてしまった。若返った肉体で戦いたいと思い、その欲求に
軽率だったと非難されれば、反論はできない。これについては反省すべきだろう。
私は異世界で殺人鬼になりたいわけではない。
魔王を倒すという使命を宿しているのだ。
強者との戦いも楽しみだが、託された依頼が優先であった。
これからは、己の言動に注意を払わねばならない。