異人居留地での戦いから数刻後。

 横浜近くの荒れ寺の、何処とも知れぬ闇の中。

 差し込む細い月明かりの下、二人の男が問答している。

 

 

「戻ったか」

「おおこいは永田どん。きちょったか」

 

 一つは武士らしく重い声。答えるもう一つはいやに軽薄な声だった。

「きちょったか、ではごわはん!」

 最初に声をかけた男が激昂に近い声を出した。闇の中でなければ殺気の炎燃え立つ姿が見えたはずだった。

「おはん、こん不始末バどう責任取るつもりじゃ! 義挙のために長年かけて潜伏させてた浪士達バ使い潰しおって、計画が全て水の泡になったじゃごわはんかっ」

 並の人物ならば縮み上がるような男の殺気をまともに浴びながら、もうひとりの男は飄然として答える。

「いや申訳もつさけなか。まさか幕府の侍にあげん手練がいると思わんかったんじゃ。ほんのこつ世間バ広かのう」

「おはんそいですむと思うちょっとか! こいから計画バ全部練り直しじゃっ。こん事は西郷せごどんにも話さバならんぞ」

「そいは怖かのう」

 真面目に聞いているのか、いないのか。

 煮え切らない相手の態度に永田と呼ばれた男はいよいよたけった。

「もうよかっ! おはんには任せておれん、おいがやりもす。国元から同士バ集めてあの女剣士もろとも外国掛を血祭りにあげもす!」

 永田がそう言い放った瞬間、それまで漂々としていた男の顔から笑みが消えた。

「永田どん、あの姐さんバ俺の見つけた獲物じゃ」

 男が低い声を出した。先程まで含まれていた人懐こさまでが拭い去ったように失われている。

「おはん、そいを横から引っ取っちゃる言うとか」

 永田がだまって冷や汗を流す。

「あれは俺のもんじゃ。他には渡しもはん。必ず俺が討っとじゃ。その邪魔バするゆうならたとえ永田どんでも……」

 男が無造作に刀の柄へ手をかける。永田は動くこともできない。

 永田は気を呑まれたまましばらく言葉を発することができず……ややしてようよう次の言葉を絞り出した。

「……たしかにおはんが討っとじゃな。武士の言葉に二言は無かの」

「知れたごち」

「よか! ほんならばおはんにこの件預けもっそ。薩摩藩お庭方の名、もう汚すんじゃなかぞっ! 益満どん」

 

 

 やがて片割れの男は音もなく去って行った。益満と呼ばれた男は、なおも荒れ寺に残りうっとりと空を眺めていた。

 冬空にかかる銀盆のような月を見上げながら、

「また早く戦(や)りあいてえなあ……姐さん」

 

 

くノ一別手組 二巻(終)