(幕間)

 

 

『おや?』

 パーティー会場で、ニール代理公使は首を傾げた。今日のクリスマスパーティーの客人、ニール個人は主賓とも思っている五月の姿が先程から見えなかったからだ。西洋人の中ですら目立つ長身の五月を見逃すことなど無いはずなのだが。

 ニールは自分の席を離れると、ちょうど貴婦人方の席でヴァイオリンを演奏しているヴラドの姿を見つけたのでそちらへと向かった。音楽家も裸足で逃げ出す程の素晴らしい音を奏でるヴラドの演奏には、日頃振り回され続けているニールですら聞き惚れる物がある。それにしても、クリスマスに弾く曲が『悪魔のトリル』というのがいかにもヴラドらしい。

 一曲弾き終わってヴラドが優雅な礼をする。ニールもささやかな拍手を送ってから、彼女へと話しかけた。

『ミス・ヴラド、ミス・イガラシの姿が見えないようだが、貴女は何か知っていますか?』

『ああ、サツキなら公使館の外へ、ジョーイローニンの撃退に行きましたよ』

 まるで外の空気を吸いにいきましたよ、とでも言うような軽い調子だったので、ニールは最初『ああ、そうですか』と頷きかけ、

「What!!!!??」

 直後叫び返した。突然の大声に周囲の人々が何事かと振り返る。ギリギリで理性を取り戻し声を低めたが、焦りはそのままにニールはヴラドを問い詰めた。

『それは本当ですか!? ミス・イガラシは今外でッジョーイサムライたちと戦っていると!? いやそれより、公使館は襲撃されているのですか!?』

『そんなに驚くことでもないでしょう。今日はクリスマスです。ここに西洋人が集まっていることがもし知られれば、襲撃の対象になるかもしれないとは予想できます』

『なんで貴女はそんなに落ち着いていられるのです!? すぐに館外の陸軍を戦闘配置に付けないと! いや、客を避難させるのが先か……』

『やめてください』

 再びヴァイオリンを肩に構えながら、ヴラドは鋭い声をだす。

『サツキは一人で、誰にも告げず外に行きました。おそらくこのパーティーを守るために、今日という日を台無しにしないためにです。だから私も、サツキが何処かに行くのに気づきましたが止めなかったし気づかないふりをしていたのです。賢い方法とはいえませんが、私はサツキの意思を尊重します。襲撃を客に告げるのも、避難させるのもなしです。どのみち公使館から逃げるには丘を降りなければならないのですから、かえって混乱を招くだけですよ』

『うぐっ……』

 ニールは冷や汗をかいて黙り込む。ややして、唇を震わせながら言った。

『ともかく、陸軍の歩兵部隊は戦闘命令を発します。私にはここの人々を守る義務がある。客に告げるかどうかも私が最終的に判断します』

『ま、私にそれを止める権利はありませんね』

 軽く肩をすくめてヴラドが言う。

『さらに部隊の一部を抽出し外へ派遣します。襲撃してくるローニンの規模がどれほどか知りませんが……ミス・イガラシ一人で戦うなど正気じゃない。すぐにでも援軍を出さねば』

『もちろん、それも貴方におまかせしますよ』

 ヴラドは再びのんびりした態度になってグラスを傾け始めた。平生と変わらないその様子に信じがたいものを見るような目でニールは訊ねる。

『貴女はなぜそんなに落ち着いていられるのですか? 公使館が襲われているのですよ。ミス・イガラシが一人で戦っているのですよ?』

『ン? そんなの決まっているじゃないですか、知っているからですよ』

 そこでヴラドはいつもの不遜としか言いようのない表情を浮かべた。

『貴方こそ知らないんですか? 私の護衛のサツキはね、とっても強いんですよ』