第四章 ドレス

 

 

 英国公使館でクレアに泣きつかれてから数日後、非常に珍しいことにヴラドが朝早いうちから起きていた。

 やり方はめちゃくちゃでも意味の無いことは絶対にしないヴラドだから、またこいつなにか企んでいるんじゃないかと思っていると、案の定朝食がすんだところでとんでもないことを言いだした。

「さて、今日はクリスマスパーティーでサツキが着る服を選びましょう」

「なに?」

「せっかく西洋式のパーティーに出るんですから、着物のままというのも味気ないでしょう? 洋装を試しに着てみるいい機会ですよ」

「いやいらんいらん! べつにいつもの和服でいいだろう。正装が必要というなら一応上等の打掛も持っている」

「それはそれで見てみたいですね。ただ、残念ですがサツキ――」

 ヴラドがなにか言いかけたところで、屋敷の外から巨大な音がした。まるで表に大八車が止まったような音だ。

 ほどなく、表を掃いていたはずの絹が部屋に駆けこんできた。

「た、大変です五月様。その、表によくわからない箱を満載した車が今止まりまして、荷を屋敷に運び下ろすと言っているのです」

「は? どういうことだ」

 事態が飲み込めないまま固まっていると、ヴラドが穏やかな声で言葉を続けた。

「――もうドレスとスリーピース、合わせて百着注文してしまったので、拒否することはできませんよ」

 そう言うとヴラドはにっこり笑い、カップの紅茶を飲み干した。

 

 

       ****

 

 

 もはや抗議をする気も起きず、といって唖然としたままでいるわけにもいかないので、仕方なく私と絹はヴラドを手伝い大量の服を屋敷の中に運び入れた。

 運び込んだ応接間は十六畳程の広さがあるのだが、あっという間に箱からあふれ出した布の波でうまり床は畳の目も見えなくなった。

 荷物をすべて運び終えた頃、屋敷にまた来客があった。

「おはよう、五月さん。お邪魔するわね」

「カネさん!」

 先日英国公使館で出会った小田野カネさんがにっこり笑って玄関に立っていた。脇には風呂敷包みと、大きな画帳を抱えている。

「どうしたんだ? こんな朝早くに」

「昨日ヴラドさんから手紙が来てね。五月さんに西洋の服を着せたいけど選ぶのを手伝ってくれないかって頼まれたの。ほら、私なら日本の着物も西洋の服も両方知識あるから。朝早くからやるって聞いてたから、急いで来ちゃった」

「む、それはまた……なんというか、カネさんも大変だな。こんな朝早くからつきあわされて」

 カネさんは満面の笑みを浮かべて首をふる。

「ぜーんぜん。むしろすっごい楽しみよ。五月さんかっこいいからいろんな服が似合いそうって前から思っていたもの!」

 なんだか私よりよっぽどやる気にあふれているのを見ると、苦笑するしかない。

 屋敷の中に案内すると、カネさんも応接間の様子を見て目を丸くした。

「うわあ……これはすごいわね。私こんなにいろんなドレスはじめてみたわ。あ、まずい、これすごいスケッチしたい」

 言うが早いかカネさんはペンを取りだし、風呂敷包みから画帳をひらいて何かすごい勢いで描き始めた。止めるいとまもない。

 もし放っておいたらそのままこの部屋でいつまででも描き続けたのだろうが、すぐにヴラドがやってきて、カネさんの肩をたたいた。

「はいはい、カネさんその辺にして、先にサツキの服を選んでしまいましょう」

「はっ、そうだった。私ったらつい!」

 カネさんが名残惜しそうに画帳を閉じる。

 ヴラドが私を手で招いて部屋の中央を指し示した。

「ではサツキ、始めますよ。なに、サツキはそこに立っているだけでいいんです。立っているだけで」

「そうそう、立っているだけでいいのよーー」

 カネさんもヴラドと同じような笑顔を浮かべて私に言う。

 ここまで来たら了承するしかないのだが、なぜだろう、二人の笑顔が恐い。

「わ、わかった。が、なるべく早く頼む」

「んー、それはどうかな」

「ええ、約束しかねますね」

「……もういい、好きにしてくれ」

 

 

       ****

 

 

 それから私は、田んぼで突っ立つの気持ちを存分に味わった。体の採寸をされた後はずっと両腕を広げたまま立たされていたのだ。

 私のまわりではヴラドとカネさんが、実に楽しそうに笑いながらいろんな服を私の体に合わせている。

「ねえねえヴラドさん、こっちの衣装はどうかな?」

「いいですね、さっきのドレスとくらべてみましょう。どうせ後で決めればいいんですから、合いそうなものは全部選んでおいてください」

「オッケー。うーんでも、意外と五月さんに合うドレスの色って少ないねえ。やっぱり異人さんの髪や肌の色に合わせてるからなのかしら?」

「髪はともかく肌の色は化粧で何とかなるでしょう。日本の着物と違って手足も見せませんからね。しかしサツキの背が高くて助かりました。これならほとんどの服が着れそうですよ」

「うんうん、本当うらやましいなあ。私もちょっと欲しいくらい。五月さん、いったいなに食べたらそんな大きくなれるの?」

「べつに普通の米しか食べてないんだが……。それより、もう手を下ろしてもいいか?」

 

「ダメです」「まだ駄目」

 

 こんな時ばかり息もぴったりに二人は言い切る。なんだかこの小半時ほどの間でさらに仲良くなっている気がする。いや、それは喜ばしいことなのだが、ずっと固まりっぱなしなのがつらい。

「せめて少し休憩させてくれないか? 腕を上げっぱなしだからつりそうなんだ」

「このあと仕立て直す必要があるから、早めに選んでしまいたいのです、まだまだがんばってください」

「……早く済ましたいならもっと適当に選んでしまえばいいじゃないか」

 

「適当なんてぜっったいダメです!」「ダメだよ五月さん! なに言ってるの!」

 

 二人同時に怒られてしまった。ひどい。

 ヴラドがにこりとしていう。

「ま、今日はマヌカン(※現代でいうモデルのこと)になったと思ってあきらめてください」

「マヌカン? なんだそれは」

「フランスで最近生まれた服の売り出し方でしてね、新しい服が出来たらそれの似合う人に着せて、大勢の客に見てもらうのです。それだけで服の人気があがって売り上げが伸びるんですよ」

「むむ、それはつまり……異国には服を着るだけの仕事があるということか!?」

「まあ、単純に言えばそうなりますが」

「西洋はやはり変わっているというか余裕があるな。そんな仕事があるとは」

「そうですか? マヌカンになった女性に会ったことがありますが、楽しそうでしたし、いずれ立派な職業のひとつになるかも知れませんよ」

「いやあ絶対ならないだろう。だって服を着るだけだぞ」

「ふむ、それなら五月が日本最初のマヌカンになってみるのもいいかも知れませんね。いずれはヨーロッパの服を輸入して日本でも売り出してみたいと思っていたところですし」

「よ、余計なことを考えるんじゃない!」

 ヴラドは本当にやりかねないからこわい。

 はっ、まさか今日の試着はその予行演習をかねていたのか!?

「安心してくださいサツキ、今日はただ純粋に私がサツキにいろんな服を着せてみたかっただけですから」

「だから人の心を読むな。というかそれはそれで勝手すぎるぞ!」

 

 

       ****

 

 

 けっきょくたっぷり半時(※1時間)ほどをかけて、ヴラドとカネさんは私に着せる服を選び終えた。

 ようやく動くことを許されたので肩を回し凝りをほぐしていると、絹がお茶を持ってきてくれた。

「お疲れさまでした、どうぞ」

「ありがとう絹」

 礼を言って熱いほうじ茶を受け取る。

 するとなぜかカネさんが、両手を頬にあてて叫んだ。

「きゃーーーっ! かわいいーー! なにこの子、お人形さんみたい! 五月さんの妹さん?」

「いや、私の従者をしている絹だ。そういえば会うのは初めてだったな」

 私の紹介に合わせて絹がぺこりと頭を下げる。それを見たカネさんはさらに身悶えした。

「かーーわーいーいーーっ! あ、ちょっとそのままでいてくれるかな? スケッチブック、スケッチブック……」

「…………」

 さしもの絹も面食らっているため、カネさんのことを説明する。

「こちらの方は小田野カネさん、洋画を勉強するため横浜にやってきた絵師さんだ。ま、この通り絵のことになると人が変わるが、普段はいい人だ」

「そ、そうでしたか」

 絹が戸惑いながら頷く。カネさんがものすごい勢いでペンを走らせながら挨拶する。

「小田野カネです、よろしくね」

「あ、はい、絹と申します。よろしくお願いいたします」

 絹もぎくしゃくしながら挨拶を返した。その間もカネさんの筆はまったく止まる気配がない。

「それにしても五月さんてあれだよね、小さい子によく好かれてるよね。やっぱり格好いいからなのかな」

「そうか? 自分ではよくわからないが……」

「絶対そうだって! 絹ちゃんみたいなかわいい子が従者なんてうらやましいわ。うーん、二人とも本当絵になる。そうだ! ちょっと二人でくっついてみてくれない? こう、手をつないで見つめ合う感じで」

「ストップストーップ、そこまでにしてくださいカネさん」

 ヴラドが腕を押さえてカネさんを止める。

 いつも暴走してばかりのヴラドが、誰かの暴走を止めるというのはめずらしい。

「カネさん、気持ちはわかりますが、まだまだ忙しいのですから手を止めてください。あとでたっぷり時間をとりますから」

「勝手に妙な約束をするな」

「ああ、そうだった! ごめんなさい、また手が勝手に動いちゃって……。あとで、たっぷりね」

「カネさん!!?」

 カネさんが再び画帳を閉じる。

 もうあの画帳はひもで縛って押入れの奥にしまっておいた方がいいんじゃないだろうか。

 いや、そうするとカネさんは部屋の襖や障子に描き始めそうだ。やはり画帳がそばにあるのが一番いいのかも知れない。

 ヴラドが両の手を合わせて皆の注目を集めた。

「それでは服も選び終わったことですし、サツキの採寸に合わせて仕立て直しにかかりますよ。時間はありませんが三人でやれば何とかなるでしょう」

「待て、その三人とは誰のことだ?」

 ヴラドが指を一本立てると、自身、カネさん、絹の順に指していった。

「1、2、3、です」

「私はなんで頭数に入ってないんだ?」

 もちろん手伝いたいわけではないのだが、こうあからさまに無視されると気になる。

 すると、ヴラドが露骨に馬鹿にする顔で言った。

「それはもう、サツキに服の仕立て直しなんて無理でしょう?」

「悪かったな不器用で!」

 いや、その通りなのだが、そんな鼻で笑わなくてもいいだろう。

 くっ、くやしい。

 心の中で地団太を踏んでいると、となりの絹が静かに手を挙げた。

「あの、なぜ私も数に入っているのでしょう。手伝うと言った覚えはありませんが」

「ええ、私も手伝ってほしいと聞いた覚えはありません。ですが、キヌさんはきっと手伝ってくれるはずだと思いまして」

 ヴラドのなぞかけのような誘いに、絹はそっけない態度で応じる。

「お断りします。五月様が西洋の祝賀会に行くための着物など選べるはずがありません」

「フフ、そう言ってられるのも今のうちかもしれませんよ」

 妖しく笑ったヴラドが私を手で招く。よくわからないまま近づくと、ヴラドは私の手を引いて隣の部屋に移った。

「なんだ、どうした」

「キヌさんと、それからカネさんも、少しだけ待っていてください。これからサツキにスリーピース・スーツを着せてきますから」

「ああなるほどね」

「?」

 カネさんは何事か納得したようだった。対して絹は訳がわからないという顔をしている。もちろん私もヴラドがこれから何をするつもりなのかはさっぱりわからない。

 ヴラドは部屋の襖を閉めると、持ってきた箱の中から服を取りだした。

 今度は西洋の男性が着る衣服だった。ヴラドがいつも着ているのでドレスよりは見慣れているからすぐわかる。

「スリーピースとはこれのことだったのか」

「はい。ジャケット、ウエストコート(※ベストのこと)、スラックスの三点すべてを身に着けることをスリーピースというのです。さらに外出の時にはマントとトップハット(※シルクハットのこと)、ステッキも必須です」

「こんなにいろいろ着るのか? それにこれは本当なら男が着る服だろう、私が着ても似合うのか?」

「大丈夫、似合いますよ。大体サツキだって普段は男の武士と同じ格好をしているじゃないですか」

「む、それもそうだな」

「ではまずこのワイシャツを着てください」

 ヴラドから真っ白な筒袖を渡される。そのあとスラックスというばかまのようなものを履き、『べると』と言う革帯で腰に留めた。

 それからウエストコートという上着と同じ生地の袖の無い短い羽織をつけて、上着にそでを通し、最後に『ねくたい』という細長い布を首に巻いた

「西洋の服はなんだかごちゃごちゃめんどくさいなあ」

「ちょっと動かないでください」

 ヴラドに『ねくたい』を結んでもらいながらぼやく。

 結び終えたヴラドは少し離れて私の姿を眺めると、ひと仕事終えた職人のように満足げな息を漏らした。

「フフッ、やはりよく似合ってますね。さてお披露目ですよ」

「ちょっと待てそんないきなり」

「お待たせしましたー!」

 ヴラドが勢いよく襖を開ける。待っていたカネさんと絹の二人は、こちらを見たとたん目を見開いた。

「わぁ、すっごい五月さんとってもよく似合ってる」

「そ、そうか? 変じゃないか」

「ぜんぜん! むしろ異人のジェントルマンにも負けないくらいかっこいいわ!」

「あ、ありがとう」

 カネさんはそういって褒めてくれた。正直照れる。

「…………」

 絹はいつまでも黙ったまま私を見つめていた。無表情なのはいつもと変わらないが、どこか心ここにあらずという感じがする。

「ど、どうした? 絹」

 西洋嫌いな絹だから、やはりこの格好にも怒っているのだろうか。ヴラドめ、また余計なことを……。

「……かっこいい」

「え?」

「な、何でもありません!!」

 なにか絹がボソッとつぶやいた気がしたが、よく聞こえなかった。聞き返すとすぐさま絹は顔をそらしてごまかしてしまう。

 ひょこっとあらわれたヴラドが絹の方に近づいてゆき、耳元でささやく。

「さ、どうですキヌさん。こんなかっこよくなったサツキをもっと見たいと思いませんか?」

「うう」

「手伝ってくれたらこれからもっといろんな服を着せてあげますよ」

「うう……」

「ほらほら」

 絹はひどく悩んでいるようだった。ヴラドの方は獲物をいたぶる猫のような顔になっていて、本当こいつは性格が悪い。

 私としては絹が断ってくれるほうが良かった。これからもこんな着せ替え人形をさせられるなど冗談ではないし、絹が断ってくれれば着る服が少なくて済むのだ。

「絹、嫌なら断っていいんだぞ。いや、できれば断ってくれ。お前も忙しいだろうし……」

「わかりました、お引き受けします」

「きぬーーーーーっっ!?」

 私の目論見はあっさり裏切られた。

 そんな、いままで絹が私の頼みを断ることなど無かったのに。

 深々と、絹が私に頭を下げる。

「申し訳ありません五月様。今回だけ絹は自分に正直になります」

「いや、いいんだ……。お前の好きにするといい」

 ヴラドが高らかに指を鳴らした。

「決まりですね。ではキヌさん、手伝いをお願いします」

「は、やるからには全力でやります」

 絹が気合の入った顔を向ける。

 そんなにやる気を出さないで欲しいのだが。

「ところでヴラド、仕立て直すと言ったがどれを直すんだ」

 ヴラドとカネさんが選んだとはいえ、ドレスはまだ十着近くある。クリスマスの宴は明日なのだから、どんなに急いでも一人一着終わらせるのが限界だろう。

 しかしヴラドは何でもないような顔で驚くことを言った。

「もちろん選んだもの全部ですよ」

「はあ!? それはいくらなんでも無理だろう!」

 耳を疑って聞き返し、

「ヴラド殿、私もそんなに早くうんしん(※均一に早く縫うことのできる和裁の技術)できません」

 絹もまた目を見開いて訊ねた。

「フフフ、もちろん針で縫っていたらとても終わりません。ですからこういうものも注文しておいたのですよ」

 ヴラドは衣装の入っていたものとは別の箱を開け、中から何に使うのかさっぱりわからない機械を取りだした。

 それを見たとたんカネさんが叫ぶ。

「ああっ!! ソーイングマシン(※現代のミシンのこと)ね!」

「さすがカネさんは見知っているようですね」

「「そーいんぐましん?」」

 私と絹がそろって首をひねる。

 ヴラドがくすくす笑って説明した。

「これは人間の代わりに布を縫ってくれる機械なのです。針と糸さえきちんと付ければ、人が縫うよりずっと早く丈夫に縫えるのですよ」

「ほう、便利なものだな」

 こんな機械を作ってしまうとは、西洋文明にはいつも驚かされる。

 子供のころ縫物が苦手でよく母上にしかられたが、あの時代にこのそーいんぐましんあればあんな苦労をしなくてすんだのに。

「そのそーいんぐましんとやら、私にも扱えるでしょうか」

 絹が不安そうにたずねると、ヴラドはやわらかく微笑んだ。

「ええ、仕組みはわりあいに簡単ですからすぐ覚えられますよ」

「ヴラドさん、実は私も使うのは初めてで……見たことはあるんだけど」

「フフ、もちろん二人にお教えします。さて、ソーイングマシンが三台あるといってもこの数ですから急がねばなりません。すぐ始めますよ」

 ヴラドに指示されてさっそく二人も作業に取りかかった。部屋を片付けたり糸を用意したり、機械を移動して組み立てたりし始める。

「あー、何か私でも手伝えることはあるか?」

「サツキはいても邪魔なだけなので外に出ていてください」

「ひどすぎるぞ!」

 粗雑なあつかいに思わず食ってかかるが、しかし実際ここで私の仕事はないらしい。

 三人の作業をぼうっと眺めているのも、いかにも暇な身体を持て余しているようできまりが悪いので、しゃくだが言う通り外に出ていることにする。

 部屋から出ようとした時、ヴラドが声をかけてきた。

「そうそう、伝えるのを忘れていましたが、クリスマスには親しい者同士で贈り物をしあう習慣があるのですよ」

「ほう、お歳暮みたいだな」

「せっかくですから町で今のうちに贈り物を買っておいたらいいかがです」

「……お前には絶対贈らんぞ」

「おや、ひどいですね」

「ふん」

 音を立てて襖を閉めて、部屋の前から立ち去った。

 絶対買ってくるもんか。

 

 

       ****

 

 

 買い物というのは不思議なもので、選び出すとあれもこれもと次々見ていきたくなってしまう。私もそんなに時間をかけるつもりはなかったのだが、クレアやスカーレット、あと、いちおうヴラドの分も一通り買い揃えるころにはたっぷり二刻(※4時間)も経ってしまった。

 それから屋敷に戻って荷を降ろしたのはもう昼八ツ(※午後2時)を少しすぎた時分だった。部屋からはタタタタタという小刻みに物を打つような音が響いている。

「今帰った」

「お帰りなさいサツキ、ちょうど一着目が縫い終わったところですよ」

「もうできたのか、本当に早いな」

 ヴラドから手渡されたドレスを見てみると、縫い目は熟練の職人のように均一で、しかもしっかりと糸が通され丈夫だった。実物を見てみると改めてソーイングマシンがすごい機械なのだと思い知らされる。

「うーむ、これほどとは……西洋は進んでいるな」

「ちょうどいいですしさっそく着てみましょうか。直す場所がないか確かめたいですし」

「えっ! いまここでか?」

「そうですよ」

「むぅ……、いきなり人前で着ろと言われると、恥ずかしいんだが」

「いまさらなにをいっているんですか。ほら早く早く」

「や、やめろ。勝手に帯をほどくな、なんでそんなに着物脱がすのうまいんだ。やめ、わーーーーっ!」

「毎晩遊郭でやってますからね」

 異常に手慣れたヴラドによってあっという間に裸に剥かれてしまった。ドレスを縫っていた絹とカネさんが、こちらを見て目を丸くしている。

 人の着物を楽しそうに畳んでいるヴラドへ、射殺すような視線を投げた。

「……あとで覚えていろよ」

「うーん、裸で睨まれても少しもこわくありませんね。むしろそそられ……」

「それ以上言ったら本当にぶっとばすぞ!」

「サツキは気が短いですね。さ、とりあえずパンタレットを着てください」

 ヴラドが上下ひとそろいの白い薄手の服を出してきたのでとりあえずそれを着る。

 なるほど、これが西洋の襦袢なわけか。

「うむ、着たぞ」

「次にコルセットを着けますよ」

 次にヴラドが同じく白色の短い奇妙な服をとりだしてきたのでとりあえず受け取る。はた目には着物を上半身だけ切り落としたような形だ。さっき着せられたウエストコートというのに少し似ている。

「なんだこれは?」

「ドレスの下に着ける、体のラインを整えるための下着です」

「ライン? 整える? どういうことだ?」

「着てみればわかりますよ。立ってみてください」

 よくわからないが立って『こるせっと』というのを着る。それは着ると言うよりはめるというのが正しいような服で、襦袢と違い胸から腰にかけてぴっちりと身についた。背中にひもがついていて、どうやらこれを縛ることで止めるらしい。

「やけに窮屈な服だな」

「いえ、これはまだ序の口ですよ。これからひもで体を締め上げるんですから」

「む? どういうことだ」

「つまり、こういうことです」

 そういうと私の背中側に回ったヴラドが急に思い切り紐を引っ張ってきた。

「いたっ! いたたたたた! なにする気だっ!」

「こうやって締め上げてできる限り腰を細くするんです。ほら、息を吐ききって肺をつぶしてください」

「いたいたいた! なんでお前そんな力強いんだ。く、くるしい、死ぬーーーっ」

「まだまだいけますよ、がんばって」

「むりむりむり、これ以上は無理だ締め上げるな! 胴がちぎれる!」

「……ふむ、ここが限界のようですね」

 ようやくヴラドが紐を止めて腰を縛り上げるのをやめてくれた。

 五臓六腑が悲鳴を上げている。こんな物を服を着る度に着けるとか正気の沙汰じゃない。

「ヴラド、お前私をだましているだろう……。こんなに人の体を締め上げる着物があるはずがない」

「あるんですねぇそれが。ほら、このドレスとか見てください」

 ヴラドが掲げたドレスは、たしかに腰のところがつづみのようにくびれていた。どう見ても人間の胴体の細さではない。

「待て待てまて、まさかこのドレスを着せる気だったのか!? こんな腰の細い人間がいるか!」

「そうですか? ウエストたった19インチ(※約48センチメートル)、日本の単位に直せば1尺六寸ですが」

「入るわけあるかこんなもん! 頭おかしいんじゃないか!」

「まあ私もそう思って、ちゃんとサツキが着れるようなドレスも用意してありますよ」

「だったら最初からそっちを出せばいいだろう……」

「実際サツキがどこまで細くなるのか確かめておきたかったのと、涙目になるサツキがかわいかったので、つい」

「よしそこに直れ! 手討ちにしてやる!」

「わわっ、五月さん落ち着いて、室内で刀抜いちゃだめよ!」

「おっとさすがにこれは逃げないといけませんね。……うん? キヌさん縄を持ってどうしました?」

「五月様、お手伝いします」

「絹ちゃんも手伝わないで止めてーっ!」

 

 

       ****

 

 

「はあ、はあ」

「…………」

「もうくたくた……」

 逃げるヴラドを追って屋敷の中を駆け回ったが、結局捕まえることができなかった。追うのに疲れ最初の部屋に戻ってきた私と絹とカネさんは、三人荒い息をつく。

 そこへヴラドがひょっこり顔を出した。あれだけ追いかけ回ったのにこいつだけ息一つ乱していない。

「おや追いかけっこはもう終わりですか」

「うるさい。今回は許してやる気になっただけだ」

「まったくサツキのせいで余計な時間を使ってしまいましたね。ただでさえ明日まで時間が無いというのに」

「よーしわかった地の果てまで追いかけてほしいということだな」

 勢いよく立ち上がると、うしろからがばっとカネさんにしがみつかれた。

「どうどう、落ち着いて五月さん。私にはもう止める体力が無いから!」

「むむ……」

 カネさんになだめられて、しぶしぶ心を落ち着ける。

 ヴラドが何事もなかったかのように新しいドレスを手に持ってやってきた。

「では試着の続きをしましょうか」

「しれっと言うなお前は」

「まあまあ」

 西洋のドレスを着るにはコルセット以外にもいろいろ付ける物があった。ヴラドの次に持ってきたクリノリンという物は、腰から下に履いてドレスの袴のような裾を膨らますための骨組みだという。ますます動きにくい。

 それら全ての準備を終えて、ようやく本体のドレスを着れた。

「はい、これで着付けができました」

「やっと終わったか」

「なかなかよく似合っていますよ。ついでに軽く化粧もしてみましょうか」

「うげっ、いやなにもそこまで」

「きちんと整えないとわからないでしょう。ほら逃げないでください」

「化粧は嫌いなんだ」

「またそんなこと言ってますね」

 ヴラドの手から逃れようと体をひねると、誰かにがしっと腰をつかまれた。

 下を見るとなぜか絹が私をがっしり押さえている。

「ヴラド殿の言うとおりです。五月様はもっとお化粧に熱心になるべきです。ヴラド殿、今の内にやってください。私が押さえていますから」

「おや絹さん、ありがとうございます」

「むぐう……、こんな時ばかり二人とも仲間になって」

「フフフ、ほら観念したほうがいいですよ」

 絹に無理矢理押さえられ、ヴラドに化粧される。

 西洋の化粧道具はやはり日本の物とは違うようだった。私にはよくわからないが。

「はい、できました。サツキ、姿見の前にどうぞ」

「ひどく疲れた……。うわっ、こ、これは」

 鏡の中に異人がいる。一目見たときそう思った。着物から西洋の服に着替えるとここまで変わる物なのだろうか。

 うーむ。

 なんだか自分が自分じゃないみたいだ。

「わーー! 五月さんすっごい綺麗よ! 素敵!」

 カネさんがはしゃぐようにそう言ってほめてくれる。

 絹も、納得いかなそうな顔をしながら、

「私が選んだわけではないのがくやしいですが、とてもお似合いです」

 そう言ってくれた。

「二人ともあまりからかわないでくれ」

「からかってなどおりません。本心です」

「うんうん、いつもの羽織袴もいいけど、こっちもすごい綺麗だよ」

「うう……」

 ヴラドだけはなぜか私より自慢げに笑っていった。

「ふふ、さすが私とカネさんで見立てただけはありますね」

「なんでお前の方が誇らしげなんだ」

「サツキ、もっとよく見たいのでその場で回ってもらえますか?」

「しかも注文の多い奴だな」

 まったく。

 仕方ないのでその場でくるんと回る。すると、長い裾が足に絡まってひっかかりそうになった。

「む? おかしいな、仕立て直したはずなのになんだか裾が長いぞ」

「おっと靴を忘れていました」

 急にヴラドがポンと手を打つと、とって返して箱の山の中から何か探し始めた。

 やがて、実に奇妙な形の物を二つ、手に下げて持ってくる。

「そのドレスに合わせる靴があるのです。その靴の高さのために裾を長くしているのですよ。サツキ、このハイヒールを履いてみてください。新品だから畳の上で履いても大丈夫ですから」

「それ履き物なのかっっ!!?」

 仰天して声をあげてしまった。ヴラドが手に持っているそれはいままで見たことがない奇妙な履き物で、たとえるなら花魁おいらんの三枚歯下駄の足を、踵だけ残してそっくり切り落としたような形をしている。どう考えても歩きやすそうに見えない。そもそも履き物に見えない。

「なんだその奇怪な履き物は。泥田のなかでも歩くのか?」

「いえいえこういう作りなのです。背を高く見せるための靴ですよ」

「わざわざ歩きにくい物を履くのは花魁も異国のお嬢様も変わらんのだな」

 その『はいひーる』という靴に裸足を通す。

 思った通りずいぶん踵の高い履き物で、履いたとたん背がぐっと上がった気がした。

「む、高いな」

「そのハイヒールは高さが3インチ(※7センチメートル強)ありますからね。日本で言うなら2寸半ですか」

「ということは、私はいまちょうど六尺(※約180センチメートル)越えているわけか」

 六尺棒より高い視点とは、さすがに変な感じがする。それにこの靴、踵が上がっているせいでつま先がきつかった。このまま歩いたら足の肌がすれて痛くなりそうな気がする。

「ところでドレスの裾はどうですか?」

「そうだったな。うむ、今度は裾も引きずらないし大丈夫だ」

 といってもドレスの裾はほとんど床ぎりぎりの高さにあった。

 以前ヴラドが、西洋では足首だけでも肌を見せるとふしだらとされると話していたが、その言葉通りだ。

「では採寸はこれで良さそうですね。このまま進めていきましょう。サツキ、ありがとうございました」

「いやなんの、役に立ててよかった。……ってまだ私はさっき無理矢理腰を締められたこと忘れてないからな!」

 ヴラドの助けを借りながらドレスを逆に脱いでいく。

 

 

 大したことはしてないのに妙に肩が凝った気がする。

「ふう、窮屈だった」

 いつもの着流し姿に戻ってやっと一息ついていると、ヴラドが手に巻尺を持ってやってきた。

「まだ休まないでください。今度は足の採寸をしますよ」

「足まで測るのか?」

「当然です。ハイヒールはきちんとサイズを合わせないと靴擦れが起きて痛いですし、足にも悪いですから」

「そこまで考えなくとも、どうせ一晩履くだけのことだろう」

「私はどんなことにも手を抜かないのを信条にしていますから。さ、そこの椅子に腰かけて、片足ずつ浮かせてください」

「わかったわかった」

 西洋の椅子に座ると、ヴラドがさっそく私の足を測り始める。足の裏から親指から小指の間までつぎつぎと巻尺を当てていった。

「なぜ足を浮かして測るんだ?」

「足を床に着けていると、わずかですが足裏が広がってしまって正確ではないからです」

 最後に私の足の形をペンでなぞって紙に写し取ったヴラドは、満足そうに微笑んだ。

「これで完了です。さ、もう休んでいいですよ」

「あ、ああ」

「ふむ、思った通り左右で足の大きさが違いますが、調整できないほどではありませんね。服のあとに作り直してしまいましょう」

「もう夕七ツ(※午後4時)過ぎなのにこれから靴も作るのか?」

「さっきも言ったでしょう。私はあらゆることに手を抜きません。大丈夫、間に合わせますよ」

 自信満々な顔でヴラドが言う。いまさら彼女が靴を直せることに驚きはしないが、私のためにここまで熱心になってくれるのは正直意外だった。

 もちろんそれらも詰まるところはヴラド自身の為なのだろうが、なんだかきまりが悪い。こちらは明日ドレスを何着も着るのかと思うだけで悩ましいというのに。

 まったくヴラドもカネさんも絹さえも、なんで私の格好にそんなこだわるのだろう。

「みんな、なぜ私にここまでしてくれるんだ?」

 疑問が口をついて出てくる。ヴラドがきょとんとした顔で言った。

「それはもちろん、サツキにいい服を着てもらいたいからですよ」

 ヴラドの言葉を聞いたとき、どこか心に覚えのある感覚がよみがえった。

 それがいったいなんなのか思い返すうちに――昔の記憶がよみがえり、ああ、と声をもらす。

 

 

       ****

 

 

 あれは今から五年前、私が元服したときのことだった。

 

 元服の儀式は、江戸城のくノ一組長屋で行われた。

 そのときすでに家族とは死別していて、私は空木綾様に引き取られていた。元服後はそのまま綾様が頭取を務める御庭番のくノ一組に入ることが決まっていた。

 おやは阿部正音様だった。私も含めて三人だけのささやかな元服だったが、ほとんど生まれたばかりの幼い頃からよく知っているお二人に元服を見届けてもらうのは本当に嬉しくて、家族のいない寂しさもいくらか紛れてくれた。

 そして、元服の儀が終わったあと、正音様が言ったのだ。

 

 

「さて、儀式もお祝いも済んだところで、さっちゃん、私からお話があります」

「正音様。私ももう元服したので、そろそろさっちゃんよびはやめて欲しいんですが……」

「いーいーのー。私の中ではいつまでもさっちゃんなのー。もう、さっちゃんのせいで真面目な空気がこわれるじゃない。こほん」

 正音様はひとつ咳払いをしたあと、いくぶんまじめな顔つきになった。ただ口元にはいつもと変わらないやわらかな笑みを浮かべている。

「さっちゃん、これは私からのお祝いです。どうか受け取って」

 そう言うと正音様は懐からふくに包まれた切り餅を取り出して前に並べた。切り餅は四つ、どう少なく見積もっても百両はある。

 もちろん私はこんな大金、手に取るどころか見るのも初めてだった。気が動転してどもりながら、平静さを失って謝辞する。

「こ、こんな大金受け取れません!」

「ちょっと、正音、いくらなんでも」

 綾様でさえ驚き狼狽えている。しかし正音様はいままで見たこともない真剣な顔をしていた。

「いいから受け取って。ただお願いが一つ。このお金の使い道を決めさせて欲しいの」

「どういうことでしょう?」

「さっちゃん、明日になったらさっそくこのお金を持っておおだなの呉服屋に行って。なんなら私もついて行くから。そして最高級の生地を使って最高の着物を仕立ててもらうのよ。紋付袴からおびじゆばんまで全部ね」

「正音様……」

「いい、さっちゃん。これからあなたが入る世界はいままで以上に身分ってものを思い知らされるわ。武士の社会は本人よりも身分がすべての世界だから、生き残っていくのは本当に大変。だからね、着物だけでも最高の物を持っておいて欲しいの。身分の高い相手と会うときも、侮られないように、見くびられないように。それがきっと、さっちゃんの身をいくらかでも守ってくれるはずだから」

 正音様の心遣いがあたたかくしみこんできた。

 手を突いてお礼を言うことしかできなかった。

「ありがとうございます。この大金お言葉通りすべて使わせていただきます」

 するともうけろっと忘れたような顔になって正音様が笑った。

「いいのいいの、私にできることなんてこのぐらいだから」

「正音……ありがとうね」

「もう綾まで。いいんだって。私もお父様の真似事がしてみたくなったんだよー。やってみると楽しいね、これ」

「そう……。ええ、そんなこともあったわね」

 正音様と綾様、二人して何事か思い出したのか、ふふっ、顔をほころばせた。二人だけで通じ合っているようで、正直うらやましい。

「さーて、それじゃあ明日は呉服屋でさっちゃんになに着せるか考えよっか。うーん、さっちゃん背高いし美人だから何でも似合いそうで楽しみ!」

 楽しそうに正音様が言う。綾様が苦笑してたしなめるように言った。

「礼服なんだからあんまり派手なのはダメよ。柄も気をつけないと」

「あ、そうか。えーっと、さっちゃんのいまの身分で使える色は、空色、萌黄、紫だっけ」

「大奥にいる以上姫様にお目通りすることもあるから、小袖も数種類用意しないとね……ああ、これでは本当に百両使い切ってしまうわね」

「いいじゃない、こうやってあれこれ考えるの楽しいし」

 

 

 お二人は楽しそうに笑いながら私の着物についてあれこれと話し合っていた。そう、その晩は本当に楽しいひとときだった……。

 

 

       ****

 

 

 思い出した。いまヴラドやカネさん、絹たちが私のために服を用意してくれるのは、五年前のあの日とよく似ている。私が着る物なのに、みんな我が事のように協力を惜しまないでくれた。

 私は幸せ者だ。すばらしい人たちにいつも囲まれている。辛いこともたくさんあったが、それでも前を向かせてくれる人たちがいる。

 まるで幸せだったあの日々に戻れたような気がして……思わず、頬がゆるんでしまった。

 ヴラドが私を見て訊ねてくる。

「どうしました、サツキ。何か嬉しいことでもあったのですか」

「いや」

 私は首をふって言った。

「少し、昔を思い出しただけだ」

 

 

       ****

 

 

 その日の夜、ようやく服の採寸直しがすべて終わった

「で、できたー」

「さすがに骨が折れましたね」

「つかれました……」

 カネさん、ヴラド、絹の三人がそれぞれ畳に座り込む。

「三人とも、お疲れだったな」

 お茶を配りながらそういってねぎらう。みんな最後まで本当に熱心にやってくれた。

「五月様がお茶を入れるなんて、私がやります」

「いいからいいから、座っていろ」

 焦って立とうとする絹を押しとどめて、ほうじ茶を配り終えた。絹は恐縮そうに元の席に座りなおす。

 私も畳に腰を下ろすと、壁際に積まれた余りドレスの山を改めて見上げた。

「ところでこの残った服はどうするんだ? ヴラドが着るのか?」

「いえ、もういらないので捨てますよ」

 ヴラド以外の三人が同時にほうじ茶を吹き出した。

「げっほ! 何考えてるんだもったいない!」

「そうだよヴラドさん! こんないいドレス捨てるなんてバチが当たるよ!」

「一度も袖を通していない着物を捨てるなんて、これだから異人は信用なりません……」

 口々に責められているというのに、ヴラドは何やら得心したように頷いている。

「なるほど『モッタイナイ』という日本語はこういうときに使うものなんですね。勉強になります」

「感心してる場合か!」

「それにしてもこの程度の服を惜しむなんて日本人は変わってますねえ」

「絶対お前がおかしいだけだぞ」

 ヴラドがお茶を片手にカネさんに話しかける。

「それではカネさん、残ったドレスで気に入ったものがあれば好きなだけ持って行っていいですよ」

「えっ本当!? 嬉しい!」

「もちろんこれは今日の礼金とは別です」

 カネさんがぱあっと花の咲いたような笑顔になる。ふむ。こういう気前の良さはヴラドのいいところだ。

「夜になってしまいましたし、帰りの護衛をサツキ、お願いできますか?」

「もちろんだ」

「お願いします、五月さん」

 いまの横浜で夜の一人歩きは危ない、当然のことだった。

 そういえば、とヴラドがこちらを見て訊ねてくる。

「サツキ、クリスマス会に参加する事への奉行所への言い訳は思いついたんですか?」

「はっはっはっはっは。…………からっきし思いつかん」

 正直笑うしかない感じだ。実は横浜の街を歩いているときもあれこれ考えてみたのだが、まったくいい考えが浮かばない。

 どう言いつくろっても奉行所から罰せられるとしかおもえないし、そもそも私は言い訳を考えたり人をごまかすのは苦手なのだ。

 むしろ得意なのは……とそこまで考えたところで、ヴラドの顔をまじまじと見返す。

「そうだヴラド、なにかいい知恵はないか? お前人を丸め込むのだけはうまいだろう」

 訊ねるとヴラドがにっこり笑う。

「私、前から一度打ち首というのを見てみたかったんですよ」

「縁起でもないこというんじゃない!」

 最悪、それもあり得るからな……。異人と過度に親しくしていたと思われれば、間者(※スパイ)の疑いをかけられて取り調べられ(もちろん拷問付き)、処刑というのは無い話ではない。

「まあ今のは冗談ですが」

「冗談に聞こえなかったぞ」

「そうですねえ、ぱっと思いついたものでよければ……耳を貸してください」

「む?」

「このような役目が、日本にもあるかわからないのですが――」

 ヴラドは声を低めると、そっと耳を寄せてささやいてきた。

 

 

 その考えを一通り聞き終えて、思わずひざを打つ。

「なるほど、鬼役か」

「うまくいきそうですか」

「うむ。きちんと理屈も通ってるし、裏を勘ぐられもしない妙案だ」

「それはよかった」

「……しかし、よくそんな言いこしらえをすぐに思いつくな。如才ないというか」

「悪賢いでしょう?」

「それ自分で言うのか」