第二章 冬至

 

 

「おい、あんまりくっつくな。ただでさえ狭いんだから」

「いいじゃないですか、裸のつきあいというのでしょう?」

「お前のはだいぶ意味を拡大しているだろう」

「そもそもこの浴槽が小さすぎるんです。よく日本人は我慢していますねえ。最初見たときは水瓶かと思いましよ」

「がまんしろ。だいたい屋敷の中に風呂があるというだけで相当な贅沢なんだぞ」

 

 その日の夕方、私はヴラドと一緒に屋敷の風呂に入っていた。ヴラドと一緒に暮らし初めて二月近くになるが、一緒に湯を使うのはこれが初めてのことだ。

 というのもヴラドはあまり風呂を使わなかったし(これはヴラドに限らず異人みんながそうだった)、私は風呂はたいてい近くの銭湯に朝早く行ってすましてしまうことが多かった。私一人が入るために湯を沸かすのは薪代が高くつくし、火事の危険もある。ことに乾いた風が吹きすさぶ今の季節は、火の扱いはとりわけ用心したかった。

 それなのにどうしていま屋敷の風呂に、しかもヴラドともに入っているかというと、今日、霜月の二日(※西暦の12月22日)は冬至で、私がうっかり口を滑らしたためにヴラドが柚子湯に入りたいと言い出したのだった。しかし多くの人とともに入る銭湯は嫌だという。結局私が青物売りから柚子を買ってきて湯を沸かすはめになった。高い薪を使って沸かした湯がもったいないので、ヴラドと一緒に私も入ってしまうことにしたのだ。

 

 

「日本人は本当におもしろいことを思いつきますね」

 湯船に浮かぶ柚子をもてあそびながらヴラドが行った。外の陽が落ち月明りだけになった暗い風呂場の中で、その体がぼんやりと白く浮かび上がっている。

「おもしろい、か。異人には珍しいものにうつるのかな」

 湯船に深く身を沈めながら答えた。あふれたお湯が木の床へとつたい落ちて、小さな水音を立てる。白い湯気とともに柚子の香りがほのかに匂い立った。

 ヴラドがクスクスと笑う。

「それにしても、案外あっさり一緒に入ってくれましたね。てっきり恥ずかしがるかと思いましたが」

「べつに、風呂に一緒に入るのはかまわないさ」

「私に裸を見られて恥ずかしくないんですか」

「? 風呂で裸になるのは当たり前だろう。なにを恥ずかしがる必要がある」

「それが不思議なんですよね。聞けば町の銭湯は男女一緒に入るとか」

「何かおかしいか?」

「変、といいますか、まあヨーロッパでは許されないでしょうね。淫らな施設として営業できないでしょう」

「よくわからなんな。銭湯の中は昼でも暗いし、女の裸を見に来るような男はいないぞ」

「つまりはこれも国の違いと言うことなのでしょう。イギリスでは女性が服の裾から足首を見せただけでprostitute……こちらでいう遊女と思われますから」

「……わけがわからん。大変だなお前達の国は」

「住んでるものにとってはそれが当たり前なのですよ」

 ヴラドはそう言ってゆったりと手を伸ばした。

 異人達はみんなそうだが、ヴラドもおそろしく手足が長い。初めて裸を見たが、胸も尻も私よりずっと豊かで、それなのに腰は驚くほど細かった。異人の女子はみんなこうなのだろうかと考えていると、ヴラドがまたクスクス笑いだした。

「私の体が気になりますか」

「あ、や、すまん、見過ぎたか」

「サツキに見られるのならかまいませんよ。どうぞいくらでも」

「いや、そういうつもりで見ていたわけではない。私などとは全然違うなと思っていただけだ」

「サツキの身体はよく鍛えられていますね」

「まあ戦うのが本職だからな。ひ弱では困る」

「私はサツキの身体、好きですよ。研ぎ澄まされていて、美しい。そう、日本のカタナと同じです」

「……ありがとう」

 あまりに率直に褒められたので、恥ずかしくなる。

 忘れてた、こいつは生粋の女たらしだった。

 動揺して顔を横に向ける。

「し、しかし、お前に身体を褒められるとなんだか怖いな。なんだか下心がある気がする」

「おやひどい、本心なんですがね。それに下心という意味では、こうして一緒に入浴してる方が、よほど危険だと思いますが」

 つい、と指で顎を引き寄せられ、再びヴラドを正面から見つめることになった。月の光に照らし出されたヴラドの白皙は幽玄の美しさがある。思わず声を失ってその顔を見つめる。

「サツキは時々、ずいぶん抜けたところがありますよね。こうして一緒の湯に浸かった時点で、万が一こういうことになるかも、とは思わなかったのですか?」

「……私に、その気はないと言っているだろう」

「フフ、そうでしたね」

 水中の花がひらくように、ヴラドは笑った。少しずつその美しい顔が近づいてくる。慌てて後ろへ下がろうとするが、狭い湯船の中ではそう離れることができない。

「ねえ、サツキ」

 熱っぽい瞳でヴラドが言う。

「この姿を誰かに見られたら、どうなるんでしょうね」

「ば、馬鹿なことを言うな……」