三限目 明確な目標を定めた後は、恋バナだ




 夏休み初日。

 それはこの世の全ての学生において至福の時間の訪れそのものであるが、同時に終わりなき宿題の山に追われ始める瞬間でもある。

 俺は昔からお世辞にも勉強が得意とは言えない人間なので、例年なら八月三十一日間際になると半泣きになりながら問題集を解く作業に追われる身であったのだが、どうやら今年はそういう訳にもいかない。

 コンテスト締め切りまでの制作期間は約一ヶ月、とらが学校での作業以外でも可能な限り原稿を進めてくれるとの話だったので、思った以上に良いペースで工程が進んでくれそうではあるが、決して余裕を持ってやれる保証はない。

 だからこそ締め切りまでの残り三日間を合宿という名の追い込み期間にして、泊りがけの作業にしたのだが、何事もトラブルは付き物だからな……。

 それ故面倒なのが学生の本分である勉学なのだが……、いつ勉強をしたものかと思いながら、漫画制作の上で屋台骨とも言えるストーリー作り、ネタ会議中なのも忘れてボーっと窓の外を眺める。

…………

 外はだるような暑さがはっきりと分かる陽炎かげろううごめいており、むことのないせみの愛の叫びが、クーラーの効いた部室内にいる俺達にやけに暑さを感じさせる。

「海、花火、お祭り、肝試し」

「うおっ!? び、ビックリした……急に耳元でささやくなよ……」

「繰り返し言ったらまさつぐくんが連れて行ってくれると思って」

「刷り込みかて、大体今はそんな時間は──うっ……!

 あまり意識していなかったのだが、夏服モードになったほうじようは露出度が増したせいか優等生感が緩和されて色っぽく見えた。

 普段はしっかりと第一ボタンまで留めているというのに、現代歴史文学研究会に来たとたん大胆にも第二ボタンまで外し、自慢のバストを見せつけてくる。

 不思議なものでこういう形で豊満なお胸が見える方が妙にドキドキさせられてしまい、思わず目を背けてしまう、油断するとすぐ距離を詰めてくるし……。

「雅継くん、私のお胸、気になる?」

「い、いや……あ、暑いのは分かるけどせめて第二ボタンは締めような……」

「いいのよ──雅継くんにならどれだけまれても、知ってるかしら? スキな人に揉んで貰うとエストロゲンが分泌されておっぱいは大きくなるの」

「へー……そりゃまた一つ賢くなってええんっ!?

 ゆっくり立ち上がろうとした俺の動きを逃さず、手をつかまれてしまった俺はそのままぐいっと北条の大きな双子の山への険しい登山を強いられそうになる。

「ほら見て、この子達も早く触って欲しいと言っているわ」

「バケモンじゃねーか……そういうのはこういう時じゃなくてネタ会議で──」

「コミッククラシックゥ──────────────────!!!!!!!!

 唐突に謎の奇声を上げた虎尾によって、驚いた北条がパッと手を放したので俺は即座に自制心を強める為に腕を組んで防御に入る、た、助かった……。

「……いや、それはいいんだけど、突然何だよコミッククラシックって」

 余談だがコミッククラシックとは花の都東京で年二回開催されている大規模な同人誌即売会のことである、通称コミクラ。遠方住まいなので行ったことは一度もないが、あの密度に放り込まれたらもやしの俺は干からびて即死なので行く気はない。

「え? あ、い、いえ、やはり漫画を作る以上目指すべきはコミクラの壁サークルぐらいのつもりで頑張らなければと思いまして……つい気持ちが入って……」

 自分で言っておきながらやけに恥ずかしそうな顔で言う虎尾、まあ……それぐらいの気概はあって悪いことはないと思うが……。

 チャンスをふいにされた北条は隣で若干不満げにしている気がしないでもないが、相手にすると話が進まなくなるので軌道を修正することにする。

「皆暑さで気がやられがちになっているが……ネタ会議に戻るとしよう、ストーリー作りを失敗したらどれだけ虎尾の絵が良くても受賞は遠ざかるからな」

 そう、今更虎尾の実力に関して改めて話し合う必要はないのだ。

 注力すべきは他の応募者を出し抜くストーリー、ここをおろそかにすれば致命傷になる。

 ただでさえ虎尾の比重が大きいやり方だというのに、ここで俺や北条が彼女を手助けしなければ何処どこで役に立つというのか。

ちなみに一応昨日までに簡単なプロットを各自最低一つは作ってくるようにお願いしておりましたが……その辺はどうなっているでありましょうか?」

「俺は一つだけ考えてきたんだけど、あんまり自信はないな……虎尾はどうだ?」

「私は三つほど考えてきたのですが……北条殿は如何いかがですか?」

「そうね、厳選をした上で、十作品は用意させてもらったわ」

「すげえ……短期間でよくそんなに思いついたな」

「普段から割と妄想はしているから、ストックがあったとも言えるけどね」

 俺なんてない頭をフル回転させてようやく一つだったというのに……虎尾も北条もそれだけ本気ということか……何だか自分が恥ずかしい。

「まあまあ、量も大事ではありますが、重要なのは中身でありますから、ではまずは誰のプロットから確認していきますか?」

「それじゃあまあ……一つしかないし、ま、まずは俺から行こうか……」

 そう言うと俺はA4サイズの用紙を二人に手渡す。

 受け取った北条と虎尾は特に躊躇ためらう素振りも見せずに、無言で読み始めた。

…………

 うわあ……や、ヤバいなこれ……ちやちや恥ずかしいんですけど。

 まるで頭を割って脳みそをさらけ出している気分というか、妄想こそしてはいたがまともにストーリーとして作ったことなんて小学生以来だし……、ましてやそれを人に読まれるなんて、ま、全くもつて落ち着かない……。

 意外に二人共真剣に読んでるし……ど、どうなんだ……?

「だ、大体読み終わったか……? 終わったなら正直な意見を聞かせて欲しいが……」

 その姿を見て我慢の出来なくなった俺はたまらず先にいてしまう。

「ふむ……王道のバトル物ですし、つまらない訳ではないのでありますが、受賞を狙っていかないといけないと考えた時、少しパンチが弱いような気がしますな……」

「そ、そういう意見でございますか……」

「私は雅継くんの妄想というだけで補正が入ってしまうから、下手に意見をしない方がいいかもしれないわね……えずこれは持ち帰って額縁に入れて飾るわ」

「え? なんで?」

「しかし随所に面白さはありますし、もう少し展開に起伏があれば良いのではないかと、候補として入れておくのは悪くないと思いまする」

「お、おう……ありがとう……ご、ございます……?」

 い、息が止まりそうになる……何だこの半端ない緊張感は……酷評されなかっただけ一安心だが、創作ってこんなにも心臓に負担がかかるものなのか……。

 それを何十年も続けて、読者を楽しませているプロって何者だよ……到底軽い気持ちじゃやって行けねえよ……。

「で、では、次は私と行きましょうか……言い訳をするつもりはありませぬが、漫画に関しては基本は二次創作だけしか描いておりませぬので……」

 流石さすがに虎尾も緊張した面持ちでそう言うと俺と北条に三枚の用紙を渡す。

 漫画や小説にゲームと幅広くたしなむ虎尾ではあるので、やはり趣向を凝らしたプロットに仕上がっているのだろうか……と思いつつ用紙に目を通す。

…………

 ざっと読む限りだが、どれも俺のよりは確実に面白い、SFチックな設定を軸にし、奥行きがあり細部に伏線をちりばめるなど工夫もある、全体のストーリーも部分部分に盛り上げる要素も入れているし……これなら受賞も狙える可能性は大いにある。

「ど、どうでありましょうか……?」

 感情マークをそわそわさせ、制服をキュッと握りながら質問をしてくる虎尾。

「うん──どれも面白いよ、やっぱり流石は虎尾だな」

「──! ほ、本当でありますか!?

「私もすごく良いと思うわ、もう少し詳細に詰めれば更に面白くなりそうね」

「あ────ありがとうございまする!」

「ただ……虎尾には非常に申し訳ないんだが、これは規定のページ数に収まりきらないな」

「うぐっ」

 ぱあっと明るい表情になった彼女にこんなことを言うのは非常に心苦しいのだが、多分これでは確実に定められたページ数に収まりきらない。

 何なら全てを終わらそうとしたら最低でも単行本三冊は必要になりそうなぐらいの壮大さだ、連載ならそれでも問題ないが、あくまでコンテストは規定内のページ数に収まっていなければ評価の対象外となってしまう。

 間違いなく面白い作品ではあるだけに、もつたいい話ではあるのだが……。

「けれどこれをボツにしてしまうのは……、何とか規定の枚数に抑えて書き直せればいいのだけれど……」

「うう……じ、実はこれでは話が収まりきらないのは分かっておりましたので、何とか収まりの良い話が出来ないか考えてはみたのですが……どうしても世界観が膨らんだ状態からアイデアが浮かんでしまいまして……」

 無理に当てめてもみたのですが、そうなるとお世辞にも面白いと言える作品にはなりませんでしたと、落ち込んだ表情の虎尾。

 ううむ……それならこのプロットを俺と北条で修正してみるのもアリかと思ったが、下手にやれば虎尾の良い部分もいでしまう可能性があるし、それが原因で受賞を逃すようなことがあればあまりに忍びない。

「……仕方ない、虎尾のも一旦保留にして、先に北条をチェックしよう」

「す、すみませぬ……」

「気にすんなって、皆で案を出し合って、良い作品を作って行けばいいんだから」

「そうね、そういうことなら私の作品をとくとご覧あれ」

 今まで緊張気味だった俺と虎尾とは対照的に、何だかやけに自信満々だな……と思いながら北条から用紙を受け取る。

 少しも不安がない訳じゃないが、北条が非の打ち所がないプロットを準備してきているという可能性は決してゼロではないのだ。

 何故なぜなら彼女の吸収力は常人の域を超えており、何より虎尾からよく本を借りて読んでいるのでインプットに関しては申し分ない。

 後はそこがどう応用されるかだが────!?

「こ、これは…………!

「な──! ほ、北条殿……」

 ま、まさか……こんなことが……こんなことをやってのけるなんて……!

「……どうかしら雅継くん、私の作品は──」


「お前────全部俺のことしか書いてねえじゃねえか……!」


 もう、恐怖すら抱くぐらい一から十まで俺の話しか書いてなかった。

 しかもあまりにも美化され過ぎて誰やねんこいつ状態──すげえぜ、はちめんろつの大活躍じゃねえか、いや俺なんだけどさ。

はや週刊雅継ストーリーですなこれは……」

「北条……悪いけどこれは無理だ、一瞬名前だけでも変えたら何とかなるような気もしたけど地味にリアルな話がちりばめられ過ぎてて改善の余地がない」

「そ、そんな……う、うそでしょ……」

 何故か露骨にショックな顔で床にへたり込んでしまう北条。

 いや……逆にこれで行けると思った理由を教えて欲しいぐらいなんだが……。

「……本当はちゃんとキャラクターを作って物語を考えようとしていたわ、でも考えれば考えるほど出てくる顔は雅継くんだけだったの、だったらもういっそ雅継くんを主人公にしてしまえばと思って──気づけば朝まで書き続けていたわ」

「逆に凄いけども」

「どれも雅継殿が無双するようなお話ばかりですな……むむ……しかもこのヒロインよく見ると北──話の軸は利用出来そうな気もしましたが、キャラクターが設定に深く食い込んでしまっていますので、やはり修正は難しいかと……」

「ご、ごめんなさい……もう少し私が我慢出来れば……」

「いや、でも虎尾も北条も初めてにしては普通にクオリティの高い作品だよ──上手うまく組み合わせればもしかしたら見えるものも──」

「別の話を考えた方が早い気もしますが……」

「私も雅継くん以外を主軸に置いてと言われたら出来ないかも……」

 いやそこはやってくれよと言いたいが、ここまで俺が活躍させられると悪い気はしないので何とも言えない気持ちになる。

「俺も必死に頭を使ってようやく一個だからな……二人のアイデアを取り入れようにも反発して余計に悪くなりそうだし……」

 どうしたものか……と三人そろって頭を抱えてしまっていると、ふと虎尾が「あ」と何かを思い出したのかノートパソコンをいじり始める。

「なんだ? どうしたんだ虎尾?」

「その、そういえば漫画制作を専門にやっておられるふじおか高校の部活動があるのを思い出しまして……」

「──ああ、言われてみれば漫画研究会とか二次元同好会みたいなのがあったな」

「それで過去のコンテストの応募作品の出身高校欄に藤ヶ丘高校の名前が載っていたような記憶があったのですよ──ありました、ほら、見て下され」

 虎尾に導かれるようにして俺と北条は画面をのぞき込んでみると、彼女の言う通り作品タイトルとサークル名の下に、藤ヶ丘高校の文字が記載された作品があった。

 しかも複数年にわたって──昨年に至っては受賞こそ逃しているものの、最終候補にまで残っており、その勢いは目覚ましいものを感じる。

「作品が読めないのが惜しい所だけれど、絵のうまさは虎尾さんに負けてないわね……タイトルも中々興味を引くものになっているわ」

「そうなのでありますよ、ですからここは思い切ってアドバイスを請おうとまでは言いませぬが、参考に過去の作品を読ませて貰うというのはどうかと思いまして」

「成る程──いやでも待ってくれ、他の同好会だって受賞を目指すために描いているのに、そんなライバルになり得る相手にそう簡単に見せてくれないだろ?」

「今回応募予定の作品は絶対に無理だとは思いますが、過去の作品であれば見せて貰える可能性はあるとは思うのですが」

「そうか……? 簡単に行くとは思えないけどな……」

「やらないよりはやる、でありますよ、それに女の私がちょちょっと可愛かわいさを出してお願いすれば相手などいとも簡単にちるというもの」

 いや、その役割はどちらかと言えば北条だと思うんだが……とは言っても虎尾が可愛いのも事実ではある、ただ見た目をあんまり気にしないからな……。

「さあさあ、そうと決まれば善は急げでありますよ!」

 謎に上機嫌になっている虎尾が俺の背中をぐいぐいと押してくる。

「え? お、俺が行くのか?」

「私も行くには行きますけども、確定的にコミュ障な私がライバルの元に一人で行けるとお思いですか?」

「数秒前の妙な自信は何処どこに行った」

 分かっていたことではあるけども、恐らくこいつは一言もしやべらずに俺の後ろで不細工なウインクでもかますつもりだったんだろうな……仕方ない。

「北条、悪いんだけど少し待っていてくれるか? 多分北条が来てしまったら見せて貰える前に大きな騒ぎになってしまうだろうし……」

「大丈夫よ、私もその間に物語のアイデアを考えておくから」

「では行って来るでありますね! ほらほら雅継殿早く早く」

「悪いな……お、おい……押すなって──」


    ○


「そんなの無理に決まっているでしょう!」

「でしょうね」

 同好会の中でも最大と呼び声の高い漫画同好会、通称『藤ヶ丘書房』。

 部員数は二十人程度と同好会でもかなり大規模で、現代歴史文学研究会の倍以上の教室を充てがわれており、中では設備の整った環境で部員が黙々と作業に取り組んでいた。

 やはり実績を残しているだけのことはあり、壁にはいくつか賞状が飾られている。何でも卒業生の中にはプロとして頑張っている人もいるそうで、まさに高校レベルではトップクラスの同好会といえよう。

 そんな場所に冷やかしでもするかのごとくヘラヘラとやって来た俺達は、当然ながら特大の冷水をぶっかけられていた。

「そ、そんな……一ページ、いや半ページでも構いませぬので!」

「いくら貴殿らが絶滅危機にひんした同好会とはいえ、我らは一切作品を漏らすつもりはありませんぞ! 同じ土俵で闘う以上、敵であるのに変わりはありませぬからな!」

「そ、そんなぁ……」

 ちなみにまるで虎尾と虎尾が喋り合っているように錯覚してしまうが、片方は漫画同好会、藤ヶ丘書房で部長を務めている三年生である。

 ああいや、虎尾も一応部長なのでややこしいが、相手は男である、まさか虎尾と同じ喋り方のやつがこの学校にもう一人いるとは思ってもみなかったのでややこしいが。

「お、お願いしまする……そ、そこを何とか……」

「駄目ですな、貴殿らが廃部の危機にあるなど我らには関係のない話、受賞の枠は決まっていますのにそんな真似まね出来るものか! 遊びではないのですぞ!」

「うう……」

 今にも泣きそうな表情になってしまった虎尾は俺の後ろに隠れると、ぐっと俺の制服をつかんで動かなくなってしまう。

 いや……相手の部長さんがそう言うのはもつともでしかない、いくら過去の作品とはいえ、もしそれを上手く利用されて受賞されようものならあまりに恥ずべき話だし、もっと言えば藤ヶ丘書房の名誉に関わる話にもなりかねない。

 ましてや部長さんの言う通り彼らも本気なのだ、を肯定するつもりはないが、現代歴史文学研究会を廃部から救うためにコンテストに参加する俺達と、プロになる日を夢見て毎年懸命に漫画制作に取り組み、コンテストに臨む彼らとは残酷だがお話にならないぐらいの差がある。

「うぐ……な、泣いたって見せませぬからな……」

 虎尾の泣き落としに一瞬心揺らぐ部長さんだったが、彼が俺に示す好感度は25%と低い上に、感情マークも困惑しているというよりは迷惑といった表情がうかがえる。

 ……こうなるとどれだけお願いしても突っぱねられて終わりだな。

「さあさあ、用が済んだらさっさと帰って下さらぬか、我々も暇ではないので」

「分かりました──ただそれにしても本当に凄い部室ですね、パソコンだけでなく液タブも多数完備されてますし、専用の作業台まであるのは素晴らしい環境です」

「ふっ……先人達が築いてきた上に立たせて貰ってます故、その意志を絶やさぬよう誠心誠意続けてきた結果がこれでありますからな」

「ほうほう……あのパソコンなんかもスペックが──あの液タブ……もしかしたら虎尾のよりも良い奴なんじゃ──」

「ほう? 貴殿中々分かっておるようですな──って、あまりのぞこうとするな! 情報が漏れてしまうであろう!」

「チッ……バレたか……」

「全く油断も隙も無い……もうこれにて終了! これ以上何を言っても一切対応はしないでありますからな、もう二度と来るんじゃありませぬぞ!」

 そう言うと部長さんは、勢いよく扉を閉める──のかと思いきや意外に優しく扉を閉めて、そして容赦なく鍵をかけるのだった。

 遠くでせみが鳴く中、廊下に残されたのは俺と虎尾の二人のみ。

「ま、雅継殿ぉ……何をしておられるのですか、これでは情報が……」

「いやこれでいいんだよ」

「はひ……?」

「正攻法で行ってもこうなるのは目に見えていたことだ、ライバルになる相手に作品の内容を見せるなんて馬鹿なだけか、よっぽど自信のある奴でもない限り普通はあり得ないからな、悪いけど俺でもやらないよ」

「で、ですが他に見せて貰う手段がもう……どうするつもりなのですか?」

「あまり褒められたやり方じゃないのは承知の上だが……やはりここは学校一の美女である北条にお願いするしかないだろうな」

「はい? 北条殿に……ですか?」


    ○


 それから一時間後。

 北条と一緒に再度漫画同好会、藤ヶ丘書房のある廊下に戻ってきた俺達は、人目につきにくい場所であの施錠された扉を監視していた。

「雅継殿……まさか色仕掛けであの部長を落とそうと言うのではないでしょうな?」

「いい線行っているがそれは違う、あの部長さんは感情マークを見てもかなり意志が固いように見える、コンテストにかける思いは並大抵じゃないだろう」

「先程もかなり厳しい対応をされてしまいましたからな……」

「それでも北条なら時間をかければ部長さんから原稿を見せて貰うぐらい訳ないと思うが、何というかその────北条にそういうことはもうさせたくない」

「え──ま、雅継くん……スキ……」

「ふぬおっ! ほ、北条……いきなり背中に抱きついてこないで……」

 丁度死角になる場所に隠れていたので誰にも気づかれてはいないと思うが、何の前触れもなくこんな場所で抱きついてくるのは、か、勘弁してくれ……。

「雅継くんうれしい……ありがとう……」

「わ、分かった……分かったから背中にほおずりをしないでくれ……流石さすがにここでされるのはヤバいから……」

「北条殿……」

「くんくん──っと、雅継くんの優しさがあまりにも嬉し過ぎてつい先に身体からだが動いてしまっていたわ、ごめんなさい虎尾さん」

「わ、私はべ、別に──」

 そう言ってくれるのは嬉しいけど、さり気なく匂いを嗅ぐのはおかしいだろ。

「と、かく今は抑えてくれ、対象が出てくる瞬間を逃す訳にはいかないからな……」

「むむ……、しかし対象者だの、北条殿を使うだの、やはり誰かを捕まえて原稿を確認するつもりのようですが、方法などあるのですか?」

「すぐに分かることだよ────出てきた! あの生徒だ」

「んん……? あの小さな女子生徒のことでありますか?」

 ロングの黒髪をお下げにしたその女子生徒は、両手で原稿の束を抱えて出てくると、少し疲れた表情でこちらに向かって歩いてくる。

「ふうむ……あの校章の色は一年生でありますな、ですが特筆するほど何かありそうな生徒にも見えませぬが……?」

「虎尾大事なことを忘れていないか?」

「大事な……? もしかして……彼女の好感度ゲージと感情マークのことですか?」

 その通り、一見するとただの藤ヶ丘書房に所属するいち後輩女子部員にしか見えないが、俺のこの力を使えばそれがチャンスの女神へと姿を変える。

「さっきあの部室を訪れた時、追い返される前に俺が制作環境を確認するような素振りをしただろ? あの時に部員の好感度ゲージと感情マークを確認しておいたんだよ」

「ははあ……だから無理に覗くような真似をしたのでありましたか……つまりその中でもあの子が一番原稿を見せてくれそうな数値だったのでありますね」

「正解だ」

 遠くの席にいた生徒まで把握することは出来なかったが、実際見える限りだと好感度だけで言えば部長さんほど低く下がっていた生徒はそう沢山いなかった。しかしほとんどの感情マークが苦い顔や渋い顔をしていたのは事実。

 だがその中で唯一彼女だけが少し哀れんだ感情マークを見せていたのだ。

「でもそこで俺達が行ってしまうと、もし見せてくれたとしても彼女は後で罪悪感を覚えるだろ? ずるいことをしているのに違いはないが、それなら事情を知らないフリが出来る北条伝いに見せてもらうのが一番良いと思ったんだ」

「雅継殿は誠に恐ろしいことを考えますな……ですが具体的にどうやって──」

「それを今からやる所だ、北条、また損な役回りをさせて悪いんだが──」

「雅継くんの頼みを断る理由は何処どこにもないわ、任せて頂戴──」

 北条は優しい笑顔を見せてそう答えると、例の女子生徒が歩いてくる廊下の、角を挟んだ反対側に出ていき、タイミングを見計らって歩き始める。

「ま、まさかこれって……」

「そのまさかだよ、きっかけっていうのはいつも突然起こりうるものだからな」

 そして、そのまま漫画の擬音でも吹き出しそうな音を立てて。

 何ということでしょう、北条と廊下の角でぶつかってしまった女子生徒は、尻もちをつくと同時に、抱えていた原稿をばらいてしまったではありませんか。

「きゃっ! あ──ご、ごめんなさい……私が前を見ていなかったせいで……」

「いえ、こちらこそごめんなさい、大丈夫? はしていないかしら」

「は、はい尻もちをついただけで────って、えっ? えええっ!? も、もしかしてほ、ほ、ほ北条先輩……で、ですか……?」

「? そうだけれど……私のこと知ってくれているのかしら?」

「し、知っているも何も……え、えっとなんて言えばいいのやら……」

 相手が北条であると知るや否や、途端に顔を真っ赤にさせて慌てふためく女子部員。

「す、すごい……一瞬で北条殿のとりこに……」

「俺達っていつも当たり前のように北条といるからあんまり気にしてないけど……二年のみならず一年、三年にまでうわさとどろいているって完全に有名人だよな……」

「うむ……現代歴史文学研究会以外での北条殿は圧倒的なクールビューティーですからな……最近は男子生徒で結成された親衛隊から北条殿を守るために、女子生徒の中でも親衛隊が結成された程らしいですよ」

「いずれ北条を巡って戦争でも起きそうだな……」

 何にしてもそれだけ北条の影響力は俺達が思っている以上に凄いのだ、ノータッチを信条に皆が北条を遠くから見守り、目の保養にする、そんな最強の北条あやとぶつかってしまい、あまつさえ手を差し伸べられるなど、異常事態と言わず何と言うのか。

「あ──原稿用紙が──す、すみません! すぐ片付けますので!」

「あら──ごめんなさい私のせいね、一緒に手伝うわ」

「ええっ! そ、そんな悪いですよ! 北条先輩に拾って貰うなんて──」

「そんな、別に特別扱いされるような存在じゃないのだから、気にしなくていいのよ」

「で、ですが──」

────あら、これ漫画なのね、あなたが描いたものなのかしら?」

「はああっ!? え、え、えっと、そ、それは……藤ヶ丘書房っていう……同好会のメンバーで、か、描いたものでして……」

「ふうん……、何だか面白そうなお話ね、これで全部なのかしら?」

「ひんっ!! そ、そんな面白いだなんて恐れ多い……」

「本当のことよ、もし良かったら続きとか、他の作品も読んでみたいわ」

「えええっ!? ほ、本当ですか……?」

うそをついてもしょうがないじゃない、こういうの、実は前から興味あったの」

「はわ──あ、あ、ありがとう……ご、ございます……いや! すぐ持ってきますね!」

 はや感情マークがパニックになっている状況の彼女はひらりときびすを返すと、北条に原稿を見せる為、猛スピードで部室へと戻ってしまうのだった。

「ま、チートでしかないが、これが北条の力ってやつだな……」

「まさに女王様でありますな……」

 だが、これで要注意のライバルの作品を入手することが出来た。

 これがあれば俺達が今後どういった方針で漫画を作るべきかはっきりとする、罪悪感はあるが、俺達もなりふり構っていられないからな……。


    ○


「えーこれは……無理ですね」

 現代歴史文学研究会に戻った俺達は、例の女子部員から手に入れた藤ヶ丘書房の過去のコンテスト原稿(コピー)を読んで、ガックリと肩を落とした。

「まずクオリティが違い過ぎる、絵の実力だけで言えば虎尾も負けちゃいないが、設定の作り方がかなりしっかりしているよ」

「悔しいですが話も普通に面白いであります……規定のページ内でしっかりと物語を完結出来ているのは実力のある証拠ですぞ」

「何より凄いのはストーリーを完結させながらも、続きが読みたくなる終わらせ方が出来ていることね……これは一朝一夕では難しい、積み重ねがせる業よ」

 ジャンルは近未来を舞台としたバトル物、カット割りや見せ方も迫力があって目を見張ってしまうシーンが多い、これはまずいな……。

「少なくとも、同じ舞台で戦ったら1ラウンドKOだな……」

「参考にすればするほどドツボにはまりそうですな……」

「長年の積み重ねというのはこれ程までに差が生まれるものなのね……」

 どんよりとした空気が、現代歴史文学研究会の中に充満する。

 何とか士気を上げるきっかけになればと思っていたが、これじゃあ悪化しただけになってしまった……困ったな、全く前に進めていない。

「でも……俺達にはへこんでいる暇なんて無いんだ、同じジャンルで闘うことは危険と分かっただけ良しとしようじゃないか、何か他に策を考えよう」

「しかしどうすれば──」

 と。

 虎尾が途方に暮れていると、扉の外からコンコンコンと、ご丁寧に三回ノックが鳴り響く。

「……だ、誰だ? まさかまた阿古がいやを言いに来たとかじゃないだろうな……」

「せ、施錠はしっかりとしておりますので、もし鍵を開けられた際は彼女であることに違いはありませぬが──」


『す、すいませーん、たつひかりですけど、雅継くんいますかー?』


「……ひかりさん? ──もしかして遊びに来てくれたのかしら」

「そういうことなら鍵を掛けているのは悪いな、俺が開けに行くよ」

 俺はパイプ椅子から立ち上がって扉の方へと向かい、つまみを上に上げてカシャンと音立てて解錠すると、ガラガラと扉を横へとスライドさせる。

 するとそこには、夏服姿の龍田が、飲み物を抱えて立っているのだった。

「わ! び、ビックリした……あ──ま、雅継くん……こ、こんにちは」

「お、おう……き、来てくれたんだな……」

「う、うん────あ! 朱雀さんにちゃん! 約束通り遊びに来たよ!」

 俺には何ともぎこちない反応を見せるので若干ショックだったが、龍田は北条と虎尾を見つけるとぱあっと笑顔になり、軽い足取りで二人の元に駆け寄っていく。

「ひかり殿! ようこそ現代歴史文学研究会へ!」

「裕美ちゃんやっほー! 誘ってくれてありがとう! また今度おすすめの少女漫画とかあったら是非教えてね!」

「当然でありますよ、ひかり殿はいつも私とペアを組んでくれますからな」

「朱雀さんも声を掛けてくれてありがとう! また今度梅田とか遊びに行こうね!」

「ええもちろん、私の方こそ来てくれて凄く嬉しいわ」

 へえ、俺がギクシャクしている間に交流を深めているとは聞いていたが、本当に仲良くやっているんだな。

 虎尾なんて龍田みたいなタイプ、北条よりも合わないと思っていたが、やはり彼女の純粋過ぎる優しさは誰にでも響くのだろう、虎尾が北条と俺以外の奴とあんなに楽しそうに会話に興じるとは、龍田のコミュニケーション能力には頭が下がるばかりだ。

「あ、あとこれね、甘い飲み物買ってきたから良かったら皆で飲んで! 漫画を作るのって凄く頭使うから、糖分補給は必須だからね!」

「おお、悪いでありますな、丁度喉が渇いておりましたので助かりまする!」

「そんな気を遣わなくて良いのに……でもありがとうひかりさん」

 うむ、彼女達があいあいとしているのは非常に良いことだな、目の保養になる、と思いながらその様子を離れて見ていると、またロボットみたいにぎこちなくなった龍田がくるりと俺の方へと向き直り、手に持っていたスポーツドリンクとチョコを差し出してくる。

「そ、それと……こ、この前はありがとね──これ、前のお返し──」

「あ、ありがとう……でもお金はあの時返して貰ったと思うんだが」

「こ、これはね、別に深い意味はなくて、あくまで気持ちみたいなものだから……」

「そ、そうか……そういうことなら────!?

…………

 いやちょっと……北条さん目が怖過ぎませんかね、そんなに目を据わらせなくても別に龍田とは何もありませんから……。

…………

 しかも何で虎尾まで不服そうな顔してんだよ、ほおを膨らませるんじゃないよ全く、ちょっと可愛かわいいだろコンチクショウ。

 このままだと龍田を巻き込んでまた厄介なことになりそうだな……と危惧していると、龍田が何かを思い出したような表情で彼女達へと向き直る。

「そういえば! 漫画の制作はどうなってるかな? まだ夏休みに入って日が浅いからネームの途中とかだと思うけど……良かったら見せて欲しいな!」

「え? あ、え、えっと……そ、それなのですが……」

「?」

「実はまだ話すら出来ていない状態なの……ごめんなさい」

「え、あ、そ、そうなんだ……何か一人ではしゃいじゃってごめんね……」

「いえ、ひかりさんは何も悪くないのよ、ただ私達で色々考えてはみたのだけれど、どうしても納得の行く話が思い浮かばなくて──」

「良ければなのですが、ひかり殿も何かアイデアをお聞かせ下さいませぬか?」

「えっ? わ、私……? う、うーんどうだろう……私がいつも読んでるのって少女漫画とか恋愛モノばっかりだから……」

 うん……? 待てよ、そういえば俺達が応募予定のコンテスト、よく考えたら過去の受賞作品、意外と恋愛物が多くなかったか……?

 勿論一番目についたのはインパクトのあるバトルモノではあったが、恋愛やラブコメといった、そういう作品も少なからずあった気が──

「そうだ……恋愛モノだ」

「……? ま、雅継くんどうしたの?」

「いや、コンテスト見る限りどうしてもバトル系の作品に目がいってしまっていたが、単純な実力差を考えれば俺達では太刀打ち出来ない」

「それはそうかもしれませぬが……それは恋愛でも同じでありましょう? 勢いだけでどうにかなるジャンルではないと思いますが」

「普通ならそうだろう、だがそれはあくまで頭の中だけで完結させてしまった場合の話、勿論それも大事ではあるが──より高いリアリティを追求しようと思った時、一体どれだけの応募者がそこに重点を置いていると思う?」

 俺のその言葉に虎尾は首を横にかしげて困ったような顔になる。

「はあ……何を言いたいのかイマイチ分かりませぬが……高校生のレベルで徹底的な取材をして作品を作る……というのは少し考えにくいと思いますな、既存の知識や必要な情報を集めた上で作品を作る、というのが一般的かと」

「──もしかして雅継くんはお話にリアリティを持たせるために、直接人の話を聞いて、それを物語に昇華しようと言いたいのかしら」

 そうだ、事実は小説よりも奇なりと言うが、想像は無限の可能性こそ秘めているが実際にやってみたり、聞いた生の情報というのは時にそれをりようすることがある。

 何よりもここは学校、青春たっぷりな恋愛が盛んに行われるこの場所であればより物語として作り上げられそうな話を聞き出せるかもしれない。

 そうなれば他の応募作とは違うテイストの作品が作れるかもしれない……俺達現代歴史文学研究会が生き残る為にも狙うべき場所はここしかないだろう。

「そうですな……雅継殿の言う通りそれであれば絶妙に甘酸っぱさの出る作品を作れるかもしれませぬ……しかし誰に聞くのでありますか?」

「そりゃあ──ここにその方面にお詳しい専門家がいるじゃないか」

 わざとらしくちらりと目をやると、びっくり仰天シンジラレナイと言わんばかりの表情をした龍田が人差し指を自分の方に向ける。

────え? わ、私!? い、いやいやいや! わ、私が恋の専門家なんて、いつの間にそんな話になってるの!?

「え、違うのか? てっきりこう──いつも恋の相談とかに乗っていて、自分も恋多き女の子なのかと思ってたんだが……」

「なな──! 確かにこ、恋の相談とかは乗ったことあるかもだけど……恋多き女はひどいよ! 前にも彼氏はいたことがないって言ったのに! そんなに、雅継くんは私が遊び人みたいに見えるの!?

「え、あ、い、いや、そんなつもりで言ったんじゃ……」

 しまった……、そう言えば龍田とそんな話をしていたっけか……、あまりにも信じ難い話なのと、あの時はオペレーションMのことしか考えていなかったからすっかり忘れてしまっていた。

「雅継殿……それは幾ら何でも……」

「恋はいつだって純粋で、甘くて、でもどこか淡い、そんな夢見る乙女に対してそれを言ってはいけないわ、私は構わないけれど、ひかりさんに言ったら駄目」

「と、虎尾……北条……」

「むー……!

 龍田が凄く不服そうな顔をして俺の顔をにらむ。

「うっ……」

 好感度は……大丈夫、だけども感情マークは明らかに怒っているぞ……これはどう考えても俺が悪い。

 北条も虎尾もやけに残念そうな顔をしているし、まさにめん……いや女の子に四面楚歌されるなどうれしい気持ちにならなくもないが、明らかにかんばしくはない……。

 こうなったら……とっておきの秘奥義、使うしかあるまいか。

 俺は怒っている龍田の方に顔を向け、二、三歩程後ろに下がる。

 周囲を見渡し、障害物がないことを確認し──一度首をコキンと鳴らし、軽く屈伸をしてふうっと息を吐くと──

 勢いよくジャンプし、空中で足を畳む、そのまま重力に逆らうことなく落ちていき膝に多大なるダメージを与えると、全力で手をつき、頭を床にこすりつけた。


「大変申し訳ございませんでしたアアアアアアアアアアアアアア


    ○


「雅継くん……膝大丈夫……?」

「な、なあに……ひかりが許してくれるなら、皿の一枚や二枚、安いものさ……」

 華麗なるジャンピング土下座が功を奏したのか、俺の深刻な膝のダメージに龍田が心配そうな顔で見てくる。

 まあ昔した話を忘れて龍田をイメージで語ってしまった俺が悪いのだ……実際のところ半端なく痛いけどね、膝から下の感覚ほぼないからね。

「まー……ともあれひかり殿の方が知識はあると思いますので、やはりひかり殿から有益なお話を聞かせてはもらえませぬでしょうか?」

「そ、そう言われても……は、恥ずかしいんだけど……私本当に恋愛経験とか、な、無いんだよね……それでいつもバレー部の皆に馬鹿にされちゃうし……」

「でも好きな人はいるんじゃないかしら? 例えばその人をおもうと普通とは違う感情を抱くみたいに、話がしたいとか、手をつなぎたいとか、制服食べたいとか」

「最後はお前だけだろ」

「う、うーん……? ど、どうなんだろう……これがそうなのかは私にもわ、分からないんだけど……何だかちょっと、胸が苦しくなるかな……?」

 龍田は少し困ったような笑顔を見せるとそう答える。

「む……分からないでもないでありますな……」

「ああ分かるわ──どうしようもなく布団とか、抱き締めちゃうのよね」

「そ、そうなの! 何だかずっと不思議な気持ちになっちゃって、何かを抱き締めていないと落ち着かないというか……」

「ねえひかりさん、その人のこと、意識してないのに目で追っちゃったりするでしょ」

「えっ……よ、よく分かるね朱雀さん、授業中とか気づいたら見ちゃってたり、友達と楽しく話をしててもつい気になって……やっぱりこれってそういうことなのかな……」

 おお……北条が良いフリをしてくれるお陰でそれっぽい話になって来たぞ……。

 この調子なら上手うまく胸をキュンとさせるような物語が作れるかもしれない──膝の負傷を抱えるかたわら女子トークに聞き耳を立てる俺の存在は意味不明だが。

 どうでもいいけど龍田って現在進行系で気になっている人がいるのか……そりゃ高校生なんだからスキな人がいてもおかしくはないが、妙にしおらしい雰囲気の龍田を見ていると、いつもの明るさとギャップがあって妙に可愛らしく見えてしまう。

 しかも授業中ってことは同じクラスだよな……だ、誰なんだ……?

「ひかりさん、それはやっぱりスキってことよ、だって仲の良い男の子と話をしてもそんな気持ちになったりしないでしょう?」

「──でもやっぱり分からないかも……私中学と高校とずっと部活動だけを必死にやってたから、そういう気持ちに疎いんだよね……」

「ですが、ひかり殿は恋愛漫画が好きではありませぬか」

「それは……応援する主人公の恋が成就するのを見るとキュンとするだけで──」

「それなら、例えば気になる人のそばにいられたら嬉しいと思わない?」

「でも友達と一緒にいる時だって嬉しいし、凄く楽しいよ? でもその人の前にいると嬉しいというよりつらい気持ちになっちゃうから……」

「辛い、ですか?」

 虎尾の投げかけた疑問に対し龍田は小さくうなずいた。

「前はね? その人とお話しているだけで楽しかったの、それなのに今は話そうとする度に胸がキュってなるの、バレーの試合前と同じぐらいの緊張っていうのかな、お話したいのに声が出てこなくて、それが凄く嫌だなって……」

「あ────何か、そういうの……ありますな……」

 俺も聞けば聞くほど膝の痛みを忘れる甘さを感じてくる……これは今すぐにでも文章に起こしたい気持ちに駆られるが、絶対怒られそうなので今は我慢する。

「純粋ねひかりさんは……でもそうね、言われてみれば私も昔はそうだったかも」

「え──あ、朱雀さんもそういう気持ちになったことがあるの? ……というか、スキな人いたことがあるの?」

「昔どころか、今もスキよ、その人のこと」

「へえ……! ずっとスキなんて素敵──どんな人なの?」


「とても優しい人、後で後悔するのに自分より他人を優先しちゃう人」


 北条が優しい表情で言ったその言葉に、俺は思わず三人から目を背けてしまう。

 いや……それは駄目だろ……いつもみたいな調子で言ってくれればいいものを、キャッチボールでその火の玉ストレートはきようだろ……。

「わあ……! 甘い……ねえ朱雀さん、どういうきっかけでスキになったの?」

「それはちょっと秘密かしら、いつか機会があったら教えてあげるわね」

「えーそんなぁ、朱雀さんずるいよ~!」

「私だって恥ずかしくて言えないことぐらいあるわよ、ひかりさんだって何でその人をスキになったかなんて簡単には言えないでしょ?」

「わ、私はまだ本当にスキかどうかなんて分からないから……もしかしたらキライなのを自覚してないだけかもしれないし……」

 それはもう生理的に無理というやつなのでは……と言いたいが口をつぐむ。

 それにしても見事なまでの女子トークという奴だな、はっきり言って俺が入る余地なんざじんもないぐらいの空気感になってしまっているぞ……。

 どうやらやはり虎尾もそういうタイプではないのだろう、何とか話に入ろうと試みているようだが、難しい顔をしたり、驚いた顔をしたり、話を聞いて頷いたり、恥ずかしがったりと、あまり積極的に話には入れてはいないようだった。

「まあ、私はひかりさんの気持ちも分からないでもないから、ゆっくり時間をかければいいと思うのだけれど、いつか後悔をしないように一言だけ、助言するわね」

「……助言?」

「スキな人と一緒にいられる時間は有限だから、それだけは忘れないでね」

!──……わ、私もっと北条さんのお話、聞きたいかも……!」

「む、むう……で、では私も後学のために少し……」

「あら、本来はストーリーを考える為のお話だったのに、普通の女子トークになっちゃったわね、もちろん使えるエピソードではあるからお話を続けてもいいのだけれど──」

「……ん?」

 それが合図となったのか、龍田と虎尾がよそよそしい顔をして俺の方を見てくる。

「ま、雅継くんはちょっと、ご退室願えると、嬉しいかも……」

「す、ストーリーをより掘り下げる上ではお、男の人は必要ありませぬから……」

 ……うん、分かっていたことだけど、どう考えても俺、邪魔だよね。

「オッケー分かった、じゃあ後は三人に任せるから、一足先に帰るとするよ」

「ごめんなさい、せつかく雅継くんが提案してくれたのに」

「気にするなって、それじゃあまた明日な」

 俺は申し訳なさそうにする三人に対して手を振ると、現代歴史文学研究会を後にした。

 一体これからどんな恋バナが繰り広げられるのか、気にならないと言えば噓になるが、大事なのは他の応募者に負けないだけの作品を作ることであって、そこに俺が不要であるならば、早々に退散するのが賢明というもの。

 だから俺は、皆の足を引っ張らないよう、自分に出来ることをやるとしようじゃないか。

「よーし、そういうことならまずは──」


 膝がヤバいから病院に行かなくっちゃな!