一限目 漫画とは、彼らの正しい生き方を貫くことだ




まさつぐ殿、120%とは何でありますか」


 梅雨のじめじめとした鬱陶しい季節を抜けて、せみの鳴き声が今から聞こえて来そうな、そんな暑さ漂う夏の始まり。

 憂鬱でしかなかった期末テストも終わりを告げ、無事今回もミスター平均値と呼び声高い(自称)点数を獲得した俺は、早くもクーラーの効いた現代歴史文学研究会にてお尻の痛くなるパイプ椅子に座りながら漫画を読んで過ごしていた。

 あと一週間もすればいよいよ念願の夏休みへと入る、海へ行ったり花火を見たりお祭り──なんてイベントとは全く縁のない人間だが、登校という苦しみから解放され、朝早く起きることなく毎日を過ごせる、これ以上の快楽は果たしてあるのだろうか。

120%……? そりゃほうじようの好感度以外に何があるっていうんだよ」

「そう! 雅継殿に対して北条殿が示している好感度のことでありますな!」

ほとんど同じことしか言ってねえじゃねえか」

 そんな妙に真面目な表情で、眼鏡をくいっと上げて俺に語りかけるのはとら

 県立ふじおか高等学校に通う二年生でクラスは同じ三組、そして現代歴史文学研究会の部長でもある。

 しかしただのネットカフェに等しいこの同好会は、つい一ヶ月程前に生徒会から公私混同が甚だしいという理由で廃部勧告をされ、現在は体育祭での活躍が考慮されたことで廃部は保留状態になっている。

 ちなみに彼女の好感度ゲージは70%だったのだが現在は75%、どうも体育祭の件で彼女なりに俺に対する評価が上がっているようだ。

 感情マークこそ今まで通りではあるが、それでも場合によっては好感度が80%を超えることもあるのだから、虎尾の俺に対する心情は大分変化しているのかもしれない。

 余談だが好感度ゲージや感情マークというのは俺だけが見える特殊能力と思って貰えばいい、某二頭身野球ゲームのゲージ部分と、テンションが分かる顔みたいなやつが相手の身体からだの一部に見えるのである、なお発現した理由は不明。

「いえ、なんと言いますか……体育祭の件等もありましたので少しになっていたと言いますか……北条殿のことがキライであるとかそういう話ではないのでありますよ? むしろ北条殿はお優しいので私もスキなのには違いないのですが……」

 さらりと伸びた長い黒髪の毛先をくりくりといじりながら要領を得ない虎尾。

 言わんとせんことは分かる、学園一の美少女が転校してくるなり俺をスキだと言って、超絶スキンシップを繰り広げ、あまつさえ現代歴史文学研究会を存続させるためとはいえちやなお願いにも嫌な顔ひとつせず応えてくれるなど、普通に考えて奇妙な話である。

 雅継くんだからに決まってる──そりゃ嬉しい話ではあるけども……。

「雅継殿は気になったりしないのでありますか? 毎日欲に屈しては、身体までまえかがみになって余裕がないみたいでありますけど」

「思春期でもそんな奴いねーわ」

 とはいえ、北条と俺のキッカケ的なものを知りたい気持ちはあるが、教えてくれる気があるなら今頃普通に教えてくれていることだろう。

 いくら好感度が120%であるとはいえ、秘密にしたい理由の一つや二つあってもおかしくはない、それなら無理にくのは良くないだろう。

 だからえて訊かないようにしている──それに変な話なのだが、120%ともなると知らないでいた方が幸せな気さえしてくるのだ。

「というか、俺が気になるならまだしも、どうして虎尾が気にするんだ?」

「へっ!? ああああいや、わ、私はただ何と言いますか……雅継殿は好感度が振り切っている北条殿のことを改めてどう思っているのか気になっただけでして──」

「それは……あれだけのことをされて意識してないと言ったらうそになるけども──」

「そ、それはつまりどういう意味なのでありますか……?」

 やけに虎尾が感情マークをそわそわとさせながら、ぐいっと俺に近づいてくる。

「な、何でそんな気になるんだよ……」

「ど、同好会の風紀が乱れるようなことがあると、よ、良くありませんので……」

「いや既に十分乱れて──」

「そ、それに現代歴史文学研究会の廃部を今度こそ阻止しないといけませぬしね……い、今は一致団結をしないといけない時でありますし……」

 虎尾の好感度がやけに乱高下し続けている……返答次第では色々とまずい予感がするし、ここは素直に虎尾の意見に合わせる形で収めた方が良さそうだな──


「じゃん!」


 と、虎尾に返答をしようとした瞬間、勢いよく扉が開け放たれ、やけにご機嫌そうな北条が部室内へと入ってくる。

 それに気づいた瞬間さっと俺の元から離れて、下手くそな口笛を吹きながらノートパソコンのある席へと戻る虎尾だったが、そんな様子に気づいていない北条は珍しくにこやかな表情のまま冷蔵庫へと一直線で向かうのだった。

「……? 北条、何をしているんだ?」

「じょじゃん!」

「は?」

「実はケーキを作ってきたの、ほら見て雅継くんの大好きなミルフィーユよ」

 白い箱から出てきたのはとても素人が作ったとは思えない、何層にも生地とクリームが折り重なり、上にはふんだんにいちごがちりばめられたミルフィーユ。

「おお……すごいな、これ北条が自分で作ったのか?」

もちろん、具材から全て最高級のモノを取り寄せて、愛を詰め込み倒した一品です」

「むむ……ホール状のミルフィーユなんて初めて見ましたが……完成度はかなりの……お、美味おいしそうでありますな……」

「俺がミルフィーユ好きな事実を何故知っているのかはいておくとして……でもどうして今日なんだ? 特に記念日でも何でも無い気がするんだが……」

「今日またこの日に雅継くんと会えた記念日よ」

「えっ、やだ素敵……」

 いや、それを言い出したらこれから毎日ありとあらゆるものを作って来られそうな予感が、北条のことだから俺がパンパンに太ってもそこがスキとか言い出しそうだし。

 彼女の雅継堕落化計画に恐々としていると、当の本人は紙皿とフォークを虎尾と自分の所へと並べ、既に切り分けられたミルフィーユを淡々と紙皿へと置き始める。

…………ん?」

「はい虎尾さんにもお裾分け、洋菓子は苦手じゃなかったかしら?」

「え? あ、いえ甘いものは好きでありますけど……」

「そう、良かった、沢山あるから遠慮せず食べてね」

「は、はあ……」

 おおむね異状を感じない二人のやり取りを終えた所で、北条は次はあなたの番よと言わんばかりに俺の方を向くと自分の紙皿に置いてあったミルフィーユをストンと横に倒して、ザクリとフォークを刺し込み、食べやすいサイズに切り分ける。

 そして、そのミルフィーユをパクリと、口で挟んだではないか。

「……え? なに、どういう状況……?」

「さあまふぁつぐくん……ポッキーゲームのひかんふぉ……」

「……北条、いいことを教えてやる、ポッキーゲームっていうのはな、スティック状のプレッツェルを二人で両端から食べ進めるゲームでんぎぎぎぎ……」

 全く話を聞いていない北条は俺の頭をぐっと捕まえると、口にくわえたミルフィーユを容赦なく俺の口元まで運んでくる。

 や、やっぱりこういうことか……まさに……これが北条あや……。

 本来であれば100%までしか測定の出来ない好感度ゲージをいとも容易たやすく振り切った120%を示しており、俺に対する感情マークは常に狂喜乱舞。

 スキという感情を言葉だけでなく、惜しげもなく身体でも表現し、俺に対して喜楽の感情のみしか見せない、黒髪のボブカットがよく似合うトンデモ美人な転校生。

 そんな彼女に俺はほぼ毎日のように言い寄られているのだが──ちょ、ちょっと……力強過ぎ……。

「まふぁつぐくん、あーん……」

「い、いや普通に食べるから……ふぐぐ……むぐっ!」

 悲しいかな、大豆産まれ日陰育ちの貧弱ボディでは元体育会系の腕力の前にすべもなく、ついにミルフィーユの先っちょが俺の口元に当たる。

 そして舌先に広がるクリームのほのかな甘み、しっかりとした味わいながらこのしつこくない感じは北条の努力というものをひしと感じる。

 惜しむらくは、こんな形でミルフイーユと出会いたくなかった。

「初キッスの味は……生クリーム……」

「まさふぐくんの──あらっ?」

「へ?」

 諦めかけたその瞬間、俺と北条の間にあったミルフィーユが突如姿を消す。

 助かったが何が起こったのかと思い、消えた方向へと目をやると、そこにはほおをパンパンにさせながら口をモグモグさせる虎尾の姿があった。

「と、虎尾さん……? い、今のミルフィーユは──」

「ゴクン……はて? 何の話でありますか? ミルフィーユは非常に美味しかったのでついつい食べてしまったのですが……な、何か問題が!?

「えっ、い、いえ美味しかったのなら私はうれしいのだけれど……」

「いえいえ、こちらこそお粗末様でありました」

 そこはごそうさまだろと言いたいが、虎尾の感情マークは何故なぜかパニックに陥っており、しかも手には思いっきりクリームが付いている。

 やけに目も泳いでしまっているし……いくら食べたかったにしても何でこのミルフィーユを素手で奪い取ってまで食ってんだよ……。

「あ────ああ! そ、そういえば! 一つ思い出したことが!」

 そんな妙な空気感を察したのか、虎尾は慌てて紙皿の横にフォークを置くと、おもむろにノートパソコンのある席へと移り、何かを調べ始める。

「? 急にどうしたんだ?」

「え、えっとその……実は現代歴史文学研究会存続の為に私色々と調べていたのですが」

 先に述べたようにこの現代歴史文学研究会は現在廃部が保留となっているのだが、存続する為に何かしら目に見える成績を残さないといけない状態なのだ。

 その猶予は三ヶ月、残された時間はあまり長くはないので俺達は生徒会を納得させるだけの成績を残す方法はないか各々色々考えてはいたのだが──具体的にこうしようという話はまだ何も決まっていないのが実情ではあった。

 だが、テスト期間などを挟むこともあり、色々と慌ただしくしてしまっている内に気づけばもう七月、そろそろ本腰を入れないとまずい状況なのは紛れもない事実。

「悪いな虎尾、夏休みに入る前に具体的な案をまとめておかないといけないのに」

「けれどその様子だと何か良いアイデアを思いついたということなのかしら」

「やはり私が得意なことをかすのが一番かと思いまして──見て頂けますか?」

 そう言うと虎尾はカチャカチャッターン! と小気味よくキーボード音を鳴らすと俺と北条に対してとあるサイトを見せてくる。


「『せば成る』……? 高校生新人漫画コンテスト……?」


「そうであります! 今の時代出版社主催の賞レースはさることながら、web発でデビューする漫画家も当たり前になってきておりますが、これは高校生のみを対象とした新人賞なのでありますよ!」

「ほほう……目の付け所は悪くないな」

「年一回の開催で、今年で十回目になるのですが例年の応募数は大体200から300、レベルは低くはありませぬが、メジャーな新人賞に応募するよりは良いと思いまして」

 確かに過去の受賞作品を見てみると、内容こそ分からないがサンプルを見る限りイラストは決して虎尾のレベルが劣っているとは思えない、それどころか虎尾の方が実力があるのではと思える作品さえ見受けられる。

 何より名前を聞いたことのある出版社が合同で主催しているというのはかなり珍しい……ここで結果を残せれば現代歴史文学研究会存続の可能性はぐっと高まるはず

 ただ──

「しかもこのコンテスト、受賞者の中にはプロデビューを果たしている人もいるので、意外に凄かったりするのでありますよ!」

「そうだな……少なくともこれなら大いにチャンスはありそうだ……」

「でも……生徒会のことだから、虎尾さんの活躍が大部分を占める形で結果を残してもまた何か言われる可能性がありそうよね……」

 大前提としてこのコンテストに引っ掛からなければならない問題はあるにせよ、そこをクリアしても虎尾だけの成果とみなされてしまえば、存続を認めないなどと言い出しかねないリスクがある。

 ただ、実はそれ自体は大した問題ではない……そう、そこは問題ないのだ──

「むう……ですがこちらは代表の名前とペンネームと一緒にチーム名も入れることが出来ますから、一応三人で登録は出来ますぞ?」

「当然ながら完成までの過程は記録として残すつもりだし、何ならに文句を言わせない段取りをつけること自体はほど難しくない、ただな──」

「? 私はイラストメインではありますが、漫画もちゃんと描けますぞ?」

「何というか、その……虎尾も知っているだろ?」

「何を────あ」

 そこで、虎尾はようやく気づいたのか少しバツの悪そうな顔になる。

 そうだ……俺はかつて漫画家を目指してやろうと思った時期があった。

 というか小学生なら案外そう思う子は多いのではないだろうか、既視感のあるキャラを描き、戦わせ、妄想の限りを尽くした物語をノートに描く経験をした者は少なくない筈。

 そりゃ当時の俺はそれが楽しくて仕方がなかったもので、妄想バトル漫画をノート五十冊分、当時の俺の言葉にすれば、五十巻分の傑作を描き殴ったものだった。

 そして思うのである、俺は水泳を辞めたら必ず漫画家になるのだと、累計数億万部の国民的漫画家になってやろうと、割と本気で意気込んでいたものである。

 しかし、中学生になると環境の変化、心境の変化もありそんなことはすっかり忘れ平穏な生活に従事、あの頃の感情などいつの間にか消え去ってしまっていた。

 だが!

 虎尾と出会い、彼女のハイレベルなイラストをこの目にした時、あの頃の情熱がまた舞い戻ってきたのである!

 今なら描けると! 五十巻も書いた俺にはきっと未知なる才能があるのだと!

 あの日の思いを胸に、俺は一週間をかけて完成させたイラストを虎尾の元へと持っていった、何ならちょっと褒めてもらえるかなとも思いながら。

 けれど、その絵を見た虎尾の第一声は、これだった。

『前衛的過ぎて……わ、私から教えることはありませぬな』

 俺は筆を折った、押入れにあった五十巻はその日の内に燃えるゴミに捨てた。

 そして今に至る。

「俺はもう……漫画なんて描く資格はねえ……!」

「う──ま、雅継殿……」

「雅継くん……何て苦しそうな顔……私が慰めてあげなきゃ」

「ほ、北条……」

「雅継くん大丈夫よ、全人類があなたの絵を燃えるゴミだと罵ったとしても、私だけはあなたの絵をパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソだと言ってみせるから」

「それはもうピカソに失礼だよお……」

 しかも何でフルネームやねん。

「違うわ、雅継くんの絵がゴミである筈がないもの──そうだ、雅継くんの絵を実際に見てみましょう、前衛的であるなら次世代を担うだけの才能があるのかもしれない、いえそうに決まっているわ」

「……いやそれはもう公開処刑だよぉ!」

「ああ、雅継くん……私の胸で泣いていいのよ、というか胸で泣いて」

「むううううううぅ……!

 いや何をやっとるんだ俺は。

 せつかく虎尾が先陣を切ってくれているというのに、俺が画伯レベルの才能というだけで水を差すのはあまりに理不尽過ぎる。

 で、でもな……北条なら持ち前の才能であっさり画力を身に付けて戦力になるんだろうが、俺が完全に足手まといになるのは不安が残る……。

 俺に出来ることがあればいいんだが──そう思いながらちらりと虎尾の方に目をやると、思いっきり頰を膨らませて俺のことを怖い目で見ているではないか。

「しまった……」

 流石さすがに度が過ぎてしまったと思い、慌てて顔を上げて虎尾に謝ろうとすると、いきなり俺に向かって人差し指をビシッと突きつける。

「わ、分かったでありますよ! 雅継殿のプライドを傷つけてしまったのであれば私がちゃんと責任を持って雅継殿を戦力になるまで育て上げましょうぞ!」

「……え? い、いやでも虎尾、締め切りを見たらあと大体一ヶ月ぐらいだろ? 俺を育てるのに時間を使うのはもつたいいよ、アシスタントとして必要な基礎部分だけ教えてくれたらそれだけでも迷惑かけないように頑張るからさ」

「む……やっぱり私みたいなやつの教えは請わないということでありますか……」

「う──そ、そうじゃなくてだな……」

 まずい……どんどん好感度ゲージの揺れがひどくなっているし、感情マークに至っては完全に泣いてしまっているではないか……。

 だがそうは言っても今更一から教えを請うような真似まねをしてしまえば後々虎尾に負担をかけてしまう、これでは折角の案も台無しに……仕方ないここは──

「虎尾、落ち着いて聞いてくれ、確かにそんなことを夢見た時期が俺にもあったが、別に諦めたのは虎尾が直接的な原因とか、そういう風には思ってないんだよ」

「で、ですが前衛的と私が言ったから……」

「本気で目指してるならそんなことで心折れてるようじゃ元から駄目だろ、そりゃ虎尾が教えてくれるのは嬉しいけど、今俺達にとって大事なのはそこじゃないだろ?」

「そ、それは……」

「俺からしたら自分が足を引っ張ったせいで応募が間に合わずこのチャンスが無駄になり、現代歴史文学研究会が廃部になってしまうことの方がよっぽどつらい、それは虎尾だって本意じゃない筈だ」

…………

「だから俺は俺に出来ることをちゃんとやるから、皆で協力して頑張ろうぜ、俺が神絵師になるのか画伯になるのかなんてその後の話だ」

「雅継殿……」

 ふう……少しヒヤリとしたがどうやら落ち着いてくれたようだな、好感度ゲージも78%まで上昇したし感情マークも落ち着きを取り戻してくれた。

 安心してほっと胸をろしていると、俺の横にいた北条がすっと立ち上がり、虎尾のそばまでくると、彼女の身体からだを優しくきゅっと抱きしめる。

「少し私もずるかったわね、ごめんなさい虎尾さん」

「ほ、北条殿……私こそすいませぬ──」

「雅継くんのことはこの世の誰よりも愛しているけれど、でも虎尾さんのことだって同じぐらい好きよ、余所よそものだった私を迎え入れてくれて毎日色んなお話をしてくれて、だから今度こそ笑顔で現代歴史文学研究会を存続出来るよう頑張りましょう」

「あ、ありがとうございまする……で、ですがこれはちょっと恥ずかし──」

「あら、じゃあ間に雅継くんを入れて一致団結といきましょうか」

「それは一致団結とは言わない」

 しかし結果として団結力が生まれる形になって良かったな。

 何にしても虎尾の絵の才能を存分に活かせる方法で結果を残すのは一番の理想であった、それがかなうとなればこのチャンスを逃す訳にはいかない。

 後はこれを生徒会に提案して受理されるかどうかだが、流石に阿古の奴もこれなら文句を言わないだろう、ククク……貰ったも同然だな。


「でも……雅継くんの唇が付いたミルフィーユ……食べたかったな……」

「ひっ!?

 ん?


    ○


 現代歴史文学研究会存続の大筋の方針が決定し、応募の仕方の確認を虎尾と北条に任せている間、冷たい物が欲しいという要望を受けて俺は飲み物を買いに行っていた。

 旧校舎三階からそのまま一階まで降り、北にある扉を抜けると、丁度目の前に隣接する体育館棟がある。

 藤ヶ丘高校は体育館が二階にあるというちょっと特殊な作りをしており、一階には体育会系の部活動の部室や、シャワールーム、そして学食等が入っている構造なのだ。

 その学食の入り口横に自動販売機が三つ並んでおり、藤高生は喉が渇けばここで飲み物を購入していくのが通例となっている。

「ええと……虎尾が紙パックのミルクティーで、北条が緑茶だっけか、俺は何にしようかな……フルーツオレでいいかな────……うん?」

 小銭を入れようとした瞬間、妙な気配を感じてその手を寸前で止める。

 この誰かに見られている感覚……前も何処どこかであったような……というよりそういうことをしてくる奴は大体一人しかいないというか……。

 俺はその視線を感じる方に顔を向けると、植え込みがガサッと動き出す。

 それに伴いひょっこりと見えたのは明るい茶髪のショートヘア……これでまだバレていないと思っている所があいつらしいというか何というか……。

「……ひかり何してんの」

…………にゃ~ん」

「何だ猫か……中々明るい毛色をした猫だなぁ、俺猫好きだしちょっとどんな可愛かわいい顔をしているか見てみるとしようか」

「ニャッ!?

 たつの目的がさっぱり見えてこないが、ここまでされたら流石に観念して出てくるだろう、丁度話をしたいと思っていたし、良い機会である。

…………あれ?」

 だが俺がゆっくりと龍田のいる場所へと近づいていっても一向に出てくる気配がない──いくら何でも龍田も分かっていると思うのだが……。

 不思議に思いながらも植え込みをき分けるようにして入っていく。

 するとそこには──やはり龍田が体操服姿で座り込んで隠れていた。

「う、うにゃ……」

「やっぱりひかりじゃないか……って、んん? どうしたんだ? 顔真っ赤だぞ」

「え、そ、そうかな……? 今日ちょっと暑いからじゃないかな、えへへ……」

「だったらなおさら良くないと思うんだが……大丈夫か? 今飲み物買ってきてやるから体調悪いならすぐ保健室に──」

「ま、待って!」

 俺が急いで自販機の方へと戻ろうとすると、慌てて立ち上がった龍田が俺のシャツをぐっとつかむので身動きが取れなくなる。

「ひ、ひかり……?」

「だ、大丈夫、大丈夫だから雅継くん、別にまいもしないし、気持ち悪くもないし、ほらっ、見て、全然ピンピンしてるでしょ?」

 顔は赤いままだが、何度もジャンプをして必死に元気アピールをしてくる龍田。

「ま、まあそうだけど……」

「な、なんか色々とごめんね……私雅継くんのこと避けているみたいな感じだったでしょ? べ、別に嫌いになったとかそんなことは絶対ないから、勘違いはしないで欲しいんだけど……で、でも無理か、アハハ……」

 そうなのだ。

 あの体育祭以来、何故なぜか龍田ひかりはよそよそしくなってしまっていたのである。

 決して好感度が下がってしまったとかではなく、むしろ60%だった好感度は体育祭をきっかけに75%まで上がったし、どちらかといえば良い傾向なのだが、それでも避けられている雰囲気があったのだ。

 好感度ゲージや感情マークを駆使しても分からないことがあるんだな……、少し意外ではあったが、しかしながら彼女があまり話をしたくないということであれば俺としてもあまりしつこく近づく訳にもいかない。

 まあ彼女は俗に言うまでもなくリア充という奴なので、普段クラスで一緒の時はあまり話をしないようにしているし、こうなってしまうと全くと言っていいほど会話する機会がないのでどうしようもなかったのだが……。

 しかし折角こうして話が出来るチャンスを得たのだからここで無理するなよとだけ言って帰るのはいささか違う気がする、これでまた龍田が話してくれるようになったら俺としてもうれしいことだし──

 なので、俺は意を決すると立ち上がり、龍田に背を向けて歩き出した。

「あ……! ま、雅継くん──……ご、ごめんね……」

 龍田が何か言ったような気がしたが、俺は気にせず自販機へと向かい、百五十円を入れスポーツドリンクのボタンを押す。

「……?」

 取り出し口から出てきたペットボトルを手に取ると、俺はそのまま龍田の元へ戻って来た。

「あ、え、えっと雅継くん……?」

「部活、今休憩中だったんだろ? それで飲み物を買おうと思ったら俺がいて買えなかったんじゃないかと思って……何というか、おびってことで……」

「あ──あ、ありが……とう……」

 龍田は俺からスポーツドリンクを受け取ると、そのままうつむいて座り込んでしまう。

 あれ……し、失敗だったか……? でも好感度ゲージは更に上がっているし、何なら感情マークも嬉しそうに見えなくもないんだが……。

 正直70%を超えた辺りからの対応というのは、北条を除いては今まで親か妹達相手にしかしたことがない、それから虎尾と知り合うようになって少しは傾向というものが摑めていたつもりだったんだが……50%以下の相手と比べてサンプルが少ないものだからどう話をすればいいのかイマイチ分からなくなってしまう……。

「ま、雅継くん!」

「うおっ! な、何でしょうか……?」

 そんなことを思いながら頭を悩ませてしまっていると、下を向いていた龍田が突然顔を上げて声を発するので俺は驚いてしまう。

「あ、あそこ……一緒に座ろ? しゃがむと涼しいよ?」

 龍田が指を差したのは旧校舎に並ぶように生えている、草木の奥にある校舎の壁際。

 言われてみれば龍田もお尻を付けずに座っているのはしんどいだろうし、何より俺がこんな所で立ったままでいるのは怪しさ満載でしかない。

 体操ズボンが汚れるのは嫌じゃないのかなとも思ったが、先に龍田が校舎部分のコンクリートに座ったので、俺も気恥ずかしさを覚えつつも横に座る。

「あ──ホントだ、木の陰になっているし、風の通り道なんだな」

「うん、何か本当に猫みたいなことやっちゃって恥ずかしいけど、ここなら校舎からも外からも見えにくいし、お話もしやすい……と思うし……」

 そのまま言葉も途中に「あう……」という声を出してまた下を向いてしまう龍田、本当に体調は大丈夫なのかと思わずにはいられないが、さっきより顔は赤くなっていないし、だからといって青白い感じでもなかったので、自分から話を振ることにした。

「何ていうか……ここ一ヶ月ぐらい気を遣わせちゃって、悪かったな」

「え? い、いやそんなことないよ! 謝るのは私の方だから──本当は雅継くん達がいる現代歴史文学研究会の廃部が保留になったって聞いて、すごく嬉しかったし、すぐにでもおめでとうって言おうと思ってたのに、何でか自分でもよく分かんないんだけど、急に緊張して言葉が出なくなっちゃって……」

「そうそう、そのことでずっと俺もお礼が言いたかったんだよ」

「お礼……? 体育祭を通して廃部を無くしたいって言ったのは私だし、それに協力してくれたのは雅継くんだから、お礼を言うのは私の方だよ」

「でも、ひかりが阿古に言ってくれたんだろ? 現代歴史文学研究会を廃部にしないように考慮してくれって」

「それは──! 雅継くんも朱雀さんも裕美ちゃんも、皆必死になって頑張ってくれて……それなのに雅継くん達の同好会が廃部になっちゃうなんて絶対嫌だと思って」

 龍田はそう言って水滴が付き始めたペットボトルを親指ですっと拭う、あまり目を合わせてはくれないが、どうやらちゃんと話はしてくれるみたいで良かった。

「でも俺が同好会に入っているなんてよく知ってたな、あんまりその辺のことはひかりには話をしたことがなかったと思うんだけど」

「あっ……そ、その……盗み見するつもりはなかったんだけど……体育祭の昼休憩の時に後半戦の話をしようと思って、雅継くんを探してて──それで──」

 ああ……そういうことか、あの時はオペレーションMを確実に遂行しなければいけないという気持ちが強くて、龍田が俺の後を追っていたなんて気づかなかったな……。

 でも、それなのに現代歴史文学研究会の中には入らず、恐らく盗み聞きもしていないというのはあまりにも龍田らしくて笑ってしまいそうになるが。

 もう少し、ずるくてもいいのにな。

「でも、ありがとな、きっとひかりがいなかったら現代歴史文学研究会は間違いなく廃部になっていたと思う、本当に感謝しかないよ」

「そ、そんなこと……私はただ……自分に出来ることをしただけで……」

「それでも廃部にしたら優勝旗を返還してやるなんて生徒会に言うやつはいねえよ」

「な、なんでその話を……! は、恥ずかしい……あ、あれはね雅継くんが頑張っている姿を見て気持ちがたかぶったというか……あれ、おかしいな、私なに言ってるんだろ……ま、待って! い、今のは無しで!」

 また顔を赤くしながら焦って手をブンブンと振りながら否定をする龍田が妙に可愛らしくて思わず口角が上がりそうになるが、本人は至って真面目なので必死に我慢する。

「と、とにかくさ、俺で出来ることならお礼もしたいし、何かあれば言ってくれよ」

「ええっ!? そ、そんな悪いよ……そういうことなら私だって雅継くんにお礼をしたいんだから……そうじゃないと割に合わない!」

「い、いや……俺は別に現代歴史文学研究会のためだったんだから、ひかりからお礼をされるのは変だし……特にして欲しいこともないというか……」

「じゃあ私も二年三組の皆の為にやったことだからお礼をしてもらうことなんてないもん! と、特にして欲しいこともないし!」

「ええ……で、でもな……」

「むー……!

 龍田は何故かほおをぷくりと膨らませて謎の対抗を仕掛けてくる。

 ……困ったな、龍田は真面目だからこういう所でも無駄に律儀なんだよな……多分ここで押し切ろうとしても絶対に納得しないだろうし、何なら下手にやると好感度を下げることになるかもしれない。

 ……まあ一応お礼を言うのはかなったし、上手うまい所で着地点を見つけて話を終わらせることにしよう、その方が後腐れもない。

「……分かったよ、それなら今度、現代歴史文学研究会に遊びに来てくれないか?」

「え? ど、どういうこと?」

「ひかりが救ってくれた俺達の同好会を見て欲しいってことだよ、とは言っても……はっきり言ってただの遊び場みたいなもんなんだが……」

「そ、それは別にいいけど……部外者の私が行ってもいいの?」

「ひかりを部外者だなんて言う奴いる訳ないだろ、皆喜んで歓迎してくれるさ」

「そ、そうかな……? それなら私も嬉しいけど……」

「じゃ、それで決まりで──ああそうだ」

「?」

 丁度いいタイミングだと思い出した俺は、あのことも龍田に伝えておく。

「実は今、現代歴史文学研究会存続の為にちゃんと同好会らしい結果を残そうと思って、皆で漫画を描こうって話になってるんだよ」

「漫画……? 凄いね……何だか大掛かりな気もするけど大丈夫なの?」

「いや実際はほとんど虎尾に頼り切りになりそうで申し訳ない気持ちではあるんだが……もしよかったら遊びに来た際は読んで感想とか聞かせてくれよ」

「わ、私に務まらないかもだけど……でもまた皆と一緒に出来るのはちょっと嬉しいかも……! 誘ってくれてありがとう! 雅継くん!」

 どうやら最初のよそよそしい気持ちは無くなったのか、龍田はいつもの元気満点な笑顔に戻るとその場からスックと立ち上がる。

『おーいひかりー、そんな所で何してんだー、そろそろ帰るぞー』

「ヤバ……! 部員の皆だ……もう行かなきゃ、こ、これ雅継くんお金返すね!」

「あ、おう……」

「ありがとね、雅継くんとまたおしやべり出来てホントに良かった──また会おうね」

 慌てた表情の龍田はポケットから取り出した百五十円を俺のてのひらにポンと載せると、部員に俺の存在を気づかれない素振りでさり気なく、その場を後にするのだった。

『何してんだよ全く~』

「えへへ、ごめん、ちょっとあそこが涼しかったからスポドリ飲んで休んでたの」

『なにそれ! ひかり猫じゃん! そこは体育館で休みなよ──』

 危なかった……何とか目撃されずに済んだみたいだな。

 ともあれ、これで龍田との間にあったわだかまりみたいなものも解消出来たのは何よりだった、俺もそろそろ部室に戻るとしよう。

 あんまり遅いと、変な勘ぐりをされてしまいそうだしな……。


    ○


「は~私も雅継くんと木陰デートしたい」

「直視されていたとはな」

 それから。

 現代歴史文学研究会に戻った俺は北条と虎尾に挟まれるようにして座っていた。

 しかも床に、どうやら龍田と談笑していたことで相当ご立腹のようである。

 北条はともかく、虎尾も無言でありながられいな体育座りの姿勢を崩さず、全くもつて目を合わせてくれない、感情マークも少し不満げな表情。

「いや……あれはたまたま龍田と会ったから話をしていただけで……コンテストの申し込みを任せていたのに戻りが遅かったのは悪かったけどさ──」

「たまたまというだけでわざわざ木陰に隠れておうを重ねるものかしら、はや行為よね」

「キスしたら赤ちゃん出来る並の理論」

「でも考えてもみて、雅継くんの帰りが遅いなら地の果てまでも追いかける、それは純情な乙女にとって至極当然だと思うの」

「純情の定義って難しいよな」

「あらそうかしら? 虎尾さんもそう思わない?」

「ひへっ!? わ、私は……何と言いますか、そ、その……」

「これで二対一、民主主義において多数派は正義なのよ」

「えっ!?

 北条の横暴っぷりに虎尾が巻き込まれがちなのは可哀かわいそうでならないが、虎尾が嫌がっているようにも見えないので無理に止めることも出来ない。

 ただ何と言うか……さり気なく距離が近い……好感度こそほど変化はないが、いつの間にか制服をつかまれてしまっているし、やはりご機嫌は悪いのだろうか……。

「まずは一体どこまでいったのか教えて貰おうかしら、Cまでなら大目に見ましょう」

「聖母マリアもきようがくの寛容さ」

「し、Cなんて……! ま、雅継殿やってませぬよね!? そんな性に奔放な人ではないということをちゃんと私は分かっておりますから! まずは友達からですよね!」

「虎尾のそういうピュアなとこ好きだよ」

「すぅ────!?

 虎尾が急に頰を赤くして横向きに倒れる、何だ何だ……。

「え、ちょっと待って、私雅継くんとならMまで到達出来る自信しかないのにスキって言って貰えないのはおかしくないかしら……」

「DならまだしもMって何だよ……」

「marriage」

「無駄に良い発音めて」

 流石は英語で満点しか取ったことがないだけのことはある──じゃなくて。

「別に好きっていうのはそういう意味じゃなくてだな……」

「ラブでもライクでも、雅継くんの口からスキって聞きたい……」

「あ、あのちょっと──」

 顔をぐいっと寄せて詰め寄ってくる北条、ち、近い……。

 しょうがないな……別に思っていない感情ではないし、それで良いなら──

「ほ、北条がいつも俺のことスキって言ってくれる所も、す、スキだよ……」

「えっ……う、うん……ありがとう……」

 ……あれ? 何か反応がおかしくありません……? こんな妙にしおらしくなってそっぽを向く北条さんなんて私シリマセンヨ?

 つうかどうでもいいけど、こうなってしまうと何をするにも話が進まな過ぎる……もうさっさと弁解して龍田の話は終わらせてしまおう……。

「あのさ、本当に龍田とは普通に話をしていただけで、如何いかがわしい要素なんてないんだよ、体育祭のお礼を言えてなかったからそれを伝えたかっただけだ」

「スキ、スキ…………え? 雅継くんまだ言っていなかったの?」

 ぽーっとしていた北条が我に返ったのか、いつもの表情に戻りそう返答される。

「え? まあ……何となく言える機会が無かったからズルズルいってしまって……北条はもう伝えたのか?」

「当然、というか……阿古さんからひかりさんが現代歴史文学研究会を廃部しないで欲しいって嘆願した話を聞いた次の日には言ったわよ」

「ま、マジで……? そうだったのか……と、虎尾もそうなのか?」

「ふぇっ? な、何の話でありますか……?」

 そしてお前はマジで気を失ってんじゃねえよ。

「いや、龍田にお礼を言ったかどうかって話、俺が悪いんだけどちょっと伝えるのが遅かったからさ、虎尾も伝えたのかと思って」

「ああ……それなら体育の授業の時に言ったでありますよ、ひかり殿にペアを組もうと言われましたのでちゃんと言っておきました」

「と、ということは俺だけ一ヶ月以上も言えてなかったのか……?」

 やばい……いくらよそよそしい感じだったとはいえ、俺はなんということを……よく今まで怒らなかったな龍田の奴……。

 しかもいつの間にか北条も虎尾も龍田のことを『ひかり』で呼んでるし……。

「ふうん……でもたとえ雅継くんの方から言えなかったとしても、ひかりさんの方から言ってきていてもおかしくない気がするけれど……」

「常々ひかり殿は『雅継くん達のお陰』と言っておりましたので、てっきり彼女の方から伝えていたのかと思っておりましたが」

「そういえば、中々言い出せなかったって言っていたような……」

「成る程……やはり私の予感は的中していたのね……」

「ど、どういう意味だよ……」

「あまりにも残酷な話だわ……でも仕方がないの……雅継くんはそれだけ魅力的であることは私が一番理解しているのだから……」

「はい?」

「雅継くんの良さを知ってしまったが最後、女の子はもう戻って来れないの──そう、一度薬物に手を染めたら戻れないように」

「もうちょっとマシな例え無かったんですかね」

「でもね、スキってそういうことだから、雅継くんの唾液を点滴に入れて刺すだけで生きていけるぐらいの魔力が潜んでいるのよ」

「栄養失調なるわ」

 というか、その言い方だとまるで龍田が俺を……ははは、いくら好感度が上がっているとはいえ80%は超えてはいない、70%を超えると異性ならスキと思われている可能性もあるにはあるが、彼女は誰にでも優しい女の子なのだぞ。

 それを忘れて勘違いでもしてみろ、玉砕などは明白、一体今までそれでどれだけの男子生徒諸君が涙をんできたことか。

 ふっ……俺はそんな甘い人間ではない──ち、違うよね?

「まあ、まだ慌てる時間ではなさそうだから今は様子見でいいとは思うけれど……気をつけた方がいいわよ」

「はひっ、ど、どうして私を見て言うのでありますか……」

「ふふ……でもああいうタイプが本気を出した時は油断しない方がいいわよ」

「な、何を……わ、私は──」

「人間と見せかけて、魔族の子孫である可能性も考えられるわ」

「よ、妖怪に転生するしかないと……?」

「なに言っとんだ」

 虎尾も上手うまいこと釣られてんじゃねえよ。

 北条は俺が他の女子生徒と話しているだけですぐこういう反応をするから困る……まあ確かに俺も少し前までこんな可愛かわいい女の子達と毎日会話をする日が訪れるなど考えもしなかったから色々勘違いしそうになるが……。

 全く……有り難くて、嬉しくて、困った話だ。

「いずれにせよ龍田には色々と世話になったからさ、具体的なお礼でもしようと思ったんだけどそれは断られて……だからせめて現代歴史文学研究会に一度遊びに来て欲しいって言っておいたんだが──」

 なんて言ってしまった手前、もしかしたらまた変なことを言い出さないだろうか……と少し心配をしてしまったのだが。

 意外にも、北条と虎尾は笑顔になってこう言うのであった。

「私も何かお礼をしたかったので、それは良いアイデアでありますな」

「私も良いと思うわ、ひかりさんも部室を見たら最初は驚くかもしれないけれど、きっと気に入ってくれるんじゃないかしら、是非呼んであげましょう」

「堕落しそうな気がするけどな」

「何なら私が腐海の底まで沈めてあげましょうぞ……」

「あのな……」

「ひかりさんスタイルもいいし、様になるコスプレも沢山ありそうね」

「確かに! ショートカットキャラは是非ともお願いしたいでありますな」

「ドジっ子な魔法少女も行けそうね」

「そう思うと楽しみでありますなあ、いつ来てくれるでありましょうか」

「あ、いや、それはまだ──」

「どうせなら私達が応募予定の作品を読んでもらうというのもいいかもしれないわね、第三者の率直な意見を言って貰えると作品レベルの向上につながるし」

「あ────

「ちょ、ちょっと恥ずかしくはありますが……、そういう部分も取り入れませんと独り善がりになってしまいますからね」

「なら私達からもひかりさんを誘うようにしましょう、その方が彼女も遠慮せずに来られるかもしれないわ」

「うむ、そうでありますな!」

 ……そっか。

 何だか一人で勝手に心配してしまっていたが、北条も虎尾もこういう人なのだ。

 自分から進んで善人になれる程器用ではないけれど、悪意のない優しさを貰ったのなら必ずそれを返そうとする。

 そこに余計な感情は決して入れない、愛してくれたなら、素直にスキになる。

 そんな彼女達だから、俺も無意識の内に、いつもここにいてしまうのだろう。

 ──だからこそ、現代歴史文学研究会を無くす訳にはいかないのだ。

「……ふ」

「……? 雅継殿、どうかされましたか?」

「ああいや、ぜんコンテストを頑張らなきゃいけないなと思って」

「雅継くんの言う通りね、何としてでも賞を取って、今度こそ生徒会をギャフンと言わせましょう」

「──! そうでありますな! 既にエントリーも済みましたし、後は全員で一致団結して漫画を完成させるまで一直線でありますよ!」

 頑張ろー! オー! と、三人で拳を掲げた所で、その日の活動は終わりを告げた。


 そうだ、なんとしてもこのコンテストで、結果を残し存続させるんだ。

 北条も、虎尾も、龍田も、誰一人として悲しむ姿なんて見たくない。

 彼女達が笑っていられるこの場所を、何としても守り抜いてみせる。

 そのために出来ることなら、俺は何だってしてみせよう。


 そんな決意が、彼女達を見てふと心の中で固まったような気がした。