エピローグ



 鎮魂祭での異変、あれは正式にルシオラの仕業と認定された。

 第二皇女の軍に潜り込み、秘書官の位置まで成り上がった彼女が、第一皇女秘蔵の魔道具を盗んで自滅したのだというてんまつが広く帝国に知れ渡った。

 それは反帝国主義者がどこにでもいる事実を知らしめたが──。

 同時に第一皇女、第二皇女の失態を明らかにするものでもあった。

「皇女たちは一体、何をしていたのだ?」

「どちらも気が緩んでいたのではないか?」

 そういった非難の声もあるだろう。よりによって第一と第二、ふたりの皇女がそろって出し抜かれたという事実も痛い。ルシオラは自滅したそうだが、もしも自滅しなかったら今頃どんなことになっていたか。

 不安材料は山ほどあって、俺たちに好転材料は何もなかった。このまま皇室の権威は失墜、あわや新帝国崩壊の危機、というところまで行きかけたが、

「皇帝陛下、炎の鎮魂!」

 新聞にこの記事が載っただけで、帝国はぐっと明るく前向きな話で満ちていった。

「『ゼノビア様、動く!』『ゼノビア様、舞う!』『ゼノビア様、帰る!』『ゼノビア様、優雅にがいせん!』か。もう何でもありだな」

「仕方ありませんよ。女帝陛下はこの国の絶対的主柱。戦国時代を終わらせた英雄でもあり、いまもこうして難事に動かれる方なのですから」

「第一だ、第二だ、なんて言ったところでどんぐりの背比べだってことか」

「言い方は悪いのですが、おおむねその通りではありますね」

「はあああ~」

 執務室の机の上に新聞を放って脱力する。俺は俺なりに頑張っているし、妹は妹で頑張っているけど、こうも力量差があるとさすがにげんなりしてしまうな……。

「今さらだけどなんなのあの人? そもそも人なの、うちの親」

あらひとがみとは呼ばれていますけどね」

「本物の神様でも別に驚かないぞ、もう」

 地上を憂えて天より降り立った炎の化身、みたいな感じか。

 いや、でも、祖母は人間、俺も人間、妹のルウナも人間だしな。

 当然女帝も人間であり、そうなるとますます力の秘密が見えてこなくなる。

「もう直接お聞きになってはいかがでしょうか?」

「前に聞いたけど『お前はどう思うのだ?』って質問を質問で返された」

「目に浮かぶようなやり取りですね……」

 俺にも女帝のチェシャ猫っぽい笑顔が浮かんでくるのだった。

「まあ、いいや。俺は俺で地道に頑張ろ」

「そうですよ、姫様。まずはご自身の力を高めていきましょう!」

「同時並行でオーブの開発も進めていきたいけど」

「そちらは材料次第ということで……もう少々お待ちくださいませ」

「へーい」

 新聞を片づけながら仕事の準備を整えていく。鎮魂祭の他にも大きなイベントはいくつもあり、目下のところ、俺は夏に備えて準備を進めていた。

 すると──。

『姉さま、わたしです』

「あ、はーい! 入っていいよー」

「失礼します」

 ノックの音、そして名乗りのあとにルウナがそっと入室してきた。

 あの事件以来、妹は少し落ち着きを得たように思える。いつでもどこでも「姉さま、姉さま」とくっついてこなくなったし、いまだって扉を普通に開いて入ってきた。

 バンとかドンとかいう騒々しい音はもうルウナは立てなくなってきた。どこかさびしい気もするが、素直に妹の成長を祝いたいという気持ちが勝っていた。

「それで? 今日は何の用かな?」

「はい、そのことなのですが……」

「うん」

「先日の一件で力不足を痛感しまして、武者修行の旅に出ようかと」

「武者修行の旅?」

「ええ。もっと個の力を高めていきたいのです」

「なるほど……」

 あの夜、俺たちが見たのは究極の個の力だった。

 それを目の当たりにしたルウナは、自分もあの域に達しようと志したのだろう。

「もうできもしないのに女帝を倒すなどとは言いません。まずはひたすら自分の力を磨いていこうと思います」

「そっか。うん、応援するよ」

「そうですか! 万の味方を得たような心地です!」

 明るい笑顔は以前のルウナと同じものだ。これもいつかは変わっていくのかなと考えると、少しさびしいような気持ちもしたが、

「必ず強くなりますので、その暁には共に女帝を倒しましょうね?」

「なんで!?

 なんでそこだけ変わってないの? 巻き込まないでくれ、本気で怖い!

「それでは、また!」

「あ、ああ……行っちゃった」

 意気揚々と去っていった妹は、果たして本当に変わっているのかいないのか。

 今度会う時には打倒女帝の目標を引っ込めてくれるといいな……無理か。

(簡単に諦められるようなものじゃないよな)

 俺にだって譲れないもの、捨てられないものはある。

 男に戻るという唯一絶対の大目標! これを達成しない限りは俺の人生はうそみたいなものだ。いつか必ず、【性転換】の魔法を開発、あるいは見つけてみせる!

「メモリア! 俺もやるぞ!」

「何をです?」

「俺は男に戻ってみせる! 男の体に戻ってみせるぞーっ!!

 おーっ!! と腕を突き上げる俺。やれやれとばかりに首を振るメモリア。

 そこにぼうぜんと立ち尽くすルウナが加わって、俺は意地でも初志貫徹を目指そうと、また腕を突き上げようとして、

「……んん!?

 あれ? なんで? なんでルウナがまだ部屋に?

 メモリアも口に手を当てて驚いている。ルウナはそれ以上に驚きの表情を見せ、金魚みたいに口をぱくぱくさせていた。

「い、いまのはどういうことでしょう?」

「な、何が?」

「姉さまが男に戻る、男の体を取り戻すと」

「聞き間違いじゃないかな?」

「いえ! 確かにこの耳で聞きました! 確かに姉さまが男に戻ると!」

「んんんん……!!

「姉さまは本当は兄さまだったのですか!?

「い、いや、その」

「その体は本当は作り物なのですか!?

「近い近い! 圧がすごい!!

 全身をまさぐるようにしてルウナが俺の正体を暴こうとしてきた。

「姉さまが兄さまになるだなんて、そんなことあってはいけません!」

「いや、まだ姉さま、まだちゃんと姉さまだから!」

「考え直してください! ずっと姉さまでいてください~!」

 なぜか俺にしがみついてくるルウナ。そんな妹の対処に四苦八苦するも、どうにもこの拘束から逃れることができない!

(口に出すだけでこうなるとか……!!

 この世界ではどれほどハードルが高い目標なのだろうか。

 今回のように周囲の人たちの反対もあるだろうし、たとえ【性転換】魔法を見つけてもそうすんなりとはいかないかもしれない。

(だけど……!!

 俺は絶対に男に戻ってみせる! 男に戻り、今度こそ幸せな人生を送ってみせる!

 妹にいくら反対されようとも……!!

「ダ・メ・で・す! 絶対反対、絶対反対~!」

 とうとう床に転がされたが、俺はそれでも決して諦めなかった。

 男に戻って終わりじゃない。むしろそこから始まるんだ!

 希望の未来を胸に描き、俺はルウナを引きはがして逆襲をする!

 負けじとルウナは応戦し、俺をどうにか固めようとする!

 そんなじゃれ合いと化したやり取りに、ついメモリアはくすっと笑いを漏らすのだった。