第四章「戦場に舞う皇女たち」




    ‐1‐


 六月! それは戦場の記憶が色濃くよみがえる戦いの季節!

 戦場跡地からは無数の亡者があらわで、あの日の続きをしよう、もっともっと戦おうとときこえを上げ続ける……!! 鎮めなければみんなやつらの仲間入り!

 最恐の一ヶ月、君は無事に生き残れるか!?

(……ちょっと大げさでは?)

 工房からの帰り道、俺は街に貼られたポスターについつい見入ってしまっていた。

 テーマはもちろん鎮魂祭に関するものだ。それらはおどろおどろしいデザインと過激な文言で帝都のちびっ子を大いに怖がらせようとしている。

 イラストもそれに相応ふさわしい恐ろしげなものだ。骸骨兵士に首無し騎士、ゾンビの群れなどが紙面の多くを使って描かれていて、それらは生きとし生ける者たち、つまりポスターを見ている者に向かって無数の剣や腕を伸ばしていた。

 雰囲気的には肝試しやハロウィン、メキシコの死者の日などに似ているだろう。

 唯一違うのは「これらは本当に出てくるもの」で、かつ「人間にも襲いかかる危険性がある」ということだった。

(過去の大戦、無数の亡者、それを慰める鎮魂祭、か)

 帝国内では非常に重要な大祭である。過去の戦で亡くなった人々、それを慰める義務が現代を生きる人間にはあるそうな。そこはおおむね同意できるし、次期皇帝候補として積極的に参加したいと思っているが、

(なんで鎮魂の方法がアイドル合同ライブなんだよ……!!

 毎年この時期になると、いつもこのことでひとり葛藤するのであった。


 霊を慰め、魂を鎮める方法はこの世にいくつも存在する。

 神聖魔法で浄化する。火炎魔法でけがれをはらう。清らかな水でとにかく洗う等々。

 意外と弱点が多いのがこの世界のアンデッドというものだ。ゾンビ程度はちびっ子でも難なく倒せるほどであり、基本的に骨やら死体やらは脅威と見られていなかった。

 しかし六月のアンデッド、それも戦場跡地のアンデッドだけは違う。

 やつらは別格だ。一体一体が戦士としての力量を保ち、それが軍団規模でお互いを滅ぼすように戦っている。過去にあったという大戦の記憶を再生しているのか、それともいまだに満たされない何かを抱えているのか、それは誰にも分からないが──。

 分かっているのはアンデッドの戦いは大地を穢れで汚染するということだ。飛び散った腐肉や髄液、どす黒い血が、清く正常なる世界を狂わせてしまう。

 それを防ぐため、対軍団規模のアンデッド対策として考案されたのが、

「アイドル合同ライブ!」

 なのだった……!!

(だ・か・ら!! なんで合同ライブなんだよ!!

 心の中で盛大にツッコミを入れる。その声に答えてくれる者は存在しない。

 俺が知っていることといえば、百年くらい前の偉い人がこのやり方を考案したということだけだ。よほど筋金入りのドルオタだったのだろう、そいつは「ライブの陽の気で亡者の陰の気を打ち消しましょう!」とのたまったらしく、以来、帝国文化圏では綿々とこのやり方が受け継がれてきている。

 元を正せば俺がアイドルまがいのことをしているのもその影響で、鎮魂祭の踊りを他の月でも見たい! という意見が出たからやり始めたんだ。

 つまり、すべての原因は鎮魂祭にあり……!! そんなわけで、俺はこの時期になるといつも鬱々とした気分になるのだった。

「姫様? 姫様?」

「あ、ああ、うん。なに?」

「お父上との打ち合わせはいかがでしたか?」

「何の問題もなく終わったよ。舞台設営にも協力してくれるって」

「それは良かったです。今年はさらに新しい演出をしたかったので……」

「科学技術の粋を集め、きっと素晴らしい舞台にするって意気込んでたよ」

「私も楽しみです」

 書類入れを胸ににこりと微笑ほほえむメモリア。街の空気に合わせるように、俺たちの仕事もいまは鎮魂祭関連一色だった。

「すみませーん! これ、確認お願いしまーす!」

「ひ、姫さま! 予算のことで楽団が条件を出してきて~!」

「当日の警備について、増員してはどうかと親衛隊から連絡が!」

 普段は開け閉めしている執務室の扉も、この期間だけは朝から夜まで開きっぱなしだ。

 そこからは入れ替わり立ち替わり従者や文官がやってきては、「連絡!」「連絡!」と叫んで次々に書類を置いていった。

 相変わらず慌ただしく騒がしい日々だ。繁忙期という言葉があるが、いまが皇家にとって最大の繁忙期かもしれない。

 それでも余裕があるのは事前にリフレッシュできたからだろうな。先月のメモリアの提案に感謝をしつつ、俺は書類の確認へと取りかかっていった。

「あっ、そういえば……」

「うん?」

「姫様。あの件はどうなりましたか?」

「あの件ね。そっちの方もすごい順調だったよ」

 ふたりそろって周りをきょろきょろと警戒する。タイミングよく報告の波は途切れているようだ。それを確認した俺は、念のために扉をそっと閉めて秘書官殿を手招きした。

「あのさ。いくらメモリアでもちょっと驚くと思うよ?」

「ど、どういうことですか?」

「父さんに依頼していた例の魔道具なんだけど」

「は、はい」

「実はなんと、すでに完成しています」

「えっ!?

「現物がこちら、なんと現品を持ち帰ってきていました!」

「えええっ!?

 秘書官の反応に満足しつつ、俺は貴重品棚の中から白木の木箱を取り出していた。

 片手でも何とか持てる程度の箱だ。その封を破ると、俺は箱の中をメモリアにも見えるように傾けていった。すると──。

「これは……!?

 淡い光、南国の海のようなブルーライトが辺りを照らした。

 刺すような強い光ではない、まるで包み込むような柔らかな光に、メモリアはしばし陶然とするように執務室を見回した。

 すでに光は箱の中へと戻ってきている。そう表現したくなるほど有機的にも見える光は、いまは敷布を照らすだけで辺りに放たれるようなこともなかった。

「これが次世代のマナ・ブースター……!!

「そう。俺の願いをかなえてくれる宝玉だ!」

 父の工房から持ち帰ったもの、それはこぶし大の青いオーブだった。

 高純度の魔石に霊木のつるがわずかに絡み、それが黄金のパーツにはめ込まれている。

 伝統的な魔道具のようで、しかし、機械的な部品も使われているオンリーワンのマナ・ブースターは、これまでのものより強く術者の魔力を増強する効果があった。

「使い方は手に持って魔力を注ぎ込むだけ。するとより大きな魔力がブースターから返ってくるんだって」

「仕組み自体は従来品と変わらないのですね」

「でも最大値がグッと増えてるそうだから、より大きな魔法が使えると思うよ」

「ははあ……」

 ここでメモリアが降参とばかりに身を引いた。彼女にしては珍しく、若干、髪の毛が乱れているようにも見えた。

「いや、参りました。発案した身ではありますが、こういった具体的な形になるとはまだ想像もしていませんでした」

「新しい領地を手に入れて、そこから得られるものを使えばいい、か」

「まさか全部組み合わせてしまうだなんて……」

「父さんがすごいだけだって」

 あまり褒められるとむずがゆくなるな。実際、設計したのも形にしたのも父さんだ。

 俺はただ新しく手に入ったものを送っただけだ。商業区で見つけた金属部品。港から送られてきた舶来の品々。最後に鉱山の魔石を送ったところで、すぐに「できた」と言われたから取りにいっただけ。すごいのはやはり我が父ウェリタスで、俺は彼の能力にますます深い信頼を注ぐのだった。

「しかし、本当に素晴らしいですね。こんなに早く出来上がるだなんて」

「まあ、材料待ちみたいな状態だったしね。それに……」

「それに?」

「実はこれ、まだ試作品なんだ。安定性が悪いんだって」

「あら……」

最大出力で使うと壊れるから注意しろって言ってた」

「だとすれば……まずは慣らしからですね?」

「だな」

 笑い合って箱に封をする俺たち。試すにしても鎮魂祭が終わってからだと、無言の了解を取り合ったところで──。

 タイミングよく扉が開け放たれた。そこに立っていたのは妹のルウナ、そしてその秘書官であるルシオラだった。

「わああ、だ、駄目ですよぅ! もし大事な話をしていたら……」

「ノックはしただろう。何を遠慮しているのだ?」

「ああああ……!?

 ずんずんと進んでくるルウナと、その後ろを青い顔でついてくるルシオラ。ふたりは俺たちの前でキュッと止まると、ルウナだけがとてもいい笑顔で挨拶をしてきた。

「姉さま、会いたくなったので会いに来ました♪」

「そ、そっか。うん、まあ、いつも通りではあるね?」

「メモリアと何か話されていたようですが……もしやお邪魔でしたか?」

「いや、ちょうど終わったところ。タイミング良かったね」

「何となく『いまかな?』と思って来たのです!」

「ルウナはすごいなあ」

「えへへ……♪」

 偶然を以心伝心と解釈し、ふにゃりと緩んだ顔を見せるルウナ。

 秘書官たちが何とも言えない顔でこちらを見てきたが──。

 いやいや、否定していいことなんてないから! そこは分かってくれ!

「姉さま。姉さまも鎮魂祭のことを決めておられたのですか?」

「まあ、そんなところ、かな?」

「そちらの箱はなんでしょう?」

「秘密。シークレットだよ、シークレット」

「そう言われるとますます気になります!」

 身を乗り出すルウナを抱っこして封じ、その隙にメモリアにくだんの箱をしまわせた。

 この子に触らせるといきなり最大出力を試されかねない。違う意味で信頼の厚い妹を、必死になでなでしてすのだった。

「それにしてもよく遊びに来るね? 自分たちの打ち合わせはいいの?」

「わたしはいつも即興で踊りますので。音楽さえ決めてしまえば、あとは武器を決めるくらいですかね?」

「ルウナのダンスは演武系か。今年も剣にするの?」

「いえ、チェーンソーもいいのではと」

え゛!?

「姉さまにいただいたものですからね。ここぞとばかりに使ってみせます!」

 そうルウナは意気込んでいるが、果たしてそれは上手うまくいくだろうか?

 なんといってもチェーンソーのサイズがまったく体格に見合ってない。そんな心配は余計だろうが、もしかすると得物に振り回されるように見えるかもしれない。

(その結果、鎮魂失敗なんて大失態だし)

 かと言って剣ややりでは新鮮味がないと言われる恐れもある。

 観客、そして亡霊の度肝を抜くには、やはりチェーンソーが最適かと思われたが、

「って、ああ、そうだ! いいものをもらってたんだった!」

「「「…………?」」」

 ルウナを放し、いそいそと貴重品棚へと近づいていく。

 父ウェリタスに渡されたのはあのオーブだけでなく、更に前の発明品、魔導チェーンソーの改良品もまた受け取っていたんだった。

「じゃーん!」

 棚から取り出し、布を払ってから天井へと掲げる。それはチェーンソーのようでチェーンソーでない、どこかロッドにも似た魔道具で──。

 俺がひょいと持ち上げられる程度には小型化している。赤と黒を基調にしたロッド、いや、チェーンソーロッドに、やはりルウナが真っ先に食いついてきた。

「姉さま! なんでしょう、それは!? 新しい魔道具ですか!?

「うん。こう見えてこれもチェーンソーなんだよ。扱いやすくしてもらったんだ」

「わああ……!! さすが姉さまです! 姉さまは天才です!」

「い、いや、これを作ったのは父さんだから」

「姉さまの父親だからすごいのです!」

「それは順序が逆じゃないかなあ?」

 ニワトリが先かタマゴが先かの話になってきたな……。

 それはさておいて、俺は早速ロッドをルウナに渡すことにした。

「はい、どうぞ」

「え……?」

「このつえ、ルウナのために作ってもらったんだよ?」

「え、え?」

「さすがに大人用は大きかったからね。こうできないかって相談してたんだ」

…………!!

 受け取ったロッドを胸に抱き、両手で口元を押さえる黒髪の少女。

 黒と赤はルウナのシンボルカラー。せん専用で色を決めただけあって、新しいロッドは実に彼女によく似合っていた。

「鎮魂祭、一緒に頑張ろうね? 応援してるよ」

 純粋に家族としての気持ちで妹に接する。その言葉に偽りはなく、ルウナを心配する気持ちもまた本物だった。それが伝わったのだろう、ルウナはふるふると体を震わせると、いつものように「姉さま、姉さま」と抱きついてきて、

「って、あれえ!?

 現実は予想と180度くらい違って見えた。ルウナはロッドを抱えたまま、いつの間にか小さな声を上げてぼろぼろと涙をこぼしていた。そこにえつが混ざり始め、いよいよ俺、いや、俺や秘書官たちは焦り出してしまう。

「えっ、いや……ええっ?」

「姫様? ルウナ様? どうなさいましたか?」

「な、な、何か嫌なことでもありましたか……!?

 いつも戦姫としての姿を見ている分、俺よりもメモリアたちの方が衝撃は上だろう。

 三人寄ってもうろたえるばかりの俺たちに、ルウナは首を横に振って答えるのだった。

「違うんです。ただ、ただうれしくて……」

「う、嬉しい?」

「はい。姉さまにとても素敵な贈り物をいただいて、それがわたしのために作られたものだと知って……」

 そこでまたルウナはぐすぐすと泣き始めた。なんのことはない、ただの嬉し涙だったのだが、めつに見ないものを見てすっかり慌ててしまっていた。

 バツの悪そうな顔をする俺に、ルウナはとびきりの笑顔を向けるのだった。

「姉さま、ありがとうございます。わたしはこれを使って踊ります」

「うん、まあ、それは楽しみにしてるよ」

「一生の宝物にしますね。どんな戦場にも必ずこれを持っていきます」

「それもあり、かな? 好きに使ってね」

「はい! いずれはこの杖であの女帝も八つ裂きにしますので」

「うん……うん?」

「楽しみにしていてくださいね?」

「それはダメーーーーーーーーっ!?

 すごく嬉しそうに言ってもダメなものはダメだ!

 というか、宮殿内で女帝の話をすると当の本人が現れる可能性が……!!

「ひっ!?

 カツーン、カツーンと廊下からヒールの音が聞こえてきた。

 それはまあ、結局文官の足音だったんだが──。

 相変わらず心臓に悪い展開に、俺はげっそりとほおをこけさせるのだった。


    ‐2‐


 祭りの準備で時間は流れ、六月は早くも中旬最終日、本祭まで残り一日というところまで迫っていた。街はすっかり鎮魂祭のムードに染まっていて、宮殿さえも従者の手でドクロランタン、青い炎のロウソクなどで思い思いに飾られていた。

 準備万端、あとはみんなで鎮魂祭を迎えるだけだ。少なくとも俺にとってはそうであり、多くのアイドルたちにとってもそうだろう。

 しかし多くの市民にとっては、この一日前、いわゆる前夜祭こそが本番であり、帝都はスケアリーに飾られながらも、どこか浮ついた祭りの空気に包まれていた。

「いらっしゃーい、いらっしゃい!」

「退魔グッズにアイドルグッズ、うちは何でもそろってるよ!」

「まだ間に合う! まだ間に合うからこいつを持っていきな!」

「帝都名物プリンセスバッヂ! これを付けなきゃ大通りは歩けない!」

 とっぷりと日が暮れた頃、俺はメモリアを伴い繁華街へと出かけていた。

 今日のお忍び装備はおそろいのフードローブだ。少し隠者っぽい雰囲気を出しつつ、しかし表情はにこやかに夜の街を進んでいく。

「そこのお嬢ちゃんたち! アウローラ! うちはアウローラ派の店だよ!」

「あの子ら絶対ルウナ派だから! な? ちょっと見ていきなよ!」

「い、いやいや」「え、遠慮します」

 急に名前を呼ばれてドキッとしてしまう。一瞬バレたのかと思いきや、ただの偶然だったことが分かり、俺たちは顔を寄せてくすくすと笑い合っていた。

「よろしかったのですか? 姫様のグッズが揃っていましたよ?」

「いや、さすがに見ていく勇気はないって。恥ずかしいよ」

「ひとつぐらい買われてもよかったですのに」

 くすりと笑って先を行くメモリア。淡いランプのあかりに照らされて、なんだかいつもより大人びて見えてしまう。これも前夜祭の魔力というものだろうか? 彼女のあとを追いながら、俺は通りの先へと駆けていった。

「隊長ゾンビどこ? 隊長ゾンビ見た!?

「骨しか見てないよ~! あ、でも、なんか大きいゾンビは見た」

「それが隊長ゾンビだって! ほら、みんなで倒しに行こ!」

「「「おーっ!」」」

 途中、ちびっ子の集団とすれ違った。いずれも活発そうな女の子たちは、手におもちゃの剣や杖を持って隊長ゾンビなるものを探していた。かと思えば脇の路地から骸骨兵士が飛び出してきて、子どもたちに追われながら反対側の路地へと消えていった。

「懐かしいですね、アンデッドハント」

 メモリアがにこやかに子どもたちの動向を見守っていた。

 あれはなんというか、この世界における「鬼は外、福は内」のようなものであり、街に潜むアンデッドも大人たちが魔法で化けたものである。夜の街に出かけ、ゾンビやスケルトンを狩るのがアンデッドハントの内容で、大物を倒せば町内会からベテランハンターのバッヂがもらえるという仕組みになっていた。

「俺も身分を隠して参加したっけな」

「少女時代の良い思い出です」

「十五歳ってまだ少女じゃない?」

「半分大人ですよ。姫様もそうで、この私もそうなのです」

 やはりいつもより若干余裕を感じられるな。準備期間という山場を乗り越えたこともあり、少し気分が大きくなっているのかもしれない。

(昔はゾンビを見ただけで大泣きしてたのにな)

 人の成長は早いものだと、変なところでしみじみ感じてしまう俺であった。

「さて、姫様、どうなさいますか?」

「うん? どうするって?」

「何か屋台で買っていかれますか? それとも食堂に入りましょうか?」

「悩むな……どっちもそれぞれの良さがあるからなあ」

 屋台は「ゴーストバーガー」「墓場シチュー」「揚げスケルトン」など、この夜にしか食べられない魔法の食べ物が多く販売される。

 対する食堂は前夜祭の雰囲気をたっぷり堪能できる飾りつけがされており、その空気に浸りながらだらだら過ごせるのも魅力だった。

「あえて言うなら……屋台?」

「いいですね。何やら新しいお店も増えていると聞きましたし」

「やっぱりそこなんだよなあ。毎年おかしな店があるから見てみたいというか」

「なんだか毎年こんなやり取りをしていますね?」

「ほんとだよ」

 苦笑しながら近くの広場へと向かう。やはりドクロやロウソク、墓石などで飾られた通りには、段々と屋台や露店が増えていくように見えた。

「さ~て、今年はどんなものがあるのかな、っと」

 背伸びをするように広場の様子をうかがってみる。そんな俺をたしなめながら、メモリア自身、抜け目なく周囲に視線を走らせているように見えた。

 秘書官殿の観察眼は一級品だ。今年も絶品、あるいは面白いマジックフードを、見事に見つけてくれることが期待され──。

「……え?」

「うん?」

「「………………ええっ!?」」

 不意に足を止めたメモリア。彼女に釣られてわき道の方を向くと、そこでは見知った顔が小さな屋台を開いているのが見えた。

 シャルロッテ。《学院》で出会った駆け出し《学徒》、ソフィアの弟子という少女が何やら黒いローブを着て商いをしているではないか。思わずふらふらと近づいていけば、彼女はにやりと笑って前口上のような何かを述べ始めた。

「いっひっひ~! 客人よ、よくぞこの店を見つけられた~!」

「「…………………………」」

「我が名は暗闇の魔女、ノワロッテ! そしてこの店は暗黒の祭壇!」

「「…………………………」」

今宵こよい、そなたらを、真の暗闇に導いてくれようぞ~!」

「いや、あの」

「ロッテさん……ですよね?」

「ふえええええええっ!?

 ノワロッテ、いや、シャルロッテは一気に素の表情でろうばいし始めた。

 安心させるように俺たちがフードを取ると、「なんだ姫さまたちですか」みたいな顔でほっとして──。直後にまた大声を上げておろおろし始めた。

「あれっ!? な、なんでここにお二方が!?

「そりゃまあ……」

「ここが私たちの暮らす街なので……」

「そうでしたーっ!?

 混乱の極みに達した黒ロッテ。まず落ち着けとばかりに待ち続けると、すぐにも彼女は呼吸を整え、いつもの調子に戻っていった。

「はあ……す、すみません。ひとりであたふたしちゃって」

「構わないよ。こっちこそ驚かせちゃってごめんね?」

「まさかこのような場所で会えるとは思いませんでしたよ」

「わ、私もです。実習の最中にばったり遭遇するだなんて」

「実習?」「何のですか?」

「ううっ……!?

 多分、いまのは失言だったのだろう。今度は冷や汗を垂らし始めた目隠れ少女は、開き直ったかのように乾いた笑いを上げ始める。

「ふっふっふっ……バレてしまっては仕方ありませんね……!!

「いいでしょう。お二方には真実を教えてさしあげましょう」

「前夜祭に潜む闇。帝国と学院をつなぐ癒着の構造」

「そう! 実は屋台のマジックフードは我ら学徒が供給していたのです!!

 バーン! と自慢げに打ち明けを終えたシャルロッテ。なぜか鼻を高くした少女は、しかし、すぐにも不安げな様子に変わっていった。

「あれ? お、驚かれないのですか?」

「いや、その」

「何となく察していたと言いますか」

「むしろ疑問が解消してすっきりしたというか……」

「ええ~!?

 ショックを受けられた方がむしろショックだ。そりゃまあ、子どもの頃は屋台の料理がどこから来るのか疑問に思ってたけど、

(ロッテに会って察してしまったというか)

 分かりやすいのも考え物だなと思う俺たちであった。

「ところでロッテはここで何を売ってるの?」

「え? あ、はい! もちろんマジックフードです!」

「このクッキーがそうですか?」

「そうなんです。暗闇の魔女の暗闇クッキーですよ~」

 両手を広げて「いっひっひ~」と笑い出した。ロッテもまた祭りの空気で浮かれているのか、学院内で会った時よりも随分とやんちゃなように思えた。

「効果は食べてのお楽しみ、なんだよね?」

「そうですよ~? ふふふ。どうです? 買われますか?」

「せっかくなのでいただきます。姫様も一緒に食べましょうね?」

「うん、もらうよ」

「お買い上げ、ありがとうございます!」

 にこにこしながらクッキーを一枚、差し出してくる。

 この表情には見覚えがある。典型的ないたずらっ子の含み笑いだ。

 食べると「あっ!」と驚くような効果が現れる。それを覚悟しつつ、俺とメモリアは同時にクッキーをくだいた!

「あれ? 普通に美味おいしいクッキーだ」

「何も起きませんね……?」

「一体何が……って、うわっ!?

「姫様!? ぐしの色が!!

 ポンと黒い煙が上がった直後、俺とメモリアはお互いのことを指差していた。正確には互いの髪の毛を指差していて、それが真っ黒に染まっていることにきようがくの声を上げた。

 まさに一瞬、まばたきする間の出来事だった。黒髪になった俺たちに、ロッテはくすくすと笑いながら黒いクッキーを差し出して見せた。

「ふっふっふっ。これこそ私が作ったノワールクッキー。髪の毛の色をあっという間に黒く染め上げる【部分変化】のマジックフードなのです!」

「すごいな……よく作れたね?」

「即効性があり、狙った効果もはっきりと出ています」

「メモリアもすっかり黒髪になっちゃって……」

「そういう姫様こそ黒髪ですよ?」

 しげしげと相手のことを観察する。何だか妙に新鮮というか、メモリアの新しい側面を発見したような気分になるというか、

「あ、でも、姫様はさすがにご姉妹ですね?」

「うん? どういうこと?」

「ルウナ様とどこか似通ったところがありますよ? 髪型を同じにすれば、より似てくるかもしれませんね?」

 面白そうに笑うメモリアは徐々に元の銀髪へと戻っていった。俺の髪も白い髪へと戻っていき、すっかり魔法の効果は抜けてしまったようだった。

「いや、なかなか面白かったよ」

「楽しませていただきました。ありがとうございます、ロッテさん」

「いえいえ、お礼なんていいんですよ。これも実習の一環ですので」

 ふふーんと胸を張る少女に微笑ほほえましさを覚える俺たち。ちらりと目配せをすると、メモリアは財布を取り出して銅貨を数枚抜き出した。

「もう少しもらっていきますね?」

「えっ!? い、いいんですか!?

「はい。宮殿に帰っても見せたい相手がいますので」

「そ、そういうことなら、はい! どうぞどうぞ、持っていってください」

 シャルロッテは自己肯定感と達成感で輝いて見えるようだった。

 暗黒の魔女がそれでいいのだろうか? なんてなことは指摘せず、俺は手ずからクッキーの袋を受け取っておいた。

「これだけあったら色んな人に見せられるかな?」

「まずはルウナ様に見せてみましょう。やはり比べてみたいです」

「まあ、あれこれやってみよっか」

 俺たちはほくほく顔のロッテに別れを告げてわき道を出た。前夜祭はまだこれから、新作マジックフードはまだまだ多く見つかるかもしれない。

 それを期待し、改めて広場を目指していこうとしたら、

「「「「あっ」」」」

 そこでばったりとルウナ、ルシオラのコンビと出会った。

 うわさをすれば影というやつだろうか? 妹は俺の顔を見るなり、料理や飲み物を秘書官に預けて飛びついてきた。

「姉さま! ようやく会えましたね!」

「探してたの? 今年は別行動かと思ったけど」

「急に会いたくなったのです。そう思った瞬間、わたしを見つけてくださいました」

「ま、まあ、ただの偶然なんだけどね?」

 ルウナのフィルターにかかると偶然も必然に変わってしまうからな……。

 こちらからは肯定しないよう、ゆるりと流して妹をひょいと下ろした。

「ルウナは色々買ったみたいだね? 何かいいのはあった?」

「特には、といったところでしょうか。もう少し過激なものがあればいいのですが」

「そ、それはちょっとないと思うな」

 マジックフードはあくまでジョークグッズのような食べ物だ。

 摂取したら花火となって爆裂するとか、そういったルウナ好みのとんでもフードはないんじゃないかと思えた。

「ああ、でも、こっちはちょっと面白いのを見つけたよ?」

「面白いもの? なんでしょうか?」

「ルウナ様は驚かれるかもしれませんね」

 メモリアと含み笑いをしながら例のクッキーを取り出す。

 そしてそれをかじると、またも俺の頭が黒煙に包まれ、それが晴れる頃にはすっかり髪の毛が黒く艶やかなものに変わってしまっていた。

「どう? 黒髪のアウローラだよ?」

 効果が切れる前にふわりと髪を揺らしてみせた。

「おお~! やはり似ておられますね!」

「これは……!! うちの姫様のような姉姫様……!?

 メモリアやルシオラは喜んでくれたみたいだ。

 さて、果たしてルウナはどう出るのだろうか──。

「「「って、ええっ!?」」」

 ルウナを除く三名でギョッと彼女の方を見た。

 ルウナが……ルウナが、悩んでいる! 口元に手を当ててすごく必死に考えている!

「おそろいの黒髪は捨てがたいが、しかし姉さまの魅力は天使のごとき白髪であり、それを自分と同じ色に染めるというのは、何物にも縛られない姉さまを網にかけ、その自由を奪っておとしめるような行為でもあり」

「ちょっ、怖い怖い怖い!」

 高速でブツブツつぶやくルウナを止める! 知恵熱が起きそうなほど考え込んだ妹は、なおも「うー、うー」とおおかみのようにうなったかと思うと、

「解釈違い! 解釈違いです!!

「どういうこと!?

「姉さまは白髪が一番似合うのです!!

 そう言って、ノワールクッキーをもりもり全部平らげてしまった。

 当然ルウナの黒髪がこれ以上黒くなるわけもなく、あわれ、ロッテ自慢のマジックフードは妹の腹に消えてしまったのだった。


    ‐3‐


 さて、そんなこんなで前夜祭は楽しくにぎやかに終わっていった。

 庶民にとっての鎮魂祭。大多数にとっての鎮魂祭は、年に一度の楽しいイベントとして終わることができたのだ。

 臣民の感じた祭りの楽しさ、そのポジティブな感情は亡者の邪念を軽減する効果があるという。六月のアンデッドは前夜祭で力をぎ、本祭によってその原動力を使い果たさせる。そのための合同ライブであり、そのための俺たち選ばれしアイドルだった。

「ローラ。準備はいいかい?」

「うん、父さん。いつでもいいよ」

 薄暗闇の中でウェリタスに向かってうなずいてみせる。

 俺はすでに準備万端、気力も充実させて昇降機の中心で待機をしている。

「決して無理はしないように」

「なるべく気をつけるよ」

 真剣な表情をする父に軽い調子で短く答える。

 大丈夫。俺はやれる。今年も鎮魂の儀を終えることができる。

「姫様」

「メモリア」

「ご武運を」

「……ああ!」

 最後におさなじみに首肯を返し、俺は昇降機によって頭上の舞台へと上がっていった。

 ぽっかりと空いた穴から満月が見える。ここからでも伝わる熱気、果たせない無念や妄執のようなものが感じられる。

 そういったすべてをみ込みながら──。

 俺は勢いよく、大舞台の中央へと飛び出していった!!

『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 俺を出迎えたのは十万超のいにしえの軍団! 過去、この戦場でぶつかり合い、その命と命を散らし合った戦士たちだ!!

 死してなお戦い続ける彼らのために、俺たちは鎮魂の歌を、鎮魂の舞を、あるいは鎮魂のパフォーマンスを届けなければならない。

 彼らがよみがえるための力、それをライブで完全燃焼させるのだ!

 そのためのアイドル、そのための合同ライブ、そのための月下の祭典だ!

 自分の使命を確認しながら、センターに立った俺は亡者の群れへと呼びかける。

「みんなーーーーーーっ!? 元気ーーーーーーっ!?

『ゲンキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

「大丈夫ーーーーーーっ!? 乗れてるーーーーーーっ!?

『チョウノレテルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!

「よーし、じゃあ、いきなりいくよ!? スペシャルナンバー、『星空と戦場の歌』!」

『ワアアアアアアアアアアアアアアアア……!!

 妄執を興奮、熱気に昇華させ、ライブの中で亡者たちの鎮魂を果たす。

 大儀式とも言える方式に、一定の理解を示しつつも、

(やっぱこれ考えたやつ頭おかしいだろ!!

 古のドルオタを蹴り上げたくなる衝動をこらえるのだった。


 帝都の北西に位置する大平原。ここではかつて、大陸すら揺るがすほどの戦いが何度も何度も行われていたらしい。旧帝国時代の内戦。崩壊直後の帝都争奪戦。戦国時代における代表的な戦い。これらすべてはこの合戦場で繰り広げられたものであり、その都度、この地は流れた地で赤く赤く染められたという。

 そのような土地が深く呪われるのは当然の成り行きであり、過去の戦が六月に多かったこともあり、その月はまるで荒ぶるように亡者や亡霊を地の底から生み出していた。

 ここは冥府につながってしまったと言う者もいる。たたりを恐れ、これ以上関わるまいと帝国そのものから離れてしまった聖職者もいた。

 それほどこの呪いは深く根強い。よみがえり、殺し合い、またよみがえる亡者たちを鎮めるには、生半可なやり方では通用するはずもない。

 そこで考えられたのが陽の気をぶつけるといういまの祭りの方式であり、アイドルと共に陰気を発散させるというやり方でもあり、

(納得できねえ……!!

 配布されたパンフレットを無言で閉じた。もう何回も読んだ歴史が記されていたが、それを感情がどうにも消化してくれない感じだ。

 頭では理解できるが心が納得しないというか……。

 そもそも俺が男であることを思い出して欲しい。それがガールズアイドルとして活動している矛盾、他の人なら素直に受け入れられるだろうか?

 少なくとも俺は受け入れられないんだが、めるとなるとまた別の問題が起きかねないし、アウローラ姫殿下は人気ナンバーワンのトップアイドルだし、

「あー、もう!」

 控え室のソファーにぼふんとうつ伏せにダイブした。そのままパタパタと足を動かし、「んああああああ……!!」と不明瞭な声を吐き出してみる。

 そんなことでストレスが解消するはずもなく、俺は次の出番までまたパンフレットを読んだり止めたり唸ったりを繰り返してしまうのだった。

「姫様、そろそろ出番ですが……どうかなさいましたか?」

「いつものあれ。世の不条理について考えてる」

「それはまあ……ご苦労様です」

 メモリアに配慮をされてしまった。そんなつもりはなかったのに、この時期はやっぱり心が不安定になってしまうな……。

「いや! でも、今日くらいはやり切らないと!」

「その意気ですよ、姫様。次の『メモリー・キッス』も元気に歌いましょう!」

「があああ……!? 一番甘々なやつ……!!

「私は応援していますからね」

 背中をそっと押されてステージに向かう。内心ドナドナの気分を味わっていると、途中でウェリタスに遭遇していくらか救われたような気持ちになった。

「ああ、父さん。お疲れ様」

「ローラもお疲れ。第一ステージよかったよ」

「親に見られると恥ずかしいんだけどね……」

「仕事をしてると舞台袖から見えちゃうんだ。仕方ないね」

「も~……」

 文句は言うが止めはしない。今回は舞台の設営、ライブ中の管理を請け負ってもらっていることもあり、この俺でさえも「まあしょうがないかな」という気分になってしまう。

「だけど大丈夫? 他の人に邪魔されてない?」

「そこは問題ないよ。『伝統ある儀式に男が関わるな』とは言われたけどね」

「相変わらずだなあ。何かあったら言ってね?」

「いやいや、そこまでのことじゃないよ。うんうん」

 にこやかにうなずくウェリタスは、やはり人の毒気を抜くような雰囲気をまとっている感じの人だった。

「まあいいや。体力配分だけは気をつけてね?」

「うん、行っておいで」

「それじゃ、またあとで!」

 見送る父を置いて、俺は再びメモリアと一緒に歩き出した。

 次の出番はおよそ十分後! そろそろ準備を始めないと──。

「姉さまっ!」

 今度は妹か! 駆け寄ってくるルウナは、手にしたロッドを突き出すようにして俺の方へと見せつけてきた。

「姉さま、やはりわたし、このつえとは相性がいいです!」

「そ、そっか。それは良かった。見立て通りだったよ」

「すべて姉さまのおかげです! 次は同じ演武系との合同ですが、ライバルなどこれで蹴散らしてしまいます!」

「比喩的な表現だよね?」

 少し心配になってしまったが……まあ、ルウナに関しては問題ないはずだ。

 こう見えて良識をわきまえたいい子ではある。たまに暴走してしまうが、それはもっぱら俺が関わった時のことだった。

「まだ夜は長いし、そのうちルウナと合同になるかもね?」

「その時は手加減しませんよ!」

「受けて立つよ。遠慮なくかかっておいで」

「~~~~~~はいっ!!

 ゾクゾクしながら元気に返事をする少女、その背中をのん気に見送っていると、

「姫様も出番ですよ!」

「やばっ!?

 ハッと我に返ってステージの方へ駆けていく。

 この鎮魂祭は夜が明けるまで、もしくは亡者がすべて消え去るまで続けられる。

 そこではファンを飽きさせないために様々な取り組みが行われ、他のアイドルと組むのもその一環、最後には全員集合のコーラスさえも用意されていた。

 アイドルが自分で考えて動くことも時にはあり、それが成功すれば大いに盛り上がること間違いなしなんだが──。

(ルウナ辺りは何か大胆なことをやるかな?)

 そう思いながら、再びステージに舞い戻ってみると──。

 他のステージから客に向かってダイブするルウナの姿が見えた。

「って、えええええええええええっ!?

 いや! それはいくら何でもなしだろう!?

 鎮魂祭の儀式でライブに引き付けられているとはいえ、相手は元々戦場の亡霊、それがよみがえった古の亡者だ! あまり侮るとアンデッドの仲間にされることだって、

…………は?」

 今度はすとんとアゴが落ちた。ステージを下りたルウナはばっさばっさと亡者をなぎ倒し、手にしたチェーンソーでこれまたばっさばっさと敵の首を切り落としていた。

 パフォーマンスと呼ぶにはあまりに過激な残虐行為だ。戦場の亡霊を刺激するような猛攻撃に、しかし亡者たちは満足そうな顔でふわりと浄化されていった。

「いや、なんで……?」

 がくぜんとする俺は自分のライブも忘れてぼうぜんと事の推移を見ていた。

 隣のステージにいるアイドルもそうだ。演武系の少女たちはみな一様に、飛び出していったルウナの背中を見つめるばかりだった。

「すげえファンサだ!」

「あれは真似まねできねえ……!!

「くっ、ま、負けた……!!

 敗北感、挫折感を味わっているみたいだが──。

 いや、あれの奇手はカウントしなくていいよ。姉である俺にもよく分からない。

(またテンション上がってやらかしたのか?)

 おそらくそうなんだろうと思う。直感的で衝動的な行動ではあるが、減り続ける亡者を見ていると、これが正解なのかもと思えてきて、

…………ん?」

 少し地面が揺れたか? 周りを見ると、他のみんなもいまの振動を感じたみたいだ。

(……また!?

 再び地面がぐらりと揺れた。先ほどより大きい揺れだ。まるで何かが近づいてくるように、大きな存在感さえも感じられて、

「うわっ!?

 三度目の揺れ、それは地面が跳ね上がるような縦揺れをもたらしていた。

 ステージからはライトやランタンがバラバラと落ち、舞台袖からは何かが倒れるような音、誰かが叫んでいる声が聞こえてきていた。

 揺れは平原にも大きな変化をもたらしていた。まるでそこに空洞があったかのように地面がボロボロと落ちていき、それは無数の亡者、俺の妹さえも巻き込んでいた。

「ルウナッ!?

 妹が地の穴へと吸い込まれていく。長い黒髪を線のようになびかせ、まるで人形のように無抵抗に穴へと落下していく。

(どうする!?

 いまだ続く鳴動の中、誰もルウナを助けに行けてない。気づいたのも俺くらいのもので、隣のステージの子たちはすっかりいつくばっている。

「くそっ!」

 ここは腹をくくるしかないようだ。得体の知れないシンクホール、暗い闇をたたえた地の底に、俺は妹を追って飛び込んでいった。

(無事でいろよ……!!

 そのことだけを願いつつ、俺は闇の中へと突入していった。


    ‐4‐


 地鳴りと共に現れた陥没穴、その中は意外にも淡い光に満たされていた。

 少しくすんだピンク色の地面や壁は肉の部屋とでも言おうか。それ自体がまるで生き物のように熱や脈動を持っている。巨大な生き物にみ込まれたかのようで、俺は少しの間、降り立った場所から動けなかった。

 それでも進めたのは、視界のすみに妹の倒れている姿を認めたからだ。

 反射的に走り出し、俺は気を失っているルウナを抱きかかえて叫んだ。

「ルウナ! 大丈夫か、ルウナ!」

 反応はない。だけど脈や呼吸は乱れてはいない。

 ただ気を失っているだけのようだ。それを確認できたことで、まずはほっと一安心、あんの息をつくことができたのだが、

(じゃあ、ここはどこかって話になるな)

 妹を抱きかかえたまま、油断なく辺りを見回してみる。

 やはり奇妙な空間だ。光源もないのに明るく、しかし生物的な特徴を持つ床や壁で覆われている。俺たちが落ちてきたはずの穴もない。まるで最初からなかったかのように塞がれて、通路や入り口のようなものも壁や床には見つからなかった。

「ねえ、さま?」

「ルウナ! 起きたの?」

「何が……?」

「地面に穴が空いて落っこちたんだよ。覚えてない?」

「うう……?」

 ルウナは頭を押さえて苦しそうに顔をしかめていた。

 どこかぶつけてしまったんだろうか? それにしては外傷や出血は見られなかったが。

「体に力が入りません……なんだか頭がぼんやりするようです……」

「気持ち悪いとかはない? 吐き気は?」

「そちらは大丈夫です……」

「そっか……」

 ただ気を失ったにしては奇妙な症状だ。

 まるで生気が抜き取られたかのようにぐったりとしている。

 地上で戦っていた亡者たちにはそのような能力はなかったはずだが──。

(そういえば一緒に落ちたアンデッドは?)

 影も形も見当たらない。それがかえって不気味に思え、俺はルウナを抱きしめたまま油断なく周囲を警戒していた。

 すると──。

「あ、ひ、姫様! 姉姫様も!」

「……ルシオラ?」

「ようやく見つけました! おふたりとも穴に落ちてしまって!」

 顔を見せたのはルウナの秘書官であるルシオラだった。いつもの焦り顔、いつもの庶民的な態度で、彼女は柔らかな床を歩きにくそうに近づいてくる。

「上はもう大騒ぎですよ! じき、救助隊が組まれると思います」

 また一歩近づいてくるルシオラ。どうやら俺たちのあとを追い、彼女もここに飛び込んできてくれたようだ。小心者だとばかり思っていたが、いざという時は積極的に動ける勇気があるようだった。

「一体、何が起きたんでしょうね? 地震でしょうか?」

「いや、それは分からないけど……」

「ゾンビの姿もありませんし。本当に何が何やらって感じです」

 やれやれとばかりにルシオラは首を振っている。アンデッドがいないことに気を大きくしたのか、彼女はますます饒舌に話し始めた。

「これまでもこのようなことはあったんでしょうか?」

「なかったと思うよ。少なくともわたしは知らないけど」

「ええ……!? じゃ、じゃあ、これってまったく予想外の出来事ですか?」

「うん。ここから何が起きるか、ちょっと分からないかな」

「い、いざとなったら戦いの方はお任せしますね?」

(……ん?)

 会話の中、何か不自然なものが感じられた。それを自分の中で片づけられないうちに、ルシオラは一歩、また一歩と近づいてきている。

「とにもかくにも、ひとまず会えて安心しました!」

 にこやかな顔でもう一歩。その笑顔に、違和感はますます大きくなり──。

 たまらず、俺はルシオラにルウナのロッドを突きつけていた。

「ちょっとそこで止まってもらえる?」

「えっ?」

 きょとんとして動きを止めるルシオラ。短い付き合いではあるが、それが彼女の「らしい行動」であることは俺にだって分かっている。

 彼女ならこの場でこういう反応をするだろう。ある意味では自然の流れではあるのだが……その中の、唯一不自然なところがどうしても気にかかってしまった。

「ひとつ聞いていいかな?」

「は、はい。なんでしょうか?」

なんでルウナの心配をしないの? 目の前で倒れているのに」

「それはもちろん心配ですけど……だからこの場に来たわけですし!」

「その割には余裕があるね。なんでかな?」

「いや、そんな、余裕だなんて! もういっぱいいっぱいですよ!」

「とてもそうには見えないんだけど?」

「や、止めてください。そんな目で見ないでくださいよぅ!」

 いかにも気弱そうな態度でビクビクし始める。そんなルシオラにも油断を見せず、俺はまっすぐにロッドを彼女の方へと向け続けていた。

 どうしようもないこうちやく状態に、ルシオラは困った顔で立ちすくんでいたが──。

 次の瞬間には、破裂するような声でこう叫んでいた。

「あー、もう! 姫様が悪いんですからね!?

「「っ!?」」

「それとなく仕向けていたのに、アウローラ様と戦おうとしないから……こんな手段に出るしかなくなったんですよ?」

「えっ……?

「まったく。お姉さん好きすぎですよ、あなた」

 見下すような顔でそう言ってから、ルシオラは話を続けた。

「あたしにもプランがあったんですよ? こうしてからこうする、こうしてからこうなるってプランが。それなのに肝心なところが抜けてたせいで全部台無し! 帝国崩壊プランも白紙化になりました!」

「帝国崩壊? ルシオラも邪教徒の仲間なの?」

「さあ? どうなんでしょうね? 新帝国を認めない、戦乱を望むって人は多くいますからね。案外別組織かもしれないですよ?」

 軽い調子で笑うルシオラ。しかし、すぐにも彼女は冷めた顔つきになると、ごそごそとサイドバッグの中をあさり始めた。そして、ひとつの魔道具を取り出すと……俺に向かってそれを見せつけてきた。

「じゃーん。これ、なんでしょうか?」

「それは……!?

「そう! あなたが大事にされていたオーブでーす!」

 にたにたと笑ってこぶし大の宝玉をなでる。ルシオラが持つそれは青から紫へと変色していて、とてもまともな使い方をしているとは思えなかった。

「これはすごいですよね? 数段上の魔法もバンバン使うことができますし。古戦場に穴を空け、あの世とこの世のはざに来ることもできました」

「やっぱりルシオラの仕業だったか……!!

「それはそうですよ。他に誰だと思ったんですかぁ?」

 サディスティックな笑みを浮かべたまま、ルシオラはオーブをギュッと抱きしめた。

 もうお前のものじゃない、あたしのものだと言わんばかりの行動に、しかし俺は何もできずにいた。

「いや、あたしは本当にラッキーガールなんですよ! 当初のプランが破綻しても、最終的にはこういうものが得られるんだよなー。すごいと思いません?」

めておいた方がいいよ。多分、それは使いこなせない」

「ええ~? まんまと奪われた人がそれ、言っちゃいます?」

 優越感のあふれる顔で、ルシオラはまたオーブを見せつけ、魔力を込めた。

 彼女の魔力に反応し、オーブはますます濃い紫色に光り始める。

「あたしもヒマじゃないですからね。最大出力で一気にカタをつけてあげますよ」

「だから止めて! それは使えるものじゃないから!」

「使えるかどうかは、これを見てから言いましょうね?」

 肉の部屋が脈動を始める。俺たちとルシオラ、その間にはまたも大きな穴が陥没するように現れ始めた。

「ふたりとも冥府にとしてさしあげますよ。たとえあの世でも姉妹仲良くできたらいいですね?」

…………!!

「さあ、もう幕引きです……!!

 オーブが四方八方に光を放った! ルシオラが注ぎ込んだ魔力が増幅され、それはルシオラの体へとまた戻って循環する。

 その高まりの果てに、やがて冥府への扉は開かれて──!!

「ははは! はははははハブアアアア!?

 ボン! オーブは籠った音を立てて爆発した。

 その爆発に巻き込まれ、ルシオラはたたらを踏んで冥府の扉へと足を踏み入れる。

「あらっ? あっ? えっ? うそっ!?

 バランスを崩し、開いた扉の中にすぽんと見事に入り込んだルシオラは、最後に悲鳴だけを残して奈落の底へと転がり落ちていくのだった。

『あーーーー……!?

「「馬鹿だ……」」

 イキり散らした挙句、勝手に自滅して勝手に冥府へ消えてしまった。

 残された俺たちはどんなリアクションを取ればいいんだ。妹とふたり顔を見合わせ、何とも言えない表情を互いに浮かべていた。

「勝手にシリアスにされて、勝手にギャグで締められちゃったね……」

「お恥ずかしい限りです……元あるじとして代わりに謝ります……」

「いやいや、ルウナはむしろ被害者だよ……」

「そう言っていただけると……その、助かります……」

 姉妹で遠い目をしながら、俺たちはふたりで慰め合うのだった──。

「さて、ネタも割れたしそろそろ帰ろうか。立てる?」

「はい、どうにか。やつが消えたら随分と楽になりました」

「多分、何かしらの魔法をかけられてたんだろうね」

「あり得ますね。まったく、とんだ秘書官です」

 軽く笑い合い、俺たちは肉の部屋の出口を探し始めた。

 事件の黒幕というか、暗躍していた者は自滅してもういない。

 すでに俺たちを妨げるものはなくなっていると思ったんだが──。

「「っ!?」」

 わずかに部屋が脈動すると、壁や床から亡者が次々と湧き出してきた。

 地上で見たものと同じタイプだ。古い時代のかつちゆうを着て、しかしうつろな目をしたいにしえの戦士たちは、俺とルウナに集中するように襲いかかってきた!

「はあああっ!!

「ふっ!!

 ルウナはロッドで胴体ごと両断!

 俺は無詠唱の魔法で素早く迎撃し、敵の出方を待った。

「そういえばまだ鎮魂祭の夜でしたね……!!

「ここには慰霊の祭壇ライブステージもないし、歌や踊りは通じないよ……!!

 つまり、ここにいるのは儀式の確立前に恐れられた古の亡者たち。戦うことしか頭にないとらわれ人が、俺たちの周りをぐるり、取り囲んでいた。

「ルウナ、まだいける?」

「無論です。姉さまがいるなら何時間でも戦えます」

「頼もしいけど、あんまりちゃは……やっ! しないでね?」

 右手に魔力をまとって襲ってきた敵を返り討ちにする。その姿をぽかんと見ていたルウナは、喜色満面、闘志をみなぎらせてロッドを強く握り直した。

「さあ、いきましょう、姉さま! 我らの伝説を築くのです!」

 亡者など何するものぞ、俺とルウナは戦いに臨むのだった。

 そして──。


「姉さま。どうやらわたしはここまでのようです」

「早い! 早いよ!? 諦めるのはまだ早い!」

「そうは言っても、もはや魔力が底をついています」

「くうう……!! それはわたしも同じだけど……!!

 数十分の激闘の末、俺たちは進退窮まって囲まれていた。

 この構図は戦いを始めた時と何も変わらない。俺たちがどんどん疲れていっただけで、向こうはいくらでも湧いて出てきて補充がされた。

 何度もこの部屋をぶち壊そうとしたが、俺の魔法もルウナの技も通用せず、結局は消耗戦によりずるずるとここまで来てしまった。

 このままだと確実に死亡、そのあとはアンデッドの仲間入りといったところか。

 それだけは避けたいが、しかし、窮地を脱する力がいまの俺たちにはなかった。

「姉さま……わたしは姉さまと一緒なら、死ぬのも怖くありません」

「わたしは怖いから! ここで死にたくなんてないから!」

「大丈夫です。わたしがずっとついていますよ」

「いい感じのはかない顔で微笑ほほえまないで!!

 武将気質のルウナはもう覚悟を決めたようだ。

 諦めが悪いのは俺くらいのもので、だけど状況は明らかに詰みで、

「もう駄目だーーーーーーっ!?

「そうか? もう駄目なのか?」

「駄目ですよ!! 駄目に決まってるでしょ!?

「本当に駄目なのか? 人の手には余るのか?」

「そうですよ!! もう無理! もう死ぬ! 二度目の死だーっ!!

「ふふっ、そうわめくな。まったく……お前は見ていて飽きないな」

「人の窮地で笑うな! あんたって人は、いつもいつも……あれ?」

「ようやく気がついたか」

「あれ!? お、お母様ぁ!?

 気がつくと俺たちの後ろには炎の女帝、ゼノビアの姿があった。

 彼女はいつものように余裕たっぷりに微笑んでいて、無数の亡者も、それを生み出す部屋もまったく意に介していなかった。

「まずはここを抜け出るか。そら、いくぞ」

「えっ? 抜け出るって」

 と言った瞬間、俺たちは元のステージに戻ってきていた。

「「…………は?」」

 一瞬、炎に包まれたと思ったが……あれ? 俺たちの前には満月に照らされる平原、それにあの大穴からぞろぞろと湧き出す亡者の姿があった。

「ふむ。あの小娘が好き放題やったせいで場が少し乱れているな」

「あ、あの? お母様?」

「なに、心配するな。ここはひとつ、母が手本を見せてやろう」

「え? えっ!?

「すぐ済む。そこでルウナと見学していろ」

 そう言うと、女帝はふわりと浮き上がって平原の方へと進んでいった。

 そしてそこで一度止まり、火の玉を作って地面に落としたかと思うと、

「うわっ……!?

 火の玉はまさにりようげんの火のごとく広範囲に燃え広がっていった。

 熱くはない。何かを焼くことはない。しかしけがれを消し去る浄化の炎は、いつしか亡者たちに燃え移り、六月の夜空を赤く明るく照らしていた。

 炎の海の中、女帝が優雅にステップを踏んでいく。彼女を妨げるものは何もない。どこまでも自由に舞い踊り、それを見る亡者たちはいつしかひざをついていた。

「炎の女帝……」

 妹がぽつりとつぶやいていた。ゼノビアが持つ数々の異名、そのうちのひとつが実感を伴って俺たちの胸に刻まれていく。

 周りに人の気配を感じたが、やはりみんなは魅入られたように燃える平原を見つめているようだった。ステージの上の俺たち姉妹もまた、隣り合って母親の鎮魂の儀を眺めるばかりであった。

「わたしたちも、いつかあんな風になりたいね」

「はい……」

 あのルウナでさえ、この夜だけはずっと女帝を目で追い続けるのだった──。