まくあい劇「科学の力と男の未来」


 多少の混乱もあるにはあったが、魔の森の開拓はおおむね順調に進んでいった。

 木をり、根を起こし、地面をならして道らしい道を延ばしていく。工兵たちの動きはさすがの一言で、この調子でいけば予定よりも早く開通がかなうとのことだった。

 街道として機能させるには、まだまだ多くの工程が必要になるわけだが──。

 ひとまずの目途が立ったので、俺は報告がてら、再び父の工房を訪れていた。

「そっか。それじゃあ、例の道具はローラの役に立ったんだね?」

「うん、それはもう間違いないよ。おかげで魔物の駆除も上手うまくいきそう」

「特に問題はなかったかな? 作ってすぐに実戦投入してしまったわけだけど」

「大丈夫……だと思うよ。ルウナが荒っぽく使っても壊れなかったし」

「出力は? 途中で機関が停止するようなことはなかった?」

「そっちの方も大丈夫。ブンブンうなってスパスパ魔物を切り裂いてたから」

 作業場の机を挟んで向かい合い、俺は父ウェリタスの質問に答えていた。

 開発者としてはやはり気になってはいたんだろう。結果はどうか? 故障はないか? そういった質問が次から次へと投げかけられる。

 幸いにしてそれらすべてに良い答えを返すことができた。父の作ったチェーンソーは予想をはるかに上回る出来栄えで、ノックス・レギオンの団員だけでなく、この俺でさえいまだに驚きを隠せないくらいだった。

「いや、もう、あれは本当にすごい切れ味だったよ。材料がいいとは聞いてたけど、まさかあれほどの威力だなんて……」

「お褒めにあずかり恐悦至極。工房のとっておきを使ったがあったよ」

「やっぱり、相当質のいい素材を使ってたんだ?」

「それはもちろんだとも。曲がりなりにも第一皇女に納める品だからね? 伝説級と言われるような素材も、惜しみなくふんだんに使わせてもらったよ」

「ひええ……!?

 話を聞いただけでがくぜんとする。ちょっと領収書を見るのが怖くなってきたな……。

 父のことだから、そうおかしなことにはならないと思うが……。

「まあ、今回は『どこまでやれば通用するのか分からない相手』だったからね。データがそろえば、もっと安価な素材で量産できるようになると思うよ」

「ほっ」

「ただ……」

「ただ?」

「異常な切れ味に関しては、使い手の魔力が高かった、という理由が大きいと思うな」

「あ……」

 言われて初めて気がついた。

 そうだ、あれは俺がよく知るチェーンソーじゃないんだ。燃料ではなく、使用者の魔力によって動く魔導チェーンソー。機械的な見た目であるが、れっきとした魔法の道具、ある種の魔法のつえに他ならなかった。

「僕たちも試運転はしてみたけど、とても君が言うような威力は出せなかったよ」

「あ、あの、えと、ええっと……」

「ああ、そんなに困った顔をしないで。責めるつもりじゃないんだ」

 戸惑う俺に対し、父はくすっと笑って話を続けた。

「多分、そうなるとは分かっていたんだ。男は魔力が弱く、女は魔力が強い、それがこの世界の法則だからね。それはもう、仕方のないことだよ」

 半ば諦めたようにウェリタスは語る。そう、彼の言う通り、この世界には厳然たる魔力格差というものが存在している。それは女尊男卑の価値観の根拠にもなっていて、個人の資質や鍛錬、そういったものでは覆せないほど絶対的な差として男女を隔てていた。

 王配である父がここで工房主をやっているのも同じ理由からだ。魔力が弱い男は宮廷政治に関わる資格なし。は用意するからあとは勝手に生きるといい。そこまであからさまではないだろうが、大体はそんなところだろう。

 前世の日本、いや、世界でも似たような風潮があったとは聞くが、いざ実例を目にすると何度でも息が詰まるような心地がしていた。

「本当はこの道具も魔力に頼らず作りたかったんだけどね。実用性のことを考えると、どうしても魔道具として仕上げてしまうんだ」

 量産試作品だろう、新しいチェーンソーを取り出してウェリタスは言った。

 自分が作りたいのはこれじゃない。似て非なる道具なのだと。

「男でも女でも使え、性差にかかわらず同じ効果を発揮する道具。口で言うのは簡単だけど、実際に作るのは大変だよね」

 力なく笑うウェリタス。いつもより弱々しく見える彼に、俺は──。

「いや! そんなことないよ!」

「……ローラ?」

「父さんの考え方は間違ってない。きっとそんな道具が作れる日が来るよ!」

 身を乗り出し、力強い口調で断言する。科学万能の世界で生まれた俺には、父が夢見るものが絵空事ではないことが分かっていた。

「エンジンは燃料式に切り替えることができるし、チェーンソーそのものは電気で動かすこともできるだろうし……」

「それを加工する機械だって、魔力に頼らず動かすことができるんだよ?」

「油圧とかてこの原理とか、そういうものを、こう、上手く組み合わせてさ!」

 身振り手振りを交えて盛大に演説をぶってしまった。

 周りにいた職人イケメンたちがギョッとした顔でこちらを見ている。向かいにいるウェリタスも、何やらぽかんとした顔で俺のことを見つめていた。

(う……ちょっと急すぎたか?)

 なんでお前はそんなことを知っているんだ? と聞かれるとちょっとつらい。

 これまでも調子に乗って色々なことを教えてきたからな……。

 その時はせていたけど、いよいよ踏み込んだことを聞かれそうだ。

(どう答えるべきかな……?)

 身構える俺に──。

 しかし、ウェリタスたちは意外にも寛容な態度を見せていた。

「うん、そうだね。ローラの言う通りだ」

「俺たちにもまだまだできることはありますよ!」

「技術というものの可能性は、きっと私たちが思う以上に深いのでしょうね」

「もっともっと頑張らないといけませんね!」

 盛り上がる父たちに対し、今度は俺がぜんとする番だった。

(もしかして、みんな大して気にしてない?)

 それにしては何やら様子が変にも見えるが……。

「大丈夫だよ、ローラ。みんな君のことは信頼しているから」

「うう……?」

「詮索するつもりもないよ。それがどこから出てきた情報か、なんてね」

 穏やかな目をしてウェリタスは笑った。まるですべてを見透かされているようで、俺はまた落ち着かない気分になってしまう。

(いっそのこと、もう全部打ち明けてみるか?)

 そんな考えも湧いて出てきたが、

(いやいや! 急激な変化は得てしてゆがみをもたらすものだ!)

 そう思い直し、慌ててぶるぶると頭を振った。

 前世の知識を伝えはするが、それはこれまで通り「既存の技術に付け足す」程度にとどめるべきだろう。そう結論付けた俺の前で、ウェリタスたちは「よーし!」と明るく前向きな態度を見せていた。

「それじゃあ、僕はこれの改良を続けようかな」

「俺は機関部の設計を続けますよ。他にも使えるものがないか考えてみます」

「私は油圧についてもう少し研究を続けて……」

「ぼ、ぼくは納品の仕事があるのでそっちを頑張ります!」

 にわかに活気づくウェリタスの工房。この職業夫人の集団の中で、女である俺は明らかに異端な存在だった。

(ここは何も言わずに静かに去ろう)

 ふっと笑ってフードをかぶる。この調子なら個人の魔力に頼らない道具、その開発や実験も上手いように進んでいくだろう。

 これまでも一歩一歩、着実に進んできた人たちだ。その手腕に期待しつつ、俺は微笑ほほえみながら父の工房をあとにしようとして──。

「って、えええええええええええっ!?

 ちょっと目を離した隙に……!!

 父さんが死にかけている!! チェーンソーの下敷きになってしまっている!!

「なんでこんなことになってるの……!?

 慌てて父を抱き起こす俺。わずか数秒で結構なダメージを受けていたのか、ウェリタスは青い顔で若干口から血を吐いていた。

「いやあ、思ったより重くって」

 そう父は言うが……それにしたって貧弱にも程があるだろう。

「いやいや、心配ないよ。ほら、こんなに元気いっぱい、だか、ら」

「言ってるそばから倒れないで!」

 貧血を起こしたのか、父は虚勢を張るなりそのままの姿勢で倒れてしまった。

 やはり危ういな。見ているだけで不安になってくるような人だ。

(新技術の開発もいいけれど)

 まずは体力づくりの方が先なのでは? と、思わずにはいられない一幕だった。