第二章「うごめく森とチェーンソー」




    ‐1‐


 最近、仕事がかなり忙しくなってきていた。

 その原因は分かっている。俺が多くを手に入れたからだ。

 鉱山、港、商業区。それらの引継ぎは一朝一夕で済むものではなく、俺の机には連日のように未認可の書類が積み上げられていく。それに加え、付随する資料も尋常じゃない量が運ばれてくるんだ。結果的に俺の執務室は紙によって埋まり、俺はうんうん言いながら、それを少しでも減らすための日々を送っていた。

「姫様、これはどうしますか?」

「あ、それは運んでおいて」

「姫様、こちらなどは?」

「そっちのもまとめちゃっていいよ」

「この書類はいかがいたしましょう?」

「それはもう少しかかるかな。今日中にはハンコを押しておくよ」

 五月半ばの水曜日、この日も俺は書類仕事に追われていた。俺の部屋には知的な文官たちが訪れては、この件はどうだ、あの件はどうすると逐一確認を入れてくる。

 これが普段の俺なら「やったー!!」とか「美しいー!!」とか思うんだけど、近頃はとてもそんな気力が湧いてこないな。望めば休みも取れるんだけど、本格的に事業が動き出したいま、その流れを俺が止めるわけにもいかなかった。

(はあ~、でも、眼福眼福)

 れいなお姉さんたちが近くにいる分、ひとり仕事よりはまだマシだな。

 女性はやはり素晴らしい。見ているだけでも元気が出てくる。心の中で感謝の念を伝えつつ、俺はぺったんぺったんと確認済みの書類に判をついていくのだった。

「しかし、姫さまも偉いですよね~?」

「え? 何のこと?」

「商業区のスラムのことですよ~。視察ついでにもう解決してくるなんて~」

「実に鮮やかだったそうですね? 親衛隊の手も借りず、知恵とぼうで悪漢どもをひれさせたと聞いております」

 仕事の手を止め、ソフィアとベラがにこやかな表情でこちらを見てきた。

 手伝いに来たものの、これについて話したい気持ちもあったんだろうな。

 そわそわと体を揺らす姉やたちを見て、俺は内心苦笑しながらうなずいていた。

「そのつもりはなかったんだけど、ちょっと引くに引けない状況になってね」

「分かります。皇女としての体面もありますものね」

「でも~、まさかその場で解決してしまうだなんて~」

「前任の代官も、さぞ喜んでいたのではありませんか?」

「い、いやあ、それはどうかな……?」

 つい先日会ったけど、心なしか顔が引きつっていたような……。

 ま、まあ、フォローは入れておいたから大丈夫だろう。結果的には大きな懸念事項がなくなって、あの人も心置きなく区長から身を引くことができるはずだ。

「まだ細々とした問題はあるみたいだけどね」

「それは仕方がありませんよ~。行政には付き物のことなので~」

「予算という大きな縛りもありますしね……」

 少ししょんぼりとするふたり。ベラとソフィアはそのまま顔をうつむかせ、しかし、すぐにもパッと笑って大きく胸を張るのだった。

「ですが、姫様ならすべてを解決できますよ!」

「そうですね~。とっても賢くてつよい子ですもの~」

「どんな問題が立ち塞がろうと、アウローラ姫殿下の手にかかれば!」

がいしゆういつしよく~。バーンと解決できるかもしれません~」

「ちょっと評価が高すぎないかな?」

 隙を見てはよいしょよいしょと持ち上げてくるな……。

 家庭教師のソフィア。親衛隊長のベラトール。どちらも優秀なふたりの姉やは、いつもこうして持ち上げては、なかなか下ろしてくれないタイプの側近なのだった。

(そういえば……)

 側近といえば、もうひとりの側近はどうしたのだろう?

 少し前に出ていって、しばらく戻ってきていないが──。

「失礼します」

(ああ、来た来た)

 うわさをすれば何とやらというやつだ。

 文官たちと入れ替わりに、メモリアが書類を抱えて持ってきていた。

「って、あれ? ルウナも来たんだ?」

「はい、姉さま。わたしもお手伝いに来ました!」

 そう言ってひょっこり姿を見せたのは、俺の妹である第二皇女のルウナだった。

 小さなせんはとことこ歩き、そのまま俺の近くまで寄ってきている。

「自分の仕事はいいの? 魔竜の解体が始まったそうだけど」

「構いません。そのようなに興味はありませんので」

だいじんぶつだなあ」

 ある意味では皇族らしい態度に、俺は妙に感心してしまうのだった。

「おお、ソフィア、ベラトール。お前たちもいたのか!」

「はい~。わたしたちもお手伝いに来たんですよ~」

「姫様は最近、忙しくされていますからね」

「少しでも助力になればと思いまして~」

 ルウナは俺の姉やたちを見つけ、すぐにそちらに意識を向けていった。

 俺はポンと放り出された形になってしまったが──。

「まあいいや。メモリア、今のうちに話を進めよう」

「はい、姫様」

 身を寄せ合ってこそこそと、俺たちは新しい書類を広げるのであった。

「資料っぽいけど……今度は何の資料なの?」

「南西の貿易港に関してのものですね。ここは中規模ながら、質の良い素材、薬種、触媒などが運ばれてくる港ですよ」

「おお~。なんかすごそうに聞こえるな」

「実際すごいと思いますよ。戦時中は重要拠点のひとつにもなりましたからね」

「そんなに……!?

 跳ね上がりそうな声をグッとこらえて話を続ける。

 功績として譲り受けたので、ただの港ではないと思っていたが……。

「だけど、数字的には大したことなかったよね? 前に読んだ資料だと、他の貿易港に一歩も二歩も及ばない感じだったけど」

「立地が悪いのですよ。突き出た半島にあるのですが、海の魔物のせいで航路自体が限られていて……」

 ばさりと地図を広げてメモリアは言う。

「空路も難しく、結局は陸路で運ぶしかないのですが、今度は大きな森があるせいで、どうしてもかいが必要になってしまうようでして……」

「あー……だから運搬費用が余計にかかって……」

「他の貿易港のこうじんを拝しているようですね」

 そこまで言って、秘書官殿は残念そうな顔をするのだった。

「譲ってもらってはい終了、ってわけにはいかなかったか」

「見通しが甘かったようです。申し訳ありません」

「いや、いいよいいよ。甘く考えていたのは俺も同じだし」

「ですが、これで予算の見直しが必要になってしまいました」

「うーーーん……安く触媒が手に入れば良かったんだけど……」

 魔法を使う際、術者の助けになるものは大抵高い値段がつけられている。

 効果の薄いものはそれほどでもないが、俺が求めるようなクラスだと、それこそ目が飛び出るような高値がつけられていて──。

 帝都で買っていてはとてもじゃないが予算が足りない。

 そこで港を直接管理し、いい品を安く手に入れようと思っていたんだが、

「あんまり無理言うと絶対反感を買ってしまうよな?」

「確実でしょうね。少なくともいい印象は持たれないかと」

「だよなあ……」

 向こうには向こうの生活があるんだ。

 そこにいきなり割って入って、品物をせとかあり得ないだろう。

(もうちょっと余裕があれば違うんだろうけど)

 話を聞く限りでは、そんな余裕なんてどこにもなさそうだ。

 それなのに値引きを聞き入れてくれるなんて、とてもじゃないが思えなかった。

「このプランは諦めるか」

「よろしいのですか?」

「仕方ないよ。まずは港の状況を改善しないと」

「そちらもなかなかの難題ですが」

「すぐに解決……はできなそうだな」

 腕を組んで考え込む俺たち。

 この不便な場所にある貿易港を、どうにか上向きにするには──。

「この森に道を通せばよいのでは?」

「「えっ?」」

「ですから、この森に道を通せばよいのですよ」

「ル、ルウナ!?

 一体いつから聞いていたのか、俺のそばには妹のルウナが立っていた。

 俺の肩越しに机上の地図をのぞき込んでいる。そのまま妹は腕を伸ばすと、人差し指の先で大きな森に線を引いて言った。

「わざわざ迂回するから困窮するのです。最短距離を行けば余計な費用もかかりません」

「いや、確かに、それができたら港の人たちも助かるだろうけど……」

「何か問題があるのですか?」

「そこって、ほら。魔の森だから」

 地図上に書かれた名前に指を当てて説明をする。

 そう、そこはただの森じゃない。魔物や魔獣がばつする、人跡未踏の魔の森だった。

「ルウナも聞いたことはあるでしょ? 帝国領内にはいまだ手つかずの森があって、そこには恐ろしい魔物が何千体も潜んでいるって」

「確かに聞いたことはありますね。いつか挑まねばと思っておりました」

「ば、戦闘狂バーサーカー……!!

 好戦的にも程があるだろう。皇女のつつしみはどこへ行ってしまったのか。

 これがルウナの性格とはいえ、姉としては心配になるばかりだった。

「過去、色んな人が挑んだけど失敗に終わったんだよ?」

「それはその者らが無能だっただけでしょう」

「いや、だけど、わたしも戦いは得意じゃないし」

「そのためにわたしがいるのです。お手伝いしますよ、姉さま」

「え、え、いや、あの、そもそも……開拓なんてする気はないし……」

「何を弱気な! 人生、当たって砕けろですよ!」

(当たって砕けたくはないんだよ!!

 運よく始まった二度目の人生、もう少し丁寧に生きたいんだ。

 しかし妹にそれを伝えるわけにもいかず、俺がどうしたものかと困っていると、

「あの、姫様」

「えっ? どうしたの、メモリア?」

「あのですね。先ほどはあえて伝えなかったのですが」

「う、うん。なに?」

「開拓の件について、市長、港長から要望が上げられています」

え゛!?

「『魔の森に道を通してくれれば、喜んで便宜を図ります』とのことでした」

「えええええええ……!?

 そ、そんなことを今さら言われたって……!!

 俺は開拓なんてする気はなくて……!!

「ルウナ様の軍団がいれば、魔の森の開拓もできるかもしれませんね」

「そうだね~。戦力的には申し分ないかと~」

 ベラとソフィアまで乗り気になった。

 妹はすでに確定事項のように振る舞っている。

「ど、どういうことなの……!?

「申し訳ありません、姫様。事後報告のような形になりまして」

「いや、それはいいけど……何か事情でもあったの?」

「デリケートな問題なので、言うべきかどうか最後まで迷っていました」

「あ~……」

 小声で謝ってくるメモリアに、俺は納得とも脱力ともつかない声を返した。

 まあ、普通に考えたらそうなるか。いくら仲がいいとはいえ、俺とルウナは皇位継承を争う相手でもあるもんな。秘書官の口から戦力派遣を願えるはずもなく、あくまでメモリアはその分を最後まで守っていただけだった。

「なんか……ごめんね? 気を遣ってもらって」

「いえ。それが私の仕事ですから」

 やはり頼りになる少女に、感謝、感心しきりの俺であった。

「さあ、姉さま! 何やら高揚してきましたね!」

「ん? あ、ああ、うん。そう、かな?」

「魔の森せんめつ戦。聞いただけで胸の高鳴る戦いではありませんか」

「いや、殲滅って……えっ、ちょ、ちょっと?」

「わたしたちの名前は帝国の歴史に残るでしょう。それほど価値のある戦いです。何より、わたしは姉さまと共に戦えるというだけで、もう、もう……!!

 気がつけば妹が勝手にヒートアップしていた。

 ギュッと自分の体を抱いて、かと思えばパタパタとその場で足踏みをする。

 それでも収まり切らない妹は、ついには窓を開け放って叫ぶのだ。

「ノックス・レギオン、集結だーーーっ!!

 その声にどこからともなく応じる声が聞こえ──。

 かくして俺たちは第二皇女の軍勢と共に、魔の森の開拓に挑むこととなった。


    ‐2‐


 ノックス・レギオン。それが皇女ルウナの率いる軍団の名前だ。

 団員の数はおよそ一万人超。いずれも優秀な戦士で構成されていて、その中には先の戦争を経験した者、ふるつわものと呼べる者も数百人単位で存在していた。

 元々は退役軍人を集め、教導隊を作ろうとしていたようだけど──。

 それではあまりにもったいないと、ルウナが実戦用の軍団に作り変えたんだ。

 今では治安維持の名目で帝国全土を竜巻のように駆け回っている。結成から三年ほどしかっていないが、すでにその名は各地に勇名として響き渡っていた。

(さて……)

 現実の方に話を戻そう。解説で逃避をしている場合じゃないんだ。

 結局、俺は魔の森を開拓することを決めていた。抵抗感はあったが、自分の利益、公共の利益、それに戦力のことを考えると、この機に乗るのがベストだと判断したんだ。

 正直、軍団規模じゃないと魔の森なんて攻略できないしな。

 それに加えて、ノックス・レギオンは帝国屈指の強力な部隊でもある。

 どちらの手柄になるのか、その辺りはややこしい話になってしまうが──。

 そこはメモリアが上手うまいように調整してくれるみたいだ。公的に使える予算は潤沢にあって、今回はそこから雇うという形で出費をするようだった。

 だから、まあ、特に問題は見当たらない。俺が心配することは何もないんだ。

 ただ、強いて言えばいまの状態が問題というか……。

 ぶっちゃけ、この行軍はなかなか胃に来るシチュエーションだった。


……………………………………………………

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 晴れ渡った空。降り注ぐ日差し。そして俺を囲む無数の軍人。

 広い平原が黒一色で染まってしまっている。夜の軍団ノツクス・レギオンはその名の通り、夜をまとって歩いているような軍隊だった。

「姉さま、どうかされましたか?」

「馬に酔ってしまわれたのでしょうか?」

 黒ずくめの集団の中、ルウナとベラだけがいつも通りの様子を見せている。

 さすがにふたりは肝が据わっていてたくましいな。俺なんて威圧感に囲まれているだけでグロッキーなのに……。

「ああ、いや。なんかすごみが増したな~、と思って」

「そうでしょう、そうでしょう! みな、魔竜との戦いで一皮むけました!」

「や、やっぱりそうなの?」

「はい! 全員が死地を乗り越えたのですよ!」

 道理で生気の感じられない目をしていると思った。

 いや、正確に言えば生と死を超越したところに精神があるというか……。

 どちらにせよ異様な雰囲気に、俺はすっかりされているのだった。

「ああ、そういえばあのふたりはどうしたの?」

「あのふたりとは?」

「ルウナの秘書官と親衛隊長のことだよ。ずっと姿を見かけないけど」

 漆黒の軍団の中で、あの人たちだけは多少柔和だったような覚えがある。

 片方は淑女的なおばあちゃん。片方は三十代の豪快なあねさん。そのどちらの姿も見えず、俺はきょろきょろと辺りを見回す。

 するとルウナは笑顔のままで、ふたりがどこに行ったのかの答えを言った。

「秘書官は病院ですね。ドラゴンのブレスを受けました」

え゛!?

「親衛隊長もブレスを受けて病院です。なに、名誉の負傷というものですよ」

「あわわわわ……!?

 やはりバイオレンスなことになっていたか……。

 そんなことだろうとは思っていたが、まさか本当にそうだったとはな!

 相変わらず血なまぐさい軍団に、俺はますます恐怖を覚えるのであった。

「あれ~? でも~、だとすると~」

「いまはどうされているのですか?」

「うん? 何がだ?」

「秘書官と親衛隊長のことですよ~」

「まさか空席ということはないと思いますが」

 横で聞いていたソフィアとメモリアが、ふと気になったという様子で話しかけていた。

 言われてみれば確かに気になる。後任はちゃんと決まっているのだろうか?

「大丈夫? 放置とかしてないよね?」

「さすがのわたしもそこまで愚鈍ではありませんよ。親衛隊は一時的に副長にまとめさせていますし……」

「うん」

「秘書官はちょうどいいのが見つかったのでそやつに任せております」

 早速呼んでみましょうと、ルウナは口笛をぴゅうと吹いた。

 すると隊列がわずかに割れて、そこから馬に乗った少女がやってきた。

「お呼びですか、姫様」

「ああ、呼んだぞ。姉さまがお前のことについて知りたいと仰せだ」

「自己紹介せよ、ということでしょうか?」

「そうだ。粗相のないようにな」

 せんとして部下に接し、早速始めろと言わんばかりに促すルウナ。

 そんな態度も慣れたものなのか、くだんの側近はこほんとせきばらいをすると、すぐにも自己紹介を始めるのだった。

「では、改めまして……」

 新任の秘書官とは帽子をかぶった茶髪の少女だった。

 としは十三、十四辺りだろうか? 彼女は至極真面目な顔をしたかと思うと──。

 次の瞬間には愛想笑いを浮かべ、ぺこぺこと頭を下げてきた。

「どうもどうも~♪ 秘書官のルシオラです。若輩者の駆け出し団員ではありますが、精一杯務めさせていただいています」

「ん?」「うん~?」

 ベラとソフィアが眉間にしわを寄せている。不快というよりは疑問といった表情だ。

 俺も似たようなことを思いつつ、ルシオラという少女に声をかけてみる。

「ず、随分と腰が低いね?」

「いや~、元は市民出身の伝令係ですからね。やんごとない方々には頭が上がらないと言いますか、むしろ下がりっぱなしと言いますか」

 あははと笑ってルシオラは自嘲気味に頭の後ろをかいてみせた。

 なんとも庶民的な所作だ。同時に苦労人っぽいところものぞかせる。

「なんでまた伝令の子を秘書官に取り立てたの?」

「他に適任がいなかったのもありますが……使ってみれば案外有能だったことが判明しましてね。なかなか重宝しております」

「は、ははーっ! ありがたき幸せーっ!!

(時代劇かな?)

 馬上で器用に平伏するルシオラを見て、俺はそんなことを思うのだった。

「しかし、屈強な団員の中だとどうにも浮いて見えますね」

「ベラちゃんもそう思う~? ちょっと見てて不安になるよね~?」

の群れの中に子ウサギが一匹紛れ込んでいると言いますか……」

「大丈夫なのかな? ある日ころっと死んじゃったりしないよね?」

 割と本気でそのようなことを心配する俺たち。その様子に危機感を覚えたのか、新任秘書官ルシオラ嬢は、あわあわと慌てながら両手をぶんぶんと振り始めた。

「だ、大丈夫ですよぅ! あたしはこう見えてすばしっこいので!」

 ドラゴンのブレスもすんでのところで回避した、とか、乱戦の中でも素早く退路を見つけられる、とか、自分の逃げ足をとにかくアピールする少女。

 伝令係としてはそれで十分なのかもしれないが──。

「でも、ここはルウナの軍団、ノックス・レギオンだよ?」

「それは重々承知していますが……」

「野盗や魔獣を見るとうれしくなっちゃって、とりあえず突撃命令を出しちゃうようなルウナ姫殿下の軍団なんだよ?」

「え、あ、あの?」

「戦いの中で重傷を負っても、『名誉の負傷だ』とか『武人の誉れだ』とかで済ませちゃう超武闘派の軍団なんだけど」

「心が折れるようなことを言わないでください!」

 とうとう涙目で叫ばれてしまった。まあでも、ここまで脅してもまだ足りないのがノックス・レギオンという軍団だった。

「頑張ってルウナの目に留まったのは凄いけど、常人にはリスクが高すぎる職場だと思うんだ。負傷は当たり前だし、による引退もあり得るし」

「それは分かっていますが、その分、リターンも大きいんです! あたしみたいな小娘には他に大きく稼げる仕事もありませんし」

「何かお金が必要なわけでもあるの?」

「実家が貧乏なだけですよ。家に帰ればおなかかせた弟妹が何人もいるんです」

「うっ!?

「あたしは長女として家族を支えなければならないんです」

「り、立派だ……!!

 戦姫の秘書官にはあるまじき立派さだ。うちの妹なんて戦のことしか考えていないし、その姉である俺は女の子のことしか考えていないからな……。

 同じ秘書官であるメモリアにも通じる真面目さは、自然とルシオラの適性を俺たちに対して理解させていた。

「なるほど、強い動機があるんだね」

「はい! 石にかじりついてでも務めるつもりです!」

「たとえ危険な仕事でも辞めはしないんだね?」

「もちろんです! それは伝令の頃から覚悟のうえです!」

「うん、分かった。それなら無理に止めはしないよ」

「あ……!! ありがとうございます!」

「遅ればせながら祝福するよ。十三人目の秘書官就任、おめでとう」

「ありがとうござ……え?」

「本当におめでとう。君の無事を祈っているよ」

「えっ? ええっ!?

 穏やかな顔で拍手をする俺たち。対照的に、ルシオラの顔にはどんどんと冷や汗か何かが浮かび上がってきている。

「ぜ、前任の方々はどうなったんです?」

………………

「答えてくださいよぅ!」

 誰も何も答えない。ただ仏像のような笑みを浮かべるのみだ。

 実際のところはルウナの気まぐれで入れ替えが激しいだけなんだが──。

 それだけじゃないのが第二皇女のお付きの怖いところだ。その実情を伝えようとして、でもやっぱりちゆうちよした俺は、ゆっくりと言葉を選びながらこう言った。

「まあ……死にはしないよ」

「それ、フォローのつもりですか!?

 青空に大きな声を響かせながら、俺たちは街道を進んでいくのだった。


 さて、いよいよ本題である。

 三日がかりの行軍の末、俺たちは魔の森の近くまでたどり着いていた。

 街道からは視界の端から端まで続く緑が目に入る。これが半島に半分蓋をするような形となって、大規模なかいを余儀なくしているとのことだった。

「見た目は普通の森に見えますが」

「いや、油断しちゃダメだよ。あそこには魔物がわんさかいるんだ」

「よくごぞんですね、姉さま?」

「昔、母親にピクニックと称して連れていかれたからね……」

「「「あ~……」」」

 だからあんなに嫌がっていたのか、という空気が広がっていく。

 納得してくれたのはいいけど、このことはあんまし思い出したくないんだけどな。

「どの魔物が一番ごわかったのですか!?

「いきなり興奮しないの」

「ですが、事前に聞いておきたいのです」

「一応、資料は用意していましたが」

「経験者の声があると、もっと助かるかもしれませんね」

 ふたりの秘書官、メモリアとルシオラが調子を合わせて声をかけてきた。

 経験者の声か。なるほど、それは確かに必要なのかもしれないな。

「じゃあ、話すけど……心して聞いてね?」

「はい!」

「まず思い出されるのは鳥のように大きな蜂。これが群れをなして襲ってきます」

「お、おお……!!

「逃げ込んだ洞窟には幻を見せるキノコが。胞子を吸えば半日は幻覚に苦しむでしょう」

「なんと……!!

「そして特筆すべきは木々の巨人! これが普通の木と見分けがつかなくて、ちょっと木陰に身を隠したりすると、たちまちうなごえを上げて襲ってきて……!!

「おおおおおおおおーーーー……!!

 妹は大興奮だが、俺の方はよみがえったトラウマでもう息も絶え絶えだった。

 いや、あの時は本当に死ぬかと思った。思い出すだけでも結構きついな。

「よ、よく生きて戻れましたね?」

「どうやって無事に切り抜けられたんです?」

「ああ、うん。なんかそこら辺、記憶が曖昧で……」

「「ええ……?」」

「気がついたらボロボロになって街道のすみに転がってたよ」

「「うわあ……」」

 秘書官コンビがドン引きしているが、俺はうそなんてついてはいなかった。

「い、今さらですけど大丈夫なんでしょうか?」

「さ、さあ~……?」

 妙に空気がどんよりしてくる。この青天の下、魔の森が暗く恐ろしく見えるようだ。

 しかしルウナだけは明るい顔で、として全軍に命令を下すのだった。

「よし! では行くぞ、お前たち!」

「「「オオッ!!」」」

「ノックス・レギオン! 前進せよーーーっ!!

 抜き身の剣を指揮棒代わりに振り下ろし、妹はいよいよ魔の森の攻略に挑んでいた。

 先陣は工作部隊が務めるようだ。スコップやおのくいを持った工兵が、横に並んで護衛に守られながら行進していく。

「行くぞおおおっ!!

「「「オオッ!!」」」

 また力強いかけ声が上がった。

 筋骨隆々とした女たちは、歩みを緩めずに突入していき──。

 そして、手前にある木々に向かってこんしんの力で斧を振り下ろした!

「うわ……!!

 そこからはもう、流れるように作業が進んでいった。

 森の木々が切り倒される。切り株や岩が引き抜かれる。魔法を使って荒れた地面も整えられて、俺たちの前には幅広の道が出来上がっていく。

 馬車が四台は並んで通れるような大道だ。続く軍団が活動できるだけの余地を作り、工作部隊は森の奥へ奥へと開拓を進める。

 途中、侵入者に対して襲いかかってきた魔物もいたが、

「粉砕しろッッッ!!

 号令一下、速やかにそれは排除された。

 相手にもならないとはまさにこのことだ。俺も親衛隊を連れてはいたが、助力の必要などまったくなく、ただぜんと見ていることしかできなかった。

「どうです、姉さま? わたしの軍団は?」

「いや……ますます強くなったみたいだね……?」

「はい。鍛錬は怠っておりませんし、実戦も常に欠かしませんし」

「それにあの装備は……」

「魔竜の牙やうろこで仕立てたものです。かなり上等な部類と言えるでしょう」

 一部の兵士が振るう武器、それは格別な威力で魔物の体を貫いていた。

 大部分は穂先に牙を使った長いやりだ。しかし中には筋を使った弓、骨を研いだとおぼしき剣もあって、様々な状況に対応できているように見えた。

(こ、これが異世界のエコ……!!

 全身くまなく再利用され、討伐された魔竜も本望だろう。

 いや、そんなわけないかと思いつつ、俺は改めて前方の景色に目をやった。

「切れ! もっと手際よく切り倒せ!」

「掘り起こせ! 切り株も大岩も残さずけろ!」

「道を固めるぞーーーーっ!!

「オオッ!!」「オオッ!!」「オオオオオッ!!

 工兵たちが熟練の手際でますます道を伸長していく。

 それは森を少し削った程度に過ぎなかったが、

「この調子なら十日もかからず開通できそうですね」

 ルウナの言う通り、道を通すだけなら工期はそれだけで済むだろう。

 優秀な魔法使いはひとりひとりが人間重機のようなものだ。ましてや魔竜も倒すノックス・レギオンの武力の前では、魔の森さえも普通の森と変わらないように思えた。

 しかし──。

「で、で、出ました~! 木の魔物です!」

 ルシオラが慌てふためきながら報告をしてきた。

 彼女が指差す先を見ると、なるほど、確かに古木が枝を振り上げている。

 その幹には斧や槍が中途半端に食い込んでいた。見つけ次第迎撃に出たが、あの程度しか攻撃が通らなかったんだ。

「どけ! わたしがやる!!

 団員を退け、ルウナが素早く古木の魔物の前に出た。団長直々に大物を討伐しようというのだろう。その姿はやる気と闘志で燃えているようにも見える。

(あれはかなり手強かった記憶があるが)

 ルウナなら、ひょっとするとひとりで倒せてしまうかもしれない。

 そんな期待を胸に抱き、俺たちはごくりと唾を飲んで皇女の戦いを見守り始める。

 多くの視線を一身に浴びて、それでも不敵ににやりと笑うと──。

 黒きせんは、剣を構えて一直線に突撃していった!

「はあああああああああっ!」

 ルウナの得意分野は接近戦用の魔法だ。きやしやな体を魔力によって強化して、まるでひようのように敵に向かって飛びかかっていく。

「はっ! はああっ!」

 小柄な体はハンデにならない。妹は剣を振り回し、伸ばされる枝を、迫りくるつたを、まるで旋風のように次から次へと切り裂いていく。

『オオオオオオオ……!!

 地鳴りのような声にも決して臆することはない。

 正体を現し、根を引き抜いた木の巨人に、皇女は果敢に立ち向かっていく。

「姫様、そこです!!

「最後まで油断をしてはなりませんよ!!

 部下のふるつわものもよく響く声で応援を始めた。

 一般団員のみならず、俺たちも手に汗を握って戦いの推移を見守っている。

 いける。この調子ならいけるはずだ。このまま最後まで押し切ることができるはず。

「ルウナーッ!! がんばれーっ!!

 思わず手をメガホンにして声を張り上げてしまった。

 その声援に、妹はにこりと涼やかな顔で微笑ほほえむと──。

 古木の魔物を横一文字に斬り裂いていった!!

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」

 鳴り響く大歓声。ノックス・レギオンが大きな勝どきを上げている。

 それは主君の勝利を祝うためのたけびだ。見事、難敵を打ち払った皇女に、団員たちはなおも声を送ろうとして──。

「「「……おお?」」」

 直後、一斉に戸惑いの声を上げることになる。

 倒せていないのだ。肝心の魔物が。あの鋭いいつせんを受け、古木の魔物はいまだにその場にたたずんでいる。ルウナはその前で折れた剣の根元を見つめていた。刀身は幹に食い込んで折れて、他の武器と同じように魔物の飾りとなっている。

「ならば!」

 気を取り直し、近くの団員から剣を奪って攻撃を続ける。

 今度は木の繊維に沿い、縦に真っ二つにするつもりのようだ。

 しかしそれも食い込むだけで終わってしまい、かえって魔物を怒らせるだけの攻撃になってしまうのだった。

『ヴァアアアアアアアアアアア!!

「た、退避! 退避ーっ!!

「装備の回収はいい! まずは退避だ!」

「ほ、ほら! ルウナも行くよ!」

「放してください、姉さま! わたしはまだ戦え……」

『ゴオオオオオオオオオオ!!

「ああーーーーーっ!? 無理無理!! 絶対無理ーーーーー!!

 いつの間にか俺たちは木の魔物に囲まれていたようだ。

 タコのように根をうねらせ、集団で迫りくる森そのものに、さしものノックス・レギオンも防戦一方のれつな撤退戦を強いられてしまう。

「か、開拓されていない理由が分かりましたね」

「まさかこれほどのものだとはな……」

「いや~、本当に驚かされました~」

「姉さま! 姉さま、わたしを放してください!」

 ドタバタと逃げ出す俺と側近と皇女の軍団。あまりに情けない逃げっぷりだが、命あっての物種とはこの世の誰もが分かっていることだ。

 なおもぼやきながら、俺たちは必死に足を動かしていく。

「ちょっといまの装備ではどうしようもできないよ」

「そんなことは! 剣でダメなら魔法を使えばよいのです!」

「いや、燃やしたりしたら大惨事になるからね?」

「かと言って、氷や水ではあまり効果がなさそうですね~」

「何か特別な道具があれば良かったのですが……」

 撤退を続けながら、メモリアたちは惜しそうな顔で魔の森のことを見つめていた。

 まあ、それも仕方がないか。途中までは上手うまくいっていたし、万事順調に道を広げることもできていたんだ。その最後の最後で邪魔が入ったのだから無念の気持ちも残るだろう。あの魔物さえいなければ、とみするのは当然のことと言える。

 ただ、俺はそれほど落ち込んではいなかった。

 確かに惜しいとは思ったものの、すぐに良い案を思いついたんだ。

(特別な道具、か)

 秘書官のふとした一言に、俺の頭に浮かんでくるものがあるのだった。


    ‐3‐


「おぅーい。こっちの箱、運んでくれぇーい」

「こっちもだー!! もう細工は済ませてあるぞーっ!!

「はーい! はいはい! すぐに行きまーす!」

「ちょっと待っててくださいね、先輩方~!」

 高く響くつちの音。それに職人たちの掛け合いを聞きながら通りを歩く。

 ここはものづくりの街、マキナス区。魔の森での敗走から数日がち、俺はこの職人街とも呼べる場所にやってきていた。

 目的はもちろん、例の特別な道具の調達だ。普通の店にはないようなものも、ここでならオーダーメイドで一から生み出すこともできる。

 無論、あまりに突飛なものは注文そのものが断られるが──。

 幸いにして俺にはみの職人がいた。その人の工房を目指し、俺は煙突やパイプ、クレーンなどで彩られた街を進んでいる。

(あそこはちょっと特殊な工房なんだけど……)

 どう特殊かは……まあ、着いてみれば分かるだろう。

 すぐにもその工房が見えてきて、俺はサッと意識を切り替えることにした。

「こんにちは」

「あっ、はい!」

「……って、あれ? 姫さま!?

「はい。アウローラです」

 フードを取ってぺこりと会釈。

 俺は皇女らしい態度で受付のお兄さんたちに挨拶をした。

「急に押しかけてすみません。いま、時間に余裕はありますか?」

「ええ、はい! もちろんです!」

「余裕がなくても姫さまなら大丈夫ですよ! 所長もきっと喜びます!」

「そ、そうですか」

 彼らのテンションに軽く身を引いてしまう。

 しかし彼らはそれに構わず、俺を工房の奥へと急いで連れていく。

「みんな! 姫さまがいらっしゃったぞ!」

「ええっ!? あっ、本当だ! 姫さまだ!」

「アウローラ様! お久しぶりです!」

「今日はどんなご用ですか!?

 作業場を通りかかると、すぐにも整った顔立ちの男たちが集まってきた。

 十代から三十代、いずれも美形なイケメンたちだ。他に職人の姿はない。女性の姿はまったく見えず、そこが帝都の一般風景とは大いに異なるところだった。

(まあ、うん)

 そろそろ気づいた人もいるだろう。

 この美少女ゲームのような状況、違和感を持った人も多かったはずだ。

 つまり、この工房の特殊性とは職人が全員男であること。この女尊男卑の世界ではめつに見かけない、男性主体の工房なのだった。

(そして俺はそこにやってきた唯一の女性、と)

 元の世界で言えば、女だらけの職場に突然男性アイドルがやってきたみたいな感じか。

 そんな番組を見たことがあるなと思いつつ、俺ははしゃぐ男たちに声をかけた。

「まあまあ、皆さん少し落ち着いて」

「いいえ、姫さま! 落ち着けませんよ!」

「見てください、この装置を! 従来のものより丈夫に作ることができたのですよ!」

「姫さま! こちらは魔石で動く扇風機です! 姫さまからいただいたプロペラのアイデアを、まずはこういった形で具現化してですね」

「僕はペンライトを作りました! 色んな色があるんですよ!」

「わたくしの自転車も見てください。いま、試作品を持って参りますので」

「お、落ち着いて……」

「姫さま!」「「姫さま!」」「「「姫さま!」」」

(落ち着けよ!!

 とうとう俺は大きく叫んだ。

 とは言っても、心の中の叫びなんだが……叫ばずにはいられなかったんだ。

(まったく、ここの工房の人たちときたら)

 全員犬っぽいというか、人懐っこいというか。

 ブンブンと振られるしっぽが目に見えるかのようだ。

 それ自体は別に構わないけど、こうも群がられると、やはり圧倒されるというか、どうにも困ってしまうというか……。

「「「姫さま~!」」」

「ああ~!?

 一息つく暇もなく、俺は再び犬系男子たちの群れにみ込まれていった。

 これは日没までかかるコースだろうか。それともすぐに済むんだろうか。

 そんなことを思いながら、さて、どうしたものかと悩んでいると──。

「こら、お前たち。ローラが困っているだろう?」

 吹き抜けの作業場の二階から、涼やかな声が降ってきた。

「「「しょ、所長!」」」

 現れたのは白髪へきがんの美中年だった。

 ほっそりとした体、少し癖のある髪。目元はあくまで温かく、そのくせどこか爽やかな雰囲気をまとっている。見た目の若々しさも相まって、中年というよりは青年のように感じられる。そんな三十代のおじさんが、コツコツと足音を立てて下りてきた。

「いつも言っているじゃないか。ある程度の節度が大事だと」

「で、ですが所長」

「姫さまがいらっしゃると、やっぱりうれしくて」

「気持ちは分かるけどね」

 美中年がくすっと微笑ほほえむ。作業場にある階段を下りているだけなのに、実に絵になる人じゃないか。俺が絵師なら「その構図で一枚描かせてください」とでも言っているはずだ。我が親ながら、本当にれるほどのイケメンだった。

「父さん!」

「やあ、アウローラ。元気だったかい?」

 そう言って、やはり穏やかに笑う細身の美中年。

 彼こそはこの工房のあるじであり、この世界では珍しい魔科学の権威──。

 そしてこの俺、アウローラ姫殿下の父なのであった。

「よく来たね。連絡はなかったけど、何か急ぎの用なのかな?」

「ううん、そういうわけじゃないけど……ちょっと父さんに聞きたいことがあって」

「なんだろう。僕に答えられることならいいんだけど」

 父は話しながらゆっくりと移動し、やがて俺の前までやってきていた。

 相変わらず仙人みたいな人だな。気配が実に透明で、動いているのに動いていないように感じてしまう。このはかなげな立ち姿、そして柔らかそうな白髪は、まるで天使のようにも見えるんだが──。

(まあ、女帝に目をつけられたらこうもなるか)

 俺の父ということは、俺の母と臥所ふしどを共にしたということだ。

 そこで何があったのか、我が父ウェリタスは賢者のような心になってしまったとか。

(元は快活な若者だったそうだけど)

 今では風もないのに倒れてしまいそうなほどに儚げだ。

 同じ女帝の被害者として、俺はこの父に痛いほどにシンパシーを感じていた。

「って、うわーっ!? 父さん! なんでほんとに倒れてるの!?

「ああ、うん。なんかくらくらするなって」

「完全に貧血じゃない! ご飯はしっかり食べているの?」

「前に食べたのはいつだったかな。パンをかじったような記憶はあるが」

「かじるだけじゃなくて、しっかり食べないと駄目だって……そのうち倒れるよ?」

「もう倒れているんだけどね?」

 青い顔で自虐ギャグをかます父さん。病人じみた顔色の彼を抱き起こしながら、俺はポシェットから小さな瓶を取り出して差し出す。

「ほら、滋養強壮のポーション。ゆっくり飲んで」

「ローラは優しいねえ」

「いいから、ほら!」

 小瓶の飲み口を突っ込んで、半ば甘い薬を飲み下させる。

 このポーションには貴重な素材も使われている。そのおかげもあってか、父はすぐに立ち上がることができたが、

(腕ほっそ!)

 枯れ木のような体を見て、もう少し頻繁に差し入れをしようと思う俺だった。

「ほら、見世物じゃないよ。みんなは仕事に戻って」

「「「は、はい!」」」

「ローラはこっちだ。粗末な椅子だけど我慢してね」

「それはいいけど」

 依然として作業場の中だ。周囲からは男たちの視線を感じる。

 まあ、人に聞かれて困るような話でもないし、別にここでも構わないか。

「お茶です」

「ありがとう」

 なんてやり取りを事務員と交わし、俺はそれを一口すすって本題を切り出した。

「さて、話の内容なんだけど……」

「うん」

「父さん、前に魔導エンジンを作ってたよね?」

「ああ、うん。いまも開発を進めているよ」

「それってどれくらい仕上がっているのかなって思って」

 ちらりと作業場の壁に視線を向ける。そこには様々な試作品が飾られていて、その中にはくだんのエンジンもいくつかあった。

「あれがそうだよね? あの小型でシンプルなやつ」

「やあ、我が娘はざといね。そうだよ、あれが僕の作った新型の機関さ」

「あれってどれくらいのパワーが出るの?」

「従来型とさほど変わらないね。魔力を直接大きな力に変換できるよ」

「実験は? もう他の機械とつなげて動かしてみた?」

「もちろんだとも。どれも問題なく動かすことができたよ」

「なるほど……」

 さすがは魔科学の権威、といったところか。魔力に乏しい男の身でありながら、この程度の魔道具を作るのはお茶の子さいさいというわけだ。

 魔石をバッテリー、術式をプログラムとして考えると、理屈の上では誰にでも魔道具は作れるのだけど……ここまでやれるのは帝都広しといえどもうちの父だけだ。その知識、その技術力に、俺は昔から感心ばかりさせられていた。

(しかし……)

 こうなってくるといやおうなしに期待が高まってくるな。

 対魔物用の特別な道具。それは意外にもすぐに作れるんじゃないか?

 壁の機関を横目に見ながら、俺は緊張がちに、そっとウェリタスへと問いかけた。

「と、ところでさ。もしかしてなんだけど」

「うん」

「あの機関を使えば、木の魔物を倒せる道具も、作れるのかな、って」

「ええ? 木の魔物を倒すだって?」

「う、うん」

「いやいやいや、はっはっはっ。そんなことはさ」

(おっ……?

「できるわけないじゃないか」

(ド畜生がッッッッ!!

 てめー!! いまなんで笑った!!

 紛らわしいんだよ畜生め! 一瞬でも期待した俺が馬鹿みたいじゃないか!!

(ぐううう……!!

 我が父ながら、その天然っぷりが憎たらしい。

 朗らかに笑うウェリタスを見て、俺の心は嵐のごとくに荒れるのだった。

「そっか……難しいんだね……」

 若干ぐったりとしてつぶやく俺。

 そんな様子のおかしい娘に対し、父さんの方はあくまでマイペースだった。

「難しいというよりは不可能に近いかな。まあ、現時点での話ではあるけれど」

 ここで彼もお茶を一服。ほっと息をついて再び話し始める。

「新聞で読んだよ。君、あの魔の森の魔物と戦ったんだって?」

「ああいうところにいるのは樹齢何百年にもなる長老エルダーだよ。それが群生しているのだから、燃やさずに倒すことはやはり不可能なんじゃないかな」

「無論、時間をかければ一体、二体は倒せると思うよ?」

「だけど被害や労力のことを考えると……やはりそれはおすすめできないね」

「ワカリマシタ……」

 理屈と正論をビシバシぶつけられ、俺はいよいよグロッキーな状態となっていた。

 分かっちゃいたが、やはりあの魔物は強大なんだな。魔竜を倒した軍団がいたからか、力ずくでもどうにかなると思い込んでしまっていた。

(やっぱりあれは、机上の空論ってやつだったのかな……)

 はあと深いため息をついたところで──。

 重要なことに気がついた。まだ俺は肝心のことを伝えていない!

「あ、あのっ! 父さんっ!!

「なんだい?」

「それでもわたし、試してみたいの。わたしの考える、新しい道具を」

「ふむ……それはどんなものなのかな?」

「えっとね。チェーンソーっていう機械式のノコギリなんだけど……」

 そこで初めて、俺は特別な道具の概要について語り始めた。

 俺が考えていたのはチェーンソー、電動ノコギリならぬ魔動ノコギリだ。

 木を切るのではなく「削り取る」方式のあれなら、きっとあの魔物も両断することができるのではなかろうか?

 そんな考えを父に打ち明け、その反応を待っていると、

「面白いね」

 すぐにウェリタスは真面目な顔で返事をしてきた。

 口元に当てていた手をどけて、彼はもう一度「面白い」と短くつぶやく。

「画期的な発想だね。その道具なら上手うまくいくと思うよ。材質や出力に課題が残りそうだけど、それはあの軍団ならどうとでもできそうだ」

「あ、う、うん。みんな魔力お化けだし、武具に使う素材はたくさんありそうだし」

「うちにも試作する分には余裕がある。今日明日にも組み上げられるはずだ」

「本当に!?

「うん。みんな協力してくれそうだしね?」

 その言葉に周りを見ると、いつの間にかイケメン集団が笑顔で集まってきていた。

 仕事をしながらこっそり話を聞いていたのだろう。俺と父さんに気づかれて、若干恥ずかしそうに笑っていたが……考えてみれば彼らも一流の技師である。

 俺のアイデアを形にしてきたという実績もあるし、すぐにも作れるという父の言葉は誇張や偽りではなさそうだった。

「おれたちに任せてください、姫さま!」

「きっと望み通りのものを作ってみせますよ」

「ぼ、僕も一生懸命がんばりますので!」

「アウローラ様は朗報だけを待っていてください」

「みんな……!!

 男たちの熱意に胸がじーんと震える。

 美少女ゲームのキャラみたいだと思って悪かった……!!

 みんな頼りになる立派な職人だよ……!!

「それにしても姫さまは本当に発想が豊かですね?」

「え?」

「これまでも様々なアイデアをいただきましたが」

「あのような機械、よく思いつかれたものです」

「いや、まあ、あはは……!!

 そこは笑ってしておく。

 首をかしげる男たちを残し、俺は父に向かっていとまを告げた。

「それじゃ、わたしは行くから。父さんは体に気をつけてね?」

「うん」

「ご飯をしっかり食べるんだよ? 寝る時はちゃんとベッドで寝てね?」

「うんうん」

 俺の話を聞いているのかいないのか、ウェリタスは最後まで笑顔のままだった。

 本当にマイペースな人だな。だけど嫌いじゃない父親に、俺はあと一言、二言、別れの言葉をかけようとして、

「うっ!?

 流れる涙に気がついた。

 父は両目から涙をこぼし、うっうっと小さなえつまであげていた。

(これは、まさか……!!

 またあれか!? あれなのか!?

 焦る俺の前で、父ウェリタスはとつとつと語り出す。

「本当に……本当にいい子に育ってくれた……」

「女帝にさらわれ、辱めを受けて、挙句『この子はお前の子だ』と告げられた時は、絶望のあまりに命を絶とうとさえ思ったが……」

「生きていて良かった……君に出会えて良かった……」

「お父さんは、お父さんはね? 昔は神の存在なんて信じてなかったけれど……」

「今では神様に感謝したい気持ちでいっぱいだよぉぉぉぉぉ!!

「「「所長ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」

 父に釣られて、職人一同がおんおんと声を上げて泣き始めた。

 その中心で泣き崩れる父に抱きしめられながら、

(こうなる前に逃げたかったな……)

 などと思う俺だった。


    ‐4‐


 こうして出来上がったチェーンソーは、まさに破格の出来栄えとなった。

 機関部には最新式の魔導エンジンを搭載。刃やガイドバーには希少できようじんな金属を惜しみなく使い、取っ手やカバーもそれぞれ丈夫な素材で作られている。

 これは珠玉の逸品と言っていいだろう。見る者が見れば驚くような完成度だ。

 しかし肝心の使い手には……ルウナの軍団の工兵たちには、その価値がいまいち伝わらないようだった。

「やけに重いですね」

「無駄な機構がたくさん付いているように見えます」

「これは本当に役立つものなのですか?」

「いささか音も大きいようですが」

 試運転の際は本当にくそな評価を受けてしまった。

 もちろん、普通の木をスムーズに切ることはできたが、

「これならおのでもできます」

「自分たちも大ノコギリを用意してきたのですが」

 と、実に懐疑的な目で見られてしまった。

 妹もげんそうな顔で俺のことを見つめてくる。そんな視線にさらされると、やはり駄目なのではないかと不安な気持ちが湧き上がっていく。

 しかし、結果としてはそのすべてが懸念と言えて──。

 父が作ったチェーンソーは、狙い通り例の魔物を両断していくのだった。


『ヴァアアアアアアアアアア!?

『ヴォオオオオオオオオオオオオ!?

『オオッ!? アバーーーーーーーーーーッ!!

 魔の森に魔物の断末魔が響き渡っていく。

 一週間後の再挑戦、それは戦いとも言えないような一方的な伐採となった。

「こ、これは……」

「なんとも、まあ……」

 俺の隣で秘書官コンビがぜんとしていた。彼女らが見つめる先、開拓が進む森の中には、次々と切り倒されていく魔物がいた。

 若木も大木も長老級でさえも関係がない。チェーンソーはごうおんを上げ、わずか十秒足らずで幹を切断、うごめく木々を見事に討伐し続けている。

(他の魔物は……)

 この音と光景に恐れをなして逃げ出したみたいだ。副次的な効果も確認されて、新しい道具に対する評価は指数関数的に上がり続けている。

 もはや自前の大ノコギリを持っている者さえいない。団員たちは競うようにして十数台のチェーンソーを試して回り、その威力に陶然とした表情さえ浮かべていた。

「い、いや~、お見それしました」

「ルシオラ」

「私も感服しました」

「メモリアまで」

 自分の秘書官にも称賛され、俺は計画の成功について実感していた。

 やはりチェーンソーは強かった。やはり科学の力も捨てたものではなかった。

 自分だけではなく、父の成功でもあるようでうれしい。思わず俺は笑顔になって、近くにいる者、団員たちとも、朗らかな表情を向け合ったのだが──。

「……あれ? ルウナ?」

 最後の最後で異変に気がついた。

 妹が何やらうつむいている。いや、あれは震えているのか?

「どうかした?」

 チェーンソーが気に入らなかったんだろうか? 魔法が存在するこの世界、機械を蔑視する者がいるということは知っているが……。

(まさかルウナはそれじゃないだろう)

 好きなら好き、嫌いなら嫌いとはっきり告げるタイプのはずだ。

 なのにどうして固まっているのか、俺が妹の真意を探ろうとすると、

「ふっ」

「ふっ?」

「ふふっ。ふふふ」

「くっ、くくく……くふっ、ははっ!」

「ははっ! あはは! あーーーーーーはっはははは!!

「「「うわーーーーーーーっ!?」」」

 突然、妹が笑い声を上げてチェーンソーを振り回し始めた!

 範囲内にあるすべてがチュン! チュン! と高い音を立てて両断されていく!

『アオーーーーー!?

 まだ残っていた魔物が声を上げて逃げ出していった。

 それを妹は追撃し、一刀のもとに斬り捨ててから振り返り、叫ぶ。

「やはり姉さまは素晴らしいです!!

 その目には炎のような狂気が宿っていた。漆黒のオーラをゆらゆらと立ち昇らせながら、ルウナはチェーンソーを振り回し、また叫ぶ。

「この武器も本当に素晴らしいです!!

 魅入られたように森の奥に分け入っていくルウナ。

 その眼前からたちまち消失していく、立木、茂み、森そのもの。

 どうやら俺は何かいけないものを目覚めさせてしまったようだ。目に入るすべてを切り刻む妹は、やはり常軌を逸しているようにしか見えない。

 しかし俺はそれを止めることができず、周りも手を出しかねていて──。

 結局、魔の森にはせんの笑い声が響き続けるのだった──。


「あーーーーーーーーはっはっはっはっはっはっは!!