長い一日がようやく終わりを迎えようとしていた。
日付変更前の午後十一時、俺は
視線をずらせば隣で眠る妹ルウナの姿が見えた。泣いて、泣いて、泣き疲れて、そのまま気絶するように眠ってしまった年下の皇女。世間では
「疲れた……」
今日の騒動はまさにこの一言に尽きるだろう。
街でドタバタ、部屋でドタバタ、心休まる時が一瞬たりとも存在しなかった。
まあ、楽しくなかったと言えば
何事にも限度というものがあるだろう。俺はそれをはるかに超過した騒動に、すっかり心身共に疲れ果ててしまっていた。
『お疲れだな、俺』
「俺か」
ぼんやりとしていると、不意にベッドの横からひとりの少年が現れた。
くしゃっとした髪に飾り気のない
俺にしか見えない
『相変わらず竜巻みたいな皇女だな』
「ルウナか。かわいい妹ではあるんだけどな」
『そこは同意だ。武将っぽいけど、俺には子猫みたいに懐いているんだよな』
「あごをなでてあげるとごろごろ言って喜ぶしさ」
生前の俺と苦笑しながら談義する。幻相手の奇妙な会話だったが、ある意味では俺自身が相手だからか、不思議と話は弾んでいった。
『やはりかわいいは正義だな。かわいい女の子は素晴らしいよ』
「そこは同意だけど……妹は女の子って感じじゃないな」
『そうなのか?』
「ああ。なんというか、妹は妹って感じだ」
『妹キャラと実際の妹の違いってやつだな。前世の学校でよく聞いたよ』
うんうんとうなずき合う俺たち。
あの頃は姉か妹のいる同級生を心底うらやましく思ったものだけど──。
実際はやっぱり違うものなんだな。心底懐いてくれているが、俺にとってのルウナはあくまでかわいい妹の
『でもさ』
「うん?」
『そこまで懐かれたら悪い気がしなくもないんじゃないか?』
「お前なあ……」
いたずらっぽく笑う俺にため息をつく。
自分のことではあるが、こういうところがあるよな、俺って。
「さっきルウナは妹だって言ったばかりだろ」
『それにしては妙に懐かれているように見えるんだけどな』
「母親代わりでもあるんだよ。そんなこと俺にだって分かっているだろ?」
ラブはラブでも肉親に対する甘えのラブだ。ルウナは俺を好きだと言ってくれるが、それはあくまで姉に対して、家族に対しての好きなんだ。
「そこをはき違えちゃいけないな」
真面目な顔で生前の俺を諭す。いつにない真摯な姿勢に、どうやら俺も分かってくれたみたいだった。
「ん、うん……」
「おっと」
話し声が聞こえたのか、妹がむずかるように顔をしかめていた。
その姿に俺たちは自然と笑顔になる。ふふっと小さく笑い声をもらして、あとはささやくようにひそひそ、ぼそぼそと短く話を進めていく。
「そろそろいい時間だな。俺ももう寝るよ」
『遅くまで付き合わせて悪かったな』
「いや、いいさ。ちょうどいい気晴らしになった」
そう言いながら、俺はベッドサイドのランプの明かりを消していった。
代わりに差し込む月明かりの中、生前の俺は気安い笑顔で軽く手を振る。
『じゃあな』
「ああ」
短いやり取りのあと、幻はすぐに薄れて消えていった。
その様子をしばらく見送ったのち……俺は改めてベッドに身を横たえる。
あの幻がなんなのか、
(まあ、気分転換にはなったな)
それで良しとして、俺は静かに息をはくのだった。
(さ、寝るか)
シーツをかぶって目を閉じる。今日は本当に疲れた一日だったが、幸いにして眠気はすぐにも感じられた。
(疲れすぎると逆に眠れないこともあるもんな)
そんなことを思いながらゆっくりと意識を手放していく。
暗闇の中をたゆたうように、俺は静かにまどろみの底へと沈んでいって、
「いっ!?」
不意に感じた感触に引き上げられる。
これは……胸か!? 俺の胸に不可思議な感触が生まれている!
「って、ルウナ!?」
シーツをめくると、寝ていたはずのルウナが俺の胸に吸いついていた。
まさか寝ぼけているんだろうか? 妹はまるで赤ちゃんのように、俺のおっぱいを服の上からちゅうちゅうと吸っている!!
「んあああっ!?」
強く吸われて声が出た。まるで女の子のような甲高い声だ。
いや、今の俺は女の子だから、別におかしな話ではないのだけど……。
「ちょっ、あっ、ううっ!?」
離そうとしても離れない! がっちりと腕でホールドされている!!
妹は必死に俺の胸を吸い、俺はそれでまた声を上げてしまっている!!
「母性が芽生える! 母性が芽生える!!」
母性が芽生えてママになってしまう!!
(やばい、やばいぞ……!!)
焦りの中で周囲を見回すも、助けになるようなものは特に何も見当たらない。
妹の怒りを恐れてか、侍従や親衛隊たちがやってくるような気配もない……!!
「ル、ルウナ! あの、あっ、あっ!?」
もはや俺は腰砕けになり、妹の
必死に胸を吸うルウナ。戸惑うばかりの俺。そして再び姿を見せて『まあ、頑張れよ』と
「見てないで助けろッッッッッッ!!」
我ながら
やはり無茶なことで、俺はその後も妹に胸を吸われ続けるのだった。