エピローグ (カルロ視点)



 帝立歌劇団の皇宮公演が終わり、カルロはマリーと分かれて大広間に繋がる部屋に待機していた。

 二時間にわたる演劇はその長さを感じさせないほどおもしろく、せきする者もほとんどいなかった。あっという間に終わったように感じる。

 主演のミッシェル・ダンの演技も素晴らしかったが、そのたいしように目をうばわれた観客があちらこちらで感想を言い合っているのがカルロのもとまで聞こえてくる。

「ミッシェル・ダンの演技すごかったですわね! 前評判で演技に定評があることは存じていましたけれど、あんなに華のある女優さんだとは思っていませんでしたわ!」

「あら、あれはドレスの力も大きいですわよ。あんなに綺麗なシルエットのスカートなんて見たことありませんもの!」

「私も目を奪われましたわ! どこの仕立屋が作ったものなのでしょうね! 私も同じものが欲しいですわ~」

 れいじようたちうわさばなしにマリーの話題が上がったことに気付き、カルロは顔をしかめる。

 舞台で使われたドレスは見事で、れいな衣装を見慣れたカルロでも目を奪われるほどだった。

 多くの貴族がライラのドレスについて話題にしているから、これからマリーは仕立屋の仕事が忙しくなるだろう。

いやだな……)

 マリーが好きな仕事をすることはかんげいすべきことなのに、どうしても彼女との時間が奪われることに不満を覚えてしまう。それがような感情だと理解していながら。

(それにしても……あの時のマリーの目、輝いて綺麗だったな……)

 隣で舞台をながめている時のマリーの表情を思い出し、カルロは微笑む。

 先ほどまでマリーと一緒に観劇していたが、今は彼女はしようしつに行くと言って席を外している。カルロはそれがうそだと知っていた。みつにマリーの行動は報告させているから。

 マリーは仕立屋の女主人と、皇太子のこんやくしやマリア、そして本当のマリーの三つの顔を持っている。

 いま彼女は、仕立屋の女主人としてミッシェルのいる控室に向かっているのだ。

(ずっと一緒にいて欲しいけれど、それはできない……)

 待つのは苦痛ではないが、やはりそばにいて欲しいと思う。

 かくごとをされるのはしんらいされていないようで、さびしく感じた。もちろん言えない彼女の事情も分かっているのだが。

 身代わりを立てて皇太子をあざむこうは、本来ならきよつけいものだ。マリーやはくしやくが隠し通そうとするのも理解できる。

 だから彼女がカルロを信頼して打ち明けてくれる日まで、カルロもマリーの正体に気付いていない振りをするつもりだ。

(身代わりのことをマリーにばくされても、僕が彼女や伯爵たちを傷つけることはない)

 それをそれとなく伝えるべきなのか、迷っていた。どうさりげなく教えれば良いのかも難しいことだが。

 ――けれど、カルロ自身もこの身代わりが終わることにおびえがあるのだ。だから行動を躊躇ためらってしまう。

 もしも正直にマリーがにせものの伯爵令嬢マリアだと話してくれるなら、カルロは迷いなくマリアとの婚約を白紙にもどすだろう。

 だが、その後のマリーの行動が読めない。

 もしマリーが、ただの身代わりのけいやくのためだけにカルロと一緒にいたなら……もうカルロのそばにいようとしないかもしれない。

 ――それはどうしても看過できなかった。

 それなら、ずっと偽者のマリアのままでいてくれた方が良い。

(どうか僕からげないで……そんなことになれば、僕は何をしてしまうか分からない)

 マリーといると、時折、理性がせいぎよできなくなる。それはカルロにとってもおそろしいことだ。作り上げた仮面ががれて、おだやかなしんでいられなくなる。彼女をしばり付けるような真似はしたくないのに。

(マリー、君は僕のものだ)

 婚約者が偽者なことに気付かない振りをして、カルロもまた、微笑ほほえみ続けるために。

(だから、どうか今のままの『マリア』でいてくれ)

 その時、マリーが部屋に入ってきてカルロの姿を見つけて近付いてきた。

「お待たせしてしまいましたか?」

 急いできたのか、彼女は少し息が上がっている。その姿が色っぽかった。

 カルロは柔らかく首を振る。

「いいえ、今来たばかりです」

「……本当に?」

 しんぱいしようなマリーに、カルロは微苦笑する。

「……君のためなら、いくらでも待ちますよ」

 それが本音だ。

 この十年だって、ずっとマリーを求めて彷徨さまよっていたんだから。

 ――マリーが自分のものになるまで、あと少しくらい時間がかかっても構わない。

 そして二人で広間の中で踊りながら、パーティの夜はけていくのだった。