横に広がっているだけの補正具パニエしか見たことがなかった人々は驚いたようだ。

 天窓の陽光をあびて歌うライラは、元がまちむすめだということを忘れさせるほど美しい。

『あら、リオン。ここにいたの? どうしたの、ゆかに膝をついて。体が冷えてしまうわよ』

 そう舞台役者に向かって声をかけるミッシェルは、てんしんらんまんなライラそのものだった。ライラとしてミッシェルが舞台にいる間は、リオン役を別の役者が引き受けているのだろう。リオン役の青年は黒いマントを頭からかぶって観客に背中を見せている。

 ミッシェルはリオン役の青年の背に手をれ、『リオン』の声を出した。ここからが一人二役の真骨頂だ。

『良いよな、お前は。しよみんだったくせにお姫様になれて……しかも私の幼馴染のりんごくの王子にもきゆうこんされて……。皆から祝福されて! ハッピーエンドかよ、お前だけが……』

『リオン?』

 ライラが戸惑うように首を傾げている。

『前に言っていたよな? 私は王子様のことが好きか分からないって。それなのに彼とこんやくするのか?』

『それは……知らない人だけど、これからお互い知っていけば良いと思って。それに悪い人ではなさそうだし』

『それだけの理由で?』

『……私は王女として迎え入れられたのだもの。けつこん相手なんて自分では選べないわ』

 そうミッシェルは女声で言った後に、男のような低い笑い声を上げた。リオン役としての演技だろう。

『良いねぇ、それで彼と結婚できる訳か。……お前が女だったから! ずるいだろう、そんなの。自ら望んで得た地位でないなら、私にその場所をくれよ』

『え……?』

 勢いよく、リオン役の青年がミッシェルの腹部をナイフで刺した。もちろん模造けんだろう。しかしせまった演技にはくりよくがある。

 ミッシェルは信じられないような目でリオンを見つめた。そして地面にたおむと、全てを察したようになみだを流す。

『ああ……あなたは兄ではなく……姉だったのね? ごめんなさい、気付けなくて……私のゆいいつの、姉さん……』

 そうちからきる直前にささやき、リオンのほおに手を伸ばして天使のように微笑むライラ。そして彼女は意識を失った。

(すごく良いわ……)

 引き込まれてしまう。舞台が始まるまでだんしようしていた貴族達も、今はだれひと会話することなくかたを呑んで舞台上を見つめていた。

 劇場が暗幕に包まれ、リオンのかつこうをしたミッシェルが一人、舞台に現れる。

『私はこうかいなんてしない……! するものか! だって、そんなことをしたら……私はいったい何のために……っ』

 舞台が切り替わる。

 王子や両親、国民からライラの振りをしていたことが知られてしまい、世界がほうかいしていくさなか、リオンは玉座に腰かけていた。

 そしてリオンが最後に発した言葉は、愛する王子の名前ではなく――妹ライラの名前だったのだ。




 音楽がみ、辺りがしずまる。

 直後、割れるようなはくしゆが観客席からき上がった。

 全ての役者、団長、道具係などの関係者がだんじように集まって、いつせいに深く礼をする。

(……成功した)

 マリーは胸が熱くなった。

 ミッシェルが大きく頭を下げて、舞台から退場する。その間も、これまで浴びたことがないほどの拍手とせいえんが降りそそいでいた。

「ま、まあ、なかなか良かったですわね! これからもおうえんして差し上げてもよろしくてよ」

 ジェシカはミッシェルの実力を認めたらしく、ぎこちなくそう言った。なおでない友人に、マリーはつい笑ってしまう。

「本当に良かった……」

 舞台の上をキラキラと妖精達が舞っていた。よほどミッシェルの演技が気に入ったのだろう。

 その後、マリーは「お手洗いに行く」とカルロに言い訳をして女主人の格好に着替え、ジェシカと共にミッシェルのひかえしつまで向かった。

 たくさんの貴族にミッシェルは囲まれていたが、マリーの姿を見つめてけ寄ってくる。

「メアリーさん! 来てくれたんですね……!」

「すごかったですよ、ミッシェルさん」

 マリーの賞賛に、ミッシェルは照れたような顔をした。

「ありがとうございます。劇を見てくれたたくさんの貴族の方が私のこうえんをしたいと申し出てくれて……今、団長が対応してくれています」

 だから控室に人が集まっていたのだ。

 ミッシェルは目を潤ませて、マリーの手を取る。

「本当にありがとう……何だか、とらわれていたものから解放された気分です」

 そしてミッシェルは何かをなつかしむように目を細めた。

「不思議なんですけれど……舞台が終わった時、母親の姿が見えたんです。私を見てうれしそうに笑ってくれて……、もちろん気のせいだと思いますが、嬉しかった」

 きっとようせいがミッシェルの演技に喜んで、お礼に過去の母親の姿を見せたのだろう。ずいぶんいきなことをするな、とマリーは感心する。

 その後はライラの衣装を作ったのが謎の女主人メアリーだと知られてしまい、マリーのもとに仕事がさつとうしたというのはまた別のお話。




 全てが終わり、マリーはマリア・シュトレイン伯爵令嬢のドレスに着替えて大広間につながる部屋に向かった。

 そこにはすでにカルロがたくを整えて待っている。

「お待たせしてしまいましたか?」

 慌てて尋ねたマリーに、カルロはやわらかく首を振る。

「いいえ、今来たばかりです」

「……本当に?」

 かなりおそくなってしまったから、退たいくつさせてしまったのではないかとマリーは心配して聞いた。しかしカルロはしようする。

「……君のためなら、いくらでも待ちますよ。それでは、行きましょう」

 カルロがそう言って、マリーに片手を差し出す。

 マリーはその手をじっと見つめて、皇宮で初めて一緒に踊った日のことを思い出していた。けれど、あの時とは全然違う気持ちだ。

 マリーは照れながら、そっとカルロのうでおのれの手をからめて言った。

「……ありがとうございます」

 そして二人で大広間に入り、ファーストダンスを踊り始める。妖精達も手を取り合いクルクルと回った。

「マリアは本当に可愛かわいいですね」

 カルロに微笑んで言われて、

「そんなことは……」

 マリーはそう言いかけて、ハッとした。

 何だかうやむやになってしまっているが、マリーはマリアとして嫌われ続けていなければいけないはずなのだ。しかし、これでは仲が進展してしまっている。再会したばかりのころはファーストダンスも一緒に踊っていなかったのに。

「あの……」

 それなのに、カルロのむらさきいろの目を見ると言葉が口から出てこない。

 触れる熱にいとしさが込み上げてくる。

 カルロは自分を愛しているのではないかと勘違いしてしまいたくなる。それほどやさしいひとみでマリーを見つめていた。

(……やっぱり、私は……カルロ様のことが好きだ)

 いけない感情だと知りながら、止めることができない。

 日々彼への愛しさがつのっていくことに気付かない振りをして、マリーは今日もにせものとして踊り続けるのだ。