第九話 二人のお姫様



 マリーは女主人メアリーとして衣装をえ、カルロに会う前に舞台関係者として皇宮に入ってミッシェルに会っていた。

「わぁ! てき!」

 ドレスをまとったミッシェルは、皇宮のこうしつでそう顔をかがやかせる。

 補正具を下につけたスカートは全方位に丸く愛らしい形を作っている。

 むなもとから腹部をいろどる刺繍はオキザリスの花と【勇気】と【願いがかなう】魔法陣をみ込んであった。ドレスの形状やレースは細身のミッシェルに似合うように一部えている。

「最初のドレスのイメージとは変わっちゃったけど……」

 マリーはえんりよがちに言う。

「ううん、私、これが着たかったの。メアリーさん、本当にありがとう」

 ミッシェルは目をうるませている。マリーの両手をつかみ、「最高の舞台にしてみせます!」と言った。

 かのじよはもうミッシェルではなく『ライラ』になっていた。

 豊かな金色の髪は花と一緒に編み込んで背中に垂らしている。

 髪にはドレスと同じレースのかみかざりがつけられていた。しようでそばかすも消え、はなやかなぼうの少女に変身している。さすがは千の顔を持つ舞台女優だ。

れい……本当にお姫様みたい」

 マリーは本心からそう言った。

 お姫様になるように手を貸したマリーですら、ミッシェルの変化に驚いてしまう。

 見た目もそうだが、まとうふんが一変しているのはミッシェルがもう役に入り込んでいるからだろう。

「嬉しいです」

 ミッシェルは、はにかみ笑いをした。

 マリーは友人の手を握り、微笑む。

「本当です。みなきっと思うはずですよ。ちがいなく、今日の主役はミッシェルさんだって」

 魔法陣の周囲でようせいたちおどっているのだ。

 キラキラと陽光が反射し、祝福を受けているその姿は本物の【二人のお姫様】のようだった。

 残念ながら妖精達の姿が見えるのはマリーだけだが、観客にもそのこうごうしさは伝わるはずだ。

(きっと、妖精達が力を貸してくれるはずだわ)

 マリーはそう信じて疑わなかった。

 ミッシェルは「ありがとう! 行ってきます!」と更衣室から出て行こうとした。劇場に向かうつもりなのだろう。

「ありがとう。マリア様」

 かえりざまにミッシェルにそう言われて、マリーはこおり付く。

「な、ななな何で……?」

(正体がバレてる……?)

 青ざめるマリーに、ミッシェルはきょとんとした顔をして首を傾げる。

「女主人メアリーさんの時と、皇太子の婚約者マリア様の時としやべかたや動きのくせなどが同じでしたから。あっ、もしかして秘密でしたか? すみません!」

 さすが千の顔を持つじよゆうというべきか、ミッシェルの観察眼はすさまじかった。その能力が演技に存分に生かされているのだろう。

「ご心配しないでください! 私はだれにも言っていませんし、これからもないしよにしますから!」

 そう慌てて言うミッシェルに、マリーは白旗を上げるしかなかった。

(ただ者じゃないわ……)

 どうにか気持ちを立て直して、マリーは苦笑する。

「お願いしますね。【仕立屋フェアリー】の女主人メアリー・ジェーンとマリア・シュトレインはくしやくれいじようには何の関係もありませんから」

 そう言って、秘密だというように人差し指を唇に当てる。ミッシェルは力強くうなずき、「お約束します」と言って出て行く。

 マリーはそっと女主人メアリーのベールを外し、マリア・シュトレイン伯爵令嬢のドレスにえた。今度はカルロ皇子に会うために。




 舞台はきようむかえていた。

『私が女として育っていたら、彼におもいを告げることができたのだろうか……』

 男装した王子リオンにふんするミッシェルが、たい上でそうひざをつきながらなげく。

 舞台に用意された席は満席になっていた。マリーはひだりどなりをジェシカ、みぎどなりをカルロに囲まれている。

『いいえ、そんなはずがない。きっと、私が女の姿をしていても無理だった。だって彼は私にないものを持っているライラにかれたんだろうから……』

 ミッシェルはそう言うと、その場にくずれ落ちる。

 舞台の上にある天窓から差し込む明かりが、スポットライトのように彼女を包んだ。

『どうして、ふたなのにこんなにもちがうんだろう。……ライラがにくくて仕方がない。私がしかったものを何の苦労もせずに手に入れた彼女が。しかも、それが私の双子だなんて……神様はきっと私をおきらいなんだ』

 そしてミッシェルは手に持っていたナイフをつかみ、暗い決意をする。

『――そうだ、彼女に成り代わってやれば良い。見た目はそっくりなんだ……彼女に私の服を着せて殺し、死体を海に捨てよう。そして私がライラの格好をすれば、誰にも見破られるはずがない』

(……悲しい)

 マリーは胸を痛めていた。

 双子として生まれたのに、不運なめぐりあわせにより相手を憎んでしまうなんて……。

 マリーだったら、そばにナイフがあったとしてもマリアのことをしたりはしない。たとえ、そうすれば永遠に『マリア』のままでいられるとしても。

 となりにいるカルロを、マリーはちらりとのぞき見る。

(これは、わずかな時間だけ見られる妖精の夢みたいなものだわ……どれほどかんゆうわくであっても、それに屈してはならない。それは人としていけないことなのだから……)

 だから、これ以上好きになってはいけないと思うのに、うまくいかない。

「どうかしましたか?」

 マリーの視線に気づいたカルロが小声でたずねてきたが、マリーは首を振った。そして再び舞台に目を向ける。

 天窓がカーテンで隠れ、うずくまるミッシェルが消える。その後しばらくして明るくなった劇場に、舞台そでからミッシェルが現れた。マリーが作ったライラのドレスをまとう彼女に、観衆からざわめきが生まれる。

「なんだ、あのドレスは?」

「見たことがないデザインだわ……」

「前にも後ろにもふくらみがある。綺麗なシルエットねぇ」