第八話 破られたドレス
ギルアンは気絶している間に護衛の手によって拘束された。しばらくして目を覚ました彼が、うめき声をあげながらカルロに向かって悪態を吐く。
「クッソ……
「黙らせてください」
カルロが命じると護衛がギルアンの
「し、知っているのか、カルロ皇子! その女は――」
(正体が知られてしまう……!?)
やけくそになったギルアンがマリーの正体を
「あ、
そうとぼけたように言うカルロに、マリーはぽかんとした。そして気を失ったギルアンが護衛
(カルロ様の手が滑ったおかげで助かったけど……)
偶然にしてもタイミングが良すぎるカルロの行動に首を
「カルロ様。マリアを助けてくださり、ありがとうございました」
「
「お義姉さん……」
その呼びかけがまだ慣れないのか、エマの頬が引きつっていたが――。
「お父様とお母様が心配している。早く戻ろう、マリア」
「はい」
エマに
後日、『マリア』がギルアンにさらわれたことは、公にはしないことになった。
貴族の子女が
(カルロ様とお姉様のおかげだわ。またいつか、改めてお礼をしなきゃ……)
『ギルアンとその手下どもは
しかし、マリーはたとえ嫌いな
結局、カルロはかなり
これでもうギルアンに怯えて生活することもなくなるのだ、と思うと心の底から
だが、ギルアンが残した重大な問題はもうひとつあった。
「ひどいわ……」
マリーは自分の作業室で、ギルアンに引き
「同じ生地はもう入手できないし……かといって修繕跡を
マリーは作業机に
水色のサテン生地が手に入らなくて、
「
何度目かになるため息を落とした。
マリーはトルソーにかかったミッシェルの子供用ドレスのところまで行き、じっと
「これが一晩
ありえない
その時、肩に乗っていた女の子の妖精が子供用ドレスまで飛んでいく。そしてドレスを指差して、マリーに何かを必死に
「どうしたの?」
不思議に思ったマリーが妖精の示す
「うん?」
違和感を覚えてスカートを
(中にレースが入っている……? って、まさか……!)
マリーがスカートの裏地を調べて、
すぐに執事にミッシェルへ伝言を頼み、ライラのドレスと子供用ドレスを鞄に詰めて彼女の家を訪ねることにした。
「どうしました、メアリーさん。
練習がない日だったのかミッシェルはラフな格好だったが、快く
「実は、せっかく作ったドレスが
マリーが申し訳ない気持ちでそう言うと、ミッシェルは困ったような
「エマ様から
すでにエマが話を通してくれていたらしい。とりあえず現在の
(お姉様……)
エマの気遣いに胸があたたかくなる。マリーが伝えにくいと思ってやってくれたのだろう。
だが、これはマリーの仕事だ。こうなった責任はギルアンにあるとはいえ、女主人のメアリーがお客に説明しなければならないことだろう。
「このライラのドレスの修復は可能ですが、初期のイメージとは異なるものになります。そこでご相談させて頂きたくて……こちらを見て頂きたいのですが」
マリーはそう言って、ミッシェルの子供用ドレスを机の上に広げた。そしてスカートをひっくり返して、その裏地を見せる。
「これは……?」
ミッシェルが
マリーはそっと腰につけられた糸を剥がしていく。表の丁寧な縫い目と違って、まるで仮留めのような簡単につけられた糸の縫い目を。
「これは……!」
ミッシェルは呆然としてつぶやいた。
内側に同じサテンの布地が隠されていたのだ。
二の腕のふくらんでいた部分も同様に内側に布が折り込まれており、仮留めの糸を取って広げると大人サイズのドレスに変わる。
「サイズとデザインは微調整する必要がありますが……これは今のミッシェルさんにも着られるドレスになると思います」
マリーはミッシェルの母親の気持ちを思って
「きっと、ミッシェルさんが大人になっても着られるようにと、このドレスを作ったんでしょう」
ミッシェルは
「お母さん……」
すすりなく声に、マリーの胸が切なくなる。
ミッシェルが
「でも、これはお母さんのドレスじゃない……ああ、どうしてこんな時にようやく思い出すのか……あの時の母が着ていたライラの
ミッシェルの言葉に、マリーは
「きっとお母さんはミッシェルさんに自分と同じものを着る必要はない、ってメッセージを送りたかったんだと思います。ミッシェルさんにはミッシェルさんに似合うデザインがあります。それぞれの生き方が衣装に表れますから」
「私の生き方が……」
ミッシェルは放心したようにつぶやく。
その人に合う形が他の人にも合うとは限らない。必要なもの、似合うものも
「そうおっしゃって頂けて
そう言われて、マリーは
「必ずやご満足頂ける物を作り上げてみせます」
(――作ろう。ミッシェルさんのために、最高のドレスを)
マリーは改めて、そう決意した。
エマとベティ、ジェシカには休むよう
新たにミッシェルをイメージした刺繍レースを縫い上げる。
刺繍レースはマリーであっても仕上がるまで果てしなく時間がかかるものだった。
ドレスは本来なら数人の職人が一日の大半を
「納期……納期……」
と、ぶつぶつ
最近はドレスの仕立て優先で、
完成を間近に
「
そう言って、帝都で人気だという
「ありがとうございます……って、私が何をしているかご存じなのですか?」
「いいえ。最近は
(良かった。仕立屋フェアリーのことはバレていないみたい……)
カルロに全てを
「それなら、良かったら中に入って
マリーが
「ありがとうございます。それでは
(そういえば、会うのはあの日以来だわ……)
港の倉庫で
――いや、心臓に悪いから、あえて考えないようにしていたというのが正しいだろうか。
メイドが二人分の湯気の立つティーカップを置いて出て行く。
「この部屋は
室内にある
マリーはそっとライラの衣装をカルロの視界から隠した。
(あっ、ドレスや刺繍をカルロ様に見せても
マリーはそれで自分が【
(ジェシカみたいな【織姫】教でなければ、
そうマリーは思って油断した。まさか全てカルロにバレているとは思いもせず。
「
そうカルロに微笑まれて、マリーはドキリとした。
(し、心臓に悪い……)
なぜか心がふわふわして落ち着かなくなり、目を泳がせて「そ、そうですか……」と言うしかできなかった。
「
「えっ!? な、何に……?」
どぎまぎしていると、カルロは笑った。
「刺繍レースですよ。君が作っている物が気になりまして……マリアに触れても良いなら喜んで触れますけど」
「えっ、あ、あぁ……そうですよね、刺繍! はい、どうぞ!」
マリーはうつむいたまま、勢いよく近くにあった刺繍レースを差し出した。
顔が真っ赤になってしまっているので、とても見せられない。
(自分の
カルロが長細い刺繍レースを眺めながら、感心したように息を
「
驚いて、マリーの肩が
(普通の人にはただの模様のようにしか見えないはずだけど……)
魔法陣の存在は知られてはいけないという母親の約束がある。マリーができることは、ただの【おまじない】なのだと言い張っているのだが……。
カルロは目を細めて言う。
「私達の身近にある模様――衣服や皿などの
マリーは戸惑いながら、じっとカルロを見つめる。
「そう、なんですか……」
(それって、どういうこと……?)
マリーが縫っている魔法陣の模様は、母から教わったものだ。
カルロはふっと息を吐いて笑う。
「……もしかしたら、ラグラスの民の生き残りが作った文様が世界中に広まり、我々が普段使う意匠として残ったのかもしれません。けれど僕らには魔法は使えない。ラグラスの王族だけが使えたという失われた魔法は……その文様からきているのではないか、と考古学者の間では推察されています。それらの
「【祈り】……?」
マリーがつぶやくと、視界で妖精達がざわめいた。キラキラと嬉しそうに
カルロには見えていない妖精達を、マリーはじっと見つめる。
(もしかしたら、私はラグラスと何か関係があるの……?)
今まで考えてもみなかったことに、ひどく胸がざわめく。
(……いや、まさかね。私が失われた国の王族の
物思いにふけるマリーを見て、カルロは苦笑する。
「……すみません。くだらない長話をしてしまって。冷めてしまうので飲みましょう」
「あっ、すみません! どうぞ」
マリーは
「もうすぐ皇宮で僕の生誕を祝うパーティがあるので、もし良かったら僕のパートナーとして参加してくれませんか?」
カルロの問いかけに、マリーは驚きつつも「……はい」と、うなずく。
婚約者なのだからパートナーになるのは当然だ。けれどカルロは
――と、そこで気付いた。ダンスをするということは、また彼と密着しなければいけないということに。
(……私、心臓が持つかしら)
頬に両手をあてて、マリーは熱のこもった肌を感じる。
そして、ちらりとカルロの方を見ると、彼はとても優しい笑みを浮かべていた。
「ちょうど『二人のお
「は、はい……」
(そういえば今回は皇宮で
マリーは招待状もミッシェルからもらっている。