第八話 破られたドレス



 ギルアンは気絶している間に護衛の手によって拘束された。しばらくして目を覚ました彼が、うめき声をあげながらカルロに向かって悪態を吐く。

「クッソ……じやしやがって!」

「黙らせてください」

 カルロが命じると護衛がギルアンのよこつらり飛ばした。かなり良い音がして地面に転がったが、マリーは同情する気にはなれない

「し、知っているのか、カルロ皇子! その女は――」

(正体が知られてしまう……!?

 やけくそになったギルアンがマリーの正体をばくしようとしたのだが、すんでのところで、カルロが投げた拳ほどの石が頭にぶつかって床にびてしまう。

「あ、ぐうぜんにも手がすべってしまいました」

 そうとぼけたように言うカルロに、マリーはぽかんとした。そして気を失ったギルアンが護衛たちに引きずられて行くのを黙って二人で見送った。

(カルロ様の手が滑ったおかげで助かったけど……)

 偶然にしてもタイミングが良すぎるカルロの行動に首をかしげていると、エマがカルロに向かって頭を下げた。

「カルロ様。マリアを助けてくださり、ありがとうございました」

こんやくしやなのですからまもるのは当然です。これからもたよってください、お義姉さん」

「お義姉さん……」

 その呼びかけがまだ慣れないのか、エマの頬が引きつっていたが――。

「お父様とお母様が心配している。早く戻ろう、マリア」

「はい」

 エマにうながされ、マリーはギルアンのことはカルロに任せて、その場を後にした。




 後日、『マリア』がギルアンにさらわれたことは、公にはしないことになった。

 貴族の子女がゆうかいされたことが広まると、たとえ何事もなく帰ってこられたとしても手を出されたとた噂が流されるだろう、というはいりよからだった。マリーとしても周囲からあれこれせんさくされたくないので賛成した。

(カルロ様とお姉様のおかげだわ。またいつか、改めてお礼をしなきゃ……)

『ギルアンとその手下どもはざんしゆけいとうです』とカルロは言った。

 しかし、マリーはたとえ嫌いなおさなじみでも自分のせいで死なれるのは嫌だったので、カルロにげんけいしてもらえるようたのんだ。

 結局、カルロはかなりしぶしぶだったが、刑を軽くしてもらいたがっているテーレン家にこうしようしてくれた。内々にシュトレインはくしやくに多額のしやりようを支払わせることで、ギルアンはしゆうしんけいで落ち着いた。

 これでもうギルアンに怯えて生活することもなくなるのだ、と思うと心の底からあんした。

 だが、ギルアンが残した重大な問題はもうひとつあった。

「ひどいわ……」

 マリーは自分の作業室で、ギルアンに引きかれたドレスを手にしてため息をらす。

 が大きく上から下に引き裂かれている。しゆうレースはしんちように時間をかければ修復できそうだが、布地はそうもいかない。ツルツルした生地のためしゆうぜんあとがどうしても目立ってしまう。

「同じ生地はもう入手できないし……かといって修繕跡をかくすようなデザインにへんこうしたら、イメージから大きく変わってしまうわ」

 マリーは作業机にして呻き声を上げる。

 水色のサテン生地が手に入らなくて、ていの貿易商や仕立屋をめぐってようやく似た生地を一着分買い取って作ったのだ。外国から仕入れることもできるが、そうすると完成が数か月は伸びてしまう。

はつたいは二週間後なのに……それじゃあ間に合わない」

 何度目かになるため息を落とした。

 マリーはトルソーにかかったミッシェルの子供用ドレスのところまで行き、じっとながめる。

「これが一晩たら大人用のドレスに変わっていたら良いのに……」

 ありえないもうそうをしてしまいたくなるくらい、追い詰められていた。

 その時、肩に乗っていた女の子の妖精が子供用ドレスまで飛んでいく。そしてドレスを指差して、マリーに何かを必死にうつたえるような表情をした。

「どうしたの?」

 不思議に思ったマリーが妖精の示すしよを握る。

「うん?」

 違和感を覚えてスカートをでまわす。防寒対策のために中に布が重ねられているのかと思っていたが、スカートのおくから伝わるかんしよくはまるでレースのそれだ。

(中にレースが入っている……? って、まさか……!)

 マリーがスカートの裏地を調べて、こしの部分にざっくりとしたあとを発見した。そして気をつけながらゆっくりとを解き、驚愕した。

 すぐに執事にミッシェルへ伝言を頼み、ライラのドレスと子供用ドレスを鞄に詰めて彼女の家を訪ねることにした。




「どうしました、メアリーさん。とつぜん……」

 練習がない日だったのかミッシェルはラフな格好だったが、快くむかえてくれた。応接間に案内されて紅茶を出してくれる。護衛は部屋の外で待ってもらうことにした。

「実は、せっかく作ったドレスがになってしまって……」

 マリーが申し訳ない気持ちでそう言うと、ミッシェルは困ったようなみをかべて首を振る。

「エマ様からうかがいました。事故に巻き込まれて大変だったそうですね。ドレスが破れてしまったと聞きましたが……やはり修復は難しいですか?」

 すでにエマが話を通してくれていたらしい。とりあえず現在のじようきようだけミッシェルに伝え、マリーが修復するか、この話を断るかミッシェルに待ってもらっていたようだ。

(お姉様……)

 エマの気遣いに胸があたたかくなる。マリーが伝えにくいと思ってやってくれたのだろう。

 だが、これはマリーの仕事だ。こうなった責任はギルアンにあるとはいえ、女主人のメアリーがお客に説明しなければならないことだろう。

「このライラのドレスの修復は可能ですが、初期のイメージとは異なるものになります。そこでご相談させて頂きたくて……こちらを見て頂きたいのですが」

 マリーはそう言って、ミッシェルの子供用ドレスを机の上に広げた。そしてスカートをひっくり返して、その裏地を見せる。

「これは……?」

 ミッシェルがこんわくしているように聞いてきた。

 マリーはそっと腰につけられた糸を剥がしていく。表の丁寧な縫い目と違って、まるで仮留めのような簡単につけられた糸の縫い目を。

「これは……!」

 ミッシェルは呆然としてつぶやいた。

 内側に同じサテンの布地が隠されていたのだ。

 二の腕のふくらんでいた部分も同様に内側に布が折り込まれており、仮留めの糸を取って広げると大人サイズのドレスに変わる。

「サイズとデザインは微調整する必要がありますが……これは今のミッシェルさんにも着られるドレスになると思います」

 マリーはミッシェルの母親の気持ちを思ってばんかんを込めて、そう言う。

「きっと、ミッシェルさんが大人になっても着られるようにと、このドレスを作ったんでしょう」

 ミッシェルはふるえる手でドレスを手に取ると、それに顔を埋めた。

「お母さん……」

 すすりなく声に、マリーの胸が切なくなる。

 ミッシェルがまどいながらドレスを見つめて言う

「でも、これはお母さんのドレスじゃない……ああ、どうしてこんな時にようやく思い出すのか……あの時の母が着ていたライラのしようは、これとは違うデザインでした」

 ミッシェルの言葉に、マリーは微笑ほほえむ。

「きっとお母さんはミッシェルさんに自分と同じものを着る必要はない、ってメッセージを送りたかったんだと思います。ミッシェルさんにはミッシェルさんに似合うデザインがあります。それぞれの生き方が衣装に表れますから」

「私の生き方が……」

 ミッシェルは放心したようにつぶやく。

 その人に合う形が他の人にも合うとは限らない。必要なもの、似合うものもせんばんべつだ。衣装はその人の選ぶ生き方であり、周囲からどう見られたいかになり、まとう人の考えをよく表している。まるで生き物のようにねんれいと共に移り変わる。

 うつむいていたミッシェルは、しばらくして顔を上げた。

「そうおっしゃって頂けてっ切れました。どうか、母とよく似たものではなく、私に似合うデザインを作ってください。このライラの衣装をベースにして」

 そう言われて、マリーはどうもくし――微笑んだ。

「必ずやご満足頂ける物を作り上げてみせます」

(――作ろう。ミッシェルさんのために、最高のドレスを)

 マリーは改めて、そう決意した。




 たいの開演の日まで残りわずかだ。

 エマとベティ、ジェシカには休むようすすめられたが、マリーはそうも言っていられず、ドレスを作り続ける。

 新たにミッシェルをイメージした刺繍レースを縫い上げる。

 刺繍レースはマリーであっても仕上がるまで果てしなく時間がかかるものだった。

 ドレスは本来なら数人の職人が一日の大半をついやしても完成まで数週間、下手したら数か月もかかるしろものだ。今回はベースとなる生地とレースが残っているため、いくつかのデザイン変更とサイズ調整で済む。

「納期……納期……」

 と、ぶつぶつつぶやきながら一心不乱に手を動かし続けるマリーは、心配して様子を見にきたエマもたじろくほどだった。

 最近はドレスの仕立て優先で、きさき教育にも行けていない。

 完成を間近にひかえたある日、カルロが伯爵家を訪ねてきた。

ちかごろこうぐうにいらっしゃっていないので心配していました。ドレス作りも良いですが、たまにはきゆうけいしないと体が持ちませんよ」

 そう言って、帝都で人気だというあまを差し入れしてくれる。ケーキかクッキーだろう。良い香りが箱からただよっていた。

「ありがとうございます……って、私が何をしているかご存じなのですか?」

 げんかんさきおどろいた表情をするマリーに、カルロはしようした。

「いいえ。最近はしゆでドレス作りや刺繍に目覚めたと風のうわさで聞いただけです」

(良かった。仕立屋フェアリーのことはバレていないみたい……)

 カルロに全てをかされていると気付いていないマリーは、そっと胸を撫でおろした。どこからドレス製作の話が漏れたのかは気になったが……。

「それなら、良かったら中に入っていつしよにお茶をしませんか? ちょうど休憩したいと思っていたので」

 マリーがさそうと、そう言われるのを待っていたようにカルロはうなずく。

「ありがとうございます。それではに」

(そういえば、会うのはあの日以来だわ……)

 港の倉庫できしめ合ったことを思い出し、マリーは顔が熱くなるのを感じた。仕事に集中していたから考えるゆうがなかった。

 ――いや、心臓に悪いから、あえて考えないようにしていたというのが正しいだろうか。

 メイドが二人分の湯気の立つティーカップを置いて出て行く。

「この部屋はそうかんですね」

 室内にあるはたり機や、たなに入った布や糸、トルソーにかけられたドレス達を見て、カルロはかんたんいきを漏らす。

 マリーはそっとライラの衣装をカルロの視界から隠した。

(あっ、ドレスや刺繍をカルロ様に見せてもだいじようかしら……?)

 マリーはそれで自分が【おりひめ】だと知られてしまわないか不安になったが、すぐに考えを改めて首をる。

(ジェシカみたいな【織姫】教でなければ、つうの人には違いなんて分かるはずないわ)

 そうマリーは思って油断した。まさか全てカルロにバレているとは思いもせず。

ぼくに気にせずドレスを作ってください。時間になったら勝手に帰りますので。君がドレスを作るところを見たいんです」

 そうカルロに微笑まれて、マリーはドキリとした。

(し、心臓に悪い……)

 なぜか心がふわふわして落ち着かなくなり、目を泳がせて「そ、そうですか……」と言うしかできなかった。

れても良いですか?」

「えっ!? な、何に……?」

 どぎまぎしていると、カルロは笑った。

「刺繍レースですよ。君が作っている物が気になりまして……マリアに触れても良いなら喜んで触れますけど」

「えっ、あ、あぁ……そうですよね、刺繍! はい、どうぞ!」

 マリーはうつむいたまま、勢いよく近くにあった刺繍レースを差し出した。

 顔が真っ赤になってしまっているので、とても見せられない。

(自分のかんちがいがずかしい……っ)

 カルロが長細い刺繍レースを眺めながら、感心したように息をく。

らしいしようです。今までまじまじと見たことはなかったのですが、刺繍のがくようって、たくさんのほうじんが連なっているように見えますね」

 驚いて、マリーの肩がねてしまう。

(普通の人にはただの模様のようにしか見えないはずだけど……)

 魔法陣の存在は知られてはいけないという母親の約束がある。マリーができることは、ただの【おまじない】なのだと言い張っているのだが……。

 カルロは目を細めて言う。

「私達の身近にある模様――衣服や皿などのそうしよくは、古代じゆつ国家にルーツがあると言われています。かれらが残したせきや遺物の中に、すでに似た文様が存在するからです」

 マリーは戸惑いながら、じっとカルロを見つめる。

「そう、なんですか……」

(それって、どういうこと……?)

 マリーが縫っている魔法陣の模様は、母から教わったものだ。

 カルロはふっと息を吐いて笑う。

「……もしかしたら、ラグラスの民の生き残りが作った文様が世界中に広まり、我々が普段使う意匠として残ったのかもしれません。けれど僕らには魔法は使えない。ラグラスの王族だけが使えたという失われた魔法は……その文様からきているのではないか、と考古学者の間では推察されています。それらのがらは、古代語で【いのり】と言うそうですよ」

「【祈り】……?」

 マリーがつぶやくと、視界で妖精達がざわめいた。キラキラと嬉しそうにりゆうう。まるで『そうだよ』と言っているかのように。

 カルロには見えていない妖精達を、マリーはじっと見つめる。

(もしかしたら、私はラグラスと何か関係があるの……?)

 今まで考えてもみなかったことに、ひどく胸がざわめく。

(……いや、まさかね。私が失われた国の王族のまつえいだなんて……そんなこと、あるはずがないわ)

 物思いにふけるマリーを見て、カルロは苦笑する。

「……すみません。くだらない長話をしてしまって。冷めてしまうので飲みましょう」

「あっ、すみません! どうぞ」

 マリーはあわててカップに口をつける。少しぬるくなったけれど、ねこじたのマリーにはちょうど良かった。

「もうすぐ皇宮で僕の生誕を祝うパーティがあるので、もし良かったら僕のパートナーとして参加してくれませんか?」

 カルロの問いかけに、マリーは驚きつつも「……はい」と、うなずく。

 婚約者なのだからパートナーになるのは当然だ。けれどカルロはいしていない。その思いやりにマリーは嬉しくなる。

 ――と、そこで気付いた。ダンスをするということは、また彼と密着しなければいけないということに。

(……私、心臓が持つかしら)

 頬に両手をあてて、マリーは熱のこもった肌を感じる。

 そして、ちらりとカルロの方を見ると、彼はとても優しい笑みを浮かべていた。

「ちょうど『二人のおひめさま』の公開初日です。舞台は今回特別に皇宮の劇場で行われることになりましたので、一緒に見ませんか?」

「は、はい……」

(そういえば今回は皇宮でかいさいされるんだったわ……)

 マリーは招待状もミッシェルからもらっている。

 なぞの女主人メアリーとしてミッシェルの初主演舞台をかんしようするつもりだったのに、カルロと一緒だとまた皇太子婚約者マリアのをしなければならないだろう。

 いそがしくなりそうだ、と内心アワアワした。