第五話 避けられない依頼



「えっ、ギルアンがここに……?」

 ギルアンが【仕立屋フェアリー】にやってきた数時間後、マリーはジェシカと共に仕立屋に立ち寄っていた。新しい依頼の話などのスケジュールをベティから聞こうと思って、謎の女主人のベールをつけてやってきたのだ。

 ベティは青ざめた顔ですがるように言う。

「そうなんだよぉ。その時は何とか追い払ったけど、また来るかもしれない。店主がマリーじゃないかと疑っていたから」

 そう言われて、マリーはかんがえ込む。

(まさかギルアンが、まだ私のことを捜しているなんて……)

 女好きのかれのことだから、いなくなったマリーにしゆうちやくせず興味は他の女性に向かうだろうと思っていたのに。

「何ですの? だれです、そのギルアンって」

 そう不思議そうにジェシカが首をかしげていたので、マリーは自分に付きまとってくる男性とだけ答えた。

「まあ! なんてめいわくな男なんでしょう。【織姫】を困らせるなんて許せませんわ。わたくしがらしめて差し上げましょう」

 そううでまくりしながらジェシカが出て行こうとしたので、マリーは困りがおで押し止める。

「気持ちはうれしいけど……ジェシカ、落ち着いて」

 いつの間にかかのじよとは『ジェシカ』『マリア』と親しく呼び合う仲になっていたが、それでもマリアとの入れ替わりのことは話せていない。

(こんなに私のことを守ってくれようとするジェシカにかくごとなんて……)

 そう思うたびに心を痛めるが、それでもどこからか秘密がろうえいしたら伯爵家がきゆうに立たされてしまう。秘密を知る者は少ない方が良い。

 マリーは気持ちをり払い、一つの結論に至った。

「仕方ないわね……しばらくお店は閉めましょう。ギルアンの興味がうすれる時まで」

「そんな……! せっかく仕立屋をオープンさせて、これからお針子をもっと雇って商売をどうにのせようとしていたところでしたのに」

 残念そうにジェシカが言う。マリーもつらい決断だったが、やむを得ない。マリーが店に顔を出すのは危険すぎる。かといってお店のことをベティ達に全て任せたら、ギルアンが嫌がらせで営業のじやをしてくるかもしれない。

「仕方ないわ。ギルアンは乱暴者だからどんな手段を取ってくるか分からないもの。私だけじゃなくみながいおよぶかも……そんなの嫌だもの」

 マリーの言葉に、きゅっとジェシカとベティは頭を垂らした。

 まるでそうしきのような空気の中、とつじよ、玄関扉から二十歳はたちくらいの女性が飛び込んできた。あわい金色のかみを後ろにひっつめた、そばかすの浮いたあかぬけない容姿をしている。

「おや? 閉店の看板は下げてあったんだけど……」

 ベティの言葉に、来客の女性は申し訳なさそうな顔をする。

「すみません」

「私は【仕立屋フェアリー】の女主人メアリー・ジェーンと申します。恐れ入りますが、しばらくお店を閉めるつもりだったんです」

 話を聞いてしまうとつい引き受けたくなってしまうため、マリーは開口一番にそう言った。

「そうなのですか!? ですが、どうしてもドレスの製作を引き受けていただきたくて……お話だけでも聞いていただけませんか?」

 マリーは困惑気味にベティとジェシカと顔を合わせた。仕方なく、応接用のソファーに案内する。

『ちょっとちょっと! 話を聞いちゃったら断りにくくなるじゃないか!』

 マリーのわきをツンツンして小言を言うベティに、マリーが困り顔をする。

『だ、だって……何だか困っているみたいだったし……』

 そんなやり取りがわされていることに気付かない様子で、マリーの向かいに座る女性は言った。

「私は帝立歌劇団に所属しているミッシェル・ダンと申します」

 ようせいがミッシェルの髪を引っ張って遊んでいる。ミッシェルは何かかんを覚えたのか、首を傾げつつ髪をさわっていた。マリーが口パクで『こら! やめなさい!』とおこると、妖精たちがキャッキャッとしながら飛んでいく。ミッシェルが不思議そうな顔をしてマリーを見たので、苦笑いで誤魔化した。

 ミッシェルの依頼は、主演の『二人のおひめさま』というたいのドレスを作ってしいというものだった。

(二人のお姫様……?)

 それはこの国の者ならば誰もが知る有名な物語だ。

 マリーにとっては、十年前にカルロと行った妖精降臨祭の夜に見た思い出のオペラでもある。それをなつかしく思い出していると、ベティが顔色を変えた。

「て、帝立歌劇団!? すごいじゃないか。もしそんな依頼を受けられたら……」

 この帝国で最もけんがある歌劇団だ。その初回の上演時には国王夫妻も参列される。

(そんなおおたいでの衣装を私に……?)

 ビックリしているマリーとは反対に、ジェシカは面白くなさそうな顔をしている。

「なるほど……ミッシェル・ダン。お名前は聞いたことがありますわ」

「そうなの?」

 マリーの問いに、ジェシカはうなずく。

しんしんえいの実力派の役者ですわね。残念ながら、わたくしのしやく家がこうえんしている演者ではありませんけれど。彼女は千の顔を持つじよゆうと言われておりまして、どんな役でもこなせると評判ですわ」

 ミッシェルはずかしそうに後ろ頭を掻いた。

「いえ、私はこんな地味な見た目ですから、どんな役にも化けられるんです……女はしようをすれば変わりますし」

 確かに派手な美人が舞台に立つと、どうしても役よりも元々の個としての印象が強くなるが、ミッシェルは印象が薄い分、どんな役でもハマりやすいのだろう。もちろん、そこに彼女の演技力も上乗せされて評価されているのだ。

「私は美人に生まれませんでしたから、今まで血のにじむような努力をして、ようやく『二人のお姫様』の主演の座を勝ち取りました。絶対に成功させたいんです。母のためにも」

「お母さん……?」

 マリーの問いかけに、ミッシェルはさびしそうに笑う。

「母は帝立歌劇団で一番の歌い手でした。女手ひとつで育ててもらっていたのですが、十年前にがけくずれの事故でくなってしまいまして……私は幼いころから母が舞台に立つ姿を見て、自分も母のようになりたいと思って、幼いながらに子役として帝立歌劇団に所属していました。ですが周りから『母親ほどの実力はない。ただの七光りだ』と馬鹿にされて……その時に母親への反感から冷たく接してしまったんです。地方へ公演えんせいに出かける母にやさしくできませんでした。それが母と会う最後になるなんて、その時は思っていなかったんです……」

 悲痛な話に、マリーは息を呑んだ。

「『二人のお姫様』は母が何度も主役を演じていた、お気に入りの演目です。ようやく私も主演に手が届いた……だから絶対に成功させたいんです。せきのドレスを作れるという【織姫】に、ぜひお願いしたいんです!」

「え……」

(どうして私が【織姫】だってことが知られているの!?

 マリーがプチパニックにおちいっていると、ジェシカがにらみつけてくる。

「わたくしは言っていませんわよ。ですけれど、どうしても噂なんて立ってしまいますわ。だって仕立ての腕がじんじようではありませんもの。あなた手加減なんてなさらないでしょう?」

「だ、だって……」

 自分が作るものを適当になんてできない。しかもお金をもらっている衣装だ。

 マリーが頭をかかえていると、ミッシェルが深々と頭を下げた。

「お願いします……! これが私が渡せる全てです」

 そう言って、ミッシェルは小切手を渡してきた。それは決して安くはない。仮に高い金糸や布を使ったとしても相場の何倍にもなる金額で――。

「こんなに受け取れません!」

 仮にドレスを二着作ったとしても、多すぎる金額だ。

「ならば舞台が成功した時に、これを受け取ってください。今は前金として、これだけ」

 ミッシェルはサラサラとペンで書いた用紙をマリーにわたした。それは相場の金額で、マリーはあんする。

「良いんですの? 引き受ける流れになっていますけれど……」

 ジェシカに耳打ちされたが、マリーは苦笑いするしかない。あんな話をされて断れるはずがなかった。

「仕方ないわ。この依頼だけ受ける」

 ジェシカはため息を落としておうぎを開いた。

「まったく優しすぎますわ! ……そんなところも好きですけれど」

 最後の方は小声で言いながらも、ジェシカはミッシェルを睨みつける。

「わたくし用事がありますので、そろそろ帰りますわ。ですが、【織姫】の一番のファンはわたくしですのよ! 彼女が衣装を作るのだから、せいぜい帝立歌劇団の団長の顔にどろらないようがんりなさい」

 そうツン発言をして、扉から出て行った。

 あまりのおじようさまな言い方に目が点になっているミッシェルに、マリーは「悪気はないのよ」とフォローを入れる。

「ああ、いえ……お貴族のお嬢様の演技の参考になりましたので、お気になさらず」

 どんな相手のいでも前向きに仕事に取り入れるミッシェルだった。

「さて、さっそくどんなドレスにするか相談しましょう」

 マリーが微笑ほほえむと、ミッシェルがうなずいた。

 玄関のかぎを閉めてこうしつに移動する。ミッシェルの体を採寸した後、応接机に戻ってきた。

「ミッシェルさんはどんなドレスが良いですか?」

「そうですね……本当は母が着ていたものと同じドレスが良かったんですけれど、デザイン画がもう残っていなかったんです。代わりに、私が十年前に母からもらったドレスを持ってきました。これは母が演じる王女ライラをイメージしたもので……母が私とおそろいになるように、仕立屋にお願いして子供用に作ってくれたものらしいんです」

 ミッシェルが大きなかばんからそっと取り出したのは、子供用の水色のドレスだった。

「わあ……めずらしい。サテンですね」

 マリーは目を見張った。サテンの布地はなかなか手に入らない高級素材で、美しいこうたくとくちようだ。しかし国内には流通しておらず、東国からの輸入で、たまに入ってくる程度だった。ところどころにあしらわれたしんじゆも小ぶりながら質が良く、ドレスのデザインによく合っている。

てきですね」

 親子で衣装をそろえようとするなんて微笑ほほえましい話だ。

「ありがとうございます。子供向けなので母親が着たドレスとそっくり同じではないと思いますが……参考にしていただけると幸いです」

 ミッシェルは懐かしむように目を細めて、ちょっと辛そうな表情をしていた。

 そのドレスはうでやスカートの中に生地が重ねられ、ふんわりするようになっていた。防寒対策のためなのか、あるいは動き回る子供にも広がるスカートでお洒落しやれさせたいと考えたのか。

(確かに子供に、こし周りにクッションのついたペチコートやスカートのりようわきふくらませるフープをつけるのはじような気がするものね)

「なるほど。親子でお揃いにしたんですね」

 マリーはそう微笑んだ。舞台に立つ王女ライラを演じる母親と、観客席にいる子供のライラ。マリーの脳裏にそんなイメージがいた。

「他に何かご希望はございますか?」

『二人のお姫様』は主演のふたの王女ライラとリオンが主役になる。一人で二役演じる難しいオペラだ。リオンは男装している役のため、ドレスが必要になるのは王女ライラだけだ。

「そうですね。やっぱり舞台の上でも目を引くようなはなやかさがあると良いんですが……演劇中に何度かえたりすることも考えると、できればちやくだつの簡単なものが望ましい……かな?」

 ミッシェルはなやみながらも、そう言う。

ごうで着脱が容易なドレス……」

 マリーはつぶやいた。机の上の白いデザイン用の紙束を見つめながら思考をめぐらせる。

(手軽に華やかなドレスを作りたいなら、華やかな布やレースで飾り付けすれば良いけれど、今回は元のドレスデザインがあるからそれもできないし……)

 マリーは唸った。かなり難しい。はっきり言って無理難題だ。

 そもそも一人で簡単にぐというのがドレスは難しい。

 貴族がまとうコルセットは、メイドがきつく背中側のひもしばりあげて腰を細く見せているのだ。それにより体のラインをメリハリのあるれいな形に見せているのである。そして何枚も巻きスカートを穿いたり、パニエを付けることでスカートに膨らみを持たせる必要がある。

 どちらにしても、きゆうていドレスを着るにはとにかく時間がかかるものなのだ。

 そんな依頼は皇家ようたしの仕立屋だって、さじを投げるにちがいない。しかしマリーは違った。

(……いや、できるわ!)

 その時、ふっとてんけいがおりたような感覚がして、マリーは羽ペンを走らせた。

 取りつかれたように一心不乱にペンを動かすマリーを見て、ミッシェルが驚いたように息を呑んだ。

「す、すごい……! え、このデザインって、パニエですよね? でも私が知っているものと形が違うわ」

 ミッシェルがデザインを見つめながら言う。

 パニエはスカートの下に身に着けて布をふくらませる補正具だ。

 正面から見るとスカートが大きく見えてごうしやになるが、横から見ると薄くてひんそうなのが難点だった。

 しかしマリーが考案した補正具は従来のパニエとは違い、前後左右どこから見ても綺麗に丸く広がっているものだった。後にクリノリンと呼ばれて宮廷で大流行する補正具だったが、生まれたばかりのこの時はまだ名前はない。

 マリーはめられたことが嬉しくて照れたように笑う。

「えっと……かご状に骨組みを作れば、パニエももっと豪華にできるかなと思いまして……これならシルエットも綺麗ですし、がっちりコルセットでウエストを引きしぼらなくても、体のラインも綺麗に見えると思います。スカートが前後左右に広がるので、より舞台上でえます。ベルトで一人でも簡単にできるようにします」

 これならしよみんも使うような簡単なコルセットで済むだろう。

 ミッシェルは嬉しそうにマリーの手をにぎった。

「本当に素敵だわ……! ありがとうございます……っ! 絶対にらしい舞台にしてみせますね!」

「楽しみにしています。ミッシェルさん」

 マリーはさっそくミッシェルのドレス製作に乗り出したのだった。