幕 間 マリーの行方(ギルアン視点)



 ギルアンはマリーの行方が分からず苛々としながら、下町をドシドシと重たい体をらしながら歩いていた。

(マリー……あの女、いったいどこへ行ったんだ)

 娼館はスカーレットの不正があばかれて破産し、スカーレットはろうに入ったらしい。裏でエマ・シュトレイン伯爵令嬢が糸を引いているといううわさがある。

おもしろくないな。エマ・シュトレインは男の権利をしんがいしようとしている。たかが女の分際で)

 しやくは男子がぐものだ。しかしエマをふくめた一部は女性も爵位をけいしようできるようにするべきだ、と声をあげて活動している。その改革派の声は大きく、ていこく内でも無視はできないばつとなっていた。彼らをまとめあげているのが、エマ・シュトレイン伯爵令嬢だ。彼女はシュトレイン伯爵家の当主になろうともくんでいるのだ。

(女は無能なんだからしく男の性処理でもしていたら良いんだ)

 だからギルアンは娼館が好きだった。十年前に父親に連れて行かれたスカーレットの店でマリーと出会い、そのあまりのれんさにとりこになった。いつかは自分が客になりたいと思い、他の客にマリーを取られるのが嫌で父親にねだってマリーに客を取らせないようにしていた。

おれの専属娼婦にして可愛かわいがってやるつもりだったのに……)

 ギルアンはマリーを妻にしてやっても良いと考えていた。だが女好きだから愛人は常に十人は囲うつもりで、そのことにマリーに異議を唱えさせるつもりはない。

 何度も来たマリーが住んでいた娼館を見上げてギルアンがため息を落とした時、げんかんとびらから一人の女性が出てきた。

 その顔にギルアンは見覚えがある。

(確か……ベティって言っていたか? マリーと仲が良かった……)

 いつもマリーをかばうように立ちふさがっていためんどうな女だった。いつしゆんギルアンは顔をしかめたが、

(いや、もしかしたらマリーの行方を知っているかもしれないな)

 そう思い直して、ベティに声をかけた。

「よお、元気にしているか?」

 ユサユサおなかを揺らしながら歩いて行って挨拶すれば、ベティの方も嫌そうな顔をした。

「何だい、テーレンのおぼつちゃんか。何の用だい?」

「そうつれないたいをするなよ。その大荷物はなんだ?」

 ベティが両手に持つふくろを指差し、ギルアンは言った。

「もうスカーレットの店も終わりだからね。他のお姉さん達も出て行ったよ。あたしもこれが最後の荷物だ」

 ギルアンは「ふうん」とあいづちを打つ。

「マリーがどこへ行ったか知らないか?」

「知るわけないだろう。たとえ知っていたとしても、あたしがあんたに教える義理はないさ」

 顔をゆがめているベティに、ギルアンはふところからお札を取り出してベティのスカートのベルトに差し込んだ。

「良いじゃないか。これはせんべつだ」

 ベティは舌打ちして、お札を引っ張り出してギルアンの胸に押し付けた。

「いらないよ、あんたからのほどこしなんて。あたしはもう娼婦はめたんだ。そういうのはかんべんしてくれよ。……本当に何も知らないんだ。マリーは仲良かったあたしにも何も言わずに出て行ってしまったんだから。はくじようものだよ」

 そうベティは文句を言っている。

(これはうそいている様子はないな)

 ギルアンはらくたんしてお札をしまった。

「これからどうするつもりなんだ? 娼館はなくなっただろう」

 ただの雑談でそう尋ねたギルアンに、ベティは肩をすくめる。

「さてね。もう娼婦はこりごりだから、どこかの仕立屋で雇ってもらえたら良いんだけどね」

 ほとんどの平民はよめりすれば家事や農作業にいそしむ。だが一人で生計を立てようと思えば、女の仕事は娼婦かお針子、ハウスメイドくらいしかないだろう。貴族女性ほど教養があれば家庭教師になれるかもしれないが。

 ギルアンはなつとくしてベティを見送り、マリーの部屋の様子を思い出す。

(そういえばマリーはさいほう能力が高かったな)

 スカーレットにこき使われて、何か針仕事をしていたのは知っている。女の仕事に興味がなくて深く知ろうともしていなかったが。

げるにしても、マリーもどこかでぜにかせぐ必要があるだろう。もしかしたら、どこかの仕立屋で働いているかもしれない)

 そう思い、そちら方面をさがしてみようとギルアンは決めた。

 仕立屋を調べていくうちに、ギルアンは街で新しくできた【仕立屋フェアリー】の噂が広まっているのを聞きつける。

(ベールに隠された女主人なんてあやしいな……)

 火傷やけどがあるという噂もあるが、どうも年若い女なのは確からしい。最近は社交界でその女の話ばかり耳にする。ジェシカ・グッドフェローしやくれいじようのひいきにしている仕立屋らしいが【おりひめ】ではないかという流言まであった。

(【織姫】か……そういえばスカーレットは【織姫】を抱え込んでいるという話は有名だったな)

 ギルアンはあまり興味のないことだったために流してきたが、そういえばちかごろは【織姫】の話を聞かない。新聞で行方不明だと騒がれているのは知っていたが……。

(待てよ。そういえば……【織姫】が姿を消したのとマリーがいなくなった時期が同じだ)

 そして同じお針子という職。ギルアンはその二つのみよういつまゆをひそめる。

(まさか【織姫】がマリーなのか……?)

 あまりにとつな想像にも思えたが――。

 ふと先日の皇宮でのパーティでのおびえたマリア・シュトレイン伯爵令嬢の姿がのうによみがえる。

 マリア・シュトレイン。マリーとそっくりの女性。そしてエマ・シュトレイン伯爵令嬢がスカーレットの店を破産に追い込んだという話。それらが全てつながっているようにギルアンには思えてきた。

(まさかマリーはマリアのだま……なのか? しかし何のために……)

 まったく分からないことばかりで、ギルアンは自室で頭をきむしる。

(【仕立屋フェアリー】に行ってみるか)

 そう思い立ち、ギルアンは一番街のその店に行って店番をしていたベティと再会した。

「いらっしゃいませ~」

 とびらから店内に入った時にギルアンはおどろき、固まってしまった。カウンターの奥に先日会ったベティがこしけていたからだ。貴族らしき女性達の接客をしており、店内はにぎわっていた。ベティもまたギルアンと目が合って硬直していた。

「お前……ここに就職していたのか。じゃあマリーもここにいるな?」

 ギルアンはつぶやき、ますますわくを深くした。マリーだったら親しかったベティが仕事探しで困っていたら雇おうとするだろう。

「な、何言っているんだい! 変なことを言うんじゃない! マリーなんていないよ! この店の主人はメアリー様なんだから!」

 ベティはそうるように言ってギルアンを扉から追い出してしまった。

「なっ! おい!」

「もう閉店なんだ。すまないが、もう来ないでくれ!」

 ベティがそう乱暴に言うと、店内にいたお客も残念そうな表情で出て行く。

(メアリーもマリーも、元は同じ名前じゃないか)

 別の名前という扱いをされているが、由来は同じだ。

(マリーはきっと、ここにいる)

 ギルアンは強い確信を持って、手下に【仕立屋フェアリー】を見張らせることに決めた。