第四話 カルロの変化
「あ、あの……カルロ様。私にいったい何のご用でしょうか?」
マリーは
前回の
(本当は休みたかったけれど、プリシラ先生がどうしてもって言うから……)
マリアだってたまにサボっていたようなので、マリーがやっても問題ないだろう。そう思ったのに、プリシラの
(カルロ様と会うのは気まずいのに……)
幸いブローチは見られなかったようだが、その前のやり取りを思い出すと赤くなったり青ざめたりしてしまう。
カルロは「ああ」とうなずき、ナプキンで口をぬぐってから満面の笑みを浮かべた。
「用はありません」
「……は? え……っと?」
(用はない……?)
どういうことなのかと、マリーは目を丸くする。話があるからお茶に誘われた訳ではないようだ。
カルロは悪びれもなく言う。
「マリアとお話ししたかったんです。先ほども言いましたが、
やたらと『婚約者』を強調されて、
「それは……そう、かもしれませんが……?」
「そうでしょう? ですから、今後は妃教育で
さらりとそう言われて、さすがにマリーは
「ま、毎回ですか!?」
(それはさすがに……一緒の時間が増えると、ぼろが出ちゃうかもしれないし。あまり
「あ、あの……でも、カルロ様はお忙しいんじゃありませんか?」
そう遠回しに
「マリア以上に優先すべきことなんて、ありません」
そう断言されて、マリーは息を
(急にどうしたの……!? まさか変なものでも食べたんじゃ……? それとも、それがカルロ様の本音……?)
心の奥底に押し殺してきたマリアへの
マリーは
(やっぱり断らなきゃ……。そうだわ! 海賊王の名前を出せば、きっと……)
「でも、私にはレンディス様が……ひぃッ!」
その名前を口にしようとした
あまりの
カルロは悲しげな表情をする。
「君の口から別の男の名前が出てくるのは
「あっ、すみません……」
(はっ……! つい
「良いんです。でも、これからは気をつけてくださいね。使用人以外は、異性と一緒にいるのも
カルロが深刻な表情で、そうつぶやいた。
(どうして急にそんなことを……?)
急に
仮にマリアが戻ってきた時、この状態のカルロを見たらどう思うだろうか。
先日までは
(このままだとマリア様とカルロ様の関係が修復不能になってしまうかも……。最悪の場合は、嫉妬に
そんなことになればマリアはレンディスの後を追って命を絶ってしまうだろう。おそらく、シュトレイン伯爵家だって黙ってはいない。皇家と伯爵家が対立してしまう。
(私とカルロ様の仲が進展すれば、結果的に多くの人が不幸になる……このままじゃ、少なくとも明るい未来はないわ)
マリーはオロオロしながら、お茶の時間をやり過ごすしかなかった。
まさか、それ以降も妃教育で皇宮にくるたびに、カルロがまるで
エマもカルロの最近の様子に頭を抱えているし、ロジャーはカルロが毒キノコでも食べたのではないかと疑い調べている。
カルロの態度の
(こ、こんなことになるなんて……)
カルロにソファーの上で
カルロにタルトが乗ったフォークで「あ~ん」をされた。ここでマリアらしく振る舞おうとすると悲しげな表情をされてしまうので、最終的にマリーは根負けして口を開くしかなかった。
「
「……美味しいです」
確かにベリーのタルトは頬が落ちるほど美味だ。
マリーの返答に、カルロがとろけるような笑みを浮かべる。それを見て、マリーはウッと言葉に
(このままではいけないのに……)
そう義務感に駆られても、手のひらから伝わる彼の熱の
◇◆◇
マリーはできたばかりの仕立屋の店内で、スケジュール表を見ながら
「やっぱり誰か店員を
細々と
今のところ店の顔となる
だが馬車を使っても荷物を抱えて行き来するのはきつい。やはり、お店にきてもらってサンプルを見てもらった方が良さそうだ。
「思った以上に早く店舗が完成してしまったものね」
エマのツテで、工事が早く進んだ。布や糸も仕入れており、趣味で作った
(それに今後は貴族だけではなく
マリーは妃教育もあるし、ドレス製作の時間も取らなければならないから店番までは手が回らない。
できれば信頼できる相手に
その時、店の
マリーは慌ててベールをまとい、店の外に顔を出す。
(開店前の看板はあるけれど、お客様かしら……?)
「すみません。まだお店は開いてなくて――」
相手の女性は驚いた様子で、頭と手を振る。両手に大荷物を持っていた。
「いえ! あたしはお客じゃないんです! こちらで店員
そう言う彼女の顔にマリーは見覚えがあった。
「ベティ?」
思わず、
「え? その声……まさかマリーかい!?」
ベールで顔を隠していたが、ベティもマリーに気付いたようだ。目を
(いつか会えたらと思っていたが、こんなところで再会できるなんて……)
「会えて嬉しいわ。ベティ、良かったら中へどうぞ」
マリーは立ち話も何だからと店内にベティを招待した。
「はぁ~~、すごいねぇ。まさかマリーが伯爵家にお世話になっていたとは。それでこんなお店まで開いちまうなんて」
雑談の流れで伯爵家に
マリーが
「夢が
「ベティ……ありがとう。心配かけてごめんなさい。娼館を出る時にベティに
マリーは弁解ぽくなっているのを自覚しながら言う。
ベティはちょっと
「いいよ。あんたも忙しかったんだろう。ここで会えたのは良かったよ。そもそも、スカーレットの娼館は
「え? そうなの?」
マリーは目を丸くした。
「ああ、実はあんたが世話になってるっていうシュトレイン伯爵家のお
まさかそんなことになっているとは思ってもいなかった。
「お姉様が……」
マリーはエマからスカーレットの借金を回収してもらったと言われて、先日マリー名義の銀行口座の明細を
(おかげでお姉様に貸してもらっていた開店資金も
こんなに良くしてもらってエマには頭が上がらない。その上、マリーの知らないところでマリーの友人まで助けてくれていたのだ。
「お姉様?」
きょとんとするベティに、マリーは笑みを浮かべて
「まるで本当のお姉さんみたいに親切にしてくださっているの」
いつの間にか『お姉様』と呼ぶうちに、本当の家族のような気持ちが芽生えつつある。
シュトレイン
(いつかはマリア様だって
しんみりしながらも無理やり笑みを作っているマリーに、ベティは言う。
「優しい人達に囲まれていて良かったよ。……あたしはこれから新しい仕事を探さなきゃいけないから、また様子を見に来るよ。お茶ごちそうさま」
ベティはそう言って立ち上がる。マリーはベティが足元に置いていた荷物を見つめた。
「この荷物はどうしたの?」
「ああ。娼館から持ってきた最後の私物だよ。
「そうなの……」
(先ほどベティはうちの店に興味を持ってくれていたし……もし仕事を探しているなら)
「ねぇ、ベティ。もし良かったら……うちで店員として働かない?」
ベティなら、マリーのことをよく知っている。信頼して任せられそうだ。
「え? 良いのかい? もう娼館で働くのはこりごりだったから嬉しいよ」
そうベティは嬉しそうに笑ってくれた。