「お
そうマリーに問われて、カルロはうなずく。
ポケットには普段、宮殿では使わない
マリーはシナモンのかかった焼きリンゴ、カルロは木の棒に
(こんなものを宮殿で出したら料理長は首になるに
しかし思い切ってかじってみると、それは今まで食べたことがないごちそうに感じた。
「あはは、カルロ。
そう笑って、マリーはハンカチでカルロの口元をぬぐってくれる。
「う、うん……ありがとう」
カルロは少し恥ずかしさを覚えながら、お礼を言った。
広場の
立ち見客が少なかったため、最前列に二人は立った。
ちょうど
「かつて、この大陸にはラグラスという古代
「あっ……『二人のお
オペラの『二人のお姫様』は幼子でも知っている。失われた王国をモチーフにした歌劇はたくさん作られているが、その中でも一、二を争う人気の話だ。
本当なのか嘘なのか分からないが、古代魔術国家ラグラスの王族は妖精に愛されており、古の魔法を使うことができるのだという言い伝えがある。
『二人のお姫様』のお話はこうだ。
かつてこの大陸にあった魔術国家では、双子は
双子の王女として生まれたリオンとライラ。妹のライラは双子の悪習から
姉のリオンは本来なら王女として育つはずだったが、
そして年頃になると、リオンは
皮肉なことに、隣国の王子は城下を散策していた時に、ただの
そしてリオンとライラがそっくりなことから二人が双子だということが発覚し、ライラは
内心
そしてとうとう、リオンは
リオンは愛する王子や両親、
そして国が
オペラが終わると観衆達は
「どうしたの?」
そう問いかけると、マリーは複雑そうに笑みを浮かべる。
「わたし、この話はあまり好きじゃないの。
「……どうして
「だって、自分勝手すぎると思わない? 自分の恋心のせいで周りを巻き込んで国を滅ぼしてしまうなんて……私がリオンだったらライラが出てきたら身を引くと思うの」
そう
(僕がリオンだったら、どうにかして想いを
もちろん、そのために誰かを殺すなんて
そう思い、チラリと横を見るとマリーと目が合う。不思議そうに小首を
「もうかなり時間が経っちゃったね。二人が戻ってくる前に喫茶店に戻らないと心配されてしまうわ」
そう残念そうにマリーから言われて、カルロは冷や水をあびせられたような気持ちになる。
(そっか、もう終わりなんだ……)
カルロの惜しむ気持ちが伝わったのか、マリーは少し考えるそぶりを見せた後、
「ねぇ、これからバンバス川で
バンバス川はこの近くにある、帝都を流れる一番大きな川だ。
広場のそばにある橋の上には多くの人が集まっており、手にはランプを持っていた。
ランプといっても平たい皿に少しの油や小さなロウソクを入れて、火を
船頭達が市民からそれを受け取り、自身の
「妖精舟か……」
その
毎年、妖精降臨祭の夜、宮殿の窓から
大きな川を流れていく何百もの明かりが綺麗で、川の果てで光が消えてしまうまで、ずっと見つめていた。
もともとは古代魔術国家が滅びた時に生き残った民が死者を
マリーは
「はい。これ、カルロのね」
「あっ、お金……!」
「良いの。わたし、お母さんからお
「お礼だなんて……」
だったら、むしろカルロが払うべきだろうと思った。楽しかったのはカルロの方だから。
マリーは手の中の明かりを見おろしながら言う。
「カルロは何を願うの?」
「僕は……」
急に宮廷での自分の立場を思い出し、口をつぐむ。
「兄さんのようになりたい……」
カルロの発言にマリーは目を丸くしている。
「お兄さんに? どうして、お兄さんになる必要があるの?」
「だっ、だって、だって……そうしないと
カルロのつぶやきに、マリーは目を
「別に完璧になんてならなくても良いじゃない。カルロは今でも十分
恥ずかしげもなくそう言われて、
「み、魅力的って……」
「それより、もっと大事な願い事があるんじゃない?」
(大事な……願い事……?)
そう思った
『来年の妖精降臨祭は、お
(ああ、そうか……)
その時、やっとカルロは理解した。
重責と日々の
兄が亡くなって三か月もの間、一度も
「カ、カルロ!? どうしたの!?」
心配そうに声をかけてくるマリーに、カルロは拳で頬をぬぐいながら言う。
「無理なんだ……本当は兄さんと来年もまた来ると……そう願って妖精舟を流すつもりだったけど……もう兄さんは亡くなってしまったから」
カルロの言葉にマリーは息を
「そう。なら来年も私と一緒にここへ来られるよう願おうよ」
「え……?」
「あ……私じゃ、お兄さんの代わりにはなれないかもしれないけど……」
慌ててそう言いつくろうマリーに、カルロは思いきり首を横に振る。
(……そうだ、兄さんの
「ありがとう、マリー。僕もまた、君と会いたい」
そうカルロが照れたように言うと、マリーの頬がロウソクの明かりのように一気に
「マリー?」
「あ……な、なんでもないの! さぁ、妖精舟を流しましょう」
マリーは少しぎくしゃくとしながら、船頭に妖精舟を渡していた。カルロもそれに倣う。
人々の願いを乗せた小舟が岸から
自然と手を取り合い、喫茶店【ショコラール】に足早に戻る。幸い、まだ二人は戻ってきてはいなかった。
「服乾いた?」
マリーがそう言うのでローブの下を確かめると、トラウザーズはすっかり乾いてしまっていた。
(それほど時間は経っていないはずなのに……)
「君は魔法が使えるのか?」
そう
マリーはえへへと照れたように笑った。
もちろんカルロも頭の冷静な部分では魔法なんてものは存在していないと分かっている。
ラグラスの王族が使うような魔法は、ただの言い伝えにすぎない。けれど、今だけは彼女の魔法を信じたいような気持ちになった。
ローブを脱いで返す時に、首につけていた黄色いタキシナイトがついたブローチを彼女に
「え? これは……?」
困惑しているマリーにブローチを握らせた。
「君への
「え……そんな。こんな高そうな物、もらっても良いの……?」
そのブローチは数年前に兄からプレゼントされたものだ。『意中の相手ができたら渡してあげてください』と、からかうように言われた。
(あの時は
「ああ。君にあげたいんだ」
「……ありがとう。大事にするね。私も何かお返ししたいな。カルロ、次はいつ会える?」
「えっと……それは、分からないんだ」
身分を隠しているし、立場上、簡単には城下へ出かけることはできない。
「じゃあ、またこの店で会いましょう。私もまた来るから。会えなかったら何か伝言を残すね」
喫茶店などには伝言板が置かれており、会えなかった相手とのやり取りなどに使われているのだ。
「……そうだな。僕も
そう約束しあった。
カルロはそれから皇太子として忙しい日々を送った。
マリーに会いに行きたいものの見張りの目が厳しく、
仕方なく叔父にまた【ショコラール】に連れて行って
(ああ、どうやって城下に行けば……)
一度こっそり宮殿を抜け出そうとしたことがバレてから警備が厳しくなっている。
そしてヤキモキしながらも数か月が経った
「どうしたんです、アーネスト叔父さん」
「いや、じつは……ローザが亡くなったんだ」
「ローザ? ローザって、叔父さんの恋人の?」
アーネストはうなずく。ソファーで頭を
(叔父さんには珍しく……彼女に本気だった、ということか?)
火遊びばかりしている叔父がこんなに落ち込む姿を初めて見たカルロは、少なからず驚いてしまった。
(きっとマリーも傷ついているだろうな……親戚が亡くなってしまったんだから)
いつも叔父に会うたびに【ショコラール】に行きたいとねだっていたカルロだったが、叔父の恋人の死を知った日から、そのことを話題にすることができなくなった。さすがに傷ついた叔父の心に塩を
(会いに行きたいけれど……)
いつまでもあの喫茶店に行く機会に
彼女はシュトレイン
(彼女は平民じゃなかったんだな)
カルロはそれに驚きつつも、喜んだ。
たとえマリーが平民でも
しかし半年で彼女はすっかり変わってしまっていた。
カルロと会った日のことを忘れ、プレゼントしたブローチも『
なぜそんなひどい行いをするのだろうと不思議だったが、すぐに理由が分かった。
彼女は恋をしてしまったのだ、
(……運命だと思ったのに)
しかし、そう思ったのはカルロだけで、一方的な片思いだった。マリアはカルロのことを覚えてさえいなかったのだから。
(あの日の彼女は、悪戯好きの妖精が見せた
そう自身を納得させようとした。そうでなければ彼女がこれほど変わった理由が理解できなかったから。
◇◆◇
(……けれど、彼女はマリーじゃなかったんだ)
過去を振り返ってカルロは納得する。マリアはマリアだ。カルロの愛する女性じゃない。
マリーが初めてカルロに会った時にローザのことを『親戚』と不自然に言っていたのは、
(ようやく巡り
喜びに心が震える。カルロは己でも信じがたいほど興奮していた。
(マリーがマリアの振りをしていたのは本当に驚いたが……でも良かったのかもしれない)
たとえマリーが平民でも構わなかったが、彼女の
マリーが春を売っていなくても、
(彼女は素性を隠したがっている。それなら僕もマリーのことをマリアとして
「マリー、愛している。今度こそ君を離さない……」
そうささやいて、カルロは小さく