幕 間 初恋の君(カルロ視点)



 カルロは机の上にハンカチが残されているのを見つけ『マリアの忘れ物か?』と思い、何気なくそれを手に取った。

(何か入っている……?)

 その硬い感触にこうしんげきされる。わざわざハンカチに包んでいるということは見られたくないものだろうか。

(一応、中身を確認しなければ……)

 ほんの少し芽生えた罪悪感から目をそむけて、そっとハンカチを開いた。

 そして、そこにあったものに目をうばわれる。

(え……? どうして、これがここにあるんだ……?)

 それは、十年前にカルロがマリアにプレゼントしたブローチだった。

(いや、おかしくはない……のか? これはマリアへ贈ったものなんだから)

 かのじよが忘れ物をしたのだと考えれば何も不自然なことではない――はずだが……。

 どうしてもしやくぜんとしないものが残る。

 もし彼女が今までちゃんと持っていたなら、再会したときに『記憶にありませんけど……?』などとうそをつく理由はないはずだ。

 仮にその後にどこかで無くしたブローチを見つけたのだとしても、どうしてこんな風に皇宮にまで持ってくるのか。ハンカチに大事そうに包まれている理由が理解できない。

(彼女は海賊王のことが好きなはずだ。それはちがいない)

 マリアが嫌いな男――興味のない男からもらった物を身に着けたり、持ち込むような性格とも思えない。

(これはにせもの? いや、でも……)

 混乱のあまり、ありえない想像までしてしまう。

 これは同じものは二つとない特注品だと兄から聞いているのに。

(何かが、おかしい……何かが……)

 思えば、パーティの時からマリアの様子がおかしかった。

 これまでしつこいほど毎回聞かされてきた海賊王の話をしない。

 礼節をわきまえた態度を取る。

 いつもならけんしていたジェシカとも、なぜか友好的になっている。

 そして、大の苦手だったはずのさいほうもするようになった。

(いや、まさか別人……? そんなことありえる、のか……?)

 こうとうけいすぎる。それは幼い頃に出会った『マリー』と『マリア』が別人という思いつきだ。そして今の『マリー』が『マリア』の振りをしていると。二人がふたのようにそっくりだったらありえない話ではないけれど――。

 あまりに常識外れな推論だった。とても受け入れがたい。馬鹿らしい考えだと自分でも思う。だが、そう考えると全てつじつまが合うのだ。

「マリーとマリアは別人……なのか?」

 カルロは頭を振った。

「いや、ありえないだろう。そんなこと……馬鹿馬鹿しいことを考えるな!」

 思わず口をついて出てしまうくらい、カルロは混乱のきわみにあった。

 しばらくの間、放心していた。

 そしてマリアが戻ってくるかもしれないと思い、ブローチが包まれたハンカチを元の場所に戻す。

(もしこれが本当に彼女の物なら、忘れ物に気付いて取りにくるかもしれない)

 そうして半信半疑のままソファーに座って待っていると、マリアが息を切らしながら扉から入ってきた。

「カ、ルロ……様……」

 マリアはひどく驚いたような表情をした後、気まずげに視線をせた。走ってきたためかほおっている。

 カルロはみを顔にり付けた。相手に自分の感情をさとらせないのは得意だ。

「マリア、どうしました?」

「あ、いえ……何でもないです」

 そう言いながらもチラチラと机の上を確認している。

 その瞳に『もし中を見られていたら……』と不安が混じっているように見えた。

 カルロは知らんぷりをめ込み、窓の外を見ている振りをする。窓ガラスにはマリアが映っている。彼女はおそる恐るといった様子でそっと音を立てずに机まで近付き、ハンカチをばやつかんでポケットに入れた。

 そして早足で扉の前で一礼すると、静かに出て行ってしまった。

 カルロは不思議な確信をいだいていた。

(こんなところにいたのか……マリー……)

 心の底から喜びが込み上げてくる。感情があふれてきて、目の端がにじんだ。

 その時、扉がノックされてカルロの手下の諜報員が入ってきた。

「カルロ様、きんきゆうのご報告です。驚かれるかと思いますが、実はマリア様は――」

「もしかして、マリーとマリアは別人だった――という話ですか?」

 カルロの言葉に、男は驚いたように目を見開く。

すでにお気付きになられておいででしたか……!」

 そうして続く報告は、カルロの予想通りのものだった。

 シュトレイン伯爵家の使用人から密告されたそれは、マリアが家出をしてそっくりの赤の他人である『マリー』が『マリア』に成り代わっているという話だ。

『マリー』という少女は、しようかんで育った平民のむすめだった。

 彼女は育ての親である娼館の女主人に多額の借金をしていたが、それをカタにテーレン商会のむすギルアンの専属しようにさせられそうになっていた。ギルアンは幼少期からマリーに執着しており、時には暴力まで振るっていたらしい。

 しかしシュトレイン伯爵家から資金えんじよを受けることを条件に、『マリー』はギルアンの手から逃れ、『マリア』の振りをすることになったのだと。

 同時に社交界で話題の【織姫】はマリーだった、ということも判明した。

 人がだれかと成り代わることもそうだが、マリーがこれほどこくな状況に置かれていたことがカルロにはしようげきてきだった。

(マリーは借金のせいで、かたせまい思いをしてきたのか……)

 そう思うと、カルロは胸がぎゅうと引き絞られるような痛みを覚えた。

(このままにしてはおけない……)

 いずれギルアンとかいう商人の息子には相応のむくいを受けさせてやる、とカルロは心に決める。

(マリー……今度は僕が君を助けるから)

 そうカルロは心にちかった。

 馬車に乗って足早に伯爵家に帰るマリーの姿を窓から眺めながら、カルロは窓ガラスに映る彼女の背中をなぞる。

「ようやく君に会えた……」

 もう思い出したくないと思いつつ捨てられなかった十年前の記憶があざやかにのうによみがえった。


◇◆◇


「カルロ殿下、少しお休みになられた方がよろしいかと……」

 そう声をかけてきたのは、従者だった。グラウローゲンていこくきゆう殿でん――皇太子のせいしつで、八歳になったばかりのカルロは書類に向けていた顔を上げた。

 顔なじみの従者の顔には心配そうな色がある。

 この頃、カルロは日々のていおう教育やけんじゆつ馬術にくわえて、政務のいつたんになうようになったためぼうを極めていた。

「……僕には休んでいる時間はないんです」

 カルロはそうこぼして羽ペンを動かす。

 兄のグレンがくなったのは三か月ほど前のことだ。

 カルロより九歳年上のグレンは、十七歳にして帝国のわかと呼ばれるような将来有望な皇太子だった。けれど亡くなってしまった。風邪かぜであっけなく。

 それでカルロはグレンの代役として立太子され、重責を負わされることになったのだ。

(本当に兄さんは余計なことばかり僕にし付けてくる……)

 カルロは第二王子として兄をサポートするよう育てられてきたのに、いきなり次期こうていかつぎ上げられてしまった。

「カルロ様がグレン様に追いつこうとがんっていらっしゃるのは承知しておりますが、このままでは体をこわしてしまいます……」

 従者の一言にカルロはいらちを覚えた。頑張っている、無理をしている。それは現状では兄ほどの能力がないと言われていることに等しい。

「……もう良いです。さがってください」

「しかし……」

「これは命令です」

 いつもより強めに言えば、従者は息をんで頭を下げて静かに出て行った。

 本当はりつけてやりたいくらいだった。でも兄ならそんなことはしない。

 カルロはぐしゃりと黒髪を掻きむしる。

 誰もが自分に期待をしていた。――それがうつとうしくて、重荷で仕方ない。自分にゆうしゆうな兄と同じことができるはずがないのに。

「本当に腹立たしい……です、ね……」

 うっかり素が出そうになって、あわてて口調を改める。こんなくだけたしゃべり方を兄はしない。

 誰に対してもていねいものごしやわらかかった兄。それでいて知性にめぐまれ、武芸にもひいでていた完璧な皇子。

 その代役になるのだから、兄のようにならなくてはいけない。

(そう両親も周囲も期待している……)

 深くため息を落とした時、政務室がノックされた。

 のアーネストが「よっ!」と片手を上げて現れる。アーネストは今年二十八歳になる、若々しく洒落しやれじようだ。

「カルロ、お前ずいぶんと根をめているみたいじゃないか」

 そう言って近付いてきたアーネストはカルロの肩を抱いて、なぜか頬にもう一方のこぶしをぐりぐりと押し付けてくる。昔から距離感がない叔父が苦手だった。

 アーネストの手を振りはらって、身だしなみを整えながらカルロは言う。

「何の用ですか、アーネスト叔父さん」

「知っているか、カルロ。今日が何の日か?」

「何の日かって……」

 ふいに、カルロの脳内で兄グレンの声がひびいた。『来年のようせい降臨祭は、お忍びで一緒に市内に出かけましょう』

 昨年の兄の言葉を思い出して口をつぐむ。首元につけたタキシナイトのブローチにれた。

 いつぱく置いてからカルロは言う。

「……妖精降臨祭でしょう?」

「そう。だから、こっそり城下に出かけようぜ」

 グラウローゲン帝国の妖精降臨祭は前夜祭、後夜祭あわせて三日間行われる。この間は国民の祝日となり、各地でパーティが行われていた。

 例年、宮殿でもパーティは開いていたのだが、三か月前に皇太子のグレンが亡くなってしまったことからさいは中止となった。しかししよみんの楽しみを奪うことは心苦しいと、皇帝は街での三日間の祭りは禁止しなかったのだ。

「……今はに服したいので」

 そうカルロは固辞したが、アーネストはゆずらない。

「良いいききになるぞ。お忍びだが、ちゃんと皇帝からも許可は取ってある」

 大方、最近のカルロの様子を心配した皇帝夫妻がアーネストにたのんだのだろう。断ってしまえば、それはそれでめんどうになりそうだった。

(……仕方ないな)

「分かりました」

 カルロはしぶしぶ、そううなずいた。




 たくさんの人々が行きかう、夕暮れ時のてい

 カルロは叔父のアーネストに連れられて、護衛も連れず庶民の格好をして城下町にやってきていた。

 妖精降臨祭の時だけは、帝国内では仮装が許されている。カルロも今は目元だけ仮面とうかい用の銀色のマスクを身につけていた。

 大通りを歩く人の中にはおかしな鳥の仮面をつけている人や、バケツをかぶってブリキの人形になりきっている子供、で全身を覆って山男のような格好をした人など様々だ。

 式典以外では宮殿からほとんど出たことがなかったカルロにとって、下町の光景は非常に興味深いものだった。

「ほら、ちんたら歩いていたら迷子になるぞ」

 そう振り返りながらアーネストは言う。アーネストの目元にもクジャクの羽のついた派手なマスクがかざられていた。伊達だておとこの彼にぴったりの仮面だ。

「お前を迷子にしてしまったら、おれが陛下からどやされるからな。絶対に今日だけは良い子にしておいてくれよ」

「はいはい。アーネスト叔父さん、どこへ行くんですか?」

「フッフッフ……良いところだ。お前もそろそろ大人の遊びを知るべきだろう。陛下にはふさぎ込んでいるお前に気分てんかんさせてやってくれって頼まれただけだがな」

 アーネストはニヤついている。

 叔父は若い時からうきを流し続けていたので、カルロは内心『まさか夜のお店に連れて行かれるのでは……』とけいかいした。

 しかしカルロの予想に反して、アーネストが向かったのは大通りにあるきつてんだった。

「【ショコラール】……? 大人の遊びって、ここのことですか?」

 半分安堵とかたかしをらってそう言ったが、叔父は「良いから良いから」とカルロの背を押してソファーに座らせる。

(ここって、確かシュトレイン伯爵家が開いたチョコレート専門店だったよな……)

 チョコレートはスパイスを加えた苦い飲み物というのがいつぱん常識だったが、このお店はそれまでの常識をくつがえし、ミルクや砂糖を加えることで誰にも好まれる味にした。またたく間に人気が出て、予約がなければ入れない人気店にへんぼうしたのだ。

 カルロはアーネストと同じく、一番人気のオレンジピールとシナモンが入った飲み物を選ぶ。

 メイドが置いていったカップを口にふくむと、のうこうなカカオの香りが鼻を通り抜ける。オレンジのさわやかな酸味とシナモンの味わいが口内に広がり、ホッと息を吐いた。張り詰めていたきんちようほぐれるようだった。

「……しいです」

「だろう?」

 アーネストは悪戯いたずらっぽい笑みをかべて、ホットチョコレートを飲んでいる。

 カルロはわずかに笑みをこぼした。

 自分と同じようにだんは護衛に囲まれているアーネストだが、こうしてお忍びで庶民に交じる生活を何度もしていたのだろう。それを大人の遊びと言うならなつとくできるな、と思ったのだ。

 しかし、それから間もなく一人の女性がやってきて、背後からアーネストに抱きついた。

「こんにちは、いとしいアーネスト……ごめんなさいね。待たせてしまったかしら?」

 そうアーネストに向かって言ったのは、黒い羽の仮面とむなもとが開いたカラスのようなドレスをまとっている女性だった。仮面ごしにもようえんな美女と分かる。

「いいや、いま来たばかりだよ。ハニー」

 そう言って、アーネストは彼女と口付けした。

 まさか目の前で叔父と見知らぬ女性の濃厚なキスが行われると思っていなかったので、目のやり場に困ってカルロは視線を窓の外に向ける。

「あら、この子がアーネストの言っていた男の子ね?」

「そうだよ、ローザ。――カルロ、彼女が俺のこいびとローザだ」

 そうアーネストにしようかいされて、ローザはカルロに笑みを浮かべた。

「どうぞ、よろしくお願いするわね。今日は可愛かわいいぼうやのために、遊び相手を連れてきたの。マリー、ご挨拶なさい」

 そう言って、ローザは自分の背後に隠れていた少女を手招いた。

 としころはカルロと同じくらいだろう。い上げたあかがみに青い瞳が印象的な少女だ。お化けのふんそうなのか、真っ黒なローブをまとった彼女が「マリーです」と言って小さく頭を下げる。

「……カルロです」

 そう自己紹介しながらも、これはいったい何なんだろうとカルロはこんわくしていた。叔父に視線を向けると、なんと彼は立ち上がりローザのかたを抱いて店から出て行こうとしていたところだった。

「ちょ……っ、ちょっと! 叔父さん、どこへ行くんです!?

「あ~、悪りぃ悪りぃ。お前はここでマリーちゃんと、ゆっくり話でもしていてくれ。おれたちは大人の話し合いがあるから。しばらく戻らないから遠くには行くなよ」

「大人の話し合いって……そんな……」

 カルロはぜんとした。

(前々から、ちゃらんぽらんな叔父だと思ってはいたけど、まさかここまでとは……)

 カルロは八さいながらに、おのれの置かれた状況は理解していた。

 皇帝から直々にカルロの面倒を見るように任されたはずの叔父は、その役目を放り捨てて恋人と遊びに出かけてしまったのである。カルロは大人のこずるさを知った。

(後で父上に言いつけてやろうかな……)

 立ちくしているカルロに向かって、少女が困ったように声をかけてきた。

「ごめんなさい。私じゃあ、お話し相手にはならないかもしれないけど……」

「あ……いや、そんなことはありませんが……」

 カルロは変に気をつかって、そう答えた。この状況でそれ以外に言える言葉はない。

 そのまま立っていても仕方ないので、カルロはソファーに座り込む。ずっと仮面をつけたままなのもつかれるので外して机に置いた。

 向かいの席におそるおそるといった風に少女がこしける。

(ハァ……どうせ待たなきゃいけないなら店の外のてんとかに行ってみたいけど……かんもないから迷子になってしまうだろうな。叔父さんが早く帰ってきてくれることをいのるしかないか……)

 窓の外ではガス灯が馬車道を照らしている。仮装した子供達がランタンをかかげて、くるくると家族の周りを駆け回っていた。

 気まずい空気がただよっていたので、カルロは少女に水を向けた。

「さっきの女性は君の知り合いですか?」

「えっ、えっと……そう。しんせきなの」

 なぜか不自然な間があった。

 少女の目は不自然にななめ上を見ており、カルロとは視線を合わせようとしない。

(もしかしてうそか……?)

 しかし何のためなのかは分からないが……。

(まあ、良いか。どうせ今だけの関係だ。深入りする必要はない)

 カルロはそう思い、カップに口をつけようとした――その瞬間、手がすべってしまい、ほとんど残っていたカップの中身がトラウザーズにこぼれてしまった。

 信じられないような失態に頭の中が真っ白になる。

「あっ、だいじよう!? 火傷やけどしてない?」

 そう心配そうにのぞんでくる少女にも返事ができなかった。

(ああ……最悪だ……)

 まだ水だったら良かったのかもしれない。いや水でも嫌だが、時間がてばかわいて元通りになるだろう。しかしホットチョコレートは見た目が最悪だ。場所がかんなこともあって、完全に漏らしたようになってしまっている。

(どうしよう……)

 叔父が帰ってきた時に起きたことを伝えてトラウザーズを買ってきてもらうか。

 しかし、そんなことをすれば叔父に『漏らしたのか』と、からかわれてしまうだろう。それはせんさいとしごろの少年にとって耐えがたいくつじよくだった。

 洗ったとしてもれいに落ちるか分からないし、仮にれたまま宮殿に帰れば、どんなうわさが立てられるか分からない。カルロの足をすくおうとする者はたくさんいるのだ。

 今だってカルロの弟やいとこを、皇太子にしている貴族はいる。誰だって自分の言いなりになる相手を皇帝にえたいのだ。

(もし『カルロ様は八歳にもなってお漏らしを……』なんて噂が立ってしまったら、どうしよう……)

「もう兄のようにかんぺきにはなれない……」

 ぼうぜんとして、そうつぶやいた。

 あまりの情けなさに目がうるんでしまう。

「だ、大丈夫だよっ! 洗えば綺麗になるから! こっちにきて」

 マリーは慌てた様子でそう言うと、自分がまとっていたローブをいでカルロに頭からかぶせる。そうするとトラウザーズのよごれも隠れた。

 彼女はカルロの手を引っ張って、手洗い場へ向かう。そして何を思ったか、そのまま女性用トイレにカルロを連れ込もうとした。

「ちょっ……! ここは女性用じゃないか!」

 まだ八歳とはいえカルロにも性差は分かるし、しゆうしんはあった。マリーは力強いがおで言う。

「今は仕方ないの! 大丈夫、あなたは女の子みたいな顔をしているから、しゃべらなければ男の子だって分からないわ」

「フォローになってない!」

 そう言いつつ、マリーにトイレの個室に押し込まれた。カルロは誰かに見られるのではないかと気が気ではなくて周囲を警戒してしまう。だが幸い、その時は人目はなかった。

「なっ、何をする気なんだ? ぼくをこんなところに連れ込んで……」

「カルロ、ズボンを脱いで。下着も」

「え?」

「私が洗うわ。ちょうど手洗い場にせつけんもあるから」

 そう言って、マリーは手洗い場の方を指差す。

 確かに高級店らしく石鹸まで用意されていた。庶民の店ではないのがつうなのだが、さすが貴族も足を運ぶ店なだけある。

「しかし洗っても汚れは取れないだろう……」

「良いの? 洗わなくて」

 マリーにきょとんとして問われて、カルロはぐっと言葉に詰まった。茶色に汚れているよりは水に濡れた状態の方がマシだ。

(でも知り合って間もない少女にズボンと下着を脱いでわたすのか……)

 それもかなりずかしい。

 内心かつとうして、やけくそになったカルロはトラウザーズと下着を脱いで少女に渡す。ローブにかくれては見えないはずだ。

 マリーはそれを受け取ると、手慣れた動作で洗い始めた。何度かこすったりあらいをして流すと、茶色く染まっていたトラウザーズと下着はみるみるうちに綺麗になる。

「良かったぁ。これなら落ちると思ったんだよね」

「え……すごいな」

 洗い物は普段は使用人任せなカルロも、チョコレートのような汚れは落ちにくいことは知っている。だから少女のぎわの良さに感心してしまった。

 マリーは鼻の下をこすりながら、エヘンと胸を張る。

「えへへ。いつも洗い物してるからね。コツがあるんだよ。はい、どうぞ」

「あ、あぁ……ありがとう」

 カルロはトラウザーズと下着を受け取った。よくしぼってくれたので、しずくは垂れていない。

(しかし、この後はどうすれば……)

 カルロはほうにくれた。汚れは落ちたとはいえ、すぐには乾かないだろう。

「じつはね、そのローブには、おまじないがしてあるの。本当は寒さ対策のために暖かくなるようにしたんだけど……きっと身につけていたらせんたくものも乾きやすいと思うわ。下着とズボンを穿いて、その上にまとってみて」

 マリーはそう訳が分からないことを言った。

ほう……? ああ、ようせいの祭りだからそんなことを言っているのか?)

 妖精降臨祭の間は、妖精が人の姿をして街に降りてくるのだという。マリーは役になりきっているのだろう。

 カルロはそう納得して、にぎった下着とトラウザーズを見つめる。

(まあ、穿いていた方がひとはだの温度で早く乾くかもしれないし……ローブは貸してくれるみたいだから彼女の言うとおりにするか)

 そう思い、カルロは個室で濡れた下着とトラウザーズを穿き、その上からローブをまとった。

 不思議と温かい風がローブの中にいている気がする。

 ぐっしょりと濡れた下着とトラウザーズは気持ち悪いかもしれないと不安だったが、思っていたより穿きにくくも不快でもなかった。

「良かった。妖精さんたちも、カルロのこと好きみたい」

 マリーはくうを眺めながら微笑ほほえんでいる。

 不思議に思っていると、彼女はカルロの手を取って、ないしよばなしをするように耳打ちした。

「ねえ、おじさん達もまだしばらく帰ってこないだろうから、こっそり抜け出して遊ばない?」

「え? ここを抜け出すのか?」

「うん、大丈夫。私はこの街にくわしいから迷わないよ。せっかくのお祭りなんだから遊ばなきゃ」

 そう悪戯めいた笑みを浮かべるマリーに、カルロはドキリとする。

(そうだ。どうせさんだって悪いことをしているんだから、僕だけが良い子にしている必要なんてない)

 そう思い、カルロは笑みを浮かべた。

「その話、乗った」

 ここしばらく忘れていた、年相応の笑顔で。




 喫茶店のメイドに事情を話し、代金だけさきばらいして「またもどってくる。もし叔父達が先に戻ってきたら待っていてくれ」と伝えてもらうよう頼んだ。

 マリーと向かった広場には焼きリンゴや、ソーセージ、いも団子が焼かれるにおいが漂っている。食欲をそそる香りにつられて、カルロは露店を見回した。