いつの間にか室内は綺麗に整えられ、あたたかみのあるだいだいいろのカーテンと、椅子と机、そしてロッキングチェアが置かれている。

 棚にはたくさんの布や、刺繍用の糸――それらはやコットン、山羊やぎ、絹、高価なものだと金や銀を使ったものもある。マリーが服を仕立てることが好きだと知ってはくしやく夫妻がプレゼントしてくれたのだ。

(こんなに好きに使えるものがいっぱいあるなんて幸せだわ……)

 今まではお客のためにしか使えなかった。布や糸はスカーレットに管理されて、一部マリーが買い取った物以外は自由に使用することは許されていなかったのだ。

 お針子にとって自由に使える素材があるというのは舞い踊りたくなるほど嬉しいことだった。

(お姉様やお父様達にお礼に何か仕立てて差し上げようかしら……)

 マリーがそんなことを思いながらガタンゴトンと機織り機を動かしていると、とびらがノックされてエマが顔を出した。

「マリー、いま大丈夫か?」

「お姉様、どうなさいました」

「いや、来客が……って、これはすごいな!!

 足早にやってきたエマが製作ちゆうの布を見てうなる。

「さすが【織姫】、複雑でせんさいな織り物だな。これは売り物か?」

「いいえ、趣味で製作したものです。なべきにでもしようかなと」

「なんと……鍋敷きにだって!? 皇宮のひんしつにある特上のタペストリー並みのいつぴんを……いや、しろうとでもそれ以上にらしいと分かるのに、君はそれを鍋敷きに……」

 とつぜんエマがその場にくずれ落ちておおぎようなげき始めた。

「お、お姉様……?」

 前々からたい役者のように大仰な振る舞いをするエマであったが、今日はことさらそれが目立っている。

「どうしたんです、お姉様」

 困惑しているマリーに、エマは頭を振って気を取り直すように言う。

「君の技術の安売りを嘆いているんだ。マリー、君はその能力を人々のために役立てるべきだ」

「人々のために……」

 のうに仕立屋だった頃のおくがよみがえる。

 いつかは自分のお店を持ちたいという夢があった。だが、マリアと入れ替わりをしている現状では、そんなことをしているゆうはないように思う。

「マリー、お店を出してみたらどうだ? 正体を秘密にしたいなら、君は顔出しせずに接客は店員に任せれば良いんだし。君にその気があるなら開業資金をえんしよう」

 エマの言葉に、マリーは驚いて顔を上げた。

「えっ、でも……そんなの悪いです」

「気にするな。元々そういうつもりだったしな。支援というのが気になるなら貸しでも良い」

 気おくれしていたマリーに気をつかってか、エマはそう言い足した。

「私が……お店を……?」

 胸の中に期待がふくらんでいく。

(そうか。【織姫】の正体をかくせば、私でもお店を開けるかも……)

【織姫】がマリーだということを知っているのは伯爵家の人々を除けばスカーレットとベティ、そしてジェシカくらいだ。スカーレットは今や金策にいそがしいだろうし、もしマリーが新たに活動を始めたところで容易に手出しはできないはず。

(ギルアンは私の仕事に興味がなくて、私がスカーレットさんに雇われた、ただのお針子だと思っていたようだし……【織姫】だってことは知らない。私のことなんてすぐに忘れるでしょうし)

 それなら心配することはさほどないように思えた。

「話は聞かせていただきましたわ!」

 とつじよとびらが開き、現れたのはジェシカだった。ふんぞり返っている彼女の姿にマリーは唖然となる。

(そういえば、さっきお姉様が『来客』って言いかけていたけれど、ジェシカさんのことだったの?)

「ジェシカさん、どこから聞いて……」

 青くなるマリーに、ジェシカが不思議そうに言う。

「エマ様の『お店を出してみたらどうだ?』のところからですわ! 本当はマリア様をお茶にさそおうと思っていたのですけど、手紙を出すのももどかしくて来てしまいましたわ。げんかんで待っていましたら、使用人の方がここまで案内してくれましたのよ!」

 気がきすぎている使用人だ。エマがマリーの隣で頭をかかえていた。

 しかし、ジェシカはマリーがマリアの振りをしていることには気付いていないようだ。幸い『マリア』と『マリー』はほとんど同じだから、ただのあいしようだと思ったのかもしれない。

 ジェシカは己の胸をたたく。

「わたくしも協力いたしますわ! しやく家は顔が広いですもの。あなたが作ったドレスを宣伝して、お店に注文を回してあげますわ!」

「えっ、ジェシカさんが……?」

 まどうマリーに、ジェシカがめ寄る。

「あら? 何かご不満ですの? わたくし達、お友達っておっしゃったのにうそでしたの?」

「い、いえ、そんなことは……私はとってもありがたいです! でも良いんですか?」

 お店を営業するにあたり、まず壁となるのは開店資金。そして集客だ。それがエマとジェシカのおかげで一気に解決しそうだった。

 マリーが気おくれしながら問うと、ジェシカはにんまりと笑う。

「もちろん無料ではございませんわ。お礼と言ってはなんですが、宣伝用のドレスをくださること。そして、たまにはわたくしにオーダーメイドのドレスを作ってくださいませ」

「もちろんです!」

 そんなのはお礼のうちに入らない。営業のためにドレスを着てまわってもらうのだから、その衣装はジェシカのものだ。それ以外にもかのじよの望むドレスを作ろうと心に決める。

「ありがとう、ジェシカさん」

 そうマリーが微笑むと、顔を赤らめたジェシカがぷいっとそっぽを向く。

「か、かんちがいしないでくださいませ! あなたを支援するのではなく織姫様をおうえんしているだけですのよ! 織姫様の衣装に人々が触れられないのは、この世界の損失ですから!」

 相変わらずの織姫のつよたんだ。その気持ちが嬉しくもずかしい。

 こうして【織姫】のことを応援してくれる人達がいるなら、娼館で働いていた頃の下積み時代は決してではなかったと思える。エマとジェシカのやさしさに心があたたかくなった。

「それじゃあ、さっそく事業の話を進めていこうじゃないか。ジェシカじようも庭園でお茶を一緒にどうだい?」

 エマはいつも話が早い。ジェシカが友好的であると知り、さっさと仲間に加えることに決めたようだ。

「いただきますわ!」

 ジェシカはそううなずき、マリーを見つめて問う。

「そういえば、仕立屋のお名前は何にいたしますの?」

(名前か……)

 ふと、マリーの前を妖精が飛んでいた。機織り機を動かす振りをして遊んだり、布や糸にくるまってクスクスと笑い合っている。

(私がここまでこられたのは妖精達のおかげだから……)

「フェアリー……【仕立屋フェアリー】なんて、どうでしょうか?」

 おそるおそるマリーが言えば、エマが笑顔で両手を叩く。

「良いじゃないか。マリー……いやマリアの作るドレスはほうのドレスと呼ばれているからな。妖精の加護があるんだろう。きっとその名前は祝福をさずけてくれるさ」

 そうして仕立屋フェアリーの開店が決まった。