第二話 大嫌いな幼馴染の専属娼婦になれと?(過去)
これはまだ、マリーがマリアの身代わりになる前――つまり【織姫】として活動していた頃のこと。
「そろそろ
スカーレット・モファットが経営する
「そうね。ありがとう。ベティ」
マリーは
ベティはぐるりと室内を見回して、感心したように口笛を
「それにしても……久しぶりに入ったけど、相変わらずあんたの部屋はいつも
マリーの部屋には木製のトルソー(人を
一番目立っているのは、部屋の中央にある機織り機だろう。大の男が二人がかりでないと運べないような木製の
マリーはそっと労わるように機織り機を
「えへへ……そうかしら? どうしても作りかけの布やレースが
マリーは衣装の裁断から仕上げまで全て一人で行っていた。義母がマリーの正体を隠しているのと、【織姫】一人で製作した手製ドレスという形にこだわって値段を
「でもスカーレットから、ほとんど賃金はもらってないんだろう? こんな娼館の狭い部屋に押し込まれてさぁ。あんたを他所に引き
ベティが
内心不服はあっても、マリーは嫌とは言えない。
「私はスカーレットさんに借金があるから……」
マリーの母親は高級娼婦だったが、マリーが幼い頃に
身寄りがなかったマリーは、母が
道理の分からない幼少期にサインさせられた契約書は法外な利息のついたもので、今では借金は三億ジニーにまで
マリーの作った衣装は高額で売買されていたが、その窓口になっているのはスカーレットだ。手元にはわずかな賃金としてしか入ってこない。『ほとんどは借金の利子で消えているから、それだけしか出せないよ』とスカーレットに言われてしまえば、マリーも引き下がるしかなかった。
「そのブローチも売ればそれなりのお金になるだろうに」
マリーが胸につけていたブローチを指さして、ベティは
それは黄色の希少なタキシナイトという宝石で、売ればかなりの値がつくことは分かっている。
マリーはそっとブローチに
「でも、これは……大事な思い出の品だから」
初恋の少年からもらった物だ。一度しか会えなかったけれど、あの時の
「私は
そう言うマリーを、ベティは痛々しげに見つめる。
「あんたはもっと欲張って良いと思うけどねぇ。さっさと娼館を出て自分の店でも持った方が良いよ。
ベティの言葉に、マリーはうつむいた。
(お店か……)
職人ならば自分の店を持つことに憧れを抱くものだ。
だが以前、個人的に頼まれてドレスを売ろうとしたことがスカーレットに知られて、激しい
スカーレットの報復が
それに不当に法外な借金をさせられたとはいえ、ここまで育ててもらった恩も確かにあるのだ。それなのに全て
(『自分の店を持つ』なんて大きすぎる夢までは望まないから……せめて、お客様に直接会って、どういう風に仕上げたいか完成イメージを聞きながら、もっと満足してもらえるものを作りたいのだけれど……)
安い賃金で朝から晩まで働かされていることよりも、そちらの方がマリーにとってはよほど不服なことだった。
――その時、廊下の方からドシンドシンと重い男性の足音が聞こえてくる。
同時に娼館の使用人らしき女性の声が「そちらは立ち入り禁止です!」と
「俺を誰だと思っている? この娼館のお得意様のギルアン様だぞ」
マリーは誰なのか察して身を
「また、あいつか……! マリーは嫌がっているのに、何度来たら気が済むんだ」
ベティが気遣うようにマリーを抱きしめて悪態を
声かけもなくマリーの部屋の扉が開けられた。
「よお」と、ニヤニヤ笑いを浮かべながら現れたのは、太めの青年ギルアンだった。
「はぁ~、こんな
この部屋にはマリーの好きなものがいっぱい
「……何しに来たの?」
マリーが
「こんな美男子を前に、そんなつれない態度をするのはお前くらいだぞ。本当におもしれー女」
ギルアンは楽しげにそう笑って、肩で切りそろえた銀色の髪をさらりと
マリーの肩に乗っていた妖精が「イーッ!」とギルアンに
「……用がないなら、帰って」
マリーは冷たく言い放つ。
いきなり部屋に入ってくる無礼者を追い払いたかった。
ギルアンは何度も娼婦を買っているようだが、他の女性と違いマリーは春を売っている訳ではない。仕立ての仕事をしているのだ。勝手に入ってこられても困る。
「幼馴染に対して冷たいなァ、マリーは」
マリーはギルアンを己の幼馴染とは認めていない。幼少の頃から付きまとわれて、嫌がらせをされ続けているのを幼馴染と
(話が通じない……)
ギルアンは常連客だし、父親はテーレン商会の商会長だ。娼館の下働き達も彼をむげにすることができず、ギルアンはここで好きに
「あなたを幼馴染とは認めないわ」
マリーはそう吐き捨てた。
ギルアンは乱暴者だ。マリーの
しかし、いつもなら罵倒が飛んでくるはずなのに、今日はそれがない。ただニヤついているだけのギルアンが気持ち悪かった。
「そんな
突然の『俺の女』宣言に、マリーは
「俺の女って、何を……言っているの?」
「ああ、まだ聞いてないのも当然だな。さっき話がまとまったばかりだからな」
ギルアンは
(いったい何のこと……?)
「お前は売られたんだよ。三億五千ジニーの借金と引き
――悪夢のようだった。血の気が引いていく。
「う、そ……」