幕 間 違和感(カルロ視点)



「カルロ様……わたくしをこんやくしやにしてくださいませんか?」

 そうダンス中に頬を染めたジェシカに問われて、カルロはあいまいな笑みを返す。

 本来ならファーストダンスは婚約者と踊るものなのだが、カルロはマリアと踊ることはしなかった。代わりに誘ってほしそうに近付いてきたジェシカと踊っている。

 もはや何度目になるか分からないかのじよとのファーストダンス。

 ジェシカが周囲に「わたくしが皇太子様の婚約者の一番の候補ですわ」と漏らしているのをカルロは知っている。知っていていさめることもしない。

(……ジェシカ嬢の期待に応えてやっても良いのかもしれない。もう、あの頃のマリアはいないのだから。もはやだれが婚約者になったって同じだ)

 そうやけくそに思いながらもカルロがえ切らない態度をしてしまうのは、やはりマリアへの未練なのかもしれない。

 数年前――カルロは父親に無理を言って、はつこいの相手であるマリアとの婚約を結んだ。

 しかし彼女は初めて出会った時のことをすっかり忘れ、しかもわたしたプレゼントのブローチもなくしたあげく、他の男に熱を上げていた。

 カルロはひどく落胆した。それでも諦めることなく振り向いてもらおうと努力したが、マリアはなふるまいをり返した。カルロに嫌われるために何でもしようとする暴れ馬な彼女を見ていたら、波が引くように初恋の熱が冷めていくのを感じた。

(……もう期待はしていないはずだけれど)

 それなのにマリアを解放してあげられないのは、あの日に自分を救ってくれた彼女が忘れられないでいるからだ。

 彼女以上に愛せる相手を見つけられる気がしない。

 もう、あの可憐な少女はいないと分かっているのに。

 ジェシカとのダンスが終わり、カルロは仕方なくマリアの方へ向かう。足が重かったが、さすがに婚約者と一度も踊らない訳にはいかないから。

「……ダンスを」

 そうマリアに手を差しべれば、おずおずと指先だけ重ねられた。それがかいだった。

(そんなにぼくに触れられたくないのか……)

 とうとついかりが湧いて、彼女の手を乱暴につかんで引き寄せた。もう一方の手をマリアのこしに当てる。

 マリアはガチガチにきんちようしていた。慣れたステップのはずなのに足をもつれさせた彼女をフォローして、カルロは不思議に思う。

み上がりで、体調がまだばんぜんではないのですか?」

 そうてきしてから、実際に彼女はまだ具合が悪いのかもしれない、と思った。

 カルロが頬に手を伸ばして、それを許す彼女ではないはずだ。しかも恥ずかしそうに顔を赤らめて目を伏せるなんて、マリアらしくない。以前よりふんもどこかやわらかい。いつもだったらいやと海賊王のノロケを吐き続けているのに今日はそれもない。

(どう考えてもおかしい)

「……そっ、そうかもしれませんわね。まだ体調が悪いんです」

 彼女はカルロの目を見ずに、そう答えた。そのしおらしい態度にも違和感を覚える。

(なぜか、気になるな……)

 だから、ダンスが終わった後もついマリアの姿を追って見てしまった。

 そうしているうちにジェシカがマリアにからみに行って、『困ったことになったな、助けに行くべきか……』と悩んでいると、ジェシカが転んでマリアがどこかへ彼女を連れて行ってしまった。すぐにもどってきた二人だったが、ジェシカのしようは華やかに変わっていた。

 何よりカルロが驚愕したのは、二人のまとう空気が親しげなものに変化していたことだ。

(あんなに敵対していたのに、こうもあっさり友情が芽生えるものなのか……?)

 カルロとしては複雑な心中である。己にアプローチしていたジェシカが、カルロの婚約者マリアとのいがみ合いを止めて、仲良くなって戻ってきたのだ。一体どんなほうを使ったのか分からない。

 マリアのかいめつてきな刺繍のうでまえを知っているカルロは、ジェシカのドレスを直したのがマリアだとは思わなかった。

(訳が分からないが……)

 エマがさっさと妹を連れて帰ろうとしているのを見て、やはり婚約者の体調不良を実感する。そうでなければマリアが大人しくしているはずがないのだ。

(しかし、どうしてあの男と目が合ってあんな反応をしたんだろう?)

 先ほどマリアの視線は会場にいた太った男の方を向いていた。なぜかその時のマリアのひとみにはおどろきとおびえが混じっているように感じられたのだ。

(気のせいか? マリアが誰かにおくするはずがない)

 マリアは勝ち気な女性だ。仮に何か太った男とごとが起きたとしても拳で解決するはずだ。やはり気のせいだろう、とカルロは首を振る。

 ふと、ダンスの最中の彼女の様子に思いをめぐらせた。

 なぜか先ほどの彼女は放っておけないような雰囲気があり、いつもの彼女らしくなかった。

 カルロの手を振りはらえないほど弱っていたからかもしれないが……不思議と優しくしたくなるような感じがした。十年前に出会った当時を思い出して、ふいにカルロの中になつかしさがみ上げてくる。

(……花束でもおくるか)

 病気の婚約者をいたわることはつうだが、最近はそんなことをする気にもなれなかった。それにマリアならば、カルロからプレゼントを受け取っても嫌そうな顔で捨ててしまうだろう。そんな確信があったから。

 しかし、ただの勘だったが、もしかしたら今の彼女ならば花束も捨てたりしないのではないかと期待してしまう。

(いや……そんなこと、ありえないだろう)

 そうちようしつつも、カルロは先ほど婚約者に触れた熱をはんすうするように、手のひらをじっと見つめた。