マリアの姉であるエマから訳あって、彼女になりすますよう
(
そう思うのに気持ちが
幼い頃から
皇族が
マリーは周囲の人々に
カルロは
前情報どおり、カルロは婚約者であるマリアをひどく
どうしたものかと困り、マリーが周囲を見回すと、ホールの中央にカルロを見つけた。
彼は見知らぬ
「マリア様は
「仕方ありませんわ。私だって踊りたくありませんもの。あの【
(マリア様は相当嫌われているんだわ……)
分かっていたことではあったが、やはり気分はあまり良くない。
マリアが社交界から
もともと令嬢のたしなみである刺繍よりも、
マリーに浴びせられる心無い言葉の数々にエマが後ろを
「まったく……」
エマが
「私ではパートナーには不足かもしれないが」
マリーは首を振って「喜んで」と
ファーストダンスは身内かパートナー。だからエマがマリーと踊るのは、おかしなことではない。性別はともかくとしても。
エマのおかげで、何とか練習の時と同じように
「……すまない。
申し訳なさそうにエマに言われて、マリーはうなずいた。
「大丈夫です。覚悟の上ですから」
その時、カルロとファーストダンスを踊っている最中の女性がこちらに
気の強そうな顔立ちの黄色いドレスをまとった女性だった。後ろで一つに結んだ
「ジェシカ・グッドフェロー
そうエマがこっそりと耳打ちして教えてくれた。
(あらかじめ教えてもらった交友関係のリストの中では、マリア様はジェシカさんとは
マリーはそれを思い出しながら、
カルロとジェシカ、美男美女の二人が
二人が
――その時、曲が終わりを
エマと対面でお
マリーは身を
おそらく一度はカルロとダンスを踊ることになるだろうとエマからは言われていたが、カルロが初恋の人であったのは完全に予想外だったので彼と相対する覚悟は正直決まっていない。
「……マリア。ダンスを」
そっけなく、それだけ言われて、カルロが手を差し伸べてくる。
先ほどジェシカと友好的に踊っていた時とは別人のように、つまらなさそうな顔をしていた。婚約者と一度も踊らないのはさすがに外聞が悪いから、仕方なく声をかけたんだと言わんばかりの表情だ。
マリーの表情が
(やっぱり、気付いてもらえるわけないわよね……)
マリアとよく似た名前で、そっくりな見た目だから彼が気付かないのも無理はない。けれど心のどこかで気付いて
マリーはそっと彼と指先だけ重ねた。
カルロは
「……っ!」
「マリア……ッ」
エマが心配そうに手を伸ばそうとしてきたが、マリーは首を振った。
「お姉様、大丈夫よ。ありがとう」
(何とかダンスをこなさなくては……)
カルロ皇子の話は事前にエマ
(それだけマリア様が嫌われているってことなんでしょうけど)
あの頃のカルロは誰に対しても分け
マリーは困惑しながら、カルロを見つめる。
シャンデリアの
その時、
(転ぶ……っ!?)
思わず目を閉じた
「あ……っ、ありが……」
(あ……マリア様は、カルロ様にお礼なんて言わないんだった……)
教えられたことを思い出して、
助けてもらったのに感謝の言葉も伝えられないことに、やきもきしてしまう。無礼な態度をした方がマリアらしかったとしても落ち着かない。
(マリア様はよくこんな冷たい態度を取れたものだわ)
「いつもの君らしくないですね。ダンスで転びそうになるなんて。運動神経だけは良いのに」
カルロは感情のこもらない声で言う。
マリーは血の気が引いていくのを感じた。
(
そもそもマリーは剣も乗馬もできないし、運動は苦手の部類だ。見た目以外にマリアと同じ部分なんてないのに、彼女の振りをするのは無理がある。自分でもそこは不安だったのだ。
「……今日は、やけに静かなんですね。いつもそうであってくれたら良いんですが」
「い、いつもと同じですよ……?」
どうにか、そうつっかえながらマリーは言う。
「そうですか? いつもなら海賊王、海賊王と、やかましいくらいでしょう」
(そうか……マリア様の振りをするなら、海賊王レンディスの話をしつこくしなきゃいけなかったんだわ……!)
しかしマリーは海賊王のことをほとんど知らない。それに好きでもないのに好きな振りをするのは
「
カルロはそう心配そうな表情でささやいて、マリーの
「……そっ、そうかもしれませんわね。まだ体調が悪いんです」
彼の手から
カルロを騙している気まずさもあって、マリーは彼と目を合わせられない。
(だ、大丈夫。今日はお姉様に会話しなくても良いって言われているもの。体調が悪いと思わせておけば良いんだわ)
本物のマリアが
カルロは
「ふぅん。どうやら体調が悪いのは本当のようですね……。さっさと元気になってください。君が静かだと気持ち悪いです」
マリーはお辞儀をして、ようやく彼と
(終わった……)
カルロが
◇◆◇
「お
エマから
広間の中央ではまだ華やかなダンスパーティが
「もうカルロ皇子とのダンスは終わったから、後は適当に流して良いぞ」
エマからそう言われて、マリーはようやく落ち着ける気持ちになった。
ようやく
(妖精さん
この世界には妖精と呼ばれる不思議な生き物がいる。彼らは
(
たまに花などをプレゼントしてくれる良い面もあるのだが、基本的に二
「やはりお針子としては、他人のドレスが気になるかな?」
エマにそう小声でからかうように言われて、マリーは少し目を見開いた後に微笑む。
「そうですね」
先ほどまで目にしていたのは妖精だったが、エマの言葉で自然と人々の衣装に目がいく。
(今の
木や
どうしてもドレスのデザインに目がいってしまうのは、マリーがお針子だからだ。
とは言っても、ただのお針子ではない。
本来なら
「周りのドレスを見て【
エマにそう小声でからかうように言われて、マリーは唇を
「その呼び名はやめてください。過去のものです」
マリー自身は己につけられたその過分な賛辞が照れくさかった。
【織姫】――それは名前も容姿も世間に知られていない、伝説のお針子の呼び名だ。
マリーが
普通の人にはただの
マリーはなぜ自分にそんなことができるのか分からない。今は
もともとはお世話になっている人への
奇蹟とは言っても、せいぜい
そんなマリーに対して、エマは同情の込められた眼差しで言う。
「まぁ【織姫】の力のせいで、君は大変な目にも
マリーには過去を
――その時、黄色いドレスをまとったリスのような印象の女性が近付いてきた。
(この子はさっきの……)
カルロとファーストダンスを踊っていたジェシカだ。
(あれ……? あのドレス、見覚えがあるような……)
先ほどは緊張して気付けなかったが、ジェシカが身につけているのは【織姫】マリーの
(あのドレスはジェシカさんに着てもらっていたのね)
かつてお針子として義母のもとで働いていた頃、マリーは接客を
八歳の時から義母の指示のまま仕立てるだけだった十年間。
本当はもっと一人一人お客に寄り添ったデザインにしたかったのに、それができない
(でも、こうやってドレスを着てもらえているのは
マリーが
「マリア様、パーティはお久しぶりですね。お風邪を
「え、ええ。おかげさまで全快いたしましたわ。ご心配をおかけいたしました」
マリーは己の身代わりの役目を思い出し、慌ててそう言った。
ジェシカは意地悪そうに
「それはそれは……ようございました。健康だけが
「そ……そうですわね」
マリーはぎこちなく微笑む。
ジェシカはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。
「さぞ、カルロ
「それは……」
マリーは顔をしかめる。
この一か月、伯爵邸に
カルロとマリアの冷え切った仲をわかっていて、ジェシカはそう言っているに
なおもジェシカは言う。
「一か月も、どのパーティでもお姿をお見かけしなかったんですもの。てっきり領地に
言い方にチクチクと棘を感じた。これはつまり『
(毒を
マリーはおののいた。
その時、マリーは背筋にヒヤリとしたものを感じた。隣にいるエマの方を
エマの変化に気付いていないのか、ジェシカの話はヒートアップしていく。
「こうしたパーティですのに、マリア様のエスコートは、またお姉様ですのね? 婚約者のカルロ殿下は一緒にいてくださらないのですね。まぁ、お
マリーは、そこでピンときた。
ジェシカがいちいち
マリーは深呼吸してから、にっこりと笑みを深めた。
「気にしておりませんわ。ご心配いただき、ありがとうございます。私にはお姉様がいてくだされば
「あら? そうかしら? 姉離れはすべきですわよ。いつまでも
「……婚約を続けるか解消するかは、私の意志ではございませんわ。皇家の――カルロ様のお考えによるものです。ご不満がおありでしたら、カルロ様にお伝えしてみては?」
言外にカルロ皇子が婚約
ジェシカは顔をカッと
しかし不幸にもジェシカの
「危ない!」
そうマリーは
「きゃあっ!!」
「だっ、大丈夫ですか!?」
慌ててマリーは
ジェシカは床にうずくまって
「ジ……ジェシカさん、お
声をかけたがジェシカは胸元を押さえている。ドレスの足元には
「怪我は大丈夫だけど……ドレスが……」
泣きそうに顔を歪めて、ジェシカは手で隠していた胸元を開いた。
黄色い絹の上に細かな白い花のレース飾りが胸元一面に飾られており、華やかに
(ああ……このプリムローズはかなり苦労して
作り上げたドレスが眼の前で破れてしまったのは残念だが、物はいつかなくなってしまうことをマリーは知っている。
(ジェシカさんは大丈夫かしら……?)
そう思ってジェシカの方を見ると――。
「ジェシカさん!?」
胸元を押さえて泣き始めたジェシカに、おろおろするマリー。
周りにいた若い女性
一人の令嬢があざけ笑いながら言う。
「あ~ぁ、みっともないわね」
「良い気味だわ。ずっと【織姫】のドレスを会場でも
「私だって【織姫】が退職される前にドレス注文したかったわぁ。今は新規で受付していらっしゃらないみたいだし……残念ねぇ」
「でも注文しても半年待ちでしょう?」
「それでも欲しいわよ。だって【織姫】のドレスよ!?」
彼女達が自分のことを話していると気付き、マリーは青ざめたり赤くなったりを繰り返した。脳内はどうして良いか分からず大混乱だ。
ジェシカは声を
「これは、お父様に何度もお願いして、ようやく【織姫】に作っていただいたものなのに……っ」
それを聞いた
「ジェシカさん、とりあえず乱れた衣装を整えましょう。――あなた、
近くに立っていた
「マリア様……?」
「大丈夫ですよ」
「ち、ちょっと待ってくれ。マリア!」
その時、エマが慌ててついてこようとしてきたのだが――。
タイミング悪く、波のように押し寄せていた
「エマ様~! こんにちは、お会いしたかったです。ぜひ、今日こそは私とダンスを踊ってくださいませ!」
「あっ! ずるいです~! エマ様、次は私と踊ってくださいませ!」
どうやらファーストダンスの慣習を守って待機していた令嬢達が、エマの次のダンスの相手を
(お姉様のファンって多いのね……)
マリーも皇太子の婚約者ということで目立っていたが、エマは会場で
しかし、いつもなら穏やかに令嬢達に接しているエマにも今は
「やあ、
そう困り顔をするエマに、集まったご令嬢達が黄色い悲鳴をあげた。「キャア!」とか「そんなクールなところも
もうマリーはエマを待っていられなかった。エマの周りにもどんどん人が集まって
ドレスが破れてしまったジェシカを放って、このまま
(早くこの場を出て行かなきゃ)
「お姉様! すみません、すぐ戻りますから!」
「おっ、おい! マリア……ッ」
人混みの中でエマの顔と手だけが見えたが、すぐに令嬢達に押しつぶされて消えた。
給仕の女性に案内されたのは、広間からさほど離れていないソファーのある一室だった。
会場とは打って変わって静かな部屋につくと、マリーは給仕に「何でも良いので裁縫道具を持ってきてもらえませんか?」と頼んだ。
彼女は間もなく両手に
給仕が出て行くと、マリーは人目を気にして
赤く目をはらしたジェシカがソファーに腰をおろして言った。
「あなた一体どういうおつもり? わたくしをこんなところに連れてきて……」
マリーは少し返答に困ってしまった。
(私はマリア様の振りをしているのだから、らしくない言動はしてはいけないのよね……)
しかし、あのままジェシカを放っておくことはできなかった。彼女を
マリーは「失礼します」と言ってメジャーでジェシカの破れた刺繍の
「もしかして直そうとしてくれているんですの……? でも無理ですわ。こんなに破れてしまっていたら、仕立屋にだって直すことは難しいですわ。【織姫】に直しをお願いしたくても、もう新規でドレスの受付はしていないようですし……」
ジェシカはそうため息を落とした。
確かに編目が細かすぎるため、普通の仕立屋には元通り修復するのは難しいだろう。
もちろん【織姫】のマリーになら直せるが、それでも元通りにするには時間はかかる。このパーティに間に合わせるなら、何箇所かを糸で
「マリア様……?」
ジェシカの声は聞こえていたが耳を
「いや、待って……刺繍はもう
ブツブツとマリーは無意識のうちにつぶやく。
その時、ふっと
マリーが己の髪に巻きつけてあった刺繍リボンをほどくと、腰まである赤髪がさらりと落ちた。そのリボンはマリーが
それをジェシカのドレスの胸元に当てて
「ジェシカさん、少しのあいだじっとしておいてくださいませ」
ドレスを
「え、ええ。それは構わないけれど……」
当惑しているジェシカに「
引き裂かれてしまったプリムローズの
(細部まで丁寧にできないのは
破れた箇所が縫い終わると、リボンをハサミで切って
「何を……なさっているの?」
これ以上【織姫】のドレスを
(――妖精さん、ドレスを素敵にしてあげて)
マリーがそう願いを込めて刺繍リボンの
人の姿をしている小さな
「最後に残ったレースでプリムローズをイメージした花を作って……できた!」
マリーは顔を輝かせた。
ジェシカはおずおずと部屋の
「
破れた刺繍が嘘のように修復されている。
右上には刺繍レースのプリムローズが愛らしい様子で
「素敵……」
うっとりとジェシカは頬を染めていた。妖精達が嬉しそうに辺りを飛び回っている。
最初のデザインは細やかな刺繍を目立たせるために飾りはほとんどないシンプルなものだったが、刺繍レースを入れることで華やかな印象に変わった。
マリーはやり