「ゆずりん~」

「ん~?」

 ゆずの友人であるが休み時間に柚璃の机に向かうと、柚璃はいつものごとくピンク色のリュックサックのポケットからポッキーのいちご味を取り出し、食べていた。

「また食べてる!」

「ふぇ?」

 柚璃は休み時間の度に何かしらお菓子をほおっている。大体チョコレート系統の甘い物が多く、また形状は棒状のものが多い。その細長い何かしらを彼女が先っぽからポリポリと食べ進めていく姿はクラスメイトに取ってはもはや日常であり、そしていやしなのだ。

 あまりのいとおしい姿に、千代は思わず柚璃を後ろから抱きしめる。

「ポッキー食べてるだけで可愛かわいいとか……せこい……」

「千代ちゃんもポッキー食べる?」

 柚璃は千代もポッキーを食べたいのだとズレた解釈をして、動物にエサをやるみたいにポッキーを背に張り付いている千代の口元に近づけた。

「私が食べてても誰もなんとも思わないって」

 そう言いながらも千代は、柚璃に差し出されたポッキーの先端をくわえて受け取る。

 千代はこの学校で、柚璃の一番のともだち

 柚璃と千代は高校からの間柄だ。歴で言えばたった半年ではあるものの、その時間の短さを感じさせないほどの親密さで、今やクラスきっての仲良しコンビである。

「ゆずりん、六限のさ、コミュ英のプリントやった?」

「やったよ~」

「ホント!? 見せて!」

「え~、まあいいけど……」

 柚璃はそう言ってポッキーを咥えたまま机の中から英語のプリントを取り出す。柚璃は真面目まじめ。宿題や課題等の提出期限は絶対に守るし、忘れたためしがない。いわゆる夏休みの宿題を八月になるまでに終わらせるタイプの人間だ。

「ゆずの答え丸写ししないでね……」

「大丈夫、大丈夫! 適当に変えとくって! ホント、こういう先生の作ったプリントの宿題ってワークと違って答えもらえないから厄介なんだよね」

「普通は答えを見ずにちゃんと自分でやるんだよ!」

「はいはい、ごめんごめん……じゃ、次の休み時間に返すね」

「……わかった」

 優等生たるゆずいさめられ、耳が痛くなったはプリントを持って退散。



 そして次の日。

 千代はというと、あせっていた。

「(ミスった。終わらせることばっかりに気を取られて、結局ゆずりんのプリントの答え丸写しで提出してもうた)」

 だが気づいたところで後の祭り。プリントは昨日の六限に提出し、今日の三限はそのプリントの返却日。

「(やっば~……間違ってるところ全部一緒とか、気づかれたら普通に説教だよね……しかも、私だけならまだしもゆずりんも一緒に……)」

 いつもは早く終わって欲しいと思う学校だが、今日ばかりは三限まで時間が進まないで欲しいと願う。そして今日に限って時の流れが早く、あっという間に問題の三限。

かながわ

「は、はい……!」

 出席番号順にプリントが返されて行く中、ついに千代の番。自然と声は裏返り、先生のいる教卓に向う足がわなわなと震える。

「お前──」

「うっ……」

 先生の胡乱うろんげな目におびえ、我知らず目をらす。しかし先生から告げられた疑いは、意外なものだった。


「勉強したな?」


「えっ……」

 千代は一瞬ほうけて先生の顔を見ると、先生は口の端を上げていた。思いがけないポジティブな先生の反応をいぶかしがりながらも、千代は先生に差し出された自分のプリントを受け取った。

 全問正解。

 百点満点のはなまるだった。もちろんこれは千代の成果ではない。柚璃の答えを写したプリントが満点で返ってきたのだ。

「なんだ、自分でも信じられないか?」

「あ、えっとー。いえ、勉強しましたので」

 うそである。

 しかしなにはともあれ怒られずに済んだのだ。

 怒られるだろうとビクビクしていた肩はよろいを脱いだか、はたまた重荷を下ろしたように一気に軽くなり、もやもやしていた心はさっぱり晴れ渡る。はさっきまで青ざめていた表情をころっとかえて、笑顔ルンルンで席へ戻る。

たけうち

「ひゃい」

 一方のゆず。彼女はなんでもないのに素で声が裏返っているだけである。

「お前はいつも偉いな。ちゃんと勉強している証拠だな」

「あり! ありゃとーじゃいます!」

 ありがとうございますと言いたいんだろうが、みだった。重度のあがり症である。

 そして、


なか


「は、はい」

「……」

………………

 は何とも言えない顔をして答案用紙を見つめていた。先生もなんだかそれをやるせなさそうに見ている。

 なんだあれ……と、少しの間だけ莉太の様子を見届けた後、そのかたわらで、千代は〇まみれの答案用紙を眺める。

「(ゆずりん……天才すぎる……)」

 今回の英語のプリントはクラスの間で難しすぎたと軽く話題になったほど、大人気ない作りだったはずなのだ。しかも、先生が『解けたらすごい』と事前に銘打った難問もあった。

 しかし、柚璃の回答は全問正解。普段アホづらで棒菓子を貪っている彼女からは想像もつかないほどの才だ。

「(良かったぁ……ゆずりんが一問も間違えなかったお陰でバレずにすんだ……)」

 しかし悩み解消の幸福感もつか、今度は別の不安にさいなまれる。

 このプリントは千代の英語の成績に、間違いなくプラスに働くだろう。だがそれが問題なのだ。

 まったく自分の力ではない、完全なる柚璃の手柄で良成績が確保されただけだ。

 柚璃は自分の力で満点を取った、それと同じ功績を、なにも努力をしていない人間が利用するなんて、いくらともだちという間柄であるとしても、行っていいはんちゆうをとうに超えている。

「(ゆずりんの答えパクって成績上がるのは流石さすがにちょっと罪悪感が……休み時間に謝ろ……)」

 は自分の満点のプリントを、戒めるように表を中にして二つ折りにした。



 そして次の休み時間。

「ゆず──」


なかくん!」


「た、たけうちさん……!」

 千代が声を掛けようとするより早く、ゆずは一目散にの席へと走った。

 柚璃は心底上機嫌で莉太の机に飛びついて、前のめりに「ねーねえ!」と話しかける。かたや莉太は、どうしてよいかわからないといった具合で目を白黒させ、ほおを赤らめる。明らかに女子に話しかけられていない、否、他者と関わり慣れていない人間の反応である。

 早く謝りたいところではあるが、しかし柚璃の気持ちを知る千代としては、柚璃のこの時間を邪魔はできない。千代は若干微笑ほほえましく思いながら、小動物の生態系を観察するみたいに二人の様子を見守る。

「さっきのプリント難しかったよねー! 田中くん何点だったー?」

「え、俺は……えっと……15点……」

「(頭悪ッ……)」

 千代は額に汗を垂らす。もちろん難しいプリントではあったし、先般の件があるので千代にプリントの点についてとやかく言う資格はないが、にしても頭が悪い。

 だけど柚璃は、そんな莉太を前に頬を染め、さらにまた前のめりに言う。

「すご! 合ってたところあったんだ! 難しかったのに!」

「(お前満点じゃん……)」

 しかし柚璃は本当のことは言わず、「見せて!」と答案用紙を見せるように莉太に言う。莉太は「いいけど……恥ずかしいな……」と、おずおずプリントを机に出す。

「すごい! ここよく分かったね! ゆずすっごい考えたところだ!」

「そうなの……? 俺はむしろここくらいしかわからなかったんだけど」

「(いやゆずりん、さすがに無理あるって……)」

 当然だ。が正解しているということは、莉太レベルでもわかる簡単な問題だということだ。

 しかし莉太はそんなことは露知らず、褒められて照れている様子だった。まさに純粋な二人のやり取り。はクスクスと笑みを漏らす。

「あ、たけうちさんは何点だったの?」

「ゆ、ゆず?」

 莉太の問い返しに、ゆずは突として当惑の色を見せる。

………………ゆ、ゆずは全然だよ~」

「(声ちっさ)」

 一体どこまですつもりなのか逆に面白くなってきた。

 露知らず、空気の読めない莉太は、柚璃の後ろめたさに容赦せず続ける。

「そうなの? でも絶対俺よりはいでしょ」

「……! えっ……と……」

 言えるわけがない。満点だったなんて。

 さあどうする。莉太のプライドを傷つけないための計らいが超裏目に。その厚意が今、かえって莉太のプライドをズタボロにせんとしている。

 千代は柚璃がどう乗り切るつもりなのかにワクワクしていたのだが、しかし、おたおたと慌てる柚璃に莉太は優しく微笑ほほえみかけた。

「あ、言わなくていいよ別に!」

「え?」

「ごめん、そういう点数とかプライバシーに関わるもんね。でもなんとなく点数が良いのはわかってるから」

「え、なんでそう思うの……?」

「だって竹内さん、先生に褒められてたでしょ? 『偉いな』ってさ」

「それは……」

 莉太は自分の答案用紙に目を落とす。

「俺もそれなりに勉強して挑んだんだけどこのザマだからさ、きっと竹内さんは人の何倍も真面目まじめに勉強に取り組んでるんだろうね。先生もきっとそれをわかって褒めたんだよ。今回のプリント、勉強しないと解けないように難しく作ったって先生自身が言ってたし」

「い、いや、別に……」


「それでも先生をあんな風に言わせちゃうんだもん。やっぱ竹内さんはすごいね!」


 千代は少し、あつにとられていた。

 ゆずの満点の事実を知って、彼女の優れた才能にばかりに目を向けていた。

 でもは違う。

 成果ではなく、柚璃が先生に褒められている姿や、い点数を取るに至った過程こそをすごいと褒めたのだ。

 つまり、誰もが比較し競うステータスではなく、人間性を見ている。

 そして千代は思う。


 なんとなく自分もほだされた気がしたのは、なぜだろう。


 答えの見つからない疑問を頭から払って、千代は肝心の柚璃の反応をうかがう。

 そして、莉太の言葉に対し、それを受けた柚璃は。


「……にゃは、にゃははは」


「(猫みたいになっとる)」

 柚璃はしぱしぱと頭に手をやりながら目を泳がせ、「しょんにゃことにゃいにゃい……」と、多分『そんなことないない』と、謙遜する。

 形勢逆転。莉太はさっきまで自分がされていたように前のめりに、ガッツポーズなんて作ってまで柚璃を褒める。

「いやすごいことだよ! 俺人生で先生に褒められたことないし! それに普通、わざわざ点数のいい子一人ひとりに褒めて回ったり先生はしないでしょ? たけうちさんが褒められるってことは、点数以外にそれだけ褒められる素養があるってことだと俺は思う!」

 まくし立てる莉太。柚璃はというと、

「にゃにゃ……にゃ~……? にゃはは……うぇ~、うにゃにゃ~……

 そしてそれを見た莉太は冷静になって小首をひねる。

………………にゃ?」

「(なかくんも困惑してんぞ)」

 さすがにこれ以上はボロが出るだろう。ていうか今まさにボロが出ている。

 見るに見兼ねた千代は、莉太の席まで歩いて柚璃の腕を取る。

「あ、田中くんごめんねー。ちょっとゆずりんに用があって……借りてっていい?」

「え? あ、はい! お構いなく!」

「ありがとー。じゃ、そゆことで~。ほら、ゆずりん行くよ」

「にゃ~? にゃはは~……」

 とりあえず他の人に満点の話を聞かれてもなんなので、千代は柚璃と手をつないで教室から連れ出し、トイレの方へ歩く。

 さて、ゆずと二人になった今自分がすべきことは、彼女を正気に戻すことでも、彼女を彼から遠ざけることでもない。

「……ねえ、ゆずりん」

 謝らねば。宿題の事を。

 さっきまで和やかだったの心は、しかし、柚璃を前に引き締まる。

「……ごめんね、ゆずりん。実は私、ゆずりんのプリントの答え丸写ししちゃって、そのまま提出しちゃったんだ……」

 ともだちとして、否、親友として申し訳ないと思った。彼女の手柄をそのまま自分のものにしてしまうことも、彼女の努力を才能だとくくって、意図せずにしたって突き放してしまったことも。

「そのおかげで私まで満点取っちゃって……ホントにごめん、ゆずりんが頑張った成果なのに、自分の物みたいに………」

 言いたいことは言った。やはり怒っているのか、柚璃からの返事がない。少し予想外だったが、本来ならば怒らせていてもしょうがない。むしろ、許してもらえると思っていた自分が甘いのだと、また自責の念が襲う。

 でも、諦めてはいけない。

 これからも友達でいるために。

 千代は意を決し、恐る恐る柚璃の方を見やる。

「……あの、ゆずりん?」

 柚璃は、


「うにゃ~……えへへぇ……」


 そもそもなにも聞いていなかった。



 結局、数時間置いて千代が謝ると、柚璃は「別にいいよぉ。気にしないでぇ」とあつなくそれを許してくれた。

 柚璃は細かいことはあまり気にならないタイプ。

 容姿端麗、成績優秀、でもどこか抜けていて、あいきようがあって、皆から好かれるたけうち柚璃。

 千代はそんな柚璃が大好きだった。

 そしてそんな柚璃だからこそ、クラスの人気者に成り得たのだろう。

「(でも、じゃあ)」

 そんな彼女に好かれているだなんて、じゃああのなかなどというどこにでもいるようなあの男は、

「幸せ者だなぁ」

 は独りちるのであった。

「ゆず? うんゆず幸せだよ~」

「あんたじゃなくて……いやあんたもだけど」


 ──いやだから早く結婚しろよマジで……。



 一方こちらは、自動販売機にてお茶を購入中の莉太。

「ヘッッッッックション! ぷりゃっしゃ~い~………………誰か俺のうわさしてんのかな。いや、俺の噂する人いないでしょ~て。……で、これもこれで誰にツッコんでんだか……」

 莉太はくしゃみに謎の余韻があるタイプ。