
◇
時は少し遡り、日曜日。
「先輩に貸しを作るためにも、残りのお仕事は先輩なしで頑張ります♡」
「……了解。じゃあ」
莉太が靴を仕事用から普段の靴に履き替えて出ようとする時、楓は莉太がさっきまで使っていたロッカーの下に、何かが落ちていることに気づいた。
「あれ、先輩。落とし──」
楓はその小さな紙切れを拾い上げて確認し、言葉を途中で詰まらせた。
落ちていたのは──写真。莉太と、『ウサちゃん♪』と顔に落書きされた誰かのツーショットプリだったのだ。
「(だ、誰これッッッ!?)」
「ん?」
莉太が自分の声に振り返り、楓は
「……お年おいくつでしたっけ?」
「なに急に……だから同い年だって」
「あ、えっと……誕生日は過ぎました?」
「ああ、うん。俺四月生まれだから」
「そうですか! それだけです!」
「ああ、そう? じゃ、頑張って」
「はい!」
莉太が事務所を後にして、一人事務所に残った楓は考える。
「(どうしよう、返さなきゃいけないのに隠しちゃった……。にしても誰だろこれ……先輩の彼女とか……? いや、バイトに入ったばっかりの時に聞いたらいないって言ってたしなぁ……)」
だが、そのウサちゃんのデコレーションは下の方まで隠しきれておらず、スカートがチラついていた。間違いなく女子ではある。そして制服を見るに莉太と同じ高校だと言うことが分かる。
姉や妹の可能性はまずないだろう。莉太が妹との二人兄妹であることと、妹が中三であることは楓も把握している。
「(
それに写真に写る
「(きな臭い……。でも、どうやって探ろう)」
◇
数日経過したが、
それにしても、
んー、おかしいなぁ。竹内さんだと思ったんだけどなぁ、告白文の送り主……。
いや、まだ可能性はあるはずだ。それに明らかに好意らしい態度が見て取れたのは事実であり、それが
「先輩って、ホントに彼女いないんですよね?」
「えっ!? なに急に!」
バイトの出勤中いつものようにフライを揚げていると、唐突にそんなことを
「そ、そんなのいるわけないじゃん!」
「ですよね」
「ですよねも失礼だけどね!?」
舞原さんは首を
俺は飴ちゃんに言われた〈C〉を見つけ出す方法を今一度思い出す。
一つは単純に、自分のことが好きそうかどうか態度で見極める方法。
──好意。
これに関しては現状はっきりしない。舞原さんのスキンシップやからかいは好意故とも捉えられるし、単にからかっているだけの可能性もある。
二つ目、他の女の子と仲良くして、その反応を見る。
──嫉妬心。
これはそもそも舞原さんが
そして新たにもう一つ、俺は助言を貰った。
『対象の女の子を一つの場所に集めてしまえばいい。そうすれば〈C〉は、必ず他の女の子と反発するはずだからね』
二つ目の方法と少し似てはいるが、要は目の前で嫉妬させてしまおうという話だ。そうすれば女の子同士の接触の際、三人の中で一人だけあからさまに他二人の女の子を気に食わなさそうにするだろうというカラクリ。
──つまり、三つ目は独占欲。
……とは言ったものの、三人の境遇はバラバラ。全員を集めるなんて、出来たら苦労しない。
「先輩、何か考え事ですか?」
「あ、いやなんでもない……ていうかそっちこそ──」
待て、一個戻れ俺。『先輩彼女いますか?』だと? 前にも確か聞かれたことがあったしあんまり深く考えなかったけど、これもう狙ってる男へのお決まりのセリフじゃないか? どんな
「? 先輩?」
「い、いや……その……」
唐突なフラグに俺がたじろいでいると、
「ち、近いよ」
「え~、先輩顔赤~い」
「べ、別に赤くなんか……なっ!?」
俺が恥ずかしくなって舞原さんから顔を
てか、
「竹内さんと胡桃!?」
知り合い。しかも今一番この俺のやわっぷりを見られたくない知り合い。
「え、誰?」
舞原さんもカウンターの方を見て、「あぁ、あの二人? 先輩のお知り合いか何かですか?」と
「いや、知り合いっていうか……えっと、なんて言えばいいんだろう……」
──なぁんであの二人一緒にいんだよぉぉぉぉぉッ!
なんで!? 俺のことを好きな女の子なら、他の女の子に嫉妬するだろうって計算だったよね!? 反発どころか放課後一緒にハンバーガー食べちゃうような仲になっちゃったの!? 〈C〉は俺と仲良くする他の女の子を気に入らないはずなのに、じゃあ二人は〈C〉じゃないってこと……? てかあの二人が違うなら、消去法でいけばもう答えが……?
すると
「ま、舞原さん……?」
「先輩、仕事中ですよ? たかが知り合いの女に構ってる場合じゃありません。さ、あたしと二人だけで仕事しましょ。あたし先輩に仕事教わりたいです♡」
嫉妬&独占欲からの好意的な態度!?
一言でコンプしてきたこの子! 決まりなのか!? 舞原さんで決まりなのか!?
そして舞原さんは、
「あの二人のどっちかなのかな……」
意味深な発言までぇ!? よくわかんないけどなんかもう色々怪しいよ! ここに来てヒロインレースブッチギリの一位だよ!
「さ、先輩、仕事です」
「う、うん……そうだね……」
「先輩?」
「わ、わかってるって……仕事だよね? えちょ……」
舞原さんは背伸びをして、俺の耳に口を近づけた。
「今日も、二人だけで帰りましょうね」
ぼそっと吐息が耳に触れる。
確信犯すぎるでしょおッ!
◇
「(確信犯すぎるでしょおッ!)」
胡桃は注文したフライドポテトを相当な
「(なんなの莉太? あいつモテんの? マジ?)」
少し仲良し程度ならまだ、莉太を好きになったりしてない可能性もあったろうし、仮に好きになられていても、自分が本気を出せば歴の長い自分の方に勝機があっただろう。ただあそこまで大胆なアプローチをしている相手となると話が変わる。
「(莉太がどう捉えているかは知らないけど、女子は好きじゃない男相手にあんなにべたべたスキンシップしたりしないし、確実に黒よね……。しかもあれだけ積極的な相手ってなると、普段
「ほぺ~」
「……で、
向かいに座っているのは、すっかりもぬけの殻となった柚璃。
「柚璃ちゃん、柚璃ちゃんってば」
「……はっ!」
「大丈夫……?」
「え!? なにが!? ぜ、全然平気っ! いいなぁ~なんて思ってないしっ! 劣等感とかないしっ! 見習うつもりなんてこれっぽっちもないもんっ!」
「(思いの丈全部わかっちゃったッ!)」
「それにしても、随分パワフルな子だったわね……」
「パワフル? うーん、そんなゴリラみたいな子だったかなぁ。ゆずは
「そうじゃなくて……」
こいつどんだけ天然なんだよ。と、心の中で若干
「ほら、あの子明らかに莉太に気がある感じだったでしょ? だけどその気持ちを隠さずにむしろ全面的に出して猛アタックしてたというか……」
「あぁ、それはゆずも思った……うぅ……」
「(まあ、全面的に態度に出てるのはこの子も同じなんだけど……)」
柚璃はどちらかと言えば、意図してではなくただ分かりやすいだけだ。しかしあの
「(純粋な柚璃ちゃんはともかく、あんなの放っておいたら……)」
『先輩……♡
『え!? ちょ、ちょっと待って! なんでシャツのボタン外してるんだよ!』
『先輩……あたしこれ脱いじゃいますよぉ♡』
『ダメだ……もう俺我慢出来ない……!』
『えへ♡ 先輩のソーセージ、あたしのバンズで挟んじゃいますね♡』
「挟むなッッッ!」
「!?」
「あ、ごめん……」
自分の大声に
「(自分の下ネタのセンスは置いといて、でもあの女かなりやり手そうだったし……冗談抜きでバックヤードでおっぱじめかねない気がする……)」
「く、胡桃ちゃん、目が血走ってるよ……」
「ご、ごめん。ふう……」
胡桃は息を大きく吐いて、
「胡桃ちゃん、バイト中の
「ダメ、粘るわよ。バイト終わったら関係聞き出すの」
「で、でも迷惑じゃ……あむっ!? ……おいしい! ありがとぉ!」
胡桃はそう決めて、異論を唱えかけた柚璃の口にポテトを突き刺して黙らせた。
◇ 田中
というわけで俺は、考える暇さえ
「……じゃあ、チキンとシュリンプのストックをちょうど取りに行こうと思ってたところなんだけど、代わりに冷凍庫に取りに行ってくれる?」
とりあえず一人になりたいから……。頭の中整理したいし……。
「しゅりんぷ? どこかの大統領とかですか?」
「あ、ううん、エビのこと。大統領は冷凍庫にないと思うよ」
「あ、先輩、韻踏んでます! 大統領♪ 冷凍庫♪ ないと思う♪ チェケ♪」
「あれ、話が進まないな」
俺は嘆息して、
「これだよ。ダンボールにでっかくチキンとかシュリンプって英語で書いてあるから。一箱ずつ持ってきて。台車使っていいから」
「先輩、あたし英語読めないです!」
「あ、うん……じゃあこの空っぽの袋持ってって。ほら、chickenって書いてある。こっちはshrimpだね。冷凍庫の場所はわかる?」
「はい! 先輩がいつも出入りしてるの見てるのでわかります!」
「良かった。じゃあよろしく」
しかしまあ一応舞原さんにストック補充をお願いしたおかげで、自分の仕事が少し早く済んだ。
……で、問題はかれこれ五分
なにしてるんだあの子。
俺はため息混じりにバックヤードにある冷凍庫に様子を見に行った。そして冷凍庫を開けると、舞原さんはあっさりそこにいて、中で凍えて立ち尽くしていた。
「あ、舞原さ──」
そして舞原さんは俺を見た途端──俺の胸に飛び込んだ。
「ま、舞原さん!?」
舞原さんの体は冷えていた。ガタガタと歯を鳴らし、震えている。五分も冷凍庫に居ればそうなるのも無理ない。
「怖がっだ……うぅ……」
「ど、どうしたの」
「入っだら……扉どうやっで開げるのがわがらなぐなっで……ずびび……」
「あ、あぁ……」
別に普通に押せば開くのだが、確かにかなり重い扉なので、力のない女子だと鍵が閉まっていると錯覚してしまってもおかしくない。
「これ、重たいだけで普通に開くよ。営業中に鍵かけることないから」
「先輩……あたしこのまま死ぬのかと思いましたぁ……」
「ご、ごめんね無理させて」
「そう思うなら抱き締め返してください……」
「えっ……」
「寒いんです……先輩のせいで……」
からかいか、アプローチか、いや、舞原さんの震えようは割とガチだった。新人の舞原さんにストック補充を頼んだ俺の過失でもあるし、仕方ない……。
「わ、わかったよ……」
……ギュッ。
誰もいないバックヤードで、熱を共有する。
俺が抱きしめ返すと、舞原さんは俺の背中に回した手で、服を
「ごめん、寒かったよね……」
「あたしもごめんなさい。先輩の期待に応えられなくて」
「な、なんで! 俺は結果より頑張りを見てるから! 今日も新しいことにチャレンジした
「………先輩、温かいです」
「そ、そう?」
「はい、もうずっとこうしていたいくらい、幸せです」
──ホントに暖取ってるだけ、なのか?
いつまでこうしているべきだろうかと、少し手を緩めてみると、
「先輩、こういうこと、他の女の子にしたことあります?」
「ま、舞原さん……? いや、ないけど……」
「──そっか、良かったです」
俺の胸の中からむくりと顔を上げた舞原さんの上目遣いが、俺の目を捕まえて離さない。その
「……先輩、あたし──」
──それとも、
「……な、なにしてんの? 二人とも。仕事中ですけど」
「「……あっ」」
……と、そこに
「み、美咲さん! こ、これは違くて!」
「この状況に違うとかあるの……?」
「いやホントカクカクシカジカで! ちょ、舞原さんもういいでしょ! 離れて!」
俺が手を離すと、舞原さんは逆に離すまいと俺にくっついてきた。
「美咲さん、見たまんまです……♡」
「余計なこと言わないでッ! 話ややこしくなるからッ!」
結局、俺が死ぬ気で誤解を解くことになった。
◇
「どうしました? 先輩」
「いや、なんでも……」
なんとか勤務を終え、事務所内。更衣室から出てきた舞原さんは、パーカー姿になって髪を手で払いながら
もう絶対この子だよなぁ。考えてみたら普段から一人だけ明らかに男に対しての女性の態度というか……。この前は絶対
なんか俺のやってることとか気持ちの変化って、すごい優柔不断みたいで嫌だなぁ。俺が見てるのは最初から告白してくれた女の子一人なのに。
「そうですか? じゃ、帰りましょっか!」
「う、うん」
俺がぼんやり立ち上がって、いつものようにフロアへの出口の方に歩き出すと、「あ、待ってください」と舞原さんがそれを止める。
「ん、忘れ物?」
「いえ、ではなく。先輩、今日は裏口から出ましょう」
「え、なんで」
俺が
「今日だけ……裏口で……♡」
な、なんかすごいエロく聞こえるの俺だけ?
「い、いいけど……」
俺は謎に生唾を飲みながら
普段は店内を見て帰るという決まりがあるため、フロアを通って客と同じ出入口から店を出るのだが、今日は裏口の扉に手をかけた。
う、裏口でなにが起きてしまうんだ。まさか、そのまさかだったりして……。
とか、そんなことより考えるべきことがあって。
………舞原さんが〈C〉かどうか、確認するならこの帰り道しかないよな。
俺は意を決し、外へ出た。
「……えっ」
意気込んで外に出て、一歩目で俺は硬直した。
「……よっ」
「こ、こんばんは!」
「な、なんで
またしても現れた謎の組み合わせの二人。突然のことに動揺していると、胡桃は至って真剣な表情で答えた。
「いや? せっかく来たから
「ふ、ふむ!」
マジでこの二人、どうして仲良くなったんだ……?
「なんか言った?」
「ううん、なにも♡ 先輩、この子
「え、あぁ……あぅ……」
舞原さんは俺の腕を抱きながら
「えっと、こっちが俺んちの隣に住んでる昔からの幼なじみの
「うっ……」
「竹内さん?」
「ひや、にゃんでも……」
竹内さんが唐突に
「あれ、あんたどっかで………」
胡桃は一瞬眉を
「
「あぁ……こっちはバイトの後輩の舞原
「あ、そう。で、いつまで莉太にくっついてんのよあんた」
胡桃が俺の腕にしがみつく舞原さんのことを指摘すると、舞原さんが俺に代わって返答する。
「え、あぁ、気にしないで。これ日常茶飯事だから♪」
「日常茶飯事!?」
竹内さんが一歩後退する。あ、待って、語弊がある。
「り、莉太? この子が
いつになく懐の広い胡桃。でも普段のことを思い返せば、確かに日常茶飯事ではあるよなぁ……。それに舞原さんだって俺のこと好きかもしれないわけで、ここで俺が突っぱねて傷つけたくないし……。ああ、またこのジレンマか……。
「本当に日常茶飯事!?」
竹内さんがさらに一歩下がる。ちょ待って、引かないで、ていうか行かないで。
「……莉太?」
「い、いやこの子が一方的に、なんというか……」
「一方的? さっき抱きしめてくれたじゃないですかぁ」
「
「いやもうそれもなんか色々あってですねぇ!」
俺がどう答えたものか窮していると、
「で、でも! とにかく付き合ってるわけじゃないのよね?」
──胡桃が気になるのって、そこなんだ。
……あれ、じゃあ胡桃、もしかして嫉妬してる……のか?
「う、うん。俺、彼女とかいないよ」
とにかく
しかし、舞原さんは暴走してついにはとんでもないことを口走る。
「そうそう、付き合ってはないんだけどね~。なのに仲良すぎて~、バイトのみんなったらいっつもあたし
「「えっ……?」」
い、言った! この子、言っちゃった!
「……わ、私もそれくらいあるんだけど」
「ゆ、ゆずも!」
「え、
「う、うん……」
「えぇ~? 三人が同じセリフを? うっそだぁ」
「いや、本当だよ舞原さん」
「えっ……」
「「「………………」」」
……なんっつー修羅場だ。
いいかどうかはわからないが、とりあえず足並みを
つまり今、この中にいる〈C〉も、自分以外にも『お前ら早く結婚しろよ』と言われた人間がいるのだと気づいたことになる。そうなると、〈C〉は俺が自分の告白を自分のものだと気づいていないことにも気づいたわけで。
……動き出すんじゃないのか? 〈C〉が。
「こ、これでわかった? あんただけ特別じゃないってことよ」
「へぇ~、そっか、ちょっとびっくりだなぁ……みんな同じセリフを言われてるなんて……。みんなそれだけ
「……もう、先輩の女たらし」
「それは同感ね。で、いつまであんたはそうして彼女ヅラしてるわけ?」
「あはは、やだなぁ。だから、これは日常茶飯事なんだって」
「だから、それが通常運転なのが変だから言ってんのよ……」
「ていうか、そろそろ帰る? 田中くんも舞原さんも疲れてるだろうし……」
「まあそうね。ほら
「ダメー! 先輩はいつもあたしのこと家まで送ってくれるのー!」
「はぁ!? 一人で帰りなさいよ。そんだけ男にベタベタできるなら変質者の一人や二人平気でしょ」
「無理~、夜道怖い~。先輩、早く帰りましょ?」
「……莉太?」
「先輩?」
「田中くん?」
「え、あぁ、ごめん……」
………………いやわっかんねぇぇぇッ!!!!!!
なんでみんなこんなに平然と受け入れられるの!? 今ので誰も動揺しないの!? 今ラブコメで言うところのすっげー物語進んだところよ!? ここ引きで一巻終わってもいいところだよ!?
しかし素知らぬ顔で俺の顔を
ど、どうしよう。とにかくこのまま三人一緒に監視できた方がいいし……。
「……とりあえず、胡桃と
「……まあそれなら」
「そうだね!」
「えぇ~、二人だけで良かったのに」
「あら、夜道が怖いなら人が多いに越したことはないでしょ?」
「ぶ~……」
そうして、四人は夜道を歩き出す。
結局その日も、真相を突き止めるには至れなかった。
◇
都会だと考えられないだろうが、夜の田舎の閑静な住宅街ともなれば車通りどころか人っ子一人いない。俺と胡桃はゆったり並走しながら自転車を
やっぱりここ数日の胡桃の変わりようは相当だ。胡桃は俺があのファミリアで働いていることを知っていたし、間違いなく俺のことを
てか、色々落ち着いたし、
「なんか言いたいことでもあるんじゃないの。あんた、さっきからずっと梅干しみたいな顔してるわよ」
「げっ……」
「げってなによ、げって……」
胡桃は俺の様子を察してか、目を細めながら一瞬俺を横目に見て言った。
「わからないわけないでしょ。いつからあんたと一緒にいると思ってんのよ」
「……じゃあまあ、聞くけど」
俺は自転車のハンドルに腕を置いて、背中を丸めながら訊いた。
「なんで急に学校で話しかけて来たの……?」
「嫌だった?」
「嫌じゃないけど……むしろ困るのはそっちだと思って不思議だったんだよ」
「不思議じゃないわよ」
胡桃はあくまで進行方向を向いたまま、真剣な顔でハッキリと言った。
「幼なじみなんだもん。どこで話そうが不思議じゃない。むしろ今までがおかしかったのよ」
胡桃に言われて、自分が学校で胡桃と話さなくなった時期のことをぼんやり思い出した。
多分、話さなくなったのは二人してなんとなくではない、俺から離れてしまったせいだ。
俺と仲良くしていると、
特にあの頃は。
罪悪感から、視線を自転車先端の籠に落とした。
「……
しかし胡桃はそんなこと露知らず、口を
──それって、幼なじみとして? それとも俺のことが好きだから……?
わからないけど、照れくさかった。そして
今までの全部、俺の気にしすぎだったのかもな。
俺の左を走る胡桃からは目を
「い、いいよ……」
「……なんで上から目線なのよ」
「は、話してください?」
「……へへへ。まあ、いいけど?」
胡桃からも了承が返ってきて思わず胡桃の方を見ると、胡桃も俺の方を向いて、いつもの素っ気ない態度とは違う、優しい
俺はその微笑みに、つい見とれてしまって……。
「ちょ、莉太! 前!」
「えっ? ガッ──!」
電柱にぶつかった。かなりゆっくりだったので大事には至らなかったが、それでも相当の衝撃だった。おでこをぶつけて、
「だ、大丈夫!?」
胡桃はすぐに自転車をそこに
「いってぇ……だ、大丈夫大丈夫……あはは……ごめん……」
「もう……」
胡桃は
「ホント、世話の焼ける幼なじみね」
胡桃は
やっぱり胡桃といると、よく自分を情けなく思ってしまう……けど。
──胡桃ならきっと、結婚してもそんな俺のことを受け入れて助けてくれそうだな。
……って、なんで俺はもう結婚した先のことを考えてるんだ。まだ告白してくれたのが誰ともわかってないのに。
あの感想が投稿されてから、
でも三人の女の子とは、また更にちょっとずつ仲良くなれている気がする。
今までずっと陰キャオタクでボッチの俺なんかって気持ちが先行して、きっと三人のことをちゃんと真っすぐ見れてなかったんだな、俺。
◇
「まさか、あたしだけじゃなかったなんてなぁ」
楓は女子二人の顔と、その二人を見る莉太の目を思い出し、唇を
『これでわかった? あんただけ特別じゃないってことよ』
楓の頭の中には
自分は特別じゃない。そんなこと、自分が一番よくわかっている。わかっていたつもりだった。だけどいざそう現実を突きつけられると、心が落ち込んだ。
「(このウサちゃん、絶対あの二人のどっちかだ……)」
楓はポケットに入れていた莉太のプリクラを手にする。なんとなく返す気が起きず、プリクラを返しそびれて少し
でも確かめないと、気が済まない。
思い至った楓は、部屋のクローゼットを開ける。
「あんまり気は進まないけど……先輩のためならしょうがない……!」
楓がクローゼットから手にしたのは──莉太の通う、
◇
週が明けた月曜日の学校、一限が終わった休み時間。俺は席に座って色々と考えていた。つか、最近俺ずっと考えてんな。
そうして色々考えていると、──目の前が真っ暗になった。
「誰だ!? あの黒髪
「あんな子うちの学校にいたか?」
なに? 美少女だと?
「だぁれだ♡」
ああ、なんだ……聞けばお
「なんだ、
塞がれていた
「おはよ、先輩♪」
「な、なんで……!?」
そして、クラスメイトが俺
「
「あいつヤリチン説あるぞ。それかいっそラブコメ主人公まである」
「一体なにがどうなったら田中みたいな陰キャがモテんだよ……」
「もはや世間は陰キャがトレンドなんじゃねえのか?」
やばい、陰キャが
いや、それより心配するべきは注目が俺と舞原さんに集まってしまっているこの現状だ。そういえば
竹内さんの方を見やると、竹内さんは薄く
「ま、舞原さん、魚住高校だったの……?」
「はい♪ 不登校だったんですけど、先輩に会いたくなって来ちゃいました♡」
「来ちゃったっていうか、本来毎日来ないと……ていうか、え、会いたくなった……? 俺に……?」
「そうです! 先輩に! 会いたくなったんです!」
マジ……? そんなことただのバイトの先輩相手に普通言わないよな……。
しかし考察する余裕もなく、舞原さんは三組の教室前方の時計を見て肩を落とす。
「……あ、そろそろ時間ですか。先輩のクラス聞きそびれて、自分のいる八組から順番に探してたせいで時間切れになっちゃいました。せっかく会えたのに残念です」
「え、あぁ……えっと……」
「じゃあまたすぐ会いに来ますね! 次の休み時間にでも!」
「あ、いや、やっぱあんま頻繁に来られても──」
「あ、ちなみにあたしは八組ですよ先輩♡ 会いに来てくれてもいいんですからね♡ では、また後で!」
「あ~……」
場を荒らすだけ荒らし、
〈C〉の正体を突き止めるためなら、舞原さんが同じ学校だったことはポジティブなことだが、その、なんか色々問題も生んでいるような……。
それに
……いや、無駄なことは気にしなくていいか。とにかく俺が見つけ出すのは〈C〉で、それ以外のことはできるだけ深く考えないようにしよう。いずれにしても、これは今度こそ舞原さんが〈C〉なのか確かめるチャンス……。

◇
「せんぱぁい~」
ヤツは二限目終了後の休み時間、早速俺に会いに三組へやってきた。
「
「先輩聞いてください。さっきHRの出席確認の時、あたしが返事しただけで一瞬時止まったんですよ~」
今まさにうちのクラスの時も止めてるよ!
「あの、舞原さん。わかったから、ちょっと周りの視線が
「え、人に見られないようなところでなにするんですか……♡」
「なんでそういちいち
とにかく舞原さんを連れてこのクラスから逃げることにした。とは言え、本当に
「それで、舞原さん。なんか用でもあった?」
「え? いえ、別に?」
「じゃあ、ホントに雑談しに来た的な?」
「来ちゃダメでした?」
「いや別にいいけど……毎時間来ることないじゃん。せっかく久々の学校なのに、クラスメイトとかと話さなくていいの?」
俺が聞くと、舞原さんはピカピカと笑って答えた。
「はい! あたし、学校に
やっちゃったぁ。とんでもなく
俺は口を覆って謝る。
「ご、ごめん……今のはちょっと、良くなかったよね」
「いえ、全然。友達いないのはあたしのせいなんで」
舞原さんは、さらっと告げて振り返ると、風に目を
「……もしかしてこの休み時間も、だから俺に会いに来たの?」
「いや、先輩しかいないから先輩に会いに来たわけじゃないですよ。そりゃ、話せる人は先輩しかいませんけど」
「あたしは先輩と話したいから、会いに来たんです」
「舞原さん……」
俺はその素直な言葉を信じて、慎重にそこから舞原さんの気持ちを
「今日学校に来たのも……俺に会いに……だっけ?」
舞原さんは、ふっ、と笑った。
「先輩、自意識過剰です」
「え、えぇ……」
「あはは、まあそれもありますよ、それも。でもそんな『コンビニに行きたいから行く』みたいな軽いノリで来たわけじゃないです」
舞原さんは続ける。
「そろそろ学校に来ないといい加減留年か退学って時だったんです。でも学校に行くの、すごく怖くて、不安で、その気になれなかったんですよね」
「そうなんだ……」
「はい、でも」
舞原さんは俺の方を向いて、小首を
「──先輩に会えると思ったら、頑張れちゃった」
舞原さんはあざとい。だけど、心にもないことを言っているようには思えなくて、俺はいつも、その言葉を
舞原さんの
舞原さんの顔を見れなくて、目を
「あたしと一緒にいるの、嫌ですか?」
「い、嫌じゃないよ。ただそうやって直球で言われるとその、照れくさくて……」
「ふっ、そうですか、
……そうやってからかってくるから、本気かどうかわからなくなるんじゃん。
「じゃあ、ずっと一緒に居たいです」
「え?」
しかし舞原さんのその声音は、まるで本気のようだった。俺が
「ってことで先輩、今度の休み、あたしと二人だけでどこかデートに出かけませんか? 二人だけで、です♡」
「「「なっ……!?」」」
俺が声を漏らすと、なぜだか似たような声がどこからともなく聞こえてくる。
「……やっぱり居た。まんまと釣れたみたいですね」
「「うひゅ……」」
「え、二人ともいたの!?」
「べ、べべ、別に、
「……あはは」
胡桃がまごまごと申し訳なさそうな顔で事情を説明して、竹内さんも釣られて苦々しく笑った。
「
「そう、なんだ……」
やっぱり竹内さんは、俺が女子といることに対しては自発的な行動が無いな。
「そ、それより! えっと、舞原
胡桃は腕を組んでそう言った。胡桃のこういうところ、やっぱ好きだな、俺。
「えー……仲良く~……?」
「露骨に嫌そうにすんな!」
肩を落とす舞原さん。ツッコむ胡桃。依然、愛想笑いの竹内さん。……待てよ。
三人全員、クラスは違えど学校に
「く、胡桃の言う通りだよ。別に俺と仲良くするのもいいけど、せっかく仲良くできる人が他にもいるんだし、なにも突き放す必要は無いんじゃないかな」
「この人の仲良くしようはそういう意味ではないと思いますけど。まあ、先輩が言うならしょうがないです。友達になってあげますよ、お二人さん」
「それがボッチのセリフ……?」
胡桃は半分
「でもそうね、せっかく友達になるんだもん。まずは二人とか言わずに、私達も混ぜなさいよ。その遊びってのに」