──お前ら早く結婚しろよ。

 見るからにお似合いなのに一向にくっつく気配のないじれったい二人に向ける、ラブコメにおいてもよくあるツッコミだ。ただそれはあくまで客観的な事実に基づく発言であり、言葉を受けた本人たちの気持ちや現状とは一切関係ない外野の声。その対象がもし、ボッチ、オタク、陰キャの三拍子そろった青春敗北者の俺と、さながらラブコメのヒロインのような美少女達だったとしたら、ましてや結婚だなんて、俺も彼女らも真に受けるはずがない。

 ……と、思っていたのだ。

 一夜明け確認しても、俺のウェブ小説の感想欄には俺への告白文がつづられていた。

なかくんへ

 あなたのことがずっと前から好きでした。

「お前ら早く結婚しろよ」と言われたこと、これから本当にしませんか?』

 めちゃめちゃ本気にしてるヤツおるーッ!

 ……いくらなんでもぶっ飛びすぎでしょ。いきなり結婚? 俺達まだ高校生よ?

 大体、こんな色々問題だらけの告白に俺はなんて答えればいいのか……。いや、ていうかそもそも──

 ──誰なんだ。この俺のことが好きって言う女の子は。

 何度見てもユーザーネームには〈C〉とあるのみ。肝心の送り主の名がないのだ。

 マジ誰よこの〈C〉っての。これがわかんない限り返事のしようがないのよ。三人の中に誰も頭文字にCを含む名前の子はいないし、イニシャルではなさそうだけど。

「あ、お兄ちゃん、起きてたんだ。珍しいね。せっかくメグ連れてきたのに」

「え、あぁ……うん……」

「……お兄ちゃん?」

「な、なんでもないなんでもない! おはよ。ご飯だよね。今行く」

「うん? おはよう?」

 顔を伏せながらの横を通り過ぎてリビングへ向かう。恵麻には言わないでおこう……胡桃くるみの肩持つに決まってるし……。

 とにかく学校だ。そしたら何かわかるかもしれないし。

 顔を洗っても、ご飯を食べてもイマイチ頭はえない。代わりに胸やけみたいな妙なモヤが心に立ち込めて気分が晴れない。

 ぼんやりする頭を振り朝の支度を終えて家を出ると、

「……あ、胡桃」

 ちょうど胡桃と出会でくわした。

……偶然ね。最悪よ朝からキモオタの顔見ちゃうなんて……ていうか、今日はいつもより出る時間早いのね? あ、恵麻ちゃんは──」

 なんか胡桃はペラペラ早口でしやべってるけど、内容が全く頭に入ってこない。それよりも気になって仕方がないことがあった。

 ──この子、俺のこと好きかもしれないの!?

 うそでしょ? 普段俺のことキモオタだなんだってなじってくるのに? 話しかけてもツンケンしてるのに? もしかして、本当は肉じゃがも水着も俺のために?

 かかか、可愛かわいすぎる!!!!!!

「……あれ、莉太? どうかした?」

 胡桃は不思議そうに顔を近づけてくる。瞬間、俺の頭の中でウェディングベルが鳴り響き。胡桃の顔を覆うベールをめくる妄想が頭をよぎる。


『小さい頃からずっと一緒にいた莉太と結婚だなんて、夢見てるみたい……』

『俺もだよ。今までずっとそばにいてくれてありがとう』

『ううん、今までだけじゃない。これからもよ、莉太』

 そして、誓いのキスを──。


 ……エモすぎんか。激エモなんだが。もはやエモ通り越してエロですらある。

「おーい、ってば」

「え! い、いやなんでも!? あ、俺みたいなキモオタと一緒に登校したらみんなに色々言われちゃうよね! 俺先行くから胡桃くるみは時間空けて来なよ! じゃ!」

「え!? ちょ、ちょっと!?

 やばい、〈C〉が本当に胡桃かどうかもわからないのに、もしそれが胡桃だったらと思うといとおしすぎてまともに顔見れない……。

 俺はとりあえず胡桃から遠ざかるために走ってエレベーターのボタンを押すが、待っていられなくて階段を駆け下りて駐輪場に向かった。

 しかし、登校中も告白文のことが頭から離れない。

 もしあの人気者のたけうちさんが〈C〉だったら……?

 同じ委員会に立候補してくれたことも、水やり一緒にやりたがるのも、お菓子分けてくれるのも、ともだちとの菓子パじゃなくて海浜清掃を取ったのも、同じ部屋で着替えることを許してくれたのも、最近色々誘ってくれることも、全部俺のことが好きだから? しかも俺も竹内さんと一緒にいる時間が好きで、竹内さんのことを尊敬してて、もちろん竹内さんを女の子としても意識してて……?

 そして、

「た、なかくん! おはよう……!」

「た、竹内さん!?

 なんという偶然か。ばこで竹内さんと出会ってしまった。

 竹内さんは俺を見つけると、パッと顔を明るくして駆け寄ってくる。

「あのあの、あのね……! 田中くんに言わなきゃいけないことがあって……!」

 竹内さんは少し照れ混じりに、ぽてっと赤らんだほおをして、何か必死に伝えようとしている。え、ちょ、可愛かわいい、死ぬ。

 そして、例のごとく花嫁姿の幻影が。


『大好きだよ、田中くん♡』

『あはは、これから竹内さんも田中になるんだよ?』

『そっか! えっと……莉太くん♡ ていうか、そっちもでしょ! もう』

『ああ、そうだった。──ゆず

『莉太くん……♡』


 甘ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!

「田中くん……?」

「あっ! たたたたけうちさん! おおおおはよう!」

「え? あぁ、おはよう?」

「じゃ、また明日あした!」

「え!? おはようしたばかりなのに!?

「ごめん! 家の用事思い出した! 教室先に行ってるね!」

「今家の用事関係あったかな!?

 俺は自分でも訳の分からない御託を並べて、その場から逃げ去った。

 やっちゃった。考えてみたらあの二人が〈C〉である可能性があるのと同じで、あの二人が〈C〉じゃない可能性もあるんだった。平常心、平常心。

 だけど放課後にバイト先のファミリアに到着すると、そうも言ってられず。

「せ~んぱいっ♡」

 はい~。可愛かわいい。

 俺が出勤して間もなく、飼い主の帰りを待っていた子犬のように俺の周りでぴょこぴょこするまいはらさん。

 今のこの瞬間だけじゃない。舞原さんはずっと俺が出勤すれば必ず駆け寄ってうれしそうに楽しそうに話しかけてくれた。その度にスキンシップを取ってきた。仕事だって俺に教えてもらいたがるし、いつもてこてこ俺の後をついてくるし、家に送るのも俺に頼む。これがもし全部、俺のことが好きだからだったら……。


『先輩、「早く結婚しろよ」ですって……♡ これからホントにしませんか……?』

『俺は……俺はぁ……』

 純白のドレスに身を包む舞原さんに迫られ、横で牧師に問われる。

『ヤメルトキモスコヤカナルトキモ、バイトイソガシイトキモ、エイエンノアイヲチカイマスカ?』


 ………………誓う☆

「先輩……? なんか顔赤くなってますね。大丈夫ですか……?」

「んにゃ!?

 舞原さんはしなやかな手をすりりと俺のほおにあてがった。女の子のひんやり感が、自分の頬が熱いだけに余計鮮明に感じられる。

「あの、今日体調悪いから帰る……」

「えっ!? せ、先輩!?



 なんの進展もなかった一日が過ぎ、翌日の学校。俺は自席で一人──

 ……うわぁぁぁ結婚したいよぉぉぉッ!

 ──至極よこしまな欲望とかなわぬもどかしさにもんぜつし、胸中にて叫喚する始末であった。

 あの三人のうちの誰かが、マジで俺のヒロインってこと……? 幸せ者すぎる……。

 とりあえず返事は決まりました。あまりに早まった結婚の提案はともかく、好きと言ってくれた気持ちには前向きに応えさせていただきたい所存でござる。

 ただ、俺と結婚するつもりのあわてんぼうの女の子はすぐそばにいるのに、俺はいまだその返事を出来ずにいた。

 あの三人の中に〈C〉がいるとわかっていながら、それでいて昨日、片っ端から確認して回ることをしなかったのには理由がある。

 お前ら早く結婚しろよと言われたこと以外に、彼女のことでさらに考慮しなければならないのが、彼女が俺の小説を知っているという点。

 ──読まれた? あれを?

 瞬間、俺が執筆するラブコメの数々の山場が頭をよぎる。


やまくんはいつも優しくてカッコイイです。世間体なんてどうでもいい。だから自信を持ってください』

『別に、そうのためじゃないんだからね!』

『じゃあ山田先輩、こういうのも初めて──?』


 うわあああああああ読まれたああああああああッ!!

 イタいよ! イタすぎるよ! てかキモい! 次元超えてキモい! いくら現実で振り向いてもらえないからって妄想で勝手に自分のものにするのは良くない!

 幸い小説を見られた子はそれでも俺のことが好きだと言ってくれる女神のような子なわけだが、あのイタ小説が絡んでいる以上、当てずっぽうで返事をして不正解でしたなんてことは許されない。小説を見た上で俺のことが好きな〈C〉本人はともかく、もし〈C〉じゃない子に感想のことを話してしまうと、

『もしかしてこの小説の感想、キミ?』

『え? 知らない。てか、こんな小説書いてんだ。あれこれ、もしかして私?』

『え、あぁ……いや、その……』

『うわ、キモ……』

 ……大惨事になること請け合いだ。このため、片っ端から聞いて回る手っ取り早い方法はNG。探すなら慎重にだ。

 そうだ、手がかりと言えば……!

 俺はいつものSNSを開き、一昨日おとといあめちゃんとのやり取りを見返した。

『すごいことになってるね、なかくん』

『ああ、飴ちゃんも見たんだ……。本名バレちゃった』

『どういう状況?』

 ネットともだちの飴ちゃんには、この流れで三人との『お前ら早く結婚しろよイベント』のことと、その告白文の話をした。さすがに恋愛経験のない俺一人で、この一連の事件の謎を解くことは出来ないとみてのことだ。

『要はラブコメが大好きな莉太くんに、本当にラブコメ展開が訪れたんだね』

『そういうこと』

『それで、莉太くんは誰と結婚するの?』

『いや、三人のうち誰かが俺のことを好きっていう話で、三人が俺のことを好きって言ってるわけじゃないよ? 相手は選べない。あとペンネームで呼んで』

『ああ、そうだったね、莉太くん』

『……まあいいや。で、俺はどうしたらいいかな』

『告白の返事』

『俺だって返事したいけど、この子が誰なのかすらわからないんだよ……』

『ちなみに、返事はどうするの?』

『そりゃ俺みたいな陰キャオタクのことを好きになってくれたんだもん。こんなチャンス他にないし、お付き合いから始める感じでOKするつもりだけど……』

『相手が誰だったとしても?』

『なんかその言い方だと俺が軽い男みたいじゃん……』

 俺は訂正するつもりで続けた。

『一応言っとくと、女の子なら誰でもいってわけじゃないからね。こんな俺のことを好きだって言ってくれたその子だからこそだよ。これでも超真剣』

『そっか。良い判断だよ』

『それで、飴ちゃんはどう思う?』

『どうって?』

『飴ちゃんから見て、さっきの話を聞いてみた上で三人の誰が俺のことを好きそうかわからない?』

『うーん、エスパーじゃないからそこまでは読めないけど、一応感想の送り主を見分ける簡単な方法ならあるかな』

『マジか! あるなら教えてくれ! 飴ちゃんの力が必要だ!』

『飴ちゃん? 飴ちゃん《様》な?』

『……あめちゃん様。教えてください』

『なんて?』

『飴ちゃん様! この陰キャオタクのボッチの私に恋愛のことを教えてください!』

『うい』

 今見ても腹立つな。

 そして肝心の、飴ちゃんがくれたヒントのメッセージを見返す。

『簡単だよ。Cはキミのことが好きなんだろ? なら日頃の態度で一目瞭然だよ。きっとキミが好きでしょうがないというオーラがあからさまに出ているはずさ』

 なるほど、好意的な態度かと、俺は日頃の三人のことを思い返す。


『ゆず、なかくんとの委員会、好きだもん……』

『見たいんでしょ……? 脱ぐから、待って……』

『あたしにとって先輩は、ずっとずっと憧れです……!』


 いや全員俺のこと好きだろ。(大マジメ)

 ダメだ、全員俺のことを好きなんだとしか思えない。なんて自意識過剰なんだ俺は。あんなの全部リア充からしたら当然の女子の反応かもしれないのに。

 ひとまず今までの出来事で判断がつかないなら、これからもう少し関わって見極めるしかないな……。

「なあ、田中」

 自席で頭を抱えていると、視界が人影で暗くなる。

 ──そこにいたのは、うちのクラスの男子リア充軍団だった。

「お、俺……?」

「は? お前の他に田中いないだろ」

 割といるけど……。

 その筆頭、クラスの男子の中核であるまさくんが一歩前に出る。わ、わかってますよ。このクラスにって意味ですよね。はは、殺さないで。

「お前さぁ」

 あれ、リンチされるのかな。俺なんかしたっけ。それともパシリ? まあなずけやすそうではあるよね、俺。

 佐野くんはスラックスのポッケに手を突っ込んで早速本題に入った。


「金曜の放課後、帰りに女子も誘ってみんなでさんみやのラウワン行こって話してんだけど、お前来る?」


 何がどうなったらそこに俺を誘おうってなるのッ!?

「え、え? なんで俺なんか誘ってくれるの……? 色々唐突じゃない……?」

 俺は固まって、その場にいたリア充男子五人の顔を見た。全員もれなく背が高くて、異様に迫力がある。

 くんは「んあ~」と、めんどうそうに話す。

「なんかお前、たけうちの遊びの誘いめっちゃ断ってるらしいじゃん」

「い、いやそれは……あはは……」

 お前らが怖いからだよッ! とは言えず、ヘタクソな愛想笑いです。

「竹内が落ち込んでたぞ。『ゆずが誘っても断られる~』ってよ」

「えっ、竹内さんが……? ホントに?」

「おう、言っとくけど結構へこんでんぞ。だから男子から誘ってあげたら来るかもって。俺は別に無理して誘うもんでもねえと思ったんだけど、竹内とか他の女子がなか誘わんならラウワン行かんとか言い出してよ……だからまあ、仕方なくって感じ」

 佐野くんは肩をすくめた。仕方なくってなに? けん売ってます? 買わないよ?

「で、行くの? 行かねえの?」

 そ、その感じすごく参加しづらいよぉ。

 でも待て俺。リア充にめる気はしないけど、これは竹内さんが〈C〉かどうか確かめるチャンスだぞ。今までは断ってきたけど、今回ばかりは行くべきじゃないか?

「じゃ、じゃあ行ってもいいかな……?」